【カオ転三次】連木で腹を切る 作:苺ベリー
「「「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください」」」
何処かで聞いたことのある言葉を自分の口から発する。薄暗い理科室の中で、3人の少女が声を揃えて、その呪文を唱えている。
「「「おいでになられましたら、『はい』へお進みください」」」
使い込まれた画用紙に描かれた鳥居の上に置かれた10円玉は、人差し指で押さえられているというのに、ゆっくりとひとりでに動き出し、『はい』へと向かう。
「っひ……」
「大丈夫です。
落ち着いて、指を離さないで」
「は、はい」
コックリさんなんてインチキだと、多くの人は言う。『不覚筋動』だとか、『予期意向』だとか、科学的に解明できているのだと多くの人がそう言う。
大人は、病気だと言う。
なら、今動いている10円玉は何なのだろうか?
こんなにも力を込めて押さえつけているのに、何も気にせずに画用紙の上を移動する。
少し前に友達と『コックリさん』をしてから、おかしなことが続いた。
誰もいないのに気配を感じることや、一人で歩いているのに何かの足音が聞こえたり、黒い影が視界の端で揺れることもあった。
恋のお呪いだと、【コックリさん】を行った仲の良い友人は、もうすでに亡くなった。まるで枯れ木のように窶れた姿で亡くなっていた。
今の自分のような姿で。
───ガタンっ!
小さくはない物音が理科室の外から響いた。
まるで、何者かが扉を叩いたような音が部屋中に響いていた。
───コン、コン、コン
ここは、2階だというのに窓の隙間から何者かが覗いながら、ノックするように窓を叩いている。まるで入り口を探すかのように、この部屋の周囲を移動している。
「っ、そこ、にいるんですか……?」
「はい、ですが心配は要りません。
ここには、結界が張られています。
礼儀のなってない者は通しはしません」
栞は、安心させるように毅然と言い放つ。
吹けば飛ぶような結界だというのに、それでも彼女は微笑んで見せる。
「ですが、何時までも籠城とは行きません」
「なら、どうしたら……!」
10円玉を押さえる腕が怯えで震えている。
この指を離してしまえば、取り返しのつかない何かが起きるのだと理解しているのに、力が入らない。
「先ずは、自己紹介をしてもらいましょう?」
「自己紹介……?」
「こっくりさん、貴方は誰かしら」
栞が、そのよく通る声で誰何する。
しかし、それは【コックリさん】におけるタブーの一つだ。コックリさんに名前を聞いてはいけない。
「さぁ、名乗りなさい」
10円玉は動かない。
「目的は何かしら、何故この子を狙うの」
栞の言葉に反応するように10円玉は動き出した。
『タ』『べ』『ル』
隣に立つ窶れた少女の体が粟立つように震えるのを感じる。叫びたいほどの恐怖を抑え込もうと唇を噛み、顔を伏せる。
自分自身に得体の知れない何がが取り憑いているという事実が、犬吠埼風の精神を蝕んでいく。
「なら、姿を見せなさい」
「その扉を開けて入ってみなさい」
───ドンっ!ドンっ!
結界を破ろうとしているのか、力任せにドアを叩く音が響く。僅かに空の薬品棚がカタカタと揺れている程だ。
───お ねちゃん おねえちゃん
理科室の扉越しに、ぎこちない少女のような声が聞こえる。お姉ちゃんと呼びける声は、誰を指しているのかは考えるまでもなかった。
「い、つき……?」
「いいえ、違います。
あれは、妹さんではありません。
貴方の妹さんの声を真似ているだけです」
今にも飛び出しそうになる風の体を制しながら、栞は真っ直ぐにドアへと視線を向けている。瞬きの一つもせずに、呼吸一つの一つにも気を使っている。
────おねえ ちゃん おねえちゃん
空いている左手は、しきりにスカートの裾を握りしめては離してを繰り返す。
「それで栞先輩、どうしますか?
向こうはお腹ペコペコみたいですよ」
「そう、ですね」
栞は一度瞼を落として、深く息を吸ってゆっくりと吐いていく。そして、覚悟を決めたのだろう。その紫水晶のような瞳を真っ直ぐにドアへと向けて言う。
「ここで、あれを祓います」
「っ、祓うって、出来るんですか……?」
「最善は、交渉による退散です。
しかし、鳴き真似が得意なだけの獣のようですから、交渉は難しいでしょう。
大丈夫、貴方は何も心配しないでください」
栞は、握り締めていたスカートから手を離して、テーブルの上のレターナイフを手に取る。儀式用に簡単な聖別を施したそれは、人を殺めるには不足だが、【悪魔】に対してならばその力を期待できる。
「千景さん、危ない事を頼んでも良いですか?」
「ふふ、何でもどうぞ」
「今から、悪魔を迎え入れます。
そのためには、あのドアを開く必要があります。危険な役割ですが、おそらく悪魔は一番に犬吠埼さんを襲いに来ます。千景さんは、ドアを開けたら姿勢を低く隠れてください。
ご褒美は期待していてください」
「ふふっふー!ご褒美期待してまーす!」
その言葉を聞いて、千景は何の躊躇いもなく10円玉から指を離し、ドアへと向かった。
───ドンっ!ドンっ!ドンっ!
「三つ目のタブー。
もうガマンならないよね?」
「千景さん、合図したら勢いよく開けて、ドアの裏に隠れてください」
「はい、何時でも良いですよ」
ネジの緩んだドアノブに手を掛ける。
後ろを振り返れば、栞も指を離す。犬吠埼風を守るようにして、地面に敷いたダンボールに描かれた魔法陣の前に立つ。
よく通る声で、3つ数えたのを確認してドアノブをひねり、ドアを盾にするように勢いよく開く。
悪魔が来る。
ペタリ、ペタリ、と足音を立てて部屋の中に踏み込んでくる。千景からは、その後ろ姿だけが映る。痩せ細り全身の骨を浮き上がらせたヒトガタの何かが現れた。
『ぁ、あぁ、あァああ゛ぁああああ!!!』
悪魔が叫ぶ。
ご馳走を隠された怒りか、それとも、新しいご馳走を見つけた歓喜の叫びなのかは分からない。
両腕をめちゃくちゃに振り回して、悪魔は栞に向けて駆け出す。
「古き星よ!我を庇護し救い給え!」
突撃してくる悪魔に対して、栞は足元の魔法陣を蹴り上げる。すると、魔法陣は宙に浮き栞と悪魔を隔てる一時的な壁となった。
「犬吠埼さん!机の下に隠れて!」
しかし、所詮はダンボールでしかない。
悪魔の爪の前では、数秒で紙屑へと変わるだろう。
故に、次の一手の為にレターナイフを構えた。
「父よ!母よ!我に力を貸し給え!」
「そして、均衡の象徴たる悪魔よ!
汝が血脈の末たる我が希う!
我が言霊に破滅の力を授け給え!」
栞が、大仰な呪文を唱え終えて、その手のレターナイフを悪魔へと投擲した。それと、同時に魔法陣はバラバラに引き裂かれ、悪魔が一歩踏み出す。
その悪魔の頭部へとレターナイフが深々と突き刺さった。
『がァっ!ぁああっ!』
しかし、悪魔は構わずに栞の柔肉に喰らいつかんと迫る。それでも、栞は一歩も下がることなく悪魔へと手をかざす。
「───
轟音───理科室を大きく揺らす衝撃波がレターナイフを中心に放たれる。窓ガラスは悉く割れ、重くそう簡単に動かない筈の実験台すら僅かに動いている。
パラパラと天井から埃が落ちている。
その埃の堕ちる先には、上半身失い沈黙した悪魔の姿がある。それも次第にMAGの粒子へと崩れていく。
「犬吠埼さん、もう大丈夫ですよ」
「……お、終わったんですか?」
怖ず怖ずと実験台の下から顔を出して、風は周囲を見渡している。崩れ落ちていく悪魔の体を見てピタリと固まる。その数秒の間に【悪魔】は塵も残さずに消え去った。
「見ての通り、貴方に取り憑いていた悪魔は祓いました。もう、安心して……」
風を安心させようと微笑んで見せていた栞だが、電池が切れたようにふらりと体を傾ける。それを千景が側に駆け寄り支える。
「おっと、魔力切れかな?」
「……ん、そうみたいです」
立っているのも限界なのか、千景に体重を預けるようにして、気怠げに言葉を返した。
「だ、大丈夫ですか!」
「大丈夫ですよ
ちょっと、電池切れなだけです」
ふにゃふにゃになった栞を抱えて、散乱してしまった四角い椅子を起こして座らせる。背もたれ替わりに千景が肩に手を置いて支えている。
「ふぅ、思ったよりも大物が出てきました。
今回ばかりは、死んだかと思いました……」
「そうですね、動物霊とかじゃなさそうでした。
多分、餓鬼のなりそこないですかね?」
「あ、あの、いいですか?」
そんなふうに話していると、犬吠埼風が小さく手を上げて質問をしてくる。
「ぁ、気が緩んでました。
ごめんなさい、放ったらかしになってしまって……。あ、お茶をお出ししないと!」
「栞先輩、アドレナリン出てますね。
ちょっと落ち着きましょうね?
お茶は私が淹れますから
インスタントコーヒーで良いですか?」
「は、はい、大丈夫です」
ゆっくりと、栞の肩から手を離して倒れないかを確認してから、千景は理科室の隅の棚からアルコールランプと五徳を持ってくる。そのついでに、乱れた実験台を軽く直していく。
「それで、何か聞きたいことがあるんですよね?」
「あの、私はどうすれば」
「ふむ、先ずは……
入院した方が良いかもしれないです」
「えっ、入院ですか?」
「貴方の生命を喰らっていた【悪魔】は祓いました。しかし、失った体力は戻りません」
アルコールランプの芯に向けて、千景は軽く息を吹きかける。すると、ポッと火が点く。五徳をセットし、水を入れたビーカーを置く。
「でも、妹が……」
「妹さんは、御幾つですか?」
「12です。この学校の1年生です」
「犬吠埼先輩、妹さんが心配なのは理解できます。ですが、そのまま帰ったところで過労か栄養失調で倒れますよ?妹さんも、その歳なら一人で数日は問題ないでしょう」
「それは、はい……」
犬吠埼風は、目を伏せて小さく答えた。
よほど心配しているのだろうか、自分の体調だって放って置けるような状態でないのは、本人も理解してるだろうに。
そのまま、沈黙が場を支配していく。
そんな時にパンっ!と栞が手を叩く。
「私からも一つ、犬吠埼さんに聞きたいことがあります」
「は、はい!なんでしょうか?」
「コレについてです」
栞は、テーブルの上に残っていた【コックリさん】に使用した画用紙を指差した。
「これは、貴方の物ではありませんね?」
「はい、アユ…、友達が持って来たものです」
「ふむ、その子は【コックリさん】を日常的に使用するようなオカルトに傾倒するような子でしたか?」
「えっと、多分違います」
違う。その言葉を聞いて栞は眉を顰めた。
それはそうだろうと納得する。
「この【コックリさん】の画用紙は、随分と使い古されているのが分かりますか?僅かに日焼けて、何度も折り曲げた曲、おそらくコインで削れたインク跡」
「何か、ご存知ではございませんか?
誰から、この画用紙を渡されたとか。そういった事は言っていませんでしたが?」
「いいえ、ごめんなさい。
そう言う話は聞いたことはありません」
「……そうですか」
また、しばしの沈黙が訪れるが今度は長続きはしない。ビーカーからボコボコと沸き立つ湯の音がなり始めたからだ。
「先輩方、お砂糖ミルクは入れますか?」
「私は、お砂糖とミルクお願いします」
「千景さん、お砂糖を3つとミルク多めで」
気分は喫茶店のマスターだが、淹れているものはインスタントコーヒーである。人数分のカップに目分量で粉を入れて、沸騰したお湯の入ったビーカーを千景は、素手でつかみお湯を注ぎ入れ始めた。
「ぁ、えっ?や、火傷するからやめなさい!」
「い、犬吠埼先輩!大丈夫だから!こら!火傷するからビーカーに触らないの!」
そんな千景の奇行に思わず、ビーカーを取り上げようと手を伸ばす風と、その手を押さえる千景という謎の構図を横目に、ちゃっかりと自分の分のコーヒーを確保し、お砂糖とミルクをドバドバと入れてる栞。
ここに平和が戻った証拠だった。
「千景さん、火元でそんなふうに巫山戯てはダメですよ。犬吠埼さんも一緒になって遊ばないの」
「は、はい」
「わたし、わるくない」
覚醒者:LV-24
ドアを開けただけ。
栞のカッコイイ勇姿を見てキュンキュンしてた。しゅき……!ちゅーしたい!って見てただけ。
覚醒者:LV-1
大事に育ててた【聖別されたレターナイフ】が壊れた。毎日手入れを欠かさずに、少しづつMAGを込めていた大切なレターナイフ……
大切に育てていた【五芒星の魔法陣】が壊れた。何ヶ月も掛けて、重ね塗りして作った血の魔法陣だったのに……
皆、麻痺してるけどレベル1は、自衛隊きっての精強部隊『第1空挺団』の中でも特に才能がある人が稀に【覚醒】するくらいである。
レベル1でも、これくらいはできるのだ!
覚醒者:LV-0.5→1
成長傾向:力・体
年齢:15歳
出生:5月1日
身長:163cm
耐性:━
スキル:━
実は、今回の件で【覚醒】をしていた。
『【悪魔】を召喚し討伐する』という行為は覚醒するにたる経験でした。
ただ、俗に言う【Dレベル】の【覚醒】なので、本覚醒はまだしてない。四捨五入してレベル1みたいな感じ。
このあと、入院した。
【コックリさん】として姿を現した悪魔
外道:Lv-1
ステータスタイプ:バランス
耐性:【破魔弱点】
スキル:【ひっかき】【かみつき】
連続猟奇殺人事件の犯人。
超小規模な【異界】とも呼べない吹き溜まりから、迷いでた【弱い悪魔】である。そのため、月10人程度の被害しか出さなかった。
その後、MAG不足で餓死する寸前に『犬吠埼風』含めて3人と【コックリさん】による契約をして生きながらえていた。
雑魚過ぎて【アナライズ】をしても名前が出て来ない。