青春トンネル~女子中学生になった一般社会人男性が元の体と世界に戻るためにアイドルをやる話~ 作:Sfon
十倉が女になって二日目の朝はスッキリ目が覚めて、二度寝する気分にならないほどだった。大きくノビをして体のコリをほぐすと、いつもあった頭や肩の重さは無く、肉体的な若さの凄さを感じた。目線を自分の体に落とせば、スウェットを着た女の子の体。頭に手をやれば、腰まで伸びる長い髪。
(まぁ、あれだけリアルで、夢なわけないよな。日ごとに入れ替わるとかも無いみたいだ)
体は軽いが、気分は重い。深いため息をついて鬱屈とした気分を吐き出し、大きく深呼吸をして気分を入れ替える。スマホで時刻を見れば朝七時、ゆっくり支度をしても登校までにはだいぶ余裕があるなと思ったところで、スマホにメールが届いていることに気付いた。開封してみれば、『希望した書類を用意して届けたぞ』という内容のメッセージ。差出人は十倉の後見人となっている法人の名前だった。
(まさか、アレで本当に同意書が作られたのか?)
半信半疑で言われたままに提出した、保護者同意書の書類が作成されたと聞いて、十倉は小走りで玄関のポストに向かった。まだ朝も早く、四月ながら肌寒い中、外に出てポストの中を見れば、見覚えのある茶封筒が入っている。家の中に持ち帰って中身を確認すれば、確かに必要事項の記入された同意書が入っていた。
(オフィスはもぬけの殻だったけど、仕事はしてくれるのか。むしろ何もしてくれないほうが、理解の範疇から逸脱しないでくれて、助かると言えば助かったんだけど。……誰がこれを作ったのかとかは、一旦気にしないほうがよさそうだな。最悪、この世界に俺を送り込んだ神様が作ったとか言い出されても困るし)
オーディション申込に必要な書類をまとめておいたクリアファイルに同意書を入れ、それをスクールバッグに入れた。写真も撮ったし、後は履歴書のようなものの記入欄を埋めれば、提出する準備が完了する。とはいえ、その履歴書もまた問題なのだが。生年月日は保険証に書いてあったし、身長、スリーサイズは自分で測ればいい。自分の長所や短所、趣味、特技はそれっぽいことをでっち上げればいいが、好きなブランドや憧れの人といった、どちらかといえば業界とのつながりがありそうな欄は手が止まった。
(まずは業界研究からか。なんか、就活してた時を思い出すな……)
元の世界で散々やったことだから、進め方は何となくイメージできた。まずは中学生アイドルがどういうものなのかを知るところから。それはネットでアイドルのライブやらを見るだけでなく、アイドルを取り巻く大人たちが何をしているのかといったところまで知っておいたほうが良いだろう。業界の慣習や特性についても知っておきたい。今日の放課後は中々忙しくなりそうだった。
朝食を食べ、制服に着替える。死ぬほど焦っていた昨日に比べ、今日は時間と心に余裕がある。それは良いことのはずだが、反面、女の子の制服を自分の意志で着ることに対する抵抗を感じることにもなった。服をすべて脱ぎ、新しい下着とセーラー服を着る。それだけでも何となく罪悪感があるし、女装しているような気分になって落ち着かない。特に、女の子特有の下着であるブラジャーをつけるのには慣れず、ネットでつけ方を調べながら手探りでやってみると、妙に収まりが悪くて気になる。自分の体に触ることを恥ずかしがっているせいなのが少なからずあるのだが、この体になって二日目でそこまで求めるのは酷というものだろう。
(でも、つけないわけにもいかないよな。中学一年生にしてはそれなりにあるほうだと思うし、つけないで動くとそれはそれで気になりそうだし)
下着を着替え、セーラー服も着て、髪をとかしてから、部屋の姿見の前で身だしなみを確認する。頭の上からつま先までざっと眺めると、当然今の自分の顔も視界に入った。元男である内面から滲んでいるのか少し鋭い碧眼、長く艶やかな黒髪、小さな鼻、きれいな形の唇、美少女と言って良いだろう。セーラー服は真新しく、少しだけ大き目なサイズ感も相まって、新入生だと一目でわかる。
(せめてスカートだけでも何とかなればいいんだけど。今時の私立校なんだから、スカートとスラックスを選べたらいいのに)
体をひねるとスカートの裾がひらひらと舞う。後ろ姿を見れば、スカートがお尻のラインに沿って膨らんでから垂れている。捲ればすぐに下着が見えてしまうし、そんなことをしなくても、足を広げて座っていれば覗き込める程度の防御性能しかない。十倉にとって、スカートは自分で穿くものでは無かった。
(タイツでも穿いておくか? いやでも、一日中ずっと締め付けられるのもちょっとな……)
少し悩んで、十倉は結局スカートの心もとなさを我慢することにした。世の中の女性がみんな着ている服なのだから、変なことをして注目を集めるのは避けたほうが良いと考えた。
十倉が登校すると、まだ朝のホームルームの十五分前だというのに、教室にはクラスメイトの大半が揃っており、神野の姿も見える。みんな新しい学校生活を満喫しているようで、十倉にとっては微笑ましい光景だ。自分の席の近くを見れば、神野も既に登校しており、本を読んで静かに過ごしていた。その雰囲気があってか、神野に話しかけようとしている人はいない。
まともにクラスメイトと会話していない十倉に対して挨拶をするような人はおらず、十倉は誰とも会話することなく、自席に座った。今日は最初からスカートの裾をお尻に添わせて、足も閉じて座る。昨日周囲から向けられた視線を反省して、可愛らしい仕草とまではいかなくても、恥ずかしくない程度には女の子らしい振る舞いを意識したのだ。それは元男である十倉のプライドに傷をつけるものだったが、背に腹は代えられない。気になって隣に座っている神野の様子を見れば、彼女はすました顔で本を読んでいたが、十倉の視線に気づいたのか、彼女は十倉を一瞥すると、また本に視線を戻した。それは十倉の振る舞いをみて満足していたようにも見えた。
二日目の授業もオリエンテーションが中心で、黒板を眺めていたら給食の時間になっていた。この学校では給食の時に六人程度で構成される班単位で机をくっつけるそうで、そんな行為も十倉にとっては懐かしい。目の前に座っている神野はまた本を読んでおり、その隣に座っている男子は十倉に対して興味津々な表情を向けている。彼は確か、三峰といったか。このクラスでは一番と言って良いほど顔も体格も良く、神野と並んでも見劣りしないルックスをしている。そんな彼が十倉のことをじっと見ているのだ、『これは絶対話しかけられるぞ』と十倉が内心面倒に思っていると、その予想は残念ながら的中した。
「そういえばさ、十倉さんってどこ小から来たの?」
「あー……言っても分からないと思いますよ。遠くから引っ越してきたので」
「そうなんだ。友達を一から作るの大変そうだね。なにか趣味とかあるの? このクラス、結構オレの知り合い多いから、良かったら繋ぐけど」
「うーん……しいて言えば雑誌を読むこととかですかね? サーティーンとか」
それは昨日ネットで色々調べているときに見かけた雑誌の名前。最新号では神野の記事が掲載されているらしく、放課後に本屋で買おうと決めていた雑誌の一つだった。男子相手に伝わることは期待しておらず、ただその場を繋ぐためだけに口に出したワードだったが、思っていたのと違って、十倉の両隣りに座っている女子が一気に食いつく。
「サーティーン読んでるの⁉ 春号凄かったよね、神野ちゃんいっぱい載っててめっちゃ可愛かったし」
「わかる~。あれで私たちと同い年とか、ちょっとずるいよね。あ。でも、以外と神野ちゃんって静かだよね。もっと明るい感じだと思ってたけど」
「ね。ライブだとめっちゃイケイケな感じなのに。でもイヤミな感じしないし、ギャップあってアリかも?」
十倉の両側の女子が盛り上がり、神野についての話が広がっていく。話題に上がった神野はちらりと視線を上げたが、それは反射的なもののようで何か言うわけでもなく、興味なさげに手元の本に視線を戻した。
(三峰から話しかけられる流れが止まったし、まぁ結果オーライか。俺を挟んで話を展開するのは気まずいからやめて欲しいけど)
彼女たちは、神野に直接話しかけることはしなかった。神野に迷惑だとか、煩わしいだろうとか気遣いをしているつもりなのかもしれないが、それなら本人の前でそういう話題を出すこと自体どうなんだ、と十倉は感じた。会話のほとんどが十倉の両隣の女の子だけで、十倉はあまり話さなくても盛り上がってくれているのは良いのだが。結局、十倉の両サイドの女の子たちの神野談義は、給食の時間が終わるまで続いた。それらの多くはどうでもいい話だったが、いくつかは十倉の関心を引いた。
「そういえば、三峰君って神野さんと同じ小学校だったんでしょ?」
「え? あぁ、そうだよ。まぁ……普通のクラスメイトって感じ。俺はスポーツやってて忙しかったし、神野さんもアイドル活動で忙しかったから、接点は全然なかったけど」
「えー、三峰君ってかっこいいから、結構お似合いだと思うんだけどなぁ」
「俺はそういうの、正直あんま興味ないんだよね」
「そっかー。スポーツって何やってたの?」
「サッカーだよ。一応、クラブチームに入ってやってた」
三峰が神野の小学校からの知り合いだと知れたのは大きい。もしかしたら、十倉にとって有益な情報を知っているかもしれないし、仲良くなっておくことで今後役に立つかもしれない。昼休みに入ってから、十倉は三峰に話しかけ、放課後に話したいと約束を取り付けた。もちろん、周りに人がいる中で。三峰は急にそんなことを言われて不審に思ったのか、訝し気な表情を十倉に向けたが、『今後はこっちで』とチャットアプリのアカウントを交換させられたので、ひとまずダメというわけでは無いようだと胸をなでおろした。
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