夢への旅路   作:梅のお酒

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 美空さんとSICK HACKメンバーの掘り下げ回その2です。
 細かい事だと思いますが、深酒日記を読む感じイライザさんはデジタル派みたいですがこの世界線だとアナログ派という事でお願いします。


第49話 も、妄想マシーン

 時は遡ること志麻とのサシ飲みからほんの数日後。

 

 ピンポーン。

 

「イライザ、来たぞー」

「ひーん! 志麻、美空ありがとー!」

 

 よっぽど切羽詰まっているのか、イライザは嬉し泣きをしながらドアを開けた。

 私は今日、志麻と一緒にイライザの家で冬コミ原稿の手伝いをしに来たのだ。

 いやまぁ飲みの席では軽い気持ちで手伝うなんて言っちゃったけど、イライザの様子があまりにもガチなので内心早まったかと思ってしまった。

 

「ささ、ドーゾ。あがってあがってー」

「お邪魔します」

 

 ただここまで来てやっぱ帰りますなんて言えるわけもなく、私にも出来る事があるなら頑張るかと中に足を踏み入れたんだけど。

 

「うわ、汚っ」

「あー! 美空ひどーい! これは汚いんじゃなくて、計算され尽くされた物の配置なんだヨ!」

「掃除出来ない人の常套句じゃない……」

「今日は動線が確保されているからマシな方だぞ」

「これで?」

 

 志麻の発言に絶句してしまう。

 カビが生えていたり虫が湧いていたりといった不衛生な意味での汚いじゃないんだけど、色んなアニメグッズの量がヤバい。そのまま身を隠す障害物に使えるんじゃないかってレベルで積み上がっていて、これ地震で崩れたら危ないでしょ。

 ひとまず自分が生き埋めにならないよう注意して、慣れた様子でスイスイ進む志麻の後ろを付いて行き部屋の中央にあるテーブルまで辿り着いた。

 

「二人とも、今日はホントにありがとネ」

「まったくだ。そもそも毎日ちょっとずつでも進めていれば私達の手を借りなくてもだな──」

「Noー! お説教は後で聞くからとにかく作業をお願いしマース!」

「はぁ……。もう次はやらないからな」

 

 志麻のお説教モードに火が付きそうな所をイライザが土下座で謝罪する。……でも何だかんだ志麻もお人よしだから次も手伝うに千円。

 

「とりあえず話を進めて、志麻からはベタ塗りとか手伝って欲しいって言われたんだけど」

「イエス。美空にはペン入れとベタ塗りを手伝ってもらいたいノ」

「は? ちょっと待って、ベタ塗りはともかくペン入れは聞いてないんだけど!?」

「大丈夫だヨー。志麻も慣れたら出来たから美空もイケルイケル」

「志麻みたいな何でも出来る超人と一緒にしないで」

「……いや、美空は私よりも絵心あるからやってみればすぐ出来ると思うが」

「あ、志麻ちょっと照れてル?」

「帰るぞ」

「すいませんごめんなさい」

 

 からかったイライザに対して志麻が冷たく言い放つと早々に本日二度目の土下座が発動された。

 んー……。まぁ療養生活の時に気分転換がてら風景画なんかを定期的に描いていたし、バンドマンだった時はジャケット案の絵も私が描いていたから、そんじょそこらの人よりかは絵に自信があるのは確かだ。

 

「……しょうがないわね。ただ流石にぶっつけ本番は怖いから何枚か練習してみていい?」

「モチロン! ちょっと待っててネー」

 

 労働力が確保されたからなのか嬉々とした様子でイライザは原稿をコピーし、説明を受けつつ作画用の指ぬきグローブやらペンやらも渡されていざ練習へ入ってみた。

 

「ちょっと時間掛かるかもだから、二人は先に作業を進めてて」

「了解。まずは脚本の日本語チェックをして、それが終わったら私達も作画の方に合流しよう」

「ラジャー!」

 

 すっかり慣れた風に敏腕アシスタントみたいなオーラで志麻が指示を出して作業が始まった。

 私は私で作画作業の練習に入ったわけだけど、どうやら思っていた以上に絵を描くという事を体が覚えていたらしい。2、30分したら最初はちょっと不揃いだった線も安定してペン入れが出来るようになり、ベタもはみ出ないように恐る恐るやっていたのが修正ホワイトを駆使してさっさと終えられるようになっていた。

 素人目だけど、たぶんそこまで変な仕上がりにはなっていない、はず。

 

「先生、ひとまずこんな感じでいかがでしょうか」

「どれどれー? ……Oh、ビューティフル! 文句なしだヨ美空―!」

 

 どうやらお眼鏡に叶ったようであり、正に喜色満面といった笑顔でイライザは喜びを表した。……はぁ、こんな末っ子オーラ全開の可愛い笑顔向けられたんじゃ敵わないわね。こりゃ確かに助けてあげたくなっちゃうわ。

 

「よーし、美空はバッチリ戦力になる事が分かったし、このままオールで頑張るヨー!」

「いやせめて終電で帰らせて」

「諦めろ美空。ここからが本当の地獄だ」

 

 薄々そんな気はしていたけど、遠い目をしながら呟く志麻と一緒に揃ってため息が出てしまった。

 明日、朝から結束バンドの練習があるんだけどなぁ。最悪、始発で出て少し星歌さんの所で仮眠させてもらうか。

 

 

 

 

 

 

「イライザってアナログ派なんだね。こういうのってデジタルの方が楽で速いってイメージあるんだけど」

「本当はデジタルにしたいんだけど、機材揃えるお金がネー……」

「なら要らないグッズを売るなりして処分すればいいじゃないか。このままだと部屋が倉庫と化すのも時間の問題だぞ」

「ン拒否するゥ! このグッズたちはいわばファミリー! そう易々と手放せないヨ!」

「志麻って結婚したら容赦なく旦那のプラモとかフィギュアを処分しそうよね」

「酷い偏見を見た。流石に一回は相談するぞ」

「……あ、なんかネタが出て来た。ネー美空ー。志麻みたいな女の子が旦那さんと二人っきりの時はデレて甘えんぼになるって漫画どう?」

「大いにアリね」

「本人の前でナマモノ発言するな!」

「あら、志麻ってばナマモノなんて言葉覚えちゃったの」

「ぐっ……! これも全部イライザの手伝いをしているせいだ……!」

「えー、私そこまでは話してないヨー。志麻ってば真面目だから一人でこっそりそういうの調べてるんじゃ」

「漫画とかだとこういう時ってうっかり原稿にインク零すハプニングってあるよな」

「ア”ー!? やめてごめんなさーい!」

 

 カリカリペタペタと作業音をBGM代わりにして、時折こんな会話を挟みながら時間は進んで行く。最初は漫画家気分を味わえて結構楽しかったんだけど、単調作業の繰り返しだからちょいちょい会話を挟まないとキツイのよね……。

 

「イライザー。あとどれくらい?」

「この感じだと半分くらいかナー」

「まだ半分か……」

「あまり深く考えない方がいいぞ。終わるか終わらないか、それだけの話だ」

「発想が修行僧じゃないのよ」

 

 ちらりと時計を見て、来た時間から逆算すると……どうやら日付が変わるのは避けられないっぽいわね。

 

「はぁ。しょうがない、頑張りますか」

「でも今回は美空のおかげでペースすごい早いヨ。オールまでは行かなくても終わりそうカモ」

「そう言えば美空ってどうして絵が上手いのか聞いた事なかったな」

「アメリカ住んでいた時にマジ〇ャザが好きな友達がいて、絵の感じが将来CDジャケットに使えるかなーって思ってカード借りて模写してたのよ」

「どれどれ……。あぁなるほど、確かに美空が描きそうな感じの絵柄だ」

「言われてみればメタル系のCDジャケにありそうな感じだネ」

「まぁそこに美空の美的センスが加わると中学生のノートに描かれているみたいな物がお出しされるんだけどな」

「おう志麻ちょっと表出ろや」

「二人ともー。やるなら終わった後でお願いだヨー」

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでせっせと作業を進め、最後の方は無言になりながらも無事に終わらせる事が出来た。ちなみに現在時刻は夜の二時です。

 

「ヨシ! これでペン入れとベタは完成! まだトーンとかあるけどそこからは私一人で間に合うからお疲れサマー!」

「ふぅ。思ったより早く終わったな」

「これで早い方なのか……。床に座りっぱなしだから腰が痛いわ」

「二人ともありがとー。これなら今回はまさかの早割入稿が出来そうだヨ! お礼にマッサージしてあげる」

「要らないわよ。それよりもこうならないように普段からのスケジュール管理をしっかりしなさい」

 

 夜食代わりのヨーグルトやゼリーを食べながらよっこらせと姿勢を崩す。

 途中で食事休憩を入れたらそのまま気力が無くなるぞ、という志麻の忠告通りにしていたので、ただのおやつのはずなのに妙に体に染み渡って美味しく感じた。

 

「けど少し驚いたぞ。絵の腕はともかく、ずっと単純作業をしているのは美空は途中で飽きると思ったんだが」

「手伝わせておいて人を落ち着きのない小学生みたいに言うなし。仕事がデスクワークだからこういうのは慣れてるのよ。おかげで早く繁忙期の感触を思い出せたわ」

「美空ってどんな仕事してるノ?」

「税理士事務所で働いてる」

「え、お前税理士の資格取ったのか!?」

「厳密に言うと士ではないただの一般職員だけど、中身の計算自体はやり方を知っていたら誰でも出来るのよ」

「あ、そうか。そう言えば美空は商学部だったな」

「そういう事。大学の時に試験の一部に受かって、勉強した事を活かして仕事したいから今の会社に就職したって感じ」

「……ねー美空~。お願いだから確定申告も手伝って欲しいナ~」

「最低でも三万円からスタート、資料が杜撰だと更に割り増しされるけどいい?」

「そ、そこはどうか二万円で……」

「交渉は決裂ね」

「ブー! いいもんネ、こうなったら志麻に手伝ってもらうから」

「手伝うも何もきくりの分も含めて毎回ほとんど私がやってるだろうが!!」

「そもそもきくり、税金出たらちゃんと払えるの?」

「なんだかんだそこはちゃんと払えるようにしているぞ。でもあいつ、社会保険の納付書失くしたり酒代を経費に入れようとしたりで大変なんだよ……」

「典型的な面倒くさい客と同じね……」

 

 しばらくそうやって志麻の愚痴と皆の近況を聞いていたんだけど、流石に疲れが出たのか志麻が先にダウンしてしまった。今は寝息を立てながら毛布にくるまって床で寝ていて、一方私はイライザと『もしライブでアニソンをやるならどんな曲が良いか』という話をしていた。

 

「やるとしたら最初はアニメファンじゃない層にも知られてるくらいのアーティストがタイアップでやってる曲が良いと思うのよねー。あまりゴリゴリの曲だとお客さんが置いてけぼりになっちゃうと思うし」

「やっぱりそうだよネー。逆にアニメの曲だったってこと知らなかった人がそのアニメに興味持ってくれたら嬉しいナ」

 

 アニメがきっかけで日本に来たというだけあってイライザのレパートリーは広く、かなり会話が弾んだ事もあり気が付けば時間は三時を回っていた。

 

「っと、ごめん。私も朝から結束バンドの練習があるから、少し寝かせてもらっていい?」

「Oh、ソーリー。モチロンOKだヨ。参考になる話ありがとうネ」

 

 いそいそと取り出された予備の毛布を受け取り、体に巻き付ける。イライザもそのまま寝る準備に入る所で、私からどうしても言いたかった事を切り出した。

 

「イライザ」

「ん~?」

「その、ありがとうね」

「……急にどうしたノ?」

 

 突然のお礼にイライザは目をパチクリさせた。うん、まぁ少し唐突過ぎたかな。

 

「いやほら、イライザってアニソンバンドをしたくて日本に来たんでしょ? なのに真逆のSICK HACKに入ってくれてさ。イライザが居てくれたからきくりも志麻もここまで来れたと思うから……改めてお礼を言いたかったの」

「……フフーフ、どういたしましテ。でもネ、美空。美空が居たから、私もSICK HACKと出会えたってことを忘れないで」

「え?」

 

 どういう事か、と訊く前にイライザは私の隣にストンと座り、肩を抱き寄せた。

 

「二人の演奏を見たのは本当にたまたまだった。でも、その一回が私にはとても輝いて見えたノ」

 

「きくりも志麻もすごいひたむきで、見てる人に楽しんで欲しいって気持ちが伝わって来た。そういう所がビビッと来て、自分もメンバーになりたいと思って入ったんだ」

 

「その内二人から美空の話を聞いて、二人ともまた美空に会いたいって、美空の帰る場所を守るんだって言ってたノ。それを聞いてネ、だから二人はここまでひたむきに頑張れるんだなって思ったノ」

 

「私が入ったことはほんのきっかけに過ぎないヨ。ここまで来れたのは二人の根っこに美空との思い出があるから。むしろお礼を言うのは私の方で、おかげで毎日が楽しいヨ」

 

「だから、美空はもっと自分のことを誇って良いんだヨ。自分はこんなに人の縁を繋げるバンドを作れたんだってネ」

 

 イライザの話を、私はただ黙って聞いていた。……いや、聞き入る事しか出来なかった。

 優しく抱きしめてくれるイライザから紡がれる暖かい言葉を自分の中に飲み込もうとしたら……自分の意志とは関係なく流れ出た涙が、頬を伝うのを感じた。

 

「イライザ、ありがとう……。今は、それしか言えない……」

「いいんだヨー。たまにはこういう風に感情を発散させるのも大事ネ」

 

 縋り付く様に抱きしめ返した私に、変わらずイライザは優しく笑顔を向けてくれた。

 

「美空、今日は一緒にベッドで寝ない? 一人暮らしだと人肌恋しくて寂しい時ってあるノ」

「……ふふ、分かる。じゃあ、今日だけ失礼させてもらおうかな」

 

 姉みたいな包容力を見せたと思ったら、妹みたいに甘えてくるイライザ。

 たぶん彼女なりに気を遣ってくれたのかな、と思いつつ、どこまでも明るい笑顔を向けてくれるイライザに私は少しだけ救われた気分になれた。

 

 

 

 

 

★

 

 

 

 

 

 美空と一緒にベッドに入って早々、彼女は寝息を立てて眠ってしまった。

 薄っすらと涙の後が残るその寝顔はあどけなくて、普段のお姉さん然とした様子とは違う可愛らしい姿であり、同時に儚さも感じた。

 そんな彼女を世界へ繋ぎとめるかの如く、自分の手をそっと重ねる。

 

 ……本当はもっと別の事を言いたかった。

 でも、自分は最初からSICK HACKに居た人間ではない。

 美空もまだ自分の気持ちの整理が付いていないのに、きくりも志麻も差し置いて、先んじて自分がそれを言うのだけは許されないのだ。

 

 「……美空。あなたの行く末に、幸せがありますように」

 

 聞こえないように呟き、美空の頬にそっとキスを落とす。

 苦しい過去と向き合うのは途方もなく辛いかもしれない。

 どうしようもなく、感情の行き場をなくして苦しむ時もあるかもしれない。

 それでも、自分の納得いく道を求めて進むのは誰にだって許された権利だ。

 だからせめて、彼女の未来を祈る事しか、今の私には出来なかった。

 

 足りないピースがいつか埋められる事が来る日を、祈る事しか。




 美空さんの職業は本作を執筆中にやってた『ザ・ロイヤルファミリー』というドラマを見て決めました。ほとんど死に設定ですがこの経験を活かすシーンがボツになった喜多ちゃん編にあったので供養という意味合いで書きました。
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