バイトまで残り1時間くらいといった時刻になって、この日の練習は終わりを迎えた。
「すいません星歌さん。バックヤード貸してあげられないですか?」
カウンターで事務仕事をしていた星歌さんに私は声をかけた。
「うん? どういうこった」
「まぁ、皆あんな様子なので」
そういって私が指さした方向には、頭からプスプス煙を出してゾンビの様な足取りでスタジオから出てくる結束バンドの皆の姿があった。
「このままだとバイトに支障が出そうなので、出来れば静かな所で休ませてあげたいんですけど」
そう私が言うと、星歌さんは『あー』と声を出して納得した。
「お前ら、綺麗に使うって約束できるならバックヤードで休んでいいぞ。当たり前だけど、バイトは始まったらきっちりやってもらうからな」
『は~い……』
ひとまず星歌さんからお許しが出て、4人は相変わらずヨタヨタした足取りでバックヤードに入っていった。
「随分シゴいたみたいだな」
「人聞きの悪い事を言わないでください。皆、集中して頑張っただけですよ」
ケラケラ笑いながら言う星歌さんに、私は少しむっとして言い返した。
練習に熱が入ったのは事実だけど、決して大昔の運動部みたいに暴言などは一切言っていない。
皆、私が指摘したことを必死に直そうとして、意見を求めてくれて、むしろ私が感謝したいくらいだった。
来週の予定も聞けたし、少なくとも今日でもう打ち切り、ということにはならないはず。
けど、彼女たちの素直さに胡坐をかかず、自分の知識の再確認とか、どう伝えるかとかは考え続けなくちゃいけないよね。
そう思わせてくれる情熱を、彼女達からは感じた。
「で、お前はこの後どうするんだ?」
星歌さんが尋ねてくる。
確かに、練習は終わったので私の今日の仕事は終わりだ。
けれど、実はどうしても確認したいことがあるんだよね……。
「そうですね。せっかくなので、お客さんとしてこのまま見させてもらいます」
「ふーん、そうか。じゃあ、ほれ」
そう言って、星歌さんは私に向かって手を出してくる。
「……後輩が来たんだから、サービスしてくれてもいいんじゃないですか?」
「それとこれとは話が別だ。ドリンク込みで二千円な」
くっ! 星歌さんの目、御茶ノ水の魔王時代と同じ目をしている!
……まぁ、しょうがない。物事に対価は必要だからね。
私も仕事でそこら辺は嫌というほど経験したし、事業主なら尚更売上が得られるチャンスをみすみす逃す手はないでしょう……。
一つため息を吐きながら、私は財布からお金を取り出して星歌さんに渡した。
「それと星歌さん、後藤さんのことなんですけど」
「ぼっちちゃんがどうかしたのか?」
「……は? なんですかそのあだ名?」
あまりにもあんまりなあだ名に、私の頭にある考えが浮かぶ。
「まさか星歌さん、高校生相手にパワハラを!?」
「違う違う違う! 本人も分かっててそう呼ばれてるんだよ!」
星歌さんがすごい剣幕で否定するけど、それはそれで疑問が生じる。
「結束バンドって、実は仲悪いんですか?」
「それも違う。なんでも、友達が全くいなかったからそれに因んだあだ名らしい。本人は初めてのあだ名って喜んでたみたいだぞ」
えぇ……。後藤さん、今までどういう人生歩んできたの……?
昨日今日は私が皆に伝えることばかりであまりメンバー間の会話を聞く機会がなかったけど、もしかしたら結束バンドの皆は私が思っている以上に個性的な子達なのかな……。
そこら辺の事は考えれば考える程深みにハマる気がするので、頭の片隅に流しておく。
「まぁ、とりあえずそこは置いといて、星歌さんは後藤さんの演奏って聴いたことあります?」
私が言外に含んだ事を察したのか、さっきとは違って星歌さんの目つきが少し鋭くなった。
「……虹夏が初めてうちに連れてきた時のライブでは、正直下手だと思った。けど、たまたま1人で演奏したのを聞いた時は上手いって思ったな」
ふむふむ。星歌さんは辛口な上に音楽に嘘はつかないから、それは事実なのだろう。
確証を得られたわけではないけれど、私の予想は当たっている方向に近づいているのかもしれない。そうであれば、後藤さんの演奏がギクシャクしていたのも辻褄が合う。
「ちなみに、何で1人で演奏しているのを聞く機会があったんですか?」
「虹夏がバイトのことを教えてる時に、音楽に合わせたら覚えられるんじゃないかって急にギター弾き始めたんだ」
うん、何かもう後藤さんの事を聞けば聞く程よく分かんなくなってきた。
他にも初めてのライブでは段ボール被って演奏してたとか聞いたけど、これ以上は脳みそがショートしそうになるのでひとまず私はそれ以上のことは聞かないのであった。
バックヤードでそれぞれ椅子に座ったあたし達は、ぐったりしていた。
「疲れた……」
リョウがいつも以上に死んだ魚みたいな目をしながら、ポツリと呟く。
「皆、私はもう駄目だ……。どうか私の分までバイトを頑張ってくれ」
「ライブの為にお金貯めなきゃいけないんだから、皆で頑張るの」
あたしはペチペチとリョウを叩きながら反論するけど、かくいうあたしも正直キツイかも……。
「でもでも、藤原さんのおかげで今日だけでもすごい上手くなれた気がしませんでした? やっぱり、見てもらう人が居てくれると違いますよね」
雰囲気を明るくしようと、喜多ちゃんが頑張って声をかけてくれる。
「そ、そう思います……。あと喜多さん、ごめんなさい。私の教え方が下手だったから、藤原さんにいっぱい指摘されちゃいましたね……」
「そんな顔しないで後藤さん! 逆に考えましょう、後藤さんが教えてくれたから少しは褒められてもらう位には出来てたって」
「あ、ふへへ……。そう言われると、私の教え方も捨てたものじゃないですねぇ……。講座系オーチューバーとしてデビューしちゃおうかな?」
「ぼっちちゃん、いつも以上に情緒不安定だね」
やっぱり皆疲れているのか、何か話すことにいまいちキレがないけど、喜多ちゃんの言う通り充実感があって悪い気分ではなかった。
「なんていうか、自分のやってきた事を言語化して教えられるってすごいと思ったね」
「あ、それは私も思いました……。音楽をすごい研究していて、答えが分かりやすくてとにかく音楽に対して情熱を持ってる人だなって思いました」
「てっきり店長さんの後輩っていうから、擬音とかで説明してくる人かと思ってました」
喜多ちゃん、ナチュラルにお姉ちゃんの事をバカにしてる? まぁ、実際大学を2留してるから気持ちは分かるけど。
「で、リョウはどうだった?」
少しニヤニヤしながら、あたしは尋ねる。
「……まぁ、悪くはないかな。言ってる事は納得できるし、あんな演奏を見せられたら文句は言えないよ」
珍しくリョウがバツの悪そうな顔で言ってきた。
もう、素直じゃないなぁ。
けど、音楽に一番うるさいリョウがこう言うって事は、やっぱり藤原さんは技術も確かな持ち主だってことだよね。
「じゃあ皆、藤原さんに見てもらう事に賛成って事で良いかな?」
あたしが念のため確認を取ると、皆頷いてくれた。
正直どうなるか不安だったけど、心強い味方が付いてくれて何よりだね。
「ただ、藤原さんはOLさんで毎回来れるわけじゃないと思うから、各自言われた事をしっかり意識して、上手くなっていこう!」
『おー』
やっぱり少し声に張りが無いけど、前向きな事が伝わる皆の返事に、あたしは笑顔になった。
「あ、けど思ったんですけど」
ふと、喜多ちゃんが不思議そうな顔を浮かべて言った。
「藤原さん、あんなに上手いのにプロとして活動していないのはどうしてなんでしょうね?」
それは、あたしも思った事だ。
藤原さんの腕前は、間違いなく普段お店でやっているバンド達よりも遥かに上で、加えて三種類も楽器を演奏出来るなんて言ったら、助っ人どころか正式メンバーとしてもオファーが引っ張りだこのはずだ。
「や、やっぱりプロの世界はそれだけ厳しいんじゃないですか? それに、教えるの上手だから音楽教室で先生をやってたりするかもしれないですし」
「実はオーチューバーなのかもよ。スタイル良いからおっぱいとギターが目立つサムネの動画を投稿してたりして」
「発想がクズぅーー!!」
あまりにも失礼な事を言うリョウの頭をとりあえずシバいておく。
……でも、ぼっちちゃんの言う通り、もしかしたらあれだけの人でも、プロの道は厳しいのかもしれない。
だからといって、立ち止まるわけにはいかない。
あたしには、叶えたい夢があるんだから……!
あれから時間が経ち、お店が開店の時間を迎え、私は久しぶりのライブハウスの空気を楽しんでいた。
若いバンドばかりで、皆がひたむきに演奏をしている。
そして、その空気に当てられて見ているお客さんたちが盛り上がる。
簡単なようで、難しく、奥の深いその図式が様々な形で表現されているのを肌で感じ、私は心が昂るのを感じた。
──やっぱり、私は音楽が好きなんだ。
──好きであって、良いんだ……。
思わず感傷に浸ってそのまま沈みそうになるのを堪えて、もう一つの目的の方に目を向ける。
私がお客さんとして残ったのは、結束バンドの皆の人となりを少しでも理解しようというのもあった。
山田さんは受付を担当していて、表情を変えずに淡々とこなしていたけれど隙あらばサボろうとしている所を星歌さんにシバかれていた。う、う~ん。山田さんは極度のマイペースって感じなのかな。
他の3人はドリンクを担当していて、喜多さんは要領も愛想も良くて、規模の割には多いお客さんに動じることなく捌いていた。楽しそうに仕事してるし、第一印象通りの陽キャオーラが眩しいくらいであった。
一方、件の後藤さんは虹夏ちゃんのサポートを受けつつ、女の子がしちゃいけないような表情で仕事をしていた。一つ一つの動作はたどたどしいけど、頑張っているのはヒシヒシと伝わるからやっぱり根っこの部分は良い子なのだろう。
虹夏ちゃんもよくフォローしてるし、あんなに小さかった彼女がリーダーとして立派にやっているのを見ると、胸がジ~ンとなってしまった。
そんなこんなで、様々な景色が見れた営業時間は、気づいたら終わりの時間を迎えようとしていた。
「ほい、お疲れさん。今日は上がっていいぞ」
店長さんがそう声を掛けてバイトは終わった。
き、今日は特に疲れた……。
慣れているはずの虹夏ちゃんやリョウさんも足取りが重いし、喜多さんもいつものキラキラしたオーラが今は線香花火みたいに小さくなってる。
藤原さんに見てもらって、色々指摘されたのが原因だろうけど、不快感は全然なかった。
確かに厳しいことはいっぱい言われたけど、私達をいじめようとかそういう悪意は感じなくて、ただただ音楽がすごい好きなんだなってことが伝わってきた。
皆でバックヤードで休んでる時も『やっぱり見てもらう人がいると違う』とか、『今日の練習だけでもすごい前進した気がする』と誰も不満を言わなかったから、今後もしばらく関係が続いていくのは確定だと思う。
ただ、いつも以上にガッツリ集中したから、その反動がすごい……。
明日の日曜日はバイトも練習もないから今日はもう帰って寝て、起きたらギターヒーロー用の動画でも撮ろう。
私がモソモソと帰り支度をしていると、
「後藤さ~ん」
「は、はい?」
お客さんとして残っていた藤原さんが声をかけてきた。
「突然でごめんね。ご飯ご馳走するから、少しだけお話いいかな?」
少し屈んで私と目線を合わせた藤原さんは、申し訳なさそうに手を合わせてお願いしてきた。
え、何で私だけ!?
いやいやいやいや、藤原さんは良い人だと思うけど、流石に昨日今日で会った人とマンツーマンでご飯はハードルが高すぎる!!
そうだ! 今日はもう体調が悪いということにして断れば──
「あ、はい」
私の口からは、勝手に返事が漏れていた。
うばぁぁぁぁぁぁぁ!! 何やってる私!! また押しに負けて断れない病を出してどうする!!
う、うぅ……。バイト始めたりして変われたと思ったのに、やっぱり私はコミュ障のままなんだ……。
「ありがとね! あまり遅くなるのもまずいから、早速行こうか」
私の様子を気にすることなく、藤原さんは私の手を引いて歩き始めた。
藤原さんには申し訳ないけど、警察に連行される犯人ってこんな気分なのかな……。
結束バンドの練習スケジュールやバイトの日程は正直テキトーです。
原作でもそこら辺って厳密には触れられてない、ですよね……?