直線検事カルストンライトオ 事件解決も最速です 作:じゅぺっと
「楽しかった。トレーナーのそばで私がネコちゃんになりきる遊びも悪くない」
その事件は、カルストンライトオがウキウキの真顔でトレーナー寮を出てた時に起こった。昼下がりのことだった。
「キャー!?」
「ム、野太い男の悲鳴。どうやら事件のようだ」
ウマ娘カルストンライトオは最高速のウマ娘であり、検事の父親を持つ。
父曰く、最速の事件解決こそ検事の務め。よってライトオは最高速で悲鳴の聞こえた場所まで駆けつけた。時間にして1分とかからなかった。
「ここはトレーナー寮の裏側か。しかし誰も見当たらない……いや、窓が一つ空いていますね」
寮の壁、地面から3mほどの高さに小さな窓が並んでいる。そのうちの一つが開いていた。
ライトオは躊躇いなくウマ娘ジャンプで窓の手すりに飛び乗り、中を覗き込んだ。
「ギャー!?」
またしても野太い悲鳴が聞こえた。湯けむりと差し込む光ではっきりと見えないが、ほぼ全裸の男性が一人いるようだ。さっきの悲鳴も彼のものだろう。
「さっきの悲鳴を上げたのはアナタですね。何があったのですか?」
「その声は……カルストンライトオか? 覗きだよ、誰かがそこの窓から覗いていたんだ」
湯けむりのせいでお互い顔ははっきり見えない。少なくとも覗きに遭った男性はライトオを知っているようだった。
「ハレンチなやつもいたものですね。可哀想に」
「そう思うならまず窓から降りてくれないか!?」
「チッ、仕方ありませんね」
その湯けむりも、窓が空いているせいでだんだん薄くなっている。このままでは見えてはいけないものが見えてしまうため、ライトオは仕方なく地面に降りた。
そして降りた先には、さっきまではいなかったウマ娘と人間がいた。
「おやこんにちはシリウス先輩。こんなところで奇遇ですね。隣の女性はアナタのトレーナーですか?」
ウマ娘の名前はシリウスシンボリ。トレセン学園の最上級生であり、数多のアウトローを従えるリーダーでもある。その隣にいる物腰の柔らかさそうな女性はライトオの知らない人物だが、服装とシリウスとの距離感からトレーナーなのだと推測した。
「……妙な声を聞きつけてみれば、なにやってんだお前?」
「見ての通りですが」
「見ての通りならお前は覗きの現行犯だよ」
「えっと、この子がシリウスが前話してくれた検事ウマ娘さんなのかな? 話を聞かせてくれる?」
ライトオがシリウスとそのトレーナーにこれこれシカジカかくかくウマウマと説明する。浴場にいるトレーナーも協力してくれたので、ライトオが覗きの現行犯で捕まる事態は避けられた。
シリウスは思案顔をしつつ、浴場の中の男性トレーナーに話しかけた。
「男のトレーナーに覗きねぇ……おいアンタ、見間違いなんてことはないだろうな? そもそも、どうして覗きに気づいた?」
窓は3mの高さにある。普通に風呂に入るだけなら見上げることはない。まして湯けむりの立ち込める中だ。はっきり上を見なければ気づかないはずだ。
「恥ずかしいんだが……体を洗う前に、石鹸で滑って尻もちをついたんだ。それで顔をあげたら、窓から誰かが覗き込んでいて……」
「その時の声を私が聞いたわけですね。なかなか大きな悲鳴でした」
「そこで犯人は窓から降りて、ワンワンと言いながら逃げていく声が聞こえたんだ。見間違いや聞き違いじゃない」
「ほう……ワンワン、か」
そこでシリウスは、ニヤリと鋭い歯を見せて自分のトレーナーを指差した。
「オマエじゃないだろうな、子犬ちゃん?」
「そ、そんなわけないでしょ……!」
シリウスの表情は悪戯でじゃれついているようにも見えた。尤も、狼のような彼女がやるとそれでもかなりの迫力だが。
しかし、ライトオは狼の迫力など気に止めない。何故なら自分のほうが速いと信じているからだ。
「いやシリウス先輩。この事件、人間が犯人ではありえない」
「へえ、またやるのか? 検事さんよ」
「もちろんだ。今回も最速で事件を解決してみせる」
ライトオはそう言うと、問題の覗き窓を指差した。地面から3mほどの高さにある。ウマ娘のジャンプ力なら造作もなく飛び乗れるが。
「人間の力は弱い。この窓は高すぎる」
「どうかな? キャタツか何かを使ってよじ登った可能性もあるんじゃねえか?」
「この窓に登るならキャタツよりもハシゴじゃない?」
「どっちでもいいだろ、本質を見て喋りな」
シリウスが自分のトレーナーの頬をつまむ。
仲が良くて何よりだが、ライトオは首を振った。
「残念だが、どちらもあり得ない。何故なら私は悲鳴を聞いて最高速で1分以内に駆けつけたのに、ここに来た時には誰も何もなかった」
「ほう……つまり、犯人はウマ娘で間違いないわけだ」
トレーナー寮の裏側は閑散としていて、物や人が咄嗟に隠れられる場所もない。人間の動きでは確実に見つかっていただろう。
そこでシリウスは、再び浴場のトレーナーに話しかけた。
「アンタ、担当ウマ娘はいるかい? 覗きは紛うことなき犯罪だ。被害に遭ったことは、ちゃんと担当に説明する必要がある。私から連絡してやるよ」
「あ、ああ……俺の担当は、デュランダルとスイープトウショウとドリームジャーニーとオルフェーヴルとカレンチャンとブラストワンピースだ」
「どうりで聞き覚えのある声だと思いました。というかまた担当増えてませんか。デュランダルが出家しても知りませんよ」
声を聞いただけでライトオだと判断したので知り合いだろうとは思ったが、ほぼ全裸姿だとずいぶん印象が変わって見えるものだとライトオは思った。
シリウスは、スマホを取り出して自分を慕うアウトローたちに連絡をとり始めた。
「アンタあの有名トレーナーか。私らアウトローでもケンカを売りたくないような曲者ばかり担当してるって噂の。最後の名前は聞いたことないが……まぁ、ウチの連中なら誰か知ってるだろ」
「シリウス先輩ってかなり世話焼きですよね。本人から連絡させればいいのでは?」
「ハッ、覗きは犯罪とはいえ、大人が覗きに遭ったのを教え子にメソメソしながら話したいと思うか? 大方意地を張って隠し通すのがオチだろうよ」
「否定できない……」
「さっさと着替えてきな。担当トレーナーに風邪を引かれて迷惑するのはウマ娘の方なんでね」
デュランダルのトレーナーは、言われた通り浴場から出ていった。中を見なくてもウマ娘の聴力をもってすればそれくらいはわかる。
それを確認したシリウスが、スマホの操作をやめてライトオを見た。
「でだ。私は現状、アイツの担当ウマ娘の誰かが犯人だと睨んでる。検事さんはどうだよ?」
「フッ、やはりシリウス先輩もそう思っていましたか。しかし私はその先を行く。窓から覗いていたのはデュランダルだと思う」
「おいおい、名指しかよ。先走りすぎじゃねえか?」
「先走る。とてもいいことだ、何か問題でも」
「ええっと……なんで担当ウマ娘が犯人だと思うの?」
シリウスのトレーナーは全くピンときていないようで戸惑った声をあげた。
シリウスがため息をついて、トレーナーの顎を掴む。キザな挙動が毎回サマになるのがすごいところだ。
「トレーナー、お前見知らぬ男の裸なんて見たいか?」
「イヤだよ!?」
「当然だな、しかも今は昼下がり。風呂の時間には早い。実際浴場にアイツ一人だったしな。つまり……」
「窓の高さからしても犯人はウマ娘で、あのトレーナーが浴場にいるのを知っていた。よって、窓から覗いていたのは担当ウマ娘のデュランダル」
「だから名指しの根拠は何なんだよ」
ライトオはやれやれと肩をすくめ、得意げな顔で言った。
「シリウス先輩が知らないのもムリはない。デュランダルは私と同室なのだが、ヤツはよくトレーナーの警護をしている。騎士を気取って1日中傍にいようとすることも珍しくない」
「……そりゃ似た者同士なこったな、検事気取りさん」
直線検事を名乗るライトオを皮肉るシリウス。ライトオは心外だと言わんばかりの驚いた顔をしたが、今は言い返すより事件解決が先だ。
「ここから先は、本人に確認するとしよう。ちょうど来たみたいだ」
ライトオのウマ耳がピコピコ動く。複数人の足音がこちらに来るのが聞こえたからだ。
すぐにシリウスを慕うアウトロー達と、トレーナーの担当ウマ娘であるドリームジャーニー、カレンチャン、そして目下犯人候補のデュランダルがやってきた。
「シリウスさん、容疑者達を連れてきました! 残りは外出中のようです!」
「ご苦労さん。あとで直々に走りを見てやるよ」
「さすが仕事が速いですね、警察犬にも勝ります」
「あの皇帝サマが完璧な治世を築いたつもりでも、必ず綻びがある。それを突きつけるためにも、情報網は大事にする必要があるんでね」
「つまり、会長さんの穴をアナタがカバーしていると」
シリウスが露骨な舌打ちをする。無視する言い訳のように、デュランダル達容疑者を見た。
「……話が逸れた。お前ら、覗きの犯人がいるなら正直に名乗り出な。今なら若気の至りで許されるだろ」
覗きは犯罪……しかしトレーナーと担当ウマ娘の関係は家族のように深いこともある。当人同士の話し合いで解決することも可能だ。
まして、被害者はデュランダルのトレーナー。スイープのワガママで頭に雪が積もろうが、オルフェに内ラチに叩きつけられようが怒らない彼なら正直に謝れば問題ないはずだ。
「というか、3人とも顔が赤いですね。もしかして集団感染ですか? 事件が解決したら保健室に行ったほうがいい」
デュランダルもカレンチャンもドリームジャーニーもさっきから顔を赤らめていて何も言おうとしない。普段のしっかりした彼女たちからは考えられない態度だった。
仕方ないので、ライトオは顔を真っ赤にしているデュランダルに歩み寄って目を合わせた。
「デュランダル、正直に話して欲しい。犯人は逃げる時ワンワンと鳴いていたそうだ。
あれは『ワンダフルだわ、トレーナー殿の一糸まとわぬ裸体。ブラストワンピースさんにも渡すわけにいかない!』の略ではないか?」
「そっ、そんなわけないでしょう! 真面目に考えなさい、ライトオさん!!」
堰を切ったように、デュランダルは言い放つ。
その内容は、ある意味ライトオの予想通りだった。
「許せないことよ、私が守るべき我が王に覗きなんて! しかも正体をごまかすためにウマ娘のくせに犬の鳴き真似までするなんて、卑劣だわ! 覗きなんて騎士にあるまじき最低で卑怯な行いよ!!」
「……アンタがやったと認めるってことでいいな? 騎士さんよ」
デュランダルが膝をつき、ボロボロと涙をこぼす。己の行いに罪悪感でいっぱいになっているのが見て取れた。
「はい……私は、胸の内の欲望に負けたハレンチで不忠の騎士です。どんな罰も、辱めもお受けします……」
シリウスが神妙な顔で指を鳴らすと、アウトロー達がデュランダルを取り囲んだ。
「あちゃー……」
「おやおや……」
赤い顔のカレンチャンとジャーニーが小さく呟いたのをライトオは聞き逃さなかった。
(デュランダルは、本当にハレンチな目的で覗きを実行したのだろうか? 私にはそうは思えない。もっとはっきりした理由があるはずだ)
まだ事件は解決していない。真実へ最高速でたどり着くために、デュランダルの証言が重要だ。
つづく
この作品のロジックはカルストンライトオが最高速であるという根拠のもとに進んでいます。