デュエルアカデミアでの生活が本格的に始まった。
他の生徒たちが授業を受けている中、カノンは宝玉獣が言っていた精霊の気配を探るため、島の中を散策していた。
サファイアに導かれるまま歩いていると、火山の近くに迷彩柄の建物にたどり着く。
「強い気配ってここ?」
『分からない。だが、ここからも精霊の力を感じるのは確かだ』
何かの研究施設なのだろうが、さほど大きくはなく、入口は電子ロックで施錠されていた。
「問題ないけどね」
カノンは懐からキーカードを取り出す。それは教員が持っているものと同じで、アカデミア周辺施設のロックを解除することができる。特待生試験に合格した後、鮫島校長からもらったのだ。
そのキーカードをかざすと、研究所の扉が開いた。中にあるいくつもの部屋も、すべて同じ方式を取っているようだった。
研究員がいれば話が早かったのだが、どこにも見当たらない。研究所の廊下を歩いていくと、突き当たりにエレベーターが設置されていた。
外から見て、二階のスペースはなかったはずなので疑問を覚える。
「地下に繋がっているのか…?」
宝玉獣たちが最初に感じ取った気配も、地下からだった。もしかしたら、この研究施設で精霊の研究をしているのだろうか。
エレベーターに乗って降りていく。それなりの高さであることを体感しながら、ついに地下に到着する。
「なんだこれは…」
そこには、ジャングルと呼ぶに相応しい光景が広がっていた。鬱蒼と生い茂った密林から、飛び立つ鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「アカデミアの地下に、こんなものが…」
カノンがジャングルの中を見て回っていく。
目的は不明だが、数階層分のスペースをすべてジャングルにしたのだろう。そこには、多種多様な生物が放し飼いされていた。餌は与えられているのか、飢えている様子はない。
また、昼間の明るさが再現されていて、地下にも関わらず視界は良好だった。
カノンがジャングルを歩いていると、黒スーツの所員に鉢合わせた。
「アカデミアの生徒…!?」
「部外者は立ち入り禁止だ!」
「部外者だけど、立ち入り許可はある」
カノンを取り押さえようとする所員たちに、キーカードをチラつかせる。
「それは…」
「キーカードは持っているようだが、研究所内には触れられたくない物も多いので、お帰りいただこうか」
そう言って強制送還させようとした瞬間、カノンの視界の端で茶色い影が木々の間を移動していく。
「ウキィ!」
「また脱走したのか…!」
木の上でこちらを観察している猿に、所員たちが麻酔銃のようなものを構える。その猿は、普通の猿とは様子が違っていた、
「デュエルディスクを着けた、猿…?」
カノンが困惑しながら、頭と腕に機械を取り付けられた猿を見上げる。
「あれはただの猿ではない。我々が訓練を重ねて育て上げた、デュエリスト猿だ!」
「デュエリスト猿…?」
「ああ。その名も、Super Animal Lerning。略して『
他の所員より偉そうな老人が、わざわざ解説を挟んでくれる。自慢の最高傑作と言ったところだろうか。
「博士…!」
「ん? あぁ、つい口が滑ってしまったようだ」
博士と呼ばれた老人を、助手の男が口止めする。
「猿にデュエルをさせて、何の意味が?」
「知っているかね。人間よりも猿の方が、精霊の声を聞く能力が高いことを」
「なにっ…?」
聞き捨てならない内容に、カノンが反応する。
「そこで我々は猿を使って、デュエルの動物実験をしているのだ」
「博士…!」
「おっと、また口が滑ったようだ」
要らないことまで口走ってくれたおかげで、カノンが今すべきことが見えてくる。
「とても興味深い実験だけど、脱走するってことは、帰りたい場所でもあるんじゃない?」
「フン。動物の意志など関係ない」
「だったら、デュエルで決めよう。私が勝ったら、動物を無理やり従わせるようなことは止めさせる」
デュエルディスクを構えるカノンを、ただの小娘だと思っている博士が承諾する。
「いいだろう。ただし、デュエルをする相手はSALだ」
「博士…!」
助手が何か言いたげな顔をしたが、博士は前言を撤回しなかった。さらに、こちらを観察しているSALを脅迫した。
「わざと負けるような真似をしてみろ。お前の代わりに、群れにいた他の猿を捕まえてやるからな」
「ウ、ウキィ…」
「安心しなよ。勝つのは私だからさ」
デュエルが出来るくらいなのだから、人間の言葉が分かるように改造されたのだろう。SALが木から下りてくる。
「相手が猿だからといって見くびると、痛い目に遭うと思うがね」
カノンの前に立ったSALも、デュエルディスクを構える。
「いくぞ、
『
「喋れるのか…!?」
SALに取り付けられた機械から、合成音声の掛け声が発せられる。
「フッフッフッ。デュエルに関する言葉は、すべてプログラムされているのだ」
そう博士が自慢げに語る。カノンの先行でデュエルが始まった。
「私のターン、ドロー!」
カノンが手札のモンスターカードを、ディスクにセットする。
「まずはこのカードだ。《宝玉獣 コバルトイーグル》を召喚!」
コバルトの宝玉が砕け、中からオレンジ色のたてがみを生やした鷲が現れる。胸を覆う革の防具には、コバルトの宝石が飾られている。
コバルトイーグル 攻撃力1400
『あのサル、ホントにオレたちの声が聞こえるのか?』
「それなら面白いんだけどね」
期待したような目を向けるカノンが、ターンを終了する。
「さぁ、次はそっちのターンだ」
「ウキィ!」
精霊が見えるかもしれない動物とデュエルできるのは貴重だ。どれほどの腕前なのか、確かめさせてもらおう。
『ワタシのターン、ドロー!』
SALが器用にデッキのカードを引いて、モンスターをディスクに置いた。
「《
フィールドに現れたゴリラが、ドラミングをする。その目は真っ赤に染まっていて、怒りが滲んでいた。
「いきなり攻撃力2000のモンスター…!」
その高い攻撃力の代わりに、必ず攻撃しなければならず、守備表示になったら破壊されるモンスターだ。
『
怒れる類人猿《バーサークゴリラ》が駆け寄ってきて、振りがぶった拳でコバルトを殴りつけた。
「くっ…!」
コバルトが爆散した衝撃に、カノンが耐える。
カノン LP4000(-600)→3400
「ウッキー! ウキキウッキー!」
相手モンスターを破壊したことを、その場で何度も宙返りして喜ぶも、カノンの場にコバルトの宝玉が残っていることに気が付く。
「ウキ!?」
「宝玉獣は破壊されたとき、
「ほぅ。見たこともないカードだと思ったが、中々面白いデータが取れそうだ」
希少な存在である宝玉獣。その対戦データは、手に入れようと思って手に入るものではない。
『リバースカードを3枚セット! ターンエンド!』
大量のリバースカードを見れば、どんな罠が仕掛けられているのか慎重になってしまう。しかし、ドローしたカノンは臆せず進んでいく。
「来い! 《宝玉獣 トパーズタイガー》!」
トパーズの宝玉が砕け、中から強面のホワイトタイガーが現れる。その頭部と脚からは、尖った刃が生えている。
トパーズタイガー 攻撃力1600
「ウキィ!」
カノンがモンスターを召喚するのを、SALは待ち構えていた。
『リバースカードオープン! 《クローン複製》!』
その効果により、SALの場にトパーズタイガーそっくりのクローンが現れる。
クローントークン 攻撃力1600
『俺様のクローンか…!』
「だが、所詮は偽物に過ぎない。オリジナルの力を見せてやれ!」
『任せておけ!』
トパーズタイガーが飛びかかると、クローンも全く同じ動きで迎え撃った。
「トパーズタイガーが攻撃する時、その攻撃力を400ポイントアップさせる! トパーズ・バイト!!」
トパーズタイガー 攻撃力1600→2000
二体が交差する瞬間、攻撃力が上昇したトパーズが、脚の刃でクローンを引き裂いた。
「キィー! ウキキキィ!?」
空中でクローンが爆散したことで、その衝撃をSALが受ける。
SAL LP4000(-400)→3600
「リバースカードを1枚伏せて、ターンエンド!」
カノンの場に裏側のカードが現れる。ターンを終了して、SALを挑発する。
「まだまだこんなものじゃないはずだ。私にその力を見せてくれ」
『ウッキー! ワタシのターンドロー!』
ムキになったSALが、デッキからカードを引き抜く。
『《アクロバットモンキー》召喚!』
アクロバットな動きで、モンキータイプの自立型ロボットが現れる。
アクロバットモンキー 攻撃力1000
『さらに、リバースカードオープン! 《DNA改造手術》発動!』
「DNA改造手術…!? あれは、モンスターの種族を1種類に変える永続罠カード!」
伏せられていたカードが表向きに立てられる。そして、SALが一つの種族を宣言した。
『獣族!』
アクロバットモンキーのDNAが、機械族から獣族に改造される。無機質な機械の下で、毛むくじゃらの肉体に変身した。
『さらに魔法カード、《野性解放》!』
フィールド上の獣族、または獣戦士族モンスター1体の攻撃力を、そのモンスターの守備力分だけアップさせるカードだ。
『アクロバットモンキー!』
「アクロバットモンキーの守備力は1800ポイント…! ということは、攻撃力2800!?」
機械の拘束具が外れ、獣のDNAと共に強靭な肉体を解放する。それは、あたかもSAL自身の未来を暗示してるかのようだった。
アクロバットモンキー 攻撃力1000→2800
『アクロバットモンキーの攻撃、アクロバットウッキー!!』
攻撃宣言と同時にドラミングをする。アクロバットに回転しながらトパーズに迫り、組んだ両手をハンマーのように叩き込んだ。
「ぐぅ…!」
トパーズが破壊されたことで、爆風がカノンを襲った。場にトパーズの宝玉が増える。
カノン LP3400(-1200)→2200
「
「うあああッ!!」
丸太のように太い腕でカノンを殴りつける。
カノン LP2200(-2000)→200
「だが、私のライフは残った…!」
「ウキキ!」
まだだ、と言われているようだった。
『さらに、リバースカードオープン! 《キャトルミューティレーション》!』
自分の獣族モンスターを手札に戻し、そのレベルと同じ獣族モンスターを特殊召喚する罠カード。
アクロバットモンキーを対象として手札に戻す。本来は機械族だが、今は獣族になっているため適用できる。
『《鎧ネズミ》特殊召喚!』
SALの手札から新たに呼び出されたのは、鎧のような硬い毛で身を守るネズミだった。
鎧ネズミ 攻撃力950
「《野性解放》のリスクを回避しつつ、新たなモンスターで追撃を仕掛ける。これぞ、SALの力だ!」
興奮した様子の博士が、さらに畳み掛けるよう命令する。
「ゆけ、SAL! ヤツの伏せカードはブラフだ!」
『鎧ネズミでダイレクトアタック!』
この攻撃を受ければ、カノンのライフは0になってしまう。鎧ネズミの攻撃が迫る中、カノンはブラフと思われたカードを発動する。
「リバースカードオープン!」
「なに!?」
「《宝玉の双璧》!」
開いた罠カードの中から、サファイアとトパーズの幻影が飛び出し、相手の攻撃からカノンを守り抜く。
カノン LP200
「ウキィ!?」
「なぜライフが減らない!?」
SALと博士たち所員が、無傷のカノンに動揺を隠せない。
「《宝玉の双璧》は、宝玉獣が戦闘で破壊されたターンに発動することができる。デッキから新たな宝玉を呼び出し、このターン、自分が受ける戦闘ダメージは0になる!」
いつの間にか、カノンの場には新たにルビーの宝玉が増えていた。
自らの予想が外れた博士は、カノンが罠を発動するタイミングに疑問を呈する。
「どうして、
「その伏せカードが怪しかったから、あえてダメージを受けて誘ったのさ」
「な、なんだと…!?」
自分が作り上げたSALを上回るデュエルタクティクスに、博士が度肝を抜かれる。
そしてカノンのターンとなり、反撃に出る。
「これで伏せカードは使い切った! 《サファイアペガサス》を召喚! サファイア・コーリング!!」
サファイアの宝玉が砕け、中からペガサスが現れる。その蒼角に眩い光が集まり、新たにアメジストの宝玉を呼び出した。
サファイアペガサス 攻撃力1800
「そして、ルビーカーバンクル効果発動! ルビー・ハピネス!!」
『ルビィーーッ!!』
宝玉から現れたルビーの尻尾の宝石が赤く眩い光を放つ。そのエネルギーを注がれた、アメジスト、コバルト、トパーズの宝玉が砕け、一斉にフィールドに現れた。
ルビーカーバンクル 攻撃力300
アメジストキャット 攻撃力1200
コバルトイーグル 攻撃力1400
トパーズタイガー 攻撃力1600
「1ターンで、5体のモンスターを召喚しただと!?」
モンスターの大量展開に、もはや驚きの限界値を超えたのか、博士が腰を抜かす。
「すべてのモンスターで攻撃だ!」
トパーズが相打ちとなり、コバルトが戦闘破壊をする。残った宝玉獣たちで、SALに総攻撃を仕掛けた。
「ウキィ…ウキィ…ウキキキ」
怒涛の連続攻撃に、SALのライフが削られていく。ついに、ライフ表示が0になった。
SAL LP3600(-3750)→0
デュエル終了の電子音が鳴り、ソリッドビジョンのモンスターが消える。
「ば、馬鹿な…!?」
「約束は守ってもらう」
カノンがデュエルディスクを元に戻して、腰を抜かして動けない博士に詰め寄る。
「そ、そんな約束は無効だ! SALを捕まえろ!」
博士の命令を受けた所員たちが、SALを包囲する。
「ウ…ウキィ…!」
どんどん追い詰められていく中、デバイスを操作したカノンが、所員たちにその画面を向ける。
「たった今、SAL研究所は一色グループが買収した。出資者の意向を無視するのはマズイんじゃない?」
「何を馬鹿なことを…」
「は、博士…! 本当に買収されてます!」
まったく信用しない博士に、デバイスの画面を確認した助手の男が、震えた声で事実を伝える。
「な、なんだとぉ…!?」
青ざめた顔の博士が、ジャングル中に響き渡るような声で叫んだ。
一件落着し、所員たちから機械を取り外してもらったSALが、カノンに頭を下げる。
「ウキィ」
すっかり人間に染まってしまったSALに、カノンはある提案を持ちかける。
「キミさえ良ければ、今後も研究に協力してくれないかな? もちろん報酬も用意するし、キミを傷つけるような真似は絶対にさせない」
無理強いはしないが、貴重なサンプルを逃するのは惜しい。
『オレが保証する。カノンはひどい扱いをするようなやつじゃないぜ』
姿を見せたコバルトが、カノンの口添えをする。その声が聞こえたのか分からないが、SALは「ウキ」としっかり頷いた。
「またデュエルしよう!」
「ウキィー!」
遠くから手を振って、SALは野生に帰っていった。