直線検事カルストンライトオ 事件解決も最速です 作:じゅぺっと
「開廷ッ! これより、デアリングタクトがエナジードリンクコラボの写真撮影中に気絶した事件の裁判を執り行うッ!」
トレセン学園の体育館、その壇上で秋川やよい理事長が高らかに宣言した。
「ウマ娘を意図的に体調不良にして妨害する行為は非常に罪深いッ! もしこれが悪意ある犯行だった場合、出走資格のはく奪など厳罰が課されることになる!」
レースではコンマ秒単位の遅れが命取りになり、写真撮影ではほんの表情の陰りが印象を変えてしまう。
よって、ウマ娘の体調を意図して崩す行為は禁忌とされていた。
いつもはトレーニングや球技で賑わうこの場所も、今日ばかりは法廷めいた緊張に包まれている。
「検察側、弁護側、準備はよろしいだろうかッ!」
観客席には、野次馬半分、心配半分のウマ娘たち。
その視線を正面から受けて、壇上の左右に二人のウマ娘が立っていた。
「検察側、カルストンライトオ。元より」
ライトオは腕を組み、まっすぐ前を見据える。
短距離最速のウマ娘として知られる彼女だが、その瞳にはスプリンターらしい直線的な速さだけではなく、理屈で真実を切り裂こうとする鋭さがあった。父が検察官であることはよく知られている。彼女の勝負服にも検察官の意匠が反映されている。
「弁護側、アーモンドアイ。加減はなしよ」
そして、その向かいに立つアーモンドアイは静かに息を整えていた。
勝ち負けに関しては誰より執念深い彼女だが、今回その目に宿っているのは負けず嫌いの炎だけではない。
――デアリングタクトを守りたい。
その一心が、彼女をここに立たせていた。
「ではカルストンライトオ、冒頭弁論を頼むッ!」
「わかりました。冒頭弁論から閉廷まで、三分でカタをつけましょう。今回の事件は、裁判の余地もないほど単純です」
早口でそう言い切ると、ライトオは手元の資料を一枚めくった。
「昨日、エナジードリンクコラボの撮影中、デアリングタクトが突如意識を失って倒れた。現場にいたのはブエナビスタ、スティルインラブ、アドマイヤグルーヴ、レッドディザイアだ」
「うむ、単純に考えればその中の誰かが犯人ということになるが……」
「だが――犯人はその誰でもない」
そして、迷いなく言い切る。
「犯人は被害者本人。デアリングタクトだ」
「驚愕ッ! デアリングタクトが自らそのようなことを……根拠はあるのだろうかッ!」
「ある。本人が認めているからだ」
理事長が目を丸くする。
アーモンドアイは、その一言だけで胸の奥がざわつくのを感じた。
タクトは、自分を責めている。
でも、それと“本当にタクトのせいか”は別の話だった。
「デアリングタクトは、撮影前に現場に置かれていたエナジードリンクを空腹状態で一気飲みし、その結果、急激な血糖値の上昇により気絶した。これは保健医、および私の親友であり理学療法士でもあるケイエスミラクルの見立てからも確定している」
「タクトちゃんがエナドリを一気飲みなんて、そんなことあり得ません!」
思わずアイが声を上げる。
タクトは山を愛し、自然を愛し、身体に入れるものにも妙に実直なところがある。人工的な刺激物が苦手なのも知っていた。
ライトオはやれやれと肩をすくめた。
「人の話は最後まで聞け」
「ライトオさんにだけは言われたくありませんけど!?」
普段は人の話を聞き終える前に走り出すのが常のライトオに言われ、アイは思わずツッコんだ。
「タクト本人も深く反省している。コラボ先も責めるつもりはないそうだ。ならば、これ以上長引かせる必要はない」
「ふむ……それが確かなら、やむを得ない過ちといえるだろうな」
ここで、ライトオは理事長を指さして言った。
「そもそもが、普段エナドリとか絶対飲まないようなタクトにコラボを任せた学園側に問題があるといえる。スティルは一口飲んで顔がウメボシになっていたし、ディザイアも眠気覚ましはカフェラテ派だ」
事件の調査をしたときにでも聞いたのだろう。エナドリコラボの人選に苦言を呈している。
「エナドリとコラボするならエアシャカールとかトランセンドとかもっと適任がいるだろう」
「うーむ、華やかなティアラウマ娘たちにお願いしたいと企業からの要請だったのだが……今回のようなことがあった以上、デアリングタクトには今回のコラボは降りてもらったほうがいいかもしれないな」
ライトオの苦言に、理事長は目を閉じつつもそれを受け入れた。
その時、アイははっきりと声を張った。
「待った!」
ざわ、と観客席が揺れる。
「タクトちゃんは、とても真面目で責任感が強い子です。でもだからこそ、自分のミスじゃないことまで自分のせいだって抱え込む。あの子が本当に自分の意思でエナドリを一気飲みしたなんて、わたしにはどうしても思えません。本人に、直接話を聞かせてください」
理事長が目を細める。
ライトオは小さく舌打ちした。
「お前がどう思おうと、本人は認めている。さっさと終わらせるべきだ」
「いいえ。たとえタクトちゃん本人が望んでいたとしても、真実を明らかにすべきです!」
二人の視線がぶつかる。
しばしの沈黙のあと、理事長は扇子を開いた。
「承認ッ! 弁護側の要請を認め、デアリングタクトの召喚を許可する!」
「ぐおおおおっ! 三分経ってしまった。おのれロードカナロア!」
ライトオが本気で悔しそうに顔をしかめ、アイの師匠である短距離王ウマ娘の名前を叫んだ。
そんな彼女に、アイは少しだけ目を細めた。
ライトオは、本気で早く終わらせたがっている。
それはただのせっかちさだけではないように思えた。
数分後。
証言台に立ったデアリングタクトは、観客席の熱気にも、壇上の視線にも、居心地悪そうに耳を伏せていた。
完全無敗のトリプルティアラ。
熊すら狩れそうな鋭さを持つと言われる狩人ウマ娘も、こうして衆目の前に立てばまだ幼さの残る少女にしか見えない。
昨日気絶した影響か。足取りも少しふらついて見えた。
「理事長さん、ライトオ先輩、アイ先輩。此度はご迷惑をおかけして、面目次第もございません」
深々と頭を下げるその姿に、アイは胸が痛んだ。
この子は本当に、自分を責めているのだ。
「タクトちゃん。あなたは本当に、自分の意思でエナドリを一気飲みしたの?」
「アイ先輩……」
タクトは、アイの輝く瞳から目をそらす。
ターフであればいつも自分を追いかけて目をそらさない彼女が、ずいぶんと後ろめたそうだった。
「タクト。飲んだ時の状況を話せ。それで終わりだ。誰もお前を責めたりしない」
「……わかりました」
タクトは小さく頷き、証言を始めた。
「撮影の待機中に、コラボ先のエナジードリンクが置いてあったんです。普段はこういうものは飲まないのですが……コラボ先のことを何も知らないのも失礼かと思い、一口だけ飲んで……」
そこで、言葉が途切れる。
タクトは一度息を吸って、続きを言った。
「……美味しくて、つい一気飲みを。そのせいで撮影中に気を失ってしまって……皆さんにご迷惑をおかけしました」
「待った!」
アイはすぐに食いついた。
「タクトちゃん。本当に“美味しくて”一気飲みしたの?」
「……はい」
「じゃあ、今もう一度同じものを飲める?」
「えっ……」
タクトの体が強張る。
耳がぴん、と固まったまま動かない。
「美味しかったなら、もう一本くらい飲めるでしょう? 今ここで――」
「異議あり!!」
ライトオが机を叩いた。
「証人は昨日そのエナドリで気絶しているのだ。昨日の今日で、また飲みたいはずがない。これはアルハラならぬエナハラだ」
「エナハラ!?」
「うむっ、同じ状況を再現するのはさすがに危険だ! トレセン学園としてもその提案は却下する!」
理事長まで乗ってしまい、アイは一瞬言葉に詰まる。
だがその瞬間、頭の中で何かがつながった。
「……そうか!」
「なに?」
「大事なのは、タクトちゃんが一気飲みしたかどうかじゃない。どうしてそんなことをしたのか、よ」
「ホワイダニットというやつか。だがそれに何の意味がある」
ライトオの目が細くなる。
アイはまっすぐ、タクトを見た。
「タクトちゃんは、誰かに勧められたんじゃない?」
「うう……!」
その一言で、タクトの肩が跳ねた。
「現場には、タクトちゃんが尊敬してる先輩たちが何人もいた。タクトちゃんなら、“せっかくだから飲んでみて”“コラボ先の商品なんだから”って言われたら、断れないでしょう?」
「違います……」
「違わない。あなた、誰かをかばってるのね?」
「そんな、つもりは……」
「あるわ。あなたはそういう子だもの」
アイの声は、真剣にタクトを慮っている。
逃げ道を塞ぐのではなく、タクトがひとりで抱え込んでいる荷物を見つけてしまった先輩の声だった。
「わたしは、あなたが悪いなんて思ってない。だから、本当のことを言って」
タクトの唇が震える。
でも、答えは出てこない。
その時だった。
「待った!!」
体育館の扉が勢いよく開いた。そこには、アイとタクトがよく知るウマ娘がいた。
「エピ先輩……!」
「エピファネイアさん!?」
現れたエピファネイアは、猪突猛進という言葉がふさわしい勢いで証言台のタクトへ近づく。
「エピファネイア……キサマ、おとなしく下がっていろとあれほど言っておいたはずだが?」
ライトオがエピファネイアを睨むが、お構いなしにエピファネイアは言った。
「聞いてくれ、理事長! タクトにエナドリを飲ませたのは私だ! これ以上タクトを問い詰めるのはやめてくれ!」
「なんですって!?」
「デアリングタクト、確かなのだろうか? エピファネイアが、君にエナジードリンクを飲ませたのは」
理事長の質問に、タクトは少しためらった後頷いた。
「はい……エピさんに飲むよう言われたのは事実です。でも、無理やりなんかでは――」
「コラボ先の商品を一度も飲んだことがないと、撮影しづらいと思ったんだ! タクトは何も悪くないし、問い詰められる理由もない!」
エピは必死だった。
タクトを庇おうとしているのが、誰の目にもわかった。
「本当は、私がすぐに名乗り出るつもりだった! でもライトオが、別にタクトを責める空気じゃないし、本人が自分で飲んだことにした方が速く収まるって……!」
「カルストンライトオ……! 君は、真実を隠蔽しようとしたのか!?」
驚く理事長に、ライトオは人差し指を真っすぐ立てて指をチッチッチと振った。
「勘違いするな。エピファネイアが勧めていようがいまいが事実としてタクトは自分で飲んだ。だから余計な情報は省いて最速で終わらせるのが最善だと判断しただけだ」
ぶっきらぼうな答え。
けれどアイにはもう、ライトオが何を守ろうとしていたのかわかり始めていた。
(もしエピファネイアさんがタクトちゃんにエナジードリンクを飲ませたと証言したら、意図的に体調不良を引き起こした可能性を問われる……)
最初に理事長が宣言した通り、意図的にウマ娘の体調不良を誘発するのは厳罰に処される。
それを避けるための“最速”だったのだ。
(でも、それだけじゃ……タクトちゃんが抱えた苦しみは、完璧に解消できない!)
だからアイは、もう一歩踏み込んだ。
「エピさん。あなたがタクトちゃんに飲ませたのは、本当に“コラボ先の商品だったから”だけ?」
「……は?」
「もっと別の理由があったんじゃない?」
「くどいぞ、アイ! それ以外に何があるって言うんだ! 私は早くタクトを静かなところで休ませてやりたいんだ!」
「その“休ませてやりたい”が、本当の理由でしょう?」
エピファネイアの表情が止まった。
「タクトちゃんは、トリプルティアラを取ってからレース以外の仕事でも引っ張りだこ。本人の性格からして、頼まれたら断れない」
「……」
「あなたはそれが見ていられなかった。だから、一時的にでも“もう無理はさせられない”って状況を作ろうとした。違う?」
体育館が、しん、と静まる。
エピは何か言い返そうとした。
けれど言葉にならない。拳を握り、奥歯を噛みしめ、とうとうがっくりと肩を落とした。
「……悪い、ライトオ。やっぱり、タクトとアイに嘘はつけない」
「キサマ……! 自分が何を言っているのかわかっているのか!」
「アイの言う通りだ。私は、タクトの負担を減らしたかった。レース以外のことで疲れてるタクトを見るのが、つらかったんだ」
タクトが、ゆっくり顔を上げる。
「エピさん……」
「タクト。お前が、お世話になった人たちに恩を返したいのも、歴史に残るウマ娘になりたいのも知ってる。だけど……そのために、レースと関係ないところでまで無理してるのは見てられなかった」
その言葉は厳しかった。
でも、その厳しさの底にあるものは、どう見ても愛情だった。
「……っ」
タクトの目元に涙が溜まる。
それでも彼女は泣かないように、ぎゅっと唇を結んでいた。
「理事長、私はタクトのコラボ撮影をわざと妨害した。……どんな罰でも受ける!」
「エピファネイア……君の覚悟、しかと受け止めたぞ」
理事長が扇子をばっと開いた。
「承認ッ! ではデアリングタクト及びエピファネイアに、判決を言い渡すッ!」
全員が息を呑む。
「無 罪ッ!」
扇子にも、同じ言葉が堂々と書かれていた。
エピファネイアも、デアリングタクトも、そしてアーモンドアイやカルストンライトオを目を丸くした。
「えっ……」
「エピファネイアが意図的に行ったのは、あくまでエナジードリンクを一本飲ませたことのみ! これを有罪とするのはコラボ先にも失礼というものだ! そして――」
理事長は、ゆっくりと二人に頭を下げた。
「エナジードリンク一本で倒れるほど、デアリングタクトを疲弊させていたのは学園側の管理不足でもある。ゆえに、二人に罪はないッ!」
「ありがとう、理事長!」
「ありがとうございます……!」
タクトとエピも深く頭を下げる。
エピは少し照れくさそうに、ライトオへ向き直った。
「ライトオ……ありがとな。私たちを守ろうとしてくれて」
「勘違いするな。私にはお前たちのような家族ごっこなど理解できん。あくまで最速で事件を終わらせるために必要だっただけだ」
「ふふっ、そういうことにしておくわ」
アイが笑うと、ライトオは露骨に嫌そうな顔をした。
「アイ先輩も……ありがとうございます。エピさんの本当の気持ちを教えてくれて……」
「タクトちゃん」
アイはそっと、証言台から降りたタクトの肩に手を置いた。
「あなたは、強くなったわ。私にもできなかった完全無敗のトリプルティアラになれるくらい」
「……ありがとうございます」
「でもね、どんなに強くなっても、なんでもできるわけじゃない。私も、タクトちゃんも……苦手なことや、しんどいこともある」
アイとて、今でも疲労がたまりやすい性質は変わっていない。コラボや撮影を受けるときは、慎重に調整して体調を管理している。
「だから……辛いことは、デビュー前みたいに周りに頼っていいのよ。みんな、タクトちゃんのことが大好きな先輩なんだから」
タクトの喉が小さく震える。
それから、ようやく小さく、小さく頷いた。
「……はい」
その返事は、今日ここで交わされたどの証言よりもまっすぐだった。
エピファネイアはそんなタクトの横顔を見て、ようやく力を抜いた。
ライトオは鼻を鳴らしてそっぽを向き、理事長は満足げにうんうんと頷いている。
その全部を見回してから、アーモンドアイは静かに息を吐いた。
今日、この法廷で裁かれたのは誰かの罪ではない。
誰かを大切に思うあまり、不器用になってしまった心だった。
まさかのラーメンシナリオ&ライトオシナリオリンクでテンション上がって久しぶりに書きました。
ロードカナロア本人と思しきウマ娘もちらりと出てきたので本当に実装されるかもと思うと楽しみです。
実際のラーメンシナリオ次第で直麺検事カルストンライトオが始まる……かもしれません。