青春トンネル~女子中学生になった一般社会人男性が元の体と世界に戻るためにアイドルをやる話~ 作:Sfon
喫茶店を出て三峰と分かれた十倉は、街中を歩きながら、十倉は己の言動を後悔していた。三峰からの信用を得るためとは言え、何でもかんでも話しすぎたかもしれない、と。
(この世界に来た経緯はともかく、元男だってことは話さなくても良かったよなぁ。元々の性別がどうかなんて他人からしてみれば関係ないだろうし。でもまぁ……)
チャットアプリに入っている唯一の連絡先、三峰のアイコンをタップし、『なぁ』と話しかける。すると、一分も経たない間に『なんだよ』と返ってきた。
『お前もアイドルやれば? ツラは良いんだから、受かる可能性結構あると思うけど』
『たとえ受かったとして、男性アイドルと女性アイドルの接点なんて無いだろ。お互い疑似恋愛を売り物にしてるんだから、良いことなんて無いし』
『同じ事務所に通えるだけでもいいんじゃない?』
『というか、星の彼方プロモーションは女性アイドルしかやってないぞ。最低限公表されてることくらいは調べておけば?』
暫く軽口を言い合い、今後の動きについて少し話し、会話が一区切りついたところで適当にスタンプを押して切り上げる。チャット履歴には旧知の仲かと思うくらいに親しみのあるやり取り、それを眺めた十倉は、満足気に笑った。
本屋に到着すると一直線に雑誌コーナーへ向かい、女子中学生や高校生が読みそうな雑誌を片っ端から籠に突っ込んでいく。これから十倉が女子中学生として、アイドルとして過ごしていくなら絶対に必要な知識がまとまっていると踏んで、勉強するために買いに来たのだ。しかし、どうしても『成人男性が女の子向けの雑誌を買っている』ような居心地の悪さがあり、周りの視線が気になってちらりと見渡す。すると。
(気にするだけ無駄だとは分かってるけど、チラチラ見られてるな)
傍から見れば、ただ年頃の女の子が雑誌を爆買いしているようにしか見えない、そのはずなのに、妙に周りの客が十倉を見ているのだ。男女年齢を問わず、ちらりと視線を向けられてはサッと逸らされる。最初は気のせいや自意識過剰かと思ったが、三回四回と見かけた時には胸の内でため息を吐いた。
(やっぱり、身振りがおかしかったりするのか? それとも、マジで俺が可愛いから?)
外を歩いていても、店で買い物をしていても、ずっと誰かしらから視線を向けられて落ち着かない。これが容姿の良い人の宿命だと言われればそうなのだろうが、十倉はいつまで経っても慣れる気がしなかった。
本屋で会計を済ませ、ついでに生活の上で必要な雑貨もいくらか買って帰宅した十倉は、リビングのソファーに寝ころびながら、買い漁った雑誌をペラペラとめくっていた。そのうちの一冊には神野の姿もある。夏物の服を紹介する特集の一ページに、彼女の写真が大きく映っていた。
(うわ、めっちゃいい扱いされてるじゃん。こうしてみるとやっぱり雰囲気がすごいな。周りもレベル高いから浮くほどではないけど、それでも違いは分かるし)
ネットで調べたから、神野がそれなりに有名なアイドルなのは分かっていた。しかし、十倉にとって中学生のアイドルという存在は、テレビで子供のころに少し見たくらいで、身近なものでは無い。大人になってからはアイドルや芸能人に対して興味を無くしたこともあり、中学生アイドルがどういったものか、いまいち掴めていなかったのだ。しかし、実際に見てみれば、すぐに理解できた。雑誌上での神野の扱いはまさしく芸能人で、中学生だからと言って軽視されている雰囲気は一切ない。
(うーん、どれもマジで可愛いな。大人になったらさぞかし美人になるだろ)
改めてスマホで神野柚奈の名前を検索してみれば、すぐに記事がヒットした。『可愛すぎる小学生アイドル神野柚奈』というタイトルがつけられたその記事を開くと、テレビ番組に出演したときの動画や、小学生向けの雑誌に特集が掲載された時の画像が載っていた。少し前に書かれたものだが、今の十倉と見た目はほとんど変わらない。
ただ、記事自体はいたって普通だったが、コメント欄は中々なもの。性的なものとして見ている気持ち悪いコメントや、それに過剰反応しているコメントなど、なかなかカオスになっていた。このままとんとん拍子で話が進んだら、十倉もこの道に足を踏み入れることになるわけで、決して他人事だと放っておくわけにはいかない。
(俺もアイドルになったら、こんな目で見られるのかな。まぁ、そうなるよなぁ……。しょうがないって分かってるけどさ)
十倉は元々男だっただけに、男の性欲の対象の広さは良く分かっている。小学生から叔母様まで、誰かの性癖にはハマっているのだ。当然今の十倉だって、誰かからはそういう目で見られることだろう。黒髪ロングの女の子なんてあまりにも王道だから、少なくないロリコンたちの琴線に触れること間違いない。それを考えると気が重くなってくるが、元の体と世界に戻るためにはきっと必要なのだと、自分に言い聞かせた。
雑誌を読んで勘所をつかんだ十倉は、オーディションの自己PR用紙の記入欄をすべて埋めて、ポストへ投函。その足で地元の図書館へ向かった。近所の図書館は一般的な本のほかに、新聞や雑誌などの出版物も蔵書しているらしいのだ。ネットで調べれば、神野の所属している『星の彼方プロモーション』についての記事が雑誌に掲載されている情報が転がっており、その記事を読まない手は無い。どうやら良くない噂があるらしいのだ。
午後四時を回ったくらいの図書館は、地域の学生やおじさまおばさまでそれなりに賑わっていた。十倉はまっすぐに雑誌コーナーへ向かい、目当ての週刊誌を探す。しかし、読みたい雑誌シリーズは確かにあったが、読みたい記事の掲載されている巻だけが、きれいに歯抜けになっていた。
(ちょっと妙だな。雑誌は貸し出ししていないはず。誰かが故意に持ち去ったか)
誰かなんて、今の状況だけを考えれば『星の彼方プロモーション』関連の人に違いない。よほど都合の悪いことが書かれているのだろう。目的の本が無ければ図書館に用は無いが、せっかく来たのだからと館内を一周することにした。結局、図書館ではまともな情報が手に入らず、十倉は肩を落として帰宅した。
夕方、三峰が自宅でのんびり漫画を読んでいると、十倉からチャットが届いた。
『図書館で芸能事務所について調べようとしたんだけど、記事の載ってる巻だけ置いてなかったわ。同じ雑誌のの他の巻は大体全部置いてあったのに』
『なんだそれ。誰かが抜き取ったってことか?』
『わからん。司書さんに聞いてみたけど、蔵書には含まれているし、貸し出ししない本だから、どこかに紛れ込んでるかもとか言ってた』
『その雑誌、詳しく教えてくれるか? 明日の放課後、国会図書館で見てくるわ』
国会図書館には、日本で出版されたすべての出版物が収められているから、きっとその雑誌もあるだろうと見当がついた。十倉は『どうして気付かなかったんだろう』とかグチグチ言っていたが、それは聞き流して十倉が読もうとした雑誌の名前と巻数を聞き出す。十倉は元々男だと言っていたが、その話の長さは何となく女の子っぽいと、三峰は感じた。ネットでその雑誌について調べると、表紙くらいはすぐに見つかった。しかし、肝心の記事については、雑誌に掲載された中でもかなり小さい部類のようで、題名すら分からない。
(十倉は、どうやってこの雑誌に有益な情報があるって分かったんだ?)
きっと嘘はついていないのだろうが、その根拠が気になって聞いてみると、ある掲示板サイトのアドレスが送られてきた。二年ほど前に建てられたスレッドで、星の彼方プロモーションに所属していた中学生アイドルの一人、双葉町木乃美が引退すると、ちょっとしたニュースになったころのものらしい。その引退がどうにも妙で、アイドルが引退する時にはお約束になっている『卒業ライブ』のようなイベントが一切なく、事後報告の形で突然発表されたという。それについて調べた記事が、例の雑誌に載っているようなコメントがされていて、それをもとにしたと十倉は話した。
(確かに、最後の稼ぎ時を逃すなんて、ちょっと変か? でも、何か事情があって辞めたのなら、仕方ない気もするけど)
そこまで考えて、三峰の頭に少し嫌な仮説がよぎった。もしもその『事情』がまともなものでは無く、神野にも襲い掛かるようなものだとしたら。例えば──。
(いや、想像するのはこの辺りまでにしておこう。どうせ明日記事を読めるんだし)
三峰は頭を振って嫌な妄想を振り払い、明日向かう国会図書館について調べることにした。
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