「後藤さんって、ギターヒーローじゃない?」
藤原さんにそう質問されて、私の頭の中は真っ白になった。
あまりにも突然のことで頭がグラグラして、血の流れが逆さまになったような感覚に陥る。
けれど、私の口は考えるよりも早く勝手に動いていた。
「えっ……、な、何で? 誰にも言っていないのに……!?」
そして言い終わった後にハッとなった。
私のバカバカバカ!! 事実だとしても知らんぷりすればよかったんだ!!
折角こういう事を聞かれた時に『さぁ、何のことですか?』ってクールに返すシミュレーションを何回もしてたのにぃぃぃぃぃぃぃ!!!
「うっ、うぅ……。うぇ……」
もうヤダ。本当に自分のおバカ加減が嫌になってくる……。
「ごめんね、ごめんね! いきなりこんな事言われたらびっくりするよね」
私が涙ぐむと、藤原さんは慌てて傍に駆け寄ってきて両手を握ってくれた。
「はい、息吸ってー」
すーー。
「吐いてー」
はーー。
「もう一回吸って~」
すぅ~~~~~。
「吐いて~」
はぁ~~~~~。
「……どうかな? 少し落ち着いた?」
心配そうに尋ねてくる藤原さんに、私はコクコクと頷き返した。
「ごめんね後藤さん。私が軽率だった」
そう言って、今度は片手で私の頭を撫でながら藤原さんは謝ってくれる。
「い、いえ、ごめんなさい。こういう事言われたの、初めてだったので」
「うん、うん。そうだよね。もう少しゆっくりしたら、話そうか」
藤原さんは、私が落ち着くのを待ちながら、小さい子にするみたいにゆっくり頭を撫でてくれた。
人が少ないとはいえ、さすがにファミレスで泣くのは良くないと思い、私はなんとか落ち着きを取り戻した。
藤原さんも、今は最初の位置に戻ってお互いに向かい合うように座り直している。
「改めて聞くけど、後藤さんはギターヒーローなんだよね?」
「は、はい」
今度はパニックにならず、質問に答えた。
「でも、どうして分かったんですか……?」
「私、ギターヒーローの動画はよく見てるんだけどジャージとギターと髪型が同じでしょ。あと、最初に握手した時にかなり弾いてる人の手だと思ったりとか、実際の演奏の癖とかかな」
まるで探偵みたいに、藤原さんは答えてくれた。
正直、心の中の承認欲求モンスターが暴れて『動画と同じ格好して誰かギターヒーローだって気づいてくれー』っていう思いはあったけど……実際に言われたら言われたでこの体たらく……。
「あ、あの、隠してたわけじゃないんです……。今は皆の前で下手くそな演奏しかできなくて、全然ヒーローなんかじゃないから……この性格が直ったら言おうと思ってて……」
「大丈夫、私も決して言いふらそうとかそういう目的で聞いたんじゃないの。ただ、後藤さんの本当の実力を確認したかったんだ」
藤原さんは、また私の両手を握って言葉をかけてくれる。
その手はやっぱり暖かくて、藤原さんが嘘を言ってるとは思えなかった。
そして、今日一日で距離が近くなったのもあったのか、私は聞いてみた。
「やっぱり、皆には言った方が良いんでしょうか……?」
聞かないと、不安に押しつぶされると思ったから……。
藤原さんは私の質問を聞いて……少し時間を置いてから、答えてくれた。
「私は、皆にも言うべきだと思う」
言った方が良い、じゃなくて、言うべき。
分かってはいたけど先送りにしていた事実が、重くのしかかってきた。
「理由は色々あるけど、まず単純に後藤さんが嫌じゃない? 誤魔化すの苦手そうだし、隠してるつもりはなくても皆に何か秘密にしてるってだけでもストレスがかかってるんじゃないかな」
「ふぐっ」
図星を突かれて、思わずうめき声が出てしまった。
実際、最近は結束バンドで演奏している時にギターヒーローの時の自分とギャップを感じて苦しくなることがあったりした。
「それと、私が一番心配なのは結束バンドの知名度が上がったら、私みたいに後藤さんがギターヒーローだって気づく人が他にも出るんじゃないかって事なんだ」
「ど、どういうことですか……?」
この理由に関しては、何がどう繋がるのかはいまいち想像がつかないので聞き返してしまった。
「例えば、行き過ぎた考えの人が結束バンドの演奏を見て、『ギターヒーローさんが上手く演奏出来ないのは他のメンバーが足を引っ張ってるからだ』って文句を付けたりとか。他にも、結束バンドやギタリストとしての後藤さんじゃなくて、話題集めのためにギターヒーローということだけにフォーカスした情報を拡散する人間も出てくるかもしれない」
藤原さんに言われた事を想像して、私は頭が金槌で殴られたみたいな衝撃が走ったのを感じた。
私がギターヒーローだと身バレした時、なにかあるとしたら私自身だけに降りかかると思っていた。
いや、結束バンドの皆にも何かあるかもしれないと考えていたけれど、それもイメージが湧かないから先送りにしていただけだ。
けれど、藤原さんに一つの例を出されたら、元からネガティブ思考な私の想像力は一気に現実味を帯びてしまった。
私が下手くそなだけなのに、虹夏ちゃんに、リョウさんに、喜多さんに謂れのない言葉が浴びせられる。
もしかしたらお店にも迷惑がかかって、店長さん達にも被害が及ぶかもしれない。
私のせいで、皆が傷ついてしまうかもしれない。
そう考えると、胸に今まで感じたことのない痛みが走った。
「後藤さん、落ち着いて」
また取り乱しそうになったところで、藤原さんが手を力強く握って、現実に引き戻してくれた。
「い、いえ、私こそ何回も泣きそうになってごめんなさい……。藤原さんに言われて、ようやくどんな悪いことが起きるかってイメージが出来ました……」
「今のはあくまで仮定の話だから、もしかしたら取り越し苦労で何も起こらないで終わる可能性もあるかもしれない。けれど、もしその悪いことが起きてしまった場合の事を考えると、皆に打ち明けていた方が予防も出来るし、対処も出来ると思うんだ」
私を落ち着かせるように、藤原さんはゆっくりと説明してくれる。
「それに後藤さん、今私が言ったことを聞いてどう思った?」
そして、質問を投げかけてくる。
その口調は決して問いただすようなものではなく、思った事を正直に話しても良いと思えた。
「……私のせいで、皆を傷つけたらどうしようって……。皆の居場所を、私が自分で壊すことになるんじゃないかって考えたら、すごく怖くなりました……」
「その気持ちを、忘れないで」
声が震える私の手を、藤原さんは優しく握り続けながら話してくれた。
「今後、バンド活動でも、それ以外でも、後藤さんの人生で選ばなくちゃいけない事はたくさん出てくる。その時に感じた自分の気持ちを大事にして、後悔しない選択をして欲しい」
私の、気持ち……。
後悔しない、選択……。
私は、どうしたい……?
「……皆に打ち明けるとしたら、どう打ち明ければいいでしょうか……?」
やり方なんて一つしかないと思うけど、それでも藤原さんに尋ねてみる。
藤原さんは『う~ん』と少し悩みながら、
「やっぱり、皆の前で演奏してみる事じゃないかな。皆いい子だから動画を見せれば信じてもらえるとは思うけど、100%信じてもらうにはやっぱり演奏を聴いてもらうのが一番だと思う」
と答えてくれた。
そ、そうだよね。
それしか、ないよね……。
けど、ただでさえ人の目に弱い私が、本当に出来るのかな……。
「もし一人でやるのが心細かったら、私も一緒に演奏しようか?」
「うぇ!?」
私の心を読んだような藤原さんの突然の提案に、思わず声をあげてしまった。
「ギターだけだと音として寂しいし、せめてドラムくらいはいないとテンション上がらないしね。それとも、私程度じゃ後藤さんの本気には釣り合わないかな?」
「いえいえいえいえ!! 絶対そんなことないです!!」
いたずらっぽく藤原さんは笑っていたけど、私は千切れそうな勢いで頭を横に振って全力で否定する。
藤原さんが一緒に演奏してくれるのは、これ以上なく心強いと思う。
けれど……まだ自分の気持ちに整理がつかなくて、どうしたいのか結論が出ていないのも本音だった。
「あの、藤原さんの気持ちはすごい嬉しいです。けど、ごめんなさい……。正直、頭がぐちゃぐちゃで、気持ちの整理が今すぐは出来ないんです……」
「うん、そうだよね……。私も、急かしちゃったみたいでごめんね」
そう藤原さんは謝った後、
「でも、後藤さん。これだけは覚えておいて」
と、少し身を乗り出して切り出した。
「悩んで、悩みぬいて、一歩踏み出したいのにどうしても勇気が持てない時。誰かに助けを求めることは、恥ずかしい事じゃないよ」
そう藤原さんは、変わらずお母さんみたいな優しい笑顔で言ってくれた。
「もし助けが欲しかったら、その時は遠慮なく相談してね」
その言葉を聞いたら、自分の心がほんの少し軽くなるのを感じた。
「わ、分かりました。本当に、ありがとうございます」
「こちらこそ、突然のお誘いだったのにありがとうね」
心の底から感謝の気持ちを込めて、私は何回も藤原さんに頭を下げてお礼を言った。
こうしてお会計を済ませた後、私達は下北沢の駅でさよならをした。
藤原さんと別れた後、電車の中で私はずっと考え事をしていた。
バイトが終わった後に感じていた疲労感はどこかに行き、自分の体とは思えないほど頭が思考の渦にぐるぐる回っていた。
最初に浮かんだのが、私のせいで皆を傷つけるかもしれないということ。
私もネットの世界にはそれなりに入り浸っているから、簡単に人を傷つけるようなことを言う人が世の中には居ることを知っている。
けど、それが身近な人たちに降りかかることを想像した時に、とてつもない寒気を感じた。
チヤホヤされたくて始めたギターだけど、そもそも虹夏ちゃんが誘ってくれなかったら私はバンドを組むことなんて夢のままで終わっていたかもしれない。
リョウさんが私の歌詞を後押ししてくれた時は少し自分に自信が付いたし、喜多さんも口下手な私の言葉に応えて加入を決めてくれた時は本当に嬉しかった。
私が今後バンドを組む機会なんて二度と無いだろうし、結束バンド以外で活動している姿なんてとても想像できない。
皆で写真を撮って、バンドの活動がずっと続いて、一緒にもっと色んな景色を見たいって思っていたのに、もしそれが崩れたら……。
──私は、絶対に耐えられない。
思わず窒息しそうになるくらい息を止めて考えて、ようやく私は自分の中で結束バンドが、皆がどれだけ自分にとって大きい存在か自覚した。
それは間違いなく、嘘偽りない自分の本当の気持ちだと気づけた。
そして、藤原さんに言った、『この性格が直ったら言おうと思っていた』という言葉。
ずっと、引っかかっていた。
それは、何時になるんだろう、と。
ずっと頭の片隅に追いやっていた、自分に対しての疑問。
バンドを組んだり、バイトを始めたりしたけれど、私の中で何が変わったんだろう。
変わりたいと思っているのに、何も変われていないという矛盾。
本当に変わりたければ、それが今なんじゃないか。
藤原さんに言われた、私の気持ちと、後悔しない選択。
怖いけど、大切な場所を守るために。
それでも、私がやらなくちゃいけないのは……!
後藤さんと別れて家に着いた後、私はベッドの上で仰向けになりながら考え事をしていた。
「はぁ……」
一緒にご飯を食べた時の会話を思い出すと、ため息が出てしまう。
今日、後藤さんと話をしたのはあくまで彼女がギターヒーローなのかを確認するだけのはずだった。
けれど、彼女から自分の事を他のメンバーに打ち明けた方が良いのか相談された時……私は、理性よりも先に感情で答えてしまった。
バンド活動を続けていく中で後藤さんの正体に気付く人が出て、本人達の望まぬ形で知る事になるかもしれない。
それが原因で不和が生まれ、メンバー同士の軋轢が生じる前に手を打っておく。
これ自体は、心から心配しての提案だった。
だが、虹夏ちゃん達が後藤さんの実力を正しく認識し、メンバーの仲が変わらなくても、今度は実力差による軋轢が生じる可能性もある。
ギターヒーローの時の後藤さんの実力は紛れもなく本物で、同世代……いや、プロと比較してもあれ程の実力者はいない。
後藤さんが今後成長し、本当の実力を発揮出来るようになっても、周りが付いて行けるのか……。
今は山田さんが一番上手いけれど、彼女でも付いて行けるかは怪しい。
そうなると、実力的に劣る虹夏ちゃんと喜多さんが苦しくなり、山田さんも含めてどんなに頑張っても差は縮められず、音楽を続けられなくなるかもしれない。
打ち明ける事が、必ずしも全てがプラスに働くとは限らないのだ。
そもそも、後藤さんがギターヒーローだと100%確信していた訳ではなく、状況証拠から推理した上でそこから嘘をつけなさそうな彼女の性格を鑑みてカマをかけたに過ぎない。
そして、半ば脅しの様な例を挙げ、後藤さんに正体を打ち明けるきっかけを誘導させた様なものだ。
──いくら自分が仲間と別れた過去があるとはいえ、彼女達は、私とは違う存在なのに……。
あの時の辛い経験をして欲しくないという想いだけが先走り、要らぬお節介をかけてしまった。
私なんかが口出ししなくても、彼女達は、自分達の力だけで乗り越えられるかもしれないのに……。
「嫌な大人だな、私……」
早まったかもしれないという思いと自己嫌悪で胸の奥がジクジクと痛む中。
ピロン。
スマホからロインの着信音が響いた。
重い体を起こし内容を見ると、後藤さんからだった。
『突然の連絡でごめんなさい。皆に打ち明けたいのですが、ご協力をお願いしてもよろしいでしょうか?』
その内容を見て、私はすぐに返信をした。
『もちろん、いいよ。曲の希望はある?』
その後、すぐに返信がきた。
『この曲、大丈夫ですか?』
そのメッセージの後に、オーチューブへのリンクが貼られた。
リンク先を見た私は驚きと共に口角が上がり、思わず電話をかけて話し込みたい衝動にかられたが、グっと我慢して努めて明るく返信した。
『私もこの曲大好き! 今日はもう遅いから、明日のお昼くらいにまた話そうか』
『はい。よろしくお願いします』
こうして、話は一区切りついた。
私は体の中に蠢くざわつきを振り払うように息を吐き、スマホをベッドの上に放り投げた。
後藤さんは、決断をした。
ならば、私は全力で支えるだけだ。
たとえそれが、偽善と言われようとも。
ぼっちちゃんのエミュって想像以上に難しくてかなり文章に試行錯誤してます。
加えて作者はギャグセンスが壊滅してるので現状原作の様なぼっちちゃんを表現出来てるとは言えないですが、後々に原作の様な虹夏ちゃん達も含めたわちゃわちゃ感を出したいとも思っていますので、宜しければ長い目でお付き合いお願いします。