青春トンネル~女子中学生になった一般社会人男性が元の体と世界に戻るためにアイドルをやる話~   作:Sfon

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女の子として

 十倉が着席してしばらく経つと、担任と思わしき先生が教室に入ってきた。黒い短髪をワックスでビシッと決めた、若い男の先生だ。絶対に体育教師だろうと思うほどの体格の良さと、表情からにじみ出ているやる気、それは十倉にとって歓迎できないものだった。

(うわ、めんどくさそうな先生だなぁ。学校生活は手を抜いて適当にこなして、元の体に戻る方法を見つけないといけないって言うのに)

 確証があるわけでは無いが、十倉はなんとなく、この学校の中に自分が元の体に戻る手がかりは無いと感じていた。さっさと学校で拘束されている時間を終え、街の図書館にでも行って手がかりを探したかった。とはいえ、だからといって学校生活をおろそかにするわけにもいかない。私立高倉中学校というのは、今の十倉にとって数少ない、この体とそれを取り巻く環境から与えられた縁の一つなのだ。

「おはようございます! 皆さんの担任になる、光藤健と言います。今日からよろしく!」

 ハキハキとしゃべる、見た目に違わない元気な先生だ。その熱量が今の十倉には鬱陶しいが、そんなことを口に出せるわけもない。光藤は新入生である生徒たちに祝辞を送り、それから今日の日程を伝えた。まずは体育館で入学式があり、その後教室に戻って自己紹介、学校の紹介、部活動紹介などがあるらしい。よくある入学初日のお品書きだ。

(なんというか、懐かしい感じだ。考えてみれば、入学式の当事者になるのって人生で多くても四回くらいだし、結構貴重な体験だよな)

 あたりを何となく眺めてみれば、緊張している子やワクワクしている子など、様子は人によってさまざま。十倉にはそれが何だか親戚の子供のように見えて、ほっこりした気持ちになった。元の体に戻る方法を探し出すという難題に苦しむくらいなら、このままこの体でもう一度学生時代からやり直してもいいかもしれない、そんな考えが頭をよぎる。

(いやいやいや、俺は元の体に戻らないと。前の体でやり残したことだってきっと沢山あるし、せっかく今まで必死に頑張ってきたんだから)

 頭を振れば、長い髪が宙を舞う。それは顔や首、肩にまとわりつき、すぐに後悔した。男の頃の振る舞いが身に染み付いているが、その多くは今の体にそぐわないどころか、面倒ごとを引き寄せる。長い髪はあっという間にボサボサになって、ため息をつきながら手櫛で整えようとしてもなかなか上手くいかない。どうしたものかとまたため息をついたところで、隣の席の女の子から、小さな櫛が差し出された。

「これ、使いなさいよ」

「あ……ありがとう、ございます」

 優しい声を掛けてくれた女の子に感謝を述べようとして、その女の子に視線を向けた時、十倉は息を飲んだ。プラチナブロンドのミディアムヘア、ヘーゼルグレーの瞳、強気な目付き、その女の子には見覚えがあると気付いたとき、目の前が暗転した。十倉の目覚めた家で円形の模様を見つけた時と同じ感覚。忘れていた記憶が頭の中に流れ込んでくるときの、走馬灯のような現象。そして思い出す。彼女を見かけたのは、十倉が元の家の浴室に開いていたトンネルを抜けた後、意識を失ってから今の体で目を覚ますまでの、いうなれば夢の世界。

(あれは確か……そうだ。だれか、大人の女の人から、『助けてあげて』って言われて――)

 彼女の顔が目の前に浮かびながら、どこからか声が響いていたのを覚えている。その声色は悲痛な色を帯びていて、何か深い事情があることを容易に推し量れた。そして、あの女の子が十倉にとって、確実に重要な存在であることも直感した。

 時間にして数秒だろうか、視界が元に戻ると、目の前にはやはりあの時見た女の子が座って十倉の方を向き、手櫛を差し出している。

(どうして今まで忘れてたんだろう。どう考えても大切なことなのに、顔を見るまで全然頭になかった)

 もしかすると、まだたくさんの記憶が頭の中に眠ったままで、それらの記憶と関連のあるものを見聞きしないと思い出せないのかもしれない。まるでゲームの実績を開放していくような、そんな行為が必要なのではないかと十倉は想像した。

(これこそゲーム脳ってやつだよな。どう考えても現実的じゃないのに……いや、案外そうでもないのか)

 記憶喪失になった人が、自分と縁の深いものを見聞きして記憶を取り戻す、というのはよく聞く話だ。作り話でしかないのかもしれないが、もしかしたら、意外と馬鹿にならないかもしれないと、十倉は考えなおした。

 そんな風に十倉が思考を巡らせていると、いつまでも手櫛を受け取らない十倉を変に思ったのか、目の前の彼女が小さく声を掛ける。

「……ちょっと、使わないの?」

「あ、いや、すみません。ぼーっとしていて。ありがたくお借りします」

 彼女は不満げな表情を浮かべていた。好意から十倉へ櫛を貸してやろうとしているのに、礼を言いながらもなかなか受け取らなかった十倉に思うところがあるのだろう。それはそれで納得がいくのだが、十倉はそもそも彼女がなぜ自分に優しくしてくれているか分からず、その困惑から、一瞬、手を空中でさまよわせた。

(助けてくれるのはありがたいけど、俺とこの子って初対面だよな。女の子はみんな距離が近いのか、それともこの子が特別親切なのか、どっちなんだろう)

 櫛を受け取り、目立たないようにそっと髪をとかす。長い髪をとかした経験は無いが、しなやかでさらりとしている髪は力を入れなくても櫛が入り、そのまま滑らかに毛先まで整っていく。用が済んで櫛を返せば、彼女は十倉を一瞥し、一つため息をついてから前を向く。その表情はやはり不満げだ。

(やっぱり、変な態度だったよな、さっきの俺。人の顔を見て固まって、櫛を受け取るだけなのに時間がかかって、おかしな奴だって思われたかな。……いや、それだけじゃないのか)

 十倉が髪を整え終わってからもチラチラと視線を向けており、まだ何かを気にしている様子。どことなく、さっさと気付けといった圧を感じる。

(どこか変なところがあるのか? 女の子の身だしなみとか正直分からん。……この子を参考にさせてもらうか)

 十倉は隣に座っている彼女を観察し、自分と何が違うかを探っていく。揃えられた足とスカート、しゃんと張った胸。対して十倉はだらしなく開いた足、ぐしゃっとしわになったスカート、猫背。言わんとしていることは分かったが、あまり気が向かない。彼女の振る舞いは女の子として完璧に見えたが、自分は男だと思っている十倉にとっては違和感があった。

(とはいえ、傍から見て変だと思われるのも、それはそれで嫌だしなぁ……)

 しょうがなく足を閉じ、スカートを整え、胸を張る。すると、自分の体の輪郭へ意識が向く。ズボンに覆われていない脚、突起物が消えた股間、丸みを帯びたお尻、突き出した胸。朝目を覚ましてからついさっきまではドタバタしていて思考に介入してこなかった女の子の体が、十倉の心を惑わせる。

 一度考えだしてしまえば、次から次へと自分の体への違和感が浮かんでくる。すべすべの肌と服が擦れる感触、胸元や股間が下着でピッタリと覆われている感触、長い髪が耳や頬をくすぐる感触、どれも初体験で落ち着かない。そっと隣の彼女を見れば、十倉の振る舞いがマシになったのを見届けたのか、少し満足気な顔つきになった。

(女の子っぽい振る舞いをしろってことか。いつもなら適当に無視してると思うけど、あの子は俺が元の体に戻るための鍵を確実に握ってるからなぁ……)

 今後の学校生活が思いやられて、十倉は深いため息をついた。

 

 やがて、長い長い先生の説明が終わって、入学式の会場へ移動するときが来た。廊下に出て並ぶだけでも、思わず男子の列に並ぼうとしてしまったり、周りの男子中学生の大多数が自分より高身長だったり、何なら女子中学生の中でも背の低い方だったりと、自分の体つきと世界がずれている気がしてならない。実際は十倉の意識と体がずれているのだが、十倉にとっては世界がおかしくなったような感覚だった。

 立って歩くとスカートがひらひらと揺れるのもまた、十倉が落ち着かない要因の一つだった。ひざ丈のそれは、若い女の子からしてみれば十分長い丈に分類されるのだろうが、今の十倉にとってはミニスカートと何も変わらない。何も考えずにしゃがめば中が見えるだろうし、風が吹けばめくれあがってしまいそうだ。

(これ、マジで腰に布を巻いているのと何が違うんだ? 見てる分には可愛らしくていいけど、いざ自分が穿くとなったら心もとなくてしょうがないんだが)

 落ち着かない様子を見せてはあたりから不審がられる、と十倉は努めて平静を装ったが、周囲から視線が向けられている気がしてどうにも落ち着かない。立っているだけなのに、どこか変なところがあるんだろうか。もしかして、自分の目が狂っているだけで、自分の容姿は悪い方に分類されるのだろうか。走って登校したせいで、既に笑いものにされているのだろうか。そんな不安が次々に湧いてきて、少し胸が痛くなった。

 

 入学式は、これといって特別なことも起こらずに終わった。校長の話や参列者の祝辞は短くまとまっていたし、冗長なセレモニーもなかった。ただ、男女で分かれて座らされ、前後左右どこを見ても女子しかいない環境で過ごさせられたせいで、実際の時間よりはずっと長く感じた。中学生にしてもう色気づいているのか、はたまたシャンプーの匂いが強いのか、うっすらと花のような香りがあたりを包んでいるのも、居心地が悪かった。

 十倉が教室へと帰ってくると、暫しの休憩時間となった。そこで十倉は下腹部に何となく違和感を覚え、これは何かと考えて、朝から一度もトイレに行っていないことに気付く。今朝起きてからまともにご飯も飲み物も口にしていないが、来るものは来るようだ。

(そういや、女はトイレが近いんだっけ)

 席を立ち、全く慣れない校内を歩いてトイレを見つけ、男子トイレの中に入ろうとしてドアに手をかけようとしたときだった。中にいた男子生徒がちょうど出てきたので脇によけると、その生徒から怪訝な目で見られた。なんでそんな目で見るのか、さっさと出て行ってくれないかと十倉が内心そう思ったとき、生徒が答えを口に出した。

「あの、ここ、男子トイレなんだけど」

 十倉は一瞬、『何を言ってるんだ?』と反発しかけたが、その直後に自分が女の子であることを思い出した。慣れとは恐ろしいものである、ついさっきまでは自分が女の子になったことをあれこれ考えていたというのに、体は自然と男子トイレへ向かっていたのだ。十倉が後ずさりすると、男子生徒はその横を通り抜けて出ていく。十倉は首筋から耳へと熱が駆け上がっていくのを感じた。

 十倉はその場からそそくさと立ち去り、隣の女子トイレへと向かった。ピンクの扉のそこに入るのはどうしても抵抗があるが、傍から見れば男子トイレに近づく方がおかしいのだ。十倉はそれを自分に言い聞かせて覚悟を決め、女子トイレの中へと突入した。

(まぁ、トイレには変わりないんだから、一度入ってしまえばどうということはないよな)

 そう自分に言い聞かせながらも、十倉の緊張が解ける様子はない。男子トイレとの違いは、個室しかないことくらいだ。そのうちの一つに入り、鍵を閉め、腰を下ろそうとしたところでふと気づく。女の子の、スカートを穿いた状態でのトイレの仕方なんて、知るわけもなかった。

(これ、裾を全部たぐり寄せればいいのか?)

 下着に手をかけるだけでも、胸が痛むほどに緊張する。スカートの下から手を差し込み、腰元に指を這わせ、パンツに指先を引っかけて下ろす。男の頃であれば何でもない行為なのに、今の十倉にとってはなんだか犯罪を犯しているような気分だった。下着を足元まで下ろすと、さっきまで穿いていた白いパンツが視界に入る。中学生が穿いている子供の下着とはいえ、異性の下着には違いない。ジロジロとみるのは良くない気がして、目を逸らした。スカートを両手で抱え、洋式トイレに腰を下ろす。視界はトイレのドアに向けられていながらも、股間に居たはずの相棒が消え去った感触を改めて意識してしまい、首筋が熱を持った。

 異性のトイレを覗いているような罪悪感を覚えながら用を足し、トイレットペーパーで股間を拭く。どうなっているのか覗き込みたい好奇心を振り払い、下着を穿きなおす。変なことを考えたら、休み時間が終わるまでに教室へ戻れる気がしなかった。女として生きていれば当たり前のことでも、今の十倉にとっては緊張しながらの初体験だった。

 

 個室の中で軽く身だしなみを確認してから外に出ようとすると、ちょうどトイレに新しく生徒が入ってきた。二人組のようで、何やら話をしている。

「てかさ、良い感じの人いた?」

「うーん、ぶっちゃけ微妙かも。顔だけ見たら、小学校の頃の方が好みの人いたかなぁ」

「マジか、ドンマイ。うちのクラスすごいよ。めっちゃイケメンが三人もいるし」

「うわぁ、めっちゃいいじゃん。え、私のことも紹介してよ」

「仲良くなったらね~」

 女子トイレは男子がいない、絶好の情報交換場所なのかもしれない。異性のことを気にしない明け透けな会話がそれからもしばらく続き、何となく出づらかった十倉は個室の中でじっと息を潜めた。やがて二人が個室に入った音がすると、しばらく会話が無いことを確認してから個室を出て、トイレを後にした。

 時計を見ると、そろそろ会社の始業時間を迎えるところだった。せめて会社に欠勤の連絡をしようと思ったが、上司の連絡先は社用のスマホアプリの中にしかなくてメール一本すら出せないし、電話をするにしたってこの声では無理がある。無断欠勤になるが、どうやら諦めるしかないようで、十倉はため息をついた。

 




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