夢への旅路   作:梅のお酒

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 風邪ひいたりギックリ腰になったりで大幅に遅れました、ごめんなさい。
 にもかかわらずアクセス、お気に入り、評価等ありがとうございます。大変励みになっております。

 今回の話ですが、作者はドラムをやった事ないのでもし描写が変だったら軽く流して頂けると幸いです。


#6 同じドアをくぐれたら

 文化祭が終って最初の登校日、今まで感じた事の無い軽やかな足取りで私は学校へ来ていた。

 

「えへへ」

 

 背負ったケースに入っているベースの事を考えると、自然と笑顔になってしまう。

 

 美空とバンド活動をする事になったあの日、家に帰った後もずっと夢見心地な気分だった。

 だって初めて友達が出来た上に、その人と一緒にチームを組んで一つの活動に打ち込むなんて、今までの私じゃ考えられなかったからだ。

 寝る瞬間まで『実はこれは夢で起きたら全てが幻だったんじゃないか』なんて恐怖心もあったけど、朝起きて傍にお守りみたいに立てかけていたベースを見たら全てが本当だった事を実感して、また嬉しくなった。

 ……ただ、親に友達が出来た事を報告したら近所迷惑になるくらい驚かれて、おまけにバンド活動の事も正気かと疑われたのはショックだったな……。自分の子供の言う事くらい信用してよ。

 

「おっはよーきくり!」

「ぴぃ!?」

 

 昇降口で後ろから突然声を掛けられて、思わず鳥の鳴き声みたいな声が出てしまった。

 

「ちょっとー、そんな驚かなくてもいいんじゃない?」

「い、いきなり後ろで大声出されたらびっくりするって」

「しっかりしなさいよ。その内ステージに上がったらもっと大きい声を浴びるんだから」

「それはそうだけど、方向性が違う気がする……」

 

 驚かして来た美空に少しプリプリしながら文句を言うけど、心の中では本当に一緒にバンド活動をする仲間として関係性を築けた事がまた嬉しかった。

 

 そのまま家でベースの自主練をしていた時に感じた疑問点とかを話しながら教室へ入って、

 

「おはよーっす」

「おはよー……ん?」

 

 美空が挨拶をするとクラスの人も挨拶を返したけど、全員がこちらをキョトンとした顔で見ていた。

 

「藤原、いつの間に廣井さんと仲良くなったの?」

 

 ……あ、しまった。周りの人達からしたら突然何があったって感じだよね。

 

「ふっふっふ。なんと、きくりは栄えある我がバンドメンバー第一号よ!」

 

 私の心配を他所に、美空は胸を張って堂々と言い切った。

 ひ、ひぃ、どうしよう。私みたいな陰キャのナメクジがカースト上位の美空にコバンザメみたいにくっついていたら美空も変な目で見られるんじゃ……!

 

「へー、廣井さんって演奏出来たんだ」

「どんな楽器やるの?」

「よかったら聴かせてくれない?」

 

 今度は美空の宣言を皮切りに色んな質問が私へと押し寄せた。

 

「あ……はぇ……。かひゅっ」

 

 目まぐるしく状況が変わる中での会話なんてした事の無い私の脳みそはたちまちオーバーヒートして、何か言おうにもスカスカとした呼吸音しか発する事が出来ない。

 でも、そんな私を助けてくれたのは、やっぱり美空だった。

 

「きくり、緊張しすぎ。落ち着いて話せばいいじゃない」

 

 砕けた口調と共に、背中を優しくポンポン叩いてくれた。

 それは美空の家で泣いちゃった時に抱きしめながらしてくれたのを思い出させてくれて、ちょっとずつ落ち着きを取り戻す事が出来た。

 

「う、うん」

 

 すぅ、と深呼吸をして、ゆっくりと私は皆に話し始めた。

 

「えっと、初心者だからまだ全然演奏は出来なくて、美空に教わっている所なの」

「え、出来ないのにバンド入ったの?」

「そ、そうだけど……。やっぱり変、だよね……」

「あ、ごめんね。初心者なのにバンド加入って勇気あるなーって」

「ねー。藤原さんがメンバー募集していたのは知ってたけど、自分だったら付いて行けないって諦めちゃうわ」

「来年の文化祭出るの? もし出るんだったら応援してるね」

 

 ズブの素人がいきなりバンド活動に挑戦するなんて笑われるんじゃないかと思ったけど、それとは真逆でクラスの皆は暖かい言葉を掛けてくれた。

 

「まっかせなさーい! 今年以上のスケールであっと言わしてやるわよ!」

 

 皆の言葉に美空は満足げに笑顔を浮かべ、私の肩を抱き寄せた。

 触れる体温と、投げかけられた言葉の暖かさに、私の中のわだかまりも溶けて行く。

 

 ──そうか。私が勝手に、周りと壁を作っていただけなんだ。

 

 こんな私にも優しい言葉を掛けてくれて、傍には支えてくれる人がいる。

 今はまだ何も出来ないし、何者にも成れていない。

 でも、応援してくれる人たちがいるなら、まずはその人達の為に頑張ってみよう。

 

「ありがとう。私、頑張るね」

 

 誓いを立て、今日の景色を眼に焼き付けるため、私は皆から目を逸らさないでそう約束した。

 

 

 

 

 

 やがてお昼休みの時間になり、今は自分の椅子を私の机まで持ってきてくれた美空と一緒にご飯を食べている。

 友達と一緒にご飯を食べるっていう憧れのシチュエーションに浮かれそうになっちゃうけど、私は一つの懸念点を質問する。

 

「ねぇ、美空」

「うん?」

「他のメンバー集めってどうするの?」

「あー、そこねー」

 

 すると美空は困った顔をしながら頭をポリポリ掻いて答えた。

 

「お世話になってるライブハウスにチラシ張ったり、ネットで募集はしてるんだけど芳しくないのよね」

「思ったんだけど、路上ライブはやらないの? もしかしたら私みたいに美空の演奏を直で聴いてやってみたいって思う人いるかもしれないし、私もそういうのを通じて実際にどういう風に準備するとかも勉強してみたいの」

 

 自分自身でも饒舌に紡がれた言葉に内心驚いていると、美空も目をパチクリさせてこっちを見ていた。

 

「きくり、随分積極的ね」

「だ、だって、早くメンバー集めないと本格的な活動出来ないでしょ?」

「……ふふーん。そっかそっか」

 

 

 素人なのに生意気だったかな、と思ったけど美空はニマニマと嬉しそうに笑っていた。

 何でそんなに嬉しそうに笑うのかよく分からないけど、早くメンバーを集めて活動しなくちゃいけないと思ったのは紛れもなく私の本心だ。

 まだ曲の練習すらしていないけど、いつまでも初心者の立場に甘んじている訳にはいかない。

 せめてこういう時に積極的な意見を出してやる気をアピールしないと、ただのお荷物になるのだけは絶対に嫌だった。

 

「うしっ! じゃあ早速今度の週末にやってみるか!」

「うん!」

 

 そんな私の想いが通じたのか、美空はパンッと両手で膝を打ち満面の笑顔で宣言し、その頼もしい姿に私も笑顔で答えた。

 ……単に私が美空の音楽をまた聴いてみたいと思った私情もあるけど、これは私だけの秘密にしておこう。美空の音楽を他の人にもっと聴いて欲しいと思ったのも本心だし、別に悪い事はしてないよね、うん。

 

「ちなみに、そん時に呼びかけのチラシ配りとかやってもらうんだけど、ちゃんと出来る?」

「あ……。う、うぅ……。が、頑張ります」

 

 

 

 

 

 

 鳥の囀りと共に、目覚まし時計が鳴る。

 幼少の頃から当たり前の習慣となったそれに苦戦する事も無く、ワンコールもしないで私は目覚まし時計に手を伸ばしてアラームを止めた。

 

「ふぅ、んん……!」

 

 布団から出て軽く背伸びをし、カーテンを開ける。

 徐々に日の出と日没のバランスが変わってきており、まだ薄暗さが残るがこれはこれで風情があって良い物だ。

 

「さて」

 

 洗面所に行き顔を洗い、頭に手ぬぐいを巻いて外に出る。涼しさと静けさが湛えられた朝の空気は心地よく、今は特に好きな季節だ。

 倉庫にしまわれている箒を手に取り、参道を掃除していく。

 体を動かしていると頭も冴えてきて、やはり自分の中では朝の仕事は欠かせない習慣なのだと実感する。

 ちなみに格好は寝ていた時に着ていたジャージのままだが、神様どうかそこはお目を瞑って頂けないでしょうか。動きやすくて着替える手間が省けるし、なんだかんだで枯葉や埃で汚れるのでそのまま洗濯物に出してしまうのが効率良いのです。

 

 そんなこんなで今日は休日のため、三十分くらい掛けて掃除を終えた。平日は学校があってあまり時間を掛けられないから、こういう時くらいはしっかりやらないとな。

 ゴミを袋に入れてひとまず保管場所に移した後、台所に居る母親に声を掛けた。

 

「おはよう母さん。掃除終わったよ」

「ありがとうね志麻。お父さんもそろそろ戻って来るからシャワー浴びちゃいなさい」

 

 母の言葉に甘えてシャワーを浴び、着替える。

 再び台所に行くと本堂の掃除を終えた父も居たので、皆で揃って朝の食卓に着く。

 

『頂きます』

 

 そう声を合わせて、朝食の時間が始まった。

 

「志麻、文化祭はどうだったんだ?」

「特に問題なく無事に終わったよ」

「えー。何か面白い事とかなかったの?」

 

 無難な回答が不満だったのか、母が追求してくる。

 面白い事という単語に反応して、私の頭の中にある景色が思い浮かんだ。

 

「隣のクラスに転校生が来たんだけど、その子の演奏が凄かった」

「へー、そんなに?」

「メジャーデビューが夢とか言ってたからね。けど、それに見合うだけの上手さは素人の私でも感じたかな」

「ははは。なら今の内に仲良くしていた方が良いんじゃないか?」

「うーん。でも言動が突拍子もない暴れ馬みたいなんだよなー」

 

 思いのほか会話が弾み、結局そこから文化祭の事を粗方話す事になった。

 ややあって全員が食べ終わり、お茶を飲み干した所で父が呼びかけた。

 

「ところで志麻」

 

 表情こそは穏やかだが、その声音は先程よりも幾ばくか真剣味を帯びている。

 こういう時の父は叱るわけではないが、何か大事な事を問うのだと長年の経験で察した。

 

「志麻は、他に何かやりたい事は出来たかい?」

「……いや、特にないよ」

 

 父からの問いに、私は努めて冷静に返す。

 

 両親は食卓の時間で、よく学校生活の事を訊いてくる。

 それ自体は普通の家族の会話だと思うが、私が特定の活動に打ち込んでいない事を心配しているのではないかと何となく感じていた。

 確かに正式に部活動へ所属しているわけでもなく、子供の頃から家の手伝いと単発的な運動部の助っ人活動が私の日常だ。

 もしかしたら両親は寺の子供として家事を手伝う事を私に強要させてしまっていると危惧しているのかもしれないが、そう思われるのは嫌だった。

 

「ご馳走様」

 

 この話はこれで打ち切り、という事を暗に伝えるため私は一声かけた後に食器を流し台まで持って行き、そのまま自分の部屋へと足を進める。

 

「一応言っておくけど、私は義務感で家の手伝いをしているわけじゃないから。行事も檀家さんとのお付き合いも、私にとって大切なものだよ」

 

 去り際にそう伝え、両親の返答を待たずに私は朝食の時間を終えた。

 家の事も学校の事も、私にとって大切な日常である事は本心だ。

 だが、何故か藤原さんのライブを観てから、日常を飛び出して非日常の世界へ行ってみたいという想いが強くなっていた。

 自分でも初めての感情で整理がつかず、ここしばらく行き場の無い感情を抱えている事を両親に悟られたくなく、逃げるように私は足早で自室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 休日だが特に他に用事も無いので、今は割かし近所の新宿を散策していた。

 モヤモヤした感情も歩き回っていれば落ち着くかもしれないと思い、久しぶりに大きな本屋さんでも行こうかと考えていた所、賑やかな街の中でもひと際目立つ音が聞こえて来た。

 

「あれは……」

 

 人だかりの外から内側へ目を向けると、そこには路上ライブを行っている藤原さんが居た。

 テレビなんかで私でも聴いた事あるくらいの曲を演奏していて、元の歌手にも引けを取らないくらいの上手さ。

 だが一番目を惹かれたのは、見知らぬ人たち相手でも溌剌と、今を全力で駆け抜ける姿だった。

 輝いて見えるその姿は綺麗だと思わずにはいられず、同時に羨ましく……。

 

 あぁ、そうか。

 答えは、もう出ていたじゃないか。

 

 ──私は、彼女に憧れたんだ。

 

 私の日常は、誰かのための人助けが当たり前だった。

 自分の力が誰かの役に立つ事は嬉しかったが、一方で自分は所詮、自分の出来る範囲でしか行動出来ない小さな人間でしかないのではという思いも抱いていた。

 現状に甘んじて殻を破ろうとしない自分に虚しさを感じていた折に観た、文化祭での彼女の姿。

 自分とは対照的な、夢を持ち、自らの力で未来を切り開くその力強さに、私は惹かれたんだ。

 

『一緒に良い夢見ようぜー』

 

 あの時藤原さんが掛けてくれた言葉は社交辞令だろう。

 けれど理性が反射的に反応し、彼女の誘いを断ってしまったのが──非日常へと飛び出すチャンスを失ってしまったのが、ずっと棘の様に私の中に突き刺さっていたんだ。

 

「バンドメンバー募集中でーす!」

「お、お願いしまーす……!」

 

 気が付いたら彼女の演奏は終わっていて、今度はチラシを配って呼び込みを行っていた。

 観ていた人達は演奏だけに興味があったようでそのまま解散してしまっていたが、私はその流れに逆らう様に歩みを進めた。

 

「藤原さん」

「へ? ……おぉー!? 志麻様じゃない!」

「志麻様はやめてくれ」

 

 突然現れた私の姿に藤原さんは心底驚いていたようだった。

 次いで彼女の友達だろうか、藤原さんと観客の間くらいでカメラ撮影をしていた見知らぬ子にも声を掛ける。

 

「そちらの子は?」

「あぁ、同じクラスでメンバーになってくれたきくり」

「は、初めまして。廣井きくりです」

「初めまして、岩下志麻だ」

 

 私が会釈をすると、恐る恐る廣井さんも返してくれた。

 

「んで、どうしたのよ岩下さん。まさか、バンドメンバーに入れてくれとか~?」

 

 一方、藤原さんは私の隣に近寄って笑いながら肘で小突いてきた。

 

 逃してしまったと思っていた、一筋の光。

 今度は、手放したくない。

 まだ見ぬ世界へと、踏み出してみたかった。

 

「あぁ、その通りだ」

『え?』

「私を、藤原さんのバンドメンバーに入れてくれないか」

 

 だから私は、真っすぐに藤原さんを見据え、言い切った。

 

『……えぇーー!!??』

 

 少しの間の後、藤原さんと廣井さんは二人して大声を出して驚いた。

 

「なんだ、文化祭の時に誘ってくれたじゃないか。それとも、やっぱり初心者はお断りか?」

「いやいや滅茶苦茶嬉しいけど! まさかまさかの展開すぎてガチで驚いちゃったわ……」

 

 どうやら藤原さんのリアクションは本物みたいで、飛び出しそうな心臓を押さえる様なポーズで話し始めた。いや、そもそもバンドメンバーを募集していたんだからそんなに驚かなくてもいいんじゃないか?

 

「あの、岩下さんは何がきっかけだったの?」

「そうだな……」

 

 今度は廣井さんがおっかなびっくりという様子で尋ねて来て、口元に手を当て思案する。

 色々と理由はあるが、一番単純なのは……。

 

「簡潔に言えば、藤原さんの演奏に魅せられたから、かな」

 

 我ながら歯の浮く様な台詞だが、これが率直な感想だった。

 

「文化祭の時に舞台袖で観させてもらったが、素人の私でも感じる熱量と言うのか。上手く言えないが、心が昂るのを感じたんだ」

 

「まぁ、なんだ……。そこからずっと頭から離れなくてな。そして今の演奏も聴いて、ただただ一緒にやってみたいという想いが強くなったんだ」

 

「私は初心者だが、足手まといにならないよう努力する事を約束する。藤原さんの演奏には、それだけ未知の世界でも飛び出してみようと思える頼もしさと、勇気を貰えたんだ」

 

 私が言い終えると、何やらしたり顔で腕組しながらうんうん頷いている廣井さんが藤原さんに声を掛けた。

 

「だってさ、美空」

「あー……。その、ありがとう……」

 

 一方、藤原さんはステージで見せた暴れ馬っぷりは鳴りを潜め、借りてきた猫みたいに大人しくなって頬を染めながらお礼を言って来た。

 ふふ。なんだ、結構可愛い所もあるじゃないか。

 超常的な存在に見えていた彼女もやはり等身大の人間なんだという事を感じ、なんだか微笑ましくなってしまった。

 

「だが、さっきも言った通り私はバンド経験なんてない初心者だ。迷惑だったら断ってくれ」

「断るわけなんてないでしょ! よろしくね、岩下さん!」

「あぁ、よろしく頼む」

 

 吹っ切れたのか、藤原さんは輝かしい笑顔を浮かべながら右手を差し出してきた。

 そんな彼女の笑顔に、私も笑顔と共に握手をする。

 

「よ、よろしくお願いします岩下さん! まさかあの岩下さんと一緒になれるなんて……!」

「私を芸能人か何かと勘違いしていないか?」

 

 廣井さんは廣井さんで何故かとても恐縮した様子で握手をして来た。

 学内でも目立つ方の存在だという自覚はあるが、同い年なのだからそこまでビクビクしなくてもいいだろうに。

 

「ちなみに、どの楽器やってみたいとかある?」

「少し調べてみたんだが、一番やってみたいと思ったのはドラムだな」

「マジで!? 今ちょうどドラムが欲しかったの!」

 

 実はこっそりバンド活動の事を調べたりしていたので希望を伝えると、一気に藤原さんの鼻息が荒くなり、

 

「よしっ! それなら早速行きつけのライブハウスに行くわよ! そこならドラム出来るからね! もしもーし銀次郎さん!」

 

 一息で捲し立てると携帯で何処かに電話をかけ、あっという間に機材を片付けて私の手を引っ張って行った。

 そのあまりの行動の速さに、思わず隣を付いてきた廣井さんに尋ねてしまう。

 

「廣井さん、いつもこうなのか?」

「そう、かな。私の時もあれよあれよと進んじゃったんだよね」

 

 苦笑しながら答える廣井さんに、お互い藤原さんに振り回される者同士仲良くなれそうだと感じた。

 とりあえず、自分だけ手ぶらなのは申し訳ないので空いている手で荷物運びを手伝いながら、私は彼女達と一緒にライブハウスとやらへ足を進めた。

 

 

 

 

 

 

「ジャジャーン! これが生のドラムでーす!」

「おぉ」

 

 藤原さんに案内されたライブハウスの中にあるスタジオで、私は人生初めてのドラムと対面していた。

 

「さぁさぁ、座って座って」

 

 そう促されて丸椅子に座り、スティックを持たされる。

 こうしていざ近くで見ると思ったより大きく、まるで仏具のような荘厳な印象だと感じた。

 

「それで、どうすればいいんだ?」

「何でもいいからやりたいように叩いてみな」

 

 あまりにも雑な言い方に椅子からずり落ちそうになってしまった。

 

「そ、そんなのでいいのか?」

「いいのいいの。私だって最初はそんなもんだったよ」

「あのね、岩下さん。私も初心者だけど、適当に音を出してみるだけで本当に楽しいの」

 

 私の困惑をくみ取った廣井さんが同じ立場として助言してくれる。というか廣井さんも初心者だったのか。正直、少し安心した。

 

「分かった。では早速」

 

 まずは正面にある太鼓? を叩いてみるとパンッと子気味良い音が鳴った。ふむふむ、和太鼓と違って軽い感じだがこれはこれで良い音だな。

 次に近い所に置いてあるシンバルを叩くと、これもシャンッと鋭い音が鳴った。

 なるほどなるほど。罰当たりな発想かもしれないが、木魚やお鈴に比べて軽く短い音といった感じか? バンドは色んな曲を演奏するからそれに対応できるようこういう作りになっているのかもしれない。

 おそらく叩く強弱や足元にあるペダルなんかも使えばもっとバリエーションを出せるのだろう。であれば、何個も太鼓があったりシンバルがあるのも納得だ。

 

 今度は片手で太鼓、片手でシンバルを叩いてリズムを取ってみる。ドラムの演奏は初めてだがそれは意外な程体に馴染み、澄んだ音を聴いているだけでも心が洗われる。

 うん、廣井さんの言う通り適当にやってみるだけでも楽しいな。

 それと同時に、もしこれが曲としてちゃんと演奏出来るようになったらもっと楽しいだろうな、という未知の世界へのワクワクも広がって来た。

 

 すっかり没頭してしまい二人の事を忘れてしまっていたのでハッとなって止めると、何やら藤原さんが口元に手を当てて、穴が開くような勢いでこちらを凝視していた。

 

「……岩下さん。ちょっとこのリズムに合わせて叩いてもらっていい?」

「わ、分かった」

 

 そう藤原さんが携帯を取り出して、メトロノームなのかカチカチと音が鳴り始めた。

 あまりに真剣な表情だったのでその圧力に負けて、ひとまずリズムに合わせて大人しく叩いてみる。

 

「OK。次は音を消すからなるべく同じリズムで叩いてみてくれない?」

 

 ひとしきり叩いた後、今度はメトロノームの音を消して相変わらず真剣な表情でお願いをされた。

 な、何なんだ一体? 

 こちらは困惑したままだが、何も言えないので大人しく叩いてみる。別に音を消してもさっきまでと同じリズムで叩くのは簡単じゃないのか?

 

「じゃあ、最後ね。今度は裏打ちっていうのをやってみて欲しいの」

 

 ちょっとごめんね、と藤原さんが声を掛けて来て、入れ替わりで彼女が丸椅子に座り説明を始める。

 

「基本的にはさっきみたいな1、2、3、4のリズムでOK。んで、まず1の時に足のペダルを使ってバスドラム。2の時にハイハット。3の時に今度はバスドラムと一緒にスネア。4の時にまたハイハットだけ。この四つを1セットとしてひたすら繰り返すって感じ」

「あ、足も使うのか……」

 

 一気に難易度が上がった事を感じて冷や汗が出てしまう。廣井さんの方をチラリと見ると、彼女も『えぇ……?』といった表情で目を回していた。

 一方で藤原さんは苦も無くさらりとやっていたので、難しそうに見えてこれでも基礎の分類なのかもしれない。

 ならば、これが出来るようにならなければ今後のバンド活動など夢のまた夢。

 未知の領域を恐れるのではなく、勇気を出して足を踏み入れねば。

 

 そう勇んでやってみたものの、全然上手くいかない。やりたい事は分かるのに、体が付いて行かずに頭の中があやとりみたいにこんがらがってしまう。

 

「ぐぬっ。脳トレみたいで難しいな」

「たしかに、やりたい事と動きを一致させるの難しいよね。でも、岩下さんならもう少しでいけそうな気がする」

 

 随分と買ってくれている事に嬉しさよりも困惑が勝るが、そこまで言われたら応えない訳には行かない。

 

「声を出しながらゆっくりやってみてもいいか?」

「いいよいいよ、好きなようにやってみて」

 

 一旦心を落ち着けようと深呼吸をする。

 一番最初に叩いてみた時に不思議と馴染んだのは、おそらく実家での経験が活きているのかもしれない。

 つくづく罰当たりだが、お経を読む時と同じ感覚でやれば出来るんじゃないか? と私なりの発想に至ったのだ。

 

 「失礼します」

 

 両手を合わせて一礼をする。

 神様ごめんなさい。今だけはどうかお許しください。

 

 「1、2、3、4……。1、2、3、4……」

 

 さっきは焦ってしまったが、よりゆっくりリズムを口走りながら一つ一つの動作を確認して行く。すると功を奏したのか段々体と頭に馴染んでいき、行動と思考が一致して来た。

 

 (これなら)

 

 少しリズムを上げ、繰り返し出来たらまたリズムを上げる。

 こうして何とか藤原さんがやったリズムまで引き上げて繰り返し叩く事が出来たので顔を向けてみると、眉間に皺を寄せたもの凄い形相でこちらを見ていた。

 

「……岩下さん、本当に初心者?」

「あ、あぁ」

 

 とてつもない迫力に椅子から落ちないよう足に力を入れて答える。

 

「他のバンドに勧誘とかされてないよね? 本当に私達と一緒でいい?」

「勿論だ」

 

 か、勘弁してくれ。廣井さんもどうしていいのか分からなくてオロオロしてるし、本当に何がしたいんだ……。

 蛇に睨まれた蛙みたいな居心地が続き早く終わって欲しいと願った瞬間、藤原さんの纏う空気がスッと軽くなり……ニマァ~っと、申し訳ないが怖いと思うくらいの笑顔を浮かべた。

 

「……っしゃああああ!! SSランクドラマーゲットだぜ!!」

 

 そして渾身のガッツポーズと雄叫びと共に、そのままビョンビョン飛び跳ね始める。

 ……どうやら私の腕前に喜んでくれているみたいだが、ゴリラみたいにウホウホ声を出すのは止めた方がいいんじゃないか? 折角の容姿が色々台無しだぞ。

 

「すごいよ岩下さん!! こんな簡単に裏打ちまで出来る初心者なんていないよ!!」

「そ、そうなのか?」

 

 興奮冷めやらぬ様子で藤原さんは私の両手を握って来た。

 正直、自分だとさっぱり分からないというのが本音だが、彼女が掛け値なしに喜んでくれているというのは伝わって来た。

 

「てっきりテストでこれが出来なかったら入れてもらえないかと思ったんだが」

「あ、ごめん。言われてみればそんな流れっぽくなっちゃったね。いやー、でもこんだけセンスがあったら今後が楽しみだわー」

「み、美空。私は? 私はどう?」

「きくりはねー。センスはあると思うけどメンタルがねー。ビラ配りもまともに出来ないんじゃステージどうすんのよって感じ」

「ひぃん。しょ、しょんなぁ……」

 

 一気に室内が騒がしくなったが、その喧騒が心地よいと感じる自分が居る。

 考えてみれば、ここまで感情をむき出しにして接して来た相手は彼女が初めてかもしれない。

 たぶんこの先も変わらず野生動物みたいな言動に振り回されるかもしれないが、それもそれで楽しみだ。

 

「んじゃ、このまま練習してその後は我が家で岩下さんの歓迎パーティーとしゃれこみますか!」

「……志麻でいい」

 

 そう告げると藤原さんは『へ?』と目を丸くしてこちらを見た。本当、表情がコロコロ変わって見てて飽きないな。

 

「これから行動を共にするのに他人行儀じゃ堅苦しいだろ?」

「……へへっ。なによ、案外ノリが良いじゃない」

 

 藤原さん……いや、美空は太陽のような輝かしい笑顔を浮かべ、右手を差し出してきた。

 

「これからよろしくね、志麻様!」

「様付けはやめてくれ」

 

 どこまでもマイペースな美空に苦笑を浮かべるが、私の心はかつてない充実感と、未来への楽しみに満ちていた。




 次回からはまた本編の投稿に戻ります。
 ただ、私生活が忙しい時期に入って来たので次の投稿はもしかしたら8月とかになるかもしれないです。必ず続きを書きますので、どうか気長にお待ち頂けると幸いです。
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