#0 プロローグ
ヨーロッパで開催されたデュエル大会。その会場では決勝戦が行われており、デュエルディスクを装着した小柄な少女が、対戦相手の青年と向かい合っていた。
彼女の名前は『
精巧な西洋人形のような顔立ちに、腰まで伸びた緩く波打つブロンドヘア。長い睫毛が特徴的な黄緑の瞳は、真剣に対戦相手を見据えている。
カノンたちは白熱したデュエルを繰り広げ、お互いのライフポイントは残りわずか。今まさにこの瞬間にも、決着がつこうとしていた。
「──これで終わりだ! 《レインボー・フィッシュ》でダイレクトアタック!」
青年の方が攻撃宣言を行う。
「私はこの時を待っていた!」
「なにっ!?」
この絶体絶命の状況で、彼女は逆転の手を潜ませていた。
「リバースカードオープン!」
カノンがそう宣言すると、フィールドに伏せられていたカードが発動した。
そのカードは《次元幽閉》。攻撃モンスターを除外する攻撃反応
空間に次元の裂け目が生まれて、モンスターが断末魔を上げながら吸い込まれていく。異なる次元に幽閉され、フィールドから除外された。
「くっ、ターンエンドだ…」
モンスターのいなくなった青年が、苦渋に満ちた顔になる。
「私のターン、ドロー!」
カノンはデッキからカードを1枚引いて、手札のモンスターを場に出した。
「《ホーリーフレーム》を召喚! ダイレクトアタック!!」
「うわあああ!?」
カノンの直接攻撃で、相手のライフポイントが減っていく。表示が0になったことでデュエル終了の電子音が鳴った。同時に、ソリッドビジョンも消える。
『デュエル大会チャンピオンは、一色カノン選手です!!』
実況が声高かに叫ぶと、会場が沸き起こり、新たなチャンピオンに拍手が送られる。
その喧騒の中、カノンはどこか物足りなさそうな目をしていた。デュエルに勝利し、デュエリストとしての高みを駆け上がっていくのに、漠然とした違和感を抱えていたのだ。
自らの存在証明のような、大事な目的が欠けている気がしていた。
──デュエルは楽しい。だけど、私はいったい何のためにデュエルをしているのだろう。
哲学めいたことを考えていると、大会の主催者である、『ペガサス・J・クロフォード』が近づいてくる。
彼はデュエルモンスターズの生みの親であり、
「コングラッチュレーション! おめでとうございマース! 素晴らしいデュエルタクティクスでした!」
「ありがとうございます」
形式的な受け答えで、優勝トロフィーと賞金が授与される。デュエル大会で優勝するのも慣れてしまい、昔のように心が浮き立つこともない。
そんなカノンに、優勝賞品を手渡してくれたペガサス会長がそっと耳打ちした。
「この後、私の部屋まで来てくれませんか? ユーに渡したいものがあるのデース」
「…?」
ペガサス会長が謎の台詞を残し、デュエル大会は幕を閉じた。
大会の熱も静まった頃、カノンは会場に用意されたペガサス会長の部屋を訪れていた。そこで紹介されたのは、宝石によって加工された7枚のカードだった。
「これが宝玉獣のカード…」
世界にたった1枚しか存在しない伝説のカード。
「噂じゃ、選ばれし者にしか反応しないって聞いたけど」
カノンが困惑気味に呟くと、ペガサス会長から衝撃の発言が飛び出した。
「一色ガール。ユーがその選ばれし者なのデース!」
「え?」
まさかと疑ったが、肯定するようにペガサス会長が頷く。彼は大会中に起こった出来事を思い出していた。
それは、カノンが闘い出したときのことだった。彼女の闘志に呼応するかのように、アタッシュケースに入れていた宝玉獣が、突然虹色に輝き出したのだ。
その時、彼は確信した。彼女こそが、“宝玉獣に選ばれしデュエリスト”だと。
「さぁ、手に取ってみるのデース!」
導かれるように、カノンの指先がサファイアの石版に触れる。途端、その石版がピカッと眩い輝きを放った。
「っ…!」
サファイアの石版が溶けるように崩れ、中から宝玉獣のモンスターカードが姿を現す。
「ジーザス!! 賽は投げられたのデース!」
同時に、他の6つの石版を加工していた宝石も崩れていき、すべての宝玉獣たちがカノンに心を開く。
「宝玉獣の力は解放されました。信じ合う心の象徴『宝玉獣』。ユーこそが宝玉獣の真の主デース!!」
ソリッドビジョンではなく、『精霊』として姿を見せた宝玉獣たちがカノンの周りを取り囲む。それは、まるで家族のように温かな雰囲気だった。
その内の一匹、カーバンクルのルビーが彼女の肩に登り、カノンとの出会いを喜ぶような声で鳴いた。
『ルビィ! ルビルビルビィ!』
カノンには小さい頃から、デュエルモンスターズの精霊を見ることができるという、他人とは異なる不思議な力があった。
精霊たちには実体がないのか、その姿は薄く透けていて、超常的な存在だと一目で分かる。
今までは時折見える程度の繋がりだったが、この宝玉獣たちとは、ハッキリと言葉や心を通わせることができた。
──あぁ。私はこのコたちに出会うために生まれてきたんだ。
デュエルをしているだけでは満たされなかった何かが、宝玉獣との絆が結ばれたことによって、今確かに心の隙間を埋めたのが分かった。
「ありがとうございます、ペガサス会長。この宝玉獣たちは、一生大切にします」
手元にある7枚のカードを、カノンが抱きしめるようにしてお礼を言う。
そんなカノンに微笑み返すと、ペガサス会長は少し真剣な顔で語り出した。
「ユーに伝えなければいけないことが二つほどあります。実はその宝玉獣デッキには、エースモンスターが不在なのデース」
「エースモンスターが…?」
ということは、宝玉獣デッキはまだ不完全で、他にも宝玉獣が存在しているということだろうか。
「そう。7体の宝玉獣が合体した、究極の姿を持つと言われているエースモンスター。その名は、“レインボードラゴン”…!!」
「レインボードラゴン…」
カノンの脳裏にイメージが浮かぶ。黒い影に隠されたドラゴンが飛翔し、咆哮を轟かせた。
「古代ローマの文献によれば、7つの宝玉の魂を宿す石版があるらしいのですが、それはまだ発見されていないのデース。その石版を見つければ、いつでもカードにすることを約束しマース」
簡単に見つかるとは思えないが、できるだけの調査はしてみよう。
「二つ目はこれデース」
ペガサス会長が懐からリングケースのような小さな箱を取り出して、カノンに手渡す。
「…? なんですか?」
「これをユーに託したいのデース。開けてみてください」
カノンがゆっくりと箱を開くと、中には虹色の光を帯びる宝玉が入っていた。それは、見たこともない新種の宝石だった。
「8つ目の宝玉!? さっきの話だと、レインボードラゴンは、7つの宝玉を収める石版に宿っているって」
カノンが驚きに目を見張る。他の宝玉獣のようにカードを加工しているわけでもなく、精霊の力も感じ取れない。
「その通りデース。そのレインボーの宝玉は、7つの宝玉を元に造られた、“合成宝玉”なのデース!」
「合成宝玉…?」
人為的に造り出した宝石を、合成宝石と呼ぶ。目の前にあるレインボーの宝玉も、その類だろうか。
「他の宝玉獣と違い、精霊は宿っていないのですが、秘められた力は本物デース! しかし、どうしてもカードにすることが叶わなかったのデース」
嘆かわしそうにペガサス会長が頭を振る。
「7体の宝玉獣と同時に解放されることを期待していたのですが、ユーでもこの宝玉獣を目覚めさせることはできなかったようですね」
「何か条件があるんでしょうか」
「それをクリアするためにも、ユーに持っていてほしいのデース」
カノンが改めて、レインボーの宝玉をジッと見つめる。何か反応があるんじゃないかと期待したが、歪んだ自分が映り込むだけだった。
「この宝玉獣と闘えることを想像すると、今からワクワクします」
「フフ。それを聞いて安心しました」
カノンがレインボーの宝玉を引き受けると、ペガサス会長が話を切り替える。
「そういえば、一色ガールは来年からアカデミアに通うのですよね? ユーのレベルならば、アークティック校でもトップの成績で入学できるでしょう」
初対面だが、カノンが高等学校に通う年齢であること、デュエル大会を総なめしていることを知っているようだ。
「いえ、私は来年から日本で仕事をする母に同行して、デュエルアカデミアに通うことになりました」
「WOW! 日本のアカデミアに!? それは驚きデース!」
太平洋に浮かぶ孤島。そこには、アークティック校の姉妹校がある。
「日本は名だたるデュエリストがいる国。ユーにとっても良い刺激となるでしょう。ぜひともアカデミア生活を満喫してほしいデス」
「えぇ」
宝玉獣たちとアカデミアで過ごしていく中で、どんなデュエリストや精霊に出会えるのか楽しみだ。
ペガサス会長と別れ、カノンは帰路に着く。人気の少ない場所を歩いていると、何かの泣き声が聞こえてくる。
その声を辿ると、『ジェリービーンズマン』の精霊が、助けを求めるように、街中を彷徨っていた。
「ジェリー…ビーンズマン…?」
どうして精霊がここにいるのだろうかと困惑していると、その精霊は路地裏へと消えてしまった。
カノンが急いで追いかけようとすると、サファイアペガサスの精霊が目の前に現れる。
『気をつけろカノン。何か嫌な予感がする』
「ああ、わかってる」
サファイアの冷静な忠告を胸に刻み、カノンは走り出した。
『カノン! こっちだ!』
サファイアが先導して、精霊の気配を探っていく。街中を探し回り、小さなトンネルをくぐり抜けると、そこには酷い光景が広がっていた。
「これは…」
デュエルディスクを着けた男の子が倒れており、周辺には彼のデッキと思しきカードが散らばっていた。
カノンはすぐさま倒れている子供を起こし、体を揺すって意識を確認する。
「どうしたんだ! いったい何があったんだ!」
「ぼ、ぼくのジェリービーンズマンが…ジェリービーンズマンのカードが盗られたの…」
「えっ!?」
カノンが追いかけていた精霊と同じで、すぐに事態を把握する。
「いきなりデュエルをしろ、って…。それで負けたら、急にアンティルールだって言い出して」
「どんなヤツだった?」
「大きくて怖くて…でもぼく闘ったよ。だって、ジェリービーンズマンは、ぼくの大事な大事な友達だから…!」
あのジェリービーンズマンは、アンティの賭け札として奪われてしまったのだろう。
「そっか…。キミ、名前は?」
「ぼくはトム」
カノンはトムの勇気を称え、励ましの言葉をかける。
「トム。ジェリービーンズマンも、キミのことを友達だって思ってるよ」
「えっ?」
「さっき見えたんだ。ジェリービーンズマンの精霊が、キミを助けてって」
「ジェリービーンズマンの精霊…?」
精霊として現れるほど心を通わせていても、トムは精霊を見たことがないようだった。
「たとえキミに見えなくても精霊はいる。信じていれば、ジェリービーンズマンは、きっとキミの下に戻ってくる」
「…うん!」
安心させるようにカノンも頷く。トムとジェリービーンズマンの二人は、見えなくても強く固い絆で結ばれていた。
たとえ精霊を見る力が無くとも、人間は精霊と心を通わせることができる。
──私はそんな人達のためにも、精霊と人間の架け橋になりたい…!!
トムのようなデュエルモンスターを愛する人たちに、いつか精霊の声や姿を届けてあげたい。
ジェリービーンズマンのような精霊が助けを求めているなら、手を差し伸べて、力になってあげたい。
物足りなさを感じていたカノンの日々は、宝玉獣と出会い、トムと精霊の絆を知ったことで転機が訪れた。
カノンは自分の使命に目覚めたのだ。
デュエルを通してみんなを救い、人間と精霊が仲良く暮らせる世界をつくってみせる。そう固く決意した日だった。