冬休みが終わり、カノンはデュエルアカデミアに戻ってきた。
休みとは名ばかりで、母親と仕事に忙殺される毎日だったので、ようやく肩の力が抜ける環境になった。
この島では、好き放題デュエルをしていても文句を言う人はいないし、精霊のことを話すのも自由だ。
「カノンさ〜ん」
この頼りない声には覚えがある。後ろから声をかけられたカノンが振り返る。
「ずいぶん久しぶりですね、大徳寺先生」
「えぇ、入学試験以来なんだニャ」
カノンは授業に出ず、錬金術は試験もないため、学園で顔を合わせるのは初めてだ。
「カノンさんは、精霊の情報を色々と集めていると聞いたのニャ」
「私の目的のためにも必要なんです」
「実は、冬休みの間にちょっとした事件があったのニャ」
先生が言うには、オカルトを研究している生徒が、ウィジャ盤を使って、サイコショッカーの精霊を呼び出してしまったらしい。
「精霊を見るのは初めてで、とても恐ろしかったんだニャ」
そのときのことを思い出したのか、冷や汗をかいてぶるぶると身震いする。
「その精霊はどうしたんですか?」
「オシリスレッドの生徒がやっつけてくれたんだニャ」
「私も精霊とデュエルしたかったなぁ…」
そうカノンがぼやく。精霊とデュエルできるなんて、幸運な生徒だ。冬休みに帰省しなければ、自分にもチャンスがあったのだと思うと悔しさが溢れる。
「精霊とデュエルですか…。これは生徒から聞いた噂なんですが、島にある火山の近くに、古代人のお墓とも言われる古代遺跡が眠っていて、そこで精霊とデュエルができるらしいんだニャ…」
「えっ!?」
立ち入り禁止の場所で、明日香から闇のデュエルにも関係があるいわく付きだと聞いている。
「興味があれば、行ってみたらどうですかニャ?」
「ありがとうございます!」
そのまま駆け出しそうになったカノンだが、特待生寮のことで、先生に尋ねたいことがあったのを思い出す。
「大徳寺先生は、デュエルの精霊を研究しているんですよね?」
「それがどうかしたのかニャ?」
アカデミアで起こっている異変に関して、カノンが相談を持ちかける。
「地下から感じる精霊の気配や、行方不明の特待生たちが闇のゲームを研究していたことについて、先生は何か知ってますか?」
一瞬だけ、大徳寺先生の表情が変わったような気がした。
「…さぁ? 先生はなーんにも知らないのニャ」
いつもの能天気な笑顔で、そう答えた。
古代遺跡までは険しい道のりだが、カノンは鍛えているので、体力には自信がある。リュックを背負って森をかき分けていく。
「ここかぁ…」
カノンは古代遺跡にたどり着く。そこは辺り一帯に石材が敷き詰められていて、苔むしていた。
壊れているアーチ型の門が入口のようで、この奥には古代のデュエル場と言われている遺跡や、お墓の遺跡があるらしい。
「おーい! 精霊とデュエルができるって聞いて来たんだー! 誰かいないかー!」
デュエルディスクを装着したカノンが大声で呼びかけるも、何も返ってこない。
「まぁ、噂は噂ってことかな…」
適当に探索して切り上げよう。壊れかけの門を通って、古代遺跡へと足を踏み入れる。すると突然、地面から緑色の光が噴き出した。
「なんだっ!?」
晴れていた空が曇り、オーロラのような光の幕が揺らめくと、太陽が三つに分かれた。
「太陽が三つに!?」
呆然と見上げているカノンに、ルビーカーバンクルが警告するように鳴き出した。
『ルビー!』
「え? 危険? 逃げろって?」
雷のような音が轟き、異変が起きていることは明らかだった。だが、カノンは何故かその場を動かない。広がっていく光の幕に飲まれて、意識を失った。
「ん…んんぅ?」
カノンが意識を取り戻すと、目の前には、石材を積み上げてつくられた、見上げるほど高い建造物があった。
「えぇ? な、なんだこれ…」
「ルビビィ!」
「ああ。これってピラミッドだよね?」
さらに後ろを振り返ると、壊れかけていたはずの門が、すっかり綺麗になっていた。
「あれ? あのアーチ型の門って…。どうなってるんだ?」
そこかしこに生えていた苔もなくなっていて、まるでタイムスリップでもしたような気分になる。
「それになんだか肩も重いような…って、えっ!?」
「ルビィ?」
小首を傾げるルビーには質量があった。精霊として現れたときは、体も透けていたし、重さを感じないはずだ。
「ルビーに触れる! ここは天国なのか?」
「ル…ルビィ…!」
二つの意味でそう思った。持ち上げたルビーを抱きしめると、苦しそうな声を漏らす。
そんな風にじゃれ合っていると、ピラミッドの方から、大勢の人間が出てきた。少なくとも、アカデミアの関係者ではなさそうだ。
「何奴!」
黒ずくめの装いをした集団に詰め寄られる。それぞれが武器を手に持っていて、衛兵らしき男に長槍を突きつけられる。
「っ…!」
「ここは神聖な王家の墓。墓を暴かんとして足を踏み入れし者は、皆生きたまま墓に埋葬される」
墓荒らしの容疑をかけられる。絶体絶命のピンチに、精霊のサファイアペガサスが姿を見せた。
『カノン、私をデュエルディスクで呼び出してくれ!』
「よし分かった!」
デッキトップから引いた、《宝玉獣 サファイアペガサス》のカードを、デュエルディスクにセットする。
「出ろ! 宝玉獣サファイアペガサス!」
実体化したサファイアが、翼の風圧で相手を怯ませる。その隙に、サファイアの背に跨って空へと逃げ出した。
「な、なんだ!?」
「気をつけろ! 幻獣使いだ!」
珍しいことに、全員が精霊を見ることができている。
「あいつらにも、お前が見えているようだな、サファイアペガサス」
『むぅ…』
難しい声を漏らしながら、サファイアが上昇していく。その途中で目についたものにカノンが疑問を抱く。
「太陽が三つ。いったいここは…。それに、あの柱がなぜここにも」
デュエルアカデミアの孤島に散見される、謎の石柱。ここから戻れたら、どんな材質が使われているのか調査してみよう。
カノンが上空から目にしたのは、衝撃的な光景だった。
「な、何だこれは…!?」
カノンがいた場所は地面ではなく、ビルのように高い岩の上だったことに気付く。本当の地面には、土や草木ではなく、砂漠が広がっていた。見渡す限り、似たような岩が乱立していて、建造物が小さく見える。
デュエルアカデミアでないことは薄々気付いていたが、まさかこんな荒廃した場所に飛ばされるとは。
『恐らくここは精霊界だ』
「精霊界?」
『精霊たちの住む世界。ここでは、私たちは実体化した姿を保つことができる』
精霊界だから、ルビーに実体があったわけだ。今も、振り落とさないよう必死にカノンの肩にしがみついている。
「じゃあ、あいつらも精霊ってことなのか…。先生が言っていた噂は、本当のことだったんだ」
自然と唇が釣り上がり、ニヤケ顔になる。
『嬉しそうだな、カノン』
「ああ。こんな世界があったなんて、嬉しくて仕方ないよ」
この世界は、精霊が実在していることの証明だ。まだ見たこともない精霊と出会えるかと思うとワクワクしてしまう。
それに、ここでは宝玉獣たちと言葉だけではなく、実体を持って触れ合える。サファイアの背に乗って飛べるなんて、妄想の中だけだと思っていた。
カノンがはしゃいでいると、下にいる衛兵たちが動きを見せる。
「大筒持ち隊、構えー!」
「──はっ!?」
木製の筒から網が発射される。何発かは避けることができたが、ついにサファイアへと命中する。
『くっ!?』
「サファイアペガサス…!」
カノンごとサファイアペガサスを網に捕らえる。サファイアがカノンを振り落とさないように、ゆっくりと下降していく。
身動きの取れないカノンに、長槍を突きつけた。
「墓荒らしは処刑! それが掟だ!」
「っ…!」
万事休すかと思われたが、長槍がカノンを突き刺す前に、怒鳴り声が響く。
「待てぇい!!」
その瞬間、衛兵たちの動きがピタッと止まった。
「
「その者には、聞かねばならんことがある。無傷で連れてまいれ」
長と呼ばれた壮年の男が、カノンの処遇を言い渡す。衛兵の衣装が黒で統一されている中、一人だけ白を纏っていることから、高位な存在であることが分かる。
「異邦人よ、大神官殿がお呼びだ」
衛兵に取り囲まれながら連行されたのは、まるで儀式でも行うかのように物々しい場所だった。薄暗い空間に篝火が焚かれている。
その一番奥、背もたれがある石造りの椅子に、アヌビスの被り物をした男──大神官が座っていた。権威を示す金の杖をつきながら、被り物の奥からカノンを見定めている。
「来たか、破滅の化身よ」
「破滅の化身…?」
物騒な呼び名にカノンが眉を寄せる。
「私は『墓守の大神官』。この地に祀られる神に仕える者なり」
「その大神官さまが、私にいったい何の用があるんでしょう」
いくら精霊とは言え、こうも敵意を向けられれば、良い印象はない。
「まずは、私が何者かを教えよう。私には、神託を賜ることで未来を視ることができる、特別な力がある」
その力を使い、これまで様々な厄災を回避してきたらしい。
「そして、私は視たのだ。遠くない未来、其方と同じ姿をした邪悪なる存在が、世界を破滅に導く光景を」
「バカな! 私が精霊界を滅ぼすはずがない!」
何かの間違いだと訴える。カノンにとって精霊の存在はとても大きなものだ。精霊の住む世界を傷つけるようなことはしないと言い切れる。
「大神官殿の予言が間違いだと申すか!」
「ああそうさ。私と精霊がどれだけ固い絆で結ばれているのか、お前たちは知らないんだ!」
「貴様っ…!」
真っ向から否定するカノンに、周りの墓守たちが気を荒立てた。
「ならば、審判の儀式を行い、私に勝たねばならない」
「審判の儀式…?」
いったいどんな闇のゲームを仕掛けられるのかと警戒していたが、大神官は見慣れたデッキを取り出した。
「それって、デュエルモンスターズじゃないか!?」
「古代より、デュエルは儀式と共にあるのだ」
精霊界にもデュエルモンスターズは存在する。デュエルではなら負ける気はしない。
「その
カノンが鋭い眼差しをぶつける。
「威勢のいい少女だ。だが其方が負ければ、生きたまま肝を抜かれ、ミイラにされる」
「そうやって、迷い込んだだけの人間を殺したのか!?」
墓守の非道な行いに、カノンが怒りを募らせる。まさか、明日香の兄が行方不明なのも、この墓守たちの仕業だろうか。
「それが掟だ」
「そんなの間違ってる! 人間と精霊は、分かり合うことができるんだ!」
説得しようとするカノンに、大神官が過去を語り始める。
「かつては私たちもそう信じていた。神聖な王家の墓から、『三幻魔』の石版を盗み出す者が現れるまではな」
「三幻魔…?」
カノンにはその価値が分からないが、墓守たちにとって、宝のようなものだと判断する。
「墓守としての誇りを穢された我らは、もう二度と下賎な人間など信じまいと、心に固く誓ったのだ」
「その墓荒らしが悪いことをしたのは認める。だけど、無関係な人間まで巻き込むのは許せない!」
もっと穏便なやり方で、墓を守ることだってできるはずだ。
「話が逸れた。さぁ、審判の時間だ。…もっとも、其方の敗北は視えているがな」
「やってもみないで、分かるものか」
カノンがデュエルディスクを構えると、大神官の腕から、形の違うデュエルディスクが現れる。
「私の先行。カードドロー」
大神官のターンから始まる。手馴れた動作でデッキから1枚引いた。
「《墓守の使徒》を守備表示で召喚。ターンエンドだ」
石版を両手で抱えた、墓守の少女が現れる。壁モンスターとするには、少々頼りない布陣で、大神官がターンを渡す。
墓守の使徒 守備力1000
「私のターン、ドロー!」
このデュエルは絶対に負けられない。そう強い意思を込めてカードを引き抜く。
「私は《宝玉獣 アンバーマンモス》を召喚!」
アンバーの宝玉が砕け、六本の牙を持つマンモスが現れる。額に埋め込まれた琥珀には、トンボのような昆虫の影が浮かんでいる。
アンバーマンモス 攻撃力1700
『カノンを傷つけさせはしない!』
「アンバーマンモスで、墓守の使徒を攻撃! アンバー・スタンプ!!」
アンバーが踏みつけて、使徒を爆散させる。
「この瞬間、《墓守の使徒》の効果が発動する」
「──!?」
「このカードが相手の攻撃によって墓地へ送られた時、デッキから《墓守の使徒》以外の、墓守と名のついたモンスターを裏守備表示で特殊召喚することができる」
場に新たなセットモンスターが呼び出される。
「いったいどんなモンスターが潜んでいるんだ…」
その隠された正体が、カノンには不気味に感じてしまう。ディスクの空きスロットに2枚のカードを差し込む。
「私はカードを2枚伏せて、ターンエンド」
場に裏向きのカードが2枚現れる。
「私のターンドロー。反転召喚 《墓守の偵察者》」
裏守備モンスターを攻撃表示に変更する。カードより姿を現したのは、影に潜む墓守。
墓守の偵察者 攻撃力1200
「リバース効果により、デッキから攻撃力1500以下の墓守1体を特殊召喚する。招集の狼煙!!」
偵察者が上げた狼煙により、墓守を呼び寄せた。
「《墓守の呪術師》を特殊召喚。そして効果発動、衰弱の呪文! 相手プレイヤーに500ポイントのダメージを与える」
目を閉じた呪術師が、長い杖を構えて呪文を念じる。怪しげなオーラが漂い始めた。
墓守の呪術師 攻撃力800
「ぐあっ…!?」
『カノン!?』
頭がかち割れそうな痛みに、カノンが呻き声を出す。場にいるアンバーが心配する。
カノン LP4000(-500)→3500
「ソリッドビジョンじゃない!?」
「ルビビィ…」
リアルな痛みに衝撃を受けるカノンに、ルビーが寄り添った。
「さらに私は、手札より《墓守の司令官》を捨て、その効果を発動」
墓地スロットにカードが吸い込まれる。デッキを取り出して、目的のカードを手札に加える。
「これからが、本番というわけか…!」
「破滅の化身よ、王家の聖地にて悔いるがよい。フィールド魔法《王家の眠る谷-ネクロバレー》発動!」
「──!?」
ディスクの横にある専用スロットにカードを置くと、ソリッドビジョンに反映される。壁のように切り立った岩の狭間で、二人の立つ場所だけが盛り上がっている。
「このカードがフィールド上に存在する限り、フィールドの墓守と名のつくモンスターの攻撃力と守備力は、500ポイントアップする」
墓守の偵察者 攻撃力1200→1700
墓守の呪術師 攻撃力800→1300
「これで終わりではない。私は《墓守の呪術師》を生贄に、《墓守の長》を召喚」
先ほど、墓守たちに命令していた長が現れる。その手には、コブラの頭を模した金の杖が握られている。
「そして、墓地にある墓守1体を特殊召喚できる。いでよ、《墓守の司令官》!」
何かに反発するように墓地スロットが放電する。そして現れたのは、目の前の大神官を若くしたような青年だった。
「ネクロバレーの効果で攻撃力を500アップ」
墓守の長 攻撃力1900→2400
墓守の司令官 攻撃力1600→2100
「一気にモンスターが3体も…!!」
すべての攻撃を受けきれば、カノンのライフは0になってしまう。
「墓守の司令官で、アンバーマンモスを攻撃。
司令官が黒い杖を振り回して、アンバーマンモスに飛びかかる。
その攻撃が届く前に、カノンが伏せカードを発動した。
「リバースカードオープン! 永続罠《宝玉の分散》! このカードが表側表示で存在する限り、宝玉獣との戦闘で発生する、私へのダメージを半分にする!!」
司令官がアンバーの巨体を薙ぎ払って破壊する。400の半分、200ダメージをカノンが受ける。アンバーが宝玉と化した。
カノン LP3500(-200)→3300
「ぐぅ…!」
「戦闘ダメージを半減させたか。だが、そのライフでは、私の攻撃をしのぐことはできまい」
彼の言う通り、相手モンスターの合計攻撃力はカノンのライフを上回る。
「ああ、だからもう1枚の伏せカードも使わせてもらう! 罠発動《宝玉の集結》!! 自分フィールド上の宝玉獣が破壊された時、デッキから新たな宝玉獣を特殊召喚する!」
カノンを守るために、デッキに眠る宝玉獣が駆けつける。
「《宝玉獣 サファイアペガサス》を攻撃表示で特殊召喚!!」
サファイアの宝玉が砕け、中から凛々しい瞳をしたペガサスが翼を広げる。その頭部からは、蒼い角が突き出ている。
サファイアペガサス 攻撃力1800
『待たせたな、カノン!』
「サファイアペガサスが召喚、特殊召喚に成功した時、デッキから新たな宝玉を呼び出す!」
サファイアの蒼角に眩い光が集まり、新たな宝玉を呼び出す。
「現れろ、《ルビーカーバンクル》!」
「ルビ!」
肩から降りたルビーが、
「そんな罠を伏せていたとはな」
「ただではやられないさ」
「ならば、墓守の長で、サファイアペガサスを攻撃。──王家の怒り!!」
金の杖の先に集めた赤いオーラを、サファイアに向けて放出する。サファイアが爆散し、カノンに痛みが走る。
「ぐああっ…!」
カノン LP3300(-300)→3000
あえて攻撃表示で出していたのは、墓守の偵察者に攻撃されるより、墓守の長から半減ダメージを受けた方がライフを残せるからだ。
「墓守の偵察者で直接攻撃。──隠密速撃!」
偵察者がその身を透明にしながら近づいて、素早くナイフで奇襲する。
「ぐあああッ!?」
これまでにない痛みが、カノンの全身を貫いた。苦痛に叫ぶ声が、ネクロバレーの谷に反響する。
カノン LP3000(-1700)→1300
「こんな闘いを続けてたら、デュエルが終わる前に、体がどうにかなりそうだ…!」
足元をふらつかせながら、身体を蝕む痛みに耐える。
「カードを1枚伏せ、ターンエンド」
ようやく大神官のターンが終わる。ダメージが現実になるせいか、カノンには随分と長い時間に感じた。
命の危険すら伴う闇のデュエル。手早く決着をつけたいが、“墓守の大神官”相手に、カノンは苦戦を強いられていた。