ラスボスにはラスボスをぶつけんだよォ 作:ヒャッハァー!
クレマンティーヌの体が地面に叩きつけられ、盛大な音を立てて転がる。肺の空気を絞り出されたような呻き声を最後に、彼女は動かなくなった。周囲には静寂が訪れ、息を切らせるンフィーレアの荒い呼吸音だけが響く。
彼は膝をつき、人形の残骸に手をつきながら立ち上がろうとする。目に映るのは、散らばった歯車、焼け焦げた部品、そして倒れ伏す漆黒の剣のメンバーたち。
「……勝った……?」
本当にぎりぎりの戦いだった。相手が油断していなければ。最初に毒を食らわせることができなければ。相手が煽りに乗ってくれて本当に助かった。机の上にあった「神の血」を人形によってなんとかダインのもとにぶつけて回復させ、奇襲を成功させることができた。しかしそれも、彼女の注意を引くことができなければ不可能だっただろう。
漆黒の剣のメンバーには、
「がふっ、ごぼっ…。」
「…!今…向かいます…!」
誰かの血を吐くようにしてせき込む声が聞こえた。おそらくルクルット…いや、ペテルかもしれない。
ともかく、その場の全員が死にかけなのは明らかだった。早く治療をしなければ、命にかかわる。
自分の呟きに答える者は誰もいない。それでも、勝利をしたと理解した彼は、震える足で前進し始めた。彼の目に映ったのは、ペテルたちが倒れている場所。彼らの治療をしなければならない――その一心で体を動かす。
そして、ンフィーレアが治療用の薬草袋に手を伸ばした瞬間、それは起きた。
唐突な、爆発音が響いた。
いや、違う。それは、人間が、勢いよく足で地面を踏むことによって起きた、常識を超えたただの「足音」だった。突如として、クレマンティーヌの体が弾けるようにして跳び上がる。まるで死体に仕掛けられた罠が作動したかのような、予備動作一切なしの動き。彼女の体は空中で異様な角度にねじれながら、ンフィーレアの目の前に踊り出た。
「が、ぁああぁあああああぁあああ!」
「ッ――!!」
振りかぶられたスティレットが、彼の心臓目掛けて一直線に突き出される。人形を動かす?だめだ、間に合わない。それに、先ほどの一撃で、ほとんどその体は壊れている。無理だ。どうする、どうすれば、この一撃を───。ンフィーレアの思考が加速する中、その鋭さは、空気を引き裂くような音を立て、ンフィーレアの体に触れる───。
そして、その瞬間。突如、地面がひび割れる音が響き、白い触腕のようなものがクレマンティーヌの体を貫いた。
「ぶ、ごふゅ」
クレマンティーヌの目が驚愕に見開かれる。さらに何本かの触腕が地面から現れ、そのまま絡みついてゆっくりと無理やり彼女の体を、互いに逆方向に伸ばしていく。あがくクレマンティーヌの体は、何とかその腕の膂力で、触腕を引きちぎる。
しかし、破られた瞬間、その中からあふれだした液体が、その腕を肉が見えるほどに溶かし、煙を上げる。彼女の顔がゆがむ。痛み故ではない。その顔は、ただ怒りに染まっていた。
「ぁ…ああああ……ああ、あああ…!たる、たりぁあ!」
もがくも、それには意味がない。じたばたと動く体は、次第に動きをなくしていき、最後にはだらり、と四肢が垂れる。そのまま彼女の腹がぶちぶちと音を立てて引き裂かれ、そして、地面に赤い液体が滴り落ちた。
「ぁ」
その目が自分をとらえたまま、ぼろり、とその二つに分かれた体が地面に落ちたのをンフィーレアは視界にとらえる。
「なん、だ、これ。」
理解できないまま彼は一歩、足を引いた。そして、ちくり、と首元に何か、痛みを感じた。
「え───。」
そして、その瞬間、ンフィーレアの意識は暗転した。
⚙⚙⚙
どれほどの時間が経ったのか、ペテルが薄れた意識の中で感じ取ったのは、落ち着いた男の声だった。
「大丈夫…ではないな。意識はあるか?」
目をうっすらと開くと、そこには漆黒の鎧を身にまとったモモンと、冷たい美貌を湛えたナーベラルの姿があった。その後ろには、ニニャが立っていた。服装はズタボロで、一部焼けたような傷跡がある。その片腕は肘あたりで失われており、応急処置はされているものの、ぽたり、ぽたりと血が垂れていた。
「ニニャ…?あの…女は…?」
「ペテル、もう、大丈夫だ!モモンさんが来てくれた!だから、もう心配いらない!もう…!大丈夫だ…!」
そんな風に言葉を詰まらせるニニャを傍らに、モモンは冷静に状況を見極めるように周囲を見渡す。周囲に飛び散った血、人一人分の血の跡、瀕死の他の冒険者たち、バラバラになるようにして壊された人形、そしてその場に見当たらないンフィーレアの姿。彼は静かに言った。
「状況は最悪だな。」
そして、モモンは無言でうなずくと、意識を失いかけていたオルドナンスの姿に目を留めた。
「……無事か?」
モモンの低く重々しい声が響く。朦朧とする意識の中で、オルドナンスはなんとか声を絞り出した。
「ぁえ…あぁ…なんとか、ね…。いやぁ…ずいぶん瘦せてしまったよ…。僕の…均整の取れた体型が…台無しさ…。まったく…骨身に染みる…とは…このことだね…。」
その場で治療をしているのはオルドナンスだった。彼は右肩から腰にかけての大半と、顔の表面の半分、そして右足が酸で溶かされていながらも、漆黒の剣の仲間たちの傷を癒し続けていた。肌はどろりと溶けた状態でこびりつき、肉と骨がのぞいている。
魔法と薬品を駆使しながら、その片腕は震えていた。
「オルドナンスさん…!」
「ニニャ…君か…。よかった…。逃げ延びられた…ようだね…。」
「…君が彼女に渡したアイテムが…。私に危機を教えてくれた。」
「…そうかい。宴会用の…役に立たないアイテムだったんだけど…持っておくものだね…。」
オルドナンスががニニャに渡したアイテムは、紐を引くことで空に光球を放つ小さなクラッカーのようなものだった。オルドナンスが何とか相手を引き付けている間に、相手の酸の攻撃をあてることで、なんとか蔵にあけた穴から脱出したニニャは、妨害に会いながらも、すぐにそのアイテムを使った。異変を察知したアインズは、いくつかの確認をして、彼女たちの近くに瞬時に転移した。
オルドナンスは呼吸の音を荒くさせながらも、静かに顔を上げ、モモンを見つめた。その表情には、諦めと覚悟の両方が浮かんでいる。
「……治療は……大方終わった……彼らは何とか助かるだろう。ンフィーレア君に関しては、攫われてしまった…。僕にはどうすることもできなかった…。…だが今から助けようにも、僕は、もう…無理だ…。」
モモンは沈黙する。オルドナンスの体は限界を迎えていた。おそらく、数刻放っておけば自然に死ぬだろうことは、医学の知識のないアインズにも容易に分かった。
モモンの言葉に、オルドナンスはわずかに微笑みを浮かべる。
「悪いが…。モモン君。……この体はもう…限界だ。」
彼の声はかすれ、息を吐くたびに血が滲む。それでも、彼の目は真っ直ぐだった。
「……介錯を、頼めるかい?」
⚙⚙⚙
モモンは一瞬だけ静止した。モモンの赤い瞳が、僅かに揺らいだように見えた。しかし、その一瞬ののちに、彼は剣を引き抜いて、淡々と言った。
「…そうか。それが依頼だというなら、承ろう。私は今、冒険者だからな。」
「モモンさん⁉そんなこと…!」
「いい。…ニニャ君、彼の行為は、仕方がないものだ。ほかに…手段なんてない、そうだろ?それに…君のせいなんかじゃないさ。僕が、選んだことだ。」
「…ッ!」
ニニャは目を閉じて、下を向いた。涙がその目ににじむ。
アインズは、オルドナンスの顔を覗き込んだ。その眼差しは、どこか憐憫と、理解しがたい複雑な感情があらわれているようだった。オルドナンスの顔は、どこか、満足をしているような、そんな風に見えた。
彼の首元に剣を当てて、アインズは、問うた。
「最後に、聞いていいか?…なぜ、彼らを助けたんだ?その痛み、並みのものじゃないだろう。動くだけでも激痛が走るはずだ。なぜそこまでできる?もしも、彼らを助けるための時間を、自分に使っていたら、もっと生き残れる可能性もあったんじゃないのか?」
オルドナンスは、わずかに微笑むように口元を緩めた。
「…あぁ、そうだね。結局は…押しつけがましい、僕の身勝手さ。誰だって最後は…笑って人生を終わらせたいだろう?だから、僕は…せめて、最後は自分はやり切ったと思って…そんな気分の中、死にたいのさ。そのために彼らの命を利用するんだ。ひどく…身勝手だろう?」
「…そうか。」
「…モモン君、僕も聞いていいかい?君はきっと誰よりも強い力を持っている。それを一体何のために使う?」
モモンは短い沈黙の後、重々しく答えた。
「……自分のためだ。自分とその周りを守るために…。私はきっと、身勝手にこの力をふるう。そして結果的に、その過程で救われる人間がいるなら、それでいいと思っている。そういう意味では…君と同じかもしれないな。」
その答えに、オルドナンスは声を出して笑って、そして、激しくせき込んだ。
「は、ははは。そうかい。…なら…先人から忠告してあげよう、モモン君。自分だけの世界に閉じこもれば…それは退屈な独り芝居になる…。自分たち以外の観客がいて初めて…幕引きを誇れるショーに変えられるのサ…。君ほどの力があれば、きっと…。少しでも…自分以外と手をつなげれば…その人生にきっと…後悔はないはずだよ…。」
「…あぁ、そうだな。できることなら、そうしよう。そして、そろそろ、さらばだ。」
「…あぁ、そうだね。」
ゆっくりと、アインズは大剣を振りかぶり、振り下ろす。その一撃は正確で、苦しみを感じる間もなく、オルドナンスの命を絶った。
オルドナンスの首が地面に落ち、アインズの黒い鎧が、赤く濡れた。
⚙⚙⚙
ペテルたちはかろうじて息を吹き返していた。アインズとナーベラルは、周囲を警戒しつつ、尋ねる。
「ニニャ君、彼らがどこに行ったか…心当たりはないか?目的とかでもいい。」
「いや…。わからない…。でも、最初にやってきた女が、アイテムを使ってここら一帯を滅ぼす、と言っていたはず。だから…おそらく、ンフィーレアさんを使って何かのアイテムを使わせる、とかが目的じゃないかな…。」
「なるほどな…。」
「そして、おそらくそのマジックアイテムの名は…「死の宝珠」というものなのである…。」
体を無理やり起こして、ダインが言った。傷口に血が染み出す。
「だっ、ダイン!無理しちゃだめだよ!安静にしないと…!」
「問題ないのである。元より体は人より頑丈にできているのである…。それより今は、ンフィーレア氏のことである。あの女をンフィーレア氏が倒し、私が意識を失う前に…ぼろぼろのオルドナンス氏と敵の一人が対峙し、会話していたのが聞こえたのである。もちろん会話のすべてが聞き取れたわけではなかったが…。その会話の中で、「死の宝珠」という単語を述べていたのである。」
(「死の宝珠」か…。安易だけど、アンデッド系や、ネクロマンサーに関する職業のアイテム、と考えるのが自然か。何らかのブラフの可能性もあるが…。だが、加えて、この血の跡。ンフィーレア君は話を聞く限り殺されている可能性はない。ならばこれはその「女」のものだろう。そしてこの量ならほぼ確実に死んでいるはずだ。普通なら女の死体を持って行くより、彼ら全員を口封じのために始末するのを優先するだろうに、逆の行動をとっている。そして、ネクロマンサー系なら、当然死体を媒介として魔法を行使するのが自然だ。ということは…。)
アインズは傾けていた頭を上げて、言った。
「おそらく、決まりだな。相手はネクロマンサーだ。スラム街等の半死人が集まる場所…もしくは大きめの墓地に心当たりはないか?」
「!この町のはずれに、大規模な共同墓地があるよ!」
ニニャが閃いた様に言った。その言葉を聞いて、顎に手を当ててアインズは呟く。
「…私達は、まずはそこを当たってみよう。ニニャ君、君は市街地を当たってみてくれ。もしもそこで大魔法でも発動されて、一気にアンデッドが生まれでもしたら大事だ。オルドナンスさんが渡したアイテムはまだあるな?もし何か起きたらそれで知らせてくれ。一刻を争う。すぐに向かうぞ。」
「はい!」
(可能性は低いけど、そこで騒ぎが起きるのもありえない話じゃない。生贄を用いた魔法は、ネクロマンサー職では割とあるからな。用心するに越したことはない。まぁ本命は墓地だ。それなら、ついてこられると足手まといだ。)
扉の鍵を閉めて、彼らは二手に分かれて、目的地へと向かう。
走るアインズが、並走するナーベラルに問いかける。
「わかっているな、ナーベ。我々の目的が。この戦いの先に、名声がある。それを得れば、我々にとってのさらなる力となるだろう。」
「はい、もちろんです、モモンさ…ん。」
アインズのその言葉に、ナーベラルは頷いた。そして、彼らは不気味な空気の漂う墓地へと駆けていった。
⚙⚙⚙
「…ハハ、ハハハ、ハハハハハ!全く、これは意外な儲けものだ…、タルタリア!よくやってくれた!」
「は…はい…。も…もしも満足いただけたならば光栄の至り…です…。」
二人の男たちの前には寝かせられた少年と、頭部にはめられた糸が絡まったような意匠の冠。
「しかし本当に
これさえ知っていれば、もっと別の用途も考えられたが…まぁいい。十分用途は満たしている。それに結果として、素晴らしいものもついてきた故な…!」
そして、もう一つ。
つぎはぎされた死体。生前艶やかだったはずの肌は渇き、狂気に満ちていた目は窪んでいる。切りそろえられた髪はざんばらになっており、体のいたるところが無理矢理接合されている。顔には不気味な仮面がつけられており、黒赤のローブをまとっている。そこにいるのは死者…いや、アンデッド。
種族名は
「はは、はははは!完璧だ…!最高の手駒に最高のアイテム!これで失敗することなど、万が一にもあり得ない…!これでついに、儂の苦節三十年の悲願がかなう…!」
⚙⚙⚙
ふむ。計画は順調。多少想定外もあったが、予想の範囲内。後の問題は、あのアイテムによる発狂といったところか。まぁ、とりあえず、幾つか対策はある。実際に取り返しがつかないことになるリスクはほとんどない。まぁ、無理やり連れてきてしまったのは痛いが、正直このどさくさの中で奪うのが一番リスクが少ないだろうからね。
彼の身柄はこちらにある以上、問題点はそれほどない。それに、ついでではあるが、個人の位置を瞬時に、そして完璧に追跡する方法がない、とわかったのは僥倖だ。
とりあえず、今はンフィーレアくんの肉体についた傷を、幾ばくか治しておくとするかね。
さて。細工は流々、あとは仕掛けを御覧じろ。
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