青春トンネル~女子中学生になった一般社会人男性が元の体と世界に戻るためにアイドルをやる話~   作:Sfon

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家宅捜索

 役所は電車を乗り継いで二十分ほどのところにある。春の午後、並木通りは満開の桜で彩られ、心地よい風が吹く中を歩くのは気分が良くなるはずなのに、そんな気持ちは全く起きなかった。知らない世界に知らない体で突っ込まれたことに気付いた十倉に、景色を楽しむ余裕などない。それに、周りに自分よりずっと背の高い大人たちがいる中を歩くのは、どうしても落ち着かなかった。朝、中学校へ登校するときは時間に追われていたし、それ以降だって神野を尾行したり現実に打ちのめされたりと忙しくて、周りを気にする暇は無かった。しかし、少しだけ落ち着いた今、周りの人からの容赦ない視線を感じとることができてしまった。

(せめて、ちょっとは隠そうとしろよ。顔をジロジロ見てくるならまだしも、胸とか、脚とか、ケツとか、良い大人が女子中学生をそんな目で見るなんて、このロリコン野郎……)

 特に、十代から四十代と思われる男から、ねっとりとした視線を向けられる。まだ子供も子供な十倉の体じゅうを、男たちの視線がなぞっていく。十倉が一歩踏み出すたびに、セーラー服のスカートがひらひらと舞い、生足に風が当たり、視線が足を這いまわっているような気がする。服の下を覗き込まれている気がする。それが気持ち悪くて、思わず頬をピクピクと痙攣させてしまった。

(世の若い女性たちはこんな視線に包まれながら生活していたのか)

 それは十倉の容姿が飛びぬけて良いからなのだが、十倉からしてみれば容姿の優劣よりも性差の方がずっと印象強く、男性嫌悪の気が少し生まれた。元々男だっただけに、周りの男たちが自分をどんな気持ちで見ているか、何となく想像できてしまうのもまた、それに拍車をかけた。

(いくら俺が可愛いからってさ……なんてね)

 心の中でそんな冗談を言って気を強く持つ十倉だが、それは気弱になり始めている裏返しだった。日本の治安はかなり良い方だとは言え、誘拐や暴行、強姦といった犯罪が全く無いわけでは無い。それらの標的はほとんどの場合女性であり、特に力の弱い子供は狙われやすいだろう。成人男性というその辺の石ころと変わらない立場から、女子中学生という宝石の原石にクラスチェンジした温度差は、そう簡単について行けるものでは無かった。

 

 やがて役所に着き、住民票を発行してもらう手続きを進めた。大人の身長に合わせて作られた机は少し高く、背の低い人向けに作られた一段低い机を使うのは少し癪に障ったが、意地になって大人用のものを使う子供は、それもまた温かい目で見られると分かっていて、渋々身の丈に合った机を使った。あたりは大人か子供連れの親しかおらず、中学生が一人で来ているのは、それだけでも目立っていたのだ。

 必要なものをすべて揃えて待つこと三十分ほど、少し眠気が襲ってきた頃、ようやく呼び出しがあった。住民票を受け取るときに憐みの目で見られ、なんとも居心地が悪かったが、書類が言うには、今の十倉に親はおらず、地元の未成年後見人を引き受けている法人が十倉の保護者になっているらしい。

(なるほど、だから受付の人は俺のことをあんな目で見てたのか)

 ひとまず、自分の身元を保証してくれる存在が確認できて、十倉はホッと胸をなでおろした。未成年後見人は親の代わりのようなもの。たとえ個人的な相談に乗ってくれなかったとしても、保護者としての務めは果たしてくれるはずだ。それに、親と違って、何かをしたいと言い出した時にそれほど否定されないだろう、と十倉は考えた。

(金がかかる話ならともかく、アイドルオーディションに申し込むだけなんだから、きっと大丈夫なはず)

 十倉にとっては、一番楽な状況かもしれなかった。もしも親が離れた地にいるとか、どこかの孤児院に引き取られていたとかであれば、その人と日常的にやり取りをしないといけない。しかし、法人が相手となれば、相手は事務的な対応に徹してくれるかもしれない。十倉は住民票に書かれている、その法人の住所を訪ねることにした。

 

 役所最寄りの停留所からバスに乗って揺られること十数分、そこから徒歩で数分歩いたところに、目立たない二階建ての事務所ビルが建っていた。何の変哲もない、言われないと目にも止まらないようなビルだ。その一階、ガラス張りの玄関ドアの向こうには、暗い廊下が広がっていた。

(平日昼間だけど、やってないのか? いや、単に暗いだけか?)

 やはり、電話か何かで事前に連絡を取っておいたほうが良かったか、と少し後悔したが、到着してから言ってもしょうがない。十倉はしばらく廊下を覗いて人通りがないことを見ると、諦めて勝手に中へ入ることにした。ドアに手をかけてグッと引くと、鍵はかかっていない。そのまま奥へ進んで窓口を探すが、やはり人の気配は全くしなかった。

「あの、すみませーん……」

 不法侵入だと言われないように、声を出しながら、少しずつ建物の中へと進んでいく。建物の中は至って普通のオフィスだったが、セキュリティらしいものが全くないのは気になった。事務室の入り口が開け放たれているのだ。盗みに入られたらどうするのだろう、と十倉は眉をひそめた。しかし、それもすぐに答えが出た。オフィスには、机や椅子、本棚以外にこれといったものは見当たらず、書類やパソコンの類はどこにも無い。これで仕事場だと言い張っているのなら、従業員全員が仕事をさぼっているに違いない。もしくは、仕事道具の全てを家に持って帰っているかだ。

(なんというか、夜逃げ直後って言われても信じそうな感じだな。もしかして本当にシレっと潰れてるとか、ないよな?)

 そう広くないフロアはあっという間に一周できてしまい、やはり誰もオフィスに居なかった。これは流石におかしいと思ったところで、ふと部屋の片隅に視線を向けると、そこには今まで目につかなかった、真っ白なポストのような箱があるのに気づいた。近づくと、『要件を記入して投函ください」と書かれた案内板が隣に立っているのが分かる。今回であれば、保護者の同意書を指定の書式で提出する必要があるから、それが欲しいと書けばいいのだろうか。

(もしかして、本当にたまたま誰もいないだけなのか? いや、それにしてもこんな部屋の奥まったところにポストがあるのは不自然だ。あるとしたら、もっと入り口に近いところとか置くはず。少なくとも事務室の奥には置かないだろう)

 状況は全く掴めないが、とりあえずポストの隣に置かれていた紙をとり、そこに用意されていた記入欄を埋め、用意されていた封筒に諸々の書類と共に入れて、ポストに投函した。これで数日もすれば処理が済み、家に届くらしい。ここの誰かと一言でも話してみたい気持ちもあったが、この様子ではこれ以上何もすることは無いだろう。十倉は最後にオフィスをぐるりと見渡してから、建物を後にした。

 

 今の自宅に戻った十倉は、玄関の鍵をかけ、見慣れない家の中を進み、自室に入ってあたりをぐるりと見渡した。急いで中学校へ向かった今朝の慌ただしさを、床に散乱する服やハンガーが物語っている。

(さて、時間もできたことだし、しっかり調べ上げないと)

 現状、最も情報のある可能性が高い場所は、十倉が目を覚ましたこの自室だ。今までに調べたのはスクールバッグの中くらいで、まだまだ調べられる場所が残っている。本棚や引き出しの付いた勉強机、床に敷かれたラグの下、ベッドの収納とその下、クローゼットの中。脱出ゲームなら、いくつかギミックを仕込めそうだ。しかし、それらを調べるのに、十倉は多少の抵抗を感じていた。何せ、元々この世界に住んでいた『十倉燈』の部屋かもしれないのだ。他人の家探しをするのに、気が進む人はそう多くないだろう。ましてや女子中学生直前だったこともなればなおさらだ。

(悪いけど、これも元の世界に戻るためなんだ、許してくれよ)

 十倉は、居るかも分からない女の子に謝ってから、部屋の探索を始めた。まずは手が付けやすく、情報のありそうな勉強机から。机の上には何も載っていないが、引き出しの中には筆記用具などの雑貨に紛れて、気になるポーチが一つ入っている。十倉がそれを手に取ってチャックを開けると、中からは通帳と印鑑が入っていた。一緒に管理するのは盗まれるリスク的にどうなんだと言いたいが、探す手間が減って、今は都合がいい。

(金か。生きていくなら、なくてはならないものだし、他人の金だとか気にできる状況でもないから、必要最小限は使わせてもらいたいけど……)

 たとえ一円も入っていなかったとしても落胆してはいけない、と十倉は出来るだけ期待しないようにして、通帳を開いた。最初のページには口座の持ち主である『十倉燈』の名前、次のページにはたった一行だけ、口座の預金額が記載されていた。それが視界に飛び込んできた瞬間、十倉は目を見開き、指で数字をなぞった。

(一、十、百……一千万⁉)

 それは、中学生一人が持つにはあまりに大きすぎる金額。しかもそれだけでは終わらず、ポーチの中にはもう一つ『定期預金』の通帳も入っていた。その中を見れば、数千万の大口預金がいくつも並んでおり、スマホの電卓で合算してみれば数億にも及んだ。

(なんだ、この大金……。どう考えても、『十倉燈』が持ってる金額じゃないだろ)

 もしかしたら、『十倉燈』は資産家の一人娘だったのかもしれない。住民票には十倉と後見人の名前しかなかったが、過去に世帯を同じくしていた人は役所に行けば確認できるはずだ。必要なのであれば、見に行ってもいいだろう。

(まぁ、金の出所がどこであっても、今の俺には関係ないな。使えるお金が十分に蓄えられているだけでありがたい)

 お金を見つけたところで、財布の中をきちんと確認していなかったと気づいた十倉。財布に入っているものを全部並べていれば、現金が一万円程度と、保険証、キャッシュカードが入っていた。

(とりあえず、生きていくには困らなそうだな、良かった)

 他人の金であることは変わらず、自分の好きなように使える物ではないと、十倉は改めて自分に言い聞かせた。今の十倉を守ってくれる存在は、ほぼ自分だけなのだ。後見人を務めている法人は書類上のあれこれであれば助けてくれるだろうが、それ以外は自分で何とかしていく必要がある。十倉は改めて気を引き締め、部屋の探索を続けた。しかし、床に敷かれたラグの下に地下への隠し通路があるわけでもなく、本棚の裏に隠し扉があるわけでもなかった。残念ながら、クローゼットに手をかけるしかないらしい。

(正直、あんまり触れたくは無いんだけど……しょうがないか。それに、写真を撮るためにも必要だし)

 アイドルオーディションの申込用紙には、応募者の写真を添付する必要があった。それは黒のタンクトップと何かしらのショートパンツという、定められた服装で撮影されていなければならない。その服がクローゼットの中にあるかを確認するためにも、クローゼットの中を見ないといけない。女の子のクローゼットの中身を除くような真似はあまりしたくないが、ここはぐっとこらえるしかないだろう。

(そう、しょうがなくだから。絶対に、女子中学生のクローゼットの中身が気になるとか、そんな不埒なことを考えてるわけじゃない)

 十倉も男である。女の子の下着に興味がないと言ったら嘘になるが、女の子の体を奪ったかもしれないこの状況で、己の性欲にかまけるような真似は、自分で許せなかった。クローゼットの扉を開くと、沢山の女の子の服。ハンガーラックにはショートパンツやジーンズといったユニセックスなものから、オフショルダーのワンピースやミニスカートといった女の子らしいものまで多種多様な服が吊られている。その横には小ぶりな箪笥が置かれていて、何となく中を開けることは憚られた。

(どうせ下着が入ってるんだろうけど、流石に罪悪感があるな。今となっては自分のものなんだろうけど、どことなく犯罪者になった気分だ)

 とはいえ、開けないわけにもいかない。恥ずかしさを堪えて箪笥の引き出しを開けると、中にはキャミソールやブラジャー、ショーツ、タイツ、靴下といった女の子の下着が綺麗に収められていた。あえて手を付けたいとは思わないが、その中に何かが隠されている可能性を考えると、一通り取り出して確認しないといけないだろう。十倉は上から順に引き出しを抜き出し、床の上に中身をひっくり返して情報を探した。

(うーん……何もないか。なら、戻さないと。……こういうのを自分が身に着けてるって、一度見たとはいえ変な感じだな)

 朝、セーラー服に着替えた時に、自分がどんな下着をつけているのか、多少は見ていた。上半身はキャミソールの下にブラジャーを付けており、股間はショーツがぴったりと覆っていたのを覚えている。しかしそれはほんの一瞬だったし、遅刻しないように急いで着替えたからなおさらうっすらとした記憶だ。いくら体が女の子になったとはいえ、十倉にとって異性の下着であることに違いはない。

 箪笥に入っていた下着のうち、キャミソールやタイツ、靴下はまだマシだ。服のすぐ下に着たり、外から見えるものだから、それほど装飾もされていない。しかし、ブラジャーやショーツは違う。中学生が身につけるものだとはいえ、レースやフリルといった装飾がされているものもあって、異性の目に容易く触れさせてはいけない雰囲気があった。特にブラジャーは女の子しか使う機会が無く、特に性別を感じさせるものだろう。それなりに膨らんでいるからだろう、大人の付けるような、カップが付いて背中側でホックを使って留めるタイプのブラ。それを今、自分でもつけていると考えると、なんだか不思議な気分になる。

(とはいえ、大切さはもう理解したんだよな。守られてるって感じがしたし。俺は男なんだからこんなもの着られるわけないだろ、とか、起きた直後だったら言ってたんだろうけど)

 どの下着も、体を保護するために必要であり、有用であるから存在しているのだ。特にブラジャーは女性を感じさせる下着の一つだが、朝走って学校に登校する時にその恩恵を理解した十倉は、もちろん恥ずかしさはあるものの、忌避感は無かった。元男であることから生まれる抵抗感を、実感した利便性が塗りつぶしている、とも言える。

 探していた黒のタンクトップは残念ながら見つからず、どうやら買いに行くしかないらしい。十倉は床に散らばった下着を元通りに畳んで引き出しに戻し、スクールバッグに財布だけを入れて街へと向かおうとしたとき、ふと時計を見ればもう夕方になっていた。




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