直線検事カルストンライトオ 事件解決も最速です 作:じゅぺっと
事件は、俗にアグネスタキオンの実験室と呼ばれる場所でタキオンが口に含んだ珈琲を吹き出したところから始まった。
「苦ぁい!! ライトオくん、これは紅茶じゃなくて珈琲じゃあないかっ!!」
「おっとトレーナーに渡す珈琲と間違えてしまった。どのみち眠気は覚めるのだから大した違いではないだろう」
「私とカフェの部屋でよくそれが言えたねぇ君!? これまでお互いの珈琲と紅茶を取り違えて何度やる気が下がったことか!」
「ふむ。タキオンはすごく珈琲が苦手なのか」
最高速のウマ娘、カルストンライトオが眠気覚ましの紅茶と持ってきたものをよく確認せずに渡し、タキオンも寝ぼけてよく確認せず口に含んだのは珈琲だったのだ。
「イカのように口から吹き出すとは汚いなタキオンさすがきたない。実験にかまけて風呂にも入っていないのではないか?」
「失礼だね、モルモットくんに会う日はきちんと入っているとも!」
「それは女としての恥じらいなのか入浴すらトレーナーに任せている有様なのかどっちなんだ」
「言わせないでくれたまえよ。……自分で全身洗って待っているに決まってるだろ」
益体のない会話しながら、その辺にあった紙で床に溢れた珈琲を拭き取るライトオ。幸いタキオンは口に含んだ瞬間吹き出したのでそこまで床は汚れていない。
「そういえばカフェはどうした。いつもならカフェに買ってこさせそうなものだが」
「カフェは昨日から山登りに出かけているよ。そろそろ戻ってくるとは思うけど、スマホを寮に忘れたみたいで連絡がつかないんだ」
噂をすればなんとやら。教室のドアがゆっくりと開き、そこには登山装備を背中に抱えたマンハッタンカフェがいた。
「おかえりカフェ。聞いてくれよ、ライトオくんが珈琲と紅茶を間違えて寄越したんだ、ひどいと思わないかい?」
「なかなかの重装備。そんな装備で大丈夫か? 山の中を走るならもっと軽装にしたほうがいい気がする」
「いつも以上に騒がしいですね……荷物を置くので失礼します」
タキオンの相手に慣れているカフェは二人の言葉を軽く躱して自身の趣味スペースに移動する。
トレセン学園内でもっぱらタキオンの研究室と呼ばれている場所は、カフェの趣味スペースでもある。
部屋の半分にはカフェのお気に入りのインテリアや、上質な珈琲豆などが置かれている。
「なっ……ない? 私の、珈琲豆が……」
しかし、今日はいつも静かなカフェが悲鳴のような声を上げた。びっくりしてカフェを見るライトオ。タキオンは興味がないのか大あくびをしている。
「どうしたカフェ。なにか無くしたのか?」
「私の管理している珈琲豆の一部が……この前苦労して手に入れた麝香猫の珈琲豆が……保管場所からなくなっているんです」
「なに。ネコちゃんの珈琲が無くなっただと。それは大変だ。私も探そう」
「袋には、麝香猫の絵が描かれているので……すぐわかると思います……」
調査開始。一緒に猫の描かれた袋を探すカフェとライトオだが、全く見つからない。
カフェの焦りと怒りは、真っ先に同じ部屋にずっといたタキオンに向く。
「タキオンさん……アナタまさか、私の珈琲豆を……!」
「まさか! そんなわけがないだろう、私だって君のお友達に研究資料を燃やされたくはないんだ」
「落ち着けカフェ。タキオンが珈琲豆を盗んだ犯人ではありえない」
ライトオは、タキオンが珈琲豆を盗まない理由を説明できる。カフェが戻ってくる前、【タキオンはすごく珈琲が苦手】であることを知ったからだ。
「カフェも知っているだろう、タキオンの子供舌を。さっきも私が眠気覚ましに渡した珈琲を豪快に吐き出したタキオンが珈琲豆を盗むことはありえない」
「しれっと失礼だねぇ」
「それは、そうですが………では、いったい誰が」
「ちなみに私が犯人もありえない。さっきこの部屋に入ってから一度も部屋を出ていないからな。カフェ、タキオン。詳しい話を聞かせてくれ」
カフェが山登りに出かけたのは昨日で、出かける前に麝香猫の珈琲豆を自分のスペースに置いたらしい。その時からタキオンはずっとこの部屋で研究に没頭していたようだ。
「私がこの部屋に入ってきた時鍵は開いていた。タキオン、昨日から今までこの部屋に誰か入ってきたか?」
「そういえば誰か来たねぇ……しかし誰だったか……」
「はっきりしてください……」
「つまり【タキオンの印象に残らない人物】だったということだな」
「しかしライトオくん。ずいぶん手慣れた調子だが、君に犯人探しなどできるのかい?」
カルストンライトオは、レースの勝利よりも最高速を追い求める変わったウマ娘だ。
常に最高速を求めて勢い余って木にぶつかったり、人の話を聞き終える前に走り出したりと、頭を使うのが得意には見えづらい。
しかし、ライトオは自信満々に胸を張った。
「私の父は検事だからな。事件の犯人を捜す方法は一通り教わっている。一見関係ない情報をロジックによって綺麗な一直線にまとめると気持ちがいい」
「ほぉ、母君が研究者であることは知っていたが父君はそんな仕事をしていたんだねぇ」
ライトオの両親は研究室と検察官でジャンルは違うが物事をはっきりさせる仕事に就いている。
ライトオの性格にもそれは大いに影響してきた。
「事件解決も最高速が一番だ。被害者のためにも、犯人のためにも」
「ふゥん? 犯人のためにもかい?」
「罪というのは認めるのに時間がかかればかかるほど重くなる。故に最高速で犯人に証拠を突きつけて認めさせることが検事の役目だと父さんは言っていた」
「まぁ……一理あるかもしれませんね。ライトオさん、どうか珈琲豆を盗んだ犯人を見つけてください。あれは……今度トレーナーさんと一緒に飲む約束をしたものなんです」
ライトオらしいロジックだが、ひとまずカフェは納得したようで頭を下げて犯人探しを頼む。
「任せろ。父さんの検事バッジを賭けてこの事件を解決してみせる」
「それを言うなら名に賭けてじゃないかねぇ」
「ともあれ改めて調査開始といこう。カフェ、普段は珈琲豆をどこにしまっている? 私は今までこの部屋に珈琲豆が置いてあること自体知らなかった」
「部屋の隅に……保存用の小さな冷蔵庫を用意してあります」
カフェが部屋の片隅を指す。そこにはインテリアを雰囲気を崩さないように布をかけられた箱があった。
さっき珈琲豆を探す時に布をめくらなければ、気づくこともできなかっただろう。
「つまり、【珈琲豆は目立たない場所に保管されていた】ということだな。犯人がわかった。ジャングルポケットに間違いない」
「判断が早すぎるねぇ」
ライトオが突然ポッケの名前を挙げる。あまりの早さにタキオンとカフェが目を丸くした。
「なぜ、ポッケさんが……? 理由をお願いします」
「まずタキオンの証言で【タキオンの印象に残らない人物】がこの部屋に来た事がわかっている。つまり、よく知っている人物の可能性が高い。例えばビリーヴやデュランダルが突然ここを訪ねてきたら印象に残るはずだ」
「まぁ、聞き慣れた声ではあったね。言われてみればポッケくんだった気もする」
「そして、ここは喫茶店ではない。タキオンの研究室であることは広く知られていても、カフェの【珈琲豆は目立たない場所に保管されていた】と知っている者は相当に限られる」
「ですが……それだけなら、ポッケさんと断定はできないのでは……?」
タキオンのよく知る人物で、カフェの珈琲豆がここにあると知っている人物。数は少ないが、ポッケ以外にもダンツフレームなどが挙げられる。
「では聞こう。例えばユキノビジンやダンツフレームが無断で珈琲豆を持っていくだろうか?」
「そんなことは……しませんね」
「だろう。条件に当てはまり、なおかつ人の食べ物を勝手に持って行く横着をするのはポッケくらいしかいまい」
「しかしだね、証拠はないんじゃないのかい。 検事は証拠を突きつけるんだろう?」
「フッ、慌てるなタキオン。ポッケが犯人という目星がついてこそ、証拠を探すことができるのだ」
「やれやれ、ライトオくんに慌てるなと言われる日が来るとはね」
さっさと部屋の中を物色し始めるライトオ。棚の中、籠の中、カフェの替えのスカートの中。
そして、部屋の隅に置かれたゴミ箱に手を伸ばした。
「ふむ、汚れてはいるが端のほうの文字は読めるな」
「色々書いてありそうだが、汚れで【ポケット】の文字しか読めないねぇ。」
中に入っていたのは黒ずんだ一枚の紙だ。珈琲の匂いもする。
「これで証拠は十分だ。ポッケのところに行こう。カフェ、タキオン。どっちかスマホを貸してくれ。私ポッケの連絡先知らない」
「そういえば……登山の際、スマホを寮に置き忘れましたね……」
「それでも女子高生かいカフェ! 仕方ない、私のスマホを貸してあげよう」
ライトオがタキオンのスマホでポッケに電話をする。すぐに繋がった。
『タキオン? お前から連絡なんて珍し━━』
「私はタキオンではなくカルストンライトオ。あなたを窃盗罪で捕まえます。理由は勿論おわかりですね。生活指導室にぶち込まれる楽しみにしておくがいい」
『意味わかんねぇよ!? なんだよいきなり!』
「失礼、間違えた。今どこにいる? 話したいことがある」
『相変わらずだなお前……今寮室に戻ったところだから用があるなら来いよ』
通話が終わり、ライトオは今にも走り出しそうな勢いでカフェとタキオンに言う。
「私は今すぐ着替えてポッケのところに行く。カフェもポッケの部屋に行くといい。タキオンはどっちでもいい」
「乗りかかった船だ、どうせなら事件に巻き込まれたみんなのバイタルも測っておこう!」
「しかし……着替えの必要性は……?」
「犯人を追い詰めるなら、検事も法服で臨まなくてはならない。故に私にとっての法服である勝負服に着替えてくる。私の最高速をもってすれば2人がポッケの部屋につくのと同時に着くだろう」
言い終わるより早く、ライトオは着替えに走り出してしまった。
そして、ポッケの寮室の前に制服のタキオンにカフェ、そして勝負服のライトオが集まることになった。
「ポッケ、私が来た」
「へいへい……ってカフェもいるのか。ど、どうしたんだよ」
「ポッケくぅん? 私もいるんだが?」
寮室から出てきたポッケは、まずカフェに驚いたようだった。普段何かにつけて絡んでいるタキオンには目もくれない。
ライトオはそのことを頭に入れつつ、用件を話す。
「今日、カフェの貴重なネコちゃん珈琲豆が盗まれた。ずばり、私はその犯人がお前だと睨んでいる。早く認めたほうがお前のためだ」
「麝香猫の珈琲豆で……なかなか、手に入らないものが無くなったんです。ポッケさん、まさかとは思いますが……」
カフェの背後から黒いオーラのようなものが漏れる。カフェの『お友だち』も怒っているのかしれない。
それを見たポッケは顔を青くした。
「オ、オレは悪くねぇ! タキオンの研究室なんか1回も入ったことねぇし!」
「さすがにウソが過ぎるねぇ」
「大体、オレが珈琲豆を持ってってもしょうがねぇだろ? 珈琲の淹れ方なんてオレわかんねーし」
カフェから後退りしながら、弁解するポッケ。
確かにポッケに珈琲豆を挽く知識があるとは思えない。
「しょうがないかは私が決める。今日の行動について証言してもらおう」
「仕方ねぇな……いっぺんしか言わねぇぞ」
ライトオの追求は止まらない。ポッケが深呼吸して証言をする。
「今日はフジ先輩にお茶会に誘われてさ。さっきまでフジさんの部屋にいたんだ。
カフェの珈琲豆がなくなったみてーだけど、オレは珈琲の淹れ方なんてわかんねぇし。
オレがカフェの部屋に入った証拠なんてね」
「異議あり!!」
「ぇだろって最後まで言わせろよ!」
間髪入れずにライトオが異議を唱え、やれやれと肩をすくめた。
「証拠がないだと? よくそんな事が言える。これを見るがいい」
ライトオは後ろに持っていたものをつきつける。それはさっきゴミ箱で見つけた紙だった。
「……なんだよ、その汚れた紙は?」
「とぼけても無駄だ。確かに珈琲で汚れているが、お前の字が書かれている」
ライトオが紙を丁寧に広げる。大部分が珈琲で染まっているが、端の方にポケットと書かれたいた。
「内容はわからないが、これはお前の書き置きだろう。大方、死ぬまで借りていくとか伝言を残したつもりなのではないか? だが私に通用せず見破られてしまった。残念だったな」
「ポッケさん、私に伝言をしに来たんですか?」
人の部屋に入って自分の名前を書いたメモを残すとなれば、何か伝えたいことがあったのだろう。
それを聞いて、ポッケの顔が追い詰められて光明を見出したように輝いた。
「……それだよそれ! オレはちゃんとカフェにわかるようにメモを置いといたんだよ、勝手に持っていったのは悪かったけど、盗んでねぇって!」
「ふむ、なんて書いたんだい?」
「フジさんとお茶するのにカフェの珈琲豆を借りたくてさ、でもカフェにスマホで連絡しても既読すらつかねぇから仕方なくメモを置いたんだ。なんでそんなに汚れてんだよ」
そもそも何故このメモは珈琲で汚れていたのか。事件発生の原因をライトオは思い出す。
「そういえば、カフェが帰って来る前にタキオンが珈琲を吹き出したから私がその辺の紙で吹いた気がする。あれが書き置きだったのか」
「ライトオくんが紅茶と珈琲を間違えて渡したのが原因だねぇ」
「おいィィィィ!? 怒られ損じゃねぇか! カフェが怒ると怖えんだから脅かすなよ!」
カフェが登山にスマホを忘れてしまい連絡がつかなくなり。
ポッケが仕方なくカフェにメモを残して珈琲豆を持っていき。
ライトオがタキオンに紅茶と珈琲を渡し間違えて。
タキオンが吹き出した珈琲をライトオがよく確認せずメモで吹いてしまったがために今回の盗難騒ぎが起こったようだ。
「……つまり、珈琲を淹れたのはフジ先輩ということで良いでしょうか? それを2人で飲んだと?」
海よりも深いため息をつきながらカフェがポッケに聞く。ポッケは素直に頷き、カフェに頭を下げる。
「貴重なものだってんなら勝手に持っていったのはマジで謝るし金も払う! だからよ、フジさんにはナイショにしてくれねぇか……?」
「ええ、構いませんよ。悪気はなかったようですし……ただ」
「ただ?」
カフェは困ったもんだと言いたげに、わざとらしく首を振って言った。
「麝香猫の珈琲豆とは、実はネコのフンから作られたものでして……淹れるときは専用の工夫をしないと、お腹を壊してしまうんです。フジ先輩にそれを伝えないと、どうなってしまうことか……」
「なんと。ネコちゃんのウンチ。……いやっ、それでも私のネコちゃん愛ならいけるっ!!」
「カフェの珈琲好きに劣らず君の猫好きも大概だねぇ」
「フ……フン!? ウンチ!? オ、オレはなんてもんを……フ、フジさ〜〜〜ん!!」
ポッケは慌ててフジ寮長の下へ走っていってしまった。それを見て、カフェが少しスッキリした表情を浮かべる。
「これで、後はポッケさんの尊敬するフジ先輩直々にお説教が下るでしょう……ライトオさん、麝香猫の珈琲豆にお腹を壊すような性質なんてありませんよ」
「厶、ではさっきのは嘘か。ビックリした」
「カフェは意外と演技が上手いからねぇ。レースを引退したら女優としてやっていけるんじゃないかい?」
「それを言うなら……ライトオさん、ありがとうございました。犯人を素早く見つけてくれたお陰で助かりました。意外と、検事が向いているのかもしれませんね。今度お礼をさせてください」
カフェがライトオに頭を下げる。ライトオは指でトントンと自分のこめかみを叩いて言った。
「お礼なら今度ではなくて今頼む。久しぶりに真剣に頭を使ってすごく眠い。珈琲がないと眠ってしまいそう……だ」
「おっと……仕方ありません。ソファまで運びますか……」
電池が切れたように倒れ込むライトオを、カフェが支えた。それを見てタキオンが苦笑する。
「やれやれ、足だけでなく頭のスタミナにも課題があるようだねぇ。とはいえ、最高速で解決してしまえば問題ないというのが彼女らしいところかな?」