浪人生マリ
店にダンプカーが突っ込んで来て、私と店長、それにこのカラオケスナック「すみれ」が異世界に転移してから三週間が過ぎた。
私、
「おーい! エールの配達だぞ!」
店の裏口から、いつものオーガのおじさんが顔を出す。
「あー今行きます、すいません先に空樽を外に出しますから」
「いいよ、俺がやった方が早いから」
おじさんは力持ちなので助かる。
元の世界から持ってきたビールは一週間で在庫が切れた。その時はもう明日にでも魔獣のエサにされちゃうんだと、店長と二人、震え上がったものだが。
異世界に転移して来たカラオケスナック「すみれ」は、魔王が住まう城の玄関ホールの巨大階段の裏側の、使われていなかった空き部屋にフィットしてしまっていた。
その後幸いにしてこの魔王城の出入りの酒屋、オーガのおじさんの
◇◇◇
転移して来て数時間は私達も気づかなかった。ダンプカーが突っ込んで来たような気がするんだけどあれは夢だったのかなー、などと話しながらのんきにお客を待っていた。
しかし3時間経っても4時間経ってもお客が一人も来ない。今時カラオケスナックなんて流行るものではないが、地域の常連客に愛され地道にやって来た店なのだ、ゼロというのはおかしい。
そんな話をしていた所に最初の魔物はやって来た。それは魔王軍の幹部に陳情に来た半魚人の代表だった。私達は彼を本格的なコスプレの人と思い込んで普通に接客し、彼も魔王城にも酒場くらいあるのかと思い込んで普通に飲食をした。
その後もゴブリンだとか、吸血鬼だとか、狼男だとか……様々な魔物がやって来て、飲み食いをしては、彼らの通貨を置いて行く。
私達は出来るだけ平静に、何もおかしい事などないかのように振舞い、彼らを接客した。
その裏で私達は必死に祈り、もがき、泣いた。私達に何が起きたの? なんなのここは! 元の世界に返してー! たーすけてー神様ー!!
しかしそんな平和な日々も長くは続かなかった。転移から一週間、ビールサーバーが空になり食材も無くなった。発電機の軽油も尽きた。
日を同じくして、私達は侵入者として魔王軍幹部に見つかり、体を鎖でグルグル巻きにされ魔王の御前に引きずり出された。
「侵入者はこれだけか!? 人間風情がたった二人でか!」
「何という事だ……魔王城始まって以来の不祥事ですぞ!」
「人間が魔王城に侵入した上、店を開いていただと!?」
みんな怒っていた。見るも恐ろしい、身長2m超の角の生えた青や赤の肌の人々、超大きくて怖い獣、半人半獣の怪物……
そして東京ドームくらいの魔王城の巨大な大広間の最奥、30mくらいの高さの王座の上に居るのが……魔王。ちょっと暗い配色のピエロではなく、魔王だ。身長が3mくらいあるのも怖いけど、顔はもっと怖い。
「くだらぬ」
あああ……声も怖い。
「人間が我が城に侵入した? 何かと思えば……貧相な中年男と小娘が一人ずつ、厄介な伝説の武器も鎧も持たず、魔法も使えぬと……次元の理の悪戯か。くだらぬ」
魔王は玉座から立ち上がりこちらに歩いて来る……50mくらいあるからちょっと時間がかかる。
私は店長と二人、鎖でぐるぐる巻きにされて床に転がされている。
目の前には魔王と数十人の幹部と数百人の精鋭と思われる部下と、大き過ぎるペット達。
こんなんどうしようもないじゃん……
無理ゲーだよ、無理ゲー!
いや、選択肢一つ無いんだからゲームですらないよ!
「それで、こやつらは我が城で何をしていた」
「はっ、カラオケスナックなるものを営業していたと」
魔王の問いに幹部の誰かが応える。
「カラオケスナック? それは何だ」
「それは……愚かな人間共の間に
ああ……極めて評判も悪い……この上はなるべく苦しまないように殺していただける事を祈るしかない。私はそう思った。
「人間共の風習に興味など無いが。我が城に侵入し、密かに営んでいたものの正体が知れぬというのは……いささか不快である!」
―― ピシャッ! ドガガンピシャゴロドカァァン!!
魔王、が怒鳴るのと同時に広間にたくさんの雷が降った、ぎゃあああもう殺すならさっさと殺してええ!
「カラオケというのは何だ。白状しろ。嫌だと言うなら貴様らを、肉体も魂も滅んでも尚続く無限の拘束に……」
私と店長は泣き叫び声を枯らしながら、カラオケについて魔王に説明した。それはプロの歌手が歌うものを、素人がプロ気分で歌う事が出来るようにする物である事、音楽を奏でる装置と、歌詞を表示する映像からなる物である事、カラオケスナックというのは、酒や料理を提供しつつ、客にそのカラオケを歌ってもらう場所だという事、自分達は異世界から転移して来たものであり、決して魔王にたてつくつもりは無いという事、カラオケの機械はあるものの、電気が無いから見せる事は出来ないという事を。
「ほう? では電気があればそれを見せられるというのだな? ドラウグル。ライデンを呼べ」
魔王がそう言うと……やはり身長3mの、筋骨隆々の雷様みたいな半裸の黄色い肌の若い男がやって来た。その男は電気を起こせる魔人だという。
そして私達は「すみれ」に連れ戻された。魔王も一緒に来た。そしてその男、ライデンが「すみれ」の配電盤に指先でちょいと触れると、「すみれ」の全電力が回復した。
「すみれ」の店内には、魔王とその幹部数人が着席していた。
店長が、店長だけが鎖を解かれた。
「その、カラオケとやらを見せてみよ」
魔王が言った。
私は店長と……最後のつもりで、会話を交わした。
「どうしてこんな事になっちまったんだ……」
「店長……いやお父さん、この際後悔の無いように……一番、一番好きな歌を歌ったらいいよ。私もそれが聞きたいから」
「マリ……すまん、父さん何も出来なくて」
「すみれ」のカラオケ装置は古い。ディスプレイなんかブラウン管だ。
ネットがあれば一般家庭でも通信カラオケが出来る時代だというのに、この店にあるカラオケはディスクシステムの骨董品だった。最新のヒット曲など入っていない。
だけど「すみれ」はそれで良かったのだ。それが店の常連のおじさんおばさんにとっての、青春のアイテムだったから。
鎖を解かれた店長はリモコンを手に取り、古めかしい曲目リストをめくる事もなく、自分の一番好きな曲、最も得意で、最もたくさん歌った曲を、リクエスト送信する。
それは、1982年のヒット曲。鳥羽一郎の、「兄弟船」だった。
父が歌うこの曲。正直私は物心ついた時からずっと聞かされていた。
だから正直「やっぱりこれかよ」とも思ってしまった。
だけど人生の最後に歌うなら、一番たくさん歌った歌だよなあ。
21インチのブラウン管ディスプレイに、荒波砕ける波止場の景色が映し出される。夜明け前の海に、一艘の漁船が漕ぎ出して行く……
波の谷間に 命の花が
ふたつ並んで 咲いている
兄弟船は 親父のかたみ
型は古いが しけにはつよい
おれと兄貴のヨ 夢の揺り籠さ
睦に上って 酒のむときは
いつもはりあう 恋仇
けれども沖の 漁場に着けば
やけに気の合う 兄弟鴎
力合わせてヨ 綱を巻きあげる
たったひとりの おふくろさんに
楽な暮らしを させたくて
兄弟船は 真冬の海へ
雪の簾を くぐって進む
熱いこの血はヨ
おやじゆずりだぜ
◇◇◇
やがて。店長の歌が終わった。
あっ、採点止めるの忘れてた。まあいいや……89点。店長の最後のカラオケは89点かあ。さんざん歌った割に、あまり上手にならなかったわね。
私も歌わせてもらえるのかな。歌わせて貰えるなら、人生の最後に何を歌おう。
「クククク……ハッハッハッハ……」
ヒッ……魔王が笑いだした。この人、笑っても怖い。
「下賤な、なんと下賤な人間共よ、それが貴様等の音楽か! 我等が音楽とはこうだ!」
ぎゃあああ!? 魔王が手を一振りしただけで城全体が床も震える程のパイプオルガンの爆音に包まれた!?
幸いその爆音は、魔王がもう一度手を振ると止まった。その顔から笑顔が消えている……何か急に不機嫌になったな。もう、終わりかな。
「それに何だその物語は、小さい、あまりに小さいぞ! 二人乗りの小船が父の形見だと、形が古いなど何を臆面も無く、フハハハハハ!」
しかし魔王は再び笑った。天井を見上げる程反り返り、高笑いしだした。
「その次は何だ、酒を飲んで、女を巡って争うだと!? 浅ましい、何と浅ましい人間共め、我等魔族ならば兄に逆らう弟など生かしてはおかぬわ、弟も兄に殺されるならそれまでの男という物、クククク、ハッハッハッハッハ……それが何だ、ブフッ、海に戻れば結局、力を合わせて働くのか、一人ではグスッ、何も出来ぬというのか! フハハハハハハハ……」
魔王は哄笑しながら、腹を抱える。
周りの魔王軍幹部と思しき人々からも、
私は未だ鎖で巻かれ床に転がされたまま、とめどなく泣いていた。お願い、もうさっさと死なせて下さい……
「なぜ……このような浅ましきサーガが……グスッ」
魔王の動きが、言葉が、止まった……
「わが胸を痛打し! 深く引き裂くのだァァァァァァァ!?」
―― バリドガガガシャバリバリドドドガシャーン!!
ぎゃあああああ!? 外で雷が、雷がバンバン落ちて、反り返っていた魔王がこっちを向いたんだけど鬼泣いてる、泣き顔も超怖いぃぃい!
「その後が何だ、母の為だと!? なぜ小さい! グスッ、全ての海を我が物にする為ではないのか、ヒッ、男が二人、雪降りしきる真冬の海に船を出す理由がそれだけだとそんな小さな、グシュ、それが父より受け継ぐ血の系譜だと、何を臆面もなく、なぜそのような矮小なサーガが、我が
な、何か雨みたいなのが降って来るっ、ぼたぼた降りかかって来るんですけどっ!? 涙? 鼻水!? ひえええっ!?
「人間!!」
ヒッ!? 魔王軍の幹部の列から、顔がドラゴンみたいな、真っ黒い鎧を着た何トカ将軍的な人が飛び出し、店長に迫る!! つーかこの人? もボロ泣きしてますけど!?
「この叙事詩には続きがあるのだろう!? どうなるのだ? この兄弟はどうなるのだ? 古き海の王者を倒し英雄になるのか!? それとも荒れ狂う海に飲まれ命を落とすのか!? 教えろ、この続きを教えろ!」
胸倉を掴み上げられ、店長は目を白黒させて硬直している。そんななんじゃ喋ろうにも喋れないよ!
「つ、続きは……」
「さあ! 早く!」
「続きは……ありません……」
「そんな馬鹿な事があるか! 隠し立てすると容赦せぬ!」
「続きなんてありません!!」
私は床に転がされたまま、叫んでいた。
「兄弟船は今も漁に出ているんです! 母親を養うため、自分達の生活のため、兄弟力を合わせて、魚を獲って暮らしているんです!」
何トカ将軍は店長から手を離し……がっくりと膝をついた。
「そうか。今も……兄弟舟は真冬の海で、魚を獲っているのだな」
わかんないけど、私達が転移して来る前の日本は六月でした。
あと魔王様、私の真上でぼろぼろ泣くのはそろそろやめていただけませんか……
「そうだ。今も、魚を獲っているのだ……母の為に……父の遺志と共に!」
魔王はそう呟きながら、私の目の前に、ドッカリと座った。
「伴奏も素晴らしいではないか。魔族の音楽など聴かせて、とんだ恥を掻いたわ……」
そう言って掌に顔を埋める魔王。あの……私の鎖も解いて貰えませんか……
◇◇◇
その後、望みを一つ言ってみよと言われた私達は即座に元の世界に返りたいと言ったのだが、それはならぬと言われ、カラオケスナック「すみれ」はこのまま魔王の城の玄関ホールの大階段裏のスペースで営業させてもらう事になった。
ライデンさんはすぐ帰ったのに電力は供給されたままになっている。これで冷蔵庫も動くし照明もカラオケ機も使えるようになった。便利だけどどういう仕組みなんだろう。
それから先途の通り、お酒や食材も供給して貰えるようになった。勿論タダではないのでちゃんと原価などを計算してお客さんから代金をいただかないとならない。店長が調子に乗ってレンタルおしぼりもあるといいなあと言ったら、魔王城の宰相のドラウグルさんが手拭いをリサイクルする作業場を他所に作ってくれた。
「いらっしゃいませー」
だから私はやって来たお客さんに、まずおしぼり代わりの濡れた手拭いを差し出す。今日の最初のお客さんは仕事帰りのゴブリンさん達だった。
「ふー、生き返る」
ゴブリンさん達も、手拭いで手を拭いた後は顔や首を拭く。
「エールの中ジョッキを四つね」
「このつきだし、もうちょっと貰っていい?」
この店を気に入り営業を許可して下さった魔王様は意外とたまにしか来ない。なにしろ魔王なのでとても忙しいらしい。
ともかく、カラオケスナック「すみれ」は、今日も魔王城一階で元気に営業中である。