【カオ転三次】連木で腹を切る   作:苺ベリー

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閑話とは───





閑話:不法侵入は犯罪です。

 

 

長野県安曇野市の郊外の町。

そこは、閑静なという言葉がよく似合う町並みであった。新興住宅地から離れて、閑静な住宅街をさらに抜けていく。すると、町並みは次第に古びていく。

 

そこに、目当ての建物がある。

 

鬱蒼とした雑木林の奥の洋風建築。

大きいけれどもシンプルな二階建ての建築は、戦前に流行った洋風建築の風情を感じさせる。尖った高い屋根と白いペンキを塗られた板張りの外壁、規則正しく並ぶ窓枠。

 

その古い洋館は、今や人の影すらなくなって久しい。

山を切り開いて建てられた建物は、酷く不自然な様相を見せている。その外壁もかつては純白だったであろうに、今や見る影もなく薄汚れてしまっている。

 

この洋館を知る者は、皆一様に【廃墟】と呼ぶ。

 

雑木林の奥地に建てられた廃屋は、普通に生活をしていれば存在に気付かない者もいるくらいだろう。その廃屋には、昔から幽霊が出るというと噂があった。

 

特に近くの学校の学生に広く広まっているらしく、毎年のように学生達が肝試しと称して、廃屋を訪れる。

 

「ほら、ここフェンス壊れてるんだよね」

 

「いや、壊れてるっていうか工具で切った感じですよ」

 

8月の蒸し暑い昼下がりに、2人の男女が廃屋を封鎖する真新しいフェンスを見つめながら話し込んでいる。

 

「あの、ホントに行くんですか?」

 

「何ビビってんの!『オカルト研究会』である私達が、日和ったらどうしょうもないじゃない!」

 

そして、この場で廃墟を見上げながら話す男女も例に漏れない。車を出して、近くの大学からやって来た『オカルト研究会』に所属する二人組だ。

 

「というか、コレって住居不法侵入とかじゃ……」

 

「オカ研にそんな言葉はない!あと、花崎(はなさき)瑠花(るか)の辞書にも載ってない!」

 

「俺の辞書には載ってるみたいですけど……」

 

裏山の廃屋には、()()のだとか。

2人とも噂自体は知っていたが、周りに確かめに行った人はいないのだ。皆、先輩に聞いたとか、ネットで見たたとか、そんな信憑性のないものばかりだ。

 

なら、自分達が確かめてやろう。

そんな子供のような承認欲求と、もっと純粋な冒険心という好奇心に突き動かされて、2人はこの廃屋を訪れた。

 

とはいえ、青年の方は冷静になったのか及び腰になっている。

 

「これは、引退した前部長から聞いたんだけど、此処の廃屋に肝試しに行った2つ上の卒業生が行方不明なんだって」

 

「それ、俺も聞いたことありますけど、確か友達の家に泊まってただけじゃありませんでしたか?」

 

「あれ?そうだっけ?」

 

そんな風に話しながらも、この廃墟探索を提案した女子大生が、フェンスの破れた部分を引っ張って通れるようにしてしまう。

 

そう言いながら、そそくさとフェンスの破れた部分を潜って外にいる背年に手招きする。小柄な彼女には十分な通路になっていたらしい。

 

「人見君も早く来なよ」

 

「せ、先輩……」

 

呆れた様子を隠せずに、渋々といった気持ちを動きで見せながら、あちこちを引っ掛けながら青年は破れたフェンスを潜り抜けた。平均よりも少し大きい体格を持った彼には、抜け穴は狭かったらしい。

 

その様子を楽しげに花崎瑠花は微笑んでいた。

 

「此処の家ってね、一家で都会の方から引っ越してきた人達が住んでたんだって、よく言う『田舎の生活に憧れて……』っていうやつ」

 

「あー、よく聞きますよね。

 大体が田舎舐めてて、最後は逃げるってオチの話ですか?」

 

女子生徒が、人差し指をピンと立てて得意気に語りだす。

 

「それがね、一家心中したんだって。

 なんか、ひどかったらしいよ?

 奥さんと娘さんが、バラバラにされて水を張ったバスタブの中に沈められてて、旦那さんはそこで溺死だってさ」

 

「……それ、どこ情報ですか」

 

「インターネット掲示板!」

 

そんな風に話してる2人だったが、人見と呼ばれた背年は、その廃屋の前で足を止めて固まる。眉を顰めて、目元に手を当てて何かをこらえる様な仕草をする。

 

「ちょっと、人見君。

 大丈夫?熱中症じゃないよね?水飲む?」

 

「だ、大丈夫です。目にゴミが入っただけだと思います。それにしても、変な臭いがしますね」

 

「ニオイ?何もしないけど?」

 

そう言われると、瑠花は鼻をスンスンと鳴らして、不思議そうに首を傾げる。その後、鞄から飲みかけのペットボトルを取り出して人見へと渡す。

 

「取り敢えず、熱中症予防のために飲みなよ。こういう時はジュースよりもお水が良いんだから」

 

「……いただきます」

 

いいことしたって瑠花は笑って、人見が水を飲むのを待っている。人見が、これは間接キスなのでは?と悶々としていることには気付きもしていない。

 

もたもたと水を飲んでいる人見を横目に、瑠花は廃墟を見上げている。

 

「それにしても、見てよ」

 

その視線の先には、『噂は本当なのかもしれない』そんな事を考えてしまうような、長らく放置され傷んだ洋館の全容が視界に映る。

 

「あはは、確かに心霊スポットにもなるよこれ」

 

「雰囲気、ありますね……」

 

見る角度を変えただけだというのに、まるで幽霊屋敷のようにその顔を変えた廃屋は、おどろおどろしい空気を纏っている気がした。

 

煤けて汚れた壁、ボロボロな屋根、割れたガラス窓、生活の痕跡が有るからこそ、目の前の廃屋が人の住んでいた家だとギリギリで理解できるほどの有様だった。

 

「あっ、ドア開いてますね」

 

「えっ?ホントじゃん!どうする?入っちゃう!?」

 

そこには、僅かな隙間から闇を覗かせる両開きの扉があった。

 

この肝試しじみた廃墟探索を提案した瑠花は、僅かに隙間の開いている両開きの扉をまるで、未知の世界への扉だと言わんばかりの表情で見つめている。

 

「さ、流石に勝手に入るのは犯罪なんじゃ……」

 

「大丈夫だって!」

 

人見の僅かに咎めるような声にも気にせずに、瑠花はドアに手をかけた。古びたドアの枠は歪んていたのか、軽く引いただけで嫌な軋みを立てて外側に開いた。

 

薄ら明かりの中で、生活の痕跡を残した室内の様子が見えた。

 

「ほらほら!人見君も来るの!」

 

「ちょっ、先輩!」

 

瑠花が、人見の手を握る。

背年は先ほどまでの表情を崩して、慌てて玄関へと踏み行った。当然、2人とも土足のままで廊下へと上がり込んだ。

 

「流石に土足は不味いんじゃ……」

 

「もう、人見君!

 廃墟探索ではちゃんと靴を履かないと危ないから、土足でいいのよ!それに、こんなに先客が汚してるんだから私達の足跡が付いたって同じよ」

 

人見は靴を脱ぐか悩んだ後に、廊下に残された先人の跡を見て後を追うように土足であることを諦めた。

 

「わぁ、雰囲気あるわね」

 

埃が積もった靴箱と張り巡らされた蜘蛛の巣、糸の上にも埃が積もり重そうに撓んでいる。長く人の手が入らなかったのが分かる有様で、床の上にはガラス片や黒いゴミ袋が散らばっている。

 

「これは、見事な廃墟だねぇー」

 

「廃墟に見事もないのでは?」

 

「廃墟界隈にはあるの!」

 

埃と靴跡に汚れた床板を踏めば、ギシギシと軋みを上げる。この手を握られた状態でなければ、1秒でも速く逃げ出したそうな顔で、人見は少女の後を追う。

 

少し進んだだけで、イメージが大きく変わった。

吹き抜けになった玄関ホールは、外観とは裏腹に日光をよく取り入れており、外よりも明るく感じるほどだ。最初に感じていた恐怖はもう既に薄れ始めていた。それと同時に、柔らかな手の感覚はスルリと抜けていった。

 

「スゴイ、掃除したら普通に住めそうじゃない?」

 

「ですね」

 

そんな風に話しながら、2人は家の中を進む。

ホールに据えられた家具はどれもアンティーク調の高価そうな物ばかりだ。くすんだ木の色が台無しにしているが、見る者が見れば、それなり以上の価値を見出すだろう。

 

正面には古びた手摺の螺旋階段が2階へと続いていて、そこから見える高窓から陽が差し込んでいるのが分かる。

 

「映画のセットに使えそうですね」

 

「ホールの絨毯とか明らかに高いやつだよこれ、売ったらそれなりに値が付きそう」

 

瑠花は、なんとも現金な感想を上げている。

壁には見たこともない絵画が幾つか並べられており、子供一人が入れそうな大きな壺もある。酷く汚れてはいるが繊細な装飾の絨毯は、しっかりとした作りで確かな質感を持っていた。

 

「素敵なお屋敷だったんだろうけど、こんなになっちゃうと幽霊屋敷って呼ばれるのも仕方ないね」

 

「少し悲しいですね」

 

古い洋館なだけあって、調度品の一つ一つがコンセプトに乗ってて配置されているのが分かる。凄いもので素人目で見ても、何かしらのメッセージ性を感じるのだ。

 

「ねねっ!応接室見つけたわよ!」

 

玄関ホールから奥まったところの部屋の扉を開けて、瑠花が声を上げて人見を呼ぶ。それに対して苦笑いしながらも、アンティーク鑑賞は終わりにして声の方へと向かう。

 

「ほら、すごいわよ」

 

「おぉ……」

 

応接室へ入るなり、思わず息を零す。

掃除の行き届かなくなって久しい部屋で、埃っぽい匂いがキツイが、それでもこの部屋の調度品の数々は高級品だと一目で分かってしまう。

 

「泥棒とか入らなかったのかしら……?」

 

瑠花が、零した疑問に同じく考える。

この家に置かれている調度品は、相当な高級品だと一目で分かるような物ばかりだ。

 

だと言うのに、踏み荒らされた形跡はあれど、盗みを目的として荒らされたような痕跡は無いように見える。

 

「そんなに詳しいわけじゃないんですけど、この廃墟ってかなり前から廃墟でしたよね。10年とかそのくらい前から」

 

「うん、なのに荒らされた形跡はないのよね。多少動かしたような跡はあるけど、家具も時計も花瓶もそのまま」

 

言いようのない違和感を感じながらも、応接室の中へと足を踏み入れる。床には靴底の模様がくっきりと残るような足跡がいくつもあるが、それすらも埃が覆い隠している。

 

まるで、時間が止まったように過去がそのままになっている。

 

「よし、見るものも見たし次に行こっか」

 

「そうですね」

 

これ以上は見るものもないと、瑠花がくるりと向きを変えてドアの方に向かった。それに次いで、瑠花の背を追った。

 

「次は、噂のお風呂場を見に行きましょ!」

 

「どうせ、何もないですよ。……帰りません?」

 

「あら!怖くなっちゃったの?」

 

そんな他愛のない会話をして、2人が廊下に上がった途端に家が鳴いた。

 

───ギィ ギィ ギィイイ!!!

 

柱が捻じれて折れるのではないかと思うほどの異音だった。天井からは白い埃が僅かに落ちてきている。足元が激しく揺れ、立っているのも厳しいほどだ。

 

「きゃっ!」

 

「先輩!」

 

瑠花がバランスを崩して倒れそうになる。

匡はそれを見て慌てて助けようと駆け寄るが、その時さらに大きく揺れる。瑠花のことを庇うも、匡も立ってはいられずに瑠花の頭を庇うように抱きかかえて地面に落ちる。その状態から、数十秒間の間揺れは続き、一際大きく家が鳴いた後に揺れは収まった。

 

「……収まった?」

 

「みたいね」

 

この古い洋館が倒壊しても不思議ではないほどの揺れだったが、瓦礫の下敷きにはならずに済んだようだと安堵の溜息をつく。

 

すると、脇腹をペシペシとタップされる感覚に下を向く。そこには、瑠花の顔が間近にあった。それに遅れて、彼女を押し倒していることに気付く。

 

「人見君、そろそろ重いわ」

 

「す、すいません!」

 

青年は飛び跳ねるように距離を取る。あと数秒遅れていたら、彼女の熱と柔らかさまで伝わってきそうだったからだ。

 

誤魔化すような仏頂面で、瑠花へ手を差し出す。

 

「そ、そんなに重くわなかったわよ。

 あと、庇ってくれてありがとね」

 

「い、いえ……」

 

「ちょっと、照れないでよ」

 

悪戯っ気を出しながら微笑む先輩の手を取って、引っ張り起こす。詮索されて困るのは明白だ。

 

「さて、人見君。

 怖いからもう出ましょう」

 

「お、おぉ、先輩から『怖い』が出るとは……」

 

好奇心の塊で、趣味が心霊スポット探索な彼女の口から『怖い』の単語が聞けるとは思ってもいなかった。そのため、少しだけ感動までしていた。

 

「違うわよ!そっちの怖いじゃなくて!

 この廃墟って建てられたのが大正頃なのよ。その時代の建物ってほら……」

 

「……あー、旧耐震基準ですか」

 

立っていられない程の地震だ。古い建物ではいつ倒壊しても不思議ではない。確かに『怖い』と言うしかない状況だ。気づいてしまえば、背筋に冷や汗が伝う感触がする。

 

「先輩、すぐに出ましょう」

 

「えぇ、そうね」

 

2人で来た道を戻りながら、衣服についたホコリを払う。改めて、洋館の中をもう一度見回す。

 

瞬間、何か違和感を感じた。

 

「先輩、何か……」

 

周囲を見渡しても、先ほどまでと変わらず洋館でしかない。だと言うのに、何か致命的な見逃しがある様な気がする。

 

「あら、ここ電波弱いのかしら?

 人見くんの携帯で、さっきの地震の速報来てない?」

 

「えっ、ちょっと待ってください」

 

僅かに引っ掛かりを覚えるが、手にしたガラケーを虚空に向けてフリフリと電波を探している瑠花の姿に全て持っていかれる。苦笑いを浮かべながら、ポケットのスマホを取り出す。

 

可愛らしい愛猫の映るロック画面には、画面右上に圏外を示すマーク。

 

「俺のも圏外ですね」

 

「んー、人見くんのハイテクマシンでもダメならムリね」

 

電波を探すのは諦めたのか、携帯をカバンにしまって歩くことに集中する。それからは、特に話すこともなく洋館内を進み、入って来た両開きの扉のもとに戻ってきた。

 

古びた両開きの扉は、しっかりと閉ざされていた。

 

「……俺達って入った時にドア閉めましたっけ?」

 

「え?そんなの気にしてないわよ」

 

何を言ってるのか?と、言った表情で、瑠花は両開きの扉に手を掛けた。そして、ふんっと力一杯に押している。

 

「あ、あれ、開かないかも?」

 

「先輩、代わってください」

 

小柄な瑠花を横に移動させて、匡は扉に手を掛けた。そのまま、ぐっと押してみるも扉は、僅かにも動かない。

 

「先輩、ちょっと離れてください」

 

3歩後ろに下がる。

小さく息を吸って、扉に向けて勢い良くぶつかる。反作用で硬質な木材の感触を感じながらも、扉には僅かな変化も無かった。

 

もう一度、3歩下がる。

 

「人見くん、怪我するからやめよ?」

 

「ですね」

 

しかし、服の裾を摘まれて制止される。

古びた扉とはいえ、造りはしっかりとしている。がむしゃらにぶつかったところで開かないかもしれない。小さく溜息を吐いて、力を抜く。

 

この状態に段々と、自分の中で焦りが生まれてくるのを感じる。どうにかして、現象を改善をしようと逸る。

 

「さっきの地震で歪んじゃったのかな?」

 

「かもしれませんね」

 

古びた扉は、閉ざされていた。

これを開くのは無理だと諦めて、もう一度周りを見渡した。

 

「……此処ってこんなに綺麗でしたっけ?」

 

「綺麗って、あれ……?」

 

違和感。そう、ずっと感じていたものだ。

ゴミ袋がない、割れたガラス片がない、埃の積もった蜘蛛の巣がない、古くはあるが清掃の行き届いた玄関ホールがそこにはあった。

 

「ひ、人見くん。後ろ……」

 

瑠花の言葉に応じて、振り返る。

 

「なんですか、これ……?」

 

視界に映るのは、異常な光景だった。

鮮やかな紅い絨毯、絢爛な燭台と火の灯った蝋燭。蝋燭に照らされて美しい木目の壁。

 

まったく知らない世界に迷い込んだようで、背筋に氷柱を差し込まれたこのような悪寒が走る。

 

「これって……?」

 

瑠花が匡の服の裾を摘んだままに、誰に向けるでもなく小さく零した。それは、染み入るように静寂の中に飲まれていく。

 

 

 





人見(ひとみ) (たすく)
STR 16/CON 18/POW 19/DEX 17
APP 13/SIZ 15/INT 13/EDU 13
HP 18/MP 19

筋骨隆々の大男。
小中高と剣道を修めてきた。
現在は、大学で医療機械工学を学んでいる。
才能限界Lv15くらいある野生のSR。
剣道してたら【半覚醒】まで逝っちゃった。

花崎(はなさき) 瑠花(るか)
STR 9/CON 11/POW 14/DEX 11
APP 16/SIZ 10/INT 13/EDU 13
HP 11/MP 14

ノーメイクでもAPP16ある美人。
オカルトと精神分析を持っている。
現在は、大学で医療機械工学を学んでいる。
才能限界Lv3くらいのN。
でも、顔と身体が良い。

このあと、2人で異界探索をしてゾンビに追われたり、異界の瘴気に瑠花が侵されて死にかけたり、謎の美少女に助けられたりした。
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