直線検事カルストンライトオ 事件解決も最速です 作:じゅぺっと
「開廷ッ! これより、昨日エルコンドルパサーが何物かに後頭部を殴られ気絶した事件の裁判を執り行うッ!
検察側、弁護側、準備はよろしいだろうか!」
体育館の壇上で、理事長秋川やよいが宣言する。
トレセン学園の体育館は普段トレーニングやスポーツで活気に満ちている。しかし今日は裁判所のような厳粛さがあった。
たくさんのウマ娘達が見守る舞台の両サイドには、検察側と弁護側と呼ばれた2人のウマ娘が立っている。
「検察側、カルストンライトオ。元より」
「弁護側、ヒシミラクルです。準備は……ほどほどに完了してますね」
2人は制服ではなくお互い勝負服、特にライトオは父である検察官の服装をモチーフにしているため本物の検事のようだった。
秋川やよいは、己の扇子でビシッとライトオを指した。
「ではカルストンライトオ、冒頭弁論を頼むッ!」
「わかりました。冒頭弁論から有罪判決まで、3分でカタをつけましょう。それくらいこの事件は単純です」
ライトオは手元に用意した資料を早口で読み上げはじめる。
「被害者は黄金世代の1人エルコンドルパサー。彼女は昨日の掃除の時間中に、音楽室で頭から真っ赤な液体を垂れ流して気絶しているのが発見された」
「恐怖ッ! まさかこの学園でそのような事件が起こってしまうとは……」
「さらに、倒れたエルコンドルパサーが指を伸ばした先には真っ赤な液体で『グラス』と一直線なメッセージが記されていた。これが証拠写真だ」
ライトオが、一枚の写真を取り出す。同時に用意されたディスプレイに写真の映像が映った。
表示されたのは言葉通り、うつ伏せに倒れたエルコンドルパサーが右手を伸ばし、指で『グラス』と書かれている。赤い液体と共に、陶器の破片も飛び散っていた。
トレセン内で起こった惨事に、理事長は震えながら言った。
「そ、それは……いわゆる【ダイイングメッセージ】ではないか!」
「死んではいないが、第一発見者のデュランダルとダンツフレームによって保健室に運ばれ、本人は前後の意識がはっきりしない状態だ。だが、昨日エルコンドルパサーと一緒の掃除当番はグラスワンダー。そして赤いメッセージ。犯人はもはや推理の必要もなく明らかだ。理事長、速やかに有罪判決を」
「ううむ……確かに決定的な証拠だな」
いつも通り、最速で事件を解決しようとしたライトオ。しかし、そこで弁護側のヒシミラクルが手を上げた。
「ま、待った! 理事長さん、グラスちゃんは自分が犯人ではないと言っています!」
グラスワンダーは、被告人用の席で座布団の上に座っている。手前には木製の台の上に彼女の愛刀である薙刀が置いてあり、まるで切腹前の武士のようだ。
「確かに普段エルにお仕置きすることはありますが……昨日の件は、私の仕業ではありませんので~」
「うむ、トレセン学園内でも特に有名な黄金世代の名コンビであるからな!」
「ふふ……エルったら、3日前も私の納豆に唐辛子ソースをかけたあげく、『これはエルの中の内なるルチャのせいなんデース!』などと言い訳をしまして……」
「そんなスティルちゃんじゃないんだから」
「ええ、彼女も『インブリードというやつデース!』と……それを言うならインスパイアでしょうに」
自分が犯人扱いされる空気のなか、目を細めてお茶を啜っている。穏やかな言葉だが逃げも隠れもしない、不退転の覚悟だ。
引退してからはとても穏やかになったが、その切れ味は鋭く今でも怒らせてはいけないウマ娘筆頭だ。
ライトオはそんな相手だろうと臆することはない。
「フッ、口先ではなんとでも言える。グラスが犯人でないというなら弁護側として反論してもらおうか。ちなみにグラス本人のアリバイはない。別の部屋を1人で掃除していたらしいからな」
「反論……と言われましても……」
ライトオは検察官の娘としての心得があり、トレセン学園でも様々な事件を解決してきたがヒシミラクルは弁護士とは縁もゆかりもないし推理が得意なわけでもない。
なのにヒシミラクルが弁護席に立っているのは理由がある。
「グラスワンダーが犯行を否定したため、裁判で真実を明らかにしようとカルストンライトオが起訴し、ダンツフレームの頼みでヒシミラクルが弁護を引き受けてくれたそうだ、勇気ある行動に感謝ッ!」
「はい……わたしはその場にいなかったけど、ダンツちゃんがグラスちゃんは犯人じゃないっていうならそれを信じます」
「残念だがそれは勇気ではなく無謀のようだ。更なる決定的な証言を聞かせてやろう。理事長、第一発見者のデュランダルを召喚したい」
「承知ッ! デュランダルよ、入廷をお願いするッ!」
理事長が舞台袖に控えていたデュランダルを呼ぶと、彼女は己の聖剣を携えて堂々と入廷した。
「騎士デュランダル、馳せ参じました。学園を脅かす悪しき刃……この聖剣で絶ちきってみせましょう!」
「うう……まさかライトオちゃんだけでなくデュランダルちゃんまで敵になるなんて……」
デュランダルは、聖剣を被告人席のグラスワンダーに向ける。
悪しき刃呼ばわりされたグラスワンダーは、相変わらずニコニコしていた。
「うむッ! ではデュランダル、証言を━━」
「あっ忘れてた。理事長、ケイちゃん……もといケイエスミラクルからエルコンドルパサーの診断書を預かっている。これも証拠品として提出したい」
わざわざ証言前に被せてライトオが提出した紙には、こう書かれている。
【被害者:エルコンドルパサー。
後頭部打撲による失神、前後の記憶の混濁。
出血、及び命に別状はなし。
診断者:ケイエスミラクル。
ライトオ、ミラクル。裁判頑張ってね】
「ケイちゃん……応援してくれてるんだ」
「理学療法士の資格をもつケイちゃんに誤診は100%ないと思っていただこう。では改めて証言を。哀れなナイト……デュランダルに」
「証言前から哀れまないでくれる!?」
聖剣をまっすぐ構え、デュランダルは発見時の証言を開始した。
「私はダンツさんと掃除の途中、何やら戦場の匂いを感じとりました。
匂いのする場所に向かうと、なんと真っ赤に染まったエルさんの亡骸が!!
彼女は同じ掃除当番のグラスさんにその薙刀で斬られ、教室をその血で真っ赤に染め上げたのです!!」
自信満々の笑顔で証言を終えるデュランダルに、理事長は目を丸くして言葉を失っていた。
ライトオは、時間が惜しいと言いたげにミラクルを指差す。
「さぁ弁護士の仕事ですよ、ミラ子さん。デュランダルを尋問し、ムジュンを指摘して証拠品をつきつけてください。私は検察側としてここに立っているのでデュランダルがいかにアホなことを言おうとツッコミができません」
「誰がアホよ!?」
「いつもライトオちゃんがやってるみたいに……異議あり! 今の発言は、この証拠品とムジュンしています!」
ライトオに比べてふんわりとした声。しかしウマ娘らしく勢いよくバンッ! と机を叩いて先ほど提出されたばかりの診断書を指差す。
「ケイちゃんの診断書によれば、エルちゃんは打撲で出血はなかった……つまり、薙刀で斬られたわけではありません!!」
「納得ッ! 確かにムジュンしているな!」
「ああっ!?」
「ぐおおおおおおおっ!!」
デュランダルとライトオが、ムジュンを指摘され大きくのけぞった……が、ライトオはミラクルではなく時計を見ていた。
「もう3分経ってしまった、おのれデュランダル!」
「くっ……騎士デュランダル、一生の不覚……」
「やった! これでグラスちゃんの無罪は証明でき━━」
「待った! ミラ子さん、この赤い液体が血ではないと主張するなら赤い液体の正体について答えてもらおう。凶器が刃物であろうとなかろうと、このメッセージはグラスワンダーが犯人だと示しているのだから」
「え゛……」
すかさずライトオが弁護側に要求する。
証拠品には、確かに赤い液体が飛び散っており『グラス』というメッセージも残されている。
理事長も、首をかしげてミラクルに尋ねた。
「疑問ッ! 血でないのは幸いだが、ではこの赤い液体はいったいなんなのだろうか?」
「えー!? ライトオちゃん、実はわかってたりしない!?」
「フッ、何を甘いことを。検察官としてここに立った以上、被告人を最速で有罪にする。それが私のルールだ」
やれやれと肩を竦めて首を振るライトオ。なにか知ってそうだが、教えてくれるつもりはないらしい。
「むむむ……デュランダルちゃん、さっきの証言についてもう一度確認させて! もしくはダンツちゃんの証言を聞かせてください!」
「ダンツさんはエルさんの看病をなさっています。そして騎士デュランダルはどんな過酷な尋問にも屈しないッ!」
「今そういうのいいから!」
「あっ、はい……」
ヒシミラクルもだてに戦国武将やギリシャ神話じみたウマ娘と長く付き合っていない。デュランダルに素直に証言してもらうことにした。
「エルちゃんのいた音楽室から匂いがしたっていうけどどんな匂いだった?」
「そうですね……掃除用ワックスの匂いに混じって、何やら甘辛い匂いがしてきて。不自然に思ってダンツさんと音楽室まで向かったのです」
「ワックスがけしてたんだ。ダンツちゃんと掃除してたみたいけど、ライトオちゃんはいなかったの?」
ミラクルの記憶だと、ダンツとデュランダルが掃除当番の際はライトオも一緒だったはずだ。
その質問には、ライトオも最速で答えてくれた。
「私はその時非常に重要な事件に立ち会っていたからな。途中で掃除を抜け出していた」
「非常に重要な事件って?」
「ネコちゃんが木から落ちそうになるのを発見して最速で窓から木に飛び乗った。勢い余って体を木にぶつけて膝小僧を擦りむいて今日は走るの禁止とトレーナーに言われたがネコちゃんを守れたので悔いはない」
「ライトオちゃん、アスリートなんだから自分の体を大切にね……?」
「そんなことより赤い液体の正体はわかったか? わからないならこのままグラスのメッセージを決定的な証拠とさせてもらう」
相変わらずのライトオだが追求には容赦がない。ヒシミラクルは自分を信じてくれたダンツのために必死に頭を回転させる。
(掃除用ワックスに混じった、甘辛い匂い……赤い液体に、被害者のエルちゃん……そうか!)
その時、ふと閃いた! このアイデアは、裁判の時間稼ぎに使えるかもしれない!
「赤い液体の正体は……とうがらしソースです! エルちゃんは辛いものが大好きで、いつもとうがらしソースを持ち歩いている……それは皆さんご存知のはず!」
食堂でもエルが手持ちの辛口ソースを勢いよくかけ、グラスの服や食事にかかって怒られているのはよくあることだ。グラスもさっき言及している。
「犯人は、エルちゃんを何かで重いもので殴って気絶させた後、彼女のとうがらしソースを血のようにばらまいた。
そして、気絶したエルちゃんの指で『グラス』と書いてグラスちゃんに罪を押し付けたのです!」
「きょ……驚愕ッ! あのダイイングメッセージは、真犯人による偽装工作だったというのか!」
理事長が驚き、傍聴しているウマ娘たちがざわめいた。
これ幸いと、ヒシミラクルは畳み掛ける。
「そうです! エルちゃんが出血していない以上、あんな風に赤い液体が飛び散っているのは不自然……真犯人による偽装作戦に違いな」
「異議あり!!」
カルストンライトオの一直線な異議ありが体育館に響き渡る。机をバンッと叩き反論してきた。
「あの赤い液体の正体はとうがらしソース……それは認めよう。だがあれは偽装工作などではない。正真正銘、被害者が殴られたときに飛び散ったものだ」
「そんな! だってエルちゃんの持ってるケチャップみたいなとうがらしソースで殴って気絶させられるわけが……」
「理事長、今一度証拠写真を見ていただこう。赤い液体と共に、陶器の破片が飛び散っているのがわかるだろう」
ライトオが再び倒れたエルの写真をディスプレイに移す。
そこには確かに唐辛子ソースと共に小さなガラスの破片が飛び散っていた。
「鑑識のビリーヴに頼んで陶器の破片を復元してもらったところ、これは大豊食祭で収穫した野菜を保存する容器と一致した」
ライトオは、復元された陶器を提出する。
顔くらいの大きさで、一部欠けはあるが、バラバラになった陶器をほぼ復元していることから引き受けたものの真面目さが伺えた。
しかし、ヒシミラクルはその容器に心当たりがない。
「大豊食祭の? でも、わたし、こんな容器見たことないけど……」
大豊食祭とは、理事長の発案によって美味しい野菜を育てるプロジェクトだ。
にんじん、にんにく、じゃがいも、とうがらし、いちごの5種類の畑が存在する。
それぞれの野菜に管理するウマ娘がいて、黄金世代の中心人物でもあるスペシャルウィークが全体の管理者となっている。
しかし、理事長は慌てて口にした。
「ま、待ちたまえ! 確かにその容器は大豊食祭のものだが……それを個人的に持ち出すことは禁止されているはずだ!」
「ええっ!?」
「その通り、大豊食祭の畑でとれた野菜はあくまで学園が管理するもの……味見に生で1本かじるくらいならともかく、保管容器を個人利用することはルール違反だ。そして、肝心のとうがらし畑の管理者……それは被告人のグラスワンダーだ!」
「で、では……グラスワンダーはとうがらし畑の管理者でありながら野菜泥棒を働いていたというのかッ!」
ざわざわと体育館がどよめく。理事長から容器の件が出たことで、すっかりグラスに疑いの目が向いてしまった。
「グラスはとうがらしソースの入った容器を持ち出した。もしかしたらエルに横流しをしていたのかもしれん。しかし何らかの理由で陶器はエルの後頭部に直撃、己の不正が発覚するのを恐れたグラスは現場から逃走……それが、この事件の真実なのだ!!」
「そ、そんなー!? グ……グラスちゃんはそんなことしません!」
「理事長! 弁護側はろくな反論もないそうだ。ペナルティを。そして……検察側は、この事件の犯人を大豊食祭の野菜泥棒として告発する!」
ヒシミラクルも頑張って反論しようとしたが、具体的な根拠が出てこない。
救いを求めるようにグラス本人を見てみると……相変わらず、平常心でお茶をゆっくり啜っていた。
「どどど、どうしようグラスちゃん!」
「ふふ……ミラクルさん、落ち着きましょう。例え有罪判決を受けても我が心は不動です」
「有罪判決受けたらエルちゃんはともかく野菜泥棒扱いされちゃうんだよ!?」
「きっと大丈夫、だって私はミラクルさんと……ライトオさんを信じておりますので~」
嫋やかで、芯の強い言葉だった。そしてヒシミラクルだけでなく、ライトオのことをチラリと見た。
ライトオは、やはり自信満々の笑みを浮かべてチッチッチと一直線に伸ばした人差し指を振る。
「信じたところでこの裁判でグラスを起訴した以上、私は最速で被告人を有罪にするのみ。さぁミラ子さん、反論はありますか?」
この裁判を起こしたのはライトオだ。そして検察側としてグラスワンダーを有罪にしようとしている。
……ここまで議論して、ミラクルはある疑問を覚えた。
(ライトオちゃん、いつもは裁判なんかせずその場で犯人を見つけてるのになんで今回は裁判にしたんだろう?
弁護側にわたしまで用意して……傍聴ウマ娘もたくさん集まってる)
ライトオの行動はむやみやたらと速く、のんびり屋のヒシミラクルからしてみれば人生50倍速で生きてるのかと思うほどだ。わざわざ裁判形式にして、証人やら証拠やらを用意するのは彼女にしてはずいぶんと遠回りだ。
ヒシミラクルは、さきほどのライトオの言葉を思い出す。
(この事件の犯人を野菜泥棒として告発する……ライトオちゃん、もしかしたら……)
ヒシミラクルは、推理の心得などない。しかし、友達のことは信じているし信頼されればできる限り頑張れるウマ娘だ。
「……グラスちゃん! とうがらし畑を管理するのは、グラスちゃん1人でやってるんですか?」
「いいえ? ウララちゃんに、オルフェさんと一緒に管理していますよ。スペちゃん公認です」
「なにその組み合わせ!? ……でも理事長さん! 今の言葉をお聞きになりましたか! 大豊食祭の容器が使われたからといって、犯人がグラスちゃんとは限りません!」
「ふーむ……確かに、ヒシミラクルが言ったダイイングメッセージの偽装説はまだ否定できないしな」
「弁護側は、ウララちゃんとオルフェさんの証言を要求します! 2人から話を聞けば、なにかわかるかもしれません!」
その時だった。体育館で裁判を傍聴しているウマ娘の中から高らかな笑い声が響き始めた。
「ハッーハッハッハ! ヒシミラクルさん、残念ながらそれは不可能なのさ!」
「ええっ、オペラオーちゃん!?」
堂々と傍聴側から壇上に近づいて、ウマ娘ジャンプで一気に舞台に飛び乗るのは世紀末覇王、テイエムオペラオー。
グラスたち黄金世代の1つ下であり、直接対決の経験もある仲だ。
「ウララくんは虹の橋を渡って高知へ、オルフェさんは家族の皆様と無人島へバカンス中でね! あの2人はしばらく畑に来ていないのさ!」
「な、なんでオペラオーちゃんにそんなことわかるんですか!」
「オペラオーさんは……いちご組ですものね~よくウララちゃんと仲よく畑を耕してくれていました」
「ボクは見ているだけの王とは違うからね、 畑仕事も問題ないさ!」
どうやらグラスがとうがらし畑を管理するのと同様、オペラオーはいちごを管理する立場にあるらしい。
突然の乱入者だが、検察側のライトオは指で頭をトントンと叩いて真顔で言った。
「カモがネギしょってやってきたとはまさにこの事。とうがらし畑からあの容器を持ち出せたのはグラスワンダーのみ。あの赤い液体がとうがらしである以上、やはりグラスワンダー以外の犯人などあり得ない!」
「そ、そんな……やっぱり、わたしじゃ推理でライトオちゃんに勝てるわけ……」
弁護側で、がっくりと項垂れるヒシミラクル。しかしその時……今度はヒシミラクルのとなりに、1人のウマ娘が現れた。何か小さなものを持っているのか、両手をお椀のかたちにしている。
「ミラ子先輩……諦めちゃダメです!」
「ダンツちゃん! 来てくれたんだね!」
「はい、思ったより遅くなっちゃいました……ごめんなさい」
「こんにちはフレちゃん。しかし残念ながら証拠品は全て出揃いました。そしてその全てがグラスワンダーが犯人であると示しています」
「ハッーハッハッハ! その通り、舞台の主役でない君に状況を変えることなどできはしない!」
高笑いするオペラオー。しかしダンツは動じることなく手に持っていた小さな粒を見せた。
「これ……事件現場の音楽室に落ちていた野菜の粒です。赤い液体は拭き取っちゃったけど、なにか残ってないかなと思って……わたしも、ミラ子先輩に頼るだけじゃなくて力になりたかったから……」
「ダンツちゃん……! ああもう、本当に良い子……自慢の後輩……!」
こんな時でなければ抱き締めて頭を撫でてあげたいくらいだった。
しかしライトオは、肩を竦めて首を振った。
「フッ、ケッサクだなフレちゃん。努力は立派だが、現場に野菜の種が落ちていたということはやはり現場の赤い液体は大豊食祭のとうがらしソースだったことが裏付けられてしまったようだ」
「異議あり!!」
その言葉に、ヒシミラクルが渾身の力を込めてライトオを指差した。
深呼吸するミラクルに、ライトオは真顔で真意を問う。
「最後の悪あがきか? いいだろう、付き合ってやる。そして有罪判決だ」
「わたしも、きっとライトオちゃんも勘違いをしていました。エルちゃんの周りに赤い液体が飛び散っているならそれはとうがらしソース……辛いものに間違いないと。でも、あれが大豊食祭の畑でとれたものなら話は違ってきます」
「なに?」
ライトオが怪訝な顔をする。ヒシミラクルは、焦らず、自分のペースでゆっくり続けた。
「大豊食祭で採れる野菜……その中で赤い液体が作れるものが、とうがらし以外にもありますよね?」
「あ、ああああああああっ! まさか!!」
ライトオが誰よりも早くヒシミラクルの真意を理解する。いつも真顔のライトオが驚きに染まる。
「そう……あの赤い液体は辛いとうがらしソースではなく! 甘いいちごソースだったのです! ダンツちゃんが持ってきてくれた、このいちごの粒が証拠品です!」
「が……愕然ッ! ではまさか、犯人はグラスワンダーではなく……」
とうがらしを持ち出せるのが管理しているグラスワンダーであると同時、グラスにはいちごは持ち出せない。
いちご畑を管理しているウマ娘は……
「オペラオーちゃん……さっき言ったよね、自分はいちご組だって。いったいどういうことなのか、説明してくれる?」
ヒシミラクルは、ライトオを指していた指を━━今度は、オペラオーにつきつけた。
オペラオーはうつむき、肩を震わせたあと……より大きな声で、高笑いを始めた。
「ハッーハッハッハッハァ! なんと美しい逆転劇! と言いたいところだが……あいにく、それはムジュンしているのさ」
「ああまったくだ。事件現場の赤い液体がいちごソースだと? ではデュランダルが嗅いだ甘辛い匂いはなんだというのか。とうがらしソースが味付けのために甘辛になることはあっても、いちごソースが辛くなるわけがあるまい」
「うぐっ……!」
ライトオも最速で反論してきて、ミラクルも言葉に一瞬つまる。
しかし、そこでずっとのんびりお茶を啜っていたグラスが自分から言葉を発した。
「ミラクルさんの最初の推理……エルが普段から持ち歩いているソースで犯人はダイイングメッセージを偽装工作したと。きっと、あれは正しかったんですね」
「そ……そうか! オペラオーちゃんはエルちゃんの頭に陶器をぶつけていちごソースを撒き散らした後、エルちゃんのマイソースもぶちまけた。それで全部がとうがらしソースみたいに誤魔化し、さらにグラスちゃんの名前を書いた! グラスちゃんを犯人に仕立て上げるために! これが事件の全貌です!」
ヒシミラクルの主張に、ライトオは指で頭をトントンと叩いて思考を直進させる。
しかしなにも思い付かなかったらしく、大きくのけぞった。
「ぐおおおおおおおおおおっ! 反論の余地がない!」
「ハッーハッハッハ……ブラボー! ブラボー! さすが宝塚記念を制しただけのことはあるじゃあないか!」
オペラオーは、己の犯行を否定しなかった。手を叩き、素直にヒシミラクルとダンツフレームを称賛している。
「テイエムオペラオー! 君はなぜ、このような蛮行を……! 理由次第では、厳重な処罰をせざるを得ない!」
「フフフ……それはきっと、いたずらもののパックの仕業なのさ……」
「オペラオーちゃんがエルちゃんの後頭部に陶器をぶつけた理由……きっと、ワックスがけのせいです!」
エルコンドルパサーは掃除でワックスがけをしていた。そこへ何らかの理由でオペラオーがいちごソースの陶器をもってやって来て━━滑って転んだ。そして運悪く陶器がエルの後頭部に直撃した。
「……とにかく、これで全ての真実は明らかになった。野菜泥棒としてお縄につくがいいオペラオー」
「ハッーハッハッハ! ライトオさん、君が昨日膝小僧を擦りむいて走れないのはボクにとってはラッキーだったよ。ボクは今から━━有罪判決を受ける前に、逃げさせてもらう! あの有マ記念のように、例えここにいる全員が敵になったとしてもすり抜けてみせるさ」
オペラオーが、ジャンプして舞台から降りる。その言葉がハッタリではないことは彼女の競走成績が裏付けている。
「ま、待ちたまえテイエムオペラオー! たとえグラスワンダーが許すとしても、他人に罪を擦り付ける行為は━━」
「ふふ……やっと野菜泥棒が見つかりましたね、ライトオさんにお願いして裁判沙汰にしてもらった甲斐がありました」
グラスワンダーが、すっと薙刀を手に立ち上がる。その目はまるで野武士のように鋭かった。少なくとも、オペラオーを許す気は更々ないことが伝わってくる。
「ふふ……どうやら初めからグラスさんはボクの仕業だと勘づいていたようだね。しかしいかに君でもボクは捉えられまい!」
「それとオペラオーちゃん……あの有マ記念のようにすり抜けてみせると言いましたが。
その台詞……私とスペちゃん相手でも、同じことが言えますか?」
「!!」
バン! と体育館のドアが開く。そこにいたのは、大豊食祭の畑の全体管理者であり━━黄金世代のリーダー、日本総大将。
トレセン学園の顔役とも言えるウマ娘、スペシャルウィークだった。
「オペラオーさん! みんなの大事なお野菜を盗み、エルちゃんを怪我させて、グラスちゃんに罪を擦り付けるなんて……絶対許してあげません!!」
前門のスペシャルウィーク、後門のグラスワンダーにテイエムオペラオーは挟まれた。
どんな包囲網からも逃げ出せる世紀末覇王も、黄金世代の中のゴールデンコンビ相手ではなす術がなかった。
「儚きものよ……」
どんどん袋小路に追い込まれるオペラオーは、2人に挟まれて観念して呟いた。
「汝の名は……」
グラスの薙刀が突きつけられ、スペシャルウィークの怒りの形相に迫られ、最後の言葉を残す。
「オペラオーなりっ……!」
スペシャルウィークにがっちり捕えられ、オペラオーは判決もまたずに連れ去られていく。きっと大豊食祭の野菜を管理する立場としてお説教が下るのだろう。
「終演ッ! 真犯人は連れ去られてしまったが……これより被告人のグラスワンダーに判決を言い渡すッ!」
理事長が無 罪ッ! と書かれた扇子を広げる。
グラスワンダーは、壇上のヒシミラクル、ライトオ、ダンツ、デュランダル、理事長に向けて頭を下げた。
「この度は裁判をありがとうございました。こうして派手な場をもうければ、オペラオーちゃんも尻尾を出してくれるかなと思ったので……」
「フッ、まさか堂々と人目を引くことで派手好きのオペラオーを呼び寄せる作戦とは。尻尾どころか全身ド派手に現れたな。しかしいったい……オペラオーは、なぜいちごソースを……」
ライトオは最速だが、スタミナは少ない。長丁場の裁判の疲労でうとうとと崩れ落ちてしまったのを、騎士のデュランダルが支える。
エルの看病をしていたダンツが、その疑問に答える。
「エルちゃん、いちごソースととうがらしソースをすり替えてグラスちゃんを驚かせたかったんだって。とうがらしソースの容器でスイーツにいちごソースをかけてばくばく食べてやるデース! って」
「ふふふ……あらあら……オペラオーさんは、それでエルのために音楽室に……ふふふ……2人まとめてお仕置きの必要がありそうですね」
グラスの笑みが強くなっていくが、この後今度こそエルはグラスによって斬られるのだろう。この場にいる全員がそう確信した。
眠ってしまったライトオの代わりに、今回の裁判で弁護をつとめたヒシミラクルが締める。
「でもさすがスペちゃんとグラスちゃん。オペラオーちゃんを手も足も出ないくらい追い詰めるなんて……この先どんなに強いウマ娘が出てきても、トレセンウマ娘の顔はスペちゃん達なんだろうな~」
今作品ではなにげに始めての逆転裁判形式です。
前作の『ヒシミラクルはわからない』にてヒシミラクルが弁護する話を二回ほど書いたことがありましたがライトオとミラクルがイベストで思ったより仲良しだったので久しぶりに書きたくなりました。
カルストンライトオは自信満々に1本指をトントンしてるのが似合うしヒシミラクルは冷や汗を流しながら相手を信じてどうにかこうにか話を進めていくのが似合うなと思います。