直線検事カルストンライトオ 事件解決も最速です 作:じゅぺっと
現場には鉄球をもって立ち尽くすフェノーメノの姿をヴィルシーナ、シュヴァルグラン、ヴィブロスの三姉妹が目撃しメノは犯人と疑われる。
どうなるフェノーメノ!?と思われたそのとき、駆けつけたライトオはメノが犯人だとすると発生するムジュンを突きつけた。
真犯人を探し始めたとき、ヴィルシーナを真っ先に疑ったのは次女であるシュヴァルグランだった。
「姉さんとライトオさんが気にしてるこのアカウント達の発言だけど……僕は、それが全部嘘だと思う」
フェノーメノが疑われる理由のひとつ、SNSによるフェノーメノのシリウスの言い争い等の書き込み。
その時間帯から、メノ以外に犯行は不可能というのがヴィルシーナと被害者であり記憶を失ったシリウスの主張だった。
「フム。偽の目撃証言をでっち上げて真犯人のアリバイを確保する作戦か」
「甘いな! そんなことはあり得ねぇんだよ」
腕組みしてシュヴァルの話を聞くライトオの言葉を遮ったのは、シリウスだった。
狼のように歯を剥き出して、記憶を失っているのが嘘のように鋭く笑う。
「私がアカウント捏造を疑わないとでも思ったか? このアカウント郡は最低でも3年前……シュヴァル、お前が入学してきた頃には存在するものだ。この事件の前にそんな昔から仕込みができるとは思え」
「異議あり!!」
ライトオは大声で異議を唱えた。そして、指で頭をとんとんと叩く。
「シリウスさん、口では強がっていても頭はまだ混乱しているようだ。シュヴァルが入学した頃に作られたアカウント群であること自体が、このアカウントの持ち主を教えてくれている。そうだろう? シュヴァル」
シュヴァルは頷く。そして、アカウントの自分やヴィブロスの記事のリウマートを示した。
「これらのアカウントは、僕が入学してから誰か一人が作って運営してきたものだと思うんです。僕たち姉妹を……いや。
『僕とヴィブロスを』応援するために」
「なっ……!? ま、まさか!」
シリウスが、頬に汗を伝わせながらシーナを見る。
ライトオは、シュヴァルの言葉を補足するように続けた。
「妹を想う姉の行動は優しく、時に恐ろしい。ジャーニーさんもオルフェさんのSNSのイメージアップ用のアカウントが30個以上あるってデュランダルが言ってたからな。シーナさんも似たようなことをしていても見事な姉と感心はするがどこもおかしくはない」
「本官それを聞いたときは、何らかの法に反していないか必死で六法全書を調べたものであります……司法の限界……」
「複数のアカウントでメノさんとシリウスさんの喧嘩の目撃証言をでっち上げれば、少なくともその時間までシリウスさんは起きていたことになる」
シュヴァルは、自分とヴィブロスを誰より愛する姉に、青い目をまっすぐ向けて言った。
「そうなんだよね? 姉さん……」
「なっ!? シーナさんが……嘘をついて本官を陥れた!?」
「え……ええっ!? な、なんでお姉ちゃんがそんなことするの!?」
驚くメノとヴィブロスに、シュヴァルは喉を鳴らして、青ざめた顔で。それでもシーナから視線を外さずに。
「そうすれば……その時間ずっと、僕とヴィブロスと一緒にいた姉さんに何よりのアリバイ証明になる。
姉さんが、シリウスさんを気絶させた本当の犯人なんだろ?」
「シュヴァル……」
シュヴァルは、姉のシーナが犯人だと告発した。
シーナは、決して怒ったり不機嫌になることなどなかった。
ただ、素直に認めることもなかった。
「……どうやって? シュヴァルも私を呼びに来てくれたとき、図書室の中を見たでしょう? あの時、シリウスさんは倒れてなんかいなかった。その後図書室へ戻るまではずっと、あなた達と一緒にいたじゃない」
「シュヴァち、どうしてお姉ちゃんを疑うの……? 私たちのこと、キライ……?」
ヴィブロスが涙目になってシュヴァルのスカートをつかむ。
「そんなわけ、ないだろ……! でも、誰だって……間違ったことをすることはある。姉さんのこと、大好きで……尊敬してるから……だから僕が、姉さんに心配かけて迷惑もかけた僕が真実を見つけないといけないんだ」
「フッ、よく言ったシュヴァル。そして真実なら、お前が既に見つけている。シュヴァルが図書室を覗いた時、本棚の上でおかしな並べ方をしていた理由を考えれば明らかだ」
ライトオがそう言うと、シュヴァルはハッと顔を上げて本棚の一番上を見た。
「そうか……本で緩やかな段差をつくって、次に誰かが図書室へ入ってきたときに鉄球が転がり落ちるようにしておけば……」
「シーナ本人がその場にいなくとも、図書室へ入ってきたものに鉄球の拳骨を食らわせることができる。おそらくシリウスさんはそれで気絶させられたのだろう」
「で、では本官が先に図書室へ入っていれば……」
「ああ、メノに鉄球が直撃していただろうな。というより、本来のシーナさんの目的はメノだったのだろう。だがシリウスさんが先に入って鉄球で気絶してしまったため、やむを得ず鉄球を持って立っていたメノに犯人を押し付けざるを得なくなった、そんなところ━━」
「違うっ!!」
その言葉に激昂したのは、シーナ本人ではなく末妹のヴィブロスだった。
「お姉ちゃんは、誰かを傷つけたりなんかしない……人を騙すようなこと絶対しないもん……なんでみんな、わかってくれないの……」
「ヴィブロス……お姉ちゃんは……」
ヴィブロスは、ついに泣き出してしまった。
だがライトオは、肩を竦めてやれやれと首を振る。
「さて、シュヴァルはシーナさんが犯人だと言い、ヴィブロスがシーナさんが犯人であるわけがないと言っている。あとはシーナさん次第だ」
「シーナさん……どうか真実をお伝えください! 本官は犯人ではありませんし……あなたのような女王が他者を陥れるなど考えられません! いったい何が!!」
「そう、ですね……私は……」
シーナが覚悟を決めて口を開きかけた。
その時だった。
極めて落ち着いた、まるで軍靴のような足音が図書室へ入ってきた。
「驚天動地。シリウスが怪我をしたと聞いたのだが……まさか君が犯人だったとはね、ヴィルシーナ」
「会長さんか。私の予想以上に事件は大きくなっているらしい」
トレセン学園生徒会長、シンボリルドルフだ。緑色の勝負服に、彼女のシンボルとも言える七冠の勲章を付けた姿は威圧感を漂わせている。
「ルドルフ……! 何しに来やがった!」
ルドルフと昔から関係が深いシリウスが、狼のように牙を向く。その様子に吠えた犬を眺めるようにルドルフが苦笑した。
「学園の……シンボリ家の大切なウマ娘が、誰かに怪我をさせられたと聞いてやってきた。それだけさ」
「チッ、今度は何を企んでやがる」
「私が願うのは、全ウマ娘の幸福だよ。この学園の生徒会長になったときからずっとね」
ルドルフは、堂々と淀みなく言い切った。その態度に嘘や誤魔化しは感じられない。
「勇往邁進……そのためにヴィルシーナにも協力してもらっていたんだがね。とても残念だ。マチカネフクキタルの水晶玉を壊したばかりか、シリウスに怪我をさせるなんて」
「なに? では昨日の事件でフクキタルの水晶玉を壊したのはやはりシーナさんか」
昨日のメジロ事件、犯人であるはずのメジロブライトはフクキタルの水晶玉が壊れていることを知らなかった。
何者かがフクキタルを犯人に見せかけるためにわざと水晶玉を壊したとライトオは予想していたが、思わぬ形で答えがやってきた。
「昨日フクキタルに頼んで水晶玉を調べさせてもらったら、ヴィルシーナの指紋が出てね。さすが超高校級の野球選手の娘だ。水晶玉を投げつけるのもお手のものかな」
「なにふざけたこと言ってんだテメェ。コイツらの前でそんな口利くかよ」
シリウスが、目線をシーナの妹であるシュヴァルとヴィブロスに投げる。
「不識時務。確かに弁えがなかったかな。
シュヴァルグラン、ヴィブロス。君たちのお姉さんにこんなことをさせてしまって、申し訳ない限りだ。彼女に仕事を任せすぎた私にも責任がある。私に怒ってくれても構わないよ」
シーナの表情は、青ざめている。そんな姉の姿を見て、ヴィブロスは会長の言葉に反論しようとした。
「会長さん、お姉ちゃんはなにも悪くないの! みんな、誤解して━━ひっ!?」
「ヴィブロス……!」
一瞬、ルドルフがヴィブロスとシュヴァルに意識を向けて少し睨んだように見えた。それだけでヴィブロスとシュヴァルは、ライオンの爪に捕らえられた草食獣のようになにも言えなくなってしまう。
「隠忍自重。妹たちの前では話せないこともあるだろう。シリウス、彼女の事は生徒会で査問にかけさせてもらう。構わないね」
「はい……わかりました、会長さん」
シーナはあっさりと会長の言うことに従った。犯人扱いされたというのに、どこか安堵しているようにさえ感じられる。
「待てよ、そいつが犯人なら私が直接落とし前をつけなきゃ気が済まねぇ。それにそいつには聞きたいことがある」
だが、シリウスは会長の視線一つで怯むようなウマ娘ではない。即座に牙を剥いて言葉を返した。
「言語道断、学園内の施設で起こった事件だ。君のお仲間のようなアウトローには任せられない」
「ハッ! いきなり現れて言いたい放題だな。この事件、お前には何の関係もねぇ。生徒会室に引っ込んでな!」
シリウスは力強く吠える。一般生徒であれば有無を言わさず引き下がらせるものだが。
ルドルフは、慣れた大型犬とじゃれ合うように気軽に言葉を交わす。
「それが無関係でもないんだ。シーナに図書室から書籍の持ち出しを頼んだのは私だからね」
「……だからなんだよ。部下に頼んだ仕事の不始末は自分でつけなきゃ気が済まないってか?」
「全面肯定。それに、シリウスだってフェノーメノを学園の査問にかけようとしていたじゃないか?」
シリウスがメノを疑っていたとき、白状しなければリードホースへの就職に影響が出ると脅したことを言っているのだろう。
「チッ……! 相変わらずよく回る口だ……!」
シリウスも反論できないようで、ルドルフがシーナの肩に手を置いて連れ去ろうとするのを黙ってみているしかないようだった。
「会長さん……私の事は、どんな処罰をしていただいても構いません。ですからどうか、どうか妹たちの事は……」
「信賞必罰。君の妹達に関する約束は守るとも。さぁ、行こうか」
「待った!」
しかし、ライトオは見逃すことは出来なかった。
大声で会長を呼び止めると、ルドルフは視線をライトオに向けた。
ウマ娘にあるまじき、肉食獣のような気迫。シリウスのそれがどんな手段でも獲物を追い詰める狼なら、ルドルフは当然のように喰らうライオンだ。
「何かな? カルストンライトオ……いや、今は直線検事と呼ぶべきか」
「この事件、私とシュヴァルがシーナさんを疑っただけで本人は自白もしていない。生徒会長ならメノのことも平等に疑うべきではないか?」
「う゛え゛っ!? 本官でありますか! いや……確かに平等を期すならそうかもしれませんが……」
突然容疑者に戻されて驚くメノ。
ルドルフは苦笑し、言葉を返した。
「牽強付会。君とシュヴァルグランの推理に納得した。それだけさ」
「異議あり! あなたがそんな軽薄な思い込みをするとは思えない。率直に言えば、シーナさんが白状されては困ることがあるから連れ去ろうとしているようにしか見えないな」
ルドルフがライトオを見る目が鋭くなる。シュヴァルとヴィブロスは震えてなにも言えず、メノとシリウスですら冷や汗をかくほどの覇気。
しかし、ライトオはやれやれと肩を竦めた。
「ライオンの最高速度は約80kmと呼ばれている。さすが生徒会長、デビュー前の私なら勝てなかった速さだ。だが私の最高速はチーターをも凌駕している。恐れるに足らん」
堂々と、一直線にルドルフと視線を交わし合うライトオ。
先に目を反らして、言葉を発したのはルドルフだった。
「夢幻泡影。君の最高速も、必ず衰える。じきに君も、私の理想に賛同してくれると信じているよ」
「フッ、生憎その時が来れば私は潔くトレセンを去ると決めている。最高速を失った私に走る理由などない」
「……残念至極。ではフェノーメノ、君にも一応来てもらおうか。倒れているシリウスを最初に見つけた第一発見者だ。君が犯人でなくとも、事件の報告書を作るためにも協力願いたい」
ルドルフは折れ、シーナだけでなくメノも連れていくことにしたようだ。
ライトオは、メノにだけ聞こえるように最速の小声で伝える。
(メノ、会長さん周りの同行についてこっそり調べてくれ。潜入捜査だ)
(りょ、了解であります!)
今度こそ、ルドルフはシーナとメノを共に図書室から去っていった。
残されたのは、ライトオにシリウス、そして今回の犯人と目されるシーナの妹であるシュヴァルとヴィブロスだ。
ヴィブロスは、愛する姉が犯人として連れていかれたショックでへたり込んでしまう。
「お姉ちゃん……嘘だよね? どうして、こんな……」
「ヴィブロス……僕にも詳しいことはわからないけど。でも、きっと僕たちのためだよ」
シュヴァルはヴィブロスの姉として、シーナの妹として言った。
「たぶん姉さんは、僕たちが競争生活のために……会長さんと何か取引をしたんだ。僕たちが走らなかったら、姉さんの想いが無駄になる。さぁ、トレーニングに戻ろう」
「フッ、立派になったなシュヴァル。自分なんかがキタサンに勝てるわけがないと弱音を吐いていたのが嘘のようだ」
「ルドルフとシーナの関係は、私の方からきっちり追求しておく。現役ウマ娘はトレーニングに集中してな」
シリウスも、最上級生として今を駆けるウマ娘に発破をかける。
しかしヴィブロスは、茫然自失として立ち上がれなかった。
「私……ドバイのレースを走ってパパとママみたいにキラキラしたいの」
「海外レースか。今なら十分日本ウマ娘の勝利もあり得るところまで来た。せいぜい頑張りな」
シリウスシンボリは、日本ウマ娘の海外レース挑戦の先駆者とも言える立場だ。
シリウスにルドルフも、海外レースで勝つことは叶わなかったがその経験は今のウマ娘達にしっかり引き継がれている。
「でもね……そこにはパパもママも……お姉ちゃんもシュヴァちも、みんな笑って見ててくれないとヤダ……私……走れないよ」
「ム、走れるのに走らないのか。さっきのシュヴァルの話が聞こえなかったのか?」
「オイ空気読めよ検事さん。ちょっと黙ってろ」
チーターもライオンも恐れずまっすぐ真実を追求するライトオも泣く子を説得することは出来ない。黙るライトオ。
「ヴィブロス……わかった。今日はヴィブロスのトレーナーさんに言って休ませてもらおう」
シュヴァルが優しく妹のフォローをする。
しかし、ここでもっと空気を読めないウマ娘がやってきた。
「やぁやぁライトオくん! また事件が発生したそうじゃないか! 私に記憶を失わせる妙なクスリを作らせた犯人は見つかったか~い!?」
「今度はタキオンかよ……」
「出たな全ての元凶め。実はかくかくしかじかでな」
一連の事件の引き金である記憶を失わせるクスリの開発者であるタキオンが勢いよくやってきた。そしてライトオが最速で事件を説明すると、タキオンは泣いているヴィブロスを向いて、わざわざ大声で言った。
「ふゥん。実に興味深いねぇ! ヴィルシーナくんが本棚で鉄球の転がり落ちるスロープを作り、シリウスさんの頭に衝突させた、か!」
「お姉ちゃんのせいじゃ、ないもん……」
泣きながら子供のような反論をするヴィブロスの前で━━タキオンは、おもむろに白衣の中から1本のマーカーペンを取り出して。
図書室の机に、勢い良くややこしい数式を直書きし始めた。
「オイお前何をしてやがる! やめろ!」
「いやシリウスさん、ここはやらせておけ。タキオンにはなにか考えがあるようだ」
突如狂ったように数式の落書きをし始めるタキオンを、ライトオは止めなかった。
そして五分後、大きな机一つを落書きまみれにしたタキオンは満足してこう宣言した。
「当たるわけがない。そんなもの」
その言葉は、ヴィブロスに向けられていた。泣いていたヴィブロスと、トレーナーに連絡をしていたシュヴァルがタキオンに集中する。
ライトオも、同期のマッドサイエンティストであるタキオンに聞いた。
「タキオン、当たるわけがないとは?」
「決まっているだろう? 本で作ったスロープで転がる鉄球だよ。誰かがドアを開けると同時に鉄球が転がり始め、入り口近くに落ちるのはまぁ良しとしよう。だがそんな不確実な方法で誰かの頭に気絶する勢いで鉄球が当たるはずがない」
タキオンは、両手を広げて自信満々に言い切った。
「今計算した結果━━鉄球が当たる確率は1万分の1を余裕で切っている。シーナ君の放った鉄球は、シリウスさんに当たってなどいない!」
「なっ!? じゃあやっぱり、メノのやつが犯人だってのか!?」
「やっぱり、お姉ちゃんは悪くなんてなかったんだ……!」
シリウスが驚き、ヴィブロスが目を輝かせている。
しかし、タキオンは肩を竦めた。
「いや、ライトオ君とシュヴァル君の推理は正しいのだろう。メノ君はあくまで利用されただけさ。シーナ君と同様にね」
「なるほどな。タキオンの言いたいことが私には分かったぞ。シーナの用意した仕掛けはシリウスさんに当たらない。ならば何故シリウスさんは気絶させられたのか」
2人の超光速ウマ娘は、この事件の本当の真実にたどり着く。
「真犯人はシーナさんが仕掛けた罠を知っていて、シリウスさんを図書室へとおびき出した。自力でシリウスさんを気絶させた」
「そうすれば、後はシーナ君が勝手にメノ君を犯人扱いしてくれるからねぇ。自分は何もしなくてもいいというわけだ」
「ということは、この事件の真犯人は……!」
シリウスは図書室へ来た理由を覚えていない。だが、シリウスを図書室へ呼び出した人物こそが真犯人で間違いないだろう。
「クソッ……私が思い出せれば! 誰が私を図書室へ呼び出しやがったんだ! 調べ上げてやる……!」
シリウスは、思い出せない自分への怒りを露にしながら図書室を去った。
だがタキオンは構うことなく、ヴィブロスとシュヴァルに優しく声をかけた。
「というわけで、君たちのお姉さんはシリウスさんを傷つけてなどいない。安心したまえ」
「タキオンさん。……姉さんは、本当に悪くないの?」
シュヴァルが、おずおずとタキオンに確認する。自分の考えのせいで姉を追い詰めてしまったのではないか、という罪悪感が見て取れた。
「勿論だとも! ライトオ君とシュヴァル君がトリックを突き止めてくれたお陰で、私も確率論で真実にたどり着くことができた! 胸を張って走りたまえ!」
「ありがとう、ございます……さ、ヴィブロス。もう行こう」
シュヴァルに手を引かれ、ようやくヴィブロスは立ち上がれた。そして、まだ辛いだろうに笑顔を作ってライトオとタキオンに頭を下げた。
「ありがとうございます、ライトオさん。タキオンさん。お姉ちゃんを悪者にしないでくれて」
「フッ、気にするな。ヴィブロスもシュヴァルもこの事件の被害者。真実を知る権利があるだろう」
「でも、だとすると真犯人は誰なんでしょう……?」
シュヴァルの当然の疑問に、タキオンは答えた。
「カガク的に考えるなら……シーナ君のトリック作りを把握していて件の記憶喪失薬を発注する金額を出せる権限のある人物。そしてシンボリ家のシリウスさんを一対一で呼び出せる人物だろうね」
「もう限りなく会長さんは怪しいな。尤も、全ウマ娘の幸福を誰より願っているはずの彼女が何故おまえ達やフクキタルを悲しませるような行いをしているかという疑問はあるが」
「そっか……わかった。今日はちゃんとトレーニングして明日会長さんに聞いてみる! 行こうシュヴァち!」
「ヴィブロス……よかった。そうしよう。絶対、姉さんにも報いる走りをしなきゃ」
ヴィブロスは、ぐっと手に力を込めてにっこり笑って見せた。妹が元気を取り戻したことに安堵するシュヴァル。
「まぁ、その辺の追求はライトオ君に任せるよ。私はこれからお礼としてシュヴァル君とヴィブロス君の実験データを……」
しかし、タキオンは図書室を出ることは出来なかった。
振り返ると、図書委員のウマ娘が数式が落書きされた机とタキオンの持つマーカーペンを見て当然のように掃除をしろと宣告したからだ。
シュヴァルとヴィブロスをトレーニングに向かわせ、2人で掃除をすることになったライトオとタキオンだった。
「しかしタキオン。なんだこの数式パフォーマンスは。お前普段こんなことしないだろう」
マーカーペンで書かれた数式を落としながら、ライトオはタキオンに話しかける。
どこかの推理ドラマのように書きなぐられた数式が、確率計算に関係ないことはタキオンと付き合いの長いライトオにはわかったからだ。
「科学に興味や関心を示してもらうには、分かりやすいパフォーマンスも必要なんだよ。相手がヴィブロス君のような幼子なら特にね」
「この女たらしめ。さすがダイワスカーレットを初めとしたたくさんのウマ娘達に好かれているだけはあるな」
「失礼だなぁ。純粋に最高速の追求のためだよ」
つまるところ、タキオンはヴィブロスのメンタルケアのためにやったのだろう。あんな数式を書かなくとも確率的に当たるわけがないことは分かっていたが、視覚的に説得力を持たせるためにひたすら数式を書きなぐって見せたというわけだ。
「……ねぇライトオ君。君は最高速を更新できなくなったら本当にこの学園をやめるのかい?」
「お前までくどいぞタキオン。私は己の最高速のためにこの学園にやってきた。それが出来ないなら私が在籍する理由はない」
それは、ライトオが入学してからずっと変わらない信念。レースの勝利でも主役になるためでもない、ただひたすらに最高速度の追求のみ。
「だがね、今や君の最高速は多少肉体が衰えたところで、早々君を追い抜くものなど現れないだろう。例え一直線の1000m以下限定としても、間違いなく誰よりも速い君はウマ娘の憧れなんだ」
「だったらどうした。何か関係あるのか? 言いたいことはさっさと言え。正直もう寝落ちそうなんだ」
事件解決してスタミナが切れたライトオは、朝であってももうかなり眠気が来ていた。
タキオンは苦笑して、間違いなく現代最高速のウマ娘にお願いした。
「もし君の最高速がもう更新できなっても……最高速の体現者として走り続けて欲しい。私が君に願うことは、それだけだよ」
ライトオは返事をしなかった。先程の宣言通り、既に眠りに落ち始めていたからだ。
タキオンは、自分が記憶を失うことになった事件について呟く。
「私がライトオ君のトレーナー室に忍び込んで確かめたかったこと……そして記憶を失うクスリが一連の事件に使われた理由……おそらく、ライトオ君の足はもう……」
今回の事件はさまざまな推理もののパロディ要素が入っています。うまゆるでタキオンが九九を書き始めたやつの元ネタや図書室に鉄球のあれなど……
この作品の事件もいよいよ次でクライマックス。逆転検事の元ネタに基づき、勲章がついた緑の服を着たあのウマ娘との最終決戦にご期待ください。