Pocket Verse Odyssey   作:水風浪漫

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一話目と同時投稿の第二話です。
楽しんでもらえると嬉しいなと思います。


02 新井木美里は何がしたいのか

 

 ポケモンリーグは停滞している。

 

 約十年前に流星の如く現れたワタルが王座に君臨して以来、ただの一度も四天王の入れ替わりは起きていなかった。

 キクコが手ずから集めたカンナとシバを突破するトレーナーすら滅多になく、三番手に甘んじるキクコは未だに挑戦者にとって途轍もなく大きな壁として立ち塞がっている。あまりにもワタルにたどり着くトレーナーが少ないので、民間のプロリーグ選手との交流戦が組まれるようになったほどである。

 大体の場合でワタルの圧勝で決着がつくが、中にはワタルが後一歩のところまで追い詰められた試合もあった。

 セキエイ高原最強の実力を一般に示すための苦肉の策として始まったらしいが、理由は何であれ結果を残せばポケモンリーグ四天王に挑むことが出来るというのは、民間リーグにとってもこれ以上ないイベントになると同時に、民間リーグトレーナーにとっては己の実力を証明するこれ以上ない機会になった。年一開催の交流戦が無かった頃は、所詮ポケモンリーグから逃げたトレーナーの集まりと軽んじられ、口さがなく見下されることもあったのだとか。

 

『───激戦の末にシバ選手との壮絶なバトルを制した挑戦者(チャレンジャー)でしたが、キクコ選手の老獪な戦術の前には惜しくも、敗れ去りました!』

 

 画面の向こうで挑戦者のギャロップがシャドーボールの一撃に膝を折る。倒れる瞬間にも一歩前に進もうとした姿は間違いなくパーティのエースだった。文字通り気炎を上げ、画面越しにも伝わる威圧感を放っていたギャロップを打倒したムウマはケラケラと楽しそうに宙を舞っていた。

 

 ジムバッジを八つ揃えたポケモントレーナは間違いなく上澄み中の上澄みだ。しかし、同じ八個持ちが鎬を削るチャンピオンロードを踏破しても、一人目の四天王で足止めを食らう人は珍しくはない。

 そこで夢に蹴りを付けた者は地元へ帰り、学業に励むか仕事を探すのだ。無論、バッジ八個は就活において非常に有利な実績なので、これまでの努力が無に帰すことはない……しかし、ポケモンリーグ・チャンピオンの夢を諦められない者は多い。

 

 当然だろう。世の中にはワタル、ホウエン地方のダイゴやミクリの様に若くして王座につく天才もいるが、大多数のトレーナー達はそうではない。基礎を積み上げ、技を練り上げ、心身を極限まで研ぎ澄ましたその先で、ようやく栄光を掴む可能性が出てくるのだ。

 

 それ故に今回の挑戦者はバトルファンの大きな注目を集めていた。彼には僅か三年という破竹の勢いでジムバッジを揃え、ポケモンリーグ初挑戦でキクコのポケモンの半数を倒した実績があった。それから二年間、チャンピオンロードで修行を積んだ上での再挑戦だったのだ。

 彼こそ現カントー地方の最強の炎ポケモン使いである、というのがファンコミュニティでの多数派意見だった。実際、相性不利な先峰のカンナを4-6で危なげなく打倒し、イワーク二体を抱えるシバとの熾烈な接近戦(インファイト)でさえ、終始優勢な試合展開だった。彼ならばあるいは、という期待が高まるのも当然である。

 

「『これからは安定してキクコまで勝ち進めそうだし、今後の期待大だな』っと。

 ……そんなに簡単じゃないカンナを舐めるなだぁ? うっせーなこっちだって別に舐めてねーよ……『でもカンナの水技はほぼ完璧に避けてたじゃん、水技当たらないなら有効打ないだろ』っと」

 

 決着時の実況スレの悲鳴は凄まじかったが、勢いが落ち着けば彼を励まし、今後に期待するコメントで溢れていた。それも落ち着けば、今度は見返し配信を巻き戻しながらじっくり見直して、どこに改善点、勝利を掴むチャンスがあったのかと好き勝手に議論が始まる。

 その後に現れたプロを自称するくせに的外れなことをのたまうコテハン*1とレスバトルを繰り広げ、相手が言い返せなくなった所でミサトは勝利宣言とばかりにキンキンに冷えたコーラを一気飲みした。いつのまにか日が傾いていて、窓から眩しい西日が差し込んでいた。

 

 アライギ・ミサト───新井木美里───は自身でも相当なものと自認する、熱心なポケモンバトル・ファンである。ポケモンリーグ公式試合はもちろんのこと、民間リーグから社会人リーグ、アマチュアや学生大会まで大小問わずに試合を追っているほどだ。

 

 ジョウト地方アサギシティ在住。最終学歴タマムシ大卒。現在、実家暮らし無職。

 時計を見て、もう少しすれば親が仕事から帰ってくる時間だと気が付いたミサトは慌てて部屋を飛び出し階段を駆け下りた。仕事を見つけるまで(という建前。実際は探していない)という期限付きだが、その間は家事の大部分を母の代わりに担当するという条件で実家暮らしを許してもらっているのだ。……が、今日は朝からパソコン前に張り付いていたせいで洗濯も食器洗いも何もやっていなかった。

 しかも朝方、試合が楽しみすぎで機嫌が良くて「今日の夕食は特製カレーを作るからお楽しみに!」なんて宣言してしまっているのだ。

 

「あわわわわわ……ま、マリルリー! 私は急いで夕飯作るから代わりに洗濯機回して! 時間ヤバイから"お急ぎ設定"ね!」

 

 窓際で日向ぼっこ居眠りをしていたマリルリを抱き起して、急いで料理にとりかかる。

 幸運にもカレーの材料が冷蔵庫に揃っていたので、多少慌ただしくなってしまったものの無事にカレーは完成した。ご飯は炊き始めるのが遅くなったから帰宅してすぐ夕飯とはいかないけど、作ったのは母が好きな良く焼いた鶏肉をふんだんに使ったチキンカレーだからプラマイで言えばややプラスだろう。

 いつまでも就職せずにフラフラしているミサトを一番問題視しているのは母なので、母さえ怒らせなければ大丈夫。父は基本的にこんなんでも娘が家にいるのが嬉しいみたいだから……。洗濯物はまぁ、取り込み忘れたことにして夜に取り込めばばれやしないだろう。

 

「完璧だ……さすが私、やれば出来る子……」

 

 この間ついに成人を迎えたというのにそんなことをのたまうご主人を、叩き起こされて働かされたマリルリが渋い目で見つめていた。

 

 

 

 ポケモンバトルは東高西低、界隈で当たり前のように語られるそんな言葉がジョウト地方ポケモントレーナーの現状を如実に示している。

 かつてオーキド・ユキナリとポケモンリーグでいくつもの名勝負を生み出したキクコを始め、ここ十数年の間、四天王は全員カントー地方の出身者である。もちろん、それ以前の歴代四天王にはジョウト出身者もいるのだが、()()()()を境にカントー地方出身者ばかりが名を連ねるようになっていた。

 

 ジョウトのバトルファン・コミュニティでは何故こうなってしまったのかの議論が度々行われているが、未だに明確な答えは出ない。だが恐らくは、当時ジョウト主導で実施されたジョウトリーグとカントーリーグ併合が原因だろうとされている。

 

 かつて全ジョウト地方トレーナーの憧れだったジョウトリーグ。今もシロガネ山の麓にあるシロガネタウンという小さな町は、かつてジョウトトレーナーの聖地として活気に満ちていたらしい。

 祖父はお酒に酔うたびに、遠い昔にシロガネスタジアムで当時の四天王の将と戦ったことがあるのだ、と自慢げに語るのだ。

 

『俺がもう少し有能な指揮官だったら、ミサトもチャンピオンの孫だったのになぁ』

 

 そう誇らしげだが、どこか悔し気に笑う祖父の顔をよく覚えている。

 

 大規模な反対運動も力及ばず、財政改革の旗印としてジョウトリーグとカントーリーグの合併が行われたが、その実態は実質的なカントーリーグへの吸収合併である。ジョウトトレーナーの聖地は失われ、カントートレーナーの聖地セキエイ高原がその座についた。

 実際、当時チャンピオンを目指していた者の多くがポケモンバトルから足を洗ったのだと言う。祖父もそのうちの一人だった。

 

 セキエイ高原チャンピオンは彼らの追い求めていた「夢」に代わることは出来なかったのだ。

 加えて当時、カントー・ジョウト四天王で行われた四天王争奪戦でジョウト四天王が一人しかその座に残れなかったことも影響しているかもしれない。

 

 とにもかくにも、ミサトはジョウトのトレーナーが活躍しない現状を憂いていた。言葉を取り繕わずに言うのであれば、カントーの奴ばかりが持て囃されるのがムカついて仕方がなかった。

 

 どうすればジョウト地方にかつての栄光を取り戻すことが出来るのか……高校生になってバイトで稼いだ給料を使って、現地に足を運んで生のポケモンバトルを観戦するようになって以来、ことあるごとに考えていた。

 敵を知り己を知れば百戦危うからず。敵情視察をかねてわざわざタマムシ大学に進学し、携帯獣学の権威であり同時にカントー伝説のトレーナーでもあるオーキド博士の講義を受け、かのポケモン預かりシステムの開発者マサキ博士の特別講義には必ず参加した。

 研究室(ゼミ)選択では実戦方面に力を入れているマツモト博士の研究室の抽選に外れて、最終的にポケモン転送システムの開発に取り組むアキハバラ博士の研究室に配属されてしまった。当時は大きなショックを受けたが……結果的にアキハバラ博士の下で学べたことは、他の何にも代えがたいミサトの財産となっている。

 

 恩師アキハバラ博士は馬鹿みたいに大きくて分厚い瓶底眼鏡をかけたオジサンだった。

 

『かつて小さな子供が誤ってモンスターボールをコピー機内に入れたまま父親にFAXを送ったことで、送信先に中身のポケモンごとモンスターボールが転送される事件が起きた。

 これが"携帯獣通信能力"、いわゆる携通力……若い研究者の間ではポケコムとも呼ばれているがね、何でもかんでも簡略化するのは私はどうかと思う……ともかく、ポケモンが自分自身を電子データ化する能力の発見につながったのだ』

 

『携通力の発見後、各地で研究が盛んに行われたが残念ながらそのどれもが大きな成果を上げることは出来なかった。……しかし、ソネザキ・マサキ君をはじめとする研究者らによって"ポケモン預かりシステム"が開発され、世界中に衝撃を与えたのは学生諸君もよく知っているだろう。

 私としても学生時代の彼を知っていたから当時の感動は一入でね、思えば当時から彼は頭一つ伸びぬけていた……と、すまない。話が逸れたな』

 

『ポケモンをネットワーク上に構築された特別なサーバーである"ボックス"に預けることができるというのは画期的だ。しかし、現時点では預けられたポケモン達は各町のポケモンセンター単位で管理されており、携通力が発見されたきかっけとなった事件で確認された"モンスターボールの転送"という現象の原理は解明されていない。

 私の研究室ではこの"転送"に着目して、ポケモンを独立したインターネットに囚われず、地方単位、それ以上の世界規模のネットワークで自由にやり取りすることが最終目標である。

 学生諸君らはまだ学徒の身分。分からないことも多いと思うが、どうかこの研究に若い君たちの柔軟な思考での一助をもらえるとありがたい』

 

 恩師も得た。良き友人も得た。

 

 そして今、ミサトは実家でニートをしながらジョウトトレーナーが気軽に実戦を積み、切磋琢磨するためのシステム───ワールド・ファイト&バトル・システムを開発している。名称を友人に「地味」と酷評されたが、分かりやすさ第一だから良いのだ。

 

 そんな訳で日中の家事以外の時間はほとんど開発に費やしているから、就職活動は全くしていなかった。しかし就活をしていないことを両親に悟られるわけにはいかないので、ミサトは時々、就活カモフラージュのためにリクルートスーツを着て無為な散歩に勤しんでいる。

 

 道端でぶっ倒れている男を見つけたのも、ちょうどその散歩の途中だった。

 

*1
固定ハンドルネーム




四千文字書くのに余裕で⑧時間くらいかかるので、次話はあまり期待せずお待ちください。
もしかすると……皆さんがこの作品の存在を忘れた頃に投稿されるかもしれません。
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