【習作】日本帝国×日本国(マブラブ Muv-Luv)   作:門前緑一色アガり鯛

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第3話(加筆)

第3話

 

12月26日 午前8時00分

 

外務省に務めるその男は皇居の西側、お堀を隔ててすぐそばの麹町国家公務員宿舎に住んでいた。

そこそこ優秀でそこそこ出世している彼は、年末業務で謀殺されて昨日まで職場に3連泊だった。

だがあまり汗をかかない冬といえどもそろそろ自宅で風呂に入って体を洗い流し、硬い机でなく軟らかい布団で安く見たいと思った彼は26日の午前5時に仕事を切り上げ、午前5時30分に愛する自分の部屋へ帰宅した。

 

一方で内閣府や文科相、海保・気象庁を抱える国交省、防衛庁の役人は、25日発生した佐渡島消失事件への対応と年末業務で恐らく仕事納めまで家に帰れない、最悪年末と正月が吹き飛ぶ可能性もあった。

消失事件はこれらの省庁の官僚にとって、まさに悪夢だった。

「自然に起きたのか、誰が起こしたのかも判らないが、何もこんな時期じゃなくてもいいじゃないか!」と心中涙の叫びをした者も少なくないであろう。

 

事件への対応で外務省に発生した業務はそれほど多くなく、影響としては微々たるものであった。

もともと外務省で働きたいという志望があって苦心の末入省を果たした彼であったが、上記省庁の想像に難くない惨状を考えると外務省で良かった思わないでいられなかった。

 

帰宅後、約30分間湯船で養生した彼は8時30分までの2時間半の睡眠を柔らかい布団で存分に楽しむはずだった。(森瀬の登庁時間は午前9時00分)

しかし、その至福の睡眠時間は上司からの電話によって30分も早く終了とあいなった。

 

「はい・・・、もしもし・・森瀬です。」

 

寝惚け眼をこすりながら、電話口の相手に告げる。

それに対する応答は、鼓膜が張り裂けんばかりの上司の大音量の呼び出しであった。

 

「森瀬!今すぐ登庁しろ!15分以内に登庁しろ!!!」

 

その声で一気に目が覚める。

大音量+上司の声という二重効果であれほど恋焦がれていた柔らかあったか布団を即座に手放し、飛び起きてスーツへと着替え始める。

 

「何があったのですか?」

 

器用に側頭部と肩で携帯電話を挟みながら、着替えを続ける。

 

「説明はお前が来てからだ!いいから今すぐ来い!!」

 

この一言で上司は電話を切ってしまった。

森瀬はその30秒後には着替えを完了し、カバンを抱え部屋を飛び出した。

 

その後10分と21秒という自己最短期間を更新する速さで外務省に登庁した森瀬は、上司から矢継ぎ早に説明を受けた後、紙の資料を手渡され数名の部下と一緒に公用車にぶち込まれ東京駅までパトカーもビックリのスピードで「輸送」された。

 

これは余談だが、森瀬の務める外務省から東京駅まで車を最短距離で走らせるとなると必然的に桜田門前を通らなければならない。

桜田門前あるものといえば・・・そう、警視庁だ。

警視庁の真ん前でスピード違反を犯すという所業にある種の滑稽さを感じ乾いた笑いが止まらない森瀬だった。

 

東京駅についた森瀬と部下らは、丁度今年2001年5月に運行を開始したE4系新幹線(上越新幹線)に乗り込み二時間弱で新潟駅に到着、新潟駅から用意された車に乗り込み新潟空港へ、更にそこから用意された空自のヘリコプターに乗り込んだ。

そしてそのヘリは最高速度をかっ飛ばし30分あまりで日本海上に浮かぶ護衛艦はるなの艦上に降り立った。

 

この時、上司の電話に叩き起こされた午前8時00分から約3時間半が経過し時刻は午前11時33分となっていた。

 

既に森瀬の頭は完全に仕事モードに切り替わり、3時間半前の寝惚け眼をこすっていた男とは似ても似つかない別人となっていた。

森瀬は、前述の通り外務省で上司から大体の説明を受け、そして細かい点は新幹線の車内で省の方とも必要に応じて連絡を取りつつ、手渡された資料を通じて状況を把握していた。

状況を把握していく中で、森瀬に湧いてきたものは2つ。

 

突飛な現実離れした出来事に対する純粋な驚き、そしてこの様な重大な役を拝領できて外交官冥利に尽きるという思いだった。

 

この2つを胸に、森瀬は乗り込んだ内火艇の先頭に仁王立ちし例の切れ目とその先に泊まる雪風を見据える。

これからの大役を思うと体が、否が応にも引き締まった。

 

 

 

 

 

同時刻 

 

「お昼のニュースをお伝えします。

 

まず、昨日発生した佐渡島消失事件についてです。

政府の発表によりますと、佐渡島消失の詳しい原因は今だ不明、海上自衛隊による調査を継続するとのことです。

また今までの調査の結果については、島民生存者の発見は未だ無く、それどころか佐渡島にあったものと思わる建造物瓦礫や流木すら周辺海域から全く見つかっていないとのことです。

また政府は昨日から引き続き周辺海域へ民間船・民間機の航行を禁止し、この措置は当面続くとのことです。

 

次のニュースです。

大泉総理は今朝、中田眞紀子外務大臣の更迭を発表しました。

後任には麻生汰郎氏の起用を発表しました。

皇居での認証式は先程終了した模様です。

大泉首相は今回の人事について、就任以来度重なる問題発言、総理・内閣方針の無視、それによる事務方との不和・不協、また私情・私用で外務省を徒に混乱させるなどして、外務大臣としての職責を果たせていないためだと・・・・・」

 

 

 

このニュースを当の大泉は皇居から首相官邸へと戻る車の中で耳にしていた。

そして、その大泉の隣に座っているのは、これまたニュースのその名が出た、「現」外務大臣の麻生汰郎。

 

「支持率への影響は必至だろうな。

彼女はあれだけの事をしでかしても未だに国民に人気がある。

まあ、その彼女を広告塔にしたからこそ総裁選に私は勝てたわけだが・・・・。」

 

中田眞紀子前外務大臣が就任以来やらかした失態は枚挙に暇がない。

閣議においてまだその如何を決定されていなかったミサイル防衛構想についてアメリカ合衆国のアーミテージ副長官との会談の場で反対の立場を表明したり、9.11テロ事件において機密情報であったアメリカのブッシュ大統領の避難場所うっかり記者会見で漏らしてしまったり、外国要人との会談に遅刻しその理由を秘書官に擦り付けたりだ。

そして一番の失態は外務省内の親米派と親中派の派閥争いに深く首を突っ込み、それが事務方や省内主要官僚との軋轢を生み、外務省を実質的に機能不全にまで追い込んだことだ。

簡単に説明すると以下のような展開だ。

外務省内には親中派と親米派の二大派閥が存在しているのだが、もともと親米保守の政党である自民党の中でも指折りの親米派である大泉が首相となったことで省内では親米派が親中派を圧倒した。

そこに介入したのが、父親角栄譲りの親中派である中田というわけだ。

彼女は外務省を「伏魔殿」と呼び、外務省改革を声高に叫んだが、実際は外務大臣に人事権のない省内の人事に(親中派をねじ込もうと)強引に介入し反発と混乱を招いただけだった。

 

「恩賞は必要だったことは否定しませんが、外務大臣のポストは少々気前が良すぎた。ということでなんでしょうな。」

 

たしかに、先の総裁選において、国民の圧倒的人気を誇る彼女の働きは大泉陣営にとってかなり大きかったことは否定出来ない事実だ。

実際、総裁選の予備選前の段階では党内最大派閥の橋本派が推す橋本龍太郎が有力視されていたが、中田の協力を得て派手な予備選挙戦を展開した結果、大泉は「大泉旋風」という一大ムーブメントを引き起こし総裁予備選に大勝、そのままその流れに乗って総裁選本選でも圧倒的勝利を収めたのだ。

 

「耳が痛いな。麻生さん。

勿論完璧にコントロールできるとは思っていいなかったが、もう少しうまくいくかと考えていたよ。

私が角栄の血を甘く見ていた、ということだろうな。」

 

大泉が中田に外相という重要ポストを与えたのには他にも理由があった。

それは派閥を抑えるということであった。

 

大泉は組閣と党内人事において慣例となっていた各派閥からの人事推薦を一切受け付けず、自らが主体となって閣僚・党三役を指名したのだが、その意図は、自らが長年掲げ続けてきた「聖域なき構造改革」を断行するためであった。

しかし、派閥の意向を無視した代償として、ただでさえ族議員から睨まれる総裁大泉への各派閥の圧力も強まる。

 

自民党は、各派閥からの推薦を取り入れて組閣をしてきた歴代政権でさえ、派閥抗争によって政権運営への妨害、果ては倒閣運動までされてきた前例がある。

 

故に、大泉は派閥運動を抑えこむ強力な武器として「民意」詰まる所「支持率」を求めた。

その「民意」を生み出すものとして大泉が持ちだしたのは、自身のいわゆる劇場型の政治手法そして、父親譲りのカリスマを持つ中田眞紀子という人物だったのだ。

彼女を重要閣僚に据えることで更に「民意」を集めようとしたのだ。

実際それは上手く行った。

今年4月の政権発足時の内閣支持率は戦後最高の80%超を記録し、7月の参院選も流れに乗って大勝利を収めた。

 

しかし、彼女は民意を集めるのと同時に、多くの失態を晒し国家の肝心要、外交を司る外務省を機能不全にまで追い込んだ。

彼女は、御し得ないじゃじゃ馬、諸刃の剣だったのだ。

 

「まあ、兎にも角にも、異世界と国交を開こうという現在の局面を考えれば、いやそうでなかったとしても9.11テロ以降国際情勢が緊張している今、彼女を罷免したのは正しい判断ですよ総理。

私としても起用して貰ったからには今回の仕事は必ず結果を出す所存ですよ。」

 

対米関係を重視する大泉は9.11事件時の機密漏洩以降、外相の頭越しに外交を行わせることでこれ以上の問題の発生を避けてきたが、テロ事件以降緊迫する国際情勢に加えて異世界との交渉となった時点で、「これはもう何か綻びが生じる前に更迭するしか無い。」と判断するに至ったわけだ。

 

「期待しているよ、麻生さん。」

 

車が首相官邸に到着し、二人は官邸内の一室で話を再開する。

 

 

ちなみに、2001年(平成13年)現在の首相官邸は昭和4年に竣工した旧官邸(読者諸兄から見て)である。

旧官邸は1920年代に世界的に流行したアールデコ調の建築様式が取り入れられ、文化財としての価値もある建物であるが、五・一五事件、二・二六事件においてはその重要な現場の一つであり当時の弾痕を今に残している等、歴史的にも価値ある建築物である。

しかし、旧官邸は近年老朽化が著しく、目下新官邸が建設中であり来年竣工予定である。

 

 

「人工衛星に、我が国の防諜体制を鑑みれば何時までも隠し通せるものでは無いでしょうな。」

 

「ああ、それは分かっているが、せめて・・・たしか「日本帝国」だったか・・・との交渉がまとまってから国内外へは公表したい。

まあ、向こうの世界情勢も把握し次第考慮に入れていかなければならないだろうが。」

 

幸か不幸か、異世界への扉は日本の領海で開いた。

今日か明日には情報を掴む国(勿論その情報がどの程度の確かさで伝わり、どう判断されるかはかなり微妙なところがある。なにせ異世界など突拍子もないことこの上ない。)も出てくるだろうが、それでも異世界に対する接触・情報へのアドバンテージはこちらにある。

それを以って国益も確保しつつ諸外国とりわけアメリカとの関係を秤にかけながら進めていく。それが大泉の現時点での方針だった。

 

この時、確かさを持って異世界というこれまで空想の産物と思われていたものを認知していた政治家はこの地球上で大泉と麻生を含む一部の閣僚だけであった。

そして彼らが異世界との関わりおいて想定していたメリット・デメリットはその何れも経済的又は文化的なもの若しく国家間の安全保障に類するものであり、「人類に敵対的な異星起源種」による侵略などは全く以て思考の対象外、考える価値すら無いものであった。

 

 

 

 

 

 




・この小説に登場する「自民党」とは「自由民主主義党」という架空の政党の略称であり実在する「自由民主党」とは一切関係ありません。

この小説に登場する「民主党」とは「民主主義党」という架空の政党の略称であり実在する「民主党」とは一切関係ありません。

この小説に登場する「社民党」とは「社会民主主義党」という架空の政党の略称であり実在する「社会民主党」とは一切関係ありません。

この小説に登場する「共産党」「日本共産党」とは「日本共産主義党」という架空の政党の略称であり実在する「日本共産党」とは一切関係ありません

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