【カオ転三次】連木で腹を切る 作:苺ベリー
乃木若葉の依頼を引き受けた日の夜。
日も沈みきり、月が中天に近付き薄暗く照らしている。
乃木若葉と【トウビョウ】の契約解除のための下準備として、千景は一抱えあるダンボールを持って旧校舎の中庭へと向かった。
千景が、真っ先に着手したのは儀式場の設置だ。
学校の裏庭に、部室から持ってきた四角い椅子を置いて、その角の延長に一辺3m間隔に四角形を作るように、木の棒を立てる。その棒に紐を結び、紐には鏡の様に反射するシートをぶら下げる。角椅子の前には茣蓙を敷いて、伊賀焼の土瓶を置く。
四方に立てた棒には、四色の札を貼る。札の下には形代と呼ばれる人型に切った紙を釘で打ち付ける。そして、結界の入り口となる鳥居を設置する。鳥居は、割り箸を赤く塗った物を紐で結んだ粗末なものだ。
「これは、神道の結界ですか?」
「はい、東西南北に柱を立て結び、四方に相応する四神のイコンを配置する。素人の工作ですが、無いよりはマシですからね」
大きなとんがり帽子を被った栞は、興味深そうに千景の隣で作業を見つめる。その様子に萌えながらも、冷静な態度を心掛ける。今日の自分は、神秘的な美少女で行くのだ。
「こういうのって、テレビとかで見るけど本当に効果あるのね。この焚火も意味はあるの?」
ちょっと離れた位置で、焚き火のための組木をしている風が、不思議そうに問いかける。風に頼んだのは、四方の柱の対角線上に焚火を設置することだ。
「はい、ありますよ。
こっちの焚火は、もっと簡単な民間伝承からなる蛇対策ですね。蛇は、炎と煙が苦手なんです。それと刃物ですね」
そう言って、ダンボールと一緒に持ってきた竹刀袋から一振りの太刀を取り出す。それを手に取り、軽い足取りで結界の中へと足を踏み入れる。
「ち、千景さん!それ本物ですか?」
「はい、そうですよ。
ですから、あまり近づかないようにお願いしますね」
四方を結ぶ柱に照応する四神に対して、四方切りを奉ずる。そして、太刀を逆手に持ち直し結界の中央に突き立てる。
「こういうのも技術です。
科学と大差なく、基本的にマニュアル通りの手順を踏むと、決まった結果が得られるというルールがあるんです」
「へぇー、そんなもんなのね」
「そんなもんなんです。
犬吠埼先輩、そろそろ火を入れてもらえますか?」
千景の指示に頷いて、チャッカマンで火を点けた着火剤を焚火に放り込んでいく。辺りが焚火により照らされ、儀式場が夜の中にボンヤリと浮き上がる。
千景は、満足そうに頷いてみせた。
「うんうん、良い感じです。
あとは、乃木さんのシャワー待ちですね」
「神道における【禊】でしたか?私達が行う【アストラル浄化】に近しいものですね」
「はい、神道系の儀式に限らずですが『清潔』というのはポジティブな結果を生みますからね。手洗い、うがい、入浴。神道において、穢れは流れるものですから」
この儀式の主役である乃木若葉は、シャワーを浴びに市内に取ったホテルに戻っている。0時に旧校舎のグラウンド集合と言ってあるので、そろそろ来る頃だろう。
「少しだけ時間もありますし、犬吠埼先輩に此方の事を軽く説明しようと思ってたんですよ」
「説明?」
手際よく4つの焚火に火を入れて、焚火の面倒を見ていた犬吠埼風がそろそろと近寄ってきた。栞はずっとくっついているので今更である。
「まず、前に犬吠埼先輩を襲った存在【悪魔】
そして、これから見ることになる【悪魔】についてです」
「……あの化け物についてね」
風の側に立ち、姿勢を正して千景は話し始める。そうすると、火を見ていた風も真っ直ぐに姿勢を正した。
「そうですね、詳しくは説明すると難解な話になってしまうので、簡単に説明しますね」
「犬吠埼先輩を襲った存在。
私の所属する組織では、【悪魔】と呼称しています」
「あくまで、超自然的な存在全般の総称としてであり、聖書に乗ってる悪魔とは別です。神、天使、精霊、妖怪もまとめて【悪魔】呼びです」
そう言って、千景はスクールバックから一冊のノートを取り出して開いて見せる。そこには、デフォルメされた【コックリさん】が描かれている。
「なので、これも【悪魔】です」
「可愛い絵ですね」
「こんなに可愛くはなかったわよ?」
妙に生暖かい視線を感じるが、気にせずにページをめくって行く。次のページには、雪ダルマや羽の生えた女の子等のこれまたデフォルメイラストが並ぶ。
「そして、犬吠埼先輩が思うよりも【悪魔】は身近に存在する脅威です。【悪魔】は、一般人には見ることも出来ないんです。透明なクマが、町中を歩き回って暴れているようなものですね」
「皆には、見えない……」
何か思うことが合ったのか、少し顔を俯かせて考え込む。
1週間見えない化物の恐怖を味わった彼女には、実感を持って脅威が伝わったのだろう。
「この【悪魔】の脅威に対抗できるのが、私達【覚醒者】と呼ばれる人間です」
「覚醒者……?」
「オバケや妖怪が、一般人には見えないのはよくある話ですよね?視えない、触れない、だから倒せない」
「そんな【悪魔】を観測して、触れて、対処することの出来る存在が【覚醒者】というわけです」
僅かに怯えた様子で、風は小さく頷いた。
怖がりさんとは聞いていたが、こういう話も苦手らしい。
「しかし、【悪魔】の脅威は個人の力ではどうにも出来ません。なので、【覚醒者】が組織だって対処しているのが現状ですね」
かなり説明としては端折って、雑な説明になってはいるのだが、ある程度はついてこれているようなので、気にせずに話しを続けようとする。
そんな時に、風が小さく手を挙げて質問をする。
「そういえば、千景さんも、乃木さんみたいに何処かの秘密結社みたいなのに所属しているんですか?」
「あー、うーん……」
風の言葉を聞いて、少し視線を逸らす。
別に疚しいことはないのだが、思わずである。
「えっーと、犬吠埼先輩。
私は、それに関しては言えません」
「あ、ごめんなさい。
聞いちゃダメなことだったかしら」
「そうですね。
あんまり人に所属を聞くのはお勧めしません」
千景の言葉にポカンとしている風の顔を眺めながら、バックからペットボトルのお茶を取り出す。軽く喉を潤わせて、話しを続けるぞと視線を向ける。
「このお話はまたの機会にしましょう。
今は、【悪魔】の説明についてです」
「【悪魔】とは、伝説や神話という形而上の存在です。
それ故に、彼らは『信仰』に縛られています。
例えば、【怪人右折オジサン】がいたとして」
「怪人右折オジサン……?」
何か凄い目で見てくる犬吠埼風を無視して、千景はノートにお得意のデフォルメイラストのオジサンを描いた。それは、ただのオジサンの絵である。
「【怪人右折オジサン】は、十字路や丁字路にあたると必ず右折します。右折した先に落とし穴があっても、角待ちショットガンが見えてもです。何故なら、【怪人右折オジサン】だからです」
「な、なるほど?」
「そして、多くの【悪魔】にも、こういったルールは絶対的なものとして存在しています」
困惑気味の犬吠埼風だが、理屈の方は何となく理解しているのだろう。これと言った質問はない。
「犬吠埼先輩に取り憑いていた【コックリさん】も例外ではありませんでしたよね?」
「あ、コックリさんをしたら必ず来る……?じゃあ、乃木さんのトウビョウ?あれもそう云うのがあるってこと?」
「犬吠埼先輩、天才かもです」
先日、栞の手によって祓われた【コックリさん】
あの悪魔は、コックリさんと呼ばれる儀式によって存在を固定していた。それ故に、そのルールを破るということは【コックリさん】ではなくなるということだ。それは、悪魔にとってアイデンティティの喪失を意味する。
それを防ぐためにならば、魔女の工房の中に呼ばれたとしても現れる。たとえ、自分の死地であったとしてもだ。
「犬吠埼先輩、【悪魔】というものは願いを叶える存在なんです。願われて、祈られて、祭られて、そう有るべしと立つ存在なんです」
千景が儀式場を指差す。
それは、伝統と文化の積み重ねだ。多くの人々が、長い時間をかけて積み上げてきた祈りの形。
「たとえ、私のような人間が浅知恵で作り上げたとしても、この形には意味があります。これを無視したら、それは神様じゃないんですよ」
日照りに作物を枯らされたとき、嵐に家屋を薙ぎ倒されたとき、多くの人はそれを何かのせいにしようとする。ただ、自分達が運悪く災害に見舞われたとは思いたくないのだ。
この災害には、明確な理由があって欲しいと願うのだ。
この、やり場のない感情を捨てる為のゴミ箱のようなものが神なのだ。
「神様も意外と大変なのね」
「そうですねぇ」
【トウビョウ】とは、【土瓶神】である。
弱くとも、神の名を冠している。
ならば、これは絶対的な決め事である。願いを叶えない神は、神足り得ないのだから。
そんなふうに話していれば、制服の裾をくいっと栞が引く。
「千景さん、来ましたよ」
裏庭に敷かれた石畳を踏む靴の音が響く。
やけに着慣れた様子の白装束を着こなして、乃木若葉は静かに千景達のもとに向けて歩いてくる。
「お待たせしました」
「大丈夫ですよ。
主役は遅れてくるものですから」
夜空を見上げる。
楕円形の月が、空の中央に来ていた。
それを合図に、栞と風が焚火の外側に出る。
「さて、乃木さん。
早速ですが儀式を始めます。
準備は良いですか?」
「大丈夫です。
その、よろしくお願いします」
そう言って、深々と若葉は頭を下げる。生来の生真面目さを覗かせている。千景は、それに応えるように頷いた。それは、誰に向けたものでもなく自分自身への後押しのためである。
「先ずは、両手を出してください」
「はい」
恭しく若葉の手を取り、千景は息を吹きかける。
「では、赤い鳥居の方から結界を潜ってください。
結界の中に入ったら、角椅子に座ってください」
「はい」
若葉が、結界へと進む。
腰の位置より高い場所に張られた紐の前で靴を脱ぎ、紐を潜り抜けた。ブルーシートを踏む乾いた音が小さく響く。そして、角椅子に若葉が腰を下ろす。
それを見届けて、千景は柏手を二度鳴らす。
「此の度、讃岐の古き学舎を斎庭と祓い清め、装い奉る」
もう一度、柏手を鳴らす。
「土瓶神よ、多年に亘り相務めたる乃木の守護の任。讃え拝み奉り白す」
千景は、厳かに滲むように声を震わせる。
それは、神へと捧げる祝詞の奏上。
「然りと雖も、直き正き真心もちて誠の道に違ふことなく、負ひ持つ業、その身に課したる苦を思わば、一言に現すことは有らず」
結界の中にいる若葉の呼吸が荒々しく乱れていく。
若葉の顔から血の気が引いていく。荒々しい呼吸と玉のように浮かぶ汗が、少女の中で何か良くないことが起きていると知らせる。
「其の広き厚き御神徳を賜り、天地に満ちたるにも関わらず凶行を及ぶは、その身の堪え難きに恥辱を思えば致し方なし」
荒々しい呼吸は、苦悶の表情ともにより乱れていく。若葉の纏う白装束に赤黒い染みが広がり始める。赤黒い染みは、蛇行しながら白装束を染めていく。
白装束が赤く染まり鉄と潮臭さが広がり、少し遅れて辺りにタンパク質の焼ける特有の匂いが広がり始める。
「嘗ては、民草の諸々の身健かに世のため人のために尽さし、厚く手を差し伸べたるも顧みられるべきなり」
それは、締め付ける者。
口遊ぶような呪歌は、それを顕にする。
無垢な少女を穢すように、黒い泥のように滲み出すは黄金の輪を着ける。
「我は、罪を問うに非ず」
それは、願いを叶える者。
乃木若葉を苦しめてきた元凶にして、彼女から普通の人生を奪ってきた者。
「ただ、乃木に代わり告げる」
邪龍【トウビョウ】が、その姿を顕した。
「貴方の任を解きます。
その土瓶は、貴方の大義に報いるための品。それを持ちて去りなさい」
『蛇』は何を語るでもない。
ただ、静かに蛇行して用意した土瓶に向けて進む。土瓶の周りをぐるりととぐろを巻くと、器用に蓋を外しチロチロと舌先を伸ばしながら、瓶底に沈んでいく。
そして、土瓶ごと煙のように姿を消した、
儀式を始めて、ほんの一分程度のことだ。まるで何事もなかったかのように、夜闇の静寂が場を支配している。
千景は、それをただ見つめていた。
最後に柏手を2度鳴らし、肩の力を抜いた。
「乃木さん。動けるならゆっくりと結界の外へ」
「……っ、はい……!」
角椅子に座っていた若葉が立ち上がる。ふらつきながら若葉は、結界の外へと出て千景の側まで来る。僅かに動いただけで血腥く空気が揺れる。
「先ずは、傷を癒しましょう。
【ディア】」
若葉に向けて手を翳す。
白装束に隠され、傷のほどは分からずとも確かに回復魔法の発動を感じる。つい先日、身に付けた技能であるから多少の不安を感じるが、目の前の若葉の表情を見れば上手く出来たと分かる。
「こ、れは……?」
「はい、契約解除は無事に完了しました」
ぼんやりしている彼女の背中を押しながら、焚火の外へと向かう。そわそわと忙しなく動いている栞と風の下に戻る。
「乃木さん。
もう、大丈夫ですよ」
今は、彼女に安心してほしい。
皮膚が破け、肉が焦げようと悲鳴を上げることなく耐えていた彼女を見て、ひどく不安になったからだ。彼女にとって、この苦痛は慣れたものなのだと分かってしまうのが、とても悲しくなる。
それも、今夜までなのだと教えるために微笑んで見せる。
浅く広く知識を蓄えているので、巫女ごっこも出来るし、上から目線の祝詞を奏上してくれるぞ!
あと、トウビョウにあげた土瓶は古物店で2万円で買った1品である。伊賀直火焼の土瓶。
想像していたよりも穏便に終わった。
その上、傷まで癒された。
この後、お土産にガイアカレーを持たされて、ホテルに戻された。
【トウビョウ】
邪龍:Lv-6
ステータスタイプ:バランス
耐性:【物理弱点】【火炎弱点】
スキル:【魅惑かみつき】【シバブー】
このトウビョウは、昔の乃木家のお姫様が可愛がっていた蛇が悪魔化したものである。箱入りで、自由など無かった少女の唯一のお友達だった。