【カオ転三次】連木で腹を切る   作:苺ベリー

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閑話:再婚の話

 

私は、パティシエになりたかった。

 

もう、諦めてしまった前世の夢だ。

もう、忘れかけていた記憶だ。

 

前世の私は、夢を持っていた。

若気の至りだと笑われそうな夢だったが、自分は本気でそれを目指して努力した日々を覚えている。

 

大学に入学して、喫茶店でバイトを始めた頃だ。

キッチンスタッフとして、調理を担当していた。言われた通りに作業し、マニュアル通りに料理を作る。それの繰り返しだった。

 

それまで、私は人生を惰性に生きていた。

勉強も、運動も、人付き合いも、難しいと思ったことはなかった。努力せずとも出来るから、流されるように生きていた。

 

しかし、転機と云うのは突然来るものだった。

いつも通りに働いている時に、偶然ホールへと顔を出した時だ。昼下がりの客足の減った時間帯で、数える程度のお客さんしかいなかった。

 

そこに、子連れの夫婦がいた。

小さな女の子が、自分が作ったパンケーキを美味しそうに食べていた。フォークとナイフを両手に持って、不器用にパンケーキを切り分ける。欲張ったリスみたいに、頬を膨らませて満面の笑みを見せる。

 

両親は、それを見て嬉しそうに微笑んで、口の端に付いたチョコソースを紙ナプキンで拭いてあげるのだ。

 

絵に描いたような、家族の団欒があった。

 

それを見た時、私は感動したのだ。

自分の料理が、誰かの幸せな思い出を作る一助になっているのかもしれない。私の作ったパンケーキは主役ではないけど、あの幸せそうな家族の時間を作れたと思うと嬉しくなったのだ。

 

また、来てくれるだろうか?

 

私の頭の中に浮かんだ言葉は、ありふれたものだった。

その日から、私は暇を見てはホールの様子を伺ったり、ホールスタッフに様子を聞いたりと、らしくない事を始めた。

 

そんな私の姿を見ていたのか、一緒にキッチンに立つこともある店長が私に声を掛けた。

 

『ケーキの仕込みを覚えてみるか?』

 

その一言が拍車をかけた。

スターパティシエとして、複数のパティスリーを経営する初老の男からのぶっきらぼうな言葉だった。その一言が、私の夢に形を与えてくれた。

 

それからは、今にして思えば馬鹿なことをしていた。

大学に通いながら、専門学校にも入学して、店長にケーキの作り方を習って、ついには、フランスにまで行ってしまっていた。

 

将来の夢を持って、そのための目標と努力を重ねて、一歩一歩進んでいく実感を得る日々。それは、間違いなく幸福な人生だったと思う。

 

前世の私は、幸福に生きたのだ。

後悔や未練は、数え切れないほどある。

それでも、無駄な人生ではなかったと言える。

 

なら、母はどうなのだろうか?

 

若くして転生者(わたし)を産んでしまった彼女は、幸せだと言えるのだろうか。お腹を痛めて産んだ子供が、私のような存在だと知ったらどう思うのだろうか。

 

13年間だ。

母が、私に割いた人生の時間。

決して短いとは言えない時間。

 

───ちかげ〜、ご飯〜!

 

「今いく!」

 

ぼんやりと見慣れてきた天井を見つめながら、ナーバスに思案を続けていると部屋の外から、いつものように母の大きな呼び声が聞こえる。小さく溜息をこぼして、ベッドから起き上がる。

 

最近は、どうしてだか暗くなってしまう。

いい加減に自分の機嫌をとってやらないといけないな。と、考えながら軽く身嗜みを整えてから部屋を出る。

 

「おはよう、お母さん」

 

「おはよ、夏休みだからってだらしなくしちゃだめよ?

 朝は、昨日の残りのカレーで良いでしょ?」

 

「うん、カレーは2日目が本番だからね」

 

まだまだ新品の質感を感じさせるテーブルには、大きなお皿に盛られたカレーとサラダボウルに山盛りのサラダ。千景は、先程までの足取りが嘘のように足早に着席した。

 

「わ、お芋が全部溶けてる。良い感じ」

 

「そう?具材がゴロゴロしてる方がお母さんは好きだけど」

 

「なんかこう、ほら、旨味が溶けてるだよ」

 

香川での新生活が始まってから、お母さんの様子が変わった。それは、決して悪いものではない。なんだか明るくて、毎日楽しそうに笑っている。

 

以前も笑ってはいた。

しかし、それは暗く苦労を浮かんだもので、私にも分かってしまうような空元気の笑顔だった。

 

それが、最近は心から楽しそうに笑うようになった。

 

「今日、部活休みなのよね?」

 

「うん、今日はお休みなんだって」

 

乃木若葉の依頼を無事に達成したのだが、栞は「千景さんの体調も考えて、お休みにすべきです」と今日はオカルト研究部はお休みになった。

 

「ねぇ、部活楽しい?」

 

「ん?楽しいよ。

 最近は、新しく部員さんも増えたんだよ」

 

「そ、楽しそうで良かった。

 お母さんも嬉しいわ、ちょっと肩の荷が下りた気分」

 

それは、とても喜ばしいことだ。

ずっと苦労してきたのだから、何処かで報われて欲しいと思っていた。女手一つで私を育て、仕事もしっかりと熟して、本当に立派な人だと思う。

 

「……ねぇ、千景?」

 

「どうしたの?」

 

私がこの世界に生まれて、睡眠と覚醒の繰り返しのなかで、夢のように朧気に見ていた母の姿は、ひどく憔悴していたのをよく憶えている。

 

育児も家事も手伝わなければ、未だに学生気分が抜けずに遊び歩く不倫夫。何故、女なんて産んだと責める義父。不倫をした息子を庇い、母に責任転嫁をする義母。

 

そんな中で、子供のためにと耐え続ける姿を憶えている。

 

「今度、千景の予定がない日にね

 千景、あのね、実は……会って欲しい人がいるの」

 

今だって、私は彼女を苦しめている。

ごめんなさい。そんな言葉では足りないくらいに酷いことをしている。ありがとう。なんて言葉では足りないくらいに感謝している。

 

「お母さんね、その人にすごく良くしてもらってて、その……」

 

だから、彼女が幸せに向かって進むというのなら、郡千景は全力で応援をすると決めていたのだ。それは、勝手に決めたけじめであり、償いのようなものだった。

 

「お母さんが、幸せになれるって信じられるならいいよ」

 

カチャンと甲高い音が響いた。

母がお皿にスプーンを置いた音だった。

 

目を見開いてから、一瞬目が泳いだ。

 

「……千景は、嫌じゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やーだー!やーだー!再婚なんてやだー!」

 

「よしよし、落ち着きましょうね〜」

 

三人掛けのソファーでバタバタと暴れるのは、ガイア連合所属の郡千景である。いつも通りに、朝ごはんを食べた母に『気を付けてね』って見送った。

 

その後に、ガチ泣きである。

 

「さ、再婚……っ、ぐすっ、なん、で……!ひっぐ……!」

 

「あぁ、泣かないでください」

 

母親の再婚にガチ泣きしているのは、『彼女の幸せを応援する』とか考えてるはずの郡千景である。中の人の年齢とか考えたら結構アレなガチ泣きである。

 

それを困ったように宥めるのは、ガイア連合の超技術によって作られた式神『リコ』である。いきなり召喚されて、愚痴に付き合わされているのだ。

 

「や、やだっ!お嫁になんてあげない、から……っ!ひぐっ、うぅ……!」

 

「もう、目を擦らないの」

 

もう、13年だ。

郡陽乃という人間を誰よりも近くで側で見てきた。

誰よりも近くで見てきた。悩みも、苦しみも、悲しみも、側で見てきたのだ。

 

幸せになってほしい。

その気持に嘘はない。

 

「りこっ、お母さんが……さ、再婚って……」

 

「前から分かっていたことでしょう?」

 

でも、出来ることなら私の手で幸せにしてあげたかった。

ぽっと出の何処の馬の骨ともしれぬ男に、彼女を幸せにできるとでも言うのだろうか?また、酷いことされるかもしれない。また、殴られるかもしれない。また、裏切られるかもしれない。

 

「うっ、だって、再婚相手って、会社の人なら出会って4ヶ月くらいだよ……!そ、そんな、簡単に……」

 

「そこまで、変な話ではないと思いますけど?

 それに、お母様もお相手の方も十分に考えての決断なのではないですか?ご主人様の意思も尊重しようと、話の場所までセッティングしようとしてるみたいですよ?」

 

悪い方に、悪い方に、思考が流れていく。

良くないと分かってはいるのに、ネガティブなことばかり考えてしまう。

 

「それに、本当に嫌だと思うなら。ご主人様の言葉でお母様に言ってしまえば良いんです。きっと、再婚のことも考え直してくださいますよ」

 

「それは、ちがうの!」

 

母は、私のことを一番に考えてくれる。

私が嫌だと言えば、再婚の話はなかったことにするだろう。それくらい、愛してくれている。

 

だが、それは母が幸せを諦めることになる。

そんな事は、許されてはいけない。

 

「なら、素直に祝福すればいいのに」

 

決して、邪魔したいわけではない。

母が幸せになろうと努力している。それは、私にとっては幸せな姿だ。

 

「だって!だって!再婚ってことは……!

 私のお母さんに、どこの馬の骨とも知らない男が触れるってことでしょ……?!私の!お母さんに!エッチなことするんでしょ!?」

 

私のことをのけ者に、ラブラブするんだ!

 

そして、近いうちに一緒に住むかもしれない。

そうなれば、私もその男と同じ屋根の下で過ごすことになるわけだ。日々、イチャつく母の姿を見せられるわけだ。

 

えっ、ムリ

 

「マザコン」

 

私に向けられる『愛情』が、馬骨に取られるのは不愉快を通り越して殺意すら湧いてきそうだ。

 

「それに、再婚も早いほうが良いと思いますよ?」

 

「……理由は?」

 

私のことが大大大好きで、全肯定甘々式神のリコが意見を口にする。

 

「お母様は、今年で34歳です。

 子供を求めるなら、これ以上は高齢出産のリスクが増えていきます。流産や早産、妊娠高血圧症候群や糖尿病。また、胎児には、染色体異常や低出生体重児などの確率が上がります」

 

リコは、淡々と言葉を重ねる。

しかし、そんな事は分かっているのだ。

決断は早ければ早いほど良い。

 

「ご主人様もわかっているから、お母様に反対はしなかったんですよね?だって、ご主人様はお母様の幸せを願っているんですから。これは、お母様のことを思えばどうすればいいかなど分かりきったことですよね?

 

 お母様のことを思えば、わかりますよね?」

 

「ひぃん!」

 

正論はキライ!と態度で示しながら、千景はテーブルに手を翳した。朝日に照らされて、くっきりと浮かび上がる影が沸騰した。

 

そして、影の沸騰が収まる。

そこには、透明な瓶に密封された液体が姿をあらわした。

ラベルには【恐山冷水】の文字が手書きで書かれている。

 

「こ、これを使うときが来たね……!

 一口飲めば、10年若返る!

 二口飲めば、20年若返る!

 三口飲めば、死ぬまで老いない!

 

 これで!お母さんをお姉ちゃんにする!」

 

「……うわー」

 

天才的頭脳から導き出された作戦に、リコは感動のあまり語彙力を失ったらしい。そう、これで『年齢的に……』とか言う理由は無くせる。

 

そう、もしも、再婚の話が流れても大丈夫なのだ。

 

「それで、どうやって飲ませるんですか?」

 

「いつも通り【マリンカリン】で自分の手で飲ませて、【マカジャマ】で記憶を消すよ?」

 

「……うわぁ」

 

これぞガイア連合で学んだ知恵である。

そう、司法は【魔法】に対して無力である。

 

 

 






(こおり) 千景(ちかげ)

前世はパティシエ見習い。
カレーは、お野菜たちが溶けてきたくらいの感じが好きなタイプ。らっきょは嫌い。

前世の未練は、親に大学と専門学校の学費を返しきれなかったこと。一度だけ、前世の両親が住んでいた場所を見に行ったことがあるけど、誰も居なくてメソメソしてた。

あと、影の中に物を収納出来る。


(こおり) 陽乃(はるの)
非覚醒者:LV-0
年齢:34歳
出生:8月9日 
身長:157cm 

千景のお母さん。
気付かぬうちに怪しげな健康食品を食べさせられている。

女手一つで、大手メーカで働きながら家事も熟している。
高校時代に付き合っていた男性と結婚して、子供を授かった。しかし、それが幸せの終わりであった。

妊娠中に不倫されるし、義父母は田舎慣習マシマシだし、子供は不登校だし、仕事は大変だし!もうヤダー!って感じになっていた。

とはいえ、やっと離婚調停が終わり。仕事も香川に異動したら職場の雰囲気は良い、上司の男性は優しく親切でイケメン。おうどんも美味しいし、娘も明るくなってきた。

最近、本格的に再婚を考えている。


『リコ』

ご主人様が大好き!
それ以外の人間は、別にどうでも良い!
と言うか、間に入らないでほしい!

実は、母親の再婚を理由に千景に一人暮らしを勧める予定。人目を気にせずに、二人っきりで静かに暮らしたい。
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