青春トンネル~女子中学生になった一般社会人男性が元の体と世界に戻るためにアイドルをやる話~   作:Sfon

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ハーメルン、投稿開始します。


初登校

 あたりには通勤途中のサラリーマンの他、ご近所さんがまばらに歩いているが、それらからの視線を気にする暇は無かった。もしかしたらスカートが捲れているかもしれないが、そんなものこの状況ではどうでもいい。とはいえ、ズボンに比べれば随分と走りにくく、風を受けてスカートが足にまとわりついて邪魔でしょうがない。そして、長い髪と少し膨らんだ胸も走るのを邪魔していた。横風が吹けば髪が顔にまとわりつくし、胸は上下に揺れて気になる。慣れないローファーを履いていることもあり、思うよりずっと走りにくい。

(目を覚ましたら体が縮んでるし、性別は変わってるし、学校には遅刻寸前だし、なんで俺がこんな目に……!)

 なるべく気にしないようにしていたが、周囲の人々からは変なものを見る目で見られているのが、何となく伝わってくる。十倉だって、女の子が全力疾走していたら、一体何事かと見てしまうに違いないと理解できた。更に言えば、今の十倉はただの女の子ではない。元々男の体で、後天的に今の体になったからこそ、自分が『可愛い女の子』だと胸を張って言い切れる。それは視線を集めて当然だろう。十倉が学校に着いたころには、心身ともにすっかり疲弊していた。

 

 高倉中学校の正門についたのは八時二十七分、教室までの道のりを考えればかなりギリギリのタイミングだ。正面玄関に駆け込み、上履きに履き替えて廊下を進む。さすがに校内を走るわけにはいかず、廊下に張り出されたクラス分けの表と自分の学生番号を照らし合わせ、できる限りの早足で自分の教室に向かう。廊下にはトイレにでも行っていたのだろう生徒が数名いるだけで、大半の生徒は教室の中にいるようだった。チャイムが鳴る直前なのに、鞄を持って教室の外にいることへ居心地の悪さを感じながら廊下を進むと、何とか集合時刻までに教室へたどり着いた。

(一年二組……ここか。ふぅ、ちょっと、流石に一度息を整えよう……)

 できる限り急いでやってきただけあって、額には汗が浮かんでいるし、呼吸も荒い。鞄からハンカチを取り出して汗をぬぐい、何度かゆっくり深呼吸をし、ボサボサになった髪を手櫛で軽く整える。体に張り付く下着が汗で湿り、髪がうなじに張り付いて、どうにも気持ち悪い。髪の毛を持ち上げ、セーラー服の前を摘まんで、ふいごのように風を服の中に取り込む。

(長い髪、見ている分には可愛いんだけど、いざ自分のものになると結構鬱陶しいな)

 まだ体の熱は引かないが、廊下でゆっくりしている余裕はない。ある程度呼吸が落ち着いたところで教室に入った。教室の時計を見れば集合時間の一分前、ギリギリだが何とか間に合ったと分かると、十倉はホッとため息をついた。

(良かった。初日から遅刻するとか、絶対ずっとイジられるからな。で、俺の席は……)

 黒板に張られた座席表を確認すると、十倉の席は窓際の一番後ろから一つ前の席だった。比較的後ろなのはクラスメイトからの視線が少なくて助かると、十倉はホッとして振りむき、自席に向かおうとした。その時だった。何気なく教室を見渡すと、クラスメイト達の視線の多くが十倉に向いていたことに気付く。

(ヤバっ、もしかして変な恰好してるのか? 一度トイレで身だしなみチェックでもしたほうが良かったか。でも、そんな時間なんて無かったし……)

 十倉は途端に肩身が狭くなった気分になり、うつむいて周りと視線を合わせないようにしながら自席に向かった。鞄を机の上に置き、無造作に椅子へ座る。ミニスカートと言うほどでもない丈のスカートが、ぐしゃっとシワになったのには気づいておらず、その一方で、足を閉じると太もも同士が直接くっついたり、足が服で包まれていないのが気になってしかたがなかった。

 

 そんな様子を、近くに座っている男子生徒たちはしっかりと目撃していた。教室に入ったその瞬間から、まるで美術品のように可愛らしく、美しい容姿をした十倉に視線を奪われた彼らは、当然彼女のことを目で追いかける。そんな中でスカートが少しでも浮き上がれば、その中が見えるかもと期待してしまうのは当たり前のことだろう。その後も、あたりを気にして落ち着かない様子の十倉の姿は、なんだか小動物のようで愛らしく、男子生徒たちは十倉に釘付けだった。

 しかも、十倉はクラスメイトに見られていることをすぐに忘れ、無防備な姿を晒した。席に座ってじっとしているとまた汗が滲み、それで湿った首筋に髪の毛が張り付いて気持ち悪く感じた十倉が、たまらず鞄に入っていたハンカチで汗を拭くと、髪で隠れていたうなじが現れて男子生徒たちの胸を高鳴らせる。制服の胸元を摘まんでパタパタと風を送り込めば、鎖骨や胸元が覗いて男子生徒たちの視線を離さなかった。

 

 高倉中学校は、地域でも比較的優秀な子供が集まるとされている、名の通った私立中学校だ。二十数年前から共学になったものの、今でも女子人気は高く、その一因に『有名女性アイドルを数多く輩出している』ことがある。学校でアイドルに向けた授業やカリキュラムがあるわけでは無いのだが、ここ数年活躍しているアイドルは、高倉中学校の出身者が多いのだ。そのせいで『高倉中学校は芸能界とコネがある』などと噂されており、アイドルを目指す子に人気がある。そして、その影響で男子人気も高い。アイドルを目指している、見た目に自信のある女の子が集まる学校なのだ、あわよくばお近づきになりたいと男子が集まるのも不思議ではないだろう。

 そんな高倉中学校の一年二組は、朝から盛り上がっていた。今時の若者の間で人気の小学生アイドル、今日からは中学生アイドルの、神野柚奈が教室に居たのだ。プラチナブロンドのミディアムヘアにヘーゼルグレーの瞳、鋭い目付きは強気な雰囲気で、少し威圧的な印象を周りに与えている。しかし、それを大きく上回るほどの容姿の良さで、普通の生徒とは住んでいる世界が違った。

 神野が芸能活動を始めたのは小学五年生のころ。ファッション雑誌の子供モデルとして人気を集めると、『星の彼方プロモーション』という芸能事務所からスカウトされてアイドルデビュー。それからはアイドル活動を本格的に行い、歌も踊りもこなせる実力派小学生アイドルとして、テレビ、インターネット、雑誌など媒体を問わずに活躍していた。そんな女の子が教室に居るのだから、話題にするなというほうが難しい。

 当然、神野にも見られている自覚はあった。ジロジロ見られることも、何なら話しかけられることも想定済みだったから、できるだけギリギリに登校し、席に着いた。それからは机の上に並べられていた新しい教科書や、プリント類を眺めながら、先生が来るのを待っていた。その時、教室が一気に静まり返ったことに気付き、ふと顔を上げると、クラス中の視線が教室の前方、入り口の方に向かっている。その視線を追うと、一人の少女が立っていた。

 走ってきたのだろうか。その少女は髪が乱れていて、顔には汗が浮かび、息も少し荒いし、顔もほんのりと赤い。見ようによっては少し扇情的にも感じられるその様子も相まってか、クラス中の視線が彼女に釘付けになっていた。長く艶やかな黒髪、宝石のような碧眼、そして少し大人びていながらもあどけなさを残した顔立ち。芸能界にかかわって目の肥えた神野をもってしてみても、悪くないと言い切れる容姿だった。しかし、神野はそれを見て面白くないものを見た気分になった。

(ふぅん……あの子、可愛いのにもったいないわね)

 見た目はすぐにでも芸能界で通用するものなのに、歩き方をはじめとした身のこなしはまるで男の子みたいだし、髪はボサボサだし、女の子としての恥じらいも感じられない。中学生にもなれば流石に自分の容姿が良い自覚を持っているだろうに、見た目に対してあまりにも無頓着だった。

(もうちょっとちゃんとした子だったら、誘ってあげてもいいんだけど。しばらくは保留かしら)

 黒板に張られた座席表で自分の席を確認し、振り向いた十倉は教室中から向けられる視線に暫し硬直していた。人から向けられる視線に今更気付き、しかもそれらに慣れていない様子は、彼女の容姿を鑑みれば違和感すら覚える。

(あれだけの見た目をしてるのに、見られるのに慣れてないなんて。もしかして、今まではお屋敷の中で暮らしていたお嬢様……なわけ、ないわよね)

 親が学校に通わせないほどの箱入り娘なら、それ相応の立ち振る舞いを教え込まれているだろう。しかし彼女の立ち方や歩き方、振り向き方は、どれも素人のソレどころじゃないレベルで酷い。神野の隣の席に彼女が座ったときも、スカートを整えることすらしなかったのだ。となれば、少なくとも生まれは一般人で、なおかつ今までまともに人と関わってこなかった可能性が高くなる。

(人の家庭事情に首を突っ込むつもりは無いけれど、どうせ面倒なことになってるんでしょうね)

 神野は隣に座っている十倉を横目で眺めて、口惜しい思いがふつふつと湧き上がってきた。本当に、見た目はこの上なく素晴らしいのだ。中身が見た目についてきていれば、せめて最低限のものがあれば、神野は彼女の手を取って自分の世界へと引き込んだに違いない。

(やっぱり、天は二物を与えずってことなのね。はぁ……私に相応しい人、どこかにいないかしら。いや、いっそのことあの子を育て上げるっていう手も……?)

 神野は二つを天秤にかけた。一つは、今後も今まで通りに、自分と釣り合う学生アイドルを探し続けること。もう一つは、とんでもないポテンシャルを持っている十倉を育て上げて、自分と釣り合う学生アイドルにすること。どちらが現実的で取るべき選択肢なのか、神野の中ではすぐに結論が出た。とはいえ、それも十倉が神野の事務所に入ってこないと話が始まらない。それはきっと限りなく低い可能性だろうし、神野が直々に誘うには有名になりすぎた。神野は心の中で深くため息をついた。




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