「皆、今日はお疲れ様。今日の打ち上げは私のご馳走だから好きなだけ楽しんでね」
「やったー! 銀ちゃん太っ腹―!」
無事にライブが終った後、私と星歌さんは今日の打ち上げにお呼ばれされていて、今は銀次郎さんが開始の音頭を取っている。
総勢14人の大所帯。申し訳なくなって私も少しお金を出す事を提案したけど、
『私からの気持ちよ。今日は美空ちゃんも一緒に楽しんで』
と銀次郎さんにはやんわりと断られてしまった。
まぁ、こういう流れになったら楽しまないと逆に不義理だよね。
そう自分の中で区切りを付けて、一番問題なこの会場で淀んだ空気を放っている子達に呼びかけた。
「皆、気持ちは分かるけど今はパーっとはしゃいじゃいましょう」
『はぁい……』
結束バンドの皆はかろうじて返事をしたけど、その声音には依然として生気が抜けていた。
むぅ、これは重症だな。正直、私もヨヨコちゃん達のレベルが上がっている事は覚悟していたけど、その上がり幅が尋常じゃなかった。
以前のライブでは、穴らしい穴はヨヨコちゃんと本城さんのギターの差だと思っていたけど、この数か月でキッチリ修正してきた。長谷川さんと内田さんのリズムキープも安定していたし、そこから更にヨヨコちゃんのパワーアップしたボーカルが解放されて、結果としてバンド全体の完成度がより強固なものとなっていた。
結束バンドからしたら現状のやれる事をやり尽くしての敗北感だから、今までには無いショックだった事は想像に難しくない。
「うぅ~……! だって、あれだけ練習したのに差が広がるだけだったなんてショックですよ~!」
「なに贅沢言ってんだ。初めてのアウェーであれだけ良いリアクション貰えて生意気なんだよ」
「言い方は厳しいけど、星歌ちゃんの言う事も一理あるわ。それに、私が想像以上に良かったと思ったのも本当よ」
「でもでも~……!!」
星歌さんのフォローをしつつ労ってくれた銀次郎さんの言葉にも、なお虹夏ちゃんがイヤイヤと首を振る。
んー、どうしよう。目標を高く見据えているのは良い事だけど、このままじゃ折角の打ち上げの雰囲気が悪いままだし。
そんな風に私が悩んでいたら、
「あー、もう! いつまでウジウジしてんのよ!」
とヨヨコちゃんがビシッと人差し指を突き出して吠えた。
「お姉さんの言う通り、初めてのアウェーであれだけ盛り上がった事自体もっと喜んでいいじゃない! 私だってその域に行くまで年単位で時間が掛かったんだから!」
「ヨヨコちゃんの場合は解散を繰り返してたりしていたからじゃない?」
「姐さんちょっと静かにしてください!」
「ひぃ!? ごめんなさい!」
茶々を入れて来たきくりをヨヨコちゃんがキッと睨み返すと、きくりは大人しく従った。お前、先輩としてそれでいいんか?
「……こほん。それとも何? 今日の一回だけであなた達は負けを認めて、尻尾を巻いて逃げるっていうの? そのままメジャーデビューを目指すのも諦めるの?」
「むっ……! そんな事、絶対にしないもん!」
夢を諦める、という事に虹夏ちゃんが反応してヨヨコちゃんを睨み返す。
すわ一触即発かと止めに入ろうとした所、ヨヨコちゃんはライブの時と同じ不敵な笑顔を浮かべた。
「そうよ。やりたい事があるならやり通せばいいじゃない」
その声音には、嬉しさが滲み出ていた。
「未確認ライオットまでまだ時間はあるわ。仮にも私達のライバルだというのなら、また這い上がって来るくらいの根性を見せてくれないと困るわね。ま、当然私達も抜かせる気は無いけど」
「ヨヨコ先輩、今すっごい決まったって思ってるっすよね?」
「シャラップあくび!」
「でも今の、すっごい好きな子に意地悪する小学生みたいでしたよ」
「演奏中も結束バンドをすごい食い入って観てましたもんね~」
「だから言わなくてもいいでしょ!?」
「否定しないって事はそういうことっすよね」
お決まりの流れで他の三人がわちゃわちゃとヨヨコちゃんをイジリ始めた所で、かなり空気が柔らかくなったのを感じた。最悪、大人組の誰かが喝を入れないと収まらないかと思ったけど、それだと空気が悪いまま進みかねなかったから後で長谷川さん達にはお礼を言っとかないと。たぶん本人たちは天然100%だろうけど。
「……ふぅ。これから何回でもこんな事なんてあるだろうし、今回はヨヨコの言う通りか。どうせなら曲作りの事とか色々聞きたい事もあるしね」
「山田さんの言う通りだな。折角こうしてまた揃ったんだ。お互い色んな事を話しして、今後のバンド活動の糧にすればいいさ」
「イエス! 折角のクリスマスなのに湿っぽい空気はノーセンキューネ!」
「……そうですね。元気が取り柄な私達ですもの、心配させてごめんなさい」
どうやら結束バンドの皆も踏ん切りがついたのか、リョウちゃんの言葉に喜多ちゃんが続いて、ひとりちゃんも無言ではあるが皆に頭をペコペコ下げている。
……そうよね。未来はまだ決まった訳じゃない。彼女達が前へ進み続けるなら、私もそれを支えられるようにサポートしなくちゃ。
私も心の中で再起を図ると、銀次郎さんが満足そうな笑顔を浮かべてグラスを掲げた。
「それじゃ、気分も改まった所で……乾杯!」
『乾杯!!』
グラスを合わせる音が、まるでクリスマスのベルの様に鳴り響いたのだった。
「曲の事なんだけど、ストリングスの部分って誰が作ったの?」
「あれはウチっす」
「え、長谷川さんってバイオリンとか出来るの?」
「出来ないっすけど、ゲームが好きなんでゲームの音楽を聴きよう聴き真似で参考に作ってる感じっすね」
「はーちゃんのおかげで曲の幅が広がったんだよねー」
「……私も久しぶりにバイオリンやってみようかな」
「そう言えばリョウ先輩の部屋にバイオリンありましたよね」
「止めはしないけど、そっちの要素を入れると音域の高さも上がりがちになるからボーカルが難しくなるわよ」
「うっ……。ど、どうしましょう先輩」
「まぁ、今はあくまでも参考程度にしておくか。今の方向性でも曲のストックはまだあるからね」
そんなこんなでやはりと言うべきか、お互い共通の話題は必然と音楽になるのでリョウちゃんの質問を起点に打ち上げは穏やかに進行していた。
「あ、そう言えば幽々も後藤さんに訊きたい事があったんですよぉ」
「へ? わ、私ですか?」
と、ここで内田さんからひとりちゃんという珍しい組み合わせが発生した。
私自身も何だろう? と興味深く見ていると、内田さんはひとりちゃんの傍に移動してスマホの画面を見せた。
「このギターヒーローって、後藤さんじゃないですか~?」
「ぼべぇ!!??」
「ぎゃー!? ちょっと後藤ひとり、汚いじゃない!!」
「だ、大丈夫ヨヨコちゃん?」
まさかの質問にひとりちゃんは口につけていた飲み物を盛大に吹き出し、ヨヨコちゃんがその餌食となった。虹夏ちゃんがおしぼりで拭いてくれているけど、ひとりちゃんだけじゃなく他の三人にも動揺が走っている。
うーん、でもこれはこれで今後また別で身バレした時の練習になるかな? SIDEROSなら皆いい子達だから交渉もしやすいし、ひとまず成り行きを見守る事にした。
「あへへ。め、珍しいですねぇ。顔は分からないけどここまで私そっくりな人が居るなんて知らなかったですよぉ~」
「すっごい目が泳いでるっすけど」
「? 別に隠さなくてもいいんじゃない? これだけの登録者と再生数なんて自慢できると思うよ」
「はい私がギターヒーローですっ!」
「ぼっちちゃーん!?」
あ、駄目みたいですね。本城さんの一言で承認欲求モンスターに負けたひとりちゃんはあっさり陥落し、その即落ちっぷりに珍しく虹夏ちゃんがポコポコ叩いている。
うーん、誤魔化すのが苦手なひとりちゃんだとこの結果は致し方無しか。でもそれはそれはとして即落ちした件に関しては後でちょっと注意ですかね。
その後、虹夏ちゃんに怒られた事が効いたのか、ひとりちゃんは自ら責任を取るように皆と話を始めた。
「えっと、私がギターヒーローなのは本当ですけどお願いです。この事は絶対に誰にも言わないでください!」
「まぁ、別に言いふらしたりする気はサラサラ無いっすけど」
「でも、これだけの人がバンドを組んで演奏してるってなったら、結束バンドにとっても良い宣伝になるんじゃないの?」
「それじゃ駄目なんです。ギターヒーローの名前を使わないで、純粋に結束バンドの実力だけで頑張るって皆で決めたんです。そして私個人の、結束バンドの後藤ひとりとして皆と一緒に進みたいっていう決意でもあるんです」
ここぞという時に発揮するひとりちゃんの力強さにその場の全員が聴き入る。
そして込められた想いを感じ取ったのか、ヨヨコちゃんが僅かに口の端を上げながら言った。
「良い心がけね。その言葉がどれだけの物か、楽しみにしているわ」
「んもー、またヨヨコ先輩はそんな悪役みたいなこと言ってー」
「ごめんなさい後藤さん。幽々が軽い気持ちで訊いたのが悪かったですねぇ」
「あ、いえ。そんな、謝らないでください」
「ウチらもこの件は秘密にするんで、大丈夫っすよ」
「私もこういうのは秘密にした方がいいと思うヨー。ひとりは可愛いから、今の時代身バレしたらネット民のおもちゃにされかねないからネー」
「イライザ、怖いこと言わないで」
「……ん? ちょっと待って」
同人活動の一環でネットに造詣が深いイライザの一言にツッコミを入れると、今度はヨヨコちゃんが怪訝な顔で尋ねてきた。
「後藤ひとりがギターヒーローって事は……この登録者数も再生数も全部本物って事よね?」
「あ、そう言えば皆で話題になった時ヨヨコ先輩だけ頑なに信じようとしなかったですよね」
「登録者数10万人……私の10倍……ドーム二個分……ゴバァ!?」
「ヨヨコちゃんが血を吐いた!?」
「あー、これは後藤さんのフォロワー数が自分より大幅に上回っていた事によるショック死っすね」
「うける、撮っとこ」
「ヨヨコちゃん大丈夫~? 度が強いお酒飲ませたら起きるかな?」
「やめんかバカタレ」
よ、ヨヨコちゃんってば変な所でプライドが高いのね……。求道者みたいなイメージがあったけど、やっぱり本質はかなり繊細なのかしら……?
なお後日、FOLTの動画チャンネルでSIDEROSの皆が各々の動画をアップし始めたけど、ヨヨコちゃんのメントスコーラ動画だけ目も当てられない再生数の上に呪いの動画扱いされていたのは、また別の話である。
こうして二転三転とした打ち上げは、気が付けばそろそろ終盤へと差し掛かっていた。
「はい、それでは皆さん。宴もたけなわですが、ここで星歌さんのお誕生日をお祝いしたいと思いまーす。それでは星歌さん、こちらへどうぞ」
事前の打ち合わせで私が司会を引き継ぐ事になったので、努めて明るい声を出して進行を行う。ひとまず星歌さんをそれなりに片付けられている席へ移動させ、手にマイクを持っているフリで挨拶を促す。
「いかがでしょうか星歌さん。遂に三十路になられた気分は」
「よく見ておけ、お前らもいずれはこうなるんだ」
「はい、暖かいお言葉ありがとうございまーす」
メンチを切りながら言った星歌さんの言葉を流すとギリギリと二の腕を抓まれた。
いでで、直ぐ暴力に訴えやがってこの魔王は。
まぁSIDEROSの子達がいる手前殴らないだけマシかなーっと思っていたら星歌さんは手を離し、照れくささと有難さが混ざった顔で頭を下げた。
「このアホが言った事はともかく、今日はわざわざありがとう。久しぶりに楽しい気分になれたし、どのバンドも良い演奏だった。……私にとっては、最高の音楽こそがなによりのプレゼントだよ」
そう言い終わると皆から暖かい笑顔と共に拍手が送られ、チラリと虹夏ちゃんの方を見ると少し目元が潤んでいた。
ふふ、よかった。誕生日会の提案をしたのは銀次郎さんだけど、他の皆に協力を呼びかけたのは虹夏ちゃんだったから嬉しさもひとしおでしょう。
私もちょっとウルってきちゃったけど、自分の役割を全うするために気を取り直して進める。
「では、まずはお誕生日ケーキのご登場です。用意してくださったのはSIDEROSの皆さんで、なんと本城さん主導の手作りだそうです」
『おめでとうございまーす!』
お店側の協力で冷蔵庫に寝かしておいたケーキをSIDEROSの皆が運んでくれて、星歌さんの目の前に鎮座される。
「こちら、甘さ控えめのチーズケーキとなっております~」
「おぉー、これは凄いな。店で売ってるのと遜色ないじゃないか」
綺麗な円を描き、その上に薄茶色のチョコレート板にお祝いのメッセージが書かれているケーキを見ると、珍しく星歌さんが目をキラキラさせていた。星歌さんは甘いものが特段好きなんて事は聞いた事ないから、このリアクションは相当なものだ。
「ふーちゃんのお菓子は絶品ですから、味は保証しますよ」
「皆でお金を出し合ったからそれなりに良い材料を使えましたからね~」
「たし蟹。楓子のおすそ分けには私ときくりもお世話になってるヨー」
「おかげで金欠の時に何回か飢えを凌ぐ事が出来たからね」
「お前らはまず自分の金銭管理をしっかりしろ」
まさかの後輩に貢がせてもらっている発言に志麻が二人をアイアンクローで締め上げる。お前ら、先輩としてそれでいいんか?(本日二回目)
「いやぁ本当にありがとうな、一回しか会っていないのにここまでしてくれて。何かお返し考えないと……」
「あ、でしたらこれも縁という事で、そちらのお店でSIDEROSのライブ開催を検討して頂けませんか~」
「ちょっと幽々!?」
「……SIDEROSなら余裕でキャパが埋まるだろうし、ワンマンライブでも全然ありだな」
「お姉ちゃんの薄情者!」
売上のシミュレートをしたのか、揉み手と一緒にへっへっへと笑いながらゴマすり三下ムーブをかます星歌さんを虹夏ちゃんがベシベシと叩く。
いやまぁ経営者として大きな売上が得られるチャンスは大事だけど、もうちょい振る舞いをどうにかしなさいな。
あ、ちなみにケーキは皆で分け合い、大人数だったのであっという間に平らげてしまいました。大変美味しゅうございました。
「さて、次のプレゼントは銀次郎さんからでーす」
「お誕生日おめでとう、星歌ちゃん」
「なんか、色々とすいません」
「いいのよ気にしないで。大人だって皆と楽しむ権利は平等よ」
「ありがとうございます。……これ、開けてみてもいいですか?」
「えぇ、どうぞ」
星歌さんがはにかみながら銀次郎さんに確認を取って袋を開けると、中からはアクセサリーと思わしき金属の輪っかが出て来た。
「これは、ブレスレット? いや、チョーカーか?」
「そ。いわゆるネックカフってやつね。たまには気分転換でこういうのも良いんじゃないかなーって思ったの」
「なら、折角だから今ここで着けさせてもらいますね」
そう告げると星歌さんは今着けているチョーカーを手早く外し、銀次郎さんから貰った新しい物と交換した。
ほうほう。銀次郎さんがプレゼントしたのはシンプルなシルバーのチョーカーだから変に主張しないで、かつ星歌さんの金髪と良い感じにコントラストが映えている。
「似合っていますよ先輩」
「元がヤンキーだからパンクっぽい感じでも違和感ないねー」
「一言余計なんだよお前は」
「ふがーっ」
志麻の一言を台無しにしたきくりは掌底で鼻っ面を押され豚みたいな呻き声をあげさせられた。んもー、褒めるにしてももうちょい言葉を選びなさいよ。
でもまぁ、星歌さんも満更ではなさそうだから、これも一種のじゃれ合いみたいなものでしょう。
「銀次郎さんのセンスが光る良いプレゼントでしたー。お次は、志麻とイライザの連名でプレゼントですー」
「お誕生日おめでとうございます、先輩」
「ハッピーバースデー!」
「ありがとうな」
お祝いの言葉と一緒に、志麻とイライザが揃ってプレゼントが入っているそこそこ大き目の袋を渡す。
「何だこれ? 中見てもいいか?」
「えぇ、どうぞどうぞ」
ガサガサと袋を開けて中から出て来たのは、服?
「肌触りの感じからすると……パジャマか?」
「快眠パジャマってやつですね。三十歳になると体の変化が著しいみたいですから、健康に気を付けてください」
「……お前も言うようになったじゃないか、岩下」
「何を仰いますか。純粋に先輩のご健勝を祈っているだけですよ」
「どいつもこいつも口が減らねぇな」
悪びれもせずにサラリと言う志麻と、観念した表情で星歌さんは微笑みながら握手を交わした。
と、そこで袋から何やら別の物が入っていると思わしきガサリという音が聞こえた。
「ん? なんか服じゃない固い物が」
「あ、それはおまけの私からのプレゼント! 今年の冬コミに出す同人誌デース!」
「ワー、カワイイ絵ダナー。アリガトー」
私も手伝って作った件の同人誌を見た星歌さんは、張り付いた笑顔で口を人形みたいにパクパクさせてお礼を言った。……まぁ、その……イライザの絵のセンスは今後に期待って事で、ね。
「はい、それでは次は……きくりの単独プレゼントなのよねぇ……」
「ちょっとー美空ー! その反応は失礼じゃなーい?」
いやだって心配でしかないし。周りの皆も不安げな表情で見てるし。
「ふーんだ。私だってまともなプレゼントくらい出来ますー。というわけで先輩、こちらをどうぞ」
「お、おう」
ぶーぶー口を尖らせながらきくりが袋を渡し、星歌さんが恐る恐る中から物を取り出す。
「これも服、だよな」
「そうでーす。きくりちゃんセレクトという事で、先輩に似合いそうなやつを何着か福袋みたいな感じにしてみました」
「へー。少しサイズが小さいかもだけど着れなくはなさそうだな。お前にしては良いセンスだ」
「私だってやれば出来る子なんですよー」
「……ん?」
きくりがどんなもんよと言いたげに胸を張っていると、後ろから見ていた銀次郎さんが何やら訝し気な表情で服を凝視し始めた。
何となく嫌な予感がすると、今度はヨヨコちゃんが『あっ』と声を出した。
「姐さん、それってこの前動画で着てたやつじゃないですか?」
「ドキッ」
「は? どういう事だ?」
ヨヨコちゃんに指摘された瞬間きくりから汗がダラダラと流れ始めて、銀次郎さんが額に手を当てて溜息を吐きながら説明を始めた。
「少し前にFOLTの動画できくりに色んな服を着せる動画を撮ったのよ。それで、その時に着ていた服をきくりにあげたの」
「つまり原価0円じゃねーか! 人の貰い物で偉そうな口きいてんじゃねーよ!」
「うわーん! だってお酒買うからお金がなかったんですー!」
「なら酒を止めろ!」
詐欺師みたいな手口に流石の星歌さんも火山が噴火し、バシバシときくりを折檻し始める。その様子を見た志麻が盛大な溜息を吐いた。
「はぁ。だから見栄を張らないで私とイライザと連名にしようと言ったじゃないか」
「それに今のはヨヨコ先輩も悪いっすよ」
「知らぬが仏ってやつですよー」
「う、うぅ……。ごめんなさい……」
「……まぁ、それでもプレゼントはプレゼントだ。とりあえずあいつが着た後なら念入りにクリーニングと消毒をしておかないとな」
「バイキンマンか何かかな?」
事の発端になってしまったヨヨコちゃんを不憫に思ったのか、ボロ雑巾と化したきくりを床に転がしながら星歌さんはプレゼントを丁寧に袋へと仕舞った。
「えー、それでは気を取り直して次へと参ります。お次は喜多ちゃん、リョウちゃん、ひとりちゃんの連名でプレゼントです」
「店長、お誕生日おめでとうございます!」
「おめでとう」
「お、おめでとうございます」
「プレゼントの内容は、ハーバリウムとお花のリップです」
「あら、これ結構いい値段がするやつじゃない?」
「はい。皆でお金を出し合ったので、質は保証出来ると思います」
「……バンドの活動費用もあるだろうに、ありがとうな」
手を広げて三人を抱きしめながら優しい声音で星歌さんはお礼を言った。
そして体を離した後、今度はひとりちゃんがおずおずと切り出した。
「あの、実はこれだけだと少し寂しいと思って、私とリョウさんで一曲やらせてもらっていいですか?」
「へ?」
「ふふ。ひとりちゃんがバンドマンらしいプレゼントをしたいからって提案したんですよ」
「ちなみに郁代はプレゼントの案を頑張ってくれたから、今回はお休みという事で」
「じゃ、じゃあお願いしていいか?」
ひとりちゃんの提案というのが刺さりまくったのか、今にも泣きだしそうな顔で星歌さんはお願いをした。
そしてひとりちゃんとリョウちゃんがいそいそと準備をして、始まりを告げる。
「で、では一曲やらせて頂きます。曲はミスチルの『GIFT』です」
ひとりちゃんが宣言して、演奏が始まる。
アンプには繋いでいないから楽器の音は小さいけど、そこは本人達の腕前でカバーしている。
なにより、一番驚いたのはひとりちゃんがメインボーカルをしている事だった。
まだ照れが残っていてたどたどしいけど、その初々しさがとても微笑ましい。
別にステージの上じゃないから本気の完成度は求めないし、それよりも引っ込み思案な彼女が精一杯お祝いしたいという気持ちが伝わってくる事が一番嬉しかった。
そして最後はリョウちゃんもコーラスに加わり、最後まで穏やかな雰囲気で演奏が終わると全員が拍手を送った。
「二人とも、とてもエモいプレゼントをありがとうございましたー! 星歌さん、ぜひ一言お願いします」
「生きててよかった……」
星歌さんの顔を見ると鼻を啜りながら滝みたいな涙を流していたのでティッシュを取り出して渡してあげた。いい大人が情けないなぁと思ったけど、今回だけはそれは言わないでおくのが花ですかね。私も同じ立場だったら怪しいし。
「はい、それではこの流れで渡すのは大変恐縮なのですが、次は私と緑さん連名のプレゼントでーす。どうぞ星歌さん、お受け取りください」
進行をしつつ、私は袋から取り出した物を星歌さんの手の上に乗せた。
「小さい、箱?」
「でもこれ、雰囲気はオシャレな感じですね」
「このサイズ感……まさか、結婚指輪?」
「えええええええええ!!?? そんな美空―!! 私が居ながらいつの間に先輩とー!!??」
「黙らっしゃいんなワケあるか! 星歌さん、面倒くさいから早く開けてください!」
「お、おう」
リョウちゃんのボケを真に受けて縋り付いてきたきくりを引き剝がしながら促す。そももそも緑さんとの連名なのにそんな品を送るワケあるか!
いそいそと星歌さんが箱を開けると虹夏ちゃん、喜多ちゃん、本城さんといった女子力高い組が声をあげた。
「わぁ、可愛い!」
「それに綺麗!」
「もしかしてこれ、クリスタルの置物ですか?」
「そ。可愛くて綺麗だからプレゼントに良いかなって」
本城さんの目利き通り、私と緑さんからのプレゼントはクリスタルで作られたハリネズミの置物だった。丸っこいデザインのハリネズミが光を受けてキラキラと輝いており、星歌さんはあの見てくれで可愛い物が好きだからというチョイスだ。
目論見通りどうやら効果はあったみたいで、星歌さんは手の上に乗せたハリネズミを色んな角度で照らして見つめている。
「でも、どうしてハリネズミなんだ?」
志麻からの質問に、私はニヤリと笑いながら答える。
「いつもツンツンしている星歌さんにピッタリでしょ?」
『ぷふっ』
「笑ってんじゃねぇよ!」
星歌さんをよく知る面子から笑い声が漏れると本人は顔を赤くしながら抗議の声をあげた。
「まぁまぁ星歌さん、それだけよく見てくれている後輩がいるって事ですよ」
「物は言いようじゃねぇか。まぁ、このハリネズミに免じて許してやるよ。ありがとな」
ぶつくさ文句を言いながらも星歌さんは大事そうにハリネズミを箱の中に戻してお礼を言った。そういう事やってるからツンデレ扱いされるんですよ。
「ではでは最後、トリを飾るのは妹の虹夏ちゃんからです」
「おめでとうお姉ちゃん。あたしからはマッサージ機です」
「遂に実の妹からも年齢をネタにされるようになったか……」
虹夏ちゃんからプレゼントを受け取りながらホロリと涙を流す星歌さん。去年までは可愛い物グッズだったらしいから、急に現実に引き戻される品はたしかにクるものがあるかも。
けれど虹夏ちゃんはそんな星歌さんに対してプクッと頬を膨らませながら反論する。
「お姉ちゃんが体調崩したらお店だって大変なんだから、気を付けてよね。……お姉ちゃんもお店も、ずっと長くいて欲しいんだから」
「……わかったわかった。ありがとうな」
そう告げて星歌さんは虹夏ちゃんを優しく抱きしめた。
……二人にとっては、生きているというだけでも幸せな事なんじゃないかな。
──お母さん。虹夏ちゃんも星歌さんも、逞しく歩んでいますよ。
見守ってくれているであろう彼女達のお母さんに、私は心の中でそっと祈りを捧げた。
『それじゃ、お疲れ様でしたー』
「銀次郎さん、今日はありがとうございました」
「これくらいお安い御用よ。またいつかやりましょうね」
こうして打ち上げ兼星歌さんのお誕生日会は無事に終わり、最後は写真を撮ったりして解散となった。
各自が帰り道に着く中、私も帰ろうと駅に進もうとしたところで
「ねぇ美空ー。これから二次会行かない?」
ときくりが腕に抱き着きながら問いかけて来た。
「二次会って、私お酒飲めないんだけど」
「別に飲まなくたっていいじゃない。せっかく皆で集まったんだから、行こうよ~」
例の如く、きくりは雨に濡れた子犬みたいな表情でこちらを見つめて来た。
……一瞬、色々な方便を理由に断ろうと考えた。
けれど、変わらずにきくりが接してきてくれた事に嬉しさを感じたのも事実で……迷っている中、前に志麻とした会話が思い返された。
『変わらずに友達として接したいんだろう?』
「美空」
頭の中で浮かんだ志麻の言葉の後に、本物の本人の声で呼ばれそちらに顔を向ける。
見ると優しく笑顔を浮かべている志麻がいて、隣のイライザも口パクで『ゴーゴー!』と呼んでいた。
その皆の姿を見ると、私の中の何かが、ゆっくりと溶けるような感触を覚えた。
「……わかった。じゃ、行こうか」
「やった!」
「けれど、お酒は絶対飲まないからね。フリとかじゃなくて、絶対だからね」
「大丈夫だって! それじゃ早速出発―!」
変わらず子犬みたいにはしゃぐきくりに腕を引かれて、志麻とイライザも一緒に夜の街へと歩みを進めた。
最終的に私はお酒を飲まなかったけど、きくりとイライザがベロベロに酔っぱらった上に終電を逃したからタクシーを駆使して皆で志麻の家になだれ込む事になった。
翌日、家の中を荒らしまくった事を志麻にガチギレされて皆でお説教をくらったけど、それもまた楽しいと思えたから、私はこの選択に後悔していない。
★
「ただいま……」
「あら郁代、おかえりなさい。伊地知さんのお家にお泊りするんじゃなかったの?」
「何か、疲れちゃって。虹夏先輩には断ってそのまま帰って来た」
「そう。なら早くお風呂に入って寝ちゃいなさい」
「うん……」
お母さんと玄関で短く話をし、重い体を引きずる様に自分の部屋へと向かう。
部屋の電気も付けずに自室のドアを閉めた瞬間、張り詰めていた物が切れた感触と共に、私はドアに背を預けながらへたり込んでしまった。
頭の中に、ずっと今日のライブがこびり付いて離れない。
今日までずっと一生懸命練習して、自分を奮い立たせる様に明るく振る舞って来た。
努力すれば、必ず結果は結びつくって。
けれどそこに存在したのは、覆しようのない、実力の差だけだった。
あの時の虹夏先輩からの質問に対して、私は虚勢でも追いついてみせると言えなかった。
バンド活動に打ち込めば打ち込むほど、大槻さんの実力がいかに高いかを思い知らされた。
そしてあの時、私の心の中に広がったのは……否定する事の出来ない、敗北感だった。
「……うぅ……っ! うあぁ……!」
必死に堰き止めていたものが零れだすと、もう止める事は出来なかった。
ひとりちゃんも、虹夏先輩も、リョウ先輩も、美空さんも、力の足りない私を優しく支えてくれた。
さっつーやクラスの子達も、練習を理由に遊ぶ事を断ってもまた誘ってくれて、ライブまで観に来てくれた。
たくさんの人に支えられているのに、私はフロントマンとして応えなくちゃいけないのに……何も成しえる事が出来ていない自分が、途轍もなく腹立たしかった。
「悔しい……! 悔しいよぉ……!」
暗い部屋の中、喉の奥に感じる熱い痛みをやり過ごす事しか、今の私には出来なかった。
次回で一回閑話的な話を挟んで、その後に時系列的には年明けで喜多ちゃん編を進めて行きます。ようやっとここまで来れたなという感じなので頑張ります。