青春トンネル~女子中学生になった一般社会人男性が元の体と世界に戻るためにアイドルをやる話~   作:Sfon

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自認

 国会図書館に着いた二人は、早速目的の雑誌の閲覧を申込み、カウンターで雑誌を受け取った。普通の図書館のように本が並べられているわけでは無いことに十倉は少し驚いたが、あまりに多い蔵書の管理と盗難対策を考えた結果がこれなのだろうとすぐに納得した。

 館内に用意された閲覧室の席に二人並んで座り、二冊の雑誌をそれぞれ読み始める。あたりにはいくらか利用者がいるものの、国会図書館まで来ているくらいに本が好きな人達はマナーも良く、かすかに聞こえる足音はすぐに意識の外へ出ていった。

 読み進めること十分ほど。先に目的の記事を見つけたのは三峰だった。内容をざっと読むと、十倉の肩を軽く叩き、雑誌を差し出す。そのページには、星の彼方プロモーション所属のアイドル、双葉町木乃美の引退について調査した記事が小さく載っていた。

「これ、十倉が言ってた記事だよな」

「あ、そうそう、これ。なんて書いてある?」

 雑誌を少し差し出したくらいでは読みづらかったのか、十倉が三峰の方に体をぐっと寄せて雑誌を覗き込む。髪が揺れ、シャンプーか何かのいい香りがふわりと漂い、三峰は反射的に十倉から距離をとって雑誌を押しやった。

「おっ、ありがと」

 雑誌を差し出してくれたことに対して、記事に視線を向けたままお礼を言う十倉。その一方で三峰は彼、もしくは彼女の横顔を思わず眺めていた。あどけない顔つきながら、目付きや表情はどことなく凛々しくて、中身が成人男性であることを定期的に忘れてしまうくらいに魅力的なのだ。数秒間はその顔に見入ってしまい、それを自覚した三峰はひっそりと深呼吸して気持ちをリセットすると、さっきまで十倉が読んでいたもう一方の雑誌を引き寄せた。

(忘れるな、こいつは男、騙されちゃいけない。神野を差し置いてこいつに浮気するとか、絶対あり得ないぞ)

 三峰にとって一番大切なのは神野だ。小学生の頃からの付き合いで、仲良くしてもらっているとまでは言えないものの、彼女に危険が迫ったり、居なくなってしまったりするかもしれないと考えると、胸が苦しくなるくらいには、三峰の中で大きな存在だった。

 

 十倉が読んだ記事の内容は、掲示板に書かれていた情報と大差なかった。家庭の都合で引退することが発表された、中学生アイドルの双葉町だが、事務所のホームページで簡単に発表されたのみで、引退ライブもしなければ関係者からのコメントもない。最後の稼ぎ時を使わない事務所はどういうつもりなのか、という内容だ。

 しかし、記事にはもう少しだけ続きがあった。そのアイドル、双葉町は過酷な労働環境に置かれており、今回の引退は心身ともに限界を迎えた末のもので、引退ライブをするような余裕が残っていないのではないか、というものだ。その証拠として、連日深夜に事務所から出てくる双葉町の姿をとらえた写真が添えられている。また、通っていた中学校にも登校しなくなり、彼女が今どう過ごしているか全くつかめないことも、この話の真実味を増していた。

 雑誌が発行されたのは五年前の夏。そんなに昔の話ではない。事務所が従業員の扱い方をすぐに変えるとは思えないし、未だにアイドルへ高圧的な姿勢で仕事をさせているかもしれないと考えると、神野が何かしらのトラブルに巻き込まれていてもおかしくないだろう。

(でも、案外現実味のある話だったな。こういう雑誌に載っている記事って、もっと突拍子もないものだと思ってたけど)

 周りの記事もざっと眺めてみたが、これ以上の情報は特に載っていないようだ。もう一方の雑誌はどうかと、十倉は三峰に雑誌を返すついでに様子をうかがうと、既に目的の記事を見つけて読んでいるところだった。十倉は三峰の邪魔をしないように、横から覗き込む。

 その記事では、先ほどの記事よりももう少しスケールの大きな話がされていた。星の彼方プロモーションと、地元の中学校である高倉中学校が裏でつながっている、という噂だ。アイドルとして有望な生徒を高倉中学校の教員が見繕い、勧誘して事務所に売り込む。事務所が生徒をアイドルとして採用したら、斡旋費用として事務所から中学校にお金が入ると書かれていた。

 そして、中学校から事務所への推薦はかなり合格可能性の高いルートらしく、我が子をアイドルにするために、中学校へ多額の寄付をする生徒の親もいるらしい。それが高倉中学校を出身校とするアイドルが最近多くなっている理由であり、高倉中学校の財布が潤っている理由でもあると述べられている。

(これが本当だったら、ちょっとした事件だけど……)

 神野がアイドルになったのは小学五年生のころ。高倉中学校に入学する前から事務所に入っていたのだから、神野とはあまり関係のない話に見えた。せっかく国会図書館まで来て雑誌を調べたのに、大した収穫は無いのか、と落胆していた十倉だが、記事の最後に小さく載っていた、記事を執筆した記者の名前を見た瞬間、目を見開いた。数呼吸の間をおいて、十倉は鞄から財布を取り出し、中に入っていた名刺の名前と記者の名前を照らし合わせる。五ノ沢夏音。つい先日十倉が写真を撮ってもらった、街の写真館のカメラマンの名前がそこにあった。

 

 雑誌を読み終えた十倉と三峰は、図書館で記事のコピーを取ってもらうと、今日のところはひとまず帰宅することになった。時刻は午後五時近くになっており、今から帰宅すると三峰の門限にちょうど間に合うくらいらしい。

(人の家庭に首を突っ込むつもりは無いけど、中学生男子で門限六時って、結構厳しめだよな?)

 十倉は門限についてあれこれ言われた記憶がなく、三峰の家の事情が少しだけ気になったが、すぐに興味をなくして新しい話題に移る。

「そういえばさ、図書館の中であんまり騒ぐのは良くないと思って言わなかったんだけど、さっきの記事を書いた人、俺知ってるっぽいわ」

 驚かせたくなくて、できるだけなんでもないことのようなトーンで話した十倉だったが、三峰はそれを聞くと十倉に顔を向けて目を丸くした。十倉が記者と会ったことがあるなんて、今後の行動に影響するくらい大きな情報だ。もう少し聞いてみれば、その記者は今カメラマンをやっていて、十倉がアイドルのオーディションに申し込むための写真を撮ってもらったときに知り合ったらしい。

「なんで今言うんだよ。そういうのはさっさと教えてくれればいいのに」

「絶対騒ぐじゃん。今言ってるから許してくれよ。で、ちょっとこの後、話を聞いてくるわ。もしかしたら記事にできなかったこととかあるかもしれないし、教えてくれるかも」

「それ、一人で行って大丈夫か? オレもついて行った方がいいと思うし、明日とかにしない? 今日はちょっと厳しいからさ」

「うーん、話を聞いてくるだけだしなぁ……」

 十倉は心の底から何も心配していなかったのだが、三峰は違った。あまりに警戒心のない十倉に怒り半分、呆れ半分な心持ち。大きく溜息をつき、その反動で深呼吸をして、感情が乗りすぎないようにしてから口を開く。

「あのさぁ、今のお前がどういう体してるか分かってる? 何かあったら中学生の女なんて簡単に捻り潰されるって。聞いた感じ、大っぴらに記者をやってる人って言うよりは、隠してるって方が近いんだろ? 何か事情があるなら、藪蛇かもしれないじゃんか」

「それはまぁ、そうかもしれないけどさ。相手は女だよ?」

「だから、お前も女だって。大人に勝てないの、分かる?」

「うーん、まぁ、それもそうか」

 十倉はイマイチ納得がいっていない様子で、三峰は気を揉んだ末、荒療治しようと考えて十倉に提案する。

「じゃあさ、オレが十倉のことを捕まえようとするから、そこから抜け出して見ろよ。それができるんなら、一人で聞きに行けばいいさ。同い年の男なんだから、大人の女と比べればそう変わらないだろ?」

「なんだそれ、まぁ、やってみるだけやってみるか」

 駅に向かっていた足を一旦止め、通行人の邪魔にならないように道の端に寄る二人。向かい合って立つと、頭一つ分ほど背の高い三峰が、十倉を見下ろす形になった。十倉はその身長差に多少慣れたものの、やはり威圧感は感じる。少しだけ怖気づいている十倉を睨みつけた三峰は、ぼけっとしている十倉の手首を掴み、グッと引き寄せた。十倉の手首は細く、一度握ればそう簡単に逃がさないと確信できるほど。十倉はそこから逃れようとするが、固く握られた三峰の手からなかなか抜け出せない。

(うわ、結構力強いな。これだけ引っ張ってるのにビクともしない。ただまあ、股間でも蹴り上げればいい話だろ)

 蹴る振りをして驚かせてやろう、と十倉が足を引いたその時、三峰の開いている方の手が十倉の肩をつかみ、グッと引き寄せて十倉を背後から羽交い締めにした。自分より背の高い三峰にされることで、十倉の足は半分宙に浮き、体勢を整えることもできない、そのまま数歩後ろに引っ張られ、転びかけたところで拘束が緩んだ。

 十倉が体勢を立て直すまで体を支え、ゆっくりと離れる三峰。ちょっとやりすぎたかな、流石に怒られるかな、と内心穏やかでなかったが、十倉は随分としおらしい態度になって、服の乱れを直していた。その態度があまりにも普通の女の子に見えて、三峰は不覚にも胸を高鳴らせてしまった。それを取り繕うために、あえて強めの口調で十倉に言ってやった。

「ほら、無理だろ。自覚してないんだろうけど、今のお前は非力なんだから、危ないことはやめとけって」

「わ……わかった。その、すまん」

「いいって。というか、こっちもちょっと荒っぽいことして悪かったよ」

「いや、おかげで理解できたし。それに、ほら、俺の体をべたべた触れて良かっただろ?」

「やめろって、いくら見た目が可愛い女の子だからって、十倉は無いわ」

 気まずい雰囲気を蹴散らすように軽口を言い合いながら駅に向かい、最寄り駅で降りて自宅へ。三峰は十倉を送っていくと言い、さっきの一件もあって十倉はそれを断らなかった。今の十倉は不審者に襲われてもおかしくないくらいに容姿が良く、複数人で行動できるならしたほうが良いだろうと、素直に理解できたのだ。無事に十倉が自宅に着いたのを見て、家の前で二人は解散した。

 

 別れてから、十倉は先ほど三峰に羽交い締めにされたことを思い出して、少しドキドキしていた。まさか自分の力があそこまで落ちているとは思っておらず、自分を包み込むほどに大きい三峰の体にも動揺したのだ。相手は所詮中学生のガキだと、心のどこかで舐めていた部分があったのだろう。

(もしかして、三峰と二人で行動してるのも結構リスクというか、あいつを信頼してるってことになるのかな。二人きりで喫茶店で話してるとき、何か乱暴されたらまともに抵抗できないだろうし、ひょっとして結構危ない橋を渡ったのか?)

 初めて会ってからまだ数日しかたっていないのに、十倉にとって三峰は心の置けない仲といってもいいくらいの存在になっていた。それは自分の秘密をさらけ出している唯一の相手であり、精神的に同性で接するのに気を遣わないで済むからだ。この世界で自分を偽らなくていい相手はそう簡単に増えると思えず、それができる三峰のことはとても大切な存在だった。

(今後は、できるだけ三峰と行動したほうが良いか。あいつの言っていることはもっともだし、今の俺は子供で女だって自覚しとかないとな)

 自室に戻り、部屋着に着替えるためにセーラー服を脱ごうとすると、そこで自分の体に意識が向かう。まだまだ慣れる気配のない、女の子の体。服の上からでも微かに見て取れるくらいには膨らんだ胸と、スカートから延びる肌のきれいな足。何となく手を胸元に当てれば、下着に覆われた脂肪の感触が伝わってくる。

(今の俺、見た目だけは立派な女の子なんだよなぁ……)

 アイドルのオーディション用に写真を撮った時、散々思い知らされたことではある。しかし、ふとした瞬間、何か行動方針を決めようとするときなどに、それが抜け落ちてしまうのだ。まだ無意識的なところまでは染みついていないということだろう。

(そりゃそうだよ、俺はあくまで男で、外側が女の子になっただけなんだから)

 女の子の体になったせいで、思考まで女の子に染まったわけでは無いことを示していると考えれば、少しだけ前向きに捉えることができるだろう。自分は女の子になりたいわけでは無く、体が女の子になってしまったから、しょうがなく女の子として振舞って生活しているだけで、中身は成人男性なのだと言い張る気概を持ち直した。

 

 十倉が気持ちを新たにしていた一方で、十倉を見送って自宅に帰る途中の三峰は、十倉の華奢で小さな体を思い出して鼓動が早くなっていた。言動が完全に男なおかげで、話している分には声の可愛い男だと思い込めたが、その可憐な容姿を見れば惑わされ、ましてや体に触れれば中身が男なんてことはどこかに消え去った。男ではありえない線の細さと肌の感触に、反射的に距離を置きたくなるほど。

(でも、それはそれで十倉が嫌がるだろうしなぁ)

 十倉は自分が女になったことを利用してからかってくるが、それがどうしても空元気にしか見えなかった。力比べでロクに抵抗できないと分かった時も落ち込んでいたし、家まで送っていくと申し出た時も全く抵抗されなかった。少しくらい、形だけでも嫌がりそうなものなのに。

(オレくらいは、あいつが男だって認めて、見た目で嫌な思いをしないように守らないと)

 女の子の見た目をしているんだから行動には気をつけろ、そう注意したのはあくまで十倉のことを思っての発言だ。自分が大人の男だという前提で不用心な立ち振る舞いをすれば、いつか痛い目に合うのは目に見えている。トラブルに巻き込まれる前に、自分が周りからどう見えているかはしっかり自覚してほしかった。

(できれば、しゃべるときとか、めっちゃ距離近いのも何とかしてほしいけど……流石にそれを直接伝えるのはキモいって思われるよな)

『彼』が動くたびに長い髪からいい香りが漂ってきて、三峰は反射的に身構えてしまう。今まで何かにつけて擦り寄ってきた、強かな女の子たちの記憶が思い起こされて、無意識のうちに警戒してしまうのだ。『彼』の中身は男だと頭では分かっているつもりでも、身に染み付いている女性への不信感が邪魔をする。

(あいつが男だって思えるようになる何かがあればいいんだけど)

 それが見つかるまでは『彼』の言動に悩まされることだろうと、三峰は深いため息をついた。

 




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