【習作】日本帝国×日本国(マブラブ Muv-Luv)   作:門前緑一色アガり鯛

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第1話

閣議の終了から総理による会見が行われる午後6時00分までの事態の推移は以下の通りであった。

 

 

午後5時00分、閣議、総理承認を経て防衛長官より海上自衛隊に海上警備行動発令さる。

新潟県沿岸部の市町村・石川県能登半島沿岸部の一部市町村に避難勧告が発令さる。

      

午後5時15分、首相官邸内に佐渡島消失対策本部の設立。

      

午後5時30分、海上自衛隊舞鶴基地より舞鶴地方隊所属「DE-229あぶくま」、第3護衛隊群所属「DDG-175みょうこう」・「DDH-141はるな」が出港。

海上自衛隊八戸航空基地よりP3C哨戒機が発進。

 

 

 

今回発せられた「海上警備行動」は自衛隊法第82条に基づいている。

 

自衛隊法第82条

防衛大臣は、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命ずることができる。

 

 

「海上警備行動」位置づけは、「防衛大臣が、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要があると判断した場合に命ぜられる、自衛隊の部隊による海上における必要な行動。」である。

本来、「海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持」は海上保安庁の仕事であるが、海上保安庁の能力では対処できない場合、この「海上警備行動」によって自衛隊がその代わりをするのだ。

よってこの「海上警備行動」は海上保安庁の延長と考えられ、この場合自衛隊は警察官職務執行法・海上保安庁法にしたがって行動することになる。

 

そして今回、この海上警備行動が発令されることとなったのは、未だ佐渡島消失の原因が、人為的つまり敵国による何らかの攻撃か自然災害的な事象によるものか定かではなく、加えて何れの原因の場合も数万の島民が生活していた島が消失するという事態なのだから、海上保安庁の手に追える事態ではないと判断されたからであった。

 

 

 

 

 

 

 

12月25日午後6時00分 

 

 

午後6時から閣議で決定された通り総理による緊急会見が開かれた。

この会見は政府側の要請と極めて重大な内容であるとの事前告知もあってNHKと在京キー局以外の地方民放も含めたすべての民放のテレビ・ラジオにおいて日本全国に同時生中継されていた。

 

 

集まった報道陣によって焚かれる無数のフラッシュ、その音と光の中、大泉は粛々と発表を始めていく。

 

 

「本日、危機管理センターより私の元に緊急の報告が為されました。」

 

 

 

危機管理センターとは、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件時における迅速な対応と情報集約の欠如を受けて、1996年に橋本龍太郎内閣によって設置された内閣府内の機関であり、警察庁・防衛庁・消防庁・海上保安庁・気象庁との間で情報共有ネットワークを構築し24時間体制で情報集約に当たっている。

 

今回の佐渡島の一件において、その役割を発揮し

 

航空自衛隊 → 市ヶ谷 → 

                      危機管理センター → 総理大臣

新潟県警   → 警察庁 → 

 

上記のように各機関の情報が危機管理センターに一旦集約され総理に報告される形となった。

 

 

 

 

 

「その報告の子細は一先ず置いて、事実を先に申し上げます。

佐渡島が消滅しました。

これは比喩表現ではありません。

原因は不明ですが、本日佐渡島は地球上から物理的に消滅しました。」

 

 

あまりの突拍子もない発言内容に記者達のザワつきが一瞬、ほんの一瞬だけ止まり、そして会見場にどよめきが広がった。

暫くしてそれが若干静まったのを見計らって大泉は発言を再開する。

 

 

「事の発端は、本日午後2時20分頃、航空自衛隊の・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

よって今事態は海上保安庁が対処できる範囲を過分に超えていると判断し、本日午後5時00分、閣議にて海上自衛隊を海上警備行動に基づき日本海に派遣することを決定いたしました。」

 

 

このあと、閣議での残りの決定事項(臨時会の招集、避難勧告の実施等)を発表して会見は一先ず終了となった。

 

 

 

 

12月25日午後6時24分

 

記者会見が終了後、大泉は直様主要閣僚、内閣府職員、政務官らが張り付いている官邸内の対策本部に戻った。

 

 

戻ってくるなり次々とスタッフから各所の報告を聞いていく。

 

 

「総理、気象庁から気象衛星「ひまわり」の観測データと報告が入ってきています。

 

25日は明け方から午後2時20分ごろまでは佐渡島上空は厚い雲に覆われ観測不可能、しかし2時20分を境に30分頃には完全に雲が消失、されど佐渡島は観測されず。です。」

 

 

「そうか、わかった。

しかし・・・、此方が要請を出すまでこのような重大な事態の報告が遅れるとは、気象庁の現場の者はいったい何を考えていたんだ。

本来であれば、警察と自衛隊の報告と同じ様に危機管理センターに上げていなければならない報告だぞコレは・・・。」

 

 

「その事についてなんですが、ヒューマンエラーだそうです。」

 

 

「分かった。気象庁の方には引き続き観測を続行、何か兆候があればすぐに報告するように伝えておいてくれ。」

 

 

「扇さん、臨時国会が開かれれば野党は後々必ずこの件を攻撃してくるだろう、現場で何があったかヒューマンエラーの詳細な内容を今のうちに把握しておいてくれ。」

 

 

気象庁は扇千歳が大臣を務める国土交通省の外局であるし、総理である自身がこの時局に際してこの様な小事にいちいち直接関わっている暇はない。

そう判断した大泉は、職員から報告を聞き終えるや否やすぐさま扇 千歳(おおぎ ちとせ)国交相に指示を出した。

 

 

 

 

「総理、市ヶ谷からも報告が、P3C哨戒機は佐渡島の座標(北緯37度50分-38度20分、東経138度10分-33分)上に到着するも、レーダーには島影が一切認められず。です。」

 

 

「はやりそうか・・・佐渡島の消失は確定、後は原因の解明に絞られてくるか。」

 

 

これら報告の受けての今後の対応を考える上ではやはり、専門家の意見がこの場合重要か、そう判断した大泉は、遠谷文科相に委員会での審議の進捗状況を尋ねた。

 

 

「招集した委員会の方はどうなっているか?」

 

大泉は、閣議にて速やかに開催すると決定された有識者による委員会の人選を、遠谷 敦子(とおや あつこ)文部科学大臣に一任していた。

もっとも、いかに文部科学省キャリア官僚出身の遠谷といえども地質学などは完全に門外漢であるので、今回の人選は事務次官を通じて省の専門部署の人間に頼るところが多かったのだが。

 

 

「有識者を召集し現在もなお原因の検討を進めていますが、ちょうど今「何らかの地殻変動の可能性を第一に考えるべき」との提言が暫定としてですがなされました。

 

又、「今後より詳しい分析を進めるために閣議でも決定された海洋科学技術センターの海洋調査船による海底調査を速やかに実施すべき」とも。」

 

 

「では海洋調査船による調査は実施まで最短でどの程度かかりそうか?」

 

 

「準備も含めて早くても1~2週間以上はかかるかと、年内の実施は難しいそうです。」

 

 

「たしかあそこは文部科学省所管の認可法人だったな・・・・。

まったくこの緊急時にダラダラと正規の手続きなぞ踏まなければならないということか。」

 

 

特殊法人の整理統合・改革は大泉が掲げた公約の一つだったが、就任から僅か一年足らずという事に加えて9.11テロや国内で発生したBSE(狂牛病)への対応や不良債権処理問題などに足を取られて特法改革の方は遅々として進んでいなかった。

 

 

「そうですね、手続きに時間がかかるというのもありますが、時期が時期ですからそもそも人員を集めるのに時間がかかるそうです。」

 

 

「歯がゆいな・・・・。出来る限り迅速にと伝えておいてくれ。」

 

 

「分かりました。」と返事をして、遠谷は自分に与えられた職務を全うすべく素早く動き出して行った。

 

各所各部署の尻を叩いて急がせるべく数人のスタッフと一緒に対策室を出て行った遠谷を一瞥した後、大泉は軽く溜息をつき近くにいた中山に自傷的な笑いを浮かべながら呟いた。

 

「自衛隊が調査船と人員を強制徴発できれば、事はずっと容易に進むのだがな・・・。そうは思わんか、中山君?」

 

「はははは・・・、それができたら本当に良かったのですけどね、総理。」

 

苦笑いしながら中山はそう切り返した。

 

 

この二人の会話、時間にすれば僅か数秒の一連のやり取りが、今の日本の抱える有事体制の問題点を如実に表していた。

 

 

自衛隊は、核を除けば先進諸外国と遜色ない軍事力を有している点では、軍隊といえるかもしれない。

しかし、他国の軍隊とは決定的に違う点がある。

それは、自衛隊は一般の行政組織と同じ扱いで運用されるということだ。

 

日本以外の諸外国の軍隊は国際法、国内法で禁止されていること以外はなんでもできる、つまりネガティブルールで動いているのだ。

 

一方、日本の自衛隊は一般の行政機関と同じ扱いであるから法律で定められたこと以外は何もできず、有事に際して必要な民間物資や専門の人員を徴発するにしても、その行為を規定する法律がない限りはそんな事は出来ないのだ。

 

つまり、自衛隊は1から10まですべて法律で定めなければ運用自体ができない組織なのだ。

ではその自衛隊を運用するための法律、もっと言えば有事法制の整備は進んでいるのだろうか?

 

答えはNOだ。

 

現在、日本の有事法制、殊に日本国内における有事に関する法律は全くといっていいほど整備されていない。

 

自衛隊法に防衛出動は定められているが、その防衛出動という有事に際して必要となる法律、例えば、「捕虜の取り扱いに関する法律」も、「自衛隊が防衛上必要な民間物資を徴発するための法律」も、「公共施設を自衛隊や米軍が利用する法律」も、「国民を円滑に避難誘導させるための法律」も、「日米両軍で物資を融通・輸送の協力をして円滑に防衛活動をするための法律」も何も整備されていないのだ。

 

 

「如何に非常時といえども徴発に関する法律がない以上、いくら時間がかかろうとも指を咥えて見ているしか無い。」

 

先程の大泉も中山に対する問いかけはそれを分かった上でのことであり、それ故の自傷的な笑いと溜息だったのだ。

 

一方、中山の苦笑いと返事の中には、大泉と同じ気持ちも勿論あったが、それと同時に夢想と言っていい程に現実から乖離したことを宣ってきた左派勢力に対する呆れ、そして今までこの問題を野党の反発を恐れ、大衆受けを狙って、放置してきた歴代の自民党政権に対する不信があった。

 

しかし中山は、大泉についてはこれまでの自民党政権と同一視する気は毛頭なく「今回については時期が悪かったのだ。」と割り切っていた。

 

大泉は自らを抜擢するに際して今後の安全保障の展望を自分に語ってくれた。

 

「日米同盟の更なる深化と併せて有事法制の整備。」

 

それに賛同したからこそ長官の職を拝領したのだ。

 

 

大泉としても9.11後にテロ対策特別措置法を成立させたのを契機に、9.11テロによる国民の安全保障への関心の高まりを期待して年明けの国会で有事法制の整備を進めようと計画していたところだったが、それを実行する前にこのような事態となってしまい何とも言い難い無念さであった。

 

勿論、「この佐渡島消失という事態を予測してかつ、あらゆる国際・国内問題に優先して早急に有事法制の整備を進めるべきであった。」と政局や国際情勢の潮流というある程度所与の条件と考えるべき物事を無視して大泉を責めるのは余りにも酷な事ではあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月26日 午前6時35分

 

日本海能登半島沖約100km 佐渡島派遣艦隊 旗艦DDH-141はるな 艦橋

 

 

 

日の出の時刻まで約30分と迫った頃合いに、艦隊は佐渡島の沖合い数十kmの海域に到着した。

 

 

「艦長、予定の海域に到着致しました。」

 

 

艦長の大崎は航海長の報告に、もともと硬いと周囲から言われている表情を更に難しくして前方をじっと見つめる。

 

 

「この艦の位置ですと双眼鏡無しでも佐渡島が見えるはずですが・・・。」

 

 

副長の川満が付け加える。

 

 

「うむ、影も形も無いな。」

 

 

太陽はまだ出ていないが、空には有明の月が控えめながらに光を放っている。

本来ならこの位置からだと、艦の前方、方角で言えば北に佐渡島が見えないはずがないのだ。

 

 

「レーダーにも依然として島影は写っていません。」

 

 

レーダーに島影の反応が無いことは数時間前から既に判っていたことであったが、やはり直に消失という事実を目の当たりするまで、受け止め難いものがあった。

それは艦橋にいる者全員に言えることであった。

 

艦長以下が眼前の事実と向き合い始めた、その時航海科の観測班から艦橋へ報告が上がってきた

 

 

「前方に大型の漂流物多数!

 

海面の反射でよく見えませんが恐らく航空機や船舶の破片かと思われます!」

 

 

「何だと!」

 

と、その時!

 

 

はるなの前方一面から光が差し込んできた。

それも、並の光量ではない。

前方の一点からの光ではなく、前方の一面から光だった。

 

艦橋にいた人間は目が眩んだ。

それはそうだ、日の出前、暗闇の海にいた彼らにとってこれは、電気を消してカーテンを閉め切っていた部屋のカーテンを一気に開けたようなものだった。

 

川満は光源を突き止めようと、眩む目線を掌越しに前方へやる。

 

しかし、その正体を確かめる前に、突如現れた光は、同じく突如として急激に収束していった。

 

 

そして謎の光が消えたはるなの前方、その水平線近くに広がっていたのは、長大な海岸線だった。

 

「そんな馬鹿な・・・。」

 

川満は表情にも、言葉にも驚きを隠さなかった、いや隠すことが出来なかったと言うべきか。

航海長始めとする艦橋にいる他の面々も同様であった。

 

「はるな」の艦首は、北を向いている。

そして、「はるな」の後ろには後続する「あぶくま」と「みょうこう」の艦影と日本列島の海岸線をはっきりと確認しながら航行していたのだ。

 

では、今我々の目の前に見る光景は一体何だというのか?

 

「各員、状況を報告せよ!」

 

大崎の声が艦橋に木霊した。

 

あまりの異様な事態に、一瞬冷静さを失っていた面々は大崎の一喝ではっと我に返り、素早く状況を把握せんと動き出す。

 

川満は素早く受話器を手に取り

 

「応急指揮所!艦内各部の損傷を報告せよ!」

 

「こちら応急指揮所、艦内各部異常ありません!」

 

「CIC艦橋!状況を報告せよ!」

 

「艦橋CIC、先程システムが一瞬フリーズしましたがすぐに回復しました。

レーダー、通信、衛星、各種計器、各種兵装異常ありません。」

 

「後方に僚艦を確認できません。

無線は繋がりますがレーダーが僚艦を捉えられません。

レーダーの故障ではありません、本艦の後方一帯にジャミングのようなものがかかっています。

前方約30kmに陸地を確認・・・・大きいです、全影が捉えられません。

海岸線が日本海側の日本列島に酷似しています。」

 

そして川満は直ちに大崎にそれを報告し付け加えを行う。

 

「後方の僚艦は目視にて確認ができています。

しかし、レーダー自体に異常が無いようですから故障という訳でもないようです。

現に、前方の陸地は捉えられています。」

 

「ならば、先程の発光現象による何らかの影響と考えるのが自然か・・・。

いや、それよりも前方の陸地だ。速度を落とせ。僚艦にも伝えろ!

上にも現状を報告せよ。」

 

いきなり出現した陸地、しかも日本列島の一部に似ているという、色々と気になる点はあるものの情報が不足している今、艦を預かるものとして安易な行動は取れない。

未知の海域?(そう呼んでも差し支えないだろう)で焦って座礁でもしたら笑えないと言うものだ。

 

 

段々と空が白んで行く中、事態は風雲急を告げることになる。

 





・この小説に登場する「自民党」とは「自由民主主義党」という架空の政党の略称であり実在する「自由民主党」とは一切関係ありません。

この小説に登場する「民主党」とは「民主主義党」という架空の政党の略称であり実在する「民主党」とは一切関係ありません。

この小説に登場する「社民党」とは「社会民主主義党」という架空の政党の略称であり実在する「社会民主党」とは一切関係ありません。

この小説に登場する「共産党」「日本共産党」とは「日本共産主義党」という架空の政党の略称であり実在する「日本共産党」とは一切関係ありません

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