魔王カラオケすみれ 完全版   作:堂道形人

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勇者イーグル(2)

 私は安堵していた。このおじさんはともかく、あのゴブリン兄さんは「すみれ」の大事な常連客である。勇者の剣の錆などにされては困るのだ。

 

 勇者おじさんはたいそう立腹しておられたが、今はそうするのが得策だと解っていただけたのか、素直に私と一緒に客席の方に来てくれた。

 

 ゴブリンさん達は四人兄弟で来ていた。彼らの仕事は早朝から午後二時くらいまでらしい。

 元の世界でもそうだったなあ。新聞配達に豆腐屋さん、市場で働く人……朝が早い人達は、皆がまだ働いているこのくらいの時間には仕事を終え、遊びに来てくれるのだ。

 

「エール四丁、キンキンで」

「キンキンのエール四丁かしこまりー」

 

 さて。ゴブリンさん達はカウンターの真ん中に四人並んで、勇者おじさんは店の隅のボックス席に一人で座っている。

 私は勇者おじさんの方に行き、小声で尋ねる。

 

「あの……何か飲みますか? ソフトドリンクもありますけど」

「冗談じゃない、この俺がレモネードなど飲めるか。さっさとミードでも持って来い」

「ここは魔王城ですよ、酔っ払ったりしたら脱出がその」

「うるさい、ミードは五杯までは水だ」

 

 あ、これ一番だめなやつだ。私はそう思いながらもそれ以上逆らう事はせず、カウンターの中に入る。

 

 かつてのビールサーバーは今はエールサーバーとなった。私は飲んでないから解らないが、似たようなものらしい。

 また、電力が使い放題となった「すみれ」ではエールをキンキンで飲む為のサービスとして、ジョッキの冷凍を始めた。これは昔も一度やっていたけど、電気代が馬鹿にならないのでやめたものらしい。

 

「エール四丁キンキン、お待たせしましたー。それと今日の突き出し、じゃがバターっす」

「あー、これ好き」

 

 じゃがいもはあちらの世界から持ち込んだ物の残りだが、バターはこちらの世界産である。異世界も意外と融通が利くものだ。

 

「こちらもお待たせしました、ミードと、じゃがバターです」

 

 私は勇者おじさんの方にも飲み物とつまみを持って行く。ミードはエールより強い酒らしいけれど、私は未成年なのでよく知らない。

 

 後ろでゴブリンの兄弟が乾杯している……

 

「プハー、美味い」「この一杯の為に働くんだよなあ」

「さあ何か歌おう」「うん。幹部が来たら歌いにくいもんな」

 

 そして魔物の世界にも、そんな忖度(そんたく)はあるようだった。ゴブリン達はさっそくカラオケのリモコンをいじりだす。

 あと、ここ異世界だけど言葉は普通に通じるのよね。「すみれ」の古いカラオケ曲リストの本も、彼等にはちゃんと読めるらしい。

 

「おい……奴らは何をしているんだ」

 

 勇者が小声で聞いて来る。

 

「カラオケ……です」

「カラオケ? さっきもその言葉を聞いたが、カラオケとは何だ」

「見ていれば解ります」

 

 ゴブリン兄さんの一人が、直径1mばかりのお立ち台に上がる。この大きさが密かな下心のあるデュエットにはちょうどいいんだと、昔店長が力説してたわね。

 それはともかく、兄さんが選んだ曲は……サザンですか。前にも選んでたわね。勝手にシンドバッド? 嫌な予感がするなあ。

 

 

 「すみれ」の古いブラウン管テレビに映像が映る。この世界でも映像を再生する事は魔法で実現出来るらしく、魔物達も驚かなかったし、勇者おじさんも驚かなかった。

 そしてスピーカーから演奏が流れる……音を出すだけなら魔法で出来ない事はないが、数万曲に及ぶ音楽資源などはこの世界にはないだろう。

 

 そして、海岸に打ち寄せる波の映像と共に、歌詞が字幕で流れ、ゴブリン兄さんが歌いだす……

 

「らーらーららーらー!!」「ららーらーらららーらー!!」

 

 ああああ……嫌な予感は的中する、そして結局四人で歌うのかよ。

 合ってない、ゴブリンの兄弟の歌声は全く曲と合っていなかった、このリズムとテンポは異世界の住人にはまだ早過ぎるのだ。

 そして元の世界でも発表当時は「早口で何言ってるのか解らない」と言われたという歌詞、茅ヶ崎や江ノ島も何の事か解らないだろうし、胸騒ぎの餅つきになってるし……元の曲をちゃんと知ってる身としては、勘弁して欲しいという気持ちになってしまう。

 

 でもこれがカラオケスナックを経営するという事だよなあ。お客さんは歌の上手い人ばかりとは限らない。

 だけどどんな人にでも楽しく歌ってもらう、歌う事を楽しんでもらう。店長(ちち)は、この環境に耐えながら私を育ててくれたのだ。

 

 私は横目で勇者おじさんを見る。被せられた紙袋の上から頭を抱えてるわね。異世界住人でも、これが音痴だという事は解るのだろう。

 

 だけど、ゴブリンの兄弟たちはとても楽しそうだ。

 思い切り声を出して、たっぷりと呼吸をして。

 

 

 ようやく曲が終わった。私は素早くリモコンの採点オフボタンを押して、業務用笑顔で業務用拍手を送る。

 

「あー気持ち良かった」「あははは、うまいぞ」

「さあて、飲も飲も」「歌ったあとのエールはもっと美味い!」

 

 ゴブリン達は次の曲は入れていなかった。そこはホッとしたような気もする。

 

「イカれてやがる……これがカラオケだと? 一体何の苦行だ」

 

 勇者が(つぶや)く。苦行……そうねぇ、こればかりは。

 カラオケは嫌いな人も居るのだ。ましてカラオケスナックはねえ。

 

 平成初期の世にはあらゆる迷惑の中で結構な上位に挙げられたカラオケハラスメントも、最近ではすっかり下火になったという。

 今の若者は上司に無理やりカラオケスナックに連れて行かれたりはしまい……って店長が言ってましたけど私は18歳だから良く知りません。

 

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