次は本編を進められるように頑張ります。
新学期初日は午前だけで学校は終わり、午後からはバイトを入れているので私は足早に教室を去った。
「ごめんね、また誘って!」
帰り道がてらお昼ご飯を一緒に食べないかクラスメイトに誘われたけど、事情を話すと快く送り出してくれたのでそれに対して笑顔で返す。
チケットの件もそうだけど、皆本当に良い人達だったなぁ。ぶっちゃけここまで友好的だとは想像していなかったから、次はちゃんと予定を空けておかないと。
それにライブにも来てくれるわけだから、当日はきっちり仕上げないと未来のスーパーアーティストの名が廃るってもんよ。
ドキドキとワクワクで胸が躍る中、ひとまず今日のバイトに備えてお昼ご飯はファストフードでさっと済ませ、御茶ノ水にあるバイト先の楽器店に私は足を踏み入れた。
「おはようございまーす! 今日も一日頑張りましょー!」
「おはよう美空ちゃん。今日はなんだかご機嫌ね」
「緑さーん。実は私、今度のライブのチケットノルマが捌けたんですよ」
「あら、凄いじゃない。これも美空ちゃんの人柄かしら」
「でへへ。もっと褒めてくれてもいいんですよー?」
休憩室で出迎えてくれたのは、大きなリボンで結ったポニーテールがトレードマークなバイト先の先輩の緑さん。すごく穏やかな性格でとても話しやすいから、仲良くなるのにそう時間は掛からなかった。
今も私が抱き着いても優しい笑顔を浮かべながら頭を撫でてくれて、その暖かいオーラにほわほわと癒されている。
しかし、そんな幸せタイムを横からチッと舌打ちしながら邪魔してくる人がいた。
「毎回毎回アホがバカみたいにデケェ声出してんじゃねぇよ。緑も、そいつを甘やかしすぎるとつけあがるぞ」
カチーン。
声の方向に顔を向けると、頬杖をつきながら不機嫌な顔をして座っている金髪ヤンキーなもう一人の先輩・星歌さんが居た。
なんだァ、てめぇ? 言われっぱなしで終わる美空様じゃねぇぞ。
「はぁ~ん? 既に留年が決まったお馬鹿さんにアホ呼ばわりされる筋合いはないんですけど~?」
「まだ決まってねぇよ! それよりもどこで知りやがった!?」
「リナさんが嘆いてましたよ。ぷぷっ、折角大学入ったのにもう留年見えてるとかマジうける」
「上等だ表出ろお前!」
「二人とも止めなさい!!」
私が煽りまくって短気な星歌さんの怒りが爆発すると、それ以上に大きい緑さんの声が響き渡った。
「星歌さんは一々悪態をつかない! 美空ちゃんも一々やり返さない! あんまり酷いと店長に報告しますよ」
普段は優等生かつ優しい緑さんから一変した剣幕に、私も星歌さんも従わざるをえなかった。
「……はぁい。緑さんに言われちゃしょうがないですね。今日はこれくらいで勘弁してやりますよ、ぺっ」
「お前マジで一回ぶん殴るぞ」
「美空ちゃん、それ以上はお給料を減らす事も相談させてもらうわよ」
「げげっ、それだけは勘弁してください」
バンド活動をするのには何かとお金が必要なのに収入源が絶たれたら元も子もない。
……星歌さんが魔王なら緑さんは影の支配者って感じだけど、それは表に出さないで反省のポーズも兼ねて私はさっさとバイトの準備に向かうのだった。
そんなこんなでバイトが始まり、緑さんの目が怖いので黙々と仕事をこなしていく。
ちなみに、何でここをバイト先に選んだかというと音楽に関しての情報収集という実益も兼ねられると思ったからだ。
夏休み中に日本に帰って来て早々、将来のバンド活動費用の為にバイト探しをした。最初はライブハウスで出来れば良いなと思っていたけど、営業時間の兼ね合いから未成年がOKな所は見つからなかった。
であれば目先を変えて楽器店はどうかと探した結果、ちょうど募集をしていたこのお店に辿り着いたわけだ。
最近は外国人のお客さんも来る機会が増えているみたいで、楽器の知識と経験があり英語も喋れる私は即採用となった。今ではとりあえず外国人のお客さんが来たら話を聞くのは私、といった感じで戦力としては結構アテにされていて、ぶっちゃけ星歌さんよりもよっぽど仕事をしている自信はある。
なお、星歌さんの事は決して嫌っているわけじゃない。
今日の一件もじゃれ合いの一種みたいなもので、普段の素行はアレだけどバンドマンとしては尊敬している。何だかんだで今度のライブもリナさんも含めたメンバーで観に来てくれるし、本気で嫌われているわけではないはず。
何て言うか、トムとジェリーみたいな関係? ちょっと違うか? まぁいいや。
それに、私も星歌さんのバンドのチケットを半ば強引に買わされた事があるからお互い様だ。
「あのー、すいません」
半分思考に沈みながら仕事をしていた所、後ろから呼びかけられた。
「はーい」
すっかりバイト戦士として鍛え上げられた事もあってか、反射的に笑顔を浮かべながらお客様対応をする。お客さん相手にメンチを切ったりするどこぞの魔王とは違うのだよ!
けど、振り向いた私はお客さんの姿に思わず思考がフリーズしてしまった。
なぜなら、そこに居たのはおおよそ楽器店とは無縁そうな、お日様みたいにポワポワした空気を纏ったお姉さんだったからだ。
「突然でごめんなさい。今日、伊地知星歌は居ますか?」
「え、星歌さん?」
知っている名前が出た事でなんとか思考回路を取り戻せた。
「星歌さんなら居ますけど……。あ、もしかして星歌さんのお姉さんですか?」
そんな話は聞いた事ないけど、言われて見ればお姉さんの顔立ちは星歌さんと似ている気がする。
一方、私の言った事が何かおかしかったのか、お姉さんはニコニコと笑顔を浮かべながら答えた。
「あら、お上手なのね。けど私、星歌の姉じゃなくて母なんです」
「お、おかっ……!?」
衝撃の事実に頭が真っ白になってしまう。
こんなに若々しくて綺麗な人が、お母さん!? どうしてこんな可愛らしい笑顔を浮かべている人からあんな魔王が生まれるわけ!?
そんな色々と理解が追いつかない中、幸運にも救いの手を差し伸べてくれる人が居た。
「あ、お母さん。こんにちは」
「緑ちゃん、こんにちは。ごめんね、今日は星歌って居るかしら?」
「えぇ、居ますよ。もしかして、また家に帰っていないんですか?」
「そうなのよ~。リナちゃんの所にも行ったんだけど居ないって言うから、じゃあこっちかしらって」
「お疲れ様です……。美空ちゃん、申し訳ないけど二階に星歌さんは居るから案内してもらっていい? 私は店長に事情を話に行くから」
「え。あ、はい。わ、分かりました。どうぞ、ご案内します」
「本当にごめんなさいね」
言われた通り緑さんが店長の所に行き、私が星歌さんの所に案内をする。
お母さんを連れて二階まで行き、星歌さんを見つけると私は声を掛けた。
「星歌さん。お客さんが来てるんですけど」
「はぁ? 私に客って……げっ!?」
「げっ、じゃないでしょ星歌。もう少し家族との時間も大事にしてくれて良いんじゃない?」
「だからってバイト先にまで来んなって言ってんだろ!」
「だったらもっと家に帰ってきなさい。虹夏だって寂しがってるんだから」
わーお、お母さん強い。おっとりしてるけど圧は強いから、あの星歌さんがタジタジになっている。
星歌さん相手にあんな事が出来る人がいるんだなぁ、とボヘーっと見ていると後ろから緑さんの声が聞こえて来た。
「お母さん、店長から伝言で『良かったら外に連れ出してお話して来てください』ですって」
「あら、ごめんなさい。それじゃお言葉に甘えて、行くわよ星歌」
「分かったから手は繋がなくていいだろ!」
「あ、それと抜けた分のお給料は引いてくださいって伝えておいてくれる?」
「おい! 勝手に決めんな!」
「悪いのは星歌なんだから、それくらいの罰は受けなさい」
『それでは後ほど~』と相変わらずニコニコしながらお母さんは星歌さんを引っ張って外に出て行ってしまった。
本人は別にやかましい感じじゃなかったけど、色々と目まぐるしく状況が変わるのは正に嵐が過ぎ去ったかの様だった。
「緑さん。これってよくある事なんですか?」
「ん~、ごく偶にって感じかな? 家に帰らない事は多いけど大抵リナさんの所に居座ってて、隙を見てリナさんが連絡してくれてるから」
「実は星歌さん、私の家にも泊まった事あるんですよ」
「え、そうだったの?」
「はい。しかもうちの親に『家に帰っても誰も居ないから寂しいんです』とか言って泣き落とししたんですけど、バリバリ嘘ついてやがりましたね。信じた私も大概ですけど」
「あー……。まぁ、星歌さんも妹さんと上手く行っていないのがストレスみたいだから、出来れば穏便に済ませてあげてくれない?」
「まぁ、緑さんがそう言うなら。うちの親もゲスト招いてホームパーティーみたいな事やるの好きなんで」
「ありがとう。実は私の家にも何回か泊まった事あるんだけど、お互い困ったわねぇ」
はぁ、と二人して溜息を吐き、こっちはこっちでバイト中なので結局それ以上は何も言わずにお互い仕事に戻るのであった。
やがて一時間くらい経った後、星歌さんとお母さんはお店に戻って来た。
お母さんは相変わらずニコニコしていたけど、星歌さんは疲れた顔をしていた。
「お待たせしました。お仕事中だったのに本当にごめんなさい」
「いえいえ、お気になさらず。なんか皆慣れているみたいなので」
「慣れている事自体問題なのに、まったくこの子ったら」
丁度私が出迎えたけど、星歌さん本人はスタスタとお店の奥に進んで行ってしまう。
「あ、星歌さん。何処に行くんですか」
「うるせぇな、店長の所に詫び入れに行くんだよ。逃げやしねぇよ」
私が呼び止めると不機嫌な顔と声音を隠そうともしないで星歌さんはそのまま行ってしまった。片手にはお菓子の紙袋を持っていたから、多分お母さんに持たされたのだろう。
これはしばらく虫の居所が悪いだろうなぁ。面倒くさいなぁ。なんて考えていたら、お母さんに話しかけられた。
「ねぇねぇ。あなた、もしかして最近入った藤原さん?」
「え? あ、はい。そう言えば自己紹介してませんでしたね。藤原美空です、宜しくお願いします」
反射的に頭を下げて自己紹介をしたけど、同時に疑問が浮かんだ。
「どうして私の名前を?」
「先月たまたま家に帰って来た時、話をしたのよ。賑やかな奴が入って来たってね」
賑やかねぇ。どうせ星歌さんの事だから本当は喧しいだの生意気だの言ってたんだろうな。
そんな私の心を読んだのか、お母さんは楽しそうな笑みを浮かべながら話を続けた。
「それとあの子、藤原さんの事を褒めていたわ」
「え?」
「藤原さんは心から楽しそうに音楽をやっていて、その上で努力を惜しまない。悔しいけど音楽の才能は自分以上で、だからこそ負けない様に自分も練習してるんだって」
「……あー……。そう、なんですか」
お母さんがお世辞を言っているとも思えなくて、嬉しい以上に何だか恥ずかしい気持ちになってしまう。
「えっと、その、ありがとうございます」
「あの子、素直じゃないから面と向かってこういう事は言わないでしょ? でも、音楽に対してはどこまでも真面目だから、そこは信じて」
「それは、分かります。星歌さんのライブ観に行った事あるんですけど、星歌さんも音楽を愛しているんだなって伝わって来ましたから」
「あら、本当? 聞いてるこっちが嬉しくなっちゃうわね」
そう言うと、お母さんの笑顔はさっきとは少し違う……安心や慈しみが込められた、母親としての愛情が籠った笑顔で感慨深そうに頷いていた。
私が星歌さんのライブを観に行ったのは、バイトを始めてしばらく経った時だ。
『おい新入り。私のバンドのライブを観に行く権利をやるよ』
そう言って半分強引にチケットを買わされた。
その時は『どうせノルマが厳しいから押し売りしただけだろ』としか思っていなかったけど、お金を払った以上観に行かないと勿体ないし、行かなかったら後で面倒だからと渋々行った。
でも、予想に反してライブハウスはファン達で賑わっていて、驚いた。
そして、いざ演奏が始まると……星歌さんも含めたバンドメンバーは、皆が輝いて見えた。
アメリカに居た時は生で色んなバンドを観たし、中には父さんに拝み倒して有名バンドのライブにだって連れて行ってもらった事もある。
プロだの、アマチュアだの、人種だの。
そんな物は関係ない。
今ここで出来る、最高の自分の音楽を表現して、奏でられた旋律と歌詞で皆を一つにする。
私が目指した本当の音楽の境地を体現する星歌さんの音楽は、正に星の様に輝いて見えた。
そこからは星歌さんを見る目が変わり……まぁ普段の言動はもう少しどうにかして欲しいけど、先輩として少しは尊敬してあげてもいいかな、と思うようになった。面と向かっては絶対に言わないけど。
「星歌さんならメジャーデビューも行けると思いますよ。それだけのパワーが、あの人の音楽にはあるので」
「ふふ、ありがとう。これからも仲良くしてあげてね」
「あ、それとお母さん。よければ連絡先を交換しておきませんか? 星歌さん、私の家に泊まったりした事あったんで、何かあったら居場所を確認できる人は多い方が良いと思うんです」
「え、そうだったの!? もう、あの子ったら! 今度お詫びに行かせてもらうわね」
「あ、大丈夫ですよ。うちの親、ゲストと一緒に過ごしたりするの好きなんで」
「それはそれ。これはこれ。親としてちゃんとそこはケジメを付けないと申し訳ないわ」
はぁー。雰囲気はポワポワしてるけどしっかりした人だなぁ。本当にこの部分は星歌さんの何処に行ってしまったのやら。
その後、お母さんと連絡先を交換して、今度こそさよならをした。
……ふぅ。今日は色々あって疲れちゃったな。でも一期一会って言うし、この縁を大切にしますか。
それに……ケッケッケ。星歌さんの弱みを一つ握れたしね。何かあったらお母さんに言っちゃおーっと。
ウキウキ気分で仕事に戻ると、丁度同じように復帰した星歌さんとかち会った。
「おい、何気持ちわりぃ顔してんだよ」
「いえ、別に~? お母さん、良い人だなーって」
「もしかしてお前、何か変な事でも聞いたか?」
「いえいえ、何も聞いてませんよ」
「嘘つけ! ぜってぇ何か聞いただろ!」
「はいはい。騒いでるとまた緑さんに怒られますよ」
言及を適当にあしらい、悔しそうな顔をする星歌さんを尻目に私は自分の仕事をこなしていった。
『あの子、藤原さんの事を褒めていたわ』
お母さんに言われたことが頭の中でリフレインされる。
正直、その日はそれが嬉し過ぎて、星歌さんの前で表情を崩さない様にするのが大変だった。
過去編の美空さんは言いたい放題やりたい放題な性格をしているので動かしやすいです。