デュエルアカデミアは冬休みを迎えた。ほとんどの生徒たちは帰省するが、寮に居残る生徒もいる。
カノンも寮で過ごしていたかったのだが、母親や仕事の都合で、日本にある家に帰省することになった。
カノンと母親とには大きな確執があり、顔を合わせることは億劫だった。
「おかえりなさい、カノンさん」
「ただいま戻りました、お母様…」
堅苦しい言葉遣いで、長身の女性と挨拶を交わす。
彼女はカノンの母親で、『一色
一色グループは元々、モデル業界や美容業界に強い影響力がある一族だった。父親の方も似たような生まれで、結婚することでより影響力を強める狙いがあった。
だが、そこにカノンというデュエルの天才が生まれたことで、新たにデュエル業界に参入。
『一色カノン』の話題性により、女性層の取り込みに成功し、瞬く間に影響力を増していったのだ。
さらに今では、宝玉獣という世界に1枚しか存在しないカードを手に入れたことで、世界的な注目までをも集めている。
カノンと真理亜は昼食を一緒に取る予定を立てていたので、テーブルには専属シェフが作った豪華な料理が並んでいた。
この昼食は、カノンにとって憂鬱な小言タイムだ。
「アカデミアの成績はどうだったのかしら?」
「筆記試験も実技試験も、満点合格です」
「そう。一色グループの娘として、恥ずかしくない成績を残してちょうだいね」
カノンを褒めることはせず、当然のこととして受け止める。
「そういえば、また雑誌のインタビューで、精霊の話をしたんですって?」
「はい」
お母様が顔をしかめる。一色グループの広告塔が、オカルトな発信をするのは歓迎できない。
「やめてちょうだい。そんな薄気味悪い話。あなたのイメージダウンに繋がるでしょう?」
「でもお母様、精霊は本当にいるんです!」
子供の頃から繰り返し言っている話。だが、信じてもらえたことは一度もない。
「いつまでも妄想に浸ってないで、いい加減に現実を見なさい」
お母様が語気を強めて叱りつける。
「あなたには、一色グループを継ぐという“使命”があるのですから」
「っ…」
心の中で違うと否定する。カノンの使命は、人間と精霊の架け橋となることだ。
「本当なら、あなたをデュエルアカデミアに入学させるのも反対だったのよ。だけどそっちの方が利益になると思ったから、応援してあげてるの」
宝玉獣のネームバリューを利用するため、カノンのアカデミア入学を許したのだ。そういった意味でも、宝玉獣はカノンを救ってくれた。
「なら、私がプロになって一色グループの名を轟かせれば、デュエルを続けさせてくれるんですか?」
「駄目よ」
カノンの提案を一蹴する。
「デュエルモンスターズを始めてから、あなたの言葉遣いは乱れています。そんなもの、悪影響しかありません」
言葉遣いが悪くなったのではなく、デュエルを通じて知り合った人たちから、一般常識を学んだのだ。
「そんなことはありません。デュエルモンスターズは、私の世界を広げてくれた!」
親の言いなりになるだけの人生だと思っていたが、宝玉獣と出会ったことで、自分だけの夢を見つけることができた。
「デュエルをすれば、お母様にもそれが分かるはずです」
デュエルの楽しさに目覚めてくれれば、デュエルを辞めろなんて言うはずがない。きっと分かり合える。
「私がデュエルを? 冗談じゃないわ。あんな子供の遊び」
デュエルモンスターズのプロには、大人のファンも多数いるため、子供にだけ人気があるわけではない。
「お母様もルールくらいは把握しておいた方がよろしいんじゃないでしょうか。いざという時、デュエルもできないようでは信用を失いますよ」
「それは…」
これからもデュエル界で事業を展開していくなら、デュエルの話は避けて通れない。他人にイメージを大切にしろと言うなら、自ら実行してほしい。
「私がレッスンします。せっかくなので、お母様もデュエルを覚えてみてはどうですか?」
「…はぁ。いいわ、ちょっとだけ付き合ってあげる」
今回二人が使うのは、通常モンスターとシンプルな魔法と罠のみで固めた、初心者用のデッキだ。
「ルールは一見複雑そうだけど、やれば簡単です」
あらかた説明して、実践に移る。どうせならと、デュエルディスクを装着することにした。
「──
「でゅえる」
「手本を見せるため、こちらの先行から始めます。私のターン、ドロー」
ゆっくりとデッキから1枚引いて、5枚ある手札に加える。
「《
ディスクにカードを縦向きにして置くと、硬い体をした人型トカゲが現れる。
「このモンスターはレベル 4ですが、レベル5以上のモンスターを召喚するには、場のモンスターを生贄に捧げる必要があります」
「ちゃんと覚えてるわよ」
念を押すカノンを鬱陶しそうにする。
「そして、魔法カード《レッド・ポーション》を発動し、ライフを500ポイント回復します」
カノンの体に回復のエフェクトがかかる。
カノン LP4000(+500)→4500
「最後に、リバースカードを2枚セットします」
空きスロットにカードを差し込むと、フィールドに可視化される。
「魔法カードと罠カードは、こうして裏側にして置くことができます」
相手ターンに使える魔法カードは“速攻魔法”だけだが、ブラフにして相手を警戒させる手もあったりする。
「最初のターン、先行を取ったプレイヤーは攻撃できないので、お母様にターンが移ります」
自分の番が回ってきたお母様が、たどたどしい仕草でカードをめくる。
「えっと…デッキから1枚引くのよね? ドローするわ」
しばらく手札を眺めていたが、1枚のカードを選んだ。
「星マークが4つ以下なら召喚できるから…一番攻撃力の高い、このモンスターを召喚するわ」
ぶつぶつと言いながら、《闇魔界の戦士 ダークソード》を場に出した。黒い鎧を身につけた戦士だ。
ダークソード 攻撃力1800
「自分のモンスターの攻撃力が、相手より高ければ破壊できるから…このモンスターで、カノンのモンスターを攻撃するわ」
ダークソードが
カノン LP4500(-300)→4200
デュエルディスクの衝撃機能は切ってあるので、爆発は起こらない。
「私もカードを2枚伏せて、ターンは終わりよ」
カノンと同じように、セットカードを空きスロットに差し込む。
「私のターン、ドロー」
手札のモンスターを横向きにして置く。
「《ブロッカー》を守備表示で召喚」
体のパーツがそれぞれ分裂しており、攻撃にも回避にも使える。
ブロッカー 守備力1800
「ちなみに、戦闘を行うモンスターの攻撃力と守備力が同じでは、どちらも破壊されないで、気をつけてくださいね」
攻撃力1800のダークソードでは、カノンの場のブロッカーを戦闘破壊できない。
「ターンエンド」
「私のターン、ドロー」
カノンのアドバイスを受け取り、自分の手札から解決策を探す。
「だったら、モンスターを生贄にして、レベル6の《フレイム・ケルベロス》を召喚するわ」
全身が炎に包まれたケルベロスの魔獣が吠える。
フレイムケルベロス 攻撃力2100
「このカードで、カノンのモンスターを攻撃」
ケルベロスが地獄の炎を吐き出して、ブロッカーを処刑しようとする。
「リバース罠オープン! 《
空中に二つの筒が現れて、片方の筒に炎が吸い込まれる。
「ふーん。なら伏せていた《サイクロン》を発動して、そのカードを破壊するわ」
「あっ…!」
お母様が伏せカードが開く。カノンの
真理亜 LP4000(-2100)→1900
「ちょっとカノン、この機械壊れてるんじゃない!? どうして、私がダメージを受けているのよ!」
自分の想像とは違う処理が行われたことで、お母様がデュエルディスクにケチをつける。
困り顔になったカノンが理由を説明する。
「えーっと、《サイクロン》で可能なのはカードの破壊であって、無効にはならないんです」
「破壊されたのに無効にならない…?」
初心者が陥りやすい典型的な勘違いだ。
「だったら返してちょうだい。意味のないところで使うなんてもったいないわ」
「発動可能なタイミングで使ったカードは、もう戻せないんです」
臨場感を味わってもらうために、デュエルディスクを使ったのが裏目に出た。紙のカードだけのやり取りなら、巻き戻すことで、攻撃前に伏せカードを破壊できた。
相手の伏せカードを読むには、勘や閃きが大事になる。そしてそれは、経験によって磨かれていくものだ。
「…ターンエンドよ」
納得のいかない不満顔で、ターン終了を宣言する。
「…私のターン、ドロー」
少し雲行きが怪しくなってきて、カノンもドローする手が鈍る。
「私も《闇魔界の戦士 ダークソード》を召喚します」
黒い鎧を身につけた戦士が現れる。
ダークソード 攻撃力1800
「ダークソードで、フレイムケルベロスを攻撃!」
ダークソードがケルベロスに斬りかかる。
「攻撃力の低いモンスターで攻撃? 何をしてるの?」
カノンの意図が読めずに固まって動けない。
「この瞬間、リバースカード《援軍》を発動! ダークソードの攻撃力を500ポイントアップ!」
ダークソードに攻撃力上昇のエフェクトがかかる。これで、フレイムケルベロスの攻撃力2100を上回った。
ダークソード 攻撃力 1800→2300
「だったら、私も伏せていた《強制脱出装置》を発動するわ」
「あっ…」
しかし、その伏せカードは発動せず、ダークソードがフレイムケルベロスを斬る。
真理亜 LP1900(-200)→1700
「どうして反応しないよ!」
「そのカードはバトルステップまでにしか発動できないんです」
「だから、そのバトルの最中じゃない!」
確かにそうなのだが、ルール上ではきちんと区別されている。
「モンスターの攻撃というは、大きく分けて三つのタイミングがあるんです。攻撃宣言、バトルステップ、ダメージステップの順に進みます」
カノンが指を3本立てて説明する。厳密に言うと、かなり細かく分けられているのだが省く。
「そして、《援軍》を発動したタイミングは、一番最後のダメージステップなので、攻撃力と守備力を増減させるカードと、その発動を無効にするカードしか使えません」
これもまた厳密には違うのだが、覚えていくしかない。
「《強制脱出装置》を発動するには、ダメージステップ以外のタイミングに、発動する必要があったんです」
バトルフェイズ中は、相手がどんな手札を握っているか、伏せているか、常に考えなくてはいけない。
その駆け引きこそが、デュエルの醍醐味というやつだ。
カノンの説明を黙って聞いていた彼女だったが、やがて構えていたデュエルディスクを下げた。
「やめよ。こんな子供の遊び、付き合ってられないわ」
「え…」
デュエルディスクの電源を切って、デュエルを強制終了させる。ソリッドビジョンのモンスターが消えた。
「ま、待ってください。きちんとルールを覚えれば、きっと…!」
「必要ありません」
追いすがるカノンを、今度はバッサリと切り捨てる。
「いい、カノン? カード遊びはアカデミア卒業までですからね。あなたには、一色グループの後継者として、学ぶべきことがたくさんあるのです」
高圧的な態度で母親が娘に命令する姿は、いつもの親子らしい光景であった。
「あなたの世界は、この家にしかないのよ」
それは、カノンにとって絶望の一言だった。
「ですが…」
「いいですね!?」
「…はい」
二の腕をきつく握ったカノンが、喉から絞り出したような返事をする。進路を勝手に決められようと、カノンに拒否権はない。
──お母さまにとって、私もデュエルも、所詮は仕事の道具でしかない。
母親が乱暴に部屋を出ていくと、扉がバタンと閉まる音が響いた。
自室に戻ったカノンは、薄暗い部屋の中で俯いていた。
『ルビィ…』
「私は大丈夫だよ、ルビー」
カノンの肩にルビーが姿を見せて、慰めるように身を寄せる。
ルビー以外の宝玉獣たちも、一斉に姿を見せる。その目はどれも、カノンを心配している気遣いで溢れていた。
宝玉獣とふれあい、
「何とかするさ。デュエルを捨てたりなんて、絶対にしない」
無理やり作った笑顔で強がりを言うが、心の隅でそっと闇が漏れる。
──いっそ、どこか別の世界に消えてしまえたらいいのに。