原作キャラは出てこないので予めご了承お願いします。
目覚まし代わりに鳥の囀りが聞こえ、それを合図に目を開けるとカーテンの隙間から光が差し込んでいるのが見えた。
「朝か……」
枕元の時計に目を向けると寝る前にセットした時間よりも数十分は早い。それでも出勤日の時に起きる時間よりは遅いが、悲しいかな社会人生活をそれなりに経験すると一度起きたらスイッチが入る仕様になってしまった。
二度寝をする気にもなれず、観念してベッドから出てカーテンを開けるとマンションの隙間から見える空は快晴だった。
「良い天気……なんだけどな」
その青空とは裏腹に、私の心は薄暗く重かった。
朝ご飯をさっと食べ、平日にはあまり時間が割けない掃除と洗濯を並行して取り掛かる。
そんな中、ラジオ代わりに点けていたテレビから明るい音楽とMCの声が聞こえて来た。
『それでは、今週のヒットチャートを見ていきましょう! まず、第十位から──』
「……っ!」
反射的にテレビのリモコンへと手を伸ばし、電源を消す。
静かになった部屋で、自分の心臓の鼓動とかすれた息遣いがいやに大きく聞こえる。
じっとりと嫌な汗が流れ、それを自覚したら訪れるのは自己嫌悪。
八つ当たりみたいに持っていたリモコンをベッドに放り投げ、身を投げ出すかの如く体を横たえた。
「……うっ、うぅ……!」
未だ過去に囚われている自分が情けなくて、悔しい。
行き場のない感情を霧散させようと、私はただ子供の様にすすり泣くだけだった。
泣いて幾ばくか落ち着きを取り戻した所で、私は散歩へと外へ出た。
天気が良いから体に当たる日の光は暖かいのだが、それでもなお私の心の中は寒い感情が渦巻いていた。
「はぁ……」
最近はすっかり多くなった溜息が、無意識に漏れてしまった。
こっちに戻ってから就職して、昔を忘れようと、前を向いて進もうとガムシャラに仕事に取り組んで来た。
大学時代に勉強した事が活かせる仕事だから実務に就いて実際に経験する事でモチベーションは上がったし、早く慣れようとそれこそ休日にも勉強をした。
その甲斐あってか、年数が浅い割には上司からお褒めの言葉を頂けたし、数週間前までの繁忙期も初回に比べてだいぶ楽に乗り切れた。
けれど、そうして仕事に余裕が出来たからこそ、ある意味余計な事を考える隙間も出来てしまった。
こうして休みの日を過ごしていると、何かが足りない、生きていて満たされないという心の渇きを感じてしまったのだ。
理由は分かっている。
私はまだ、音楽に未練があるんだ。
二年の療養生活を経て、病気は寛解へと至った。
あくまでも寛解であり完治ではない。
念のためお医者さんから薬を貰ってはいるが、帰って来てからそれを飲んだ事は一回も無い。
それでも、朝の様に何かがきっかけで昔を思い出し、感情と体の歯止めが利かなくなってしまう事がある。
そんな自分の弱さが嫌になり、自己嫌悪に陥る。
音楽をもう一度やってみたい、そう思いつつも一歩踏み出す勇気が持てず、また自己嫌悪に陥る。
鬱々とした負の無限ループに嵌り未だどうケリを付ければいいのか答えが出せぬまま、最近は無味乾燥な日々を過ごしてしまっていた。
気分転換に普段は歩かない最寄り駅と逆方向に歩いていると、ふとあるお店の看板に目が吸い寄せられた。
「音楽スタジオPower?」
思わず声に出して呟いてしまった。
「スタジオなんてあったんだ……」
見ると二階の窓部分にはバンドマンが演奏している写真が貼られていて、その横には『練習、収録、気軽にどうぞ』と書かれている。
パッと見た感じはこじんまりした感じだが、道路沿いにある事から窓の写真も合わさってまぁまぁ目立ち、同時に住んでいた地域にこういう施設がある事を知らなかった事・知ろうともしなかった事に自分で呆れてしまった。
けれど、身近な場所に音楽が出来る場所があった事を知った私は、幾ばくか心の中でチリチリした衝動を感じてもいた。
入ってみたい、でもその勇気が……。
心臓の高鳴りと、鉛みたいに重い足の板挟みに迷っていると
「嬢ちゃん、うちの店に何か用かい?」
「ひっ……!?」
後ろから突然声を掛けられて飛び上がってしまった。
急いで振り向くと、そこにはサングラスにスキンヘッド、プロレスラーにも引けを取らない強面の大男が立っていた。
どう見てもそのスジの人にしか見えない風貌に正直悲鳴を上げたかったけど、すんでの所で我慢した自分を褒めてあげたい。
「あ、いや、近くに住んでるんですけどスタジオあったの知らなくて……。どんな感じなのかな~ってちょっと覗いてただけです……あ、あはは」
ダラダラと汗を流しながら愛想笑いで誤魔化す私に対して大男は特に不審がる事も無く、逆に建物を指さしながら穏やかな口調で問いかけて来た。
「よかったら中に入るかい?」
「へ?」
「これも何かの縁だ。興味があるんだったら見てくといい」
「でも、まだ開店前なんじゃ」
「俺の店だから何しようが俺の自由だ。後出しで金を取るなんてセコイ事もしないと約束するよ」
失礼な事は百も承知だけど、見た目に反して優しい口調で話してくれる……えっと、俺の店って言ってるから店長さん? から騙そうとしている気配は感じない。
なにより、私の直感が、心が、この機会を逃したら一生本当の意味で立ち直れないと警鐘を鳴らしている気がした。
「……すいません、お願いしていいですか」
お腹と手にグッと力を込めて、強引に体を動かさんと気合を付ける様に私は頭を下げた。
「ギター、ベース、ドラム、キーボード、ウクレレに、少し変わり種でカホンなんかもある。遠慮せずに好きなのを選ぶといい」
「えっと……じゃあ、ギターでお願いします」
「あいよ。少し待っていてくれ」
そう一言告げて店長さんは部屋から一旦出て行った。
案内された一室は折角だからと一番大きな部屋に通してくれて、中にはドラムセットも置かれていた。
療養生活から数年、久しぶりに入ったスタジオの中をゆっくり歩き回ると今まで感じる事がなかった高揚感が生まれた。
体も精神も落ち着いていて、まるで欠けていたピースがピタッと嵌った感じだった。
さっきまでとは打って変わって軽くなった足取りで部屋の中を一周し終えると、丁度店長さんが戻って来た。
「お待ちどうさん。チューニングはレギュラーだが変えたかったら好きにしてくれ。もし歌いたかったらマイクもあるからな」
「ありがとうございます」
店長さんから慎重にギターを受け取ると、また久しぶりの感覚であったエレキギターのズシリとした重みが手にのしかかった。
一瞬体が強張ったけど我慢して、ストラップを肩に掛けギターとアンプをシールドで繋ぎ調整をする。
試しに一回、軽くストロークをすると、部屋全体に音の波が響き渡った。
楽器を演奏するなら特段大きな音ではないのに、それでも私の背筋にゾワっと寒気が広がった気がした。
「……あの、すいません」
「ん?」
「少し、私の演奏を聴いてもらっていいですか?」
頭を下げて店長さんにお願いをする。
我ながら情けない話だ。
いざギターを構えると昔の事がフラッシュバックして、また怖がっている。
誰かが傍に居てくれないと不安な弱い自分の我儘を通そうと、事情を知るわけが無い店長さんを巻き込もうとしている。
けれど、そんな私に店長さんは白い歯を見せて何でもないという風に笑ってくれた。
「お安い御用だ。思う存分やってくれ」
それが嬉しくて、震える体に活を入れ私はギターを奏でた。
弾いたのはフェスで優勝した時のオリジナル曲。
随分久しぶりに演奏するけど、自分でも驚く程体が覚えている。
ギターを奏で、歌声を響かせると、やがてあの時の光景が目の前に広がってきた。
自分のバンド名がコールされると大勢の観客がステージ上の私達に称賛の言葉を送ってくれて。
そして傍には、一緒に喜びを分かち合ってくれる親友が居た。
──きくり、志麻……!!
頬に涙が伝い、焼ける様な熱さが喉に広がる。
もう何を歌っているのか分からないくらい滅茶苦茶な歌声だったけど、それでも最後の一滴まで自分の力を振り絞り、歌い切った。
親友たちへの感謝の想いを、届かせる様に。
「かはっ……!」
曲の終点を迎えた瞬間、足がふらつき半ば倒れるように座り込んでしまった。
「おい、大丈夫か!?」
すかさず店長さんが傍に駆け寄ってきてくれる。
「ごめんなさい……。ちょっと、力入り過ぎちゃって……」
何とか呼吸をし、それだけ返す。
汗が噴き出て、全力疾走をした後みたいに呼吸が乱れていた。
これ以上心配させる訳にはいかないと思って立ち上がろうとするけど、足に上手く力が入らない。
そんな中、何かを決めたのか店長さんが私の肩に手を添えて言った。
「緊急事態だ、ちっとばかし失礼するぜ」
「きゃっ!?」
そのまま膝の裏にも手を添えると、まったく苦にした様子も無く私を抱き上げた。
「あの、重くないですか……?」
「全然。ひとまず話は後だ」
ふらつく事も無い足取りで店長さんは私を抱えながらスタジオを後にした。
「どうだい、少しは落ち着いたか?」
「はい。何から何まで、ありがとうございます」
今、私は店長さんと一緒に事務所で椅子に座って看病をしてもらっていた。
傍の机にはペットボトルのお水、手元にはお湯の入ったマグカップ、肩にはタオルと充分過ぎる程のケアを受けさせてくれた事に感謝をする。
両手で持ったマグカップのお湯を少し啜ると、店長さんが申し訳なさそうな顔で尋ねてきた。
「すまなかった。もしかして持病か何かだったのか?」
「……はい。簡単に言うと喉と体質がおかしくて、演奏するとあんな感じになっちゃうんです」
「そうか……。事情を知らなかったとはいえ無理強いして悪かった」
「いえ、店長さんは悪くないです。二年くらい前まで療養生活をしていて、良くなったからこっちに帰って来たんですけど今まで症状は出ていなかったので。私の見通しが甘かっただけです」
深々と頭を下げる店長さんに私も慌てて頭を下げ、嘘偽りない気持ちを口にした。
「ありがとうございました。今日こうして弾けて……やっぱり私は、音楽が好きだって思い出せたんです」
体の苦しさはまだ残っているけど、それとは比べ物にならないくらい気分は晴れやかだった。
弱っている姿で言っても説得力なんて無いだろうけど、私は笑顔で返す。
すると店長さんも、演奏前に見せてくれた笑顔で応じてくれた。
「そう言ってくれると俺も有難い。それに、嬢ちゃんの演奏良かったぜ。プロにだって引けを取らないレベルだ」
「そんな、煽てたって何も出ないですよ」
「世事なんかじゃねぇさ。これでも音楽業界には人生の半分以上入り浸ってるんだ。自分の眼と耳には自信がある」
ささくれだった心に店長さんの言葉は本当に嬉しかった。……一瞬、音楽業界じゃなくて裏社会では? なんて考えちゃったけどそれは秘密にする。
あー……。でも練習でこの有様ならもうここには来ちゃ駄目か。
まぁ、それはしょうがない。音楽への想いは改める事が出来たから、今後はまた家での練習を積み重ねるかと考えていたら店長さんが声をかけてくれた。
「またやりたくなったら、いつでもここに来ればいい」
「……いいんですか?」
「もちろんさ。少しでも色んな人に音楽の楽しさを知って欲しいと思ってこの店を始めたからな。最初に言ったろ、これも縁だ」
縁、か……。
一度は全てを断ち切ってしまった私に、そんな資格があるのか迷った。
迷ったけど……また薄暗い闇の中を歩き続けるのは嫌だった。
たとえ小さな光でも、私はまた音楽と共に自分の人生を生きたい。
「……ありがとうございます。必ずまた来させてもらいます」
もう何回目になるか分からないお礼を店長さんに返す。
すると店長さんは、またニカっと豪快な笑顔を浮かべながら手を差し出してきた。
「梶原龍輝だ。よろしくな」
それに対して私も、迷わずに手を差し出して握手をする。
「藤原美空です。よろしくお願いします」
梶原店長の手は自分よりも遥かに大きくまるで岩みたいな感触だったけど、その暖かさは間違いなく私の心を癒してくれた。
「店長、こんにちはー!」
「おう美空ちゃん、いらっしゃい」
あれから約一年が経ち、すっかり馴染みの場所となったスタジオPowerに訪れた私は笑顔で店長に挨拶した。
「今日も元気そうで何よりだ。体の方は大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます。今はもう、どのパートやっても大丈夫なくらいです」
「そいつは良かった。しかし最初は驚いたぜ、まさかギターだけじゃなくてベースとドラムもできるなんてな」
「えへへ。でも、店長のお力添えがあったからここまで回復できたんですよ」
「ははは、ありがとうよ」
今ではこんな感じで気の置けない相手として仲良くさせてもらっている。
体も心も前に比べて遥かに調子が良く店長には本当に感謝していて、そのお礼も込めて平日の仕事終わりや休日にはこうして通っているわけだ。
「ところで店長、ギターヒーローって動画投稿者知ってますか?」
「おう、知ってるぜ。あの人、いやあの子か? たぶんまだ学生だよな? それなのにあの腕前は大したもんだ」
「やっぱりそう思いますよね。最近、あの人に感化されて私ももう少しリハビリしたら動画投稿してみようかなーって考えてるんですよ」
「ほう、そいつは楽しみだ。美空ちゃんだったら画面分割して全パート自分でやる系の動画なんか作れるんじゃねぇのか?」
「あ、ずばりその方向で考えてます。なので、その時が来たら収録でお世話になると思います」
「あぁ、任せておけ。ゆくゆくはギターヒーローとのコラボ動画なんて話が回って来たら、その時も遠慮なく使ってくれ」
「ありがとうございます! そうなれるように頑張ります!」
たしかに、オーチューバーとして活動するならそういう目標もありか。
もう一度ステージに立つのは難しくても、動画投稿ならではの可能性もあるからそう考えるとワクワクして来た。
新しい目標と楽しみが出来た事に喜びを感じつつ、来る日に備えて今日も練習に励むのであった。
そしてその数週間後、まさかギターヒーロー本人と会える日が来るなんて事を当然この時の私は予想すらしていなかった。
美空さん以外にもオリキャラがぽつぽつ出ていますが基本的にはオリ主と原作キャラを繋げるための橋渡し的な存在としての役割です。(梶原店長:ぽいずん氏、三森ちゃん:1&2号さん)
こういう存在は便利ですが出し過ぎると収集がつかなくなるのでこれ以上オリキャラは出ないです。