青春トンネル~女子中学生になった一般社会人男性が元の体と世界に戻るためにアイドルをやる話~   作:Sfon

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虚勢

 翌日。特別なことも起きず、一日の授業が終わって放課後を迎えると、十倉は帰る準備をしている三峰の席の席まで行って、彼の肩をポンポンと叩いた。

「ん? あ、十倉か。どうかした?」

「国会図書館行くんでしょ。私も行く」

 十倉の中身が一般社会人男性だと分かっている三峰にとって、女の子のふりをしている今の十倉の振る舞いは、それはそれで奇妙だった。口調の端々には男っぽさを感じるのだが、大半は敬語で覆い隠されているし、見た目が紛れもなく美少女なせいで、むしろ魅力にまで思えてくる。三峰は少しだけ動揺した。

「あー、そうする? 別にいいけど。確かにそのほうが話が早いか。ちょっと待ってな」

 既に帰る準備を済ませた十倉が、三峰が自席に座っている隣で立って待っている。その光景はクラスメイトの目を惹くのに十分なものだった。どちらも学年どころか学校全体で見て一二を争う容姿をしており、思春期真っただ中の男女にしては随分と距離が近く見える。しかも、その両名は同じ小学校だったわけでもなく、何なら女の子の方は遠いところから引っ越してきたというのだ(後者に関しては、十倉が広く伝えたわけでは無いが、耳にした生徒から既にクラス中へ広がった)。

 十倉と三峰の様子には、席の近い神野も当然気付いている。彼女も帰る準備をしながら、そしてそれが終わってからもしばらく席を立たずに、二人の様子をうかがった。

(三峰のやつ、もう新しい女を作ったの? いや、それにしては十倉さんの雰囲気が妙に親し気というか、気の置けない仲って感じだし)

 神野にとっての三峰は、いつも女の子と楽しそうに話しているプレイボーイのイメージが強かった。彼は抜群に容姿が良く、話も下手ではない。それだけで同級生の女の子が寄っていくから、遊び相手には困っていない様子だった。その割には彼女を作った噂を聞かなかったが、相手を固定するのが嫌だったのだろう、と神野なりに納得できていた。

(三峰が女と話慣れてるのは分かるけど、十倉さんもそっち側だったなんて意外。……いや、というか、三峰、そもそも男として見られてない感じなのかしら)

 三峰と話す女は皆、自分を良く見せようと必死になるのが普通だった。相手が三峰なのだから当然のことなのだが、十倉にはそういった素振りが全くない。それどころか、まるで同性の友達と接するような雰囲気だ。はしたなく大口を開けてあくびをしたり、退屈なのか左右に揺れたり、もう少し取り繕ったっていいじゃないかといいたくなるほど。

(二人とも、中学からの知り合いよね。まだ会って三日とかなのに、随分と仲が良くなったみたいじゃない。二人の間で何かあったのかしら。それこそ、映画や小説みたいなハプニングとか……そんなこと起きてたら、ああやって普通に接せられるわけないか)

 神野はそう結論づけると、二人を横目に教室を出た。もう少し様子を眺めていたかったが、今日も仕事があるのだ、あまりのんびりしているわけにもいかなかった。

 

 三峰の準備ができると、十倉たち二人は揃って学校を後にし、国会図書館へと向かった。時刻は十六時をまわったところ、東京行きの電車はまだ比較的空いており、何とか二人並んで座ることができた。長い椅子の端の二席、そのうちドアに近いほうを空けて、奥に三峰が先に座る。続いて十倉が空けてもらった席に座ると、ニヤニヤした笑みを浮かべて三峰に囁いた。

「気遣いできてんじゃん。中学生なのに偉いぞ~」

「うっさい。前を歩いてるんだからやるだろ、普通に」

 三峰は少しめんどくさそうに十倉をあしらった。小柄な十倉とそれなりに背の高い三峰、身長差からできる自然な彼女の上目遣いに、少しだけ胸が高鳴ったなんてバレたら、一体どれだけ揶揄われるだろうか。三峰の内心は穏やかでない。

「っていうかさ、三峰は結構女慣れしてるよね」

「まぁ、小学校の頃から女が寄ってたかってオレに話しかけてきてたから、自然と慣れた」

「うわ、そんなセリフ言ってみたいわ~。羨ましすぎ」

「下手に一人に構うとつけあがって彼女面されるから、いい感じに好感度調整しないとクラスの女子間でギスるけどそれでも?」

「あ~……いや、う~ん……」

 十倉からしてみれば同性の気軽に話せる相手と楽しく会話しているだけだが、周りに聞こえないように、お互い耳元でこそこそと喋るその様子は、傍から見ればカップルのやり取りそのもの。そして三峰にとっても、十倉を同性の相手として見ることは簡単では無かった。十倉がここに居る背景は聞いた。元の世界では一般社会人男性だったことも聞いた。しかし、目の前に居るのはどう見てもかわいらしい同級生の女の子なのだ。しかも今までで見てきた中で一二を争うくらいの。一番可愛いのは神野だと言い切れるが、それに極限まで迫っている彼女を、彼として見るのはとても難しい。

 長い黒髪が揺れる度に、シャンプーのいい香りが漂ってくる。耳元で囁かれる度に、肩へ彼女の華奢な体が当たる。思春期の異性間ではまずありえない距離の近さに、心を揺さぶられる。女子と会話できるように見始めたドラマのこと、女の子の話題を知るために読んだティーン雑誌のこと、アイドルのオーディション用に写真を撮ったこと、楽しそうに話す十倉の笑顔は屈託のないもので、これの中身が成人男性だなんて誰が思うだろうか。

(俺相手には男口調でしゃべってくれるからまだマシか。これで猫被られてたら……被られてたら、なんだ?)

 三峰は女の子と接するのにある程度慣れているが、それはあくまで普通の女の子相手の話。十倉を相手しながら平静を装うためには、強く自分を律しないといけない。相手は男、相手は男と言い聞かせて、同性と話しているときの振る舞いを意識し続けた。

 

 四ツ谷駅で乗り換えて国会議事堂前駅へ。乗り換えのために駅構内を歩いているときも、乗り換え先の電車に乗ってからも、相変わらず十倉は三峰にニコニコと話しかけ続けた。泳いでいないと死んでいるマグロみたいだな、なんて三峰は感じて、ふと思う。

(そういえばこの人、俺以外に本音で話せる相手がいないのか)

 一人でこの世界にやってきて、女の体になって、年も若くなって、『神野を救え』と神託だけ下されて、どんな気持ちだったのだろう。どんな気持ちで今を過ごしているんだろう。もしも自分がそんな状況になったら、すぐに立ち上がって見知らぬ誰かのために奔走できるだろうか。

「なぁ、十倉」

「ん、なに?」

 思わず十倉に何かを言おうとして、話しかけて、止まる。今まで聞き役に徹していた三峰が口を開いたから、十倉は三峰のことを見上げて話を聞く体勢に移る。しかし、なかなか三峰が話し出さないから不思議に思って、首をかしげた。一方の三峰は、口を開いたものの、何を言いたかったのか分からなくなって、適当に話を繋いで、主導権を十倉に返す。

「……一人でしゃべりすぎ。ちょっとは俺にも話させろよ」

「あ、わり。てか急にどうしたん? なんか話したいことでもある?」

「別にないけど」

「なんだよそれ。あ、そういえばさ、昨日──」

 十倉にターンを渡せば、また楽しそうに話し出す。それを見て少し安心した三峰だったが、自分が無意識のうちにした行動に対して、内心では動揺していた。

(俺は今、何を言おうとした?)

 寄り添うような慰めの言葉なのか、背中を押すような励ましの言葉なのか、どちらも今の自分が十倉に掛けられる言葉ではないような気がした。その疑問が頭によぎってから、十倉の顔がどこか引きつっているように見え始めた。さっきまでと同じ、にこやかな表情であるはずなのに、必死さのようなものが見え隠れしている気がする。それに気づくと、今度は言葉がすんなりと出てきた。

「な、十倉」

「ん、今度は何?」

「色々大変なんだろうけど、俺は十倉の事情をそれなりに知ってるし、その、なんだ。気楽に話してくれよ。できることなら手伝うからさ」

 十倉は三峰の言葉を聞くと、僅かに目を見開き、少しだけ黙って、また笑った。

「ありがと。でも大丈夫だって、こっちの中身は大人なんだから。心配しなくても大丈夫」

 三峰は、大人という存在を、『立派な人』だと思っていた。自分でお金を稼ぎ、社会に対する責任をもって人生を歩む、立派な存在だと思っていた。自分たち子供よりも賢く、頼りになる存在だと思っていた。

(大人って、何なんだろう)

 今の三峰には、目の前の十倉が、虚勢を張っているただの女の子に見えた。




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