直線検事カルストンライトオ 事件解決も最速です 作:じゅぺっと
直線最高速ウマ娘、カルストンライトオは同期のアグネスタキオンと共にタキオンの理科準備室で動画投稿サイトUMATUVEを見ていた。
着物姿のカフェが、ろうそくの前で静かに怪談噺を語る動画だ。
『いつも、私とお友達が、あなたのことを、見ていますよ……』
カフェからトレセン学園の企画でお盆に3日続けて怪談噺を投稿することを事前に聞いていたタキオンは、同期であり友人の姿を見てご満悦だ。
「いやぁ、ウマ娘にも衣装にはよく言ったものだねぇ! さすがカフェ、噺も着物もサマになっているじゃあないか!」
「あんなにゆっくり静かに話しているのに思わず聞き入ってしまった。さすが私と同じ時代を生きた黒髪直毛ロングなだけはあるな」
普段動画など猫とレース関連のものしか見ないライトオも感心して頷いた。
「ところでライトオ君、君はあれらの怪談噺の真実はなんだと思う? 検事ウマ娘として、気にならないかい?」
カルストンライトオの父親は検察官を勤めており、真実をまっすぐ最速で追求する姿勢はライトオにも受け継がれている。
よって、トレセン学園の中で事件が起これば直線検事として最速で解決に臨む……のだが。ライトオは首を振って否定した。
「あれは作り話だ。真実もへったくれもあるまい」
「つれないことを言わないでおくれよ! せっかく同期のウマ娘がレース以外で活躍しているんだ、この動画を肴に紅茶でも飲もうじゃないか。美味しい人参クッキーもあるよ」
タキオンは2人分の紅茶のお湯を沸かしつつ、自分の手元にあったお菓子をお皿に移し始める。
こうなったタキオンは自分の話に付き合うまで帰さないことはライトオもわかっていた。
「まぁ今日は休息日だ。いいだろう、付き合ってやる」
「ふふ、話が早くて助かるよ。まず第一の怪談についておさらいしようか」
お湯を沸かしつつ、カフェの最初の怪談噺を再生するタキオン。
トレセン学園名物の大樹のウロに叫ぼうとしたところ、ウロの中から呼び掛ける声が聞こえ慌てて逃げ出したという噺だ。
「ライトオ君はハイウェイヒプノーシスという現象を知ってるかな?」
「知らん、わかるように説明してもらおう」
「簡単に言えば、長時間単調な道を車でずっと走り続けていると意識が低下し『自分はずっと同じ景色を見ている』という夢を見せる現象さ」
「それがどうした。まさかあのウマ娘がマルゼンスキーよろしく車をかっ飛ばしていたとでもいうのか?」
ライトオの否定的な言葉に、タキオンは淡々と言葉を続けた。
「私たちには車並みの足があるだろう? あのウマ娘は精神的に追い込まれていた。闇雲で単調なランニングを繰り返した結果、彼女はウロに向かう途中でハイウェイヒプノーシスの陥ってしまったのさ」
「何故その現象が起こったと推測できる? あの話は大樹のウロから呼び掛ける声が聞こえていた。同じ景色を見続けるだけならそうはなるまい」
「怪談噺の中で、本来のウロの回りとは違う光景だったとあるだろう? 恐らく彼女がトレーニングで走っていた光景がそのまま投影されたのさ」
カフェの噺の中ではウロの回りが鬱蒼とした並木道に見えていたらしい。直前までそういう道を長時間走っていたならあり得なくもない、とのことだ。
「そして『おーい、おーい』と呼び掛ける声だが……あれは恐らく、ウロの中からではなくルームメイトの声だったんだ」
「確かに噺のサゲで寮の門前でルームメイトに心配されて終わっていたが。ルームメイトは寮の前で待っていたはずでは?」
ウロの中からの呼び声に恐怖したウマ娘は必死に逃げ、ふと気がつくと寮の門前でルームメイトに心配そうに抱き締められていた。そんな終わりだった。
「ルームメイトはふらふらの彼女を見つけてもっと前から彼女に寄り添い、呼び掛けていたのさ。しかし彼女はハイウェイヒプノーシスによりその声に気付かなかった……いや勘違いをしたんだ」
「勘違いだと?」
「ああ。これは、自分の覗き込むウロの中から呼び掛けているのだとね。
そして逃げる彼女を追いかけ、寮の門前で捕まえたところでようやく彼女はハイウェイヒプノーシスから覚めた。これが第一の怪談の真相さ」
一応、辻褄は合っているような気がしないでもない。これが本物の事件ならムジュンを追求するところだが、あくまで動画の作り話だ。
「さて、どうだったかなこのカガク的考察は。君は検事の娘だが、同時に科学者の娘でもあるだろう? 未知の現象をロジックで解明することにロマンを感じないかい?」
ライトオの父親は検察官であり、母親はウマ娘にして光の科学者だ。母親の存在はライトオが光の速さにこだわる理由でもある。
「そうだな、とりあえずこの人参クッキーはとても美味い。紅茶の味もなかなかだ。どちらかといえば珈琲に合いそうな味なのが惜しい」
「ライトオくーん? 人の話を聞いていたかーい?」
「もちろん聞いている。面白い推理だ、小説家になった方がいいんじゃないか?」
「ハッハッハ! そういうのはデジタル君の領分さ。私が書く文章は診断書と研究レポートくらいのものだよ」
ライトオ的には、お菓子と紅茶のついでに聞く話としては悪くないと褒めたつもりだった。
タキオンもライトオの性格はわかっているので気を悪くすることもない。
「それで第二の怪談についてはどう思う? まさかあれも寝ぼけていたのだろうか」
今度はライトオがパソコンを弄って二つ目の怪談を再生する。
あるウマ娘が、トレーニングでレース本番さながらの模擬レースをするためハロン棒を用意するよう言われた。
しかし直前まで忘れていた彼女は慌ててハロン棒をコースに置き、いざ走ってみると数字が間違っているどころか数字とも文字ともつかないものになっていた。
怯える彼女はトレーナーに叱られる声で気がつくと━━そもそも彼女はスタートすらしておらず、当然数字も本来のものだったという噺だ。
「二つ目の怪談だが……あれは恐らく、ゲート難の一種だろうね。トレセンウマ娘特有の怪現象さ」
ゲート難。金属製のゲートはレース本番なら必ず使われ、模擬レースなどでも使用されるものだが不思議と出入りを拒むウマ娘は多い。
「冷静に考えて、我々ウマ娘は皆レースの勝利のためにゲートに出入りするはずなのに出入り拒否とか意味不明だな。やる気あるのか?」
「まったく同感だが……実は、スカーレット君もゲートは嫌いらしくてね。まぁ彼女の場合それが真っ先に飛び出して逃げを打つのに役立っているからいいんだが」
「あいにくお前の娘自慢にまで付き合うつもりはない。さっさと怪談に話を戻せ」
脱線しかけた話をライトオが最速で軌道修正する。
タキオンも失敬、と一端紅茶を一口飲んだ。
「ともかくゲートの出入りに苦痛を覚えるウマ娘は珍しくない。怪談の中の彼女も模擬レースのことを直前まで忘れていたくらいだ。気乗りしていなかったことが伺える」
「やる気があったら確かに忘れないだろうからな。不調か、体力がなかった可能性はありそうだ」
「ああ、そして彼女はトレーナーにそれを言えなかったんだろうね」
いくらレースへの熱意があっても、気分が乗らないし体がついていかないこともある。
トレーナーとウマ娘に適切な信頼関係が結ばれていればいいが、皆が皆そうではない。
「やる気も出ない上に、慌ててハロン棒を入れてしまい数字を間違えたかもしれない。そんな状況で苦手なゲートに入った彼女は……怖くてゲートから出られなくなってしまったのさ」
「異議あり! その発言は、彼女がハロン棒におかしな文字が書かれているのを見たこととムジュンしている!」
あくまで作り話なので別に異議を唱える必要もないが、ライトオも話を聞いているうちに気分が乗ったので突っ込んでみた。
タキオンもにっこりとライトオの異議を受け止めた。付き合ってくれて嬉しいのだろう。
「問題はそこなんだ、カフェの怪談噺によれば彼女は何周もコースを回り、その度にハロン棒におかしな文字が書かれていた。しかし実際にはスタートすらしておらず、他のウマ娘にも不思議そうに見つめられていたようだからね」
「なんだ、ではまた幻覚説なのか?」
「その可能性もなくはないが……それでは面白くないからね、こんな仮説はどうだろう?
彼女はハロン棒を立てた後、軽くコースを走っていたんだ。トレーナーや他のウマ娘が来る前にね」
ハロン棒は直前に入れたらしいが、それをトレーナーや他のウマ娘に咎められている描写はない。一応筋は通っている。
「ウォーミングアップがてら、彼女はコースを漫然と走りながらハロン棒を見たんだ。ぐにゃりと歪んだ数字を」
「だが、結果的にハロン棒はちゃんと入っていた。なぜそんな見間違いを?」
「先の通り、我々の走る速度は自動車並み。走る車の中から景色を見ていると近くのものは流れて見えることがあるだろう?」
「そうだな、だが真剣に走っていればしっかりと見え━━いや、そういうことか」
ライトオはタキオンの言いたいことを理解した。
やる気のでない模擬レース、漫然としたウォーミングアップ。そんな状態でしっかり入れたかわからないハロン棒を見れば数字が歪んで見えても無理はない。
「そんな状態で、ゲート難のウマ娘がゲートに入ってしまえば……自分は何周もしたと思い込んだまま、ゲートから出られなくなってしまう。第二の怪談については、こんなところだろう」
「フッ、間抜けな奴だ。キチンと最高速を追い求めないからそうやって痛い目を見る」
ゲート難、漫然としたトレーニング。どれも最高速を追い求めるライトオには無縁だ。
人参クッキーをさくさくと食べながら、タキオンは最後の怪談噺を再生する。
「さて、真剣に走ることへの大切さを思い出したところで3つ目は走りとは関係のない、学校の怪談のような噺だったね。まぁ、これは実に単純だよ」
「ふむ、最後の噺は深夜にこっそり部屋を抜け出したウマ娘が最上階から一階まで降り、最上階に戻ったはずがまだ上に続く怪談があってビックリしたのだったな」
寮には深夜部屋を出てはいけない決まりがある。主にウマ娘の睡眠を妨げないためだ。ウマ娘は物音に敏感なため、夜中にうろうろされては寝不足になってしまう。
「彼女は他のウマ娘を起こさないよう極めて慎重に真っ暗な階段を降りた。そして人参クッキーにありついてほっと一息したはずさ」
「完全に覚醒したにも関わらず、人参クッキーを食べただけでかなり眠くなっていたようだからな。しかし、上るときに階数を間違えたわけではないだろう?」
怪談の中のウマ娘は上の階段を見て驚き、急いで部屋に戻った。そして翌日恐る恐る階段を見ると上の階段など存在しなかった。というサゲだ。
つまり、自分の部屋である4階まではしっかり上ったことになる。
「なぁに、さっきも言ったがこの噺は実に単純だよ。確かに寮の最上階は4階だが……そこから屋上へ続く階段があるだろう? 彼女はそれを見て驚いたのさ」
「異議あり! その発言は、翌朝彼女が階段を確認してなにもなかったこととムジュンしている!」
再びライトオが異議を唱えた。しかしタキオンは織り込み済みと言わんばかりに小さく指を振った。
「そりゃそうさ。だって階段は2つあるが屋上への階段は1つしかないだろう? 早い話が、彼女は行きと帰りで違う階段を上っていたのさ。降りるときは屋上への階段がない方、上るときは屋上への階段がある方。
そして翌朝確認したのは、屋上への階段がない方……というわけだね」
「なるほどな。人参クッキーを食べて眠くなり、うっかり上る階段を間違えてしまった。そして屋上への階段を見て慌てふためいて自分の部屋に戻ったので気付かなかったと」
ライトオは納得し、人参クッキーをつまもうとしたが、いつの間にかクッキーはなくなっていた。
結構話に夢中になっていたらしい。時計を確認し、ライトオはすっと立ち上がった。
「いいお茶の時間だった。クッキーもなくなったので私は帰らせてもらおう」
「待った! もうすぐカフェが戻ってくるはずなんだ、帰るのはカフェにお礼の1つでも言ってからでも遅くないだろう?」
タキオンの言っていることはおかしくない。だが、ライトオはその態度に何か不穏なものを感じ取った。まるで今ライトオに帰られると都合が悪いと言わんばかりだ。
ちょうどその時、コン、コンと。静かにノックの音がした。
ドアを開けたのは、マンハッタンカフェ。本人。怪談噺をしていた彼岸花をあしらった黒い着物を着ている。
「ライトオさん……いらしたのですね」
「こんにちはカフェ。動画を見ましたが見事な怪談噺でした。さすが私と同じ直毛ロングです。ではカフェも来たので私はこれで失礼する」
「おい待て失礼するんじゃあない! カフェ
、ライトオくんと君の怪談を聞いていたんだ。あの怪談噺をカガク的に考察するならどういうことになるのかとね」
立ち去ろうとするライトオの肩を掴むタキオン。これは絶対何かあるとライトオは確信した
事実、カフェは2人の会話など半分も聞いていないようで部家の一角をキョロキョロと探す。
「タキオンさん、ライトオさん……私がトレーナーさんに作った特製の人参クッキー、どこにやりました?」
真夏だというのに、あまりに冷えきった声だった。
ライトオとタキオンの中間には、さっきまで人参クッキーの盛られていた皿がある。2人が食べたのがカフェの人参クッキーであることは火を見るより明らかだ。
ライトオは、最速でカフェに頭を下げて弁明した。
「待った! カフェ、お前の人参クッキーを食べてしまったことは素直に謝罪しよう。だが私はこれがカフェのものだなんて知らなかった。タキオンにお菓子があると言われたからてっきりタキオンのものだとばかり」
ギロリ、と2人を睨むカフェの目は動画よりも遥かに怖い。ライトオの世代でよく怒るのはタキオンとポッケだが、本気で怒ったときの怖さはカフェがダントツだ。
謝りつつも責任はタキオンにあると主張するライトオに超光速でタキオンは反論した。
「異議あり! ライトオくん、嘘はいけないねぇ。君はあの人参クッキーがカフェのものであると知りつつ食べる手を止めなかった。そうだろう?」
「何をバカな。私がこの部屋に入ったときにはあの人参クッキーはタキオンの側にあった。カフェのものだと私にわかるはずがない!」
「ふふふ……この録音を聞いても同じことが言えるかな!」
タキオンは、途中でこれがカフェの人参クッキーであると気付いたからこそライトオを無理に引き留めたのだろう。一緒に怒られるウマ娘がいれば怒りを分散できるからだ。
タキオンが機械のスイッチを入れると、ライトオの声が再生される。
【そうだな、とりあえずこの人参クッキーはとても美味い。紅茶の味もなかなかだ。どちらかといえば珈琲に合いそうな味なのが惜しい】
「ライトオ君は人参クッキーを食べるなり紅茶より珈琲が合いそうな味と言った。つまり……君は、人参クッキーがカフェのお手製であることに勘づいていながらあまりの美味しさに手を止められなかったのさ!」
タキオンの指摘に、ライトオは最高速で思考を直進させた。
しかし、なにも反論できる材料はなかった。
逆転無罪をつきつけられた検事のように、ライトオは大きくのけぞった。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおお! なにも言い返せない! あまりに美味しくてつい!」
「お二人とも……動画でも言いましたが、度が過ぎたいたずらは看過できません……あれは今夜……トレーナーさんとお供えするために作った大事なものなのに……」
理科準備室の部屋がガタガタと揺れる。明らかにこの世の物理法則や心理現象を無視した力が働いていた。
その力が、タキオンとライトオに襲いかかる。
「あっー! 私の書きかけの因子研究レポートが燃えた!」
「やめろ! 私の直毛にパーマ液とブリーチ液をかけようとするのはやめてくれ!」
いかにライトオが最高速、タキオンが超光速といえど超常現象を支配するカフェの怒りからは逃れられない。
ライトオとタキオンの命すら危ぶまれたとき━━カフェのスマホに着信が入った。
「もしもし……トレーナーさん。実は……え? お墓参りの後で一緒に花火を? 動画の話もしたいからお友達も交えてゆっくり……ええ。ええ。わかりました……すぐ、向かいます……」
冷えきったカフェの声が、打ち上げ花火のようにどんどんテンションが上がるのがわかった。部屋の中の超常現象がピタッと止まる。
着物姿で頬に赤みが差し、幸せそうにスマホの着信を眺める姿はごく普通の女の子だ。
すかさず、ライトオはカフェに進言した。
「カフェ! この詫びは必ずする。だから今は着物デートへ向かうといい。お盆はお前にとって大切な日なのだろう?」
「そうだとも! 確かにお菓子を食べてしまったのは私たちの不注意だが、同期として君のことを応援しているんだ!」
2人とも、嘘はついていない。幽霊が見え、超常現象を支配し他の誰にも見えない『お友達』を追いかけて走る特徴こそあれ静かで普通のウマ娘であるカフェのことを大切な友人だと思っている。
「仕方ありません……わざとではなかったと信じて今日だけは、許してあげます……では……失礼します……」
カフェもそれはわかっているからこそ、追求せず着物姿でしずしずと理科準備室から出ていった。スキップでもしそうなくらい楽しそうだった。
「いやぁ……危なかったねぇ……因子研究レポートが3つとも燃えていたら立ち直れないところだった」
「まったくだ、もう少しで髪の毛がべたべたに汚された挙げ句曲線まみれになって恥ずかしさで外を出歩けなくなるところだったぞ」
「君とカフェはウェーブヘアをなんだと思っているんだい……?」
カフェの怒りを免れたライトオとタキオンはほっと胸を撫で下ろす。
そしてライトオは、怪談噺におけるある意味お決まりの真実を口にした。
「やはりこの世で一番怖いのは幽霊ではなく生きたウマ娘だな。激情に支配されやすい若い娘が人間よりも遥かに速い足と強い力を持っていることがこの世で一番のホラーかもしれん」
「なぜウマ娘は女性しか存在しないのか……それを合理的なカガクで説明することは、この先一生できないかもしれないねぇ」
お盆のカフェの怪談噺と着物姿があまりに素敵だったので投稿しました。
今回ライトオはほとんど推理をしていませんが、たまには同期組とドタバタしている話も書きたいですね。