【カオ転三次】連木で腹を切る 作:苺ベリー
【トウビョウ】
それは、10〜20cm程の土瓶に入った蛇とされる。
淡い黒色の鱗に覆われ、首には金の輪が掛けられる。
俗に蛇憑きと呼ばれる憑き物筋の家系に現れることが多い。神の如く崇めることで、その家に富をもたらし、敵には災いをもたらす。さながら、神のような存在として扱われる。
当然、扱いを誤れば使用者にも災いをもたらす。
「古今東西『蛇』に対して人類は畏怖の念を抱いたわけです。山の主であったり、罪の象徴であったりと表現は多岐にわたりますが、一貫して畏れの感情が伴っています」
「『蛇信仰』というのは普遍的なものです。
メソポタミア神話、ギリシャ神話、インド神話。紀元前の原始宗教から続き、一神教の教えの中にも登場します」
「また、遠く離れ孤立していた日本にも古くから『蛇信仰』は存在します。日本においては、縄文時代から存在を確認されている【ミジャクジさま】、記紀神話においては【ヤマタノオロチ】、その他の民俗学に語られる多くの蛇等です」
べっとりと水気を帯びた空気が、閉め切った教室内に充満しているのを気にもとめずに郡千景は、旧理科室の黒板の前で教師の真似事をする。
「何故、古代の人々が『蛇』というものを神聖視するのか?それは、非常に分かりやすいモノです」
「『蛇』という生き物は理解し難いのです。
毒を持ち、脱皮し、獲物を丸呑みにする。生物としての在り方が、自分達人間とは違いすぎるから、分からないから、そこに神秘性を見出す余地があったのです」
千景の教師ごっこに付き合っているのは、3人の少女だ。
オカルト研究部の栞と風。そして、呪いを解いてほしいと依頼してきた少女『乃木若葉』である。
「毒を持つ姿から、死穢の象徴。
脱皮する姿から、再生の象徴。
細く長い姿から、男根の象徴。
多く産む姿から、出産の象徴。
『蛇』という存在は矛盾するような要素で構成されます。死と再生、毒と薬、豊穣と凶作。挙げればキリが無いくらいに幅広く信仰を得ています」
千景の教師ごっこにも熱が入り始める。
とうとう黒板にチョークで、ニョロっとした細長いものを描き始めて、そこから矢印を伸ばして色々と書き込み始める。その文字は、意外にも読みやすかった。
「そして、乃木さんに取り憑く『蛇』
【トウビョウ】は古く起源の不明な儀式です」
「しかし、『蛇』という属性が示す通り、求めるものは富と力でしょう。だからこそ、相反する性質も持ち合わせています」
何事も得だけを得られる美味い話は、そうそう転がってはいないのだ。富を求めれば、使う為の時を対価とする。力を求めれば、振るうための機会を対価とする。
往々にして、悪魔との契約というものはそういうものだ。
「乃木さん、貴方が呪いと呼んだ『蛇』もおそらくはそうです。その『蛇』に取り憑かれてから、貴方の身には支払った代償分の何かが与えられたはずです」
授業中の生徒へ質問をするように言葉を投げかける。
それに乃木若葉は、深く頷いてから答えを述べる。
「……はい、心当たりはあります」
千景は問いかけながらも、若葉の様子を伺う。
視線の動き、発汗の様子、反応の様子、細かな様子の変化を見逃さないようにする。
その様子は、少なくとも良い物に対する反応ではなかった。
「その心当たりとは、望んだ結果を得られることですか?それとも、自分の不幸を他者に押し付けることですか?」
「後者に、なります」
苦虫を噛み潰したように眉を歪ませて、若葉は答える。
何かしらトラウマのような記憶でもあるのだろう、拳を無意識に握り込んでいる。
「そうですか、詳しくは聞きません。
ならば、【契約】は正しく成立していると見ても良いでしょう」
その記憶を開くことはしない。
そんな、何処にでもある不幸な事故の前例を1つ積み上げたところで、何にもならないのだから。
「では、話は簡単です」
千景が、艶やかな金髪の少女『乃木若葉』の首筋をペロペロしてから、10分程時間が経った。
除菌シートで首筋を丁寧に拭いて、追加のキャラメルを食べさせて、今はお代わりのコーヒーを作っているところだ。千景が行った強引な霊視の反動が抜けるまでの休憩時間である。
「乃木さんの身体の痕。
それは、【トウビョウ】と呼ばれる悪魔によって付けられたものです。【トウビョウ】は『締め付けるもの』という呼び方もあります。おそらくは、契約の印のようなモノだと思われます」
アルコールランプでフラスコの底を加熱しながら、何とも言えない視線を向けている御園栞を意識から外して、千景は場を仕切っている。
「身体に付いた火傷。
それは、【天狗】によるものと思われます。蛇に対する効力のある天狗と言えば、有名なところで言えば【迦楼羅天】です。蛇又は龍を常食する者として、蛇と龍の敵対者に当たります。そして、【烏天狗】と同一視されます」
「しかし、天龍八部衆の一柱が直々に加護を与えてるとは思えません。おそらくは、分霊の加護を乃木さんの御先祖様辺りが受けたのかもしれません」
爽やかなテング・フレイバーに思いを馳せながら、説明を続ける。ある程度、精通している者なら耳にタコが出来るくらいには聞いたことがあるであろうことだ。
「そして問題なのは、原因が絡んでいることです」
「霊的的な問題の解決の際には、基本的に同系統の技術を持って解決するのが定石となります」
「西洋魔術の召喚儀式の事故なら、西洋魔術を持って処理します。神道の禍事なら神道の儀式を持って解決します」
西洋魔術における【悪魔召喚】で事故を起こした際に、神道の禍祓いを行った結果が、召喚事故によって扱い切れない大悪魔が現れた。なんてことになる可能性が高いからである。
「今回の件では、神道と仏教の混ざり合った【修験道】と古神道から伝わる【呪術】の二つだと思われます」
「なるほど」
若葉は、興味深げに頷いて見せる。
千景としては意外と食いつき良く若葉が話に乗るものだから、語る舌も良く回る。
「ですが、これに関しては幸運でした。
修験道と呪術の起源は、非常に原始的なものですから互換性がある。だからこそ、私の知識の及ぶところです」
その言葉に、乃木若葉は目を見開く。
驚愕か、疑惑か、困惑か、複雑な感情を乗せたものだ。
「そう、ですか……」
少しぎこちなく言葉がこぼれる。
紫水晶の瞳が揺れ、少女の身体が僅かに強張った。その声に秘められているのは『不安』だろう。その瞳に映るのは『諦観』の色。
「この呪いは、多くの人に禍をもたらしました」
「私が相談した人も、助けようとしてくれた人も、寄り添ってくれた人も、関わる人間に禍をもたらしました」
「この呪いは、本当に……」
乃木若葉は、目の前の少女は口を噤む。
解けるのか?その言葉を躊躇って口を噤んでしまった。スカートの裾を強く握って、視線を彷徨わせる。
「乃木さん、ご安心を!
こう見えても呪術に関しては、それなりに造詣が深い方ですのでお任せください!」
胸を張って声を張る。
少しでも不安が紛れるように、明るく自信一杯な笑顔を浮かべてみせる。
「その、郡さんは陰陽師ということでしょうか?」
少しだけ此方を探るような質問をしてくる。
それはそうだろうと納得する。この場所に来るまでに彼女は何人に助けを求めて、そして落胆してきたかは想像に難くない。
ガイア連合の一員として『依頼』という形で、多くの悪魔の被害に悩む人々と出会って来た。彼等の多くに共通することは、集団から孤立してしまうことだ。誰にも理解されずに苦しみ、腫れ物のように扱われる。
「いいえ、ちょっと違います。
私が使う技術は多岐にわたります。修験道、神道、密教、ルーン、カバラ、様々な技術を修めています。
なので、改めて問われると難しいのです」
そして、それは郡千景もそうなのだ。
所詮、自分も『円の外』の人間でしかない。
共同体という円の中に居られなくなった存在だ。
だが、自分には居場所があった。
これは、勝手な憐憫だ。
彼女の真実を知らないくせに勝手に憐れみ、救ってあげたいなんて傲慢な考えで手を差し伸べる。
「ですから、私が名乗るなら『オカルト研究部の郡千景』です。それではダメですか?」
でも、自分はそうして手を差し伸べられた時に嬉しかったのを覚えている。安心したのを覚えているから、自分を同じ事をしようとしている。
これは、私がやりたくてやっていることだ。
だからこそ、【ガイア連合】の名前を出すことは不誠実だ。彼女は、私の意思で救けるのだから。
「いえ、すみません。可笑しなことを聞きました」
「いえいえ、構いませんとも」
言外に教えないと言っているようなものだが、彼女は納得してくれたのだろう。
そんなふうに考えながら、彼女の申し訳なさそうに伏せられた顔を眺めていると、コーヒーのおかわりが出来たのか栞が音もなくカップを並べた。
「さて、コーヒーも来ましたし。
具体的な話しをしていきましょう」
砂糖とミルクを入れたコーヒーを舐めるように一口飲む。好き放題に蘊蓄を傾けたのだから、次は行動で示さなければならない。
一度背筋伸ばして、意識を切り替える。
「乃木若葉さん。
私は、貴方に対して解呪に必要な選択肢を示せます。それを選ぶか、選ばないかは自由です。
ちゃんと聞いて、しっかり考えてくださいね」
「……はい」
眼前の少女をしっかりと見据えて、人差し指を立てる。
「即ち、契約の解除です」
「痣の原因である【トウビョウ】との契約を解消し、体内から追い出すことです。この方法が最も手っ取り早く、定石の手段と言えるでしょう」
原因の予想がつき、何処に病巣があるかも予想がついている。ならば、取れる選択肢は自ずと限られて来る。
「しかし、お話を伺うに乃木さんは、【トウビョウ】との契約をした覚えはない様子。であれば、契約の解消は少々手荒な形になるかもしれません」
「当然、乃木さん自身にもリスクはあります。それでも、現状を変えたいと思うなら、私に命を預けてください」
乃木若葉は瞼を伏せて熟考する。
自分は嘘を吐いている。
自身の身に潜む『蛇』の名を知っている。
何故、自身に『蛇』が憑いたのか知っている。
その『蛇』は、瓶の中に潜む神。
筒や管に潜むモノだ。即ち、土瓶神と祀られるものだと言うことも知っていた。
それは、乃木若葉の祖父が行った禁忌。
才能の有る子を産ませるために、血脈に力を乗せるための試作の一例であった。
そう、潜む神なのだ。
なら、人の中に潜むことも出来るのではないか?
女の身体にあり、生存に直接的に関わることのない瓶の代わりとなる器官が有るではないか。
思い付いたから、試しただけの話だったのかもしれない。
自分は、何も知らなかった。
長女として生まれたとしても、自分には家を継ぐ役は用意されていなかった。女であるから、妾の肚から産まれたから、きっと理由は色々有るのだろう。
乃木の一族にとって、乃木若葉は替えの利く部品。
たとえ、耐えられずに死んだとしても構わなかったのだろう。運良く、成功したなら喜ぼう。その程度の価値として使われたのだと思う。
そんな思惑の絡んだ行いだとしても。
それでも、それでも、蛇は這い寄った。
蛇は、決して逃がしてはくれなかった。
蛇は、何処までも追ってくる。
入ってくる。入ってくる。
呪が、蛇が、私の中に這入っていく。
止めどなく湧き上がり溢れかえるものが。
灼けるように熱く滾り熱狂するものが。
決して相容れることのない怪物が。
皮膚の下を蛇が這っている。
瞼を閉じれば、頭蓋の中に蛇を感じる。
心臓を食らい、脳漿を啜り、その身を穢していく。
助けてください。
幼い頃から繰り返した言葉だ。ある日から、口にすることの無くなった言葉だ。
諦めていた。
自分は、この蛇と生涯を共にする。
そして、いつか蛇に喰われるのだと思っていた。
あぁ、諦めていたのに───
「私は、普通に生きられるのですか」
「皆と、学校に通えるのですか」
「家族と、また一緒に過ごせるのですか?」
違う、違う違う。
私は、こんなことを考えてはいけない。
郡千景を見定めるために来たはずだ。有益であれば籠絡し、大赦の為、ひいてはこの四国に住む人々の為に利用する。
なのに、止められなかった。
誰かに縋りつきたくなる気持ちを抑えられなかった。
差し伸べてくれる手を掴みたくなってしまう。
「私は、もう人を傷付けなくて済むのですか……?」
この日、乃木若葉は過ちを一つ重ねた。
覚醒者:LV-26
共感能力が高いので、感動モノの映画を観るとボロボロ泣いちゃうタイプの人。
辛そうにしてる人を見ると、自分も悲しくなるタイプなので人助けは積極的に行う質の人。特に子供が不幸な目に遭ってるとことか見たくないタイプ。
でも、変なところで捻くれてるので助ける為の理由を欲しがる。
覚醒者:LV-2
【呪い】なんて最初からない。
『蛇』は傲慢で、嫉妬深い。
自分を助けようとしてくれた優しい人が大怪我を負った。自分の悪口を言った人が発狂した。自分と友達になろうとしてくれた子が病気になった。支えようとしてくれた親友は意識不明の重体で今も入院している。
だから、乃木若葉は人と関わらないようにした。