【習作】日本帝国×日本国(マブラブ Muv-Luv) 作:門前緑一色アガり鯛
・この小説に登場する「自民党」とは「自由民主主義党」という架空の政党の略称であり実在する「自由民主党」とは一切関係ありません。
この小説に登場する「民主党」とは「民主主義党」という架空の政党の略称であり実在する「民主党」とは一切関係ありません。
この小説に登場する「社民党」とは「社会民主主義党」という架空の政党の略称であり実在する「社会民主党」とは一切関係ありません。
この小説に登場する「共産党」「日本共産党」とは「日本共産主義党」という架空の政党の略称であり実在する「日本共産党」とは一切関係ありません
第4話
「川満二佐、彼らに関して何がしかの新しい情報は無いのですか?」
冬の日本海の荒波を掻き分けながら進む内火艇の上で森瀬はお付きの自衛官として同行している「はるな」副長の川満二等海佐に尋ねた。
「いえ、報告した以上の事は何も・・・、今回の交渉の席に関する事務的なものを除いて、無線でのやり取りもあれ以降行なっていませんから。」
「そうですか。」
自分が到着するまでの間に何か新しいことが無かった事を確認した森瀬は、いつの間にやら間近に迫った「雪風」に視線を移し、そして思う。
「(全てはこれからということですか・・・、先ずはお互いの齟齬を埋めたり、彼我の国家の相違点を洗い出したりすることから始めなければなりませんね・・・・)」
「これはかなり長くなるかもしれませんね・・・。」
上司から受けた説明、資料と電話で確認した情報の内容は、基本的に海自が今回あったことをただそのまま報告しただけのものだった。
具体手な交渉や情報収集などは軍組織の仕事ではなく行政の領分なのだから、それ自体に問題は無い。
だが国交云々の交渉の前にしておかなければいけない、彼我の国家の国名、文化、経済・産業、政治・政体、歴史、対外関係、向こう側の世界情勢、何が同じで何が違うのかの確認を全くのゼロから森瀬は確認しなければならないのだ。
無論、面倒くさいなどとは微塵も思わない、むしろ国家の重役を任された身としては若干不謹慎かも知れないが異世界の日本に好奇心がふつふつと湧いているのだ。
だが、前述のとおりゼロから始めなければならないので、どう話を切り出し、どこから話を進めていくべきか考えを巡らせているのであった。
波が荒いのと「はるな」と「雪風」では甲板の高さがかなり違うため、接舷はせずに距離30メートルでお互いの船体がに平行になるようにして錨を下ろした。
因みに移動したのは「雪風」の方だ。
駆逐艦「雪風」に乗り込んだ森瀬らはサイドパイプの笛の音と下士官達の捧げ銃に迎えられた。
手を胸に当てる文民式の返礼でそれに答えた森瀬のもとに、眼鏡をかけた恰幅のよい壮年の男性が艦長の東中野を伴って近づいてきた。
スーツを纏っていることから森瀬と同じ文官であることが伺える。
またその風貌、容姿が全体的に昭和の名宰相吉田茂に似ているように森瀬には思われた。
「初めまして、私(わたくし)、今回の交渉を将軍殿下より任されました吉田巌と申します。」
将軍殿下?
早速、詳しく聞いて確認したいことが出てきたが、それはぐっと飲み込む。
挨拶も返さないうちから質問をするなど失礼千万であるし、そもそもこんな場所(甲板)で話を始めることもない。
森瀬は吉田が差し出した手を握り、笑顔で返事をした。
「よろしくお願いします、吉田殿。
私は内閣により外交使節として貴国へ派遣されました外務省の森瀬忠秋です。」
握手と挨拶もそこそこに、艦長の東中野の案内で森瀬と吉田は艦長室へと移動した。
艦長室といっても所詮駆逐艦、旗艦や元首の座乗艦となるような艦では無いため、室内やその作りにとりわけ豪華さ感じさせるものは何もない。
質素な作りではあるが一応設けられている応接用の一対のソファーに向かい合うように森瀬と吉田の両名は座り、川満と東中野はそれぞれの後ろに立った。
「さて・・・、まず何から話したら良いものでしょうかな・・・・。」
席について最初に発言したのは吉田だった。
しかし、それだけ言うと吉田は体をソファーにゆったりと預けた。
焦りも迷いも感じられないそのリラックスした表情からは、本当に何を言うべきかを決め倦ねているのではなく「先ずはそちらからどうぞという」意が容易に読み取れた。
同時にその態度から「そちらもどうぞ楽になさってください」というサインも受け取った森瀬は姿勢を崩し、こちらに譲ってくれた最初の質問をすることにした。
「では、先ずはこちらから質問させていただきます。
先ほど仰られていた「将軍殿下」とはあなた方の日本において一体どのような方なのですか?
吉田殿は先程「将軍殿下より任された」と仰っておられたので貴国の元首であられるのかと推察していますが・・・。」
内火艇の上で色々逡巡していたが、先ずは自分が一番気になったことから質問して見ることにした。
吉田は一瞬驚いた表情を見せるが、すぐにさもありなんという顔になった。
同じ日本といえど、世界が違えば政体に差異があろうと不思議ではないという考えに直ぐに至ったのだ。
「いえ、我が日本帝国の元首は万世一系の皇帝陛下であり、将軍殿下はその皇帝陛下から全権を委任され国事の全てを任された方です。」
「・・そうですか、分かりました。」
数秒の沈黙のあと森瀬は再び言葉を紡ぎだす。
「吉田殿、少し長くなりますが宜しいですか?」
よしとする返事を受けて、それではと森瀬は語り始めた。
狩猟採集の縄文、水稲耕作の弥生時代から大和朝廷を経ての律令国家の形成、平安後半の10世紀からの武士の台頭、その後鎌倉幕府による武家政権の誕生、南北朝の動乱、戦国期そして徳川幕府の成立とそれによる200年の太平の世、黒船来航の前後から始まった幕末の動乱、尊皇攘夷の高まり、倒幕を目指した薩長同盟成立、大政奉還、戊辰戦争、そして明治維新、日清日露、第一次、第二次世界大戦、冷戦構造の中での戦後の奇跡的な経済発展。
枝葉末節を省き、要点だけをかい摘んで先史時代から現代に至るまでのあらましをひと通り伝えた。
個々の質問を重ねていくより、歴史の文脈の中で確認していく方が、手っ取り早いと思ったからだ。
「それで、貴国の元首であられる皇帝陛下のことですが、お話したように我らの日本では、中華思想の「皇帝」も西洋で見られる「皇帝」も本朝では対外向けを除いてあまり用いたことはありません。
こと明治以降は、「天皇」という呼称で統一しています。」
「なるほど・・・。いや、これは興味深いですな。
我らとあなた方の歴史、大政奉還以前は全くといっていいほど同じです。
我らの皇帝もその起源と歴史はあなた方と同じく近畿の大和朝廷に遡ることができますし、あなた方の天皇と大政奉還までは全く同じ歴史を辿っています。
呼称は、我々もあなた方と同じで、大政奉還後に呼称を統一したのですが、それが「天皇」でなく「皇帝」だったというだけです。」
「ですが、幕末・大政奉還以後は政体にも歴史にも大きな差異があります。
なにせ、あなた方の日本にはもう存在しない武士階級と将軍がまだ存在しているのですから。
しかしそれ以上に、世界史のレベルで比べた時、我々とあなた方の世界では、第二次世界大戦後がかなり違います。かなり。」
そう意味深に「かなり」強調した吉田は、懐からシガーケースを取り出して、森瀬に吸ってもよろしいかと尋ねる。
断る理由もないのでどうぞと森瀬が答えると、カッターで葉巻の端をカットし長いマッチでそれに火をつける。
「いやはや、何とも羨ましい限りです。
よもや、あの忌々しい連中が存在しないとはまったく・・・。」
甘い香りの紫煙を吐きながら、しみじみと呟いた。
「我々の世界の人類は今存亡の危機に立たされています。
我々の敵の名はBETA(ベータ)、端的に言えば人類に敵対的な宇宙生物です。」
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2001年 12月26日 日本帝国帝都東京 帝都城
その威光と権威に見合う実権を回復した政威大将軍煌武院悠陽は帝都城内の私室で、甲21号作戦の為に散華した英霊達に感謝の祈りを捧げつつも、これからの国民の身を案じていた。
この作戦の成功により帝国は多くの勇敢な将兵の命と佐渡島自体を失うなどの多大な犠牲を支払ったが、甲21号作戦(オペレーションサドガジマ)の成功により、西日本奪還を果たした明星作戦以来の大戦果を挙げた。
これで帝国は約3年間その喉元に突きつけられ続けてきたバイブというナイフを漸く完全に払うことができたのだ。
だが、98年の本土侵攻以来失われた人的資源や国富は勘定するのを途中で投げ出したくなる程膨大で、この国力が減衰した状態で後方国家になるというのは財政的に苦しい。
そして、逼迫する財政のしわ寄せは国民に重税や配給への影響という形でのしかかっていくのだ。
現状でさえ、一般国民の殆どは飢餓一歩手前の食糧事情で毎日確実に三食にありつけるのは軍人ぐらい。戦災で郷里と住む家を失った西日本や中部地方の者は師走の寒風が吹き荒ぶなかバラックや避難キャンプでの暮らしを余儀なくされ、また戦災が及ばなかった東北などの地域も戦線を支えるための重税に疲弊しているというのに、これ以上負担を国民に強いるというのは心が痛む。
BETAを国内から駆逐したことによってとりあえず直接的に国民の生命が脅かされるという脅威は取り除けた。
そしてこれからは後方国家としての責任のために、何より帝国の更なる安全を担保するために半島の対BETA戦線に傾注しなければいけないのは理解できている。再び帝国を戦場にしハイヴを建造される事態だけは何としても防がなくてはいけない。
だがそのためには、今でさえ十分でない国民を庇護する手を更に緩めなければならない。
トレードオフの2つだが、どちらを取るべきか、取らなければいけないのかは為政者として当然理解しているし、内閣も政府も又然りである。
だが、自分を慕ってくれる愛おしい国民の窮状を考えると唯々只管に辛く五内を裂く思いである。
その自分の様子を心配してが、自らが大いに信頼を寄せる近侍の入れてくれたお茶も気が引けて一向に飲む気になれない。
そんな折だった。
佐渡島跡の海域での一件が悠陽にもたらされたのは。
「これは天佑なのでしょうか。」
吉田を送り出した後、悠陽は人知れず呟いた。
向こうの日本や世界の詳細な情報など殆ど無いに等しい現状では根拠のない期待でしか無いし、無論向こうの日本や世界の情勢がこちら以上に悪いという最悪の場合を第一に想定している。
夢想に縋るつもりはないし自分はそんなことをしていい立場でもない。
しかし、あてにしないという前提で心の奥底に一縷の希望も持たずにはいられなかった。