『明けましておめでとうございます!』
「はーい、明けましておめでとうございます。それじゃ、今年も悔いの無いように頑張って練習していきましょう」
『よろしくお願いします!』
年が明けて初めての練習、結束バンドの気合が乗った挨拶に笑顔で返す。
まだまだ遊び盛りな年齢だからどうなるかなと思ったけど、どうやら全員目標をしっかり見据えて練習に挑む事が出来ているみたいだ。
本番までまだ若干時間が空くので何処かで中弛みしないように刺激を入れる必要があると思っていたけど、どうやらFOLTでのクリスマスライブに参加した意義は大いにあったようだ。
けど、気持ちとは裏腹に思い通り行かない事もある。
挨拶もそこそこに練習が始まり、クリスマスライブの反省をしつつ皆で実戦形式の合わせをしてしばらく経ったんだけど……早々に問題が出てしまった。
(喜多ちゃんの様子がおかしいかな……)
彼女の名誉のために言っておくが、決して正月ボケを引きずっているとかそういう物では無い。
真剣にやっているのだが、どうも気合が乗り過ぎているみたいなのだ。
姿勢そのものが前のめりで、声を張り上げようとし過ぎて傍から見ても肩や首へガチガチに力が入ってしまっているのが分かる。
その姿はまるで文化祭ライブのひとりちゃんみたいに、気負い過ぎて全てが空回りしてしまっている物だった。
(たぶん、クリスマスライブのSIDEROSに触発され過ぎたかしら?)
この短い期間でここまで変わってしまうのは、それ以外に考えられなかった。
必要以上に力が入っているのもヨヨコちゃんの真似か、それとも対抗心か。
いずれにせよ今の喜多ちゃんは暴走に等しくこのままでは体を壊すだけなので、進行中の曲を区切りに練習予定を変えようと画策した所で虹夏ちゃんが声をかけた。
「喜多ちゃん大丈夫? もしかして風邪気味だったりする?」
「え? い、いや大丈夫ですよ虹夏先輩! お休み挟みましたし、元気一杯です!」
「そう? もし体調悪かったら無理しないでいいからね」
お、虹夏ちゃんナイス。気遣いつつ遠回しに様子がおかしいのを探る良い訊き方ね。
どうやら私と感じている事は同じみたいで、喜多ちゃんの視線から外れると不安げな表情でこちらに目線を送って来た。
「年が明けたばっかだし今日くらいは軽めの練習でもいいんじゃない? そうだ郁代、今日は終わったら私とカフェ巡りでもしよう、そうしよう」
「魅力的なお誘いありがとうございますリョウ先輩! で、でもこれからは時間がいくらあっても足りないんですから、練習しましょう! お茶をするのは、また別の機会でお願いします」
「……ん。分かった」
むぅ、リョウちゃんからのお誘いすらも断るか。正直、皆からの声掛けに対して喜多ちゃんが明るく振る舞おうとすればするほど、痛々しさが浮き彫りになってしまうのを感じてしまった。
はっ、まさかリョウちゃんはこのために敢えてさっきのお誘いを? ……いや、たぶん練習を早めに切り上げて遊びたいってのも本音なんだろうな。
とは言え、練習時間はまだ結構残っているしここでいきなり軽めのメニューに変更したら喜多ちゃんが自分を責めてしまうかもしれない。練習の質を保ちつつ、喜多ちゃんが気負わないように調整しないと。
「そう言えば私も12月中は忙しくてちゃんと練習に来るのは久しぶりだから、良い機会だし個人パートを見ておきたいかな。残り時間の半分は合わせで、半分は個別の質問時間にしたいんだけど、どう?」
「あ、良いと思います! 丁度いっぱい質問したい事があったんですよ!」
どうやら喜多ちゃんにとっては望ましい方向だったようで、率先して私の提案に乗ってくれた。他のメンバーからも異論は無く、かつそれとなく喜多ちゃんに気を遣いなるべく彼女に時間を充てられるよう質問を調整してもらった所で、状況は動いた。
(あの、美空さん)
(うん? どうしたの?)
(……今日、練習が終わったら二人だけで相談をいいですか?)
誰にも悟られないよう、思いつめた表情で喜多ちゃんは小声で問いかけた。
★
「すいません美空さん、こんな方法にしちゃって」
「気にしないで。誰にも聞かれたくない相談ってあるわよね」
練習が終わってしばらく経った後、駅近くのファミレスで美空さんと合流した。
誰にも聞かれたくないから皆と解散した後に帰るフリをして、先に出ていた美空さんとお店の前で待ち合わせするという回りくどいやり方でも、美空さんは文句一つ言わないで付き合ってくれた。
四人掛けの席に案内してもらって、ひとまずそれぞれの飲み物を受け取った所で私は話を切り出した。
「年明け早々なのに、ごめんなさい」
「いいのよ。私で良ければいくらでも話を聞くから」
変わらずにニコリと、美空さんは優しい笑顔を向けてくれる。
「……ありがとうございます。それで、その……ですね……」
美空さんは応じてくれた。だから後は話し始めるだけで良い。
なのに、私の喉は鍵がかかった様に次の言葉が紡げなかった。
いざ話そうとすると、頭の中をたくさんの問いかけが駆け巡る。
どうすれば大槻さんとの差を埋める事が出来る?
そんなのは四の五の言わずに練習すればいいだけ。
今でも美空さんは練習方法や解決策をアドバイスしてくれているのに、何が不満なのか。
そもそもこの話し合いに意味はあるのか?
相談なんかじゃなくてただ単に愚痴を言いたいだけじゃないのか?
肯定して欲しいだけじゃないのか?
頑張ってるって言って欲しいだけじゃないのか?
慰めて欲しいだけじゃないのか?
美空さんの善意を利用しているだけじゃないのか?
問いかけはいつしか侮蔑へと変わり、頭の中は漂白され、喉の痛みと共に浅い呼吸しか出来なくなっていた。
「喜多ちゃん?」
美空さんの声が聞こえたと思った瞬間。
──パタッ。
「……っ!?」
俯いていた私の手の上に、雫が落ちた。
それが自分の涙だと自覚した瞬間、もう抑えるのは無理だった。
「ち、違っ……! ごめんなさい、違うんです……! こんな事がしたいわけじゃ、ないのにっ……!」
必死に服の袖で溢れてくる涙を止めようとしても、止まらない。
小さい子供みたいに泣きじゃくる自分がただただ情けなくて、どうにかしようと思っても、どうする事も出来なかった。
「大丈夫だよ、喜多ちゃん」
もう一度美空さんの声が聞こえると、いつの間にかストンと隣に腰を下ろしていて……片方の手で私の肩を抱き寄せ、もう片方の手で私の手を優しく握りしめながら、語りかけてくれた。
「ゆっくりでもいい。とりとめのない言葉でも大丈夫。喜多ちゃんが思っている事を、正直に話してごらん」
ぼやける視界の向こうに映る美空さんの表情は、やっぱり優しい笑顔のままで。
「美空さん……! 私……!」
その瞬間、私の中の最後の一線が崩れた。
「私……、どうすればいいのか分からないんです……!」
美空さんに体を預けながら、思いの丈を吐き出す。
「一回は逃げた私を皆受け入れてくれて……! 私が一番頑張らなくちゃいけないのに、大槻さんとの差は埋まらなくて……! 悔しいのに……、練習してもその先を超えられる自分が想像できないんです!」
「……ごめんなさい、喜多ちゃん」
嗚咽が止まらない私を美空さんは、なお優しく抱きしめてくれた。
けれど、その声には絞り出したような、苦しさが混ざっていた。
「私、喜多ちゃんの事を全然見ていなかった。喜多ちゃんなら大丈夫だって、壁を乗り越えられるって、勝手に決めつけていた」
「美空さんは、何も悪くないです……! 信じていてくれたのに、弱い私が悪いんです……!」
いつも練習を見てくれて、自分の時間を潰してでも疑問に答えてくれて。
美空さんからはいつも貰ってばかりなのに、応えられない自分が悔しかった。
互いに無言の時間が過ぎる中、美空さんは少し体を離して、肩に添えていた手を今度は私の頭の上に乗せてゆっくり撫でながら話を始めた。
「ねぇ喜多ちゃん。初めて私が皆の演奏を見て、喜多ちゃんに言ったこと覚えてる?」
「……はい。私が一番練習しなくちゃ駄目だって……。でも、その後にポテンシャルがあるから、自信を持って良いって……」
「覚えていてくれたんだ。嬉しいな」
「……忘れないです。だって、その言葉が私の中で戒めになって、ここまで続けることが出来た原動力にもなってるんですから」
「……そっか」
さっきとは違って少し嬉しそうな声音で、美空さんは頭をすりすりと撫でてくれた。
……尤も、今となってはポテンシャルがあるっていうのは美空さんなりのリップサービスだったのかもと感じているけど。
そんな風に考えていたら、私の考えを見透かしたかのように美空さんは続けた。
「喜多ちゃん。あの時私が言ったのはね、お世辞でも何でも無く本心なんだよ」
そう言う美空さんの眼は、文字通り綺麗な空みたいな……引き込まれるほど曇り一つ無い、綺麗な瞳だった。
「初めてほんの数か月であそこまで出来る人なんて見た事なかった。喜多ちゃんは才能がある、だから地道に努力を積み重ねればいずれ大きな花が咲く、そう思っていたんだ。でも……」
そこまで話した所で、握っていた方の手に力が込められた。
「少し考えれば分かる事だった。喜多ちゃんの傍にはひとりちゃんとヨヨコちゃんっていうトップクラスのギタリストがいて、彼女達と比較され続けるって事を。なのに私は喜多ちゃんも才能がある側だから大丈夫だって、あなたがどんなにプレッシャーを感じているのか、想像できていなかった。……私が至らなかったせいで苦しい思いを我慢させてしまって、ごめんなさい」
私の悩みを肩代わりするかのような美空さんの言葉に、私の中で段々と熱いものが込み上げて来た。
美空さんは何も悪くない。不甲斐ない私が悪いんだ。
でも、それを言葉で言っても私自身納得できないし、許す事も出来ない。
ならば、どうするか。
答えは至極単純で、前に進むだけだ。
結束バンドのメジャーデビューの為にも。
SIDEROSに負けない為にも。
そして、私を信じてくれた美空さんに応える為にも。
「美空さん」
顔を袖でグシグシと拭い、今度は私から体を離して美空さんの両手を握りしめる。
「私、もっと上手くなりたいです」
目を逸らさずに、言い切る。
「泣いたまま終わるなんて嫌です。どんな練習でもやります。後悔しないようにやれることはやり切って、胸を張って結束バンドのフロントマンだって言いたいんです。……さっきまで泣いていたのに説得力ないかもしれないですけど、どうか力を貸してくれないでしょうか」
そう告げて、最後に頭を下げ締め括った。
答えは最初から出ていたんだ。
一人で泣いていた時も、バンドを辞めるという選択肢は出てこなかった。
ただただ、自分自身が悔しくて、けど何をすればいいのか分からなくて。
だから美空さんに相談して、また試行錯誤を繰り返せばいいって。
本当に、ただそれだけの事だったんだ。
だから、私を信じてくれている人の為にも泣いてなんかいられない。
あの時もっと頑張っていれば、なんて後悔したくないから。
「……もちろん。私で良ければ、いくらでも」
そんな馬鹿な私に対して、美空さんは暖かい笑顔で応えてくれた。
「今まで喜多ちゃんはとにかくギターの方を何とかしなくちゃいけないって思ってて、あまりボーカルの事も教えすぎたら逆に消化不良を起こして共倒れになる可能性が怖かったの。順番に段階を踏めば喜多ちゃんなら必ず成長できるって思っていたんだけど……私が言葉足らずだったせいで不安にさせちゃってごめんね」
「もー、美空さん。お互い謝るのは無しにしましょう。私、どんな練習でも頑張りますから」
「たはは。教える側が励まされてちゃ世話ないわね」
これ以上心配させたくなくて明るく返すと、美空さんも笑ってくれた。
そして美空さんは『さて』と言いながら手をポンと叩き、話を始める。
「さっき言った事も踏まえて、これからはギターとボーカル両輪での練習が必要になってきます。当然やる事も増えるけど、いいわね?」
「はい! お願いします!」
「よしっ。じゃあ、早速だけどカラオケで練習しに行こうか」
「え、STARRYのスタジオじゃなくていいんですか?」
「カラオケの方がオフボーカルの音源用意するの楽で色んな曲があるからね。……そういうわけなんだけど、ひとりちゃんも一緒にどう?」
「ほげぇ!?」
突然美空さんが隣の席に話しかけたと思ったら、パーテーション越しにひとりちゃんの悲鳴が聞こえた。
何が何だか分からなくて混乱していると、おずおずとバツの悪そうな顔でひとりちゃんが私達の前に出て来た。
「え、ひとりちゃん!? 何で!?」
「ひぃ! ご、ごめんなさい! その、今日喜多ちゃんの様子がおかしかったから話を聞こうと思って。けど話しかけるタイミングが掴めなくて、そのままずるずるストーキングみたいになっちゃいました……」
謝りながらペコリとひとりちゃんは頭を下げた。
びっくりしたのは事実だけど……呆れという感情よりも、心配させてしまった申し訳なさと、気に掛けてくれたという事の方が嬉しかった。
「って、美空さんは何時から気付いていたんですか?」
「飲み物注文したあたりかな。ちょうど席に座ろうとするひとりちゃんと目が合っちゃったのよね」
「すいませんすいません、悪気はなかったんです」
「……気にしないでひとりちゃん。心配かけてごめんなさい」
すっかり縮こまって何回もペコペコ頭を下げるひとりちゃんに、何でもないという風に笑顔で返す。
そして無事に場が収まったと感じたのか、また美空さんがポンと手を叩き話を切り出した。
「それでさっきの話なんだけど、折角だしひとりちゃんも一緒にボーカルの練習しない?」
「へ? いやでも、喜多ちゃんの為の練習なのに私が居たら邪魔なんじゃ」
「私はひとりちゃんもボーカルの練習方法は覚えた方が良いと思うの。もし喜多ちゃんが風邪とか引いた時のためにバックアップは必要だと思うし、たまにすごい奇声出すから素質はあると思うのよね」
「き、奇声……」
「美空さん、それ褒めてないです」
あー、ほら。変な言い方するからひとりちゃんがショボンってなっちゃった。美空さんに言われるのがひとりちゃんにとって一番ショックなのに。
……でも美空さんの言う通り、ひとりちゃんもボーカルが出来て私とダブルボーカルとか組めたりしたら……それはとても素敵なんじゃないかな。
「ねぇ、ひとりちゃん」
「は、はい」
ひとりちゃんの両手に自分の手を重ねて、握り締める。
「今はやる事がいっぱいあるからすぐ出来ないけど、いつかはひとりちゃんと一緒にボーカルやってみたいな。……だから一緒に練習、しない?」
「へぇあ!? あ、あうぅ……」
何故か太陽を浴びた吸血鬼みたいなリアクションをされてしまった。いや、ひとりちゃんならその気になればドロドロに溶けたり砂になったりするけど、そこまでの変化が無いという事は嫌がっている訳では無いはず。
しばらく『あ~……う~……』ってゾンビみたいな呻き声をあげていたひとりちゃんだけど、ややあって決心がついたのか私の手を握り返しながら答えてくれた。
「わ、分かりました。その、邪魔にならない範囲で私も教えてもらいます」
「やったぁ! ありがとう、ひとりちゃん!」
その答えが嬉しくて、思わずひとりちゃんの手を握ったままぴょんぴょん跳ねてしまった。
だって少なくとも、ひとりちゃんも私と一緒に歌う事を考えてくれたって事だと思うから。
「……喜多ちゃん。あなたも大概罪作りな人ね」
「え、どういう事ですか?」
「しかも無自覚かい」
何で美空さんが苦笑いしてるのか分からないけど、とにかく善は急げと私達は練習へと向かう事にした。
個人的な意見ですが喜多ちゃんは経験値が一番浅い設定なので成長イベントは仕込みがいがあるぜぇとなる書き手の方は多いのではないかと思います。
この作品の喜多ちゃんも読んでいて応援したくなるような存在として書けるように頑張ります。