少しでも楽しんでもらえたら私は満足です。感想評価がもらえたら言うことなし。
働いて貯金して、たまに外食で贅沢したり。休日出勤もあるけどブラックというほどでもない程々に自由な生活を送っていたとある男が、なんやかんやあって話に聞くあの白い空間に送られた。
男はそこで、神と名乗る者から説明を受け、自分が記憶を保持したまま異世界に生まれ変わるということを理解した。
「転生能力は何がほしい」と尋ねる髭面の神に向かって男は言った。
「お待ちください。私は文明の発達していないファンタジー世界で生きるなんてまっぴらです。テレビやインターネット、漫画やゲームがない世界では、私は生きていけません」
神は鷹揚に首肯した「であれば、転生先はお前の世界に似た世界としよう。お前の記憶にある創作物からならば手ごろな世界が……うむ、ここで良いだろう」
神は続けて言った。
「この世界にはお前が真に望む世界によく似ている―――ポケモン? がいるようだ」
神の言葉に男は笑みを浮かべた。
(何という僥倖……イッシュ地方だろうか、パルデア地方だろうか。フウロちゃんprprナンジャモちゃんprpr)
「して、何か欲しい能力はあるか」
神の問いかけに、男は少し悩んでから答えた。
「レベルを見ることが出来る瞳を」
「欲の無いことだ。望むのならば、人間として最高の知と肉体を授けることもできるのだぞ」
本当に良いのか、と確認する神に対して男は堂々と答える。
「この矮小な身には余るものを頂いたとして、行き過ぎた過分はきっと我が身を滅ぼすでしょう。一度命を落とした私がもう一度生を得られるということが、既に過分なのです」
「であるか」
暫しの無言の後「あい分かった」と神は頷き、そして両手を広げ宣誓した。
「いざ! 新たな生を心ゆくまで謳歌せよ!」
―――というのが、今から二十余年前の話。
生まれ変わった男は熱い夏空の下、流れる汗を拭いながら、肩を落としてベンチに腰かけていた。
時計の針は既に正午を過ぎているが今日中にもう一軒、アルバイトの面接を受ける予定だった。軽く喉を潤してベンチから立つ。今暮らしている部屋からはかなり遠いが、大手の本屋チェーンだった。時給も悪くなく、しかもどうやら人手不足、特に夜勤バイトが足りていないとのこと。雇ってもらえる可能性がある、少なくとも期待はできる。
バイトの面接で、と告げるとスタッフルームに案内された。中に入ると、こちらの顔を見るや否や店長が小さく声を漏らした。……やはり、今回も望み薄だろうか。
「えっと、ハヤミ・ジョージさんですね。おかけ下さい」
「本日はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございます」
「履歴書では前職はコガネで警察官をされていた、とのことですが何故お辞めに?」
「……一身上の都合で」
「……なるほど」
それからは、ありふれた定型文のような質問が四、五分続き、合否は近日中にと言われて面接は終わった。あれから二週間、連絡はいまだなく、家賃滞納後も辛抱強く待っていてくれた大家さんにも遂に退去要請を突き付けられ、アパートという住居も失ってしまった。
近頃、あまりちゃんと食べられていない。
うだるような暑さが体を蝕むが、のんびりと休んではいられないのだ。恨みがましい青空を見上げながら炎天下の下に踏み出して、ハヤミは意識を失った。
「ポケモン世界だぜ待ってろ可愛いポケモンとおにゃのことのワンダフル・ライフ!」と意気込んで転生した男が生まれたのは、隙間風が吹き込み、大風に軋んで天井からは雨粒が滴り落ちる廃墟一歩手前のあばら家だった。いや、生まれたというのは正確ではない。記憶は無いが、生まれて間もない赤子の頃にこの養護施設の前に捨て置かれていたらしいと、中学生に上がった頃にジョバンニ先生から教えてもらったのだ。
親がいない、ということを悲しいと思ったことはなかった。もう会うことが出来ないことだけが寂しいが、前世での家族との日々はしっかり自分に根付いているから。それに、もし普通の家庭に生まれていたとして新たな親のことを「親」と思えたのかどうかは疑問だった。だがしかし、もしかするとそんな人はそもそも存在しないのかもしれない。
ハヤミ・ジョージ ───速水丈二──という名前は前世と同じで、彼が包まれていた
施設の運営を担っていたジョバンニは本当に良い人だった。
傍目に見ていても何時プライベートな時間を確保しているのだろうと不思議なほど、朝は誰よりも早く起きて子供たちの朝食をつくり、夜は年季の入ったソファに腰掛けて子供たちと一緒にテレビを見たり、一緒に遊んで過ごして、夜九時には子供たちを寝かしつける。それから残っている家計管理などの仕事を片付けていた。
経営は楽ではないはずなのに、本当に少額だが子どもたちには毎月お小遣いを渡していたし、良いことをすれば目一杯褒めてくれるが、悪いことがすればしっかりと叱りつける。授業参観があると知ればクラス間を駆け回るようにして短時間でも全員の授業に参加し、どれだけ手間と時間がかかろうと、子どもたちのために出来る事なら労を惜しまない人だった。
『本当の親でないのなら、それをも超える愛情を』
院の友達たちとの宝探し遊びで見つけたジョバンニの机の引き出しには、彼が施設を立ち上げた時に書き記した信条が大切に仕舞われていた。彼は間違いなく、ここで暮らす子供たちにとっての親だった。本人は飄々と振舞っていたが、裏でどれほどの苦労と努力を重ねていたのだろう。
夜遅く、院長室で頭を抱えて唸る彼を見てしまったハヤミが、曲がりなりにも社会に出て自立していた経験のある彼が、少しでも助けになりたいと動いたのも不思議ではないだろう。
率先して手伝いをして、年齢不相応な口先で年下の子供たちをまとめ上げ、自分より年上の子供たちが施設から飛び立っていくにつれて、ハヤミは子供たちのリーダーのような立場となっていた。
そんなハヤミが飛び級試験を受けて数年早く義務教育を終え、安定を求めて警察に就職したのも今となっては昔の話。ジョバンニの施設にいつの間にか住み着いていた親のいない野良ポケモン、その中でも新入りのチビたちを統率していたヨーギラスが彼の相棒だった。
警察の仕事は激務だったが悪くない環境だった。真面目に働いていればクビを切られることはないし、警察学校卒業後に入れる独身寮の家賃は破格の安さでその上、社会的信用も高い。先輩刑事はやや暑苦しくて人使いが荒いが、信頼できる仲間のもとで悪人を捕まえる仕事はやり甲斐があった。
この世界では悪人側はともかく、警察はパートナーのポケモンと協力して犯人確保に挑む。鼻の効くポケモンによる犯人・失せ人捜索、他にも様々なポケモンと職務にあたっている。ハヤミが配属された刑事課は特に荒事に遭遇する機会が多いために腕利きが集い、彼もまた熱心に訓練に取り組んでいた。
幼い頃から夢見ていた本物のポケモンバトル。施設を出て初めて触れたそれに自分で思っていた以上にハヤミはのめり込んでいった。
逮捕術の訓練と同じ扱いで時間外手当まで出るのだからと、業務終了後にも強さを求めてポケモン達と共にトレーニングに励み、気が付けば内部の地方大会で優勝するほどの実力に上り詰めていたほどだ。賞状とトロフィー、健闘を称えての金一封を警視総監から受け取った日の喜びを忘れることはないだろう。
ウインディとグライガー、バンギラス。安くないお金を出して彼ら専用の青い制服を注文し、一人と三匹で撮った写真をハヤミは常に財布に忍ばせていた。
先輩方から警察官としての薫陶を受け、仲間と共に趣味と実益を兼ねて強さを追い求めれば自然と評価が上がる。そうすると危険度の高い───犯人側にトレーナーとして腕の立つ者がいる事件に名指しで配属されるようになった。責任は重いが、その事実が彼の自尊心を満たしてくれていた。
先輩方には季節の節目の付け届けを欠かさず、事あるごとに教えを請い、それが功を奏した時にはお礼を忘れない。後輩には優しさと寛容さを心掛け、ミスすれば共に頭を下げて回り、出来るだけ声を荒げずに一から丁寧に指導にあたる。
この世界、前世の言葉で照らし合わせると"昭和"的な気風が主流の時代である。昭和と平成の過渡期に生を受けて令和にも生きていたハヤミだが、彼自身にも意外なほどこの気風を生きることに苦を感じていなかった。
礼儀正しく目上の人を見くびらず、ちょっとしたことでもお土産を買い、小さな恩でも感謝を直接伝えること。それを忘れなければ先輩方との関係はちょっとやそっとじゃ崩れない。ましてやこの根性論全盛の時代に警察組織に飛び込んできた後輩たちなら
順風満帆、この言葉がこれ以上なく相応しい日々。ハヤミの行く末に暗雲が立ち込めたのはちょうどそんな時であった。
何が引き金になっていたのか、それは今もなお不明瞭である。
とある事件の捜査にあたっていた班からの応援を受けて、ある反社会的勢力の一斉検挙に踏み込んだときのことだった。技マシンの違法取引、専門的な訓練を受けたポケモンの違法売買、つまりは他勢力への武力の提供───扱いとしては銃の密売に近いだろうか───の情報を潜入した捜査官が掴み、出動可能だったメンバーを先陣としておっとり刀で駆け付けたのだ。
カントー地方から進出してきたカントー最大の反社会的勢力であるヤマブキ組が取引に本腰を入れていることは分かっていた。界隈切っての武闘派を抱えているという噂がただの噂ではないことも。半面、奴らがどこの誰との取引に臨んでいるのかに関しては、霧に包まれたように情報が無かった。
後続が間に合わなかったものの、みすみす取引を見逃すことは出来ない。課長の指示で皆で一斉に急襲をかけた。兵力に差があったのは確かだが、この日のために各地から集められていた刑事の実力はそれを補って余りあるものだったのだ。
遠距離から正確に打ち込まれた"しびれごな"と"ねむりごな"が敵の弱兵を的確に無力化し、部下を見捨て迷わず逃走を図ったヤマブキ組組長も、護衛の武闘派ごと鎧袖一触に蹴散らした課長のウインディとヨルノズクを振り切れず現行犯逮捕に成功。
しかしその頃、ハヤミはもう一方の取引相手の捕縛に挑むも、それを取り逃がしていた。
勿論、兵数で劣勢な状況で油断していたはずもない。捜査員の包囲網を猛烈な勢いで突破してきた何者かを偶然にもハヤミが迎え撃つ形となり、一騎討ちに発展したのだ。とは言え、相手は逃走が第一優先。戦いが長引くことはなかった。
敵の首魁と思しき仮面をつけた者の指示で突撃してきたニドキングに対して、ウインディを差し向けた。警察学校から数多くの修羅場をくぐって来たパートナー。タイプ相性は悪かったが、機動力が重要な場面では古馴染みのバンギラス以上に信頼を置いていた。
ニドキングのレベルは75。これまでの人生で目にした中で最強のポケモンだった。しかし「強さ」がレベルだけで決まるわけではないという事実を、ハヤミは警官人生を通してよく知っていた。
「"にらみつける" "フレアドライブ"からの"ほのおのキバ"!」
「受け止めろ、そして"じごくぐるま"」
いくつもの戦いを終えた後だ。万全だったとは言えないが、間違いなく全力の一撃を真正面から受け止められた。
肩口に突き刺さり、肉を焼く牙に動きを鈍らせることなく、ウインディを抱え上げたニドキングはその巨体を軽々と回転させて跳びあがり、落下の勢いを載せてウインディを地面へと叩きつけた。コンクリートの地面に放射状の亀裂が入り、圧力に負けた周囲の地面が隆起する。これまで経験したことのない破壊力だった。
たったそれだけ。時間にすれば数秒にも満たない攻防だったが、この一撃でウインディは地に伏した……訳ではない。
この直後、ウインディは死力尽くして立ち上がり、ニドキングの背に乗って逃げる首魁に向かって追撃を放ったのだ。それはハヤミの指示ではなく、ウインディ自身が判断した行動だった。
それ故、相手も反応が遅れたのだろう。僅か一拍子、されどその一瞬に奴の喉元にまで迫ったウインディは、しかし突如として地中から現れたダグトリオによって防がれ、返す刀の"きりさく"によって今度こそ戦闘不能に陥った。
結果として奴を止めることは叶わなかったが、されどその執念が無意味だったわけではない。"しんそく"の余波で奴の仮面が砕けたのだ。惜しむらくは───彼の奮闘に応えられず、ハヤミが首魁の顔を確認するに至らなかったことだけである。
身体を休める暇もなく、次なる事件に追われていたハヤミの下に別の課の刑事が現れたのは、それから
何が起きているのか理解の追い付かない彼にかけられていた容疑は、端的に言えば反社会的勢力への情報流出だった。全く身に覚えはなかったが、ハヤミの行いによって取り返しのつかない被害も出ているのだと、そう告げられた。
『てめぇが金欲しさにやったことの罪深さをこれから徹底的に教えてやるからなぁ……』
それからの日々は思い出したくない苦痛に溢れていた。
自分を犯人だと決めつけた朝夕を問わない執拗な取り調べ。彼自身も取り調べの経験は浅くない、絶対にそんな事実はないと一貫して犯行を否定していたが、そこに突き付けられたのは自分が犯行に及んだことを示す証拠の数々。直接的な証拠はなかったが、間接的な状況証拠を組み上げていくとそれは全てハヤミに帰着した。
気持ちが悪かった。
捜査ミスや思い違いではない、正体不明の明確な悪意に襲われていることをここに至ってようやく理解したのだ。
何とかする、お前を信じていると言ってくれた先輩もいたが、その成果が上がる前に全国ニュースでハヤミの顔と名前、事件の詳細がつまびらかに報じられた。被害を受けた女性の家族が警察の職務怠慢を訴え、身内贔屓とも思える対応の遅さをマスコミ各社に訴えたのだという。
ハヤミが捜査情報を漏らしたことによって、人質に取られた女性が怪我を負い、それを助けようとした彼女のポケモンが亡くなったのだ。それが金銭欲に取り憑かれた警官の汚職のせいともなれば、それは正当な怒りである。
現職の警察官、それも警察大会で優勝して表彰されたこともある若き俊英が引き起こした前代未聞の「裏切り」は刺激に飢えた世間にとっては格好の話題の種だったのだろう。新聞、ニュース、写真週刊誌に至るまであらゆるメディアで繰り返し報道され、ハヤミの身の上から小学生時代の成績に至るまで徹底的に衆目に晒された。
その苛烈さはジョバンニの下にも昼夜を問わず報道機関が押しかけて、酷いと学校帰りに記者に待ち伏せされる子供までいたほどである。
差し入れされた記事の中には施設の環境の悪さ、子どもへの教育の不行き届きが原因だと悪しげにジョバンニをあげつらうものまであり、ハヤミが怒りのあまり引き裂いてしまうほどだった。
しかし、いくら気炎を上げたとしても、それで何かが変わることはなかった。
監視つきでホテルの一室に軟禁されたハヤミはそのまま何の抵抗も出来ないまま、つい先日に戦場を共にしたはずの課長からあまりに無情な懲戒免職を言い渡されたのであった。
にもかかわらず彼が起訴されることはなかった。何も分からないままに職を追われ、犯罪者として世間に名前が知れ渡り、それでいて法的には全く無実の一般人。
順序も結果も、何もかも滅茶苦茶だった。しかし社会から、なにより信頼していた仲間たちから向けられる侮蔑と軽蔑の視線に打ちのめされ、
それからは別段、語るまでもないことである。
ハヤミは署から離れた地域で部屋を借りるも、顔と名前が知れ渡ったせいで再就職は上手くいかず、どうにか雇ってもらえても勤め先への嫌がらせが頻発してクビになり、そんなことを繰り返しているうちに次第に貯金が尽き始めた。
もともと給料の一部は施設に寄付していたり趣味に注ぎ込んでいたこともあり、貯金は多く無かったのだ。
そしてとうとう家賃すら払えなくなり、アパートから追い出されたのだ。
証拠品として押収されたポケギアは手元に戻らず、多大な迷惑をかけた友人知人は言わずもがな、大恩あるジョバンニ先生に頼ってこれ以上迷惑をかけることなんて出来よう筈もない。
真夏にホームレスとなったハヤミだが路上生活の知恵がある訳もなく、慣れない路上生活の疲れ、空腹と暑さに限界を迎えた彼は長月の十八日、人気のない路上で意識を失った。
第二話まで書いたのでまとめて投稿します。