この世界線では星歌さんがバンドマン時代にFOLTでライブをやった事があって銀次郎さんとは元から顔見知りという設定です。
二日後の土曜日に新宿FOLTでのライブを控えた日、私達はSTARRYのスタジオで最終調整に入っていた。
「……よしっ。やれるだけの事はやり切った。皆、お疲れ様」
最後の曲の余韻が収まった所で、虹夏ちゃんが汗を拭いながら皆に声をかけた。
「予定通りガチの練習は今日まで。明日は軽く合わせるだけで、本番に向けて英気を養いながら気持ちを上げて行けるように各自準備しよう」
「ですね。今回はチケットノルマの段階で今までよりもハードルが高かったから、明日は軽めにしとくのは英断だと思います、虹夏先輩」
「……ごめんね皆。FOLT規模の箱でライブさせてもらうって事は、それだけノルマも上がるってよくよく考えれば分かる事だったのに負担を増えさせちゃって……」
「だ、大丈夫ですよ虹夏ちゃん! 一番貢献度が低い私が言うのもアレですけど、ノルマはクリア出来たじゃないですか!」
リョウさんの失踪?騒動以降、何かとリーダーとしての責任を背負いがちな虹夏ちゃんを励ます。
実際、今回のノルマはいつもの三倍を課された上に、もしノルマが達成できなかったら今後の信用問題にもなるから気が気じゃなかった。路上ライブも含めて始めた頃よりファンは増えてくれたけどそれでも達成がギリギリだったので、普段以上にメンタルが削れて皆疲れが溜まっていたはず。
その上安心したのも束の間、ノルマを達成した後、美空さんの
『たぶん今回は手加減してくれていたと思う。銀次郎さんの本音としては五倍で設定したかったんじゃないかな』
っていう発言を聞いて全員白目になったし。
「とりあえず、今はノルマを達成出来て良かったとしよう。それよりもFOLTでライブをさせてくれるって事を純粋に喜ぼうよ」
「リョウ……」
そう言いながら虹夏ちゃんの頭を撫でるリョウさん。
例の一件以降、二人の間の絆が深まったんじゃないかって何となく感じていて、やっぱりリョウさんは虹夏ちゃんをすごい大切に想っているんだと温かい気持ちになった……んだけど。
「それに元よりチケットノルマなんて興行側に取られてなんぼ。真の売れっ子バンドはグッズ収入で儲けるものだし、いざとなったら虹夏の使用済み私物を顔写真付きで売れば──」
「絶対にやらんわ!!」
盛大に梯子を外した発言でリョウさんは虹夏ちゃんにどつき回された。
こ、これはリョウさんなりに場を和ませようとしたんだよね? そうだよね? ……いや、目つきからしてたぶん本気だったんだろうな。
「……こほん。まぁ、リョウの言う事も一理あるね。美空さんからも『周りに流されず自分達のベストを出し切って』って言われているから、これまでの事を自信に変えて頑張ろう」
ヤ〇チャみたいに倒れているリョウさんを足元に転がしたまま、虹夏ちゃんはそう締めくくった。
ちなみに、美空さんはここ一週間くらい練習を見に来ていない。年末は仕事納めの関係で忙しいらしくて、アドバイスも練習動画を通じたコメントだけになっている。ただ、ここで仕事を捌いておかないと下手したらライブ当日も出勤なんて事になってしまう可能性があるみたいで、文句を言う事なんて誰も出来なかった。
あぁ、仕事の出来次第では休みの日も仕事をしなくちゃいけないなんてやっぱり会社勤めって怖いなぁ……。私には到底出来る気がしないし、きっと終わるまで鎖で繋がれて監視されるような恐ろしい環境なんだ……!
そうならずにバンドマンとしてビッグになるためにも、今度のライブも気合入れて頑張ろう!
クラスの子達も何人か観に来てくれるし、100%アウェーってわけじゃないなら何とかなる! ……はず、だよ……ね?
あ"ー、体がしんどい……。今月入ってからライブに向けての練習に前倒しで仕事の処理、加えてイライザのコミマの手伝いとか働きすぎでしょ私。
……まぁ、自分が手伝う事で誰かが笑顔になるならそれで良いか。それに所縁の地で皆の晴れ舞台を観に行くんだから、不景気な顔なんてしてられないよね。
「お待たせ、美空ちゃん」
「緑さ~~ん!!」
そんな風に自分で自分に気合を入れ直していた所、待ち合わせ場所に来た緑さんを見た瞬間抱き着いてしまった。
「あらあら、どうしたの急に」
「すいません、ちょっと最近忙しすぎて誰かに甘えたくて……」
「よしよし。お仕事にコーチも頑張って美空ちゃんは偉いわね」
「うえ~ん! 緑さ~ん!」
「何やってんだお前ら……」
緑さんに抱きしめられながら撫でて貰っていると、後ろから星歌さんの声が聞こえてきた。
「あ、星歌さん。お久しぶりです」
「おう久しぶりだな緑。けど今は他人のフリをしたい気分なんだ」
「そんな意地悪しないで、偶には美空ちゃんを労ってあげてもいいんじゃないですか? なんだったら星歌さんがやります?」
「金積まれてもやだ」
「けっ。こっちだって三十路になった魔王に甘えたくなんてないです痛ぁ!?」
「ふふ。この感じ、懐かしいわね」
「緑さん、私殴られたんですよ?」
「今のは美空ちゃんが悪いわね。でも、星歌さんも手を出しちゃ駄目ですよ。お互いもう大人なんですから」
「いいんだよこれくらい、躾だ躾」
悪態をついたら星歌さんにポコッと叩かれ、それを緑さんが仲裁する。
懐かしい、かつての日々をまた体験する事が出来た事に心の中で嬉しさを感じつつ、再会の言葉もそこそこに私達は共にFOLTへと向かうのであった。
「美空ちゃん、今日は誘ってくれてありがとう」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。チケットも買ってもらっちゃって」
「文化祭の時は行けなかったからね、少しでも力になれたらよかったわ。それに、きくりちゃん達も観れるのを楽しみにしていたの」
「でしたら、やっぱり打ち上げも一緒に出ませんか? 一人なら増えても融通利かせてくれると思いますし」
「嬉しいけど、ごめんなさい。明日は仕事があるから今日はライブだけ楽しませてもらうね」
「そうですか……。一般消費者相手の仕事はこういう時ツライですね」
FOLTへと向かう道すがら、緑さんとそんな話をする。まぁ私も会社勤めの人間だから気持ちは分かるし、緑さんは店長って立場だから尚更体調には気を付けないといけないからしょうがないよね。
「星歌さんのお誕生日会も兼ねていたから、残念です」
「その分、気持ちはプレゼントに込めたから後はよろしくね美空ちゃん」
「なぁ、それなんだけどよ。何で打ち上げと私の誕生日会がセットなんだ?」
星歌さんがジト目でこちらを見てくる。たぶん私が首謀者だと思っているんだろうけど、残念ながら事実は違うのだ。
「銀次郎さんが提案してくれたんですよ。星歌さんが観に来るんだったら誕生日会も一緒にやりましょうよって」
「別にいいのに、相変わらずだなあの人は」
珍しく本当に申し訳なさそうな表情で星歌さんはため息を吐いた。
ただ、昔聞いた話だと星歌さんがバンドマンだった時にFOLTでライブをやってお店を盛り上げるきっかけ作りに一役買ってくれたみたいだから、その恩返しもあるんじゃないかと私は踏んでいた。
それに今はお互い店長同士なんだから、これを機に星歌さんにとっての相談相手が増えてくれればいいなという個人的な願いもあった。
そんなこんなで話しながら歩いていると、目的地へあっという間に着いてしまった。
「わ、すごい数のお客さん」
私たち以外にもゾロゾロとお店に入るお客さんの流れを見た緑さんが驚きの声をあげる。
前のライブでも箱が埋まるくらいのお客さんは入っていたけど、会場の規模とノルマのバランスを考えて改めて見るとそれだけSICK HACKとSIDEROSの人気っぷりを思い知らされる。
「二人とも、楽屋に行って何かアドバイスとかしなくていいの?」
緑さんが心配そうな表情で私と星歌さんに尋ねるが、それに対して首を振る。
「ここまでアウェーな状況でやれる経験なんて今の所無いですからね。メジャーデビューを目指すなら、自分達で乗り越える気概を見せないと」
「右に同じく。まぁ、仮に失敗しても全力で挑んだなら次の糧になる。そこからどう奮起するのかも、あの子達次第さ」
「……二人とも、あの子達を信じているのね」
私と星歌さんの答えに、緑さんは優しく微笑んでそれ以上は何も言わなかった。
……なんて偉そうに言っちゃったけど、やっぱり心配は心配なんだよな~。でも今更ソワソワする訳にもいかず、我慢しつつも内心緊張していたら
「あ、藤原さん。こんにちは」
「マネージャーさん、こんにちは!」
「先輩、お疲れ様です」
と声をかけられた。
聞き覚えのあるそれの方に顔を向けると、佐々木さん、1号さん2号さん、三森ちゃんというお馴染みの面子がいた。
「皆、来てくれたんだ」
『当然です! 彼女達を支える事こそが我々の生きがいなので!』
「喜多も後藤もめっちゃ頑張って宣伝してたんで、学校の皆で出来る限りの応援をしようって話になったんですよ」
「そうだったのね……。本当にありがとう」
声を揃えて力強く答える古参ファンの三人、のんびりとした口調ながらも期待に満ちた表情で笑みを浮かべる佐々木さんに感謝を伝える。
「私達の事は気にしないでいいから、皆はそれぞれでライブを楽しんでね」
『ありがとうございます!』
「どもです~。それじゃ、お言葉に甘えて」
最後の挨拶を交わしてそれぞれがお店に入って行くのを見守った後、私の心も良い感じに吹っ切れていた。
自分たち以外にも応援してくれている人達がいるというその事実が、今は何よりも支えになってくれた。
「良いファンに恵まれているわね、美空ちゃん」
「はい、彼女達の努力が報われていてありがたい限りですよ。ね、星歌さん」
「えぇい、鬱陶しい。分かったから引っ付かなくていいだろうが!」
「またまた~。本当は自分も喜びたいクセに~」
こうして私達も嬉しさを隠しきれない星歌さんをからかいながら、彼女達ならやってくれるという想いを秘め会場へと足を進めた。
会場へと入ると中は薄暗く、ステージの幕はまだ下がっている状態だ。
しかし、大勢の観客はライブが始まるのを今か今かと待っており、大きな期待が混ざったざわめきが場を支配している。
「こりゃ軽い気持ちで観客席を覗いたら、下手したら一気にプレッシャーで持って行かれるな」
星歌さんが口元に手を当てながら呟く。
私も事前に皆に言っておいたのは、『周りに流されず自分達のベストを尽くす』という事だけ。別にお客さんの入り具合を見ようが、共演者達と雑談しようが、何をして気持ちを作るかは皆に任せている。
それに表立っては言わなかったけど、このライブは最悪未確認ライオットに向けての成長材料になればそれで良い。だが、次に繋げるにもまずは全力で挑まないと意味が無いという話なのだ。
「うはー。虹夏ちゃんも山田さんもこんな中でライブするのすごいね」
「ちょっと調べたんだけど、ここって結構界隈では有名なお店らしいよ」
「喜多ちゃんと後藤さん、大丈夫かな」
「大丈夫だって。文化祭でもあれだけやってくれたんだから、喜多と後藤ならかましてくれるさ」
「その通りです! 彼女達は着実に進歩しているから、私達に出来るのは心を込めて応援するだけです!」
少し離れた所を見てみると、佐々木さんを中心とした一団が目に入った。
他のお客さんと比べて会場慣れしていなさそうな所を見るとたぶん結束バンドが招待した人達の一部で、心配しているのを三森ちゃん達が率先して鼓舞している。
その光景に、私は自然と笑みが浮かんだ。
そう、あなた達は日々努力をして、着実に成長をしている。
だから大丈夫。自信を持って全力で挑めば、道は開かれるわ。
文化祭の時と同じように、祈るように両手を握り締めエールを送る。
そして会場の照明が一層暗くなり、ステージの幕が上がるとステージに立つ結束バンドの姿がスポットライトに照らされた。
『──皆さんこんにちは! 今日は新宿FOLTクリスマスライブに来てくれてありがとうございます!』
喜多ちゃんのMCを皮切りに、まずはメンバー全員で一礼をする。
『今日のトップバッターは、私達結束バンドが務めさせて頂きます! 普段は下北沢で活動しているのですが、今日はご縁があって出演させて頂く事になりました!』
「結束バンド……知ってる?」
「知らなーい」
「なんかSICK HACKとSIDEROSがフォローしてたけど、聴くのは初めて」
早速期待感よりも値踏みや疑問といったアウェーならではのマイナスな空気に包まれる。
──吞まれちゃ駄目。皆、堪えて……!
私の両手に力が入る。
すぐ目の前に皆が居るのにもどかしさしか感じる事しか出来ないでいると、
『うおー! やったれ結束バンドー!』
『皆―! 頑張ってー!』
そのマイナスな空気を払拭しようと応援するのも、ファンの皆だった。
その声援に後押しされて、一瞬たじろいでいた結束バンドのメンバーは互いに顔を見合わせ、僅かに笑みを浮かべて改めて観客へと向き直り、堂々と続ける。
『まだまだ至らない点はありますが、今日のライブの為に一生懸命練習して来ましたので、どうか最後までお付き合いください!』
(よしっ、よく持ち直した!)
隣を見ると、星歌さんが小さく呟きながらガッツポーズをしていた。
STARRYでは店長としての肩書があるから表に出せないけど、今日は一人の観客として遠慮なく気持ちを発散できるのが嬉しいに違いない。
そんな星歌さんの想いも通じたのか、なお力強く、彼女達は歩みを進める。
『それでは、聴いてください! 今の私達の、全力の演奏を!!』
『ありがとう、ございましたっ!!』
結束バンドの最後の曲が終わり、始まりと同じように全員で一礼をすると拍手と声援に包まれた。
彼女達のファンは言わずもがな、私達や姐さん達を目当てに来ていたお客さんも惜しみない賛辞を送っていた。
『私達は来年開催される未確認ライオットに挑戦します! もっともっと頑張って上を目指していくので、応援よろしくお願いします!』
そう締めくくり、再び大きな拍手に送られながら結束バンドは舞台裏へと撤収して来た。
「お疲れ様! 予想以上のパフォーマンスでびっくりしたわ!」
「ありがとうございます!」
「うんうん。やっぱり私が見込んだ通り、師匠として鼻が高いよ」
「美空が言うならともかく、何できくりが偉そうに言うんだよ」
「いやいや、今回は珍しく廣井さんに練習を見てもらった事が活きたので助かりました」
「妹ちゃん、珍しくは要らなくない?」
吉田店長や姐さんが労うのを尻目に、軽く結束バンドの演奏を振り返る。
まずは一曲目の『あのバンド』、イントロから後藤ひとりの強烈なギターソロで観る人全員を引き込んでいた。
アウェーかつ目の肥えたお客さんが大多数だからこそ思い切った作戦にしたんだろうけど、流石は姐さんにも認められた腕前。
迷いがなくなったその演奏は文化祭の時よりも遥かに安定していて結束バンドの大きな武器足りえる破壊力であり、単純なギターソロだけだったら私ですら勝てるかどうか分からない力量と底の見えなさに、ゾクリと背筋が冷たくなってしまった。
次に二曲目の『ギターと孤独と蒼い惑星』、この曲は一番バンド全体としての完成度が高いと感じた。
前にSNSを遡ってチェックしたらどうやらこの曲が一番最初のオリジナル曲みたいで、一番繰り返して練習した曲だからこそ、一曲目とまた違うバンド全体の完成度で勝負できるという選択なのかもしれない。
歌詞は悲観的な気がするけど、そこを作曲の山田さんが上手くカバーして疾走感が得られるようにしているのもバンドの一体感を表していると感じた。
そして最後の『星座になれたら』。
ロックとバラードを融合させたような情緒的な曲で、文化祭の時にも思ったけど歌詞の完成度が一番高いと感じたのはこの曲だった。
少し難解な歌詞に聞こえるけど、それでも誰かへの切ない想いを綴った歌だというのは明白であり、難解そうに見えるからこそ想像の余地が生まれて味わい深くなる。
……何気に後藤ひとりって言葉選びのセンスが高いのよね。根底の部分は辛気臭いけど、エモーショナルな詞を綴って聴いている側を不快にさせない巧みさがある。
私が作る曲は直情的な物に偏りがちだから、聴いている人の感情を揺さぶる曲という意味でのバリエーションの豊富さは結束バンドに軍配が上がりかねない。
総じて彼女達のバンドとしてのレベルは文化祭から更に上がった物になっていた。
加えて、表立ってMCを務める喜多さんと虹夏は愛嬌があり、太陽の様な輝きを放ちメンバー一丸となって進む姿はFOLTで活動するどのバンドとも違うカリスマ性を携えている。
流石に今日だけでSICK HACKやSIDEROSから鞍替えして結束バンドを応援するなんて人は出ないと思うけど、これからは並行してチェックしていく人は多く出る可能性は大いにある、それだけの価値があるバンドと知らしめるには十分なライブだった。
「ヨヨコ先輩、いつも以上に怖い顔してますよ」
「そろそろ出番なんですから、シャンとしないといけませんよぉ」
「ちょわっ!?」
急に目の前にこちらの顔を覗き込んでくる楓子と幽々が現れて変な声が出てしまった。
「どーせ結束バンドを意識しすぎたんでしょ? うちはうち、よそはよそで思い切りやればいいじゃないっすか」
「わ、分かってるわよそんな事!」
あーもう! 結束バンドのせいで考え事に時間を割きすぎちゃったじゃない! ただでさえ本番直前は緊張するから精神統一が必要なのに!
急いで落ち着こうと深呼吸やストレッチをやり始めたら、あくび達三人に揃って
『はぁ~~~』
と溜息を吐かれた。
「な、何よそのリアクション!?」
「あのっすねヨヨコ先輩、ウチらってそんなヤワな練習してます?」
「そんなワケないでしょうが!!」
「なら、大丈夫っすよ」
私の剣幕を受け流し、ニコリとあくびは笑顔を浮かべた。
「はーちゃんの言う通りですよ。あれだけたくさん練習しているんだから、自信を持ちましょう」
「それに、ちょっとくらいミスしてもヨヨコ先輩ならリカバリーしてくれるって信じてますから~」
楓子と幽々もいつもからかう時とは違う、やる気と期待に満ちた笑顔を浮かべて言う。
「……あんた達、ほんっとこういう時だけ調子いいわよね」
「それだけヨヨコ先輩を信じてるって事っすよ」
なんだか上手く乗せられてる気もするけど、おかげで緊張は解れた。
……一年位前までは、バンドを組んでは解散してが当たり前だった。
そんな私と共に、この子達は夢へ向かって一緒に歩んでくれている。
普段は人の事をからかったり、都合のいい時だけリーダー扱いするけど……どんなにハードな練習でも、難しい曲でも、一緒に乗り越えようと頑張ってくれた。
──背中を押してくれたのにここでやらなきゃ、リーダーとして失格よね。
「SIDEROS、行くわよ!!」
かつては孤独だった私の背を支えてくれる存在を誇りに変え、ステージへと足を進めた。
ステージの幕が上がり、今度はSIDEROSの演奏が始まる。
出番の終わった私達は、そのまま舞台袖で待機する形で観させてもらっていた。
『こんばんは、来てくれてありがとう。次は私達、SIDEROSが演奏させてもらうわ』
メンバーで一礼をした後に、大槻さんが観客席全体を眺めながら挨拶をする。
そして以前と同じように堂々と、不敵な笑みを浮かべながら宣言した。
『今日は結束バンドのファンも来ているみたいだけど、安心して。期待外れだなんて思わせない演奏を見せてあげる』
会場が一層暗くなり、SIDEROSだけにスポットライトが照らされると同時に、長谷川さんのスティックがカウントを始めた。
来る!
そう身構えた瞬間、聴こえて来たのは嵐のようなギターソロ。
カウントのリズムが速かったから激しい曲調なのは予想出来た。
けれど、予想外なのはそのギターソロを誰が弾いているかだった。
「本城さんが!?」
一緒に観ていた喜多ちゃんが驚きの声をあげる。
前にライブで観た時のセトリだと比較的穏やかに入って徐々に盛り上がって行く場合、その穏やかな部分のギターソロは本城さんが担当して、激しい時は大槻さんが担当するというパターンが組まれていた。
けれど、今回は最初からSIDEROSの持ち味である激しさが全開で強調され、本城さんのギターは大槻さんと遜色の無いレベルにまで昇華されていた。
驚いたのも束の間、ストリングスと共に長谷川さんのドラム、内田さんのベース、そして大槻さんのバッキングが合わさりより一層迫力が増す。
こ、こんな曲の中で大槻さんは歌えるの?
そんな疑問が私の中に浮かんだけど、それすらも些細な事だと吹き飛ばすかのように、大槻さんは歌う。
音に欠片も負けていない量と声の伸び。
バンドマンとしての力強さと、オペラ歌手のような美しさ。
耳障りな感じなんて一つも無く、魂まで響く、どこまでも澄んだ声。
その歌声は強靭で、神々しささえ感じる輝きを放っていた。
私達も、お客さんも、全てが一体となったその演奏に、言葉が出なかった。
「……き、喜多ちゃん。あれ、歌ってって言われたら歌える……?」
「無理……です……虹夏先輩……。歌声も体力もレベルが違いすぎて、出来る気が全くしないです……」
「それだけじゃないよ。ベースもドラムもこれだけハードな曲なのに全くリズムが崩れていない。全体の統一感が半端じゃなくて雑味が一切ないから、ヨヨコの歌声が尚更活かされるんだ」
「そ、そもそも、たとえバッキングだけであってもあの歌声と並行で出来る時点でとんでもないですよ……」
虹夏ちゃんと喜多ちゃんの声は乾いていて、リョウさんと私も苦しそうな声を絞り出すのが精一杯だった。
私達だって、必死になって練習して来た。
前よりも大槻さん達に近づけたと信じて、自分達の全力を尽くした。
けれどこの日のライブは、伸ばした手の先にある物は遥か彼方にある事を思い知らされて──私達の中に、苦い記憶として刻まれる事となった。
◎おまけ
Q:ノルマが上がったらぼっちちゃん厳しくない?
A:↓みたいな事がありました。
ホームルームが始まる前、心臓をバクバクさせながら私は機を窺っていた。
あと数分で始まるという時、心の中で『えいやっ!』と弾みをつけて教壇の前に立った。
突然私がドタドタと前に立った事でクラスの人達が何事かという視線で見てくるけど、目をギュッと瞑って意識しないようにする。
「えっと、と、突然すいません! クリスマスにまたライブがあります!」
手にしていたフライヤーを裁判に勝った人が掲げる紙みたいに両手で広げ、ヤケクソ気味に声を出す。
「今度は新宿FOLTってライブハウスで合同ライブです! 一緒に共演する人たちも凄い上手くてとにかくスゴイので、興味があってチケット欲しいなと思ったら私に言ってください! 以上ですありがとうございました!」
口から心臓が飛び出すんじゃないかという熱さを我慢してまたドタドタと自分の席まで戻ると、狙い通りホームルーム開始のチャイムが鳴った。
か、完璧。チャイムが鳴れば席に着かざるをえないから、一方的に宣伝するにはこのタイミングしかなかった。
喜多ちゃんや虹夏ちゃんみたいな会話の中で自然に宣伝するなんて出来ないから、考えに考え抜いた私なりの戦略だった。
ひとまず授業が始まれば落ち着けるから、その間に今の事を訊かれた時用に話す事のパターンを考えて……。
「後藤さん、またライブやるんだ」
「そのチラシ見せて。クリスマスにライブってオシャレだね」
「どうせなら皆で応援に行こうよー」
「おーい、ホームルーム始めるぞ。お前たち何話してるんだ」
「あ、先生。クリスマスに後藤さんのバンドがライブやるみたいなんです」
「へぇ、すごいじゃないか。なら後藤、せっかくだし今ここで宣伝してもいいぞ」
「あえええええええ!?」
こうして先生の好意を断る事も出来ず、今度は皆からの注目をバリバリに集める中で私はもう一度ライブの宣伝をやる事になった。
一回目で力を出し尽くしたから二回目は蚊の鳴くような声でしか宣伝が出来ず、見かねた近くの席の子達に介護されながらグダグダな雰囲気で終わってしまった。
後日、結果としては私単独のノルマには届かなかったけど、喜多ちゃんと虹夏ちゃんが穴埋めをしてくれたおかげで全体のノルマ自体を達成する事は無事完了した。
ごめんなさい、いつまでも経ってもコミュ障な人間でごめんなさい……。
今回のSIDEROSの曲はRhapsody of FireのEmerald Swordをモチーフにしています。結束バンドのレベルが上がっているのに彼女達のレベルが上がっていないワケがないという事です。
ぶっちゃけヨヨコちゃん達はラスボスポジなのですが、前のライブシーンと同じく強敵としての格を落とさない様に描写するのが難しいです。