直線検事カルストンライトオ 事件解決も最速です 作:じゅぺっと
その犯人を捜すため、警察ウマ娘のフェノーメノが年始から学園に出入りしていたウマ娘を調べた結果、メジロ家にシンボリ家、サトノ家の関係者が年始から頻繁に学園に来ていたことが発覚。
メジロドーベル、そしてシリウスシンボリが記憶を失う事件が発生し、ライトオは検察官の父親から学んだ最速推理で真実を導き出す。
生徒会長、シンボリルドルフが黒幕である可能性が高いと判断したライトオとメノは翌朝、生徒会室に向かった。
「……会長さん? ご無事ですか、会長さん!」
「起床難とは聞いているがもう朝の6時は過ぎたぞ、目を覚ませ会長!」
しかしライトオ達を迎えたルドルフの姿は昨日の獅子のような気迫を見せたものではなく。
机に倒れ付し、力なく気を失った姿だった。
「机の上にあるのは……件の記憶喪失薬! それに……」
「私の前回と今回の身体データも置かれているな。やはり会長こそが学園のマスターキーを使い私のトレーナー室に忍び込んだのか」
会長の机には記憶を失うクスリの入った試験管と一枚の置き手紙。そして、ライトオの身体データの書類があった。
【一連の事件は全て私の責任だ。全ウマ娘の幸福を掲げながら、皆を傷つけてしまった責任として、私はこの薬を飲むことにする。
万死一生。本当に、すまなかった】
だがライトオはそれには目もくれず、今年初めに盗まれた身体データを凝視していた。
半年前と今回の身体データが二つ用意されて、数値の変わったところに赤丸がつき、追記が用意されている。
「こ、この身体データは……!」
前回と今回のライトオの身体データ。そこには、既にライトオの身体能力は衰退期に入り初め、追記でもはや最高速の更新が不可能であることが書かれていた。
【備考、カルストンライトオは最高速の更新が不可能と知れば学園を去る可能性が高い。
直線1000以下とはいえ、紛れもない最高速の象徴たる彼女がいなくなることは避けたいため、彼女とトレーナーと相談し、当面は曖昧にする方針を取ることにする】
この文面はライトオにとってはショックだった。
声が震え、跪きそうになるのを抑え、冬の朝だというのに汗を流しながら。
「嘘だ。こんな結末、私は信じない。トレーナーが私を騙すはずがない。私がこの事件を真実を最速で導き出してやる!」
「ライトオ検事……本官も、力の限り協力するであります!」
ライトオは、最高速で今朝起きてからこの生徒会室に来るまでの事を回想し始めた。
それはまだ今日の時計の針が一直線になる前、朝の5時前のことだった。
『……ライトオちゃん。起きて、お願いよ』
「ん……まだ、時計の針は一直線になっていない。誰だ……?」
ライトオが目を覚ますと、時計の針はまだ朝の5時。
起床時間も一直線でありたいライトオがこんな時間に目を覚ますのは珍しかった。
声がしたスマホを見ると、そこにはトレセンの三女神AIのゴドルフィンバルブがいた。
『おはよう、ライトオちゃん。突然で悪いのだけど……今すぐ、VRウマレーターに入って欲しいの』
「本当に突然。しかし貴女の頼みなら答えなくては最速の名折れです。今行きましょうすぐ行きましょう」
ゴドルフィンバルブは、学園全体に尽くすプログラムでありながらライトオにとても良くしてくれた。
走る力の継承、VRネコチャン達との戯れ、個人的な頼みなどずっとライトオを支えてくれた。
なのでライトオは一も二もなく引き受けると、スマホの中のバルブは柔和な微笑みを浮かべて頷いた。
『なら、私の目を見て、意識を集中して……さぁいらっしゃい。私の直系であるライトオちゃんなら、VRウマレーターを介さなくても直接中に入ることができるわ……』
「そういうものなのか。ではイントゥザVR!!」
ライトオは、スマホの中のバルブをじっと見つめる。
まるで仏壇の中のご先祖様に導かれるように、ライトオの意識はスマホを通してVRウマレーターの中の世界に吸い込まれていった。
「ここは……レース場か?」
ライトオが目を開けると、見慣れた光景が広がっていた。
たくさんの沸き立つ人々にウマ娘。向こう正面には芝のターフ。そしてゲートにゴールが用意されている。
『良かった……ライトオちゃん、来てくれてありがとう』
ライトオが振り向くと、そこには自分を呼び出したバルブが立っていた。
『ルドルフちゃんやヴィルシーナちゃんが話していたVRウマレーターの新しい機能。それが……このレース場よ』
VRウマレーター内部だというのに本物のレース場そっくりの賑やかさだ。
ゴドルフィンバルブが手のひらでウィナーズサークルを示すと、そこには先日の事件で犯人と疑われたヴィルシーナが気品あふれる姿で立っていた。
そこに、緑の軍服のような服を着た大人のウマ娘が彼女にマイクを向ける。
「……おめでとう、ヴィルシーナ。気分はどうだい?」
「ありがとうございます、スピードシンボリさん。伝説の三冠ウマ娘たる貴女に祝福してもらえたこと。女王として光栄の至りですわ」
スピードシンボリは、シンボリ家のOGウマ娘だ。
ルドルフやシリウスのような最上級生ですら畏敬を払うほどのレジェンドウマ娘である。
そんな彼女は、苦笑して答えた。
「本来はルドルフが祝うはずだったんだが……彼女の起床難が災いしてね。老いぼれが代役ですまないね」
軽い自嘲を挟み、スピードシンボリは改めて、シーナに称賛の言葉を向けた。
「ヴィルシーナ。VRの再現とはいえ、ラモーヌと同じトリプルティアラを達成した君を祝えて嬉しいよ」
「シーナさんが……トリプルティアラ?」
ヴィルシーナのティアラ路線における戦績は全て二着。素晴らしい結果ではあるが、銀の冠に甘んじつつけた彼女の悔しさは勝敗に関心の薄いライトオですら察するに余りある。
「ええ、ずっと私が追い求めた女王の戴冠……妹達に見せることができて、万感の思いです。ねぇ、ヴィブロス」
シーナは、一番近くの観客席にいる妹に話しかける。
そこには最愛の末妹であるヴィブロスが涙を流して喜んでいた。
「うん! お姉ちゃんに勝てるウマ娘なんていないって、ずっと信じてたから……お姉ちゃんの夢が叶って、私もすごく嬉しい!!」
「なんだ、この異常な光景は……!?」
ライトオが一瞬でターフを見回したが、本来のトリプルティアラたるジェンティルドンナは見当たらない。
観客達も、誰もこの光景に異議を唱えることなくヴィルシーナを祝福している。
「あらヴィブロス、泣かないで。あなたには笑顔の方が似合うわ」
そう優しく妹の頬を撫でるシーナの態度からは、一切の芝居は感じられない。本気で自分がトリプルティアラを達成したと思っているようだ。
「えへへ、おかしいね……トリプルティアラになるお姉ちゃんの姿、ずっと見たかったはずのなのに……なんで、こんなに悲しいんだろう……」
「大丈夫よ、ヴィブロスは強い子だもの。きっと、これからヴィブロスもティアラがふさわしいウマ娘になれるわ」
(そもそも、何故ここにヴィブロスがいる?)
このVRは、既に公式レースを走り終えたウマ娘のためのものと聞いている。事実、ヴィルシーナのもう一人の妹であるシュヴァルグランや、他の現役ウマ娘は一人も見当たらない。
「ここで突っ立っていても埒が明かない。今すぐシーナさんにこの場がどうなっているのか聞き出しましょう」
ライトオは、この異常な状況の原因を突き止めるために観客席から迷いなくターフへ飛び降りようとした。
「そこのウマ娘、観客席からの飛び下りは禁止であ゛り゛ま゛す゛! レースに出たいなら、然るべき出走手続きをするように!」
ライトオを止めたのは、警察ウマ娘でありライトオと数々の事件を解決してきたフェノーメノだった。
これ幸いと、ライトオは飛び下りはやめていつも通り情報を聞き出そうとする。
「お前もいたのかメノ。ここはいったいどうなっている? 何故シーナさんがトリプルティアラを達成したことになっているんだ」
メノは、ライトオの態度に明らかに怪訝な顔をした。
端的に言えば初対面なのに馴れ馴れしいナンパでも見たように、しかめっ面で答える。
「あなたは確か、カルストンライトオさんでしたね。今日はVRウマレーターでシーナさんがトリプルティアラを達成した秋華賞の映像を再生しています」
「なっ……!?」
流石のライトオも困惑を隠せなかった。
メノとシーナは同期、彼女の戦績を間違えるはずがない。そもそもライトオのことを検事と呼んで頼ってくれたのにまるで全て忘れてしまったのかようだ。
「トリプルティアラを達成したシーナ。喜んでいるのに涙を流すヴィブロス。そして私との記憶を忘れているメノ。ここから導き出されるロジックは……そうか!」
ライトオは、最速でこの場とメノの状態からロジックを一直線に繋げる。
「……一連の事件に使われたタキオン製の記憶を失うクスリ。まさか3人ともそれを服用させられているのか」
各事件の隠蔽のために記憶を失うクスリが使用されたが、わざわざそんなクスリをタキオンに作らせたことが不自然だとは思っていた。
「本来の目的は、このVR空間。記憶を奪った状態でVRウマレーターによる精巧な映像を見せることで存在しない記憶を捏造するのが目的だったのか!?」
驚くライトオに、バルブは答えた。
『……ええ。そうみたい。シンボリ家の発案で、サトノ家が開発した新機能のようね。メジロ家も、それを知っていて……賛成する子も、反対する子もいたみたい』
「シンボリ家、メジロ家……そうか、今までの事件はそういうことだったのか」
ライトオは再び思考を最高速で直進させ、これまでの事件を一直線に繋げる。
「ドーベルさんやシリウスさんが記憶を消されたのは、事件の犯人を隠すためではなかった。この計画を反対させないために記憶を消すのが本当の狙いだったわけか」
一連の事件の被害者になったメジロドーベルやシリウスシンボリ。メジロ家とシンボリ家として計画を知り、そして反対したのだろう。だからこそ計画を押し通すために記憶を奪った。
バルブは、悲しそうに目を伏せて答える。
「そうね、今はシーナちゃんがトリプルティアラ達成の映像が出ているけれど……さっきはそこのフェノーメノちゃんがメジロ家の一員として活躍した記録、それとシリウスさんが凱旋門賞を勝利したときの映像記録が流れていたわ」
「そのときの二人の様子は?」
「シーナちゃんと同じ……とても喜んでいたわ。なにせ、彼女たち自身の叶わなかった悲願が叶う夢なんですもの……当然よね」
どんな栄光を掴んだウマ娘にも、何かしらの後悔、叶わなかった夢、もしもあの時こうだったら。そうしたものは必ずある。
過去の無念を記憶を一度リセットした状態で理想の光景を刷り込まれれば、確かに幸福感を覚えられるだろう。
「姑息。そんなものはまやかしです。過去は光の速さをもってしても変えられない。自分の叶えられなかった夢はこれからを走るウマ娘に託すのがトレセン学園ではありませんか」
シリウスも、メジロ家も、それぞれの形で自分達の走りのノウハウをウマ娘に伝えてきた。これからを走るウマ娘が海外レースを勝ち取ることもあり得るだろう。ヴィブロスだって、そうなるかもしれない。
2人で話し込むライトオとバルブに、メノは警察ウマ娘として生徒手帳を見せながら言う。
「お二人とも、何をこそこそ話しているでありますか。三女神のバルブさんはともかく、カルストンライトオさんの入場許可は出ておりません。生徒会室までご同行を」
「……いいだろう、連行されてやろう」
メノがライトオを連行しようとする。
ライトオは、一瞬考えてメノでも捉えきれない最速で行動した。
「ただし━━今すぐ正気に戻れメノ! 高速直線デコピン!!」
「ふぐぉっ!?」
埒が明かないと判断したライトオは、メノに指1本で最速のデコピンをお見舞いした。
「何をするでありますか!? 暴力は犯罪!
犯罪であります! ライトオ検事といえど許せませんよ!」
「フッ、正気を取り戻したかメノ。やはり壊れた物を直すなら一直線のデコピンが一番だ」
「ハッ!? 本官は、いったい……」
正気を取り戻したメノは辺りを見渡し、そしてトリプルティアラウマ娘として祝福されるヴィルシーナの姿を見て愕然とした。
「状況は飲み込めたな? 説明してもらおう、会長さんにシーナさんと連行されてから何があった」
「本官は……一度事情聴取を受けた後、是非明日VRウマレーターの新機能体験会に来て欲しいと」
「フム、それがこの光景か」
「なんでも、引退してトレセンで働くウマ娘向けの慰労会とのことでして……」
「自分の叶わなかった夢を記憶を消した状態で精巧に再現して体験させる、というわけだな」
メノは祝福されるヴィルシーナを見て、辛そうに言った。
「確かに、シーナさんは喜んでいます……本官だって、例えばダービーで一着を取れた夢が見れたら幸福を感じるでしょう。お世話になったメジロ家の皆様がそれを望むなら恩返しにもなる」
「ほう、ならばメノはこの状況を放置して構わないと?」
ライトオは真っ直ぐにメノの目を見て問いかける。
例え偽りの歴史であっても幸福な夢を見ることは正しいのか。メノはしばらく考え、ライトオも珍しいことにそれを待った。
「いえ……この光景は、正義とは言えません。シーナさんの……一度しかないウマ娘の蹄跡を歪めて再現するなど、見過ごせないであります」
そこで、バルブはこのウマレーターを管理するAI として発言した。
『けどやっていることは、あくまでVRウマレーターで映像を作って流しているだけよ。違法性はないわ』
「でしょうね。なのでルドルフさんに直訴しましょう。全ウマ娘の幸福を願っている彼女なら話せばわかるはず」
「しかしライトオ検事。ルドルフ会長にも相応のお考えがあってこのVR機能を作ったのでは? 私たちの訴えで耳を傾けてくれるでしょうか」
その言葉にライトオは指をまっすぐ、今もまだ涙を流しているヴィブロスに向けた。
「既に公式レースを走り終えたシーナさんやメジロ家、シンボリ家にとっては幸福かもしれん。だがヴィブロスの涙こそが全ウマ娘の幸福との最大のムジュンだ。
ヴィブロスは姉が勝ちまくったから憧れているのではないことくらい私でもわかる」
「……そうですね。行きましょう、会長さんのところへ」
『……やはり2人は、会長さんのところに行くのね?』
「ああ。バルブさん。私とメノの意識を現実世界に戻してくれ」
バルブは少し考え、まずに言った。
『わかったわ。メノちゃんの意識は本当なら他のみんなと同じタイミングで目覚めるように設定されているみたいだけど……三女神の権限で強制ログアウトさせるわね』
「はっ、感謝するであります!」
『それで、ライトオちゃんは……』
「どうしました? 時間が惜しいと言いたいところですが、大恩あるバルブさんの言うことなら2秒くらいなら待ちます」
バルブはいつも通りのライトオに、AIらしからぬ躊躇いと共に言った。
『ライトオちゃん。私に残った唯一の直系のウマ娘。もしこの先どんなに残酷な真実が待っていても……あなたの進むべき道を見失わないでね』
「フッ、ご忠告ありがとう。しかし私の進む道など一直線しか存在しない。今までもこれからも、私は最速だ」
こうして現実世界に戻った2人はそれぞれ生徒会室まで直行し、中に入ると待っていたのは倒れ付した会長の姿だった。
そしてそこには、ライトオの身体データ及び彼女の最高速はもう更新できず、トレーナーと協力してライトオを騙し続ける旨が記載されていた。
「メノ。この状況をどう思う? まずお前から見た客観的な情報を確認したい」
ライトオは珍しく、あるいはトレセン学園に来てから初めてと言えるほど取り乱していた。
だがそれでも、真っ直ぐ真実に向かうためライトオは父の信念を思い出す。
(検察官の父さんは言っていた。真実は時にザンコクだと。だがそれでも、目を反らすことは許されない。信じたいもののために真実を歪めてはいけない)
「ハッ! フェノーメノ、この部屋の調査報告をさせていただくであります!」
その様子を見て、メノも覚悟を決めたように敬礼して証言を開始した。
「現場は生徒会室、朝6時。生徒会長シンボリルドルフさんが気を失っている姿を発見。
記憶を失うクスリ、また本人の書き置きから、連日の事件の原因となってしまったことを悔やんだ上での行動かと思われます。
混乱の原因となる記憶を失うクスリを自ら飲むことで責任を」
「異議あり!」
ライトオは、指が震えてしまわないよう気を強くもってルドルフの机に置かれた書き置きを指差す。
「記憶を失ってしまえば、事件に関する説明も出来なくなってしまう。責任を取るどころか、責任から逃げているだけだ。
そんな愚行を、生徒会長シンボリルドルフが犯すとは思えない」
「確かに。本官も、不自然に思います。あまりに会長さんらしくない」
メノも頷く。ルドルフの掲げる全ウマ娘の幸福を願う気持ちは本物のはずだ。
「つまり、この書き置きはルドルフ本人のものではなく誰かが偽造した可能性がある。ルドルフさんも誰かに気絶させられた後、クスリを飲まされたのだ」
「しかしこの字、他の生徒会で使われている書類などとも筆跡は酷似しております。筆跡鑑定が出来ないので断言まではできませんが……」
ルドルフによって書かれた達筆な書類がこの部屋にはたくさんある。それらの文字と書き置きはほぼ同一に見えた。
「その問題は一旦置いて起きましょう。ルドルフさんが誰かにクスリを飲まされた場合、真犯人の可能性があるのは誰か?」
「今は朝6時。今校内にいるのは、VRウマレーターの新機能体験会に参加していた方達になりますね」
あの機能の目的がかつて叶えられなかった夢を本来の記憶を消した上で再現するものとなれば、当然OGウマ娘にとっては夢のような機能だろう。
「フッ、なるほどな。どうやらこの事件の真犯人が見えたぞ」
「なんと! さすがライトオ検事、もう真実にたどり着いたでありますか!」
ライトオは指で頭をトントンと叩き、宣言する。
「この学園のOGウマ娘で、ルドルフさんやシリウスさんを気絶させられるほどの人物。そして犯人は恐らくルドルフさんの筆跡を真似られるくらい親しい。
つまり、この事件の……いや、この一連の事件の全ての黒幕は━━」
ライトオがそこまで言いかけた時、生徒会室のドアが開き、1人のウマ娘が入ってきた。
緑の軍服のような衣装に胸にクラシック三冠を表す勲章を着けたOGウマ娘だ。
「進退維谷。私のかわいいルドルフの寝姿を見てしまったんだね。話し声が聞こえるからもしやと思ったんだが」
「━━犯人はお前だ、スピードシンボリ!!」
ライトオは、前置きも何もなしに真っ直ぐ指をつきつけた。
スピードシンボリ。最上級生のルドルフやシリウスにとっての憧れとも言える海外レースの先駆者だ。
麒麟児とも表現される彼女は、穏やかにライトオを見ている。
「……君がルドルフが気にかけていたカルストンライトオだね? 縦横無尽の噂通り、話も足も速いようだ。もうこの部屋にたどり着いているとはね」
「ご存知のとおりカルストンライトオ、最速です。あなたを詐欺罪と暴行罪で訴えます。理由はもちろんおわかりですね。生徒指導室にぶちこまれる楽しみにするがいい」
「さて、なんの事かな。この老いぼれにもわかるよう、改めて説明してくれると助かるよ」
スピードシンボリの物言いは、シラを切っているものとは違う。ライトオの認識を確かめるような丁寧さだ。
「少なくとも、あなたは会長さんが気絶していることをVRウマレーターに入る前に知っていたはずです」
「なぜそう思うのかな?」
「あなたはVRウマレーターの中で、会長さんの代役としてあの場に立っていた。起床難が災いしたと言っていたが、実際には既に事件が起こっていたのだろう?」
「おや、君も入っていたんだねあの空間に。私は呼んだ覚えはないんだが」
困ったように笑うスピードシンボリを見て、ライトオは心の中で確信する。
(流石のスピードシンボリでも、AIのバルブさんが私を招き入れたことまでは把握していないようだ。これは重要な武器になりそうだな)
間髪を容れず、ライトオは自らの推理を続ける。
「あなたは明け方、会長さんに無理やり記憶を失うクスリを飲ませた。そしてルドルフさんの筆跡を真似て、彼女が自ら記憶を失う選択をしたように見せかけたのです」
「異議あり。……と言わせてもらおうかな」
その時、スピードシンボリはスッと手を上げて異議を唱えた。
ライトオの勢いに溢れた声とは違う、思わず周りが静まり返るような神秘性のある声だ。
「金蘭之契。私とルドルフはシンボリ家の同胞で、可愛い後輩なんだ。なぜ私が、ルドルフを気絶させなくてはならないのかな」
「同胞だからといって、いつも仲良しこよしとは限らない。デュランダルのチームなんて事あるごとにトレーナーが吹っ飛ばされている」
「あれは特殊すぎる気がするであります……」
デュランダルにスイープトウショウ、ドリームジャーニーにオルフェーヴルやカレンチャンが所属するチームを引き合いに出すと、スピードシンボリはやれやれと首を振った。
「あんな三冠ウマ娘は他にいないからね。
まぁ、私とルドルフの間に何かあったことにしてもいいよ。
だとしても、今日の新機能お披露目の時に気絶させて私にはなんのメリットも」
「異議あり!!」
今度はスピードシンボリの言葉に割り込むように、ライトオが勢い良く異議を唱えた。
そして、気絶したルドルフの机に置かれた書き置きを指で示した。
「この遺言には、全ては自分の責任だと書かれている。あのVR新機能には反対意見も多くあり、数々の事件が起こってしまった。
あなたはその責任を、全て会長さんに背負わせるために彼女を気絶させ記憶を失わせたんです」
「へえ、私が可愛い後輩を気絶させた証拠品でもあるのかな?」
スピードシンボリの反論に、ライトオは真顔のまま答える。
「ではスピードシンボリさん。あなた自身に証言してもらいましょう。ルドルフさんの代役としてVRウマレーターに入る前の事を教えてください」
「……ああ、私の発言からムジュンを引き出して私を告発するつもりなんだね」
「ライトオ検事にかかればどんな小さなムジュンもお見通しであります! どうか、本当の事をおっしゃって下さいスピードシンボリさん!」
「いいよ。今朝の事を話してあげようじゃないか」
スピードシンボリは、胸元の三冠ウマ娘としての勲章を弄りながら再び証言を開始する。
「私は明け方、VRウマレーター新機能の御披露目のためにルドルフを起こしに生徒会室まで行ったんだ。
彼女の起床難は折り紙つきだからね。私が起こしてあげないと寝起きが悪いんだ。
だが生徒会室に入ってみれば、ルドルフは既にクスリを飲んで全ては自分の責任だと書き置きを残しているじゃないか。
ルドルフもまだ若い、自責の念からあんなことを」
「異議あり!!」
再び、大きな声で異議を唱えるライトオ。
そして、言葉を続けたのはメノだった。
「ルドルフさんは誰よりも模範的で、まさに生徒会長たるお方……彼女が、己の職務と説明を放棄するはずがありません!!」
「その通りだ。あなたはルドルフさんと昔から親しいのだろう? そんなあなたが、ルドルフさんの何もかも無責任な行動に違和感を覚えないはずがない。今の発言こそが、スピードシンボリさんが犯人であることを示している」
メノとライトオの反論に、スピードシンボリは目を丸くした。
「へえ……そこまで言われるなんて、ずいぶん信頼されているんだねルドルフは」
自分が犯人扱いされたことよりも、ルドルフに対する評価に驚いているようだった。
そしてスピードシンボリは手のひらを合わせパチパチと。
ゆっくり、メノとライトオに拍手を送った。
「束手無策。認めよう、降参だ。そう、私がルドルフを気絶させた犯人なんだよ。君たちの言う通り、全ての責任をルドルフに押し付けるためにね」
意外にもあっさり、スピードシンボリは自らの犯行を認めた。
「ほう、なかなか潔いですね。さすが老いてなお三冠ウマ娘と言うべきでしょうか」
「スピードシンボリさん……あなたを逮捕し、生徒指導室で取り調べをさせていただくであります」
メノが懐から手錠を取り出し、スピードシンボリにかけようとする。
しかしそこで再び、スピードシンボリはスッと手を上げた。
「おっと、何か根本的なことを忘れていないかな? 私を生徒指導室を連れていくことは出来ないよ」
「根本的なことだと?」
スピードシンボリは、自分の緑色の服。ルドルフやシリウスの勝負服のデザインの元になったそれを示す。
「私はとっくに、この学園のウマ娘じゃないんだ。OGウマ娘なんだよ。この事件は、ルドルフが目を覚ましてからシンボリ家でゆっくり話を付けさせてもらう。
だから、君たち一般生徒には最初から無関係な話なんだ」
「な、なななな……なんですって!?」
驚くメノ。しかし冷静に考えればその通りだ。
スピードシンボリはとうの昔に学園を卒業し、今は海外レースに関する職員をやっているレジェンドウマ娘。
風紀委員が取り締まることのできる相手ではないのだ。
「こ、これが治外法権……! いったいどうすれば……!」
真実どうこう以前に、生徒同士の問題ではなくシンボリ家の問題ですと言われてしまえば風紀委員のメノには追求することが出来ない。頭を抱えるメノ。
まして一般生徒であるライトオになんの権利もない。だがそれでも追求を止めるわけにはいかない。
「クッ……だが、ここには私の盗まれた身体データもある。その事に関する説明もしてもらわねばならない!」
ライトオは自分の身体機能が既に下降線を降り始めたことを示すデータを示す。
だがそれにも、スピードシンボリはゆっくりと首を振った。
「あいにく、私もその事に関しては知らなくてね。短距離王サクラバクシンオーのことは数年だましだましで続けていたのは関与しているが、君の身体情報についてはよく知らないんだ」
「なっ……ではバクシンオーが一時期バクシンを忘れおかしくなっていたのも、お前の仕業だったのか!」
バクシンオーがかつて夢見ていた全距離制覇を忘れ、残酷な真実よりも都合の良い嘘で騙し続けた方が幸せだと口にするようになった事件。
それもまた、スピードシンボリによって引き起こされたものだったと言う。
「とにかく、君の事もシンボリ家でどうするか話し合わせてもらうよ」
「冗談は顔と戦績に見合わぬ腰の低さだけにしてもらおう。私の求めるのは最高速の更新のみ。それが出来ないなら、私はこの学園を去━━」
しかし、そこでライトオの言葉は止まった。
この学園に入った目的。誰よりも速い最高速の追求。
それが終われば学園を卒業すると決めていたはずだったし昨日もタキオンやルドルフに向けてそう言った。
(もしあの身体データが真実ならば、私の学園生活が終わる。メノと事件を解決することも、タキオンやポッケ、カフェとの騒動に付き合うことも、デュランダルのチーム漫才を眺める日々も。チームミラクルずで歌う日も。トレーナーとの二人三脚で駆け抜ける時間も終わる)
この学園で過ごした日々、解決した事件の数々が、走マ灯のようにライトオの頭の中を最高速で駆け抜けていく。
スピードシンボリは、悩める後輩を導く先輩の顔で言った。
「終わりを迎えるのは辛いだろう? だから、君が望むなら真実を書き換えてしまってもいい。君はまだ、誰よりも速く走り続けることが出来るんだから」
「ライトオ検事……」
スピードシンボリは、ポケットからカプセル錠を取り出す。恐らく、記憶を失うクスリを詰めたものだろう。
ライトオが記憶を失い、身体データの真実を忘れればライトオは最高速の追い求めて走り続けることが出来る。
(だがそれは、二度と更新されることのない偽りの速さだ。私の求めるものではない。なのに……怯えているのか、私は。最高速を求める日々が終わってしまうことを!)
ライトオのまっすぐつきつけた指が、震えて、言うべき言葉が出てこない。
「甘いな!!」
その状況を一喝したのは、この部屋に入ってきたシンボリ家のウマ娘、シリウスシンボリだった。
「スーさん……逃げようたってそうはいかねぇぜ。この事件は、ここできっちりケジメを付けさせてもらう」
「シリウス。もう怪我はいいのかい?」
心配するスピードシンボリに対し、シリウスシンボリは狼のように鋭く歯を見せて笑う。
「ハッ! あいにく、誰かさんのせいでオチオチ寝てられなくてな。この事件は学園でケリをつける。シンボリ家のジジイどもの出る幕はねぇ」
「へえ、偉くなったねシリウス。そんなことを、お家の皆さんが許すとでも━━」
「この学園で起こった事件に関する説明とルドルフ及びアンタが深く関わってること……シンボリ家にキッチリ説明させてもらったぜ」
シリウスも、VRウマレーターで自分が凱旋門賞を勝利した光景を見せられていた。
メノは同じ場にいたもの、そしてあの薬を飲まされたものとして聞く。
「しかしシリウスさん、あなたは記憶を失っていたはずでは……」
「フン……確かにまだ曖昧だがな。私自身の記憶がなくとも、私の子犬どもに聞けばこの学園で何が起こってたかはある程度確認できる。
私に邪魔されたくなきゃ、学園全体の記憶を消すんだったな!」
「さ、さすがの情報網であります……!」
記憶を失い、それでも仲間達から情報をかき集め、シリウスはそれを否定することを選んだ。
「その結果……この一件は、学園で徹底的に調べて解決するよう、アンタの大事にしてるお家が許可を出したのさ!」
「なっ……!?」
スピードシンボリが、今度こそ本気で驚いた。
この事件はシンボリ家で内々に処理するのではなく、学園の公に事件として扱われる。
「考え直してくれシリウス! 君にもルドルフにも……学園の生徒達にも、知らない方がいいこともある!」
一瞬だが、スピードシンボリがひどく焦った声を出した。
だがその様子に、ライトオは違和感を覚える。
(スピードシンボリは、己の保身を考えているわけではないのか?)
ごくあっさりと自分の犯行を認めたのは、どうせシンボリ家で処理するからだと思っていたが。この期に及んでスピードシンボリは生徒達の心配をしている。
「いつまでも私達をガキ扱いするんじゃねえ!!」
だがシリウスは、吠えた。心配されることが傲慢だと反抗した。
「……スーさん。私もルドルフも、生徒の立場こそあれど学園を守る立場なんだ。自分でやったことのケジメは自分でつける。この事件、学園の監視カメラや記録を総動員して真実を追求させてもらうぜ」
「クッ……!」
冷や汗を流すスピードシンボリ。
シリウスは、ライトオとメノの方を向いて言った。
「検事さん、お巡り。お前らもよくやってくれた。アンタらが駆けつけず、この時間をスーさんに隠蔽に使われたら私でも対処しきれなかったろうよ。昨日のことも……改めて謝罪するぜ」
シリウスは、昨日自分を気絶させた疑いをかけたメノにしっかり頭を下げた。
学園の上に立つものとして、責任のある行いだった。
「本官は、気にしておりません! あのときは、客観的に捜査しても本官が疑われて仕方ない状況でした。それより、ライトオ検事の身体データの件は……」
「ああ。その事もシンボリ家には手を出させねえ。これまで何度も事件を解決した礼だ。ライトオの身体データに関する正確な情報をしっかり揃えてやる。……それでいいよな、検事さん」
シリウスは、ライトオに確認する。
ライトオは、怯える心を圧し殺し、震える言葉を無理やり直線にして言った。
「……お願いします、シリウスさん。例えそれで学園を去ることになろうとも……真実ならば受け入れる他ありません」
「待った!」
そこで待ったをかけたのは、この事件の黒幕であるスピードシンボリだった。
さっきまでの焦りはどこへやら、もう冷静さを取り戻して3人に告げる。
「わかった。本当の事を話そう。この学園に余計な手を煩わせたくない」
「ハッ! 本当の事ならさっき自供してただろうが。VR新機能及び一連の事件の責任をルドルフに……」
そこで、今度はシリウスの言葉が止まった。
自分の言っていることが、途中で信じられなくなったように汗をかく。
それを見て、スピードシンボリはまるでシリウスが困ったときそうするように頭を抱える仕草をした。
「そうなんだよ。私がルドルフにそんなことをするはずがない。君はそれをわかってくれるね、俺の星よ」
「シリウスさん、どういう事ですか?」
メノの問いかけに、シリウスが汗をぬぐいながら答える。
「……スーさんのルドルフに対する溺愛の仕方は昔から呆れるほどでね。何があったか知らないが、ルドルフに責任を押し付けて逃げるタマじゃない」
「おいおい、私は君たち全員に惜しみ無い愛で接しているつもりなんだけどな」
「んなっ……では私たちの推理は間違っていると?」
「チッ……おい、本当は何があった!」
シリウスの問い詰めに、スピードシンボリは麒麟児らしく神秘性すら漂う雰囲気を纏わせてこう言った。
「今から話す真実は……やはり内々に処理したい。それくらい、現実は残酷なんだ。なにせ……学園のウマ娘同士で、暴力事件が起こってしまったんだからね」
「学園のウマ娘どうし……だと?」
スピードシンボリはOGウマ娘。言葉通りなら、彼女自身の犯行ではなく別の誰かがルドルフを気絶させたことになる。
「もちろん真犯人にも、薬を飲んで全て忘れてもらっているよ。……こんなことで、彼女の未来を閉ざすわけにはいかないからね」
「学園のウマ娘どうし、彼女の未来……あ、ああああっ! まさかっ!?」
ライトオは、スピードシンボリの言葉から最高速で頭を回転させ真実を導きだす。
しかしそれは、あまりにも残酷な答えだった。
「ライトオ検事、本当の真実がわかったでありますか!?」
「……おかしいとは思っていた。あのVRウマレーターは、公式レースを走り終えたウマ娘に夢を見せるためのもの。なのに何故、まだ現役ウマ娘の彼女がいたのか?」
あのVRにいたウマ娘。シンボリ家、メジロ家。フェノーメノに、トリプルティアラを達成した夢を見たヴィルシーナ。
そして……
「ヴィルシーナの妹であり、今年クラシック期を走るはずのヴィブロスがあのVRにいた本当の理由は……! ヴィブロスこそが、会長さんを気絶させた真犯人でそれを隠蔽するために記憶を消したから……!」
ライトオがたどり着いた真実に、スピードシンボリはゆっくりと拍手をした。
「本当に、君は頭の回転が速いんだな。この学園で一番賢いのはルドルフだと思っていたが、瞬発力だけなら君の方が勝るかもしれない。さすが直線最高速というだけはある」
スピードシンボリは、今朝の生徒会室で起こった出来事を騙る。
「妹を思う姉の行動が時に恐ろしいように、姉を想う妹の気持ちも時に恐ろしい。
ヴィルシーナに犯行の片棒を担がせたことに激昂したヴィブロスは、ルドルフを問い詰め……結果、掛かる気持ちを抑えられず手を出してしまった」
昨日のヴィブロスは、ヴィルシーナが犯人扱いされたことに本気で悲しんで泣いていた。
そしてルドルフが怪しいとライトオとタキオンが告げたとき、彼女はお礼を言った。
「なんということ……あの時、ヴィブロスさんは既に会長さんへの復讐を決意していたのでありますか!」
「そのようだね。こんな事件が公になってしまえば、今年クラシック期を迎えるヴィブロスは当面出走停止になるだろう。そうなれば、トリプルティアラどころか出走条件を満たすことすら叶わなくなる」
トリプルティアラにせよクラシック三冠にせよ、GⅠレースとは出走すること自体が狭き門をいくつも潜り抜けた先でようやく叶うものだ。
クラシック期序盤で怪我などによりレースに出られなくなり、治った頃には出走資格を持てずに見送ることしか出来なくなったウマ娘も少なくない。
「この事件が公になってしまえば、ヴィブロスはトリプルティアラを走れなくなり、ヴィルシーナが妹達のために学園に協力してくれたのも水泡に帰してしまう。今年シニア期のシュヴァルグランだって、悪影響は出るだろう。
そしてもちろん……カルストンライトオ。君は最高速の更新という目標を失い、この学園を去ってしまう」
スピードシンボリは、心から後輩たちを案ずるレジェンドウマ娘として。
ライトオ達に、穏やかに宣告した。
「こんな残酷な真実が、君たちを幸せにするとは思えない。この薬を飲んで、全て忘れて。これからも、平穏に走り続ける学園生活を満喫してほしい。
……俺の願いは、ただそれだけだよ」
ウマ娘5周年、新たなウマ娘が多数登場しましたね。マルシュロレーヌちゃんかわいい。
この物語は次で最終話を迎えますが、最後までお付き合い願えると幸いです。
Ps.公式でスピードシンボリとシリウスシンボリがしりとりしてるの可愛い。