青春トンネル~女子中学生になった一般社会人男性が元の体と世界に戻るためにアイドルをやる話~   作:Sfon

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告白

 放課後、十倉は学校近くの喫茶店にやってきた。個人経営のこぢんまりとした店で、三峰が待ち合わせの場所に指定したのだ。神野について話したがっていると見抜いたのだろう、周りの生徒を気にしなくて済む場所を選んだのだろうが、それにしては中学生にとって背伸びしている場所を選んだものだ。

 店の中に入ると、カウンター席が四つに四人掛けのテーブルが三つ。三峰は一番奥の四人掛けテーブルに座っていた。十倉がやってきたことに気付いた彼は、手を振って十倉を呼んだ。十倉は三峰の正面に座った。

「急な話ですみません。学校のどこか人通りが少ない場所とかでも良かったのに、丁寧にありがとうございます」

「はぁ……そんなところで話せるわけないでしょ。十倉さん、自分がどれだけ人に見られてるか、自覚してないの? オレと十倉さんが二人で話しているところを見られたら、すぐに話が広がって面倒なことになるって」

 十倉にとって三峰と話すのは、同性の子供と話すことと何も変わらず、正直ピンときていなかったが、三峰が言うならそうなのだろう。言われてみれば、今の自分は見た目が良いし、三峰も見た目が良い。今の自分は女で、三峰は男。同級生から注目を浴びるのもおかしくないかもしれないと納得できた。

「まぁ、そういうことであれば、はい。お気遣いいただきありがとうございます」

「ちょっと待ってて。飲み物を持ってくるから。紅茶でいい?」

「あ、はい、ありがとうございます」

 あたりに喫茶店の店員は見えず、三峰は慣れた足取りでカウンターの中に入っていく。少しおかしいとは思ったが、もしかしたら三峰はこの店の常連だったり、こっそりアルバイトをしていたりするのかもしれないといろいろ想像して、十倉は言及しなかった。

 あらかじめお湯を沸かしてあったのだろう、数分も経たずに三峰はティーカップを二つ持って、十倉の座っている席に戻ってきた。十倉の目の前に差し出されたティーカップの中では、上品な色の紅茶が揺れている。

「で、用って何? 神野のこと?」

「そうです。小学校時代の神野さんのこととか、詳しく聞かせてほしくって」

「なんで?」

「それは……」

 少し考えれば当然の返しなのだが、神野への興味が先走っていた十倉は、まさか三峰からそう返されるとは思っておらず、言葉に詰まった。給食時間に神野のことを話していた三峰は、神野に対して特別な感情を持っているようには見えなかったし、改めて話を聞くにしても阻むものは無いと思っていたのだ。しかし、いざ三峰に聞いてみれば、彼の表情は真剣そのもので、面接官のような圧を感じる。

 十倉が神野について知ろうとしているモチベーションは、元の体と世界に戻ることと、神野を何かから助け出すのが関係していそうなことから生まれている。それらはどちらも口に出すことを憚られ、たとえ伝えたところで『妄想を語る変な奴』と距離を置かれて終わるだけだろう。何とか言い伝え方がないか考え、神野の親を使うことにした。完全な嘘はバレると考え、事実を婉曲に伝えるのが良いと考えたのだ。

「実は、神野さんのお母さんから、神野さんをお願いって頼まれてまして。何か困ってそうだったら助けてあげてって言われてるんです」

「十倉さん、最近こっちに引っ越してきたとか言ってなかった? 神野のお母さんとはいつ会ったの?」

「えっと、私のお母さんと神野さんのお母さんが知り合いで」

 いざ口に出してみれば、なかなか苦しい理由だったのは十倉も自覚している。しかしここで止まるわけにもいかず、何とか苦しい言い訳を絞り出して話を続ける十倉に対し、三峰は落ち着いた様子で、しかし確実に十倉を問い詰めていった。そしてついに、言葉に詰まってしまった十倉にとどめを刺すようにして、三峰が告げる。その眼は十倉を貫くような鋭いものだった。

「十倉さん。そんなにオレから神野について話を聞きたいなら、十倉さんも本当のことを話してほしいんだ。──十倉さんは、いや、この世の誰もが、神野のお母さんと話せるわけないんだよ。少なくとも、二年前からは」

「それって……」

 その口調は重く、最悪の可能性すら覚悟させるようなものだった。十倉は思わず息を飲み、三峰は話を続けた。

「生きてるよ。生きてはいる。二年前に倒れて以来、一度も意識を取り戻していないけどね」

 十倉は目を見開き、焦点が合わなくなってよろめいて、テーブルに手をついた。十倉がこの世界に来る前、神野柚奈を助けてほしいと言っていた大人の女性、十倉をこの世界に呼び寄せた人物、それらの候補から神野柚奈の母親が除かれたと同義なのだ。ならば誰が十倉をこの世界に呼んだと言うのか。

「だから、十倉さんは、神野のお母さんから話を聞けるわけがないんだ。十倉さん、どうして君は神野のことを知りたいわけ?」

 十倉は三峰の言葉によって完全に冷静さを欠き、そのせいでポロリと口に出してしまった。それは、独り言で済ませるには声が大きく、三峰の耳までしっかりと届いてしまう。

「俺は……会ったんだ」

「会った? 神野のお母さんと? 二年以上前にってことか?」

 三峰は十倉の口調が今までとまるで変わって、眉をひそめた。急に男っぽい口調になったのだ。しかし、そのセリフ自体も解せない。三峰は十倉に話を促した

「あ、いや、神野さんのお母さんじゃなくて、神野さんと。でも、会ったっていうか……」

 十倉は言うつもりのなかった、十倉を取り巻く非現実的な出来事の一端を口にしてしまい、動揺して敬語が抜けてしまった。その口調は今の十倉の容姿にはそぐわず、しかし俯いて溜息をつき、頭に手をやる仕草には妙に似合っている。

「現実には初対面だったよ。ただ、なんというか……あー、ここで話さないとだめ?」

「ここはオレの実家だし、親は夜営業のための仕込みで外出中、オレしかいないよ。さっきからオレ達だけだろ」

 言われてみれば喫茶店なのに店員の一人もいないし、入り口を見ればガラス窓の奥にはOPENと書かれた看板が見える。通りに見えているのはその裏側、きっとCLOSEDと書かれているのだろう。

「で、なに?」

 誰が敵で誰が味方かもわからないこの世界で、自分がどうしてここに居るのかを話すのは、十倉にとって非常にリスクのある行為だ。しかし、目の前にいる三峰という男の子は、どうやら神野について情報を持っているらしい。十倉は期待される情報がリスクに見合うのか天秤にかけ、目の前にあったティーカップを摘まんで一口のみ、ティーカップを机に置き、中の紅茶の揺れが収まってようやく決心した。

「……あの、さ。すげー現実味のない話をするけど、本気で言ってるから、茶化さないで聞いてくれよ」

 

 ぽつりぽつりと呟くようにして始まった十倉の話しは、三峰の頭を悩ませるものだった。

「つまり、十倉は元社会人の男で、自宅の壁に開いた謎の穴を通ったらその体になってて、この世界に来た、と」

「まとめるとそういうことになるね」

「アニメ映画の原作でも書いたほうが良いんじゃない?」

「いやほんと、元の世界に帰ったら小説でも書こうかな」

 三峰は大きなため息をついて頭を抱えながら、十倉の話した情報をかみ砕き、その荒唐無稽な内容を飲み込もうとして四苦八苦している。誰だってそうなるだろう、十倉は三峰のことが少し気の毒になった。包み隠さず話すことを決めた十倉は、今さら外面を取り繕う必要を感じなくなり、リラックスした体勢で椅子に座って、三峰の言葉が続くのを待った。

「お前が、男? えぇ……どこからどう見ても女だけど」

 三峰の遠慮ない視線が十倉の体を這う。顔、胸、腕をなぞるようにして見られているのが分かる。それは好奇の視線というよりは、美術品の真贋を見極めようとしているようなものだ。セーラー服の胸元が僅かに押し上げられているところをジロジロ見られて、十倉は少しだけ気恥ずかしい気分になった。それをごまかすように、粗雑な身振りで返す。

「そりゃ、今の体は女だからな。カワイイ女子中学生で見た目は三ランクアップって感じ。元はどこにでもいる成人男性Cって感じだったし」

「犯罪とかするなよ」

「しないよ。金ならたんまりあるし、警察におびえながら暮らすなんて絶対に嫌だ」

「神野に変なこともすんなよ」

「しないって。お前の中の俺はどう映ってるんだ」

「セーラー服を着て中学校に通ってる異常成人男性」

「あのさぁ……俺だって好きでやってるわけじゃないんだよ? 元の体に戻って、元の世界に戻りたくてやってんの。じゃなきゃそもそも学校に通わずに、適当に好きなことだけして遊んでりゃいいんだから」

 三峰は十倉に怪訝な視線を向けており、信頼する様子は欠片も感じられない。一方の十倉は、男子中学生から詰められて少しだけ動揺した。十倉自身だって、自分が女の子の体で、女の子の恰好をして中学校に通っているのはどうかと思うし、それを指摘されれば胸も痛む。今だって、人前でセーラー服を着ているのが落ち着かないし、服を微かに押し上げる胸の感覚や、長い髪が頬にあたる感覚だって、思考にノイズを混ぜ込んでくる。しかし、それは十倉が望んでいるわけでは無いし、むしろ女の子として振舞うことを強いられて苦しんでいるくらいなのだ。十倉は三峰に好き勝手言わせるわけにはいかないと、グッと身を乗り出して言い返せば、三峰も言い方が悪かったと身を引いた。

「で、十倉が帰りたいことと、神野の身の上がどうして関係するわけ?」

「こっちに来る途中で、大人の女性の声で『神野を助けてあげて』ってお願いされたんだよ。自分のことを、人助けを進んで行う聖人君主だとは思ってないけど、それくらいしか行動指針が無くてさ」

 三峰はまた大きくため息を吐き、頭を掻いた。十倉が元の世界に戻るとかどうとかは別にしたとしても、十倉の言っていることを鵜呑みにするのであれば、神野は何かしらのトラブルに巻き込まれているということになる。三峰は目の前に座っている見た目美少女の信用ならない野郎にどこまで話すか悩み、まずは同級生の間では比較的知られていることから口に出した。

「分かった。とりあえず、オレが知ってることは教えてやるよ。……まず、あいつは元々片親だ。父親が居ないらしい。いつからとか、詳しいことはオレも知らないけど、それ関連で小学生のころ軽いイジメがあったからな。まぁ、あの頃の神野はナルシストというか……自分の容姿を結構鼻にかけてたところがあったから、神野にも悪いところはあったと思うけど」

「あれだけ可愛ければ、小さいうちはそういう振る舞いしてもしょうがない気もするけどね。元々片親で、母親が倒れててってことは、今の神野さんは独り暮らししてるってこと?」

「さあな。そこまでは知らん。別にオレは神野と親しいわけじゃないから、どこに住んでるかも知らないし、家族構成も知らない。ただ、両親共に頼れない状況にあるのは確かだと思う。で、母親が倒れてしばらくしてから、神野がアイドルデビューしたんだよ」

 十倉はそこに違和感を覚えた。両親が頼りにならなくなって、おそらく親戚かだれかの元に行ってから、アイドルのオーディションを受けた。そういうことになるが、それが少し引っかかる。別にやりたいならやればいいとは思うものの、それならもう少し早いタイミングでも良いだろう。なにか、神野にアイドルをやりたいと思わせるような出来事があったのだろうか。もしくは、アイドルをしないといけなくなったのか。

「なんでアイドルを始めたとか、そういう話は?」

「聞いたことがないな。神野はあまりアイドル関連の話をしなかったし、したがらなかったから。別に嫌々やっているような雰囲気でもなかったし、普通に過ごしてたけどね」

 正直言って、神野は三峰の感覚を信頼していない。男子中学生が女の子の機敏をどこまで察知できるかは怪しく、いくら三峰がコミュニケーション能力に長けていたとしても、所詮は子供のものだと疑っている。神野が何かしらの理由で、嫌々ながらアイドルをしていてもおかしくない。

「もしも、お金に困って無理やりとかだったら、アイドルを辞めさせればいいのかな。始めた理由じゃなくても、仕事をしていく中でトラブルに巻き込まれてるとか、辞めたくなったのに辞められないとか」

「どうだろうね。手っ取り早い方法なら、十倉もアイドルになればいいじゃん」

 それは、三峰から十倉に対しての、半分当てつけのようなセリフだった。さっきから悩む素振りは見せるものの、どこか自分事として受け取っていないような雰囲気のある十倉に苛立って口にしたものだったが、十倉は返す手札を持っている。

「まぁ、そうなるよね。用意はしてあるよ。まだ書ききれてないけど」

 十倉はスクールバッグからクリアファイルを取り出して三峰に渡した。十倉のポートレートとアイドルオーディションの申込用紙、書類審査用の自己PRシートなど。三峰の視線は申込用紙などの書類の上を滑り、黒のタンクトップとショートパンツ姿の、肌を多く晒した十倉の写真の上で止まった。

「神野さんの事務所のオーディション、受けてみようと思うんだ。正直、野郎相手に媚びを売るのはめっちゃ嫌だし、金に困ってないのに仕事をするのも面倒だけど、まぁ、潜入捜査みたいなもんだよね」

「……へぇ、まぁ、良いんじゃない」

 あからさまに、三峰の思考が肌面積の多い十倉の写真に奪われていて、十倉は目の前の男子中学生が少し可愛く見えてきた。思春期の男子なんて、ちょっと性欲を煽れば自分の思い通りに動かせる、そんな気がしてくる。十倉は悪いことを覚えた。

「ほかに知ってることとかある? 無いなら、三峰も神野さんがトラブルに巻き込まれてたり、何か困ってたりしないか調べてくれないかな」

「……お前のためじゃなくて、神野のためにやってやるよ」

「それでいいよ。ちなみにその写真、欲しい?」

「は? いらないけど。中身おっさんな奴の写真なんて、だれが欲しいか」

 一通り話し終えて、三峰はクリアファイルを十倉に返した。三峰の視線は最後まで十倉の写真を追っていて、エサを取り上げられた小動物みたいだな、なんて感じた。

 




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