冒険者は王の窮地を救った。
偉大な王は昔は冒険者であった、魔法の剣に選ばれる前までは。
王は冒険者に自らに似ている部分を感じながらも、望みについて尋ねる。
そこに出てきたのは、とある骸の話であった。
王は玉座に縛り付けられるが故に、冒険者の話に耳を傾ける。

余韻を残すような短編。
お題は『転がる石のように』
『自由』と『束縛』、冒険者が望む『価値ある死に方』はどちらなのか。

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荒野の骸は月夜に眠る

 王は跪く冒険者を睥睨した。

 

 冒険者は王の窮地を救った、いわば救国の英雄である。

 

 

 

 迫る大地を埋め尽くすほどの悪鬼。それを王は撃退すべく軍を率いた。

 

 場所はあの悪名高き『屍の丘』である。

 

 悪鬼の力は強大無比にして、その性質は邪悪そのものである。

 

 ただの人間でしかない兵士が束になっても叶うはずがない。

 

 

 

 しかし、王は常勝である。

 

 

 

 王に常軌を逸した力がある訳ではない。

 

 山々を切り崩すことも、海を両断することも、川を塞き止めることも出来はしない。

 

 

 

 ……ただ王が我らの前に立つ。

 

 それだけで兵達は勝利を信じることができる。

 

 それこそが彼の王として持つ、力であった。

 

 

 

 しかし、王には一つだけ計算違いがあった。

 

 重鎮である大貴族が悪鬼に心に動かされ、王の背後を討とうと画策していたのである。

 

 

 

 悪鬼が悪鬼たる最大の所以は、人間の善意や信念を自らの都合のいい方向に動かす術を知っていることである。

 

 自らを犠牲にしてまで同族を熱心に殺すとき、それは善の心のためである。

 

 故に、悪鬼は人間の心の善をよく知っている。

 

 

 

 その真実を王に知らせ、見事救い出したのがこの冒険者だった。

 

 

 

「面を上げるがよい」

 

 

 

 冒険者は顔を上げる。

 

 そして、真っ直ぐに王を見た。

 

 

 

 王はただの人間ではない、国中に住むすべての人間の命運を背負い、過去に葬ってきたすべての敵の怨念を背負い、あらゆる謀略と殺意に向き合い、それでも死ぬまで戦い続ける意志を衰えさせぬ巨大な国家という怪物である。

 

 

 

 それは既に人間の形をした人喰い竜である。

 

 王に睨まれること、それは即ちその背後にある何百万もの人間の魂と相対するに同義。

 

 

 

 しかし、冒険者は王から目をそらさない、

 

 傍にいた家臣達が不敬な態度だと、騒ぎ立てようとするもそれを一睨みで王は止める。

 

 

 

「冒険者よ、お前は余によく似ておる」

 

 

 

 王は冒険者に言った。

 

 

 

「余も王となる前は一介の冒険者であったよ。 しかし、魔法の剣などと因果なものを引き抜いてしまってな」

 

 

 

 王は黄金に輝く、聖剣を指して言った。

 

 それは聖者アズトリアズが大岩に突き刺し、こう予言した剣だった。

 

 

 

『この剣を引き抜いた者は、世界一高い霊山ヴォルッケンから見下ろす全て支配をする王である』

 

 

 

「そのような伝説は知らずに抜いたものだが……余の剣が折れ眼前に敵が迫るとき、この曰くありげに思えた剣を大岩から引き抜く以外に生き残る道がなかったのだ。 なんとも数奇な話であろう?」

 

 

 

 冒険者は不遜にも、じかに言葉を返した。

 

 冒険者はまともに礼を知らぬ男であったが、その声にはどこか敬意が感じられた。

 

 

 

「その剣に出会うことも含めて、王の器だったってことなんじゃないですかね」

 

「それはわからぬことだ、自らの器など測れるものではない。 だからこそ、冒険者は危険を冒す。 自らの器を測れぬから無謀に挑み死ぬのではない、器を測るためにこそ冒険者は生きているのだ」

 

「……その器はいつわかるので?」

 

「それは死ぬ時だ。 人間は死ぬ時に、ようやく自らの人生と器の価値を知る」

 

「確かに、それは真理ですな」

 

 

 

 冒険者は小声でつぶやいた。

 

「俺達は命を賭けてでも知ってみせる」と。

 

 

 

 王は冒険者のその様子を見て頷いた。

 

 

 

「ところで冒険者よ、おぬし望みはないか?」

 

「望み……ですか」

 

「ああ、おぬしが望むのならば騎士の地位をやろう」

 

 

 

 それを聞き家臣達が騒ぎ立てるが、手のひらを上げる僅かな動作で一瞬で静まった。

 

 

 

「さらに活躍するならば、領地を与えられることもあろう。 王の命を救ったにしては、たいしたものではあるまいが。 自由に恩人に頭を下げることも、礼を渡すことも出来ぬとは、王とは実に窮屈なものだとは思わぬかね?」

 

「断っちゃ問題があるんでしょうがね……正直、俺の性には合わなそうですな、これはもちろん、褒美についての話ですが」

 

「で、あろうな。 余も同じ立場であれば断るであろうよ。 して、お主は何を望む? 野望はあるのか?」

 

「ううむ、野望は自分で叶えるもんだと思っておりますしな」

 

 

 

 そこで冒険者はいったん言葉を切ったから、静かに言った。

 

 

 

「俺は荒野に転がる石のように死にたいのですわ」

 

「なんだと?」

 

 

 

 王は片眉を上げた。

 

 

 

「いつだか荒野で見たんですよ。 ボロボロの折れた愛剣を大事そうに抱えながら、月夜に照らされる。 そんな冒険者の骸を」

 

「ほう」

 

「それを何度も夢に見ます。 心残りもあったでしょう、無念だったかもしれない。 だが、絶対にどこか満足だったはずなんですよ」

 

 

 

 王はその話に、無言で耳を傾けた。

 

 

 

「どうせ生き抜くなら、最期の瞬間に後悔に一つもない人生なんて俺はゴメンです。 その骸は誰にも拾われず目に留まることもなく、荒野に転がる石のように無造作に価値を見出されることなくあるのでしょう」

 

 

 

 だが、と冒険者である男は力強く言った。

 

 

 

「俺はそれがいい」

 

 

 

 王にはそれが眩しく見えた。

 

 決してそれは手に入らぬものだった。

 

 

 

「雨に打たれ風に吹かれ砂となり、しかして剣を抱きながら月夜を浴びて眠るのでしょう」

 

 

 

 王の亡骸はそのように扱われることはない。

 

 敵に殺されたとしても、首をさらされ恥ずかしめを受けることだろう。

 

 

 

「俺はそれがいいのです」

 

 

 

 王の屍は、二度と荒野の石のように転がることは出来ない。

 

 この輝く聖剣と王冠がある限り、その未来は訪れない。

 

 あの大岩に出会わなければ違ったかもしれぬ。

 

 だが、一度転がりだした運命は、二度と元の場所に戻ることはない。

 

 

 

 かくして、王は冒険者を見送り、冒険者は未だ冒険者として生きることになる。

 

 

 

 その夜、王は荒野の骸の夢を見た。

 

 もしかしたら、今世は骸の見る夢なのかもしれない。

 

 

 

「余は……本当はその荒野の骸なのかもしれぬ」

 

 

 

 夢心地の中でそう呟いた。


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