直線検事カルストンライトオ 事件解決も最速です 作:じゅぺっと
「カルストンライトオ、最速で帰宅です。避暑地もいいですが、やはり寮室には実家のような安心感がありますね」
「もう三年以上この部屋で生活しているものね……しばらくぶりに落ち着けそうだわ」
カルストンライトオとデュランダルはトレセン島での夏合宿を終え、トレセン学園に帰ってきた。
「デュランダルは特にチームのまとめ役で大変そうだったからな。もはやリーダーというより夏休みのお母さんだった」
「我が君の負担を減らすためだもの、どんな苦労も惜しくない……のだけどさすがに疲れたわね」
寮室のドアを空け、ぐったりした様子で荷物を置くデュランダル。
だがライトオは、見慣れたはずの自室に違和感を覚えた。
「待てデュランダル、この部屋、何か変だ」
「どうしたのよ急に」
「蛍光灯よし、直線定規よし、聖剣のレプリカよし。……なくなっているものはないな」
部屋を観察し始めるライトオ。部屋からなくなったものはないが……逆に、見覚えのないものがあった。
「デュランダル、私たちは部屋にアストンマーチャンのぬいぐるみを飾っていただろうか?」
「え? いや、どうだったかしら……」
ライトオ達はクレーンゲーム等でゲットしたぱかぷちを何個か部屋に飾っている。トレセンウマ娘の大半がそうしている。
そこに、見覚えのないマーチャンのぬいぐるみがあった。ライトオとデュランダルのスペースに一つずつだ。
「きちんと並べられているが、4個並べていたぬいぐるみが5個になったことで美しい正方形が乱れている。誰かが私たちの部屋に無断で侵入し、マーチャンのぬいぐるみを置いていったに違いない。これは事件だ」
「……………………」
「デュランダル?」
ライトオがデュランダルの方に振り向くと、彼女はすやすやと寝息を立てていた。よほど疲れていたのだろう。
ライトオはやれやれと首を振って、デュランダルに布団を掛けてやった。
「仕方のないやつめ。目を覚ます前に最速で一直線に事件を解決してやるとしよう。早速メノに連絡だ」
ライトオの父親は検察官を勤めており、真実をまっすぐ最速で追求する姿勢はライトオにも受け継がれている。
故にトレセン内で事件が起これば直線検事として最速で事件を解決するのだ。
風紀委員のフェノーメノにスマホで連絡を取ると、夏休み期間だというのに校庭をパトロールしているらしい。
ライトオはマーチャンぬいぐるみを握りしめ、最速でフェノーメノのいる校庭へ向かった。
「ライトオ検事! トレセン島での夏合宿、お疲れ様であります! ジャーニーさんから聞きましたが、あちらでも事件を解決されたそうですね」
フェノーメノが敬礼でライトオを迎える。
風紀委員にして警察官の父を持つメノはこれまでライトオと共にいくつもの事件を解決してきた。
ライトオはデュランダルのチームことスイープトウショウにドリオル姉妹、カレンチャンにブラストワンピースという問題児だらけとの日々を思い出し肩を竦める。
「まったく事件の絶えない日々だった。最速の私がいなければ事件が解決する前に次の事件が起こっていただろう。
それよりメノ、最近学園内で不審な事件など起こっていませんか?」
「昨日ウマ娘寮内でマーチャン着ぐるみが歩いている騒ぎがありましたが、確認したところ中に入っていたのはダイワスカーレットさんとウォッカさんだったことが発覚したくらいであります」
「なにやってるんだアイツら。他には?」
マーチャン着ぐるみの中には、基本的にマーチャンのトレーナーが入っている。トレーナー立ち入り禁止のウマ娘寮内に着ぐるみが歩いていれば騒ぎになって当然だ。
「……いえ、特に問題はなく。学園は平和でありま」
「異議あり!!」
一瞬言い淀んだメノにライトオは最速で異議を唱え、自分の部屋に置かれた不審なマーチャンぬいぐるみをつきつけた。
「そのぬいぐるみ……まさか、ライトオ検事の部屋にも!?」
「やはり何か掴んでいましたか。知っていることを洗いざらい話してもらおう」
メノはマーチャンぬいぐるみに心当たりがあるらしく瞠目したが、すぐに説明してくれた。
「実は夏合宿が始まってから、トレセンに残った生徒達の間でいつの間にかマーチャンぬいぐるみが鞄の中や部屋に増えているとの噂が立ち始めました。
本官も最初は事件かと思い、ぬいぐるみを調べたのですが……盗聴器のような不審なものは見つかりませんでした」
「私も歩きながら調べましたが、なんの変哲もないアストンマーチャンのぬいぐるみですね。普通に部屋に飾りたい」
トレセンウマ娘は女学生であり有名人でもある。故にプレゼントのていで渡されたぬいぐるみに何か良からぬ物が入っていた事件は珍しくないが、今回はそうではなく。
ただ可愛いマーチャンぬいぐるみがいつの間にか届いているだけだ。風紀委員が解決する事件とは言い難い。
「先日マーチャン着ぐるみ姿で歩いていたスカーレットさんやウォッカさんにも聞きましたが、それに関してはなにも知らないと」
「2人はなぜそんなことを?」
「この炎天下の中どちらが着ぐるみ姿で歩き続けられるか競っていたようであります」
「実に相変わらずだな。いっそ安心感すらある」
しかしそうなれば、犯人候補はもはや1人しかいない。
「アストンマーチャンのトレーナーへの取り調べは行ったのだろうか?」
「念のため、ジェンティルドンナさんのトレーナーにも事情聴取を行いましたが……何も知らないと」
「ジェンティルドンナの? いやそうか、アストンマーチャンとジェンティルドンナのトレーナーは同一人物だったな」
この2人のトレーナーが同じなのは有名な話だ。なにせジェンティルドンナの勝利インタビューでも隣にアストンマーチャンの着ぐるみで立つのだから恐ろしい。
フェノーメノとジェンティルドンナは同期であり、同じレースを走った経験も多いからこそジェンティルのトレーナーとして印象に残っているのだろう。
「ジェンティルさんの隣でマーチャンさんの着ぐるみ姿で立つ姿はいつ見ても異様であります……」
「あの着ぐるみは目立つからな。ポッケの映画にもエキストラとして一瞬写っただけで他のウマ娘達よりよっぽど印象に残るほどだ」
「そういえば……被害というか、ぬいぐるみを鞄の中に入れられたウマ娘たちも、その日に遠くでマーチャン着ぐるみが歩いているのを見たと言っていましたね」
「ほう。マーチャン着ぐるみに目を奪われている間にマーチャンぬいぐるみを入れられていたということか。アストンマーチャン本人も浮かばれるだろう」
「不吉な言い方はいけませんよ。彼女はちゃんと生きているであります」
「おっと失礼。ウチのデュランダルが毎年墓参りをさせて偲ばれたがるのでつい」
アストンマーチャン本人は、レースを引退しもうトレセン学園を去っている。
スプリンターズステークスを勝利した後病気にかかり、一命は取り留めたもののレースへの復帰は絶望的となり地元の病院で静養することになったと聞いたときはライトオも驚いたものだ。
「まったく表舞台に出てこないので一時は死亡説、昏睡説も出たことがありましたね。まぁ今でもジェンティルドンナの取材写真にバチバチに辻映りしてるので元気そうで何よりです」
「ええ、本当に。正直、あのトレーナーがジェンティルさんの隣で鬼のようなトレーニングをしながらマーチャンの着ぐるみを絶対脱がない姿は罪人の刺青のように感じることもありましたから」
ジェンティルドンナを誰よりも強くして世界にマーチャンの姿を轟かせるのだと鬼気迫る着ぐるみ姿でトレーニングするのをメノは何度も見ていたそうだ。
事実、ジェンティルは昨年の有馬記念で優勝しGⅠ7勝を記録して公式レースを引退した。トリプルティアラにジャパンカップ連覇、海外レースさえ制覇したその強さは現代最強格だ。
「話が逸れましたね。ともかくマーチャン着ぐるみを着たままこっそりぬいぐるみを置くなど不可能。そしてアストンマーチャン本人も学園にはもう何年も戻っていない」
「現状起こっているのは可愛いぬいぐるみのプレゼントのみ。風紀委員としても、強硬な捜査はできかねます」
なんの被害も出ていない以上、風紀が乱れているとも言えない。だからこそメノは最初学園は平和だと言ったのだ。
「とはいえ、この状況が続くのはよくない。いつエスカレートしないとも限らないだろう。━━既に真実の道は一直線。私の脳内では事件は解決されました」
「ライトオ検事! もう犯人がわかったのですか!?」
ライトオは人差し指をまっすぐ立てて、チッチッチッと振った。
「前提として、こんなことするやつはあのトレーナーしかいない。そして本人に犯行が不可能なら、共犯者を用意すればいいだけだ」
「しかし、ジェンティルさんがこのような行いに協力するとは思えませんが……」
「だろうな。ジェンティルさんも大概目立つ。逆に言えば、目立たない黒子のようなやつを味方につければいい」
「そのような人物に心当たりが?」
「マーチャンとはスプリンターとして会話したことがあるし、タキオンの愛娘であるスカーレットからも度々話を聞いているからな。その共犯者の名前は……えっと、なんだったか忘れた」
フェノーメノが、コケた。ライトオはスマホを取り出して確認する。
トレセン学園に在りし日のアストンマーチャンが写った写真。センターを奪い合うスカーレットにウォッカ、小さな体に大きな帽子と箒の目立つスイープの端でマーチャンと共にちょこんと立つ彼女の名前は。
「ジェンティルさんと同じトリプルティアラでありながら、ここまで印象に差がつくのも不思議なものだ。メノ、マートレと━━スティルインラブを呼んでください」
「……わかりました。放送委員に呼び出しの連絡をお願いするであります」
校内放送により、マートレとスティルインラブは校庭まで来てくれた。
メノは風紀委員として2人に丁寧に礼をする。
「お二人とも、時間をいただき感謝するであります」
「やぁフェノーメノ、それにカルストンライトオも。いいマーチャン日和だね」
「ああ、いけません……マートレさんと2人きりで呼び出しを受けるなんて、マーチャンさんに知られたら嫉妬されてしまいます……」
マートレは相変わらず着ぐるみ姿、スティルは日焼け対策なのか赤白の日傘を差していて表情は見えない。
早速、ライトオが口火を切る。
「最近アストンマーチャンのぬいぐるみがいつの間にか鞄や部屋の中に入れられている事件。犯人はあなた方ですね」
「まぁ、風紀委員から呼び出すってことはそうだよね。でも俺には無理だよ。こっそりぬいぐるみを置くなんて。俺はいつも堂々と渡すし。━━君もマーチャン推しにならないか?」
マートレがマーチャンぬいぐるみを片手に掲げ堂々とアストンマーチャンを布教し始める。
そのぬいぐるみは、今日ライトオが部屋で発見したものと同じだ。彼女の愛らしさが見事に表現されている。
ライトオは無視して2人の犯行方法を説明し始めた。
「だからスティルがこっそり鞄や部屋の中に入れたのでしょう? 被害者たちは直前にあなたの着ぐるみを見かけたといいます。タッゲートの前をあなたが目立つマーチャン着ぐるみで通りすがり、目を奪われている間に影の薄いスティルがこっそり鞄にぬいぐるみを入れる。単純なミスディレクションです」
一瞬視界に入るだけでも意識を向けざるを得ないマートレとその場にいても記憶に残りにくいほど影の薄いスティルだからこそできる犯行だ。
だがスティルは紅白日傘をくるくる回しながら静かに反論する。
「お待ちください……聞くところによれば、お部屋の中にもマーチャンさんのぬいぐるみはあったのでしょう? 私、鍵をこじ開けて侵入などはしたないこと出来ません……」
「ほう、犯行には一切関わっていないと主張するのだな? ではこの事件に関して知っていることを証言してもらおう」
「わかりました……それで疑いが晴れるのでしたら」
スティルは相変わらず表情を見せないまま、証言を開始した。
「私は、マーチャンさんのぬいぐるみになにも関わっておりません。
私の影が薄いのは事実ですが……だからといって鍵のかかった部屋に忍び込むなど出来ません。
私に寮の鍵を盗む方法など、存在しな」
「異議あり!!」
ライトオが、最速で異議を唱えた。スティルが日傘をくるくる回すのを止める。
スティルには寮のマスターキーを盗み出す方法があった。その証拠となる情報をライトオはつきつける。
「先日、寮内をマーチャン着ぐるみが闊歩する事件があった。中にはマートレではなくスカーレットとウォッカが入っていたのでそれ自体に事件性はなかったが、寮長が出動するかなりの大騒ぎだったらしいな」
「……それが何か?」
「スカーレットにウォッカ、マーチャンにスティルは同じチームだった仲。
お前は2人を唆し、大騒ぎに乗じて寮長の持つマスターキーを拝借してマーチャンぬいぐるみを部屋の中に置いたのだ!」
「くっ……!?」
驚きでスティルの日傘が裏返りかける。一瞬見えた彼女の表情は、ひどく鋭い目をしていたのをライトオは見逃さなかった。
「ちょっと待ってくれよカルストンライトオ。俺がスティルインラブに無断侵入をさせたって言うのか?」
答えにつまるスティルに代わるように、今度はマートレが待ったをかけた。
「当然でしょう。スカーレットとウォッカがマーチャン着ぐるみを着るには、あなたに借りる他ない。あなたたちが共犯でなくては成立しないのですから。それに、あなた達にはそれなりに長い付き合いがあるはずだ」
「確かにスティルインラブはマーチャンと仲良くしてくれたし、それは感謝してるよ。でも……マーチャンがトレセン学園を去ってからは特に繋がりもな」
「異議あり!! その発言は━━」
「その発言は、あなたが鍛えたジェンティルさんの強さとムジュンしているであ゛り゛ま゛す゛!!」
ライトオとメノが、ほぼ同時に異議を唱える。メノは基本的に見ているだけだが、言わずにはいられなかったのだろう。
ライトオは肩を竦め、メノに発言を譲ることにした。
「フッ、メノが私の速さに食らいつくとは。では説明してやるといい。今の致命的な失言をな」
「はっ! ジェンティルさんは、スティルさんと同じトリプルティアラ……クラシック三冠にも並ぶ大名誉。であれば当然、マーチャンさんだけでなくジェンティルさんを通してスティルさんと関わる機会はいくらでもあるであります!!」
「ぐっ……!?」
マートレの驚きで、マーチャン着ぐるみの頭の部分が一瞬すっぽ抜けた。すぐにマートレはすぐに両手で頭と胴を繋げ直し、素顔は見せない。
「今2人の関係を隠そうとしたのが決定的証拠だ。お前達2人は共謀し、アストンマーチャンのぬいぐるみをばらまいている。さあ、大人しく罪を認めるがいい」
「ふふふ……罪? なんのことかな?」
「まだシラを切るつもりでありますか!」
すっとぼけるようなマートレの言葉にメノが反応する。しかし、マートレは着ぐるみの頭を器用に回してマーチャンの目を向けた。
「俺たちはただ、マーチャンが忘れられないようにぬいぐるみをみんなにプレゼントしただけ……もちろん、危ないものなんて入れてないよ。それは風紀委員のフェノーメノだって、わかってくれているはずだろう?」
「た、確かにその通りですが……」
そもそもこの事件、風紀委員は強く動けない。単にかわいいぬいぐるみがいつの間にか贈られているだけなのだから。
「私からも、お願いします……マーチャンさんが時代の流れに風化され忘れられていくなど、偲びありません……マーチャンさんは、こんな私を友と呼んでくださるのです……勝手にライトオさんのお部屋に入った罰は、甘んじて受けますから」
スティルも日傘からひょっこり顔を出して丁寧に頭を下げる。
しかしここでお咎めなしにすれば、今後もマートレとスティルは2人で無断配布活動を続けるだろう。そしていつエスカレートしないとも限らない。スティルが無断で部屋に侵入した時点でもうかなり深刻と言える。
ライトオは検事として、2人の罪を考える。
「起訴できる罪状は、スティルによるマスターキーの無断拝借と部屋への侵入のみ。部屋からなにも盗んでいないし、そもそもスティルもトレセンウマ娘であることを考慮すれば大した罰にはならないだろうな」
「くっ……マーチャンさんご本人に止めてもらえればいいのですが……」
「……それは無理だよ、残念だけどね」
マートレが心の底から無念そうに口にしたとき━━ふわりと。天使のように、突然マートレの背後に1人のウマ娘が現れた。
「もうやめてレンズさん。もう十分です」
「アストンマーチャン……!?」
なんとそこにいたのは、病気でトレセン学園を去ったはずのアストンマーチャン本人だった。この場にいる全員が驚愕と共に彼女を見る。
「何故マーチャンがここに? 逃げたのか? 病院から自力で脱出を!?」
「お盆ですからね。マーチャンもたまには第二の実家であるトレセン学園に里帰りです。えへん」
そう口にする彼女の柔らかい振る舞いはライトオが記憶する姿と一切変わらない。彼女がスプリンターズステークスの激戦を制した時のままだ。
マートレは、着ぐるみ姿でもわかるくらいはっきり動揺している。
「マーチャン……俺が君を守れなかったせいで……俺がもっと早く駆けつけていれば……」
「マーチャンは幸せ者です。本当ならこの世界から消えているはずの私が、スカーレットやウォッカだけでなく、スティルさんやジェンティルさん。メノさんやライトオさんにも私の走りを覚えてもらっているのです。だから、もういいのです」
「当然でしょう。最高速は私ですが、マーチャンのスプリンターズステークスの速さも天晴れです。生涯貴女を忘れることはありません」
ライトオが一切の迷いなく言いきった。
ライトオは最高速を自負しているが、他者の速さを尊重していないわけではない。マーチャンと同じくレースを完全引退したケイエスミラクルの速さを今でも非常に敬っているほどだ。
「でも……本当なら君だって今でも後輩の育成に回ったりトレセン学園で元気に走れていたはずじゃないか……」
「ははぁ。ジェンティルさんが引退して後輩の育成に回っているのを見て、私がそうできなかったことを悔やんでくれているのですね。本当に優しすぎる人です」
マーチャンには、マートレの行動理由がわかったようだ。
「でも、レンズさんはジェンティルさんの隣でマーチャンの姿をこんなにはっきり映してくれました。トリプルティアラに、ジャパンカップ、ドバイに有馬記念。マーチャンは毎回ワクワクしました。ドキドキしました。これ以上はバチが当たるというものです、ね?」
マーチャンは着ぐるみの頭を外し、素顔のマートレの顔を優しく包み込む。
マーチャンを布教するのはいいが、無断で押し付けるのは暴走だ。そう判断して、彼女は己のトレーナーを止めに来たのだろう。
「わかった……心配かけてごめん……君が言うなら、ぬいぐるみの配布は止め」
「━━ジェンティルさんを誰よりも強くして、マーチャンを世界一のマスコットにするのではなかったの? あなたはここで終わりなのですか?」
その時、マートレの髪を後ろから掴みつつスティルが否定した。その目は悪霊に取りつかれたように爛々と輝いている。
「……まぁ。レンズさんらしくないやり方と思えばあなたが唆したのですね、スティル。まさに悪魔的発想です」
「フフフ……そうよ。後輩を育成するジェンティルさんを見て寂しそうにしていたから、その気持ちを解放してあげたの。楽しかったわ、あなたのトレーナーさんとの共犯ごっこ!!」
スティルが邪悪な表情を浮かべてマートレの着ぐるみにこれ見よがしに抱きつく。
まるで友人の想い人を奪った毒婦のような物言いにライトオは思わず口にした。
「悪女じみたこと言ってますがやってることは友達のぬいぐるみプレゼント計画ですよね。悪魔になっても根は優しいのでは?」
「楽しんでるときに水差さないでくださいません!?」
「そうなんだよ……マーチャンを布教するための計画を真剣に考えてくれて、つい……」
「ついじゃありません。2人ともお仕置きです。ぺしん」
マーチャンが、マートレとスティルを軽くチョップをする。
見た目は優しくても彼女もスプリンターのムキムキウマ娘。結構鋭い音がした。
しかし、スティルの目はまだ怪しく光っている。
「くっ……まさかマーチャン本人が来るなんて……スイープさんがいない今がやりたい放題するチャンスなのに……」
「普段はスイープがスティルの悪魔を魔法で抑えていますからね。マーチャンはあまり長居はできないしピンチです」
「いや、スイープは学園に戻ってきてるぞ」
「えっ」
「私やデュランダルと一緒に学園に戻った。この事件のことはスカーレットにも伝えてあるから、もう連絡は入ってるはず」
ライトオが淡々と口にすると、スティルは焦った表情でキョロキョロと辺りを見渡した。
スイープの姿はない。胸を撫で下ろすスティルだったが━━
「コラッーー!! スティル、アンタまた悪さしたのね!? トレセン学園ではやっていいイタズラと悪いイタズラがあるんだから! トレセン島で薬草を一杯手に入れたから、早速悪魔を鎮める治療をしてあげるわ!」
「ウワッー!? 出ました!」
「あれ、マーチャンもいるじゃない! アンタ、久しぶりに戻ってくるなら連絡くらい寄越しなさいよ。トレセン島でマーチャンを治す薬草も探したんだからね! さっそく治療薬の調合に取りかかるわ!」
小さな体に大きな帽子の大魔女が凄まじい追い込みでやってきた。
スティルとマーチャンの首根っこを掴み、自分のテリトリーに連れていく。マートレやメノ、ライトオの存在などお構いなしだ。
「マーチャンの体は、最新の治療薬でも治りません。それでもスイープは、諦めないのですね」
「当然よ! カガクで治らないからなんだっていうの、魔法に不可能はないんだから! 今日がダメでも━━いつか必ず、またスカーレットやウォッカも入れて5人で走るんだからね!」
「ふふ……本当に、マーチャンは幸せ者です。レンズさん。安心して、自分のトレーナー人生を生きてくださいね」
スイープがマーチャンとスティルを連れていく姿は、マーチャンの現役時代となにも変わらない光景だった。
それを見て、マートレはボロボロと涙を溢している。
「何はともあれ事件解決ですね。まさかマーチャン本人に会えるとは思いませんでした。お盆には帰ってきてみるものです」
「カルストンライトオ……最後に一つだけ聞かせてくれ。君の最速記録だって、いつかは追い抜かれ忘れられていくかもしれない……そうなったら、君はどうする……」
マートレの問いかけ。それはすべてのウマ娘に関わる問題だ。
しかし、ライトオは迷うことなく、最高速でこの事件最後の言葉を口にした。
「いつか、誰かが私の記録を打ち倒すだろう。だがそれは今ではないしお前にでもない。私たちウマ娘にできるのは━━今のこの瞬間、このレースでは自分が最速だと刻み付けることだけだ」
今年のアイビスサマーダッシュは盛り上がりましたね。ライトオのタイレコードと聞いて驚きました。
あと、今回の話とはあまり関係ありませんが鬼滅の映画面白かったです。