青春トンネル~女子中学生になった一般社会人男性が元の体と世界に戻るためにアイドルをやる話~ 作:Sfon
十倉が向かったのは、街のファッションビルの中に入っている、ファストファッションのお店。ファストファッションとはいえレディースのエリアに足を踏み入れるのは少しだけ抵抗があったが、そんなことを言っていてもしょうがない。むしろ、今後、もっと女の子らしい服屋に入る必要があるかもしれないと考えれば、良い練習だった。十倉は目当ての黒いノースリーブシャツを買うと、その足で写真館を探し始めた。時刻は午後五時をまわり、空は茜色に染まっていた。
アイドルの書類審査を受けるにあたって一番重要なのは、どう考えても自分の容姿を見せつける写真だろう。スマホの自撮りで済ませることも可能だが、印刷するのも大変だし、何よりクオリティに差が出ること間違いないのだから、いっその事、写真撮影のプロにお願いすることにした。決して、十倉は進んでアイドルになりたいわけでは無い。ただ、ここでお金を出し渋って、オーディションに落ちたら意味がないのだ。
そうして、気合を入れて写真館を探し始めたのだが、ネットで調べてもまともなフォトスタジオは予約制だし、すぐに撮影できるところは証明写真のようなバストアップしか撮ってくれない。今回必要なのは頭の先端からつま先まで、全てを映した写真なのだから、それでは使い物にならないのだ。
(まぁ、予約すればいいんだけど、できることなら今日撮っちゃいたいんだよなぁ。明日になったら、また何か起きてるかもしれないし)
スマホの地図アプリで写真館を探し、電話をかけてみるが、どこも当日は無理だと断られてしまう。やはり今日の内に撮ってしまうのは無理があるのか、と大通りから一本外れた街中をぶらぶら歩いていると、住宅と飲食店の混ざった通りの一角に、眼を惹く女性が座っているのを見つけた。ずいぶん昔に建てられた雰囲気のある一軒家の玄関先に、どっかりと腰を下ろしてカメラを弄っているお姉さんだ。ちょっとやさぐれている雰囲気は元ヤンを感じさせ、背後にある古めかしい玄関ドアの上には『五ノ沢写真館』と書かれた看板。その写真館の店員なのだろうが、それにしては態度が悪い。
(うわ、怖っ。目つきわるいし、俺より身長デカいし)
普段なら関わりたくないと距離を置く種類の人だったが、今の十倉はどうしてかマジマジと見てしまう。その危うさに気付いて慌てて目を逸らそうとしたその直前、そのお姉さんがふと顔を上げた。十倉と目が合った。十倉は足を止めてしまった。
「君、写真、探してんの?」
「……え?」
見た目通りのハスキーな声で指摘され、十倉はどうしてバレたのだと目を見開いた。自分の手元に視線を落とせば、写真館を探している地図アプリが開かれている。普通であれば、数メートルは離れているお姉さんのところから、十倉の手元のスマホ画面なんて見えると思えないが、なぜか見られていてもおかしくないと感じた。それは、お姉さんがどこか浮世離れした雰囲気だからだろうか。
「うち、写真館やってるんだけどさ、撮らせてくんない?」
「あ、いやー……」
「君、可愛いからさ、タダで撮るよ。店に飾らせてもらうけど」
「えっと……」
「ちなみに、これ、うちの値段表ね」
あまりに強い押しにたじたじな十倉。腰を上げ、近づいてきたお姉さんから渡されたメニュー表には、ポートレート一点七万円と書いてある。思ったよりずっと高い値段設定にまた目を見開き、すぐに気を取り直した。まるで詐欺にあっているみたいだと冷静になり、少しお姉さんから距離をとって、写真館の名前で調べる。すると、地元民からの票だろうか、かなりの数の高評価レビューが付いていた。それはちょっとやそっとのサクラじゃできないもの。お姉さんからは非常に怪しい声の掛けられ方をしているが、どうやらマトモな写真館らしい。
(でも、気になるレビュー、あるな)
数年前までは『初老のおじいさんが経営する落ち着いた写真館』と喜ばれていたが、最近のレビューは比較的少ない。『新しい人は悪くないけれど前のほうが良かった』などとも書かれている。きっと目の前で熱心に勧誘してきている彼女が『新しい人』なのだろう。
十倉は、そのままその場を立ち去ることもできた。しかし、そうしなかったのは、今の自分が女子中学生の体であることを忘れ、危機管理能力に乏しくなっていたのが理由の一つ。もう一つはもっとあやふやで、カメラマンの彼女と自分の間に、縁を感じたからだった。
写真館は、古い家を改造して作られていた。板張りの床や木の柱は黒く光っており、年季の入りようと手入れの丁寧さがうかがえる。玄関から土足で中に上がり、リビングだったであろう十五畳程度の広い部屋に通された。ここが撮影ブースなのだろう、壁や床、天井は白く塗られており、撮影機器が部屋の一角に沢山並べられていた。
「更衣室はそこね」
「あ、はい。ありがとうございます」
お姉さんが指さした先のドアを十倉が開くと、そこは四畳程度の部屋で、入り口から見て正面の壁一面に鏡が貼られている。セーラー服を着た黒髪ロングの美少女を見つけた十倉は、その可愛らしさに一瞬体を硬直させ、それが自分自身であると思い出して、喉元を気持ち悪いものが駆け上った。自分が意識を奪い取ってしまったかもしれない、と居るか分からない少女に対する後ろめたさが湧き出てきたのだ。
(これから鏡を見る度に、こんな気持ちになるのか)
『十倉燈』の存在は、十倉を縛り付ける枷だ。十倉が勝手に作り上げた、想像上の人物だと切って捨てることもできるはずなのに、十倉はそれがどうしてもできない。男と女が入れ替わるストーリーの作品を見たことがあるからだろうか、何か証拠があるわけでもないのに、何となく確信めいたものがあった。十倉はその存在の陰に、『さっさと返せ』と責められているように感じて、顔を曇らせる。鏡の中で十倉を見つめている女の子は、今にも吐きそうな表情をしていた。
(こんな顔で写真撮影なんて、できるわけない。何とかしないと)
すぐに解決策は思い浮かばない。とりあえず着替えないと話が始まらないので、十倉は鏡の中の女の子の視線を振り切り、鏡に背を向けてセーラー服を脱いだ。腰まで届く長い髪が邪魔してきたが、一度着たことのある服を脱ぐことは難しいことではない。できるだけ自分の体を意識しないように、晩御飯のことを考えながらスカートと上着を脱いだ。春先とはいえ、下着姿になると流石に肌寒く、下半身はスカートだから元からだが、上半身にも外気が触れて、思わず身震いした。反射的に太ももをすり合わせ、何もついていない股間の感覚やら、産毛の一本すら生えていない柔らかな太ももの感覚やらが十倉を襲う。
(──っ! さっさと、着替えよう)
十倉は着替える先の服の入った袋を急いでたぐり寄せ、ついさっき買ってきたタンクトップを着て、家から持ってきたデニムのショートパンツを穿いた。どちらも体のラインがはっきり浮き出るサイズ感で、十倉自身、自分の体形が見ずとも分かってしまう。朝着替えた時とはまるで異なり、十倉は自分の体に振り回されるばかりだった。十倉は最低限の身だしなみチェックのために鏡をチラッと見て、とりあえず問題ないことを確認すると更衣室を出た。
十倉が着替え終わって更衣室から出ると、お姉さんが撮影ブースの準備をちょうど終えたところだった。立派なカメラが三脚に取り付けられ、周りには傘のような形をした照明がスタンドに付けられて、いくつか立っている。
「写真の用途、教えてくれる?」
「えっと……アイドルオーディションの応募用、です」
「だよね。おっけー、任せて。……この辺に立ってくれる?」
十倉はどうにも口に出しづらかったが、お姉さんからすれば、服装を見て、何に使うかおおよその検討がついたのだろう。特に不思議がられることも、質問されることもなかった。被写体である十倉が撮影ブースの立ち位置に配置されると、お姉さんが照明やカメラといった機材をテキパキと調整していく。
「よし、じゃあ、とりあえず何枚か取ってみようか」
お姉さんに誘導されて、照明とカメラの先までやってきた十倉。そのレンズにはうっすらと十倉自身の姿が映っていて、十倉は反射的に目を逸らした。十倉燈の姿が視界に入るたびに、想像上の彼女から責められているような気がして、胸がキュッと痛む。
(……何やってるんだ。神野を助けるために、元の体に戻るためにしてることなのに)
十倉は何度か大きく深呼吸をして、頭が冷えてから改めてカメラに向きなおった。
プロのカメラマン、特にポートレートをとることを仕事にしているだけあって、撮影はスムーズに進んだ。まるで戦地に赴く兵士のような表情をしていた十倉の顔を、あの手この手で解して『クールな女の子』まで持っていった手腕は流石のもの。姿勢や足の位置、顔の角度などを少しずつ修正していき、最終的に満足いく一枚を撮影するまでには数分しかかからなかった。
撮影が終わり、数枚の候補の中から十倉が一枚を選ぶと、オーディション資料用のサイズに印刷してくれた。受け取った写真の中には、落ち着いた表情の少女が映っている。さすがプロの仕事だけあって、今の十倉の良さが引き出されている気がした。
「今日はありがと。また写真撮りたくなったら、いつでもおいで」
「えっと、ありがとうございました」
「これ、私の名刺ね。なにかあったら連絡してよ」
受け取った名刺には、カメラマンの彼女の名前である『五ノ沢夏音』と、電話番号、メールアドレスが書かれていた。
撮影を終えた五ノ沢は、機材を片付けながら、先ほどの少女について振り返っていた。
(なんか訳ありなのかな、あの子。あれだけ整った顔とスタイルなら、まぁ書類で落とされることは無いだろうし、なんなら結構な確率で合格しそうだけど……。最初の方は泣きそうな顔だったし、無理やりやらされてんのかね)
アイドルへの道は険しい。見た目が良いだけの子ならいくらでもいるのだ。そこに表情のコントロールや話術、身のこなし方といった技術がかみ合って、初めて戦う準備ができる。その正解は一人一人違い、それを見つけるためには生半可な努力では足りない。本当に心の強い子しか続けられない、厳しい世界だ。
(あんな感じの子、前にもどこかで見たことあった気がするけど……どこだっけな)
五ノ沢は心のどこかにモヤモヤしたものを抱えたが、それを十倉に伝えることは無かった。十倉とは親しい中でもないし、余計なことを言って無駄に人から嫌われたくはない。ただ、もしも彼女がアイドルとしてデビューできて、前向きな気持ちで仕事に打ち込めるようになった時は、写真を撮らせてもらえたらいいな、そうぼんやりと考えた。
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