直線検事カルストンライトオ 事件解決も最速です 作:じゅぺっと
「開廷ッ! これより、深夜の我が理事長室にキタサンブラックが盗みに入った事件の裁判を執り行うッ!」
トレセン学園の体育館、その壇上で秋川やよい理事長が高らかに宣言した。
「理事長室に無断で、しかも深夜に押し入るのは校則違反だ。しかもなにかを盗もうとしていたのが事実ならば、しっかりと処罰をせねばならない!」
普段はトレーニングや球技で賑わうこの場所も、今日ばかりは法廷めいた緊張に包まれている。
キタサンブラックは、GⅠ七勝を誇るレジェンドウマ娘であり、今なお多くのウマ娘やファンから尊敬を集める名実ともに“お助け大将”だ。
そんな彼女が理事長室で盗みを働こうとした――その噂は、あっという間に学園中の注目を集めた。
だからこそ、こうして裁判の形式を取ることになったのである。
「検察側、弁護側、準備はよろしいだろうかッ!」
観客席には、野次馬半分、心配半分のウマ娘たち。
その視線を正面から受けて、壇上の左右に二人のウマ娘が立っていた。
「検察側、カルストンライトオ。元より」
ライトオは腕を組み、まっすぐ前を見据える。
短距離最速のウマ娘として知られる彼女だが、その眼差しにはスプリンターらしい直線的な速さだけでなく、理屈で真実を切り裂こうとする鋭さがあった。父が検察官であることはよく知られており、その気質は彼女の勝負服にも色濃く表れている。
「弁護側、アーモンドアイ。加減はなしよ」
そして、その向かいに立つアーモンドアイは、静かに息を整えていた。
勝負事に関しては誰より執念深い彼女だが、今回その瞳に宿っているのは負けず嫌いの炎だけではない。
――キタサンブラックを守りたい。
その一心が、彼女をここへ立たせていた。
「ではカルストンライトオ、冒頭弁論を頼むッ!」
「わかりました。冒頭弁論から閉廷まで、三分でカタをつけましょう。今回の事件もまた、裁判の余地もないほど単純です」
ライトオはそう言って、ちらりとアーモンドアイを見た。
以前、デアリングタクトの裁判では、すでに答えが出ているように見えた事件を、アイが最後まで食い下がってひっくり返してみせたことがある。
今回もできるものならやってみろ――。
そんな挑発が、ライトオの真顔の奥に透けて見える気がした。
「事件は今日午前0時。時計の針が一直線になったとき起こった。理事長室に忍び込んだキタサンブラックを、フェノーメノが現行犯逮捕した」
「現行犯逮捕ならば、確かに疑いの余地はないな。フェノーメノがウソをつくこともないだろう」
風紀委員としてお馴染みのフェノーメノは、学園内でも厚い信頼を集めている。理事長は素直に頷いた。
「加えて、キタサンブラック本人も自らの犯行を素直に認めている。どうしても、理事長の扇子を持ち出したかったとな」
「驚愕ッ! まさか、私の扇子が狙われていたとはッ!」
理事長の扇子には、その言葉どおり『驚愕ッ!』の墨文字が浮かび上がっていた。
理事長が扇子を開くたび文字が変わるので、その仕組みはトレセン七不思議の一つに数えられている。
「しかしキタサンブラック、何故私の扇子を夜中に持ち出そうとしたのだ? 君が盗みを働くようなウマ娘だとは思えないが」
至極もっともな疑問だった。
被告人席のキタサンブラックは、申し訳なさそうにうつむく。
「ごめんなさい。理由は、言えないんです……」
普段は頼れるお助け大将。みんなの愛バ。
かつてアーモンドアイが本気で勝ちたいと願った、あの大きな背中が、今はひどく小さく見えた。
だがそこで、ライトオは肩をすくめた。
「クラシック路線で大活躍したウマ娘の引退後は、左うちわの生活ではない。若い後輩の指導、後輩の面倒を見るティアラウマ娘たちのケア、そしてファン向けの活動。キタサンブラックは多忙を極めている」
「確かにその通りだな。それがどうしたのだろうか?」
クラシック路線を走ったウマ娘は、引退後も数多くの後輩に憧れられ続ける。マンツーマンで指導するティアラウマ娘たちとはまた違う種類の負担を背負うことは、広く知られていた。
「疲れきったキタサンは、ちょっと羽目を外して童心に帰りたくなったのだ。大方、義賊ごっこでもしたくなったのだろう」
「異議あり! キタサンは、そんなことしません!!」
アイはここで、一度異議を唱えた。
しかしライトオは、チッチッチと真っすぐ立てた指を振る。
「アイ。お前がどう思おうが、事実キタサンは現行犯逮捕されているのだ。幸い、メノによってキタサンは理事長室の扇子を手に取る前に逮捕された。未遂のちょっとしたイタズラで済む範囲だろう」
「天晴ッ! 部屋に入ってすぐにフェノーメノが確保してくれたのだな」
「その通り。事件の匂いを嗅ぎ付けたフェノーメノの最速の逮捕によって、大事にならずに済む。……はずだったのだ」
ライトオはそこで、バンと机を叩き、傍聴席を鋭く睨んだ。
「にもかかわらず、私が朝の六時に目を覚ました時には学園で噂が広まっていた。いくら若い女子が噂好きといえど、深夜0時に発生した事件の噂が午前6時に広まるなどあり得ない」
「確かに、考えにくいことだな。噂を意図して広めた何者かがいるということか……」
「本来、こんな裁判など必要ないささいなイタズラだ。反省文の一枚でも提出させれば済む。よって、検察側はただちに閉廷を要求する」
ライトオは、九十度の直角で深々とお辞儀した。
「なるほど……まぁ不法侵入はよくないとはいえ、私の扇子はこの通り手元にあるわけだしな。たづなにも確認してもらったが、なくなったものはない」
理事長も納得したように頷く。
時間はちょうど、三分が経とうとする頃だった。
「では、キタサンブラックには反省文を提出してもらうことにして、これにて閉て――」
「待った!」
アーモンドアイが勢いよく声を上げた。
「弁護側は、尋問したい相手がいます!」
ここで閉廷してしまえば、キタサンは“盗みに入ったウマ娘”という印象を背負わされてしまう。学園から正式な処罰がなくても、彼女の築いてきたイメージには傷がつく。
だが、被告人席のキタサンは申し訳なさそうに言う。
「アイさん……ごめんね、あたし、なにも言えないの……」
「いいえ、わたしが尋問したいのはキタサンじゃないわ。あなたを逮捕した、フェノーメノさんよ」
「メノだと?」
ライトオが、あからさまに怪訝そうな顔をした。
「フェノーメノさんは、午前0時の理事長室でキタサンを逮捕した。おかしいと思いませんか?」
「アーモンドアイ、何がおかしいのだろうか? 風紀委員として、リードホースとして立派だと思うが……」
理事長が首をかしげる。
アイは、その瞳をまっすぐ見返して言った。
「なんで、そんな時間にタイミングよく理事長室に入れたのかしら。風紀委員やリードホースだって、普通、夜間の学園は立ち入り禁止ですよね」
「アイ……キサマまさか……!」
ライトオが、真っすぐな視線でアイを睨む。
だがアイは怯まない。彼女が最初に憧れた走りは、カルストンライトオやサクラバクシンオーすら越えた短距離王のものなのだから。
「この事件、フェノーメノさんが黒幕の可能性もあると思います。キタサンとフェノーメノさんが、ほぼ同時に理事長室へ入って現行犯逮捕なんて、不自然すぎます!」
「グッ……メノがそんなことをするわけないだろう! 尋問は却下する。一刻も速く閉廷だ、理事長!」
閉廷を急かすライトオ。
理事長は少し考えたあと、首を振った。
「確かに、あのフェノーメノがキタサンブラックを陥れるとは考えられない」
「そ、そんな……!」
うなだれるアイに、理事長は続ける。
「しかし、午前0時にフェノーメノが理事長室に入ったことも、本来なら不法侵入には違いない。よって、フェノーメノへの尋問を許可する!!」
「やった……ありがとうございます理事長!」
「ぐおおおおっ! またしても三分経ってしまった、おのれロードカナロア!!」
ライトオが、吹っ飛びそうなのけぞり方でアイの師匠に恨みの声を上げる。
その姿に、張り詰めていた傍聴席の空気がわずかに緩んだ。
「証人、名前と職業を」
「フェノーメノ、風紀委員及びリードホース見習いであります!」
ライトオに呼ばれ、フェノーメノはすぐに法廷に姿を表した。
天皇賞春を連覇したステイヤーである彼女の粘り強い捜査と直線最高速ライトオの最速推理のコンビは学園でも有名だ。
(メノさんが黒幕なんてあり得ないってわかってる……でも彼女から証言を引き出さないと、キタサンを守れないの!)
フェノーメノと直接親交のないアイでも、彼女の掲げる正義が本物であることは知っている。
心苦しさはあったが、それでも疑わないわけにはいかない。
「フェノーメノさん! 今日の午前0時に何故理事長室に入ったんですか?」
「それは……事件の匂いがしたからであります」
「それじゃあ納得できません!」
「そう言われましても!?」
メノに食って掛かるアイに、ライトオはやれやれと肩をすくめた。
「まったく、落ち着きのないウマ娘だ」
「ライトオさんに言われたくないですけど!」
「メノ、キタサンを逮捕したときのことを話せ。それで終わりだ」
「フェノーメノ、一応君にはこの事件を仕組んだ疑いがかかっている。何故理事長室に入ったのか、どうしてキタサンを逮捕したのかも教えてほしい」
理事長も本気でメノを疑っているわけではないことは明らかだが、補足してくれる。
メノも、ここに呼ばれた理由は承知の上で堂々としていた。後ろめたいところはなさそうだ。
「了解しました。フェノーメノ、証言開始であります!」
(ここでメノさんの証言を崩せないと、キタサンを守れない……やるしかないわ!)
フェノーメノが敬礼の構えのまま、証言を開始する。
「本官は事件の匂いを感じとり、トレセン学園の見回りをしていました。
そして午前0時、理事長室の扉が開いているのを発見したのです。
中に入ると、そこにはキタさんが理事長室を物色していました。
よって本官は、泥棒の現行犯として逮捕したのでありま」
「異議あり!!」
アイは、己の最速でメノの証言を差しきった。
弁護側の机を大きく叩き、これまでの話と証言のムジュンをつきつける。
「キタサンは、まだ理事長室の部屋から何かを取る前にメノさんに捕まった。ライトオさんはそう言っていましたよね」
「肯定ッ! 確かにそう言っていたが、なにか問題が?」
理事長が頷くと、アイは勢いよく続けた。
「理事長室に入っただけ、まだ何も取っていないキタサンを……どうして、『盗みの現行犯』として逮捕できたんですか!」
「ぬおおおおっ!?」
アイの力強いつきつけに、メノが大きくのけぞった。
ライトオは、急いで反論をする。
「くっ……さっきも言っただろう。翌朝には、何者かによってキタサンが盗みを働いた噂が広まっていたのだ。些細な言葉のアヤだ」
「だとしても、現行犯逮捕の瞬間に泥棒として決めつけるなんてできないはずです! 午前0時丁度に入ったのも都合がよすぎるし、これじゃあまるで……」
その時、アーモンドアイはふと閃いた。
「ああああっ! そうか!」
大声で叫んだアイに、理事長が驚いて目を丸くする。
「アーモンドアイ、なにかわかったのだろうか? 確かに、些か断定的な気はするが……」
「メノさん、あなたは事前に知っていたんじゃないですか? 理事長さんの扇子を誰かが盗みに来ることが」
「知っていた?」
午前0時丁度に現行犯と鉢合わせ、盗みに入ったと決めつける明確な理由。それは━━
「フェノーメノさん……あなたには、午前0時に理事長の扇子を盗むと予告状が届いていた、違いますか!」
「うおおおおおっ! 何故わかったのでありますかああああっ!」
フェノーメノが頭を抱える。ライトオもいつもの真顔から少し悔しそうな顔を浮かべていた。
「予告状というと、怪盗が出してくるあれか……フェノーメノ、予告状があるなら提出するように!」
「りょ、了解であります……!」
理事長の命令には逆らえない。フェノーメノは、ポケットから証拠品を管理するビニールに包まれた予告状を提出した。
そこには、印刷された文字でこう書いてある。
【今夜午前0時、『理事長の扇子』を頂きに参上する。バクシン三世】
怪盗の予告状のような文言を見て、一番動揺したのはキタサンブラックだった。
「な、なにこれ……あたし、こんなの知らない……これじゃあまるで……」
「ライトオさん。あなたはキタサンに『義賊ごっこでもしたくなったのだろう』と言っていましたね。予告状のことを知っていたのでは?」
アイの追及に、ライトオはほんの少し考えたあと返した。
「無論だ。昨晩メノの元にこの予告状が届き、どうせイタズラだろうと私はいつも通り就寝したのだが起きてみればメノどころか学園は大騒ぎ。とにかくこの法廷を終わらせてキタサンから真実を聞き出すつもりだったのだが」
ライトオはこの法廷が始まった段階で泥棒は未遂、ちょっとしたイタズラだろうとキタサンに罰を与えない方向に動いていた。
ライトオとメノも、予想外の状況に戸惑っていたことが伺える。
「理事長さん! これはちょっとしたイタズラなんかじゃありません。キタサンの名誉を貶める大事件です」
「ど、どういうことだろうか?」
アイは、ついにこの事件の真実をとらえた。輝く瞳で、力強く宣言する。
「キタサンは予告状のことなんて知らなかった。つまりメノさんには誰かが理事長室に盗みに入る予告状を送った。つまり……」
「ま、まさか……?」
「そう、キタサンはメノさんに逮捕されるよう何者かによって誘導されていたのです!!」
「ぐおおおおっ!! 本官は、悪に操られていたというのかあっ!!」
その言葉に、メノが悲鳴を上げた。
アイは、顔面蒼白のキタサンに語りかける。
「お願いキタサン、本当のことを話して! どうしてあなたは、理事長さんの扇子を持っていこうとしたの?」
キタサンは予告状のことを知らなかったが、理事長の扇子を持ち出そうとしていたのは認めている。偶然とは思えない。
キタサンは、蒼白なままそれでも深呼吸をして。
アイの瞳に向き合って、答えた。
「……実はね、バクシンオーさんにお願いされたの。どうしても、理事長さんの扇子を持ってきてほしい。鍵は開けておくから……って」
「あのサクラバクシンオーが、そのようなことを?」
「キタサン、それは間違いなくバクシンオー本人なのか? そもそもアイツは、もうこの学園にいないはずだが」
サクラバクシンオーは、トレセン学園で知らぬものはいない短距離王だった。
しかしライトオやアイの師匠であるロードカナロアなど新たな短距離王の誕生、そしてバクシンオーの走りを受け継ぐキタサンブラックが完全に成長したことで━━サクラバクシンオーはトレセン学園を完全に卒業し、今はOGウマ娘となっていた。
「はい。手紙と……証拠として、バクシンオーさんがドロワイベントでつけていたブローチが……」
キタサンは、ポケットから持っていたブローチを取り出す。桜の意匠が形どられた、美しいブローチだ。
「ふむ。あのドロワは大いに盛り上がったな」
「タクトちゃんとハートさんが優勝したときのものね……確かに、バクシンオーさんはそのブローチをつけていたわ」
「つまり、バクシンオーから送られてきた手紙であることは間違いないと言うことか」
「し、しかし! あのバクシンオーさんが、キタさんを陥れるはずが……!」
まさかのバクシンオー黒幕の可能性にざわざわとどよめく傍聴ウマ娘たち。
「待った!!」
そこで待ったをかけたのは、アイでもライトオでもキタサンでもない。
全員が驚くなか、証言台に飛び込んできたのは━━前回の裁判で被告人だった、デアリングタクトだった。
「タ、タクトちゃん! どうして証言台に?」
「バクシンオーがそのブローチをつけてドロワ、優勝者はタクトだったな。そのブローチになにか心当たりが?」
タクトは深呼吸して、この事件における決定的な事実について口にした。
「バクシンオー先輩は……ドロワの後、ある方とブローチを交換したんです」
「バクシンオーがブローチを……あ、ああああっ!まさかっ!!」
ライトオが、この事件の真実に最速でたどり着いた。
タクトは頷いて、この事件の真犯人の名前を告げる。
「……ノースフライト先輩。あなたですよね、キタさんにバクシンオー先輩のブローチを送り、メノさんを予告状で誘導したのは」
タクトは、傍聴席にいるノースフライトに穏やかに話しかけた。
「『バクシン3世』という予告状を見たときから、もしかしたらと思いました。目的は……バクシンオーさんですか?」
「フライトさん……なぜ、バクシンオーさんと一番仲良しであるあなたが!」
メノが、心の底から辛そうに言う。
しかし、フライトはその言葉に答えることはなく━━無言で、踵を返して逃げ出した。
「速い……! 初代マイル女王は伊達じゃないわね!」
「アイ先輩、フライトさんを捕まえましょう! 今の私たちなら出来ます」
「ええ。加減はなしよ!」
タクトとアイは、2人でノースフライトを追いかけた。
相手が初代マイル女王なら、こちらは現代のティアラ女王2人。
ノースフライトのとなりにサクラバクシンオーがいればともかく━━1人で逃げ切れるはずもない。
「ふふふ……捕まっちゃいましたね。流石です」
一マイルの距離であっさり捕まり、そうやって笑うフライトの声は、いつも後輩たちのコーディネートを教えてくれる優しい彼女のそれとは違う。
自分の企みがバレたとか、走りで捕まったとかそんなことがささいに感じるほど、悲しい声だった。
「理由、話してくれますよね」
しかし、アイも追及をやめるわけにはいかない。今回被害を受けたのは、アイの憧れだったキタサンブラックなのだから。
「……バクシンオーちゃん、ついに学園からいなくなっちゃいました。私たちの時代は完全に終わって、これからはキタさんやあなたたちが後輩を導く」
「はい。それでも、私たちはお二人から教わったことを決して忘れません」
タクトが、今なおドロワでお世話になったフライトへの敬意を忘れず言った。
あの時はデビュー前だったタクトも、今や唯一無二の完全無敗トリプルティアラだ。
タクトを慕う格闘家のウマ娘も現れ、さらに次の世代にバトンを繋いでいく。
「キタちゃんとバクシンオーちゃんは、あんまりたくさん一緒にいるわけじゃなかったけど……それでも、バクシンオーちゃんから何かを受け継いでいてほしかった。バクシン3世であってほしかったんです」
「だからって……あんなの、間違ってます!」
アイの言葉を、フライトは否定しなかった。
「そうですね……本当は、確認したかっただけなんです。キタちゃんがバクシンオーちゃんのお願いならちょっとした無茶でもしてくれるかどうか。ほんとに盗んでも困るので、メノさんにもバクシンオーちゃんの名前で予告状を送りました」
「だったらなんで……キタサンが盗みを働いたなんて噂を流したんですか!」
アイが、尋問のように言葉を強くする。
ライトオやメノは、騒ぎが大きくならないよう努力していた。
にもかかわらず裁判沙汰になったのは、誰かが噂を流したからだ。
「……信じてもらえないかもしれませんが、わたしは噂なんて流してないんですよ。むしろビックリしました。メノさんが誰かに報告したのかなと思いましたが……」
「えっ!?」
フライトに、この期に及んでとぼける理由などない。それこそ退学処分を受けるとしても、受け入れてしまうだろう。
「こんなことして、キタちゃんとバクシンオーちゃんの名前を汚すなんて……バクシンオーちゃんに、嫌われちゃいますね」
この状況でも、フライトはバクシンオーのことを気にしていた。
彼女にとっては、バクシンオーと過ごす日々と走った時間こそがトレセン学園の全てなのだろう。そう思えるほど悲痛な声で。
「異議あり!!」
その声に異議を唱えたのは、アイでもタクトでもなかった。
アイとタクト、フライトを追いかけてきたのは━━トレセン学園のお助け大将、キタサンブラックそのウマ娘だ。
「バクシンオーさんは! 例えどんなことがあっても、フライトさんを嫌いになるなんてあり得ません!」
「キタちゃん……ごめんなさい、わたしのせいで、辛い想いを」
謝ろうとしたフライトに、キタサンはお構いなしに続けた。
「だってバクシンオーさんは言ってました! みんなの学級委員長たるもの、自分を好きでいてくれるからこそバクシンしてしまった人にも追い付いて抱き締めてあげるのが役目だって!」
「バクシンオーちゃんが……」
みんなの愛バだからこそ、愛ゆえの暴走を受けることもある。サクラバクシンオー同様キタサンブラックもそういうウマ娘だからこそ、バクシンオーは教えを授けたのだろう。
「あたしは、バクシンオーさんみたいに短距離やマイルは走れないし、あんなに悩まず動くことはできないけど……みんなのリーダーとして、大切なことを教えてもらえました!」
バクシンオーとキタサンの走りは違う。性格も違う。それでも受け継がれたのはみんなのリーダーとしての心。
それを理解したフライトは━━初めて、先輩としてほんの少し微笑んだ。
「……バクシンオーちゃんだって、いっぱい悩んでましたよ。ただ、それをあまり見せてくれなかっただけで」
「だったらあたしも……いっぱい悩んで、それでもみんなを導きます! お助け大将ですから!」
「!!」
ノースフライトが、ハッとした。その言葉は、フライトが一番愛したウマ娘と重なって見えたから。
「キタ先輩……流石です」
「やっぱり、キタサンはすごいわ! 現役中に勝てなかったのが惜しくなるくらい!」
アイとタクトも、キタサンの漢気に見惚れたようだった。今のキタサンは、裁判開始前の弱々しい姿ではなくみんなのお助け大将そのものだったから。
「ありがとうタクトちゃん、アイさん! 2人の……ううん、ライトオさんたちみんなのお陰だよ!」
キタサンはアイとタクトにお礼を言い、3人でフライトを理事長のもとへ連れていった。
後輩を利用したとして、フライトにはそれなりのペナルティはあるだろう。だがそれでも、もうフライトに未練はなさそうなほど、キタサンたちを見る表情は穏やかだった。
「……しかしライトオ検事、キタさんが盗みを働いた噂は結局誰が流したのでしょう?」
その様子を遠巻きに見守っていたフェノーメノは、隣のライトオに話しかけた。
屈指のステイヤーと直線最高速の2人でも、マイルの距離でフライトやアイ、タクトに追い付くのは簡単ではない。少し遅れて到着していたのだ。
「決まっているだろう。バクシン3世とかいうふざけた予告状を確認し、メノは当然アイツに連絡を取ったはずだ」
「ま、まさか……バクシンオーさん本人が、キタサンが盗みを働いた噂を流して回ったと!?」
驚くメノ。ライトオはやれやれと肩をすくめた。
「そうすれば話が大きくなり、私やアイが裁判を起こす。そして真実にたどり着いてフライトの本音を知ることが出来る。私が午前6時に目を覚ました時点で、アイツの行動は最速で終わっていた」
バクシンオー本人は結局姿を現さなかった。だが、今回の結末には初代短距離王の意志が透けて見える。
「さすがスプリンターそのものを定義したウマ娘だ。直線の真実だけでなく、曲線も嘘も使いこなすあたりは私には真似できんな」
そう言うライトオの声は、ほんの少し。
学園を去ったバクシンオーを想って、寂しそうだった。
ロードカナロア二世の事件簿をやったなら、バクシン三世の予告状もやりたいなと思ったのでラーメンシナリオが来る前に投稿しました。
ロードカナロア二世の事件簿は誰が何やったかは最初からわかりきってて、『なぜ』そんなことになったのかをアイちゃんが解き明かす話になると思います。今後書くかはわかりませんが……
ライトオと細ストレート麺を堪能したら、直麺検事を書くかもしれません。
既に完結した作品ではありますが、お読みいただいている方々には感謝しております。