精霊界から帰還したカノンは、さっそくSAL研究所を使って、デュエルアカデミアにあちこち点在している謎の石柱を調査していた。
解析には時間がかかるため、すぐには明らかにならない。精霊と関係があるはずだが、どんな意図で作られ、置かれているのか検討もつかなかった。
他に何か手がかりがないか、カノンが島を散策していると、オベリスクブルーの男子寮から言い争うような声が聞こえてくる。
「喧嘩か泥棒か?」
そういえば、近々ノース校との対抗戦があると聞いた。そのスパイだったりしたら取り逃がすわけにはいかない。
カノンが遠くから見張っていると、人影がバルコニーから木に乗り移って飛び降りた。
「女の子…?」
オシリスレッドの制服を着た少女が、長い髪をなびかせる。ブルー寮以外に、女子生徒は存在しないので、本当に侵入者かもしれない。
彼女を引き止める声が聞こえたが、制止を振り切って逃げ出した。茂みに隠れてやり過ごそうとする。
「何してるんだ?」
「ひゃっ!?」
息を潜めているところに声をかけられて、少女がカノンに驚いてつんのめる。
「驚かせるつもりはなかった。でも、ブルー寮に忍び込んだ理由は、聞かせてもらおうか」
「そ、それは…」
崖際に追い詰められた犯人のようにたじろぐ。さらに問いただそうとすると、カイザーが割って入ってきた。
「やはりお前だったか、レイ」
「亮さま…!」
頬を染めた少女とカイザーの様子から、想像していた侵入者とは違ったようだ。
「カイザー、あんたの知り合いか?」
「ああ、この子は『早乙女レイ』。小学5年生だ」
「小学生!?」
小柄だと思っていたが、まさか小学生だとは思わなかった。
「小学生がどうしてここに?」
「アカデミアの編入試験を受けてきたんだ。恐らく、オレを追いかけて…」
少し困っているカイザーを見るに、少女の片想いらしい。
「私…私…亮さまがデュエルアカデミアに進学なさってから、会いたくて会いたくて、やっとここまでやって来たの! 亮さまへの一途な想い、受け止めて!」
「…レイ、お前の気持ちは嬉しいが、今のオレにはデュエルがすべてなんだ」
想いが暴走しているレイを諭す。そのカイザーの言葉に、カノンが同意する。
「その気持ち、分かるよカイザー。デュエルにはドキドキとワクワクが詰まってて、すごく面白いからね」
「ああ、そうだな」
自分を差し置いてわかり合う二人に、レイがヤキモチをやく。
「あなた、亮さまのなんなの!? まさか、恋のライバル!?」
「そんなわけ……」
レイの反応が面白くて、ちょっとからかってみることにした。
「私は一色カノン。カイザーの恋人になりたいなら、私を倒してからにしてもらおうかな?」
「おい、カノン…」
誤解させるような発言に、まんまとレイが挑発に乗った。
「ボクとデュエルしろ、カノン!」
「そうこなくちゃ」
「…どうなっても知らんぞ」
人目につかない場所まで移動する途中、明日香まで合流して見物することになった。
「準備はいい?」
「いつでも来い!」
お互いにデュエルディスクを構える。
「ボクのターン、ドロー!」
レイがデッキから1枚引いて、モンスターをセットする。
「《恋する乙女》召喚!」
オレンジ色のドレスで着飾った、メルヘンチックな少女が現れる。大きなリボンのカチューシャを着けている。
恋する乙女 攻撃力400
「カードを1枚伏せて、ターン終了!」
そのモンスターは、まさにレイの気持ちを象徴していた。
「私のターン、ドロー!」
「《宝玉獣 コバルトイーグル》を攻撃表示で召喚!」
コバルトの宝玉が砕け、中からオレンジ色のたてがみを生やした鷲が現れる。胸を覆う革の防具には、コバルトの宝石が飾られている。
コバルトイーグル 攻撃力1400
「綺麗…」
召喚された宝玉獣に、レイが思わず呟く。しかし、すぐに気を引き締めた。
「コバルトイーグルで、恋する乙女を攻撃! コバルト・ウィング!!」
コバルトが空中で羽ばたいて風を起こすと、「きゃあああ!」とダメージを受けたレイと恋する乙女が悲鳴を上げる。
レイ LP4000(-1000)→3000
「《恋する乙女》のモンスター効果発動! 攻撃表示である限り、戦闘によっては破壊されない!」
耐え忍ぶレイ。そこで、なぜかルビーがひょっこりと姿を見せる。
『ビィ』
「ルビー?」
あっちを見ろと言われた方を向くと、メルヘン空間が展開され、恋する乙女とコバルトがロマンスを繰り広げていた。
『お、おい…アンタ、大丈夫か?』
「なんだ!? しっかりしろ、イーグル!」
恋す乙女に照れるコバルトに、カノンが必死に呼びかける。一方で、外野のカイザーたちには違うように見えていた。
「カノンの様子が変だな」
「きっと、カノンには私たちに見えないものが見えているのよ」
「デュエルモンスターズの精霊というやつか」
策略が成功したレイが、コバルトイーグルを指さす。
「もうひとつのモンスター効果! 恋する乙女を攻撃したモンスターは、乙女カウンターを1つ乗せる!」
『ラブ!』
恋する乙女がハートマークを投げると、コバルトの胸にもハートマークが浮かび上がる。
「乙女カウンター…?」
聞いたこともない名前だが、レイのデッキが、カウンター戦術を使うことはハッキリとした。
「ボクのターン、ドロー!」
第一段階を終えたレイが、次の手を企てる。
「手札から、装備魔法《キューピッド・キス》を発動する!」
弓矢を持ったキューピッドが、恋する乙女の頬にキスをする。
「バトルよ! 恋する乙女の攻撃、一途な想い!!」
『コバルトイーグルさーん! 私の一途な想いを受け止めてー!』
メルヘン空間が再び展開される。お花畑を走ってくる恋する乙女を、コバルトが避けたことで、つまずいてしまう。
『ひ、ひどい…ひどいわー!』
『す、すまねぇ! そんなつもりじゃ…!』
慰めるコバルトに、恋する乙女が「チュッ…♡」と投げキッスをする。そんな彼女に、コバルトが惚ける。
「な、なんだ!?」
コバルトの様子がさらにおかしくなる。ピンクのオーラを纏って、恋する乙女に夢中になってしまう。
『私の言うこと、聞いてくれるわよね?』
『もちろんだぜ!』
『じゃあ、カノンを攻撃して?』
『もちろん、キミのためならできる!』
コバルトが羽ばたいて風を起こす。カノンが吹き飛ばれないように、腕で顔を庇う。
「コバルトイーグル! 女の子にメロメロになるなんて!」
レイが一連の流れを明かす。
「乙女カウンターの乗っているモンスターを攻撃し、逆にダメージを負ったら、装備魔法《キューピッド・キス》が発動! そのモンスターをコントロールできる」
依然としてピンクのオーラを纏ったコバルトと、恋する乙女が仲睦まじく、相手の場に並んでいる。
レイ LP3000(-1000)→2000
カノン LP4000(-1400)→2600
「カードを 1枚伏せて、ボクのターンは終わりだ」
レイの足元に裏向きのカードが出される。
「調子狂うなぁ…。とにかくドローだ」
カノンが引いたカードは見て、さっそく場に呼び出した。
「よし、《宝玉獣 トパーズタイガー》を召喚し、《宝玉の解放》を装備」
トパーズの宝玉が砕け、中から強面のホワイトタイガーが吼える。装備カードで増強され、攻撃力上昇のエフェクトがかかる。
トパーズタイガー 攻撃力1600→2400
『カノン、俺様ならあんな女に絆されたりしないぜ』
「ほんとかなぁ…」
『行くぞ!』
伏せカードはあるが、トパーズの攻撃が通れば勝負が決まる。カノンとしても、家族であるコバルトイーグルを攻撃するのは避けたい。
だが、そう簡単にはいかない。レイが伏せカードを開いた。
「罠カード《ホーリー・ジャベリン》発動! 相手の攻撃モンスターの攻撃力を、ボクのライフに変換する!」
カードからジャベリンが射出される。穂先からバリアが展開され、トパーズのエネルギーを吸収した。
レイ LP2000(+2400)→4400
「だが、トパーズタイガーはダメージステップの間だけ、攻撃力を400ポイントアップする!」
バリアが弱まったことで、恋する乙女に突進していく。
トパーズタイガー 攻撃力2400→2800
『きゃあああ!?』
「うあああっ!」
レイ LP4400(-2400)→2000
恋する乙女とレイが悲鳴を上げる。戦闘を行ったことで、再びメルヘン空間が展開された。
『トパーズタイガー! か弱い女性を攻撃するなんて! なんてやつだ!』
『あぁっ!? 俺様はなんてことをしてしまったんだ!? お嬢さん、大丈夫ですか!?』
硬派なトパーズまでメルヘン空間に巻き込まれてしまう。カノンが溜め息をつきながら額を押さえた。
『自分を責めないで…。闘うこと、それは宿命なのだから…ねっ♡』
『ハッ…惚れたぁ!!』
遠吠えするトパーズタイガーの胸にも、ハートマークが浮かび上がる。乙女カウンターが乗った証拠だ。
「トパーズタイガーにも、乙女カウンターが乗ったよ」
「だから言ったのに…」
まんまとトパーズも、乙女の術中に嵌ってしまった。
「それにしても、ちゃんと弱点をカバーするカードを入れてたのか。感心したよ」
「当たり前だろ!」
恋する乙女デッキの弱点は、ライフ消費が激しいこと。相手と自らの攻撃で、2回のダメージを食らわなければいけない。
「私はカードを1枚伏せてターンエンド」
カノンが空きスロットにカードを差し込むと、足元に裏向きのカードが出現する。
「ボクのターン、ドロー!」
カードを引いたレイが、勝負を決めにかかる。手札のカードをかざした。
「装備魔法《ハッピー・マリッジ》を発動!」
恋する乙女たちを祝福するように、ウエディングベルが鳴り響く。
「その効果により、コバルトイーグルの元々の攻撃力分だけ、恋する乙女の攻撃力がアップする!」
『あはははっ!』
真っ白なウエディングドレスに身を包んだ乙女が、両手にブーケを持ってコバルトと微笑み合う。
恋する乙女 攻撃力400→1800
『トパーズタイガーさまー!』
「はぁ…」
メルヘン空間のお花畑で乙女が走る。今度はトパーズが避けると、彼女がつまずいてしまう。
レイ LP2000(-600)→1400
『トパーズタイガーさま、ひどーい!』
『そ、そんなつもりじゃ…!』
『じゃあ、私のために闘ってくださいますか?』
二人の間で、またまた繰り広げられるロマンスに、カノンが呆れ果てる。
『お願ーい、トパーズタイガーさまー!』
『任せろ!』
「ぐうっ!!」
ピンクのオーラを纏ったトパーズが、カノンを切りつける。すでに、恋する乙女の言いなりだ。
カノン LP2600(-2400)→200
『コバルトイーグルさんも…!』
「女の子は恋をすれば強くなる。不可能なんてないの! とどめよ!」
最後の攻撃を仕掛けるレイに、焦ることなく対応する。
「私は手札を1枚捨てて、《レインボー・ライフ》を発動!」
「──!?」
虹色のオーラがカノンを包む。このターンの2400ダメージを帳消しにし、その分だけライフを回復する。コバルトイーグルの攻撃が襲った。
カノン LP2600(+2400,-1400)→3600
「ボクはターンを終了する…」
カノンがデッキに指を添えると、再びルビーが姿を見せる。
『ルビビィ』
「ああ。女の子に男の宝玉獣をぶつけたのが間違いだったな。私のターン、ドロー!」
ルビーと笑い合う。それこそが、カノンの余裕を示していた。
「やっぱり女の子には、女の子だ! 《宝玉獣 アメジストキャット》を召喚!」
アメジストの宝玉が砕け、中からしなやかな猫が鳴き声を上げる。宝玉獣の紅一点、姉御肌な彼女ならば、不甲斐ない彼らを叱ってくれるだろう。
アメジストキャット 攻撃力1200
「アメジストキャット、お前に任せた!」
『そんな小娘に騙されるどころか、カノンを傷つけるなんて! 許さないわよ!?』
いつもより迫力があるアメジストが、メルヘン空間に割って入る。コバルトとトパーズがわずかに狼狽えた。
カノンが手札のカードをかざす。
「装備魔法《アメジスト・ハート》を、アメジストキャットに装備! このカードを装備したアメジストキャットの攻撃力は元々の数値の倍となる!」
アメジスト専用の装備魔法カード。胸元に飾られているアメジストのブローチが、ハート型に変形する。
アメジストキャット 攻撃力1200→2400
「その程度の攻撃力じゃ、ボクのライフを削り切ることはできないね」
余裕を見せるレイに、カノンが不敵な笑みを浮かべた。
「アメジストキャットの特殊効果発動! 与えるダメージを半分にすることで、相手プレイヤーに直接攻撃ができる!」
「なんだって!?」
「アメジスト・ネイル!!」
身軽な動きで、恋する乙女たちを飛び越える。レイの元に着地したアメジストが、爪を立てて引っかいた。
「きゃあっ!?」
ダメージの衝撃を受けて、レイが後ずさりする。
レイ LP1400(-1200)→200
「だけど、ボクのライフは200残った!」
「いいや、私の勝ちだよ」
「なに!?」
唯一の攻撃を終えたはずのカノンが、勝利宣言をした。装備カードに隠された効果が発揮される。
「《アメジスト・ハート》の効果発動! このカードを墓地へ送ることで、アメジストキャットはもう1度だけ続けて攻撃することができる!」
「──!?」
アメジストに闘志が漲る。紫色のオーラが全身を包み込んだ。
アメジストキャット 攻撃力2400→1200
「アメジスト・ツインズ・ハート!!」
『シャー!!』
「きゃああっ!!」
身軽な動きでもう一度飛びかかる。1200の半分である600ダメージのダイレクトアタックを受ける。レイのライフが底をついた。
レイ LP200(-600)→0
デュエル終了の電子音が鳴り、ソリッドビジョンが消える。
何とか宝玉獣を傷つけずに勝つことができた。そういう意味では、カノンにとってレイはやりにくい相手だった。
「負けた…。ボクの想いが破れるなんて」
「宝玉獣の絆は、恋愛ごっこより強いってことさ」
下を向いて落ち込むレイに、カイザーが慰めの言葉をかける。
「そう落ち込む必要はない。カノンはオレをも倒した女だからな」
「亮さまを!?」
衝撃の事実に、レイが顔を上げて、カノンのことをジッと見つめ出した。その表情がどこか熱っぽい気がする。
「カノン、ボク…」
「安心しなよ。私とカイザーはなんでもない。ただの先輩と後輩だからさ」
「ううん、そうじゃないんだ」
「え?」
誤解を解こうとしたが、レイは頭を振って話を遮る。そして、衝撃的な宣言をする。
「ボク…いや、私ね! いつか、カノンさまみたいな強い女になってみせます!!」
「えぇ!?」
まるで憧れのお姉さまでも見る、キラキラとした目を向けてきた。カノンが引き攣ったような顔をする。
「あらあら」
そんなレイを、明日香が微笑ましいものを見るような目で笑う。
「どうしてそうなるんだ!?」
「きっと、あなたのデュエルに憧れたんでしょ?」
「あとは任せた」
カノンを置いて、明日香とカイザーが去っていく。
「ちょっと待って!」
「カノンさまー!!」
どうやらカノンは、レイのハートにもダイレクトアタックしていたようだ。
後日、レイが故郷に帰ったことを明日香から聞いた。来年、小学校を卒業したら、またテストを受けて入学するらしい。