直線検事カルストンライトオ 事件解決も最速です 作:じゅぺっと
「開廷ッ! これより、エアグルーヴが刃物で刺され気絶した事件の審理を再開するッ!」
体育館の壇上で、理事長代理・秋川やよいが宣言する。
「検察側、弁護側、準備はよろしいだろうか!」
「検察側、カルストンライトオ。元より」
「弁護側、ダンツフレームは……だ、大丈夫です!!」
ライトオは父親が検事を務めており、彼女の勝負服も検事服をモチーフにしている。
勝負服姿で立つその様子は、まるで本物の検事のようだった。
ライトオは、間を置かず状況の説明を始めた。
「まずは前半戦のおさらいからだ。ファインモーションの結婚パーティーで、停電中にエアグルーヴが刃物で刺され気絶する事件が発生した。
現場で笹針を持っていたヒシミラクルが容疑者となったが、弁護側の立証により、エアグルーヴを刺した刃物は笹針ではなく、床下から突き立てられたフェンシングの刃であることが発覚した」
「安堵ッ! ではやはり、調査の結果ヒシミラクルは犯人ではなかったのだな!」
理事長が、ほっとした表情を隠さずに言う。
「既に本人には謝罪したが、この場を借りて改めてお詫びしたい。ミラ子さん、ご友人の方々、本当にすまなかった」
「私からも、騎士として友を疑う恥ずべき行いをしました。後でどのような罰でも受ける覚悟です」
ライトオと、その傍らにいたデュランダルが、けじめとして傍聴しているウマ娘たちに直角九十度のお辞儀をする。
『What a relief……』
『アフマーフティブ』
『希望の輪は繋がったのですね』など、傍聴しているウマ娘たちのヒシミラクルを気遣う声も聞こえた。
「だが、安心するのはまだ早い。理学療法士のケイエスミラクルにエアグルーヴの診察を依頼し、ミラ子さんに笹針を持っていた理由を聞いたところ、興味深い事実が判明したのだ」
「ほう、どんな事実なのだろうか?」
理事長に促され、まずライトオはケイエスミラクルから受け取った診断書を取り出した。
「ケイちゃんによれば、エアグルーヴの傷跡は明らかに笹針の跡とは違うとのことだった。酔っ払った医学生でも間違えないレベルでな」
「最初の診断が誤診だったということだろうか?」
「エアグルーヴは当然、ファインのSPたちによって病院に運ばれ診察を受けている。なのに何故このような間違いが起こったのだろうか」
「ううむ……もしやそれが、ヒシミラクルが笹針を持っていた理由に関係するのか?」
理事長の疑問に、ライトオは頷いた。
「ミラ子さん、自分の口から説明できますか? 私が代わりに言ってもいいが」
「ありがとうライトオちゃん。ちゃんと……わたしの口から説明するね」
ヒシミラクルの表情は、まだ明るいとは言えない。だが最初の怯えきった姿からは、いくらか普段の彼女らしさを取り戻していた。
「言い出せなくてごめんなさい。わたしが覚悟を決められなかったせいで……みんなにも心配かけて、ライトオちゃんを悪者にしちゃうところでした」
「相応の理由があるのだろう。疑われた君を責めるものなどいるまいッ!」
ヒシミラクルも、ぺこりと頭を下げて説明を始める。
「わたしは、お願いされたんです。パーティー中に停電が起こったら、テーブルの下に用意した懐中電灯を取り出して、ライトで舞台を照らしてほしいって」
「懐中電灯? いや……まさか、それが実際には笹針だったということか」
「はい。そうしたら、お色直しが終わったファインちゃんが舞台に現れるって」
そこでヒシミラクルは大きく息を吸い、吐いて。
自身が疑われる理由になった行動を唆した人物の名前を口にした。
「……そう、ファインちゃん本人にお願いされたんです。パーティーの前に」
「な……なんとっ!? ではまさか、花嫁であるファインモーション本人が事件を企てたというのかっ!?」
驚く理事長、ざわめく傍聴席。
「待った!」
しかしヒシミラクルは、すぐに待ったをかけて会場を静かにした。
「わたしは、ファインちゃんを信じてます。ファインちゃんがわたしを騙して、エアグルーヴさんを刺すはずない。だって……童話のお姫様みたいに優しいウマ娘なんだから」
「か……感動ッ! この状況でなお、彼女を信じることができるとは……!」
涙を流す理事長。
それを横目に、ライトオは大きく肩をすくめて言った。
「フッ。だが、状況としてファインが限りなく怪しいことに変わりはない。検察側はファインモーションを証人として召喚し、真実の追求を求める」
「ライトオちゃんは……ファインちゃんを疑ってるんだね」
「無論だ。最初に言った通り、ミラ子さんやダンツ、デュランダルにとってファインは友達でも、私にとっては友達ではない」
ライトオは、あえて強く疑っているようにも見えた。
「学園に来た時は王女キャラだったのに、いつの間にか政府高官の娘にキャラ変したやつのことなど信用できんな。私が直線キャラから直角キャラになるようなものだぞ」
「それは……たいして変わらないんじゃないかなぁ」
ライトオは検察側の机を大きく叩き、己の見解を告げる。
「診察結果を都合よく誤診してミラ子さんに疑いを向けたこと自体が、ファインが犯人である可能性を強く示している」
「なるほどっ! 確かにファインモーションが犯人であれば、SPたちが嘘の診断を使って誤魔化そうとするのも当然だな」
理事長が納得する。ライトオは立て板に水のごとく、己のロジックを繋げていく。
「事件が起こった時、ファインはお色直しで会場にいなかった。逆に言えば、床下からエアグルーヴを……あるいは、ミラ子さんを刺すことは十分可能だったということだ!」
「た、確かに……ヒシミラクルも笹針を取り出すためにテーブルの下に潜ったなら、そういうことになるな」
「床には、何度か下から刺した跡があった。これはミラ子さんがテーブルの下に潜った時も、刃が突き立てられたことを示している。やはり━━」
「聞き捨てなりませんね」
ライトオがファイン犯人説を立証しようとした時。
まるで銃声のように、あるウマ娘の声が響いた。ライトオは、証言台に立ったそのウマ娘に言う。
「やっとご登場願えましたね。SP隊長さん」
黒いスーツにサングラスをかけたウマ娘は、ファインモーションの護衛を専門にするSPのリーダーだった。
サングラス越しでもわかる威圧感のある瞳が、ライトオを睨む。
「よりにもよって我が殿下を犯人呼ばわりとは……世が世なら不敬罪に処すところですよ」
「ファインは既に王女ではない。不敬罪だろうが弁護罪だろうが、そんなものはない」
「話の通じないやつだ。まさか他の皆さんまで、ファイン殿下を疑っているわけではありませんね」
まるで要人警護そのものの迫力で辺りを見渡すSP隊長。
「さっきも言ったが、そこのミラ子さんやダンツ、あとついでにデュランダルは、ファインの友人なのでこの期に及んで疑うつもりはないらしい」
「ついでって、あなたね……」
検察席の横にいたデュランダルが小さくツッコミを入れたが、いつもの漫才をするほどの余裕はない。
「よって検察側である私が、ファインを告発しているわけだ」
「そうか……ライトオちゃんは、このためにわざと……」
弁護側でことの成り行きを見守っていたダンツは、ファインを信用しないと言ったライトオの真意を理解した。
事件の真相を解明するためには、誰かがファインを疑わなければいけない。そしてその役目を、直接の友人ではないライトオが買って出てくれたのだ。
「君がファインモーションのSP隊長か……名前を聞いてもよろしいか?」
理事長が尋ねると、SP隊長が会釈して答えた。
「ウマ娘としての名前はピッコロプレイヤーと申します。ですが私のことはSPとお呼びいただければ結構。この学園のウマ娘ではないのですから」
「ふむ……ではSP隊長。そこに立ったということは、事件に関する証言をする……ということでよいだろうか?」
「ええ。殿下が犯人など、言いがかりにも程がある。私が証言し、殿下の潔白を証明します」
有無を言わせないSP隊長に、検察席の横にいるデュランダルが問いかけた。
「ピッコロさん、ファイン殿下はやはり心を痛めていらっしゃいますか? 昨晩の彼女の落ち込みようは、こちらの胸が痛くなるほどで……」
昨夜は騎士として、ファインの友人として側についていたデュランダルだからこそできる質問だ。
「ああ、貴公はよくやってくれたが、ご友人を傷つけられた殿下の悲しみはアイリッシュ海よりも深い」
この中でSP隊長と最も面識があるためか、答える態度にはほんの少し柔らかさが感じられた。
「ではSP隊長には、ファインが犯人でない根拠、及び診断の誤診について証言してもらおうか」
「いいだろう。殿下が犯人でないことを示してやる」
「ではダンツ、弁護側として尋問をお願いします。この事件の真実に最速でたどり着けるかどうかは、あなたにかかっています」
ここまで検察側ライトオの独壇場だったが、弁護側であるダンツにも大事な役目がある。
ダンツは、物語の主人公のように、先輩であるヒシミラクルを守るためSP隊長にもきっぱりと宣言した。
「……はいっ! ダンツフレームは、大丈夫ですっ!」
「ではSP隊長! ファインモーションが犯人でない根拠について証言をお願いするッ!」
理事長の言葉を受けて、SP隊長は証言を始めた。
「ファインモーション殿下が、エアグルーヴさんを刺すはずがありません。
お色直し中、停電の瞬間もメイクスタッフと共にいたのです。
診断の件は、我らSPの不徳の致すところですが、それを理由に殿下を疑うなど言語道断。
大方、トレセン学園のウマ娘を狙う賊が忍び込んで━━」
「異議あり! ……です!」
ダンツが、しっかりと異議を唱えた。
SP隊長が、サングラス越しにダンツを睨む。
「……なにか問題でも?」
「だって、犯行に使われたのはフェンシングの刃物なんですよね……そんなものを用意できるのは、SPさんたちアイルランド側の人たちだけですよね」
「確かに、そういうことになるな。部外者の賊ではなく、ファインモーションもしくはパーティーの準備をしたSP側の誰か、ということになるわけか……」
理事長が目を閉じて考える。
ライトオは、指で頭をトントンと叩いて言った。
「フレちゃんの言う通りだ。フェンシングの試合用に用意されたはずの刃でエアグルーヴが刺された。しかも現場では、ヒシミラクルが懐中電灯ではなく笹針を持たされていた。明らかにSP側によって仕組まれた犯行だ」
その言葉を聞いたSP隊長は、慌てた様子もなく淡々と口にした。
「……そうですか。ならば我らSPの誰かが犯人であると認めましょう」
「おや、なかなか潔いですね」
SP隊長は、自分たちの組織の犯行だと認めた。
「殿下の結婚式を台無しにした犯人は必ず処罰する。……だが、そうなった以上、これはこの学園の問題ではなく、我らアイルランド側の問題だ」
「なっ、まさか逃げる気か!」
ライトオが、いち早くSP隊長の狙いを察知して声を上げた。
「当然です。学園生徒の犯行ならばともかく、私たちの中の犯人を捜すなら、このような裁判に付き合っている暇はありません。アイルランド政府の信用にも関わる問題です」
SP隊長の言い分に、理事長は扇子を顎に当てて考えた。
「ううむ……アイルランド政府のSPが我が学園の生徒を狙って刺したとなれば、確かにこの学園だけで犯人を決めるというのも難しいな」
「クッ……! どうすることもできないのか!」
「そ、そんな……!」
納得してしまった理事長に、ライトオとダンツが歯噛みする。
「さすが理事長代理。賢明なご判断に感謝します」
もはや決定事項のようにSP隊長が言い、踵を返そうとした。
「お待ちになって!!」
その時、体育館に高貴なる声が響いた。
振り向くと、花嫁であるファインモーションが勝負服姿でそこに立っていた。
「殿下! 来てはなりませんと申し上げましたのに!」
どうやらファインは、SPの反対を押し切ってここに来たようだ。
「いいえ。エアグルーヴが刺されたばかりか、ミラ子さんまで命の危険があるところだった。私が不用意なお願いをしたせいで」
「……殿下が気に病まれることでは」
ファインは首を振る。強く責任を感じているようだった。
「私自らの口で説明しなければ。政府高官の娘として……何より彼女たちの友人として」
「フッ、少し遅れたとはいえ、自らの責務から逃げず現れるとは立派だな」
ライトオはいち早くファインを称え、ちらりとミラクルやダンツ、デュランダルを見た。
「……来た! ファインちゃん来た!」 「メイン花嫁来た!」
「さすが殿下は格が違ったわ!」
「「「「これで勝つる!!」」」」
「な、なんだこの雰囲気は……」
合唱の経験を活かした息の合った言葉に、SP隊長が初めて気圧される。
「さて理事長、メイン花嫁が来たところで、彼女にぜひ証言してもらいたいことがある」
「傾聴ッ! 当事者のファインモーションが望むなら、その証言は皆で聞き届けるべきだ!」
「みなさん、ありがとう存じます」
ファインは証言台に立ち、高貴に礼をした。
「ではファイン、現在事件のポイントは一つだ。『何故ミラ子さんに笹針を手に取るよう頼んだのか?』を話してほしい」
「そうだよね。私もそれを説明しなければいけないと思っていたの」
「ではフレちゃん。尋問は頼みましたよ」
「うん……まかせてライトオちゃん!」
これが見ず知らずのお姫様なら、ダンツには怖くて尋問などできなかっただろう。ファインも色々あったとはいえ、その高貴さは健在だ。
(ファインちゃんは、私たちの友達。彼女が人を騙したり傷つけることを望むはずがない。それを前提にすれば……絶対、大丈夫!)
ファインは事件の当事者として、花嫁として証言を始めた。
「お色直しをして現れる時に、一旦停電にして懐中電灯で照らしたアイデアは、私が考えてSP隊長に伝えたんだ。
だから彼のテーブルの下に懐中電灯を用意して、友人であるミラ子さんに照らしてもらうことにしたの。
でもそれが何故か笹針になっていて……しかもエアグルーヴが刺されて、ミラ子さんまで危険にさらしていたなんて……
私……友達として失格だよ」
「「「異議あり!!!」」」
その言葉に、この場にいるダンツ、ミラクル、デュランダルから同時に異議が飛び出した。
口火を切ったのは、被告人になったヒシミラクルだった。
「そんなわけないよ! ファインちゃんがわたしに懐中電灯で照らしてくれるよう頼んでくれて……わたし、すごく嬉しかった! 普通のわたしをファインちゃんが覚えててくれて、大切な役目を任せてくれて……」
「ミラ子さん……」
そして、デュランダルが騎士として剣を掲げて言った。
「貴女は昨晩も心からエアグルーヴさんとミラ子さんを案じていた。騎士として侍っていた私が証人です。殿下の友を想う心に何の偽りもありません」
「デュランダル……」
ファインが瞳に涙を浮かべる。
そんな中、ライトオはやれやれと肩をすくめて首を振った。
「涙ぐましい友情だが、あいにく尋問で追及すべきことではない。ダンツ、わかっているな?」
「うん……今のファインちゃんの言葉は、ちょっと変だよ」
ダンツは頷いて、ファインに聞く。
「ファインちゃん。なんで新郎のトレーナーさんのテーブルの下に懐中電灯を用意したのに……トレーナーさんじゃなくてミラ子先輩に頼んだの?」
花嫁がお色直しを終えた自分をライトアップしてもらうなら、友人ではなく新郎に任せるのが自然だ。新郎のテーブルの下に用意したのなら、なおさらだろう。
「……! そう、だよね。それを説明しないと……」
「大丈夫、私もファインちゃんを信じてる。だから、知っていることをなんでも教えて?」
ファインは、覚悟を決めたように瞳を閉じて言った。
「昨日、パーティーが始まる前……エアグルーヴに言われたの。『何かSPたちに違和感がある。私は女帝としてウマ娘たちを必ず守る。お前は花嫁としてトレーナーを守れ』って」
「……殿下! 我々を疑っておられたのですか!?」
SP隊長が思わず叫んだ。しかしファインは慌てず、ゆっくりとSP隊長を見た。
「いいえ。きっとエアグルーヴが心配してくれるあまり感じた気のせいだと思っていました。けれど、言われたからには私も彼を守りたい」
「フッ。ならばミラ子さんに白羽の矢が立つのも当然だろう。なにせ超高校級の幸運だからな」
ライトオはいち早くファインの真意を理解して言った。
「ミラ子さんは、奇跡のウマ娘……大事な時に幸運がついて回るミラ子さんなら、もし万が一のことがあっても安心かなって……」
「実際、ミラ子さんは刺されなかったからな。エアグルーヴも一命を取り留めた」
「うん、ファインちゃんのファインプレーだね!!」
ヒシミラクルが感極まって大声で言い。
そして数秒後、はっと我に返った。
「……あ! 今のはダジャレとかじゃなくて! ホントなんです! 信じて!!」
理事長は少しぽかんとした後、学園のリーダーとして言った。
「……警告ッ! 自分の無罪が証明されて安心するのもわかるが、裁判中は真面目にするようにッ!」
「違うんですってば~!」
顔を真っ赤にするミラクルに、周囲は思わず微笑ましく笑った。ダンツも、少し肩の力が抜けた気がした。
「さて、もうエアグルーヴを床下から刺した犯人は確定したな」
気の緩みそうになった空気を、ライトオの一言が一直線に張り詰めさせた。
彼女の中では、ファインの証言を聞いた時点でもう事件は解決したのだろう。
「えっ、もうわかったの?」
「当然だ。ファインのお色直しの計画を知っていて、余興のフェンシングの剣を試合用ではなく闘牛用にすり替え、床下から刺す。そんなことが可能な人物は、もはや一人しかいない。ダンツ、ここまで言えばわかりますね」
立場上、ライトオはミラクル及びファインに疑いをかけていることになっている。真犯人を指摘するのは弁護側のダンツの仕事、と言いたいのだろう。
ダンツも大きく深呼吸して……真犯人の名前を呼んだ。
「一体何故……エアグルーヴさんを刺したんですか。SP隊長のピッコロプレイヤーさん」
ファインの側にずっとついていたウマ娘は、サングラスを押さえ、表情を悟らせまいとしているように見えた。
「……私が犯人だと?」
「ええ。ファインちゃんのお色直し計画を利用して、床下からフェンシングの刃で刺せるのは……ファインちゃんのお付きであるあなただけです」
ダンツの告発に、SP隊長は守るべきファインを見た。
「……殿下も、私を疑っておられるのですか?」
「いいえ。私をずっと守ってくれた貴女を信じています。今でも……貴女がそんなことをするなんて、信じられません」
ファインの言葉は、自分の臣下に対する深い感謝と愛情に満ちていて。
同時に、ライトオやダンツの推理が真実であることも受け入れているものだった。
SP隊長はしばし逡巡した後、冷徹に口を開いた。
「何故、私が殿下のご友人を刺さなければいけない? エアグルーヴもヒシミラクルも殿下に親切にしてくださる。そんな彼女たちを、何故私が傷つける必要がある?」
「フッ、悪あがきを。この事件はそもそもエアグルーヴやミラ子さんのような学園の生徒を狙ったものではない」
「ううん。ライトオちゃん。これは悪あがきじゃないよ。でも……もう、終わりにしよう」
ダンツはこれまでの事件の流れを頭の中で整理する。
「SP隊長さんは、ファインちゃんからお色直しの停電計画を聞いて……今回の計画を思いついた」
「新郎のトレーナーさんのテーブルの下に、懐中電灯じゃなくて笹針を仕込んで、トレーナーさんがそれを取ろうとしたところで床下から刺すつもりだったんだね……」
ミラクルが、ダンツと一緒に事件を一から説明するのに協力してくれる。
「きっと、トレーナーさんが自分で自分を刺したように見せかけるつもりだったんだけど……その計画はエアグルーヴ先輩に勘づかれていたんだよ」
「エアグルーヴさんは、女帝としてこのパーティー参加者全員を守るため、ファインさんにトレーナーを守るよう進言した」
デュランダルも、ダンツに言葉を添えてくれる。仲間たちに支えられながら、ダンツは事件の全てを照らし出すように話す。
「実際にはミラ子先輩がテーブルの下から笹針を取り出すことになって……それをエアグルーヴさんが危険と判断して突き飛ばし、自分が床下に潜って、そこで刺されてしまった……」
「結果として、笹針を持ってわけもわからず立ち尽くしていたミラ子さんが疑われた、というわけだな」
ライトオが事件冒頭の状態へ話をまとめた。ダンツは頷き、結論を口にする。
「この事件は、ファインちゃんと結婚したトレーナーさんを狙った暗殺事件だった……そうなんですよね、SP隊長さん」
SP隊長は、もはや反論しようとしなかった。そして、自分が犯人だとバレて激昂することもなかった。
「……その通りだ。私が、あの結婚を白紙にするつもりだった。トレーナーが結婚を前に自刃しようとした状況を作ることでな」
「な……何故ッ!? 君は、ファインモーションの護衛として彼女の結婚を誰よりも祝福していたのではないのかッ!?」
理事長は混乱している。ファインとSP隊長の仲はこの学園の誰もが知っているからこそ、信じられないのだろう。
「私は……許せなかった。殿下と結婚したあのトレーナーが……殿下から姫君としての人生を奪ったあの男が……!」
「姫君としての人生?」
ファインは最初、アイルランドのお姫様としてこの学園にやってきた。三年間を終えればアイルランドに戻り、もうトレセンには戻ってこない……はずだったのだが。
「ピッコロプレイヤーさん。それは……殿下が政府高官の娘としてアイルランドの大使を任されたことを言っているのでしょうか」
デュランダルが、直接の知り合いとして口を挟む。
ファインは、アイルランドの大使として日本に、トレセン学園に戻ってきた。
そして、担当契約していたトレーナーと結ばれるに至ったのだ。
「そうだ……殿下は本来、アイルランドの高貴なお方としてその血筋を繋げるお役目があった! だが、レースに参加した身体の負担のせいでそれは叶わなくなってしまった!」
冷静な仮面が剥がれるように、SP隊長の語気が強くなっていく。
「あのトレーナーが殿下のお体に負担をかけなければ!
あの日! そもそも殿下をレースの世界になど誘わなければ!
殿下はアイルランドの姫として生きていくことが……できたはずなんだ!!」
SP隊長は、今でもファインにアイルランドの女王でいてほしかったのだろう。
「殿下……どんな世界であろうと貴女こそ女王だ! なのに何故! 市井の男との結婚をよしとされたのです!」
SP隊長に殺意まであったかどうかは定かではない。だがトレーナーが結婚式で笹針で自らを刺したかのような状況を作ることで、結婚を破棄させようとしていたのは確かだ。
「……やはり、この事件は私のせいだったのね。私が、本当のことを貴女に、みんなに言わなかったから……」
そんな悪意に晒されてなお、ファインは臣下への礼を忘れなかった。
この事件をまるごと、己の責任として飲み込もうとしていた。
「私がアイルランド大使を任されたのは……アイルランドに戻った後の役目を果たせなくなったからだよ」
王族の血を引く高貴な生まれとして、その血筋を遺す。
そのためにファインはアイルランドに戻った。
「でも、それは……トレーナーさんのせいじゃないよ」
「そんなことはありません! あの男が殿下に負担をかけなければ━━」
「先天性だったの。━━体の異常なんですって」
その言葉の意味するところは、この場のウマ娘全員にわかった。
ダンツやミラクルは顔を青くし、デュランダルやライトオですら、なにも言えず愕然としていた。
「だからね。もしトレーナーが私を走らせてくれなかったら……もし、ただ高貴な血を持つだけの私だったら……誰も、私のことなんか覚えてなくて、ひっそりとアイルランドで消えているはずだったんだよ」
「そ……そんな! そんなバカな!」
「えへへ、バカみたいだよね。私には生まれたときから……お姫様の資格なんてなかったのに。でも、そんな私をトレーナーさんは愛してくれた」
絶望するSP隊長に、微笑みすら浮かべるファイン。
「でも、それを貴女に言いたくなかった。姫様として扱ってくれた貴女に……私には、最初からお姫様じゃないなんて。それが……こんな結果になってしまった」
「……違います! 殿下は……殿下は私の女王様です! いつ何時であっても!」
涙を流すSP隊長へ、ファインは鼻先が触れるほど近づいた。
「もう私は、高貴な身分じゃない。日本のレースでみんなと走った、アイルランド出身のファインモーションで……今日からは、トレーナーのお嫁さんになるの」
そこにどれだけのドラマがあったかは、ファインとトレーナーの間にしかわからないのだろう。
「貴女は私の小さな頃からワガママをたくさん聞いてくれました……最後のワガママ、聞いてくださる?」
「……は、なんなりと」
SP隊長は、斬首すら受け入れる罪人のようにファインの言葉を待った。
「結婚パーティー。もう一度やり直したいの。まるで時間が戻ったみたいに、エアグルーヴもあなたも、ミラ子さんたちもいて……みんなに、私と彼の結婚を祝福してほしいんだ」
その言葉が頷けないからこそ、SP隊長は今回の凶行に走ってしまったのだろう。
だがその上でファインはそれを赦し、覚悟をもって祝福してほしいと言った。
であれば、臣下としての行動は一つだった。
「……As Your Majesty commands」
仰せのままに。
SP隊長が深く頭を垂れたことで、この事件は決着した。
「さて、事件は解決したな。最速とは言い難いが、ミラ子さんの無実が証明できたのでヨシとしよう。理事長、速やかに無罪判決を」
「ライトオちゃん切り替え速っ!?」
「当たり前だ。結婚式をやり直すなら、もはや裁判などやっていられない。今すぐケイちゃんも呼んで、チームミラクルズ全員でフィガロの結婚ならぬファインの結婚を歌う準備をすべきだ」
相変わらずの最速を貫くライトオに、理事長もひとまず我に返ったようで、判決を言い渡すため扇子を開いた。
「判決ッ! ヒシミラクルは無罪! そしてファインモーションの結婚パーティーはやり直しだ! ここにいる全員で、花嫁と新郎を祝福するようにッ!」
「あれ? そういえば、ファインちゃんのトレーナーさんって今何してるの?」
被告人のミラクルが首をかしげる。
新郎であり、被害者になっていたかもしれなかった彼は、この裁判に姿を見せていない。
ファインはにっこり笑って、トレーナーであり今は夫となった彼の状況を口にした。
「彼なら、私を裁判に出席させるため、SPたちを撒いて今も逃げているはずだよ。SP隊長はまだ部下に報告をしてないみたいだからね」
「ハッ……! 今すぐやめさせなければ……いや、この際もう少し追いかけ回させても……」
「私たちのこと、祝福してくださるわよね?」
「……はい」
ファインの笑顔のもと、ファインのトレーナーの安全は確保された。
ダンツはほっと安堵のため息をつく。ライトオが事件を解決するとすぐ寝落ちしてしまう気持ちがわかった。
検察側のライトオは、既に寝落ちしてデュランダルに担がれている。
「ダンツちゃん、本当にありがとう! ダンツちゃんがいなかったら、わたし……」
被告人席のミラクルがダンツに駆け寄って抱きしめてくれる。
その笑顔を見て、ダンツは改めて頑張ってよかったと思えた。
「ミラ子先輩! お疲れ様でした。辛かったですよね……」
「えへへ……よーし、お礼に今夜はお好み焼きでもなんでも奢っちゃおう!」
「ダメですよミラ子先輩。もう一回結婚パーティーするなら、それまでカロリーは控えてダイエット頑張らないと……」
「そんなー!?」
(こうして、裁判は無事に終わった。そして後日、エアグルーヴ先輩の怪我が治ってから……結婚パーティーは、もう一度開かれることになったのです)
この悲しい事件なんてなかったみたいに。
ファインモーションの身体の異常の真実なんて、誰も聞かなかったみたいに。
目覚まし時計が鳴ったら忘れていく夏の夜の夢みたいに。
「まさかアイルランド王族としてやってきたファインさんが、実は政府高官の娘で、しかも三年経っても日本にいられることになり、トレーナーと結婚するにまで至るとは。ウマ娘の生とは数奇なものですね」
「ライトオ、説明ありがとう。本当にめでたいね。ルビーも喜んでたよ」
「ええ、本当にめでたいことよ。騎士として……いえ、友人として心から祝福するわ」
「「ファインちゃん! トレーナーさん! 結婚おめでとうございます!!」」
カルストンライトオに、ケイエスミラクルとデュランダル。
そしてダンツフレームとヒシミラクルは、笑顔でファインの結婚式を祝ったのだった。
初めての特別法廷編、これにて終了です。
ファインシナリオを絡めた事件をどこかで起こしたいと思いつつ話が纏まる前に連載が完結したのが心残りだったのでこうして書ききれて満足です。
ダンガンロンパよろしく学級裁判形式にしようかとも思ったのですが、破壊神暗黒四天王を連れたタニノギムレットやメカメカしいノーリーズンが出てくると収拾がつかなくなるので止めました。
次の特別法廷はいつになるかわかりませんが、気が向いたらまた書こうと思います。