青春トンネル~女子中学生になった一般社会人男性が元の体と世界に戻るためにアイドルをやる話~   作:Sfon

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立場

 神野をビルの中に見送った十倉は、朝から続いていたドタバタが終わった開放感からか、お腹が空いていることにようやく気付いた。お腹に手を当てれば、柔らかい脂肪が付きながらも引き締まった輪郭が手に伝わる。

(そういえば、朝から何も食べてないのか。水くらいは学校で飲んだけど、起きてから口にしたのはそれくらいだし、むしろ今までよく活動出来てたな)

 手元のスマホで時刻を見れば正午をまわったところ。どこかでご飯を済ませようと思ったが、街中の飲食店はどこもサラリーマンたちで混んでいて、すぐに入れるようなお店は見当たらない。とはいえ家に帰ったところで何もないことは分かっているから、コンビニで適当にご飯を買って、コンビニ内のイートインで食事を済ませることにした。

 近所のコンビニの店内に入ると、商品の並べられている棚が随分と高く、一番上の棚に並んでいるものを取るには、随分と手を伸ばさないといけなかった。中学生の体格に合わせてあった中学校のつくりからは気付かなかったが、学校の外は大人の体格に合わせて作られているものも少なくない。今の十倉の体は、社会の大多数を占める大人の体よりもずっと小さく、更に男女の差もある。思わぬ場所で自分の小柄さを突き付けられた十倉は、自分の体が変化したことを再認識し、以前の体の感覚を振り返った。

(俺、本当に小さくなっちまったんだな。子供のころはこれが当たり前だったはずなのに、いつの間にか大人の体の感覚に慣れてたってことか。時間をかけてゆっくり成長すれば違和感が生まれることもないんだろうけど、これだけ一気に変わればそりゃ気付くよな)

 今の十倉にとっては少し高いイートインの椅子に座り、買ったものを机に広げる。目の前には、いつものお昼ご飯の感覚で買った、サンドイッチと菓子パンに飲み物。体が小さくなったからか、どの商品もいつもより大振りに感じた。サンドイッチから手を付けると、口が小さくなったせいだろう、薄っぺらく感じていたいつものサンドイッチも、随分豪華になった気がする。そしてサンドイッチを平らげた頃には、十分満腹になった。体が縮んだせいで胃も小さくなったのだろう。菓子パンは晩御飯に回すことにして、鞄の中にしまった。

 飲み物を飲みながら、神野の名前でネット記事を調べると、すぐにたくさんの動画と記事がヒットした。彼女はなかなか人気があるようで、ミュージックビデオの動画は百万再生を越えているものもあるし、記事に乗っている写真の中には大きな会場でライブをしているものもあった。

(思ったよりもずっと本格的な活動って言うか、がっつりプロのアイドルじゃん)

 観客の前でパフォーマンスする神野は、教室にいたクールで真面目な雰囲気と打って変わり、少女らしい元気さを前面へ押し出している。大勢の観客に物おじせず、大きなステージの上で歌い、踊り、カメラへのアピールも欠かさない。トラブルか何かに巻き込まれているようにはとても見えなかったが、そう見せるのがプロとして活動している芸能人のスキルなのだろうか。十倉は顎を手で撫でながら、神野のパフォーマンスを眺めた。

 十倉が頭をひねっているのは、神野の姿が目の前に浮かびながら『助けてあげて』と言われた、トンネルを抜けている間の出来事について。助ける対象は神野で間違いないはずだが、何から助ければいいのか、まるで情報が足りない。とはいえ、神野がアイドルをやっていて、しかも女の子となれば、出演機会を得るためにいろいろなものを切り売りする、良くないイメージはすぐに湧いてくる。もしも、それから神野を救わないといけないのであれば、神野を芸能界から遠ざけるか、害のある大人たちを神野から切り離さないといけない。

(となれば、俺自身が神野の隣に立つのが一番早いけど……流石にアイドル活動をする気にはなれないな。今の俺は女なんだから、客は男が中心になるはず。男に媚びを売るとか、マジで勘弁してくれ。それに、女の子らしい身のこなし方とか、アピールの仕方とか、俺にできる気がしないし)

 とは言うものの、自分の体を元通りに戻すために必要なのであれば、十倉は腹をくくるしかない。嫌々ながら、星の彼方プロモーションで採用オーディションをしているか調べれば、残念ながらというべきか、ちょうど申し込みを受け付けているところだった。一次審査として書類選考、二次審査として動画による選考があり、そこで絞られた候補者が対面での選考に進むらしい。

(……準備だけはしておくか)

 気は進まないが、必要ならやるしかない。アイドル活動に対してやる気は全く無いが、ここで動かなかったことを後々後悔する方が嫌で、十倉はひとまず申し込みの資料くらいは揃えることにした。オーディションの特設ページを上から順に読んでいくと、必要事項の一つが目に留まる。さらりと書いてあった、保護者の同意書。それは、今の十倉が用意するのはほとんど不可能に思えた。なにせ、十倉が目を覚ました家には、人がまともに住んでいる形跡がないのだ。今の体で頼れる大人なんて思い当たらず、そもそもどうして学校に通えているのかも分からない、そこまで考えが及んで、十倉はようやく自分を取り巻く環境の不思議さに気付いた。

(そういえば、俺って何者なんだ? 最初は体が変わっただけだと思ってたけど、なんか中学校に入学したし、家もあるみたいだ。『十倉燈』っていう女の子が元々居てその体に乗り移ったとか、中身が入れ替わったとか、そういう感じか?)

 もしも中身が入れ替わったのであれば、すぐにでも元の十倉の体を探して、一度合流したほうが良いだろう。中学生として過ごしていたところ、急に成人男性の体になっているのだ、きっと困っているに違いない。

 十倉はどうして今まで気付かなかったのかと自分に苛立ちながら、元々使っていた携帯に電話をかけてみる。しかし返ってきたのは、その電話番号が使われていないという自動音声。たかが一か月経っただけで自動的に携帯電話が解約されるとは思えなかったが、とにかく電話は使い物にならないらしい。ならばどうするか。

(とりあえず、直接行ってみるか)

 

 十倉が元々住んでいた家は、ご飯を食べていたコンビニから十分もかからない場所にある。何度も通った道だから足取りはスムーズで、迷うことなく自分の家があった場所に着いた、そのはずだった。十倉は何度もあたりを見回し、確かに間違いない場所に来ていると確信したが、目の前には住んでいたマンションが無く、見知らぬ一軒家が建っている。表札も知らない名前だ。

(どういうことだ? 確かにここに俺の家があったはず……まさか、時を越えて違う時代に来たとかじゃないよな?)

 スマホで調べると、今日の日付は十倉が最後に覚えていた年月日からおよそ一月後に変わりない。タイミングよく直近一月で家が壊され、立て直されるとは考えにくいし、ネット上の地図サービスで過去の航空写真を調べると、そもそもこの土地には昔から目の前にある一軒家が建っていたようだ。自分の目で、通りから見える範囲で家の状態を見ると、少なくとも建ってから十年は経っていそうだった。それらが示すことはつまり。

(この世界は、俺が居た世界とは別物なのか)

 十倉は、その場にしばらく立ち尽くしてから、男の頃の自分が生きていた証拠を探して、思い当たるもの全てを虱潰しに確認していった。しかし、自分が勤めていた会社には『そんな名前の社員は過去も現在もいない』と言われ、気の迷いで作った自分のサイトは見つからない。十倉の親の電話番号は全くの他人のものになっていた。そうして小一時間ほどあれこれ調べたところで、十倉はようやく冷静さを取り戻し、この世界に、男だった頃の十倉は今も昔も存在しないと受け入れた。

(世界を超えて入れ替わったって可能性はあるけど、ここまで来たらなんでもあり得るな)

 たとえこの世界で昔から『十倉燈』が暮らしていた証拠が出てきたとしても、世界五分前仮説があるように、何者かが十倉をこの世界に送り込んだ時に作った偽物の証拠だ、という主張を覆せる人はいないのだ。十倉の意識を見知らぬ体に移し、世界を移動させることができる、まさしく神のような存在がいることは間違いないのだから、何が起きていてもおかしくない。

 可能性を追えば、それこそなんだって言えるのだ。あまり意味をなす行動とは言えない。それよりも、この世界でこれからどうやって生きていくのかを考えた方が、よほど意味のある行動だろう。この体の持ち主がいるとして、または居ないとして、これからの行動が変わるのかと言われれば、そういう訳でもない。結局のところ、十倉はなんとかして今の自宅にある魔法陣のようなものを完成させ、トンネルを開通させ、元の体と世界に戻ることを目指すのに変わりはないのだ。

 しかし、十倉の脳裏にはどうしても暗い考えがよぎってしまう。もしもこの世界に、生まれてから中学入学直前まで、今の十倉の体で生きてきた『十倉燈』が居て、その意識を今の十倉が奪ったのだとしたら、それはつまり『十倉燈』を殺したのと同じことだろう。もしそうなのであれば、それは十倉にとって、自分が女の子の姿になったことや、異世界に送り込まれたことと同じくらいに苦しいことだった。

(この体に元の持ち主が居たのなら、本当に申し訳ないけど……。なるべく早く元の体に戻るから、それまで待っててくれ)

 悲しみに立ち止まっている暇などない。十倉は存在するかもしれない『十倉燈』の持ち主のためにも、全力で元の世界と体に戻る方法を見つけるしかないのだ。

 いずれ元の世界に戻るとはいえ、短期的にでもこの世界で過ごしていくのであれば、今の十倉の両親、もしくは保護者が誰なのかはっきりさせておく必要がある。今は子供の十倉にとって、頼れる大人が居ないのはかなりマズい。誰かしら頼れる大人を一人見つけないと、アイドルオーディションに申し込む以前に、生きていくだけでも苦労するに違いない。しかし、今の十倉の家には、十倉以外の人が住んでいる様子がなかった。十倉に親がいるなら、もう少し生活感のある家になってるだろうし、そもそも今まであの家で誰かが暮らしてたという雰囲気でもない。まるで、十倉に合わせてこの世界に作り出された、ドラマ撮影の大道具のように見えた。そこに十倉以外の人の影は見当たらない。

(でも、中学校には入学できているんだよな。もしかして、実はどこかの孤児院に引き取られているとか?)

 十倉は、今の自分の身の上をどうすれば調べられるかと頭をひねり、一つ思いついた。役所に行って住民票を発行してもらえば、自分の親なり後見人なりが分かるのではないか、と。念のためネットで調べれば、親のいない子供の住民票には、未成年後見人と呼ばれる、法律上の保護者のようなものが記載されるらしい。問題は、今の十倉に戸籍がなかった場合だが、それは中学校に入学できていることから、かなり低い可能性だろう。十倉はすぐに役所へと向かった。

 




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