直線検事カルストンライトオ 事件解決も最速です   作:じゅぺっと

28 / 38
はぐれ風紀純情派~湯けむりうまぴょい事件~

「ひとまず、女湯に盗撮カメラの類いはないな。この事件がガイドライン違反になることはなさそうだ」

 

 警察ウマ娘フェノーメノの頼みで、ゆこま温泉郷の治安を守るためゆこま旅館に滞在する検事のウマ娘、カルストンライトオ。

 どうせたいした事件など起こらないと保養を楽しんでいたライトオだったが、テイエムオペラオーとワンダーアキュートの元に彼女たちのトレーナーの半裸写真が届き、2人が鼻血を出してしまう事件が起こった。

 

 

「このままではオペアキュトレだけでなく他のトレーナーや、最悪ウマ娘まで盗撮被害に遭う可能性がある。一刻も早く解決しなければ」

 

 この事件のことはこっそり女将に報告し、今は温泉はメンテナンスという名目で立ち入り禁止にしている。

 ライトオは特別に女湯に入れてもらい、カメラの類いがないか探しており、男湯には男性の従業員に探してもらっている。

 ひとまず女湯を捜査し終えたタイミングで、メノから電話がかかってきた。ワンコールで出るライトオ。

 

「大変ですライトオ検事!」

「どうしたメノ、盗撮犯が現れたか?」

 

 メノには、脱衣所手前の入り口で見張りを頼んでいる。

 アキュートが鼻血を出して医務室に運ばれたあと、唐突に温泉が立ち入り禁止になれば犯人に動きがあるかもしれない。

 もし入浴禁止にもかかわらず温泉に立ち入ろうとする客がいれば、その人物が犯人である可能性が高い。

 メノは慌てた声で、状況を報告する。

 

 

「そ、それが……変態が編隊を組んでやってきました!!」

「は? 今はダジャレを言っている場合ではないだろう」

「冗談ではありません! そこを動くな! 全員確保ッー!!」

 

 電話口どころか脱衣所の向こうから直接響くメノの大声。

 とにかく、ライトオも最速で温泉を出て、メノのいる入り口に向かうのだった。

 

 

「まったく……あろうことかトレセン学園の名だたる皆さんが集団で男湯に忍び込もうなど、恥を知りなさい!!」

 

 メノとライトオによって男湯に忍び込もうとした不届きものたちは全員大ホールに正座させられた。

 ライトオは、メノから少し離れた場所で正座させられているウマ娘たちを確認する。

 

「先頭にヒシミラクルとノーリーズン。少し遅れてファインモーション。その外並んでアドマイヤベガか。ミラ子さんとノリ子さんはともかく、アヤベさんとファインさんまで覗きにくるとは何があったのだろうか」

「わたしとノーリーズンちゃんは理由もなく男湯を覗くようなウマ娘だと思われてるの!? 違うんです、これには深い訳が!」

「いや、男湯を覗いた理由などない! わしらはただ……ただ一度でいいから桃源郷を覗きたかっただけじゃ!」

「こんな時にウソつかないでくれる!? ややこしくなるから少し黙っててノーリーズンちゃん!」

 

 ゆるい普通のウマ娘、ヒシミラクルが思わず突っ込んだ。隣で笑いながら茶々を入れるノーリーズンのコンビ。

 当然、メノにそんな冗談が通じるはずもなく火に油を注ぐ結果となった。

 

「どんな理由があろうと覗きは犯罪であ゛り゛ま゛す゛! しかも……このような幼子たちまで巻き込んで!」

 

 メノは、少し離れたライトオのそばに座る2人のウマ娘を見る。どちらもトレセン生徒ではない、まだ小学生だ。

 

「デアリングタクトと申します。来年トレセン学園に入学する予定です。先輩方が何やら真剣な顔で温泉に向かったので事情を聴くタイミングを見計らっておりました」

「ほう、小学生のポニーちゃんにしては礼儀正しい挨拶ですね。カルストンライトオ、最速です」

 

 1人は黒のくせっ毛に熊のリュックサックを背負ったウマ娘だ。小学生なのに正座でまるで若女将のような丁寧な礼をしたので、思わずライトオも一直線な礼で返した。

 

「最速は……オペラオー、だよ。オペラオーが、怪我をしたって聞こえて……しんぱいで……」

 

 もう1人は、小さな体にまだ似合わない大きなシルクハットを被っている。来年入学予定のタクトと違い、仮にトレセン学園に入学するとしてもまだ数年先だろう年齢だ。

 

「フム、この子はオペラオーのファンか。直線最高速は紛れもなく私だが最速最強は1人1人の心の中にあるって記者さんも言ってた。それもいいだろう」

「一番おうえんしてるのは、スティール……でも、オペラオーは……あこがれ」

「スティール……ああ、今年の皐月賞と菊花賞で2位に入っていたヤツか。リアルかゲンジツか忘れたがそういう名前だったな」

 

 今現在クラシックを走っているキタサンブラックやドゥラメンテと同じ世代のウマ娘だ。これからのレースを含めて応援のしがいがあることだろう。

 

「わかります、私もあこがれはトリプルティアラの皆様ですが……一番応援したのは、デアリングハートさんですから」

 

 小学生ウマ娘2人は意気投合しているらしい。タクトのほうが少しお姉さんで小さいシルクハットの子はコクコク頷いている。

 その様子を、ヒシミラクルはにこにこして見つめていた。

 

「かわい~わたし達にもレースで走る先輩たちに目をキラキラさせてた時期もあったよね~アヤベちゃん」

「私は、別に……」

「まぁまぁ良いではないかアヤベ殿! とにかく我らも子供たちに憧れられる立場になったということでこの件は一件落着━━」

「その『憧れられる立場』が男湯を覗くなどという暴挙に出た反省を゛し゛な゛さ゛い゛!!」

 

 再び、メノのお叱りの言葉が飛ぶ。思わずその場にいるウマ娘全員が耳を畳んだ。

 すると今まで黙ってお説教を聞いていたファインモーションがすっと手を上げた。

 

「ごめんなさい、アイルランド政府に名を連ねるものとしてあるまじきことだけど……でも、どうしても入浴中の殿方がいない間に男湯を確かめなければならないわけがあったの」

「メノのお説教で話が逸れましたがやっと進みそうですね、ファインさん。何故ですか?」

 

 メノとライトオにとって、最優先は盗撮犯の確保だ。もしかしたら、この4人の中に犯人がいる可能性もある。

 

「実は私たち……男湯で盗撮が起こってる噂を聞いたんだ。私たちのトレーナーもこの温泉にはお世話になっているから……もしかしたら、被害に遭うかもしれないよね」

「ふむ、噂の出どころは? 各ウマ娘、誰から聞いたか教えてください」

 

 ライトオが腕くみしながら4人に尋ねる。

 

「私はノーリーズンさんから聞いたよ」

「わしはミラ子からじゃ」

「わたしは……えっーと……ドトウちゃんから聞いたよ?」

「となると、アヤベさんもドトウからか?」

「ええ。オペラオーがオペラを中止するなんて余程のことだから。ドトウに何があったか聞いたら教えてくれたわ」

「あっそうそう、アヤベちゃんとドトウちゃんのお話が聞こえて……トレーナーさんのえっちな写真を渡されたって」

「ほう、それはなかなか驚いただろうなミラ子さん」

「うむ。驚いたミラ子がわしに相談して、同期と温泉のよしみでファイン殿にも話したというわけじゃ」

 

 ライトオは犯人の目星を付けつつ、ファインに質問をする。

 

「そういえばファインさん。昨日までシャカールと一緒にいたと聞いていますが彼女はどこに?」

「シャカールならもう用は終わったってトレセンに帰ったよ。……もしかして、シャカールを疑っているの?」

 

 ファインが少しだけ、唇を尖らせた。ライトオは恭しく礼をして否定する。

 

「いや、むしろシャカールに協力してもらえば確実に解決すると思っただけだ。実は……」

「ライトオ検事、話してしまうのですか?」

 

 メノが止めようとする。温泉郷のイメージを守るため、盗撮騒ぎは女将以外には話していないからだ。

 

「こいつらはもう盗撮の噂を聞いている。であれば、正直に話したほうが速い。それでこの事件は解決するだろう」

「さすがライトオ検事……もう事件の結末にたどり着いているでありますか!!」

 

 ライトオとメノは事件の正式なあらましを話す。

 事件のきっかけはオペラオーがスマホを見て鼻血を出してしまいオペラ公演が中止になったこと。

 鼻血の原因はトレーナーの盗撮写真が何者かから送られてきたこと。

 そしてアキュートの簡単スマホにも差出人不明の同じ写真が送られてきてアキュートも鼻血を出してしまった。

 

「というわけで、もし機械最強のシャカールがいれば2人のスマホを調べて謎の差出人を突き止めることも出来たわけだ。時間はかかるだろうがな」

「確かにシャカールなら簡単なことだよね。でも、ライトオさんにはもう犯人がわかっているんでしょう? そんな目をしているよ」

「ほほう、これはかの有名な『犯人はこの中にいる!』が見られるということか?」

「……誰なの? 私も犯人には文句があるわ」

 

 この場全員が、期待に満ちた目でライトオを見ている。ライトオは人差し指をまっすぐ伸ばし、犯人を指名した。

 

 

「犯人は━━この中にいない!!」

「いないの!?」

 

 ライトオ以外の全員がずっこけた。ヒシミラクルのツッコミが空しく響く。

 だがライトオは、むしろ自信満々に肩を竦めて言った。

 

「そう、犯人はこの中にいない。それこそが、真犯人の正体を示している」

「これが……日本の禅問答、というやつなのかな?」

「違うと思うが……ライトオ殿、どういうことじゃ?」

「この事件、実にたくさんの情報が飛び交っている。オペラオーとアキュートさんに届いた謎の写真。突然の温泉メンテナンス。そしておまえ達は盗撮のウワサを聞き、自分のトレーナーの身を案じてここにやってきた。なのに何故━━トランセンドが、ここにいないのだろうか?」

「情報……写真……温泉……あ、ああああっ! まさか!」

 

 メノはこの温泉郷PRに関わっているメンバーを把握している。もちろん、トレセンきっての情報屋ウマ娘、トランセンドがメンバーの1人であることも。

 

「トランさんなら、オペラオーさんやアキュートさんに差出人不明のメールを送ることは十分可能……! 数々のガジェットを操る彼女なら、温泉で写真を隠し撮りすることも不可能ではない……!」

「わしとミラ子はトランセンド殿とクラスメイトじゃが……確かに、こんな面白そうな状況を静観しておるような性分ではないのう」

「その通り。トランセンドがこの事件と無関係なら、むしろ嬉々として首をつっこんでくるはずだ。ここまで一切姿を見せないことこそ、あいつが犯人であることを示している」

「なるほどのぅ……さすがトラン殿、徳川家康公のようなタヌキっぷりじゃな」

 

 ノーリーズンは手を顎に当てて頷き、トランセンドが犯人であることに納得している。

 しかし同じくクラスメイトのヒシミラクルは、ライトオに反論してきた。

 

「待った! ライトオちゃん、確かにトランちゃんは情報屋だけど……なんでもかんでも知ってるわけじゃないよ。たまたまこの騒ぎは知らない可能性もあるよね?」

「……そうね。私はトランセンドさんと交流はないけれど……情報屋で機械に強いからといって、犯人とは決めつけられないと思う」

 

 アドマイヤベガも、ヒシミラクルに頷いた。しかしライトオは、人差し指で頭をトントン叩いて笑う。

 

「フッ、この騒ぎをトランセンドは知らないか。よく言えたものだな、内通者のミラ子さん」

「え゛……」

「ミラ子が、裏切り者じゃと!?」

「ミラ子さんが……証拠はあるの?」

 

 真剣に驚くノーリーズンに、ファインモーション。普段のヒシミラクルのゆるさから内通者という響きが連想しづらいのだろう。

 

「ミラ子さん。さっきあなたはハッキリこう言いましたね。『トレーナーさんのえっちな写真を渡された』と」

「言ったし、別に間違ってないよね……?」

「ライトオ検事、それの何が問題なのでありますか? 事実、えっちな写真はオペラオーさんにアキュートさんのスマホに送られ……」

「そこだ。メノ、お前はスマホに届いた画像データを『渡された』と表現するのか?」

「た……確かに言わないであります! これはいったい……」

 

 その言葉に、ヒシミラクルの顔が一気に青ざめていった。アドマイヤベガはミラクルに怪訝な目を向ける。

 

「ドトウも、写真が送られてきたとは言ったけど渡されたとは言ってなかったわ……あなた、本当に私たちの会話を聞いていたの?」

「う……も、もちろんだよ! さっきはちょっと言い間違えただけで……」

「そうじゃそうじゃ! そんな些細な言葉のあやでミラ子を疑うなど友として断じて許さぬぞ!」

「ノーリーズンちゃん……」

 

 友人が庇ってくれたというのに、ヒシミラクルの表情は青ざめたままだ。心細そうに、両手で胸の辺りを押さえている。

 その様子に、ノーリーズンはニヤリと笑って。ヒシミラクルの着ている着物の帯に手をかけた。

 

「ところでミラ子。実はわし、一度着物でやってみたかった遊びがあるんじゃが、じゃが!」

「あっノーリーズンさん。ご一緒していい? 私も一度やってみたかったんだ~♪」

「ど、どうしたの急に2人とも……」

 

 ファインとノーリーズンが2人でミラクルの着物の帯を緩め。

 時代劇の悪代官のように、おもむろに引っ張り始めた。

 

「「よいではないか、よいではないか!!」」

「あっーいけませんいけません! お許しを~!」

「何を゛し゛て゛い゛る゛っ!?」

 

 着物の帯をくるくる回しはがされ、着物が盛大にはだけ肌着になるミラクル。目の前で突如起こったハレンチ展開に憤慨するメノ。

 

「ハレンチ! ハレンチ! ハレンチ警察であります! 覗きに続き人の着物を脱がすとは……温泉の風紀を守りなさい!」

「風紀を守るぅ~? ハレンチ警察ぅ~? 楽しかったぞミラ子、お主との友情ごっこぉ!」

「お、落ち着いて2人とも……」

 

 のんきに口笛を吹くノーリーズン。問題児と風紀委員がドタバタする学園のような展開をよそに。

 ライトオは、ヒシミラクルのはだけた着物からこぼれ落ちた1枚の写真を手に取った。

 

「これは、オペアキュトレとは別の男性の入浴写真ですね。察するに、ミラ子さんのトレーナーでしょうか」

「あ゛っ……」

 

 温泉に入り、腕を広げて気持ち良さそうにしている成人男性の姿。写真なのでわからないが、鼻唄でも歌っていそうなほどリラックスしている。

 少なくともミラクルが自分で取った写真ではあり得ない。ミラクルはこの世の終わりのような絶望的表情を浮かべている。

 

「ミラ子さん、あなたはトランセンドから直接トレーナーの入浴写真を事前に受け取っていたのでしょう。そして事件の情報を聞き、ノーリーズンやファインモーションを巻き込みつつ━━今も、イヤホンか何かでトランセンドに情報を横流ししている。違いますか?」

「うううう……」

「ミラ子さん! 本当に犯人を知っていて黙っていたのですか!」

 

 ライトオとメノに囲まれて追求され、ミラクルは……ついに目をぐるぐる回して倒れてしまった。

 ファインはミラ子を軽く支えつつ、温泉の鼻歌のようにのんびりと歌う。

 

「ミラ子さん倒れちゃった。酸素だ、酸素だ! 酸素をもってこーい♪」

「のんきですねこのお姫様。トレーナーが盗撮されているというのに」

「うんっ。だってミラ子さんが共犯になっているということは……きっと、トランさんにも悪意はないはずだもの」

「ミラ子は些細ないたずらにはノるが本気で人を貶める真似には関わらんタチじゃ。……ま、そろそろ黒幕にご登場願うかのぅ」

 

 ノーリーズンが、スマホを取り出して電話をかけようとする。

 だがその前に、この場にいるトレセンウマ娘全員のスマホに着信が入った。

 

「グループLANE……トランセンドからだな」

【やっほー。なんだかウチの話をしているのが聞こえたからかけてみたよん】

 

 トランセンド本人の声。だが犯行を認めるつもりはないらしい。

 追求の口火をきったのは、やはり最速のライトオだ。

 

「トランさん。今すぐ白状して盗撮したトレーナーの内訳とどこまで拡散したかを言え。最悪、シャカールに頼み込んでカガク的に突き止めてもいいんだぞ」

【んっふっふ。これが直線検事モードのライトオちゃんか。あんなわずかなやり取りでミラ子ちゃんが写真を隠し持っていることに気付くなんて……情報通り、ゾクゾクさせてくれるじゃん】

 

 その会話に割って入ったのは、今まで静観していたアドマイヤベガだった。

 

「トランさん。何故、オペラオーに写真を送ったの。オペラオーのオペラが開演できなくなってしまったわ。私は興味ないけど楽しみにしていた人だっているし……」

 

 そこでアヤベは、隅っこで大人しくしているシルクハットの小学生ウマ娘を見た。

 オペラオーのオペラを楽しみにしていたらしいその子は、コクコク頷く。

 

「それに、私は興味ないけど……トレーナーさんの入浴写真なんていきなり送られる噂を聞いたら、気になって仕方ないウマ娘だっていると思うわ」

 

 アヤベは犯人に文句があると言っていた。素直ではないが、オペラオーの身を案じているのだろう。

 

【あいにく、ウチは犯人じゃないし。それに……ウチにだってこんな犯行はできないよん】

「ほう、ならば証言してもらおうか。トランさんに犯行が出来ない理由についてな」

【いいよん。んでこれが終わったらみんなでご飯食べにいこうよ。詳しい話も聞きたいしさ】

 

 ついにたどり着いた盗撮事件の黒幕、トランセンドに証言を要求するライトオ。

 トランセンドは、まるで友人とランチでもするかのように気軽に証言を開始した。

 

【まずウチさぁ……みんなと同じうら若きウマ娘なわけ。男湯の盗撮なんて、恥ずかしくてできるわけないじゃん?】

「待った! それは感情論でしかない。それに様々な情報に精通するトランさんなら、男性の裸体くらい見慣れているかもしれん」

【は? (威圧)。まあネットで見慣れてないとは言わんけども。ネットとリアル、まして知り合いとなると話は違うじゃん】

「待った! ならば男性の知り合いに頼んだ可能性もある。トランさんのガジェットを親しい男性に渡して盗撮を依頼したのでは?」

 

 電話の向こうから苦笑が聞こえてくる。この場にいる全員が、ライトオの追求を固唾を飲んで見守っていた。

 

【……やりますねぇ。ここまで食らいついてくるとは。でもさ。具体的に誰よ? そりゃウチは友達たくさんいるけど。入浴中の男性トレーナーに警戒されずに近づけて盗撮紛いの写真を撮るように頼める悪友なんて都合の良い存在が】

「異議あり!!」 

 

 ここしかないというタイミングで、ライトオは異議を唱えた。

 電話の向こうのトランセンドに向けて、ライトオはまっすぐ指をつきつける。

 

「お前には男性のトレーナーがいたな。なんでもトレちゃんと呼ぶほどの親しい仲だとか。彼ならば、同じ男性トレーナーの入浴中写真を撮ることも可能だろう。ああ、そもそも盗撮ですらなかったかもしれんな。トランさんのトレーナーが入浴中にカメラらしき機械を向けてきても、トレーナー同士たいして警戒もしないだろう」

 

 見知らぬ男性が入浴中にガジェットを持っていればトレーナーは絶対に警戒する。トレーナーたるもの、記者などのパパラッチに対する警戒は担当ウマ娘を守るために必須だからだ。

 だが、トランセンドのトレーナーがガジェットを持ち込んでもトレーナーは不審に思わない。

 担当ウマ娘の頼みだろうし、度は弁えていると理解しているからだ。

 

【……アハハハハハッ! いいねぇライトオちゃん。最高にゾクゾクするよ……このスリル……公式レース以来かもね……!】

 

 トランセンドの笑い声が電話口から響く。自分とトレーナーが疑われているこの状況を、彼女は心から楽しんでいた。

 

「やっと認めたか。まぁここまでの話をまとめると大方写真は温泉に来ているウマ娘だけにこっそり渡す算段なのだろうが。鼻血を出すようなウブなヤツがいる以上、健康の観点からやめていただきたい」

【勝った気になるのは気が早すぎるよん。ライトオちゃんの言ってることって……ただの憶測だよね? なんかそういう証拠あるんですか?】

「ぐっ……!」

 

 ライトオは必死に思考を直進させる。ここまでどうにかトランセンドを追求してきたが、あくまで推測の域を出ない。

 ライトオは歯噛みして、言葉を絞り出した。

 

「ぐぬぬ……限りなくアヤシイが、証拠となると……ない」

「し、しかし! シャカールさんに協力を要請して、オペラオーさんやアキュートさんのスマホを調べれば、差出人の特定はできます、もう観念なさい!」

 

 メノが咄嗟にトランに投降を促すが、トランは画面のわざとらしくチッチッチと口に出す。指でも振っているのだろう。

 

【甘いねメノちゃん。そんなメール、自分のスマホから出すわけないじゃん。ウチが犯人なら適当に用意したスマホで送って処分しちゃうよん】

「で、では! ヒシミラクルさんにカツ丼を出しながら尋問して、写真を誰からもらったから聞き出すであります!」

【昭和の刑事ドラマかい。ミラ子ちゃんだって、写真を渡した相手の顔は直接知らないでしょ。まぁライトオちゃんと同じで状況的にウチが犯人だろうとは思ってるだろうけど、それも証拠にはならないよね】

「んなっ! まさか、そこまで計算のうちだと言うのですか!」

 

 状況的にはもはやトランセンドが犯人としか考えられない。だが、それを立証する証拠は一切残されていなかった。

 

【ま、楽しかったよん。ウチも犯人捜しはしとくし、これは勘だけど……もう盗撮騒ぎは起こらないと思うからさ。ん、オペちゃんかはグループLANE……?】

 

 その時だった。トランセンドを含めたこの場のトレセンウマ娘全員に、LANEの通知が届く。

 送り主は、事件の最初の被害者であり鼻血を出したためドトウに安静を言い渡されたはずの世紀末覇王……テイエムオペラオーだった。

 ライトオ達が画面を開くと、ライブ電話機能でオペラオーの顔が映る。

 

【レディースエーンドジェントルメーン!

ボクの新作オペラが見れなくてガッカリしている諸君のために、代わりとなるエンタメをお届けしようじゃないか!】

 

 オペラオーの顔は赤く、体力を消耗しているのかその体はわずかにふらついている。

 だがそれ以上に目を引くのは、オペラオーの後ろで椅子に座らされている1人の男性だ。

 頭に(T)と描かれた袋を被せられていて、誰だかわからない。……トランセンド以外には。

 

【トレちゃん!? まさか、オペちゃんに拐われた!?】

【ハーハッハッハ! オペラが出来なくても覇王パワーをもってすれば造作もないことだね! さぁトランさんの言う通り、こちらは彼女のトレーナーだ! そしてこれから……彼からトレセンの情報屋トランセンドのスペシャルな情報をお届けさせてもらう!】

 

 オペラオーは椅子に座らせた男性を指差し、オペラを歌うように朗々と語る。

 その様子を見て、アヤベはポツリと言った。

 

「二色の眼を持つ竜よ、その和合と田楽の戒めとき放ち、怒りの炎で地上の全てを焼き払え。という感じね……」

「どういう感じなんだそれは。というかオペラオーがもうトランセンドのトレーナーを誘拐したと言うことは」

「そう。私はオペラオーに頼まれて調べに来たの。……一介の同期としてね」

 

 いきなり謎ポエムを読み始めたアヤベに思わずつっこむライトオ。

 アヤベはため息をつき、もうどうしようもないという風に首を振った。

 

「とにかく……トランさんは覇王の逆鱗に触れたってことよ」

 

 画面の中のオペラオーは笑顔だが、背後からはなにやら黒いオーラのようなものが蠢いてる。……ような気がした。

 

【いやぁさすが契約前からトレちゃんと呼んでいただけあって実に仲睦まじいじゃないか! 裸エプロンに全開パーカー、おおっと手ぶらジーンズの写真まである! いやぁ、どれから公開していくか悩ましくなるほどだ!】

【ち゛ょっ……待って! やめて!!】

 

 オペラオーは、トレーナーから奪ったらしいスマホを見ながら言う。

 このままだとトランとトレーナーの仲良し秘蔵写真が公開されてしまう。そう察して、トランセンドはあわてて止めた。

 

【……オペちゃん。提案があるんだけど】

【断る】

【写真のことは心から謝るから……配信は中止してもらえないかな】

【嫌だね】

【もちろん写真のデータはオペちゃんの言う通りにするし、アキュさんが鼻血出しちゃったあたりでウチらもやりすぎたと反省してるから……】

【もう遅い】

 

 とりつく島もない、とはこの事だろう。オペラオーはトランセンドのトレーナーのスマホを弄る手を全く止めていない。

 とはいえ、トランセンドとトレーナーが反省しているのも事実だろう。椅子に座らされているトレーナーは特に縛られているわけではないが、がっくり項垂れて抵抗しようともしない。覇王の怒りを受け止める覚悟だ。

 

【……堪忍してください。せめて公開するならウチの写真で。全部ウチが悪かったから……】

【ボクは悪くない】

 

 裸エプロンやらなんやらはトランセンドのトレーナーの写真らしい。2人でなにやってんだとつっこみたいが、世紀末覇王オペラオーの逆鱗に誰も言葉を挟めなかった。

 ただ1人、まだ幼いオペラオーのファンを除いては。

 

「やめて! こんなのオペラオーじゃない! わたしの信じるオペラオーは、どんなレースでもみんなを笑顔に……」

【……ん。誰だいそこのポニーちゃんは。覇王に異を唱えるとは良い度胸だ。名前を聞こう】

 

 まだ小学生の、まだトレセンに入学する見込みもないシルクハットのウマ娘だった。

 

「わたしの名前は……フォーエバーヤング。いつかオペラオーのように、特別な絆を持つトレーナーと……歴代一位の賞金王になるウマ娘」

 

 まだ大きすぎるシルクハットを握りしめ、それでもフォーエバーヤングという名の小さなウマ娘はオペラオーに宣言した。

 歴代一位の賞金王になる、それはすなわちオペラオーを越えるという宣言だ。

 

【フフフ……ハハハ……ハーハッハッハ!! これは大きく出たね、シルクハットの君! それで? 君にボクの怒りが止められるというのかい?】

「だってオペラオーは、レースでみんなにジャマされても、ぜったい最後は笑顔でぬけ出して勝ってた! 誰にも怒らなかった! だから……オペラオー、その人のことも許してあげて!」

 

 あまりに幼く、しかし痛切な訴えだった。

 画面越しに見えるオペラオーの黒い覇気が、薄れていくような気がした。

 すかさずライトオも、検事として……路線は違えどオペラオーの覇王伝説と同じ時代を走ったものとして言葉をつきつける。

 

「この子の言う通りだ、オペラオー。確かにトランさんのやったことはヒレツかもしれん。しかしお前とオペトレはどんなヒレツな妨害にも、まるで自分で書いた脚本の演出でしかないように受け流していただろう。お前のイメージを崩してファンを悲しませるな」

 

 その言葉に━━覇王は、持っていたトラントレーナーのスマホを彼に放り投げた。

 怒りの黒いオーラが消え、ふっと優しい笑みを浮かべる。

 

「ああ、そうだったね。世紀末はとうに終わり、最近はすっかり彼もアキュートさんのトレーナーになっていて忘れていたよ。……本当に、懐かしいな」

「公式レース時代が過去の栄光になったとしても、ファン達の心には永遠に刻まれている。そしてウマ娘は、その憧れを胸に歴史を越えていくものだからな」

 

 フォーエバーヤングも、その隣にいるデアリングタクトも今までにないレースの歴史を作るのかもしれない。そう思わせる存在だった。

 

「いやぁめでたしめでたし! メノ殿から逮捕、ミラ子の裏切り、証拠のないトラン殿、そして覇王の逆鱗と色々あったが最後は丸く収まってよかったのう! これでわしも安心して相マ追に戻れるというものじゃ!」

「そうだね、私も……アイルランド政府高官の娘に心置きなく戻るための、楽しい思い出が出来たよ」

 

 ノーリーズンとファインモーションが、安心して一息つく。2人はもうレースは走らない。ウマ娘伝統競技やアイルランドと日本の架け橋など、別の仕事に就いている。

 

「そういえばファインさん。あなたは自分を王女とは名乗らないのですね。ノーリーズンの武将キャラやデュランダルの騎士キャラと同じように王女キャラを名乗り続けるものと思っていましたが」

「だーれがキャラじゃい! わしは今でも武将なんじゃが……じゃが!」

 

 ライトオの記憶だと、ファインは事実としてはアイルランド政府高官の娘、レースのキャラとしては王女を名乗っていたような印象だったが。

 ファインは、過去との決別をするように笑って言った。

 

「……私がアイルランド王女だったのは、全ては夏の夜の夢だったんだよ。全てレース時代の狂言。そうだよね、オペラオーさん。……シャカール」

 

 ファインは、この場にいないシャカールの名前を愛おしそうに呼んだ。オペラオーは、なにも言わない。何があったのかは、3人しか知らないのだろう。

 

「さて、時間はかかったが事件を解決できたな。そろそろ……限界……」

「ライトオ検事。まだ最後の仕上げは残っています。ですが、後は本官に任せてお休みください」

 

 ライトオが、長丁場の事件に耐えきれず寝落ちしかけたとき。ずっと黙っていたメノが、その体を支えた。

 そして、顔を真っ赤にした彼女の大音声が旅館に響き渡る。

 

 

「ハレンチな写真! 男湯の覗き! 他人のトレーナーの誘拐に己のトレーナーとの不純異性交遊! どれも犯罪! 犯罪であ゛り゛ま゛す゛! トランさんもオペラオーさんも今すぐここに来て、お説教であ゛り゛ま゛す゛!!」

【ハーハッハッハ! これにてカーテンコール……いや、アイリスアウトというべきかな!】

【とほほ……もう温泉写真なんてこりごりだ~】

 

 トランセンドの嘆きと共に、この事件は幕を閉じた。

 この後トランセンドの撮影ガジェットは、湯浴み会などの温泉PRに有効活用されたり、来年入学したデアリングタクトが新しい温泉を堀当てたりするのはまた別の話。

 11月が終わり、師走になれば━━クリスマスが今年もやってくる。




これにてゆこま温泉郷編、はぐれ風紀純情派の〆になります。
さまざまな登場ウマ娘が絡まり、予定よりずいぶん長くなってしまいましたが書きたいことが書けて満足です。

まさかの公式クリスマスステゴイベが飛んでくるとは思いませんでしたが、メノのかわいい姿がたくさん見れて大満足でした。
この作品の主人公はカルストンライトオですが、フェノーメノが今年あのタイミングで登場していなければこの作品はもっと早くに終わっていたので熱血警察キャラが登場してくれたことには感謝しかありません。
これからもトレセン学園のツッコミ純情派として活躍し続けてほしいです。

次回はブエナディザイアナカヤマジャーニーあたりが絡む話にしたいなぁと思いつつ、どんなロジックが開くかは時の運なのでまたしばらくお待ちください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。