後藤さんと二人でご飯を食べた日から次の週のスタ連の日に、私はSTARRYに訪れた。
入口の前で、一つ深呼吸をする。
ある意味、今日は本番以上に気合を入れなくてはいけない日だ。
意を決して店内に入り、結束バンドの皆がいるスタジオのドアを開ける。
「こんにちは」
『こんにちは!』
私が挨拶すると皆も挨拶をしてくれる。
けれど、後藤さんだけはすごく緊張している面持ちだった。
今日、彼女は皆の前で演奏し、自分がギターヒーローである事を打ち明けると決めた。
私も演奏のサポートをすることになっているけれど、事前に一つ約束をしてもらった。
それは、私が来たらすぐに自分から皆に話を切り出すということ。
すぐに、と指定したのは後になるほど決心が鈍る可能性を懸念したからだ。
極度に口下手な彼女には厳しいかもしれないけれど、これだけは自分で切り出さなくちゃいけない。
最初は焦燥していたけれど少し間をおいて決心したのか、後藤さんは音が聞こえる程息を吸い込むと、
「あ、あの! すみません!!」
思わず皆が飛び上がる位の大きな声を出した。
正直、分かっていた私でもびっくりしたし、普段の彼女を私以上に知っている他の子達は尚更びっくりしただろう。
「ご、後藤さん。どうしたの?」
喜多さんが戸惑いながら尋ねる。
「え、えっと、突然ごめんなさい……。けど、その……大事な話なので、少し私の演奏を聴いてもらっていいですか……?」
「それはいいけど……。ぼっちちゃん大丈夫? 顔色悪いよ?」
どうやら普段とはまた違った後藤さんの行動に、逆に皆心配してしまっているようだ。
当の本人は肝心の演奏に移れなくて、どう説明すればいいのか分からずオロオロしてしまっている。
──頑張ったね、後藤さん。
私はススッと後藤さんの後ろに回り込み、彼女の両肩にポンと手を置いて皆に話しかけた。
「私からもお願いしていい? そんなに時間は掛からないから」
「え、藤原さんもどうしたんですか……?」
「もしかして、藤原さんも一緒に演奏するんですか?」
私が出てきたことで更に戸惑った虹夏ちゃんとは対照的に、今まで黙って見ていた山田さんがワクワクした様子で尋ねてくる。
「うん。そういうことだね」
「ほうほう。虹夏、郁代、面白そうだから聴いてみよう」
「まぁ、確かに……」
「聴いてみたくはありますけど……」
ほっ。何とか本題に入れそうかな。
「ありがとうね。ごめん虹夏ちゃん、ドラム借りてもいい?」
「あ、はい。どうぞ」
虹夏ちゃんの許可が取れたので、私はスーツの上着を脱いでドラムセットへと移動する。
シンバルやタムを一つずつ叩きながら、ドラムスローンの高さを調整していく。
大体の位置が決まったら、普段は肩甲骨のあたりまで垂らしている髪の毛を邪魔にならないようにヘアゴムで結ぶ。
前に皆の前でギターを演奏した時はやらなかったけど、髪を結ぶのは私の中で本気モードに入るためのスイッチだ。
次に、ウォーミングアップ代わりに頭の中でパッと思いついた曲を一分くらいの短いメドレー形式で演奏する。
そして、演奏が終わったらスティックをペン回しの様に手の中で回し、軽く空中に放り投げ、キャッチ。
このスティック回しはコンディションのバロメーターであり、回し方やキャッチが上手くいかない時は演奏の調子も悪かったりする。
けれど、今日はどちらもスムーズに行けた。
つまり、私のコンディションは問題なし。
虹夏ちゃん達は私の一連の流れに『おぉ~』と声をあげているけれど、どうやら後藤さんはこっちを気にする余裕もなさそうだった。
肩で息をしているのが分かるし、足元も落ち着かない感じでふらふら動いている。
彼女が落ち着けるように気持ち長めに準備を挟んでみたけど、このままじゃ厳しそうかな……。
私は一度ドラムから離れ、ゆっくりと後藤さんに近寄り、声を掛けた。
「後藤さん」
「は、はい……」
私に呼ばれた後藤さんは、ビクリと体を震わせて体を向けた。
そんな彼女に目線の高さを合わせ、冷たくなっている彼女の両手をそっと握って、私は言った。
「後藤さんなら、出来る」
そう、一言。
たったの一言だけど、私の言葉を聞いた後藤さんは……決意した、力強い瞳で答えてくれた。
「はいっ」
そう、一言。
私の手を、握り返しながら。
それだけで、十分だった。
「スタートは後藤さんに任せるね」
そう言い残し、私は再びドラムスローンへと腰かけた。
後藤さんは一つ深呼吸をした後、私の方に顔を向ける。
私は後藤さんに親指を立てて返事をすると、彼女はギターを弾き始めた。
一見すると、何の変哲のない短いストローク。
虹夏ちゃん達は不思議そうに見ているけど、私にとっては嵐の前の静けさとも言って良い。
昂る気持ちを抑えながら後藤さんのストロークが一旦終えた事を確認すると、今度は私が先にドラムを叩き始める。
そして、ワンテンポ遅れて、後藤さんが再びギターを弾く。
その瞬間、世界が変わった。
アンプから放たれる音が見えない壁を打ち壊し、空間が後藤さんのギターに染め上げられる。
音量の設定をミスったとか、そんな単純なものじゃない。
指が吹っ飛ぶんじゃないかと思うくらいのとんでもない速弾きであるにもかかわらず、一つの音にもブレがない正確無比な指捌き。
大人しい彼女からは想像もできない、野生の肉食動物を思わせるかのような猛々しい演奏。
「くっ……!?」
喉の奥で、私は思わず唸ってしまう。
リズムはこっちが作ってるはずなのに、少しでも気を抜いたら振り落とされる!!
けれど後藤さんはそんなことは関係なしに、むしろ更にエンジンがかかってきたのか、まるで曲名の様に燃え盛る炎の如くギターを奏でていく。
後藤さんが選んだ曲は、イングランドのバンドDragon ForceのThrough The Fire And Flames。
この曲も例に漏れず、フルだと7分以上あるので通しで全部を演奏することはこの場では出来ない。
だが、最大の特徴はギターソロで、なんとそれだけでも2分近くある。
しかも『誰も到達したことのないスピード』と称されているくらいの速弾きで、そもそも元のバンドですら演奏するのが大変だと言うくらいのじゃじゃ馬みたいな曲だ。
なのに、後藤さんは苦も無く演奏している。
傍から見たら別で流した音源をエアギターで弾いてるんじゃないかと思うくらいだが、あいにくそんな事をしていないのは虹夏ちゃん達の驚愕している顔が証明している。
『前半』でこれなら、『後半』はどうなるのだろう。
実はこの曲は原曲が7分だが、MVでは5分に短縮されている。
その理由は今弾いている部分はカットされているためであり、言い方は悪くなるが『前座』とも言える部分である。
そして『後半』の部分はカットされていない部分であり、この曲の真骨頂とも言えるパートである。
私は楽しみ半分、恐ろしさ半分で、曲の佳境に備える。
時間にして約1分。
一瞬の静寂の後、『本番』に突入する。
前半に弾いた時以上に、さらに速く圧力を増したギター。
さっきがレーシングカーなら、さしずめ今度は戦闘機だ。
もはや、どの弦をどう抑えているのかも分からない。
ピアノの連弾も目じゃない、指が増えて独立した生き物になったんじゃないかと思うくらいの超高速弾き。
そして、見る者を圧倒し、否が応でも世界に引き込んでいく力強さ。
凄い……!
凄い、凄い、凄い!!
これが、後藤さんの本気!!
彼女は自分の事を卑下しているようだけど、とんでもない。
後藤さんの音楽は、間違いなく、世界を変えるだけの力があるんだ!!
演奏をしながら、私は本物の音楽に出会えた喜びに震えていた。
もっともっと、彼女のギターを感じたい!
更にこの先の景色を、見てみたい!
……けど、その願いも束の間であり。
──ズグン
「っ!?」
突然、それはやって来た。
体の奥に、鉛が撃ち込まれたかのような。
汗が噴き出て、血液が体を破ろうと暴れ回っているような感覚。
(何で……!?)
久しく感じた、嫌という程経験した痛み。
一瞬目の前が真っ白になり、体が倒れそうになる。
だが、力の限り足を踏ん張り、腹に力を入れ、唇を噛み意識を叩き起こす。
──しっかりしろ、美空!
後藤さんが、勇気を出して前に進んでいるんだ!!
情けない姿なんて、見せられないだろうが!!
胸が苦しくなり、目もチカチカする。
一気に水の中に叩き込まれたみたいに体が重く、息が続かない。
けれど、それでも、もはや気力だけで私はドラムを叩き続けた。
そして、後藤さんが最後にストロークを入れたところで、演奏は終わりを迎えた。
一瞬しん……と静まり返るスタジオ。
ややあって、直ぐに弾かれたように後藤さんに駆け寄ったのは虹夏ちゃんだった。
「ぼ、ぼぼ、ぼっちちゃん!! ぼ、ぼっちちゃんって、もしかして、ギターヒーローなんじゃない!?」
最初の後藤さん以上の大声で、虹夏ちゃんは後藤さんに尋ねた。
「は、はい。その、隠してたわけじゃないんですけど、皆さんには言わなきゃいけないと思って……」
「すごいすごい!! まさか、身近にこんなすごい人が居たなんて!!」
「えっと、リョウ先輩。どういうことですか?」
「たぶんコレ。虹夏が好きなギタリストの正体がぼっちだった、ってこと」
「オーチューブの、演奏してみた動画……。あ、確かにギターと恰好が後藤さんですね」
「つまり、虹夏は好きなギタリストの事をど下手ってこき下ろしたことになる」
「やめてーーー!!」
「あはは……。けど、納得したわ。後藤さん、学校で弾いてくれた時は上手かったのに、私と同じくらいのレベルなのが不思議だったもの」
「あ、あう……。その、ずっと一人で弾いてたから、人と合わせたことなくて……。今は全然ダメダメだから言うタイミングが分からなくなっちゃってたんですけど、やっぱり秘密にしてるのは良くないと思って、今後のバンド活動の為には今言っておいた方が良いと思ったんです……」
「……打ち明けてくれてありがとう、ぼっちちゃん。むしろ、ぼっちちゃんがギターヒーローで良かったって思ってるよ」
「虹夏ちゃん……。その、騙してたみたいでごめんなさい」
「あ、謝らないでいいよ! むしろ、私の方こそ下手なんて言ってごめんね」
「ぼっち、慰謝料を要求するなら今の内だぞ。あと、動画の収益管理はぜひ私にお任せを」
「おい山田ぁ!!」
結束バンドの皆は、和気藹々と、変わらず今まで通り話しているようだ。
……結局、私の取り越し苦労だったか。
これで後藤さんも一つ心配事がなくなって、より集中してバンド活動に打ち込めるようになった、かな……?
ただ、問題が一つ解決したのは良いけど、今度は自分の体が問題だ。
体は重いままだし、汗も止まらなくてクラクラする……。
「あの、藤原さん」
皆との話が一区切りついたのか、後藤さんがこちらに近寄ってくる。
正直、今話しかけられるのはまずい。
ひとまず、お手洗いに行くとか適当な事を言って息を整えないと。
立ち上がろうとした、その瞬間。
「え……」
見ていた景色が、逆さまに傾き。
為す術もなく、私は音を立てて床に倒れこんでいた。
『藤原さん!?』
皆の呼び声に、私は答えることが出来なかった。
選曲が結束バンドっていうよりSIDEROSっぽいのは作者のレパートリーの問題です。とんでもないギターソロで思いついたのがこの曲でした。
聴いたことない方は検索すれば本家のMVや弾いてみた動画があるので是非。
今回の部分は原曲版で3:40~6:05辺りです。