番外編は基本糖度高めです。
1
「あんたみたいな平凡な一般人が『公子』様に近づかないでくれる?」
ファデュイの制服を着た女が突然カナデにそう言い出し、カナデは混乱した。
(一般人? この子見た事ないな……でも、どんな環境で生きてきたらそんな話をしてこようと思えるんだろう?)
カナデはその日買い物をしており、鞄にしまう前の旅の必需品を買いにスネージナヤの都市部の街を歩いていた。
途中で購入した様々な商品はひとまず買い物袋に入れている。
テイワットでは購入した荷物を運ぶ時、基本紙袋が多い。だが、カナデはよくお手製の布の買い物袋に入れている。
「ちょっと聞いてるの?」
「え? ああ、ごめん」
先ほどから考え事をしていたカナデは上手く返せず、とりあえず謝罪した。
ファデュイの制服を着た女は苛立った様子で、仮面越しにカナデを睨む。
「身の程をわきまえてもらわないと困るのよ」
「はぁ、それはすみません」
カナデは答えながら女を観察する。
女の年齢は若そうに見える。
何故そう判断したかと思うと、人が少ない場所に移動した時に話しかけてきたのはいいが、考えが浅はかだからだ。
───いや、本来は年上かもしれないが。
カナデはたまにこういう輩に似た様な絡み方をされた事がある。
ファデュイの『公子』タルタリヤとは表向きは協力関係か、無理やり従えさせられてる、というフリをしているが、実際は恋人である。
ただ、今はまだ時期じゃないとカナデが説得して、今はまだ公表していない。
それでもどうしても、カナデに文句をつけてくる者はいる。
まあ、そういう事をタルタリヤに聞いても、流されるだけと知っているからだろうとカナデは考えているが。
「いくらあんたが『公子』様に気に入られてるからって、距離感を間違えてると痛い目にあうわよ」
カナデは正直そんな考えを言われても、と思っている。
むしろこちらがあまりベタベタしない様にと言っても、気にしていないかの様に更に距離をつめてくるのは誰だと思っているんだとカナデは言いたい。
しかし、そんな事言えば逆上するだろうと予想して、カナデは『すいません』とまた、当たり障りのない返答をする。
別にカナデ本人としては彼女自体を口封じ(物理)してもいいのだが、面倒だし、出来れば非人道的な事はしたくない。
女はカナデの謝罪に満足したのか、少し気が済んだ様だ。
「別にもう行っていいわよ」
「そうですか。では失礼します」
カナデはそう返し、その場を立ち去る事にした。
出来ればもう会いたくない。何故かといえば面倒臭いからだ。
これからまだ用事もあるし。
カナデは出来るだけ早足でその場を去った。
※※※
それから数日後。
カナデはため息を吐いた。
最近前にあった女が絡んで来る様になった。
これじゃ冒険者としての活動に支障が出る。
前は魔物を倒し終えて疲れた時に、いきなり来たかと思えば自分は『公子』様と付き合って居ると長話に付き合わされた。
カナデは100%嘘だなぁ、と思い、適当に相槌を打ちながらやり過ごしていた。
次は危険な秘境に行く途中、『公子』様が助けてくれて自分は好きになったんだと謎の恋話に付き合わされる。
むしろこの女、私が好きなんじゃないかとカナデは思い始めた。
無論恋愛的ではなく。
もうカナデは段々ストレスが溜まって来た。
こんなならまだタルタリヤの長い家族の話を聞いていた方がいい。
カナデはまた面倒な事になる前にどうにかしないとと考え始めた。
最近は中々寝れなくて目の下に隈がある。
それを化粧でなんとか隠してはいるが、それもそろそろ限界だ。
そろそろ国を移動してしまえば、もう追いかけて来れないだろう。仕事もあるだろうし。
むしろある意味ストーカー行為じゃないか? とカナデは憂鬱な気分になり始めた。
カナデは今カフェで紅茶を飲んで休憩中だ。
「はぁ」
とまたため息を吐くと辺りを見回し、人が少ない事を確認するとテーブルに伏す。
すると突然、目の前に影が差したのでカナデは条件反射でビクッ、と身体を震わせる。
恐る恐る顔を上げると、そこには笑顔でカナデを見る見知った人物がいた。
それを見て安心した様にカナデはため息を吐く。
「はぁ。なんだ、きみか〜……。良かったぁ」
「良かったって、何が?」
カナデは安心した様に脱力し、テーブルに突っ伏す。そんな様子に目の前のテラコッタ色の髪の青年、『公子』タルタリヤは僅かに目を見開き、不思議そうな表情を浮かべた。
「いやね、ここ最近ずっと変な人に絡まれててさ」
とカナデは返しながら顔を上げる。
だが、直ぐに元凶コイツじゃん……と思い出してしまい口を閉ざす。
それから無言で立ち上がると、紅茶は勿体ないが諦めて支払いをしようと会計に向かう。
後ろから『ちょっと待ってよ』と声が聞こえて来たが、聞こえないフリをして会計を済ませて、店を出た。
「あのさぁ、何で逃げるのかな?」
カナデは足早に歩くと後ろからそんな風に話しかけられた。
だが、タルタリヤともし一緒にいる所をあの女に見られたら面倒臭い事になる。
でもタルタリヤを無視してもまたしつこく言われるか、とカナデは考え、とりあえず振り返ると親指で人通りが少ない方向を指した。
「あっち」
「? ああ、分かったよ」
カナデの指差した方向を見て何かを察したのか納得した様子で頷いた。
そしてカナデはまた歩き出すと、その後ろに付いてくる様に歩く気配を感じた。
カナデは何となく振り向けば、やはりと言うべきか相変わらずいつもと変わらない笑顔を携えている。
久しぶりに会うが特に変わりはない様だ。
カナデは諦めてそのまま歩き続けた。そして少し歩いたところで宿屋に入り、受付を済ます。
そして部屋の鍵を受け取るとタルタリヤを確認しつつ、階段を上り、部屋に入る。
「で? どうして逃げたの?」
カナデが部屋に入ると直ぐに窓のカーテンを閉めはじめると、背後からそう声をかけられた。
カナデは欠伸を噛み殺しながら振り返る。
「ふぁ、逃げたんじゃなくて、疲れてて……。頭が上手く働かなくて、八つ当たりしそうで」
「へぇ? 八つ当たりねぇ?」
カナデは手袋を脱いで、ポケットに入れつつ手を口前に当てて欠伸を噛み殺しながら、適当に受け流した。
そしてブーツを脱いで、ベッドに上がり寝転がった。
「眠い。はぁ。時間ある? ちょっと寝るから起こして欲しいんだけど」
「うん、いいよ。でもその前に一個いい?」
「? いいけど」
カナデは寝転がった状態で顔だけを横に向けると、ベッドに腰かけ、カナデを見つめる青い瞳と視線が合った。
そして何故か伸びてきた手に頬を優しく撫でられるが、特に嫌ではないのでカナデはされるがままになっていた。
「ねぇ、君は本当に俺の事好き?」
急に何を言い出すんだ? とカナデは内心首を傾げるが、何を当たり前の事を、と考えながらも素直に答える。
「うん、好きだけど」
カナデの返答にタルタリヤは嬉しそうに笑う。
先程までの貼り付けた笑みではなく、太陽を思わせるような満面な笑みだった。
「俺も好きだよ」
カナデはその笑みを見て、一瞬見惚れてしまうがすぐにハッとなり視線を逸らす。
「あー、うん。ごめん、変な行動取って。余裕無くて……不安にさせたから聞いてきたんだよね?」
別に今は用事がある訳では無い。
用事があれば仕方なく避けたりする事はあるが疲労したカナデにはまともな思考能力は残ってない。
だから、カナデは素直にそう答えた。
「うん? まぁ、少しはね。でも対して気にしてないよ。君は気を使いすぎだよ」
そう言って頭を撫でられる。
いつの間にか手袋を外していたようで、直接手が頭に触れている。
妹にやるような行動だが、わざとではなく自然に出ている様なので文句も言えない。
タルタリヤは妹や弟を溺愛しているのをカナデは知っているからだ。
カナデがそのまま大人しく撫でられていると、不意に手を離された。
「? どうしたの?」
「いや、今日は大人しいね。そんなに疲れてた?」
と問われ、カナデは目を瞑りながらもこくり、と頷く。
少し喋るのも億劫だ。このまま正直見張ってもらって眠りたい。
普段なら少しからかう様な発言が出てくるが、流石にカナデが弱ってるのでそれは控える事にした様だ。
カナデはそれにほっとしつつ、目を閉じた。
「じゃあ、少し寝る」
「うん。分かったよ」
そう答えるとカナデはそのまま眠りに落ちた。それをタルタリヤは無言で見つめる。
無表情で何を考えているか分からない顔で。
「……普通ってのはよく分からないけど、多分、いきなりこんな場所に連れてこないんじゃないか? 本当に無防備で危機感がないな」
と誰に言う訳でもなく独り言を呟く。それからそっとカナデの頬を指で優しく撫でると、カナデはくすぐったかったのか僅かに身動ぎをする。
「……目の下に隈がある」
タルタリヤはカナデの目元に薄らとある隈を確認する様にそっとなぞる。
カナデは身動ぎするが目を覚ます様子は無い。ぐっすり眠っている様だ。
「大丈夫だよ、カナデ。君を悩ますモノは全て排除するから」
そう言って誓うようにタルタリヤはカナデの髪を優しく撫で、額に口付ける。
そしてそのまま暫くカナデが起きるまで、彼はその寝顔を眺めていた。
※※※
女はその日、上機嫌で歩いていた。
最近話を聞いてくれる人がいるのでマウントも取れるし、『公子』様に馴れ馴れしい女も自分より格下と知って優越感に浸れたからだ。
その機嫌は歩き方にも出ていて、自然と足取りが軽やかだ。
そんな時、同僚の男に早足で歩きながら話しかけられた。
「お前さぁ、妖精さんに最近ちょっかいかけてるって本当か? やめといた方がいいぜ?」
「はぁ? 何でよ」
何を言っているのか分からず、女は聞き返すが、男は呆れた表情を浮かべる。
『妖精』と言うのはカナデの事だ。一部のファデュイの人間は彼女の事をそう呼んでいた。
それはカナデが『導きの妖精』とも呼ばれているからだ。
女もそれを知っている。
「お前は最近指導が終わって、ようやく活動する様になって浮かれてるのかもしれねぇけどよ、そんな事したら『公子』様に何されるか……あの人普段は気さくだし、罰とかもしてこないから忘れがちだけど逆鱗に触れたらヤバいって」
「何言ってるの? あの『妖精』が私の『公子』様に気安くちょっかいかけてるから注意しただけよ? 私は悪く無いわ」
「お前、本気で言ってんのか?」
「ええ、勿論よ」
女は自信満々に答える。自分は何一つ間違ってはいないと思っているのだろう。
自分の立場を理解していない発言に男は頭を抱えたくなった。
ファデュイに入っている人間にとって執行官は手の届かない領域にいる存在だ。
その強さは桁違いの人々で、様々な得意分野がある。
極端に言えば『富者』や『雄鶏』は計略が得意で、『博士』は研究をし、道具の開発をしたり、『隊長』は前線で戦うなど……と言っても皆を揃って見れる機会は少なく、1人だけでも中々出会えない。
その中では『公子』はまだ若く、戦闘を得意とする存在だ。
しかし、それは人から見たら『狂ってる』とすら言われてしまう程で、中々受け入れる人は少ない。
まるで暴風の如く周りを巻き込んで戦闘をする為、どちらかと言えば単独行動の方が好きな様だ。
他の執行官は被害が及ぶからとあえて他国の討伐任務という名の『親善大使』の様な役割を与えている。
彼は戦闘を好む本質はあるが、人懐っこい印象があるからだ。
そういう人間を表に立たせて、自分達がその間に目的を果たす方が効率がいい。
「なんだっけ? お前確か『公子』様に前助けられてから、憧れてんだよな?」
「ええそうよ。あの凛々しいお姿に憧れてるの! それにほら。『妖精』なんかより私の方がちゃんと自分の手入れとかしてるし」
女はそう答え、自分の髪を一房手に取り男に見せる。確かに艶やかな金髪は手入れされており、いい香りが漂ってくる。
だが、それがどうしたと言うんだ? と女の発言を聞いて男は呆れた様に思う。
「確かにそうだけど、でも別にあの人だってちゃんと身なりしてるぞ? まあ、その辺詳しくないけど。俺のねーちゃんくらいには」
「あんた、そういうとこモテない理由なんじゃないの? こういう時に余計な一言言うから」
「いや、だって事実だし。まあいいか。俺は忠告したからな」
男はこれ以上言う気はないらしく、それだけ言うと手を振りながら去って行く。女はそれを見送ると、ふんっ! と鼻を鳴らして歩き出す。
(何よアイツ。偉そうにして。余計なお世話よ! 大丈夫、あたしは上手くやれる!)
そう思いながら女は任務先に向かう事にした。
※※※
女は長期間の任務を終え、久しぶりにカナデに話を聞いてもらおうと意気揚々と走っていた。
そして、カナデを見つけ声を掛けようとしたその瞬間だった。
「──ああ、いた。そこの君」
突然声をかけられ、そちらを向けばそこには『公子』の姿があった。
一瞬よく分からず女は固まるが、直ぐに笑顔を浮かべた。
「あ、『公子』様! なんの御用でしょうか?」
「うん。ちょっとね、聞きたい事があってね。ちょっと場所を変えようか?」
「はい!」
女はまさか近くにいるカナデではなく自分に用があるとは思っておらず、内心喜びで一杯だった。
(そうよ! あんな女より私の方が相応しいのよ!)
女はニコニコと笑みを浮かべながら『公子』の後をついていく。その表情は恋する乙女だった。
「それで、私に何を聞きたいんですか?」
人気のない路地裏まで連れていかれ、まさか、告白とかキスとか!? と女は内心期待で一杯だった。
「───君、カナデに何をした?」
だが、振り返った『公子』が発したのはそんな低い声と冷めた視線だった。
女は一瞬。何を言われたのか分からず固まってしまう。
「え?」
と間の抜けた声が漏れたが、目の前の『公子』は気にした様子は無く無表情に続ける。
「この前、君の仕事を遠くに回して、ようやくカナデが落ち着いてきたんだよ。しつこく話を聞かされることも無く、ストレスが減ったようでね。
また君が彼女にちょっかいを出したら、俺との時間が減るだろう? 中々時間を作れないのに、そんな事されちゃ困るんだよ」
「えっ?え?」
女が何を言っているのか分からず呆けていると、『公子』は更に続ける。
「君なんかの事を考える時間があるなら、それより俺を優先して欲しいんだよね」
「は?」
女の口から再び間抜けな声が漏れたが、『公子』は気に止めず続ける。
「だから、あんまりカナデに近寄るなって言ってるんだ。ああ、もしも君がカナデに危害を加えるような事があれば容赦なく君を殺す」
「え? ちょっと待ってください! 私は別に何も───!」
「何も?」
女は慌てて弁解しようとするが、遮るように繰り返され、口を噤む。
『公子』は近くの壁にガンッ! と強い物音が立つほど強く拳を叩き付ける。
その音と共に壁に亀裂が入り、パラパラと地面に落ちていく。
「───分かるかい? 俺は我慢の限界なんだ。君がカナデにちょっかいをかけたせいで俺の時間は削られていくんだよ?
君のくだらない会話のせいで、俺のカナデがどれだけ大変な思いをしてたのか。
君のせいでカナデが傷つくのは耐えられない。
本当なら君を殺したいくらいだ。
でもこれからカナデと約束があるし、血で汚れたらカナデが心配するから殺さないでいてあげてるんだよ」
「っ!」
『公子』はそう捲し立てると鋭い眼光で女を睨み付ける。
その瞳には深い怒りの感情が宿っていた。
その視線を受けた女は恐怖で身体が硬直する。
まるで蛇に睨まれた蛙のような気分を感じた。
あの憧れの『公子』がこれほどまでに怒り狂っている事に恐怖と困惑で頭の中は混乱していた。
だが、女はそれでも負けまいと必死に口を開く。
「で、ですがっ! 『公子』様! あの女は冒険者ですよ! それに、貴方が好きならファデュイに入るのが普通では!? あの人と比べて私は! あなたに会いたくて、頑張って努力してきたんです! いえ、今も頑張っているんです! だからどうか、私を選んでください!」
女は恐怖と焦りで混乱したまま感情的にそう叫ぶ。その発言を聞いた『公子』は
『は?』と低い声を洩らす。
その表情は先程までとは違い、冷え切った目付きだ。
まるでゴミを見るかのような視線を女に向けている。
「───それ、本気で言ってる?
この状況で?
彼女はあのままが一番生き生きしてるんだ。
俺のためにファデュイに入る事もない。
それにファデュイに無理やり入らせても、カナデが苦しむだけだ。そんな馬鹿な事はしない」
普段は人当たりのいい笑顔を浮かべている
『公子』だが、流石にその発言には苛立ちを隠せない様子で吐き捨てた。
「っ! なんでですか!? 私なら貴方の望む事ができます! 貴方の望む事をなんでもしてあげられる! 私は貴方を愛してます!」
女は必死になってそう訴える。だが、その訴えに『公子』は興味無さそうな表情で返す。
「へぇ? じゃあ、君は俺が手合わせをしたい、と言ったらしてくれるのかい? 俺が望む事ならなんでもしてくれると?」
「はい! 勿論です!」
『公子』の言葉に女は食いつくように返事を返す。その様子を見た『公子』は『ならいらないな』と冷たく言い捨てる。
「え?」
「俺が言ったことを守るだけの人形ならいらないって言ったんだ。俺は、自分の意思で動いて、俺を否定する事も出来て、共に歩める人間しか求めてない。
君にはそれが出来ないだろう?」
『公子』の言葉を受け、女の顔が絶望に染まる。
その瞳からは涙がこぼれ落ちていた。
「な、なんでですか!? 私は貴方のことを愛してます! あの女は、貴方におざなりな態度を取ってるじゃないですか! そんな女のどこがいいんですか!?」
そう叫び、女は訴える。しかし『公子』はその言葉を聞いても顔色一つ変えない。
「───そういう所が駄目なんだよ」
「え?」
「君は自分の事ばかりで、俺の事を知ろうともしない。
きっとフィルターがかかってるんだよ。はぁ。面倒だな。
やっぱり殺すか?
いやでも、今殺したら後処理が面倒だな。どうしようか?」
『公子』はそう呟くと考え込むように顎に手を当てる。
その様子に女の表情が恐怖に染まる。
軽くは言っているが、冗談では無いと直感的に感じ取ったからだ。
「殺すって、あの、冗談ですよね?」
恐る恐る女が聞くが、『公子』はニッコリと笑みを浮かべるだけで答えない。
「とりあえず、俺はもう──」
『公子』がそう、何か言いかけた時──。
『何やってんの?』と言う不思議そうな声が路地裏に響き渡った。
『公子』はその声に反応し、そちら──背後に視線を向ける。
「カナデ?」
そこには呆れた様な表情を浮かべたカナデが立っていた。
『公子』は驚いた様子でカナデを見つめているが、女も驚きで固まってしまっている。
「あれ? その人、前に連日私に話しかけてきた人じゃん。
まさか……脅してないよね? 別に気にしてないのに」
とカナデは女を見ると、『公子』───タルタリヤにそう告げる。
「脅す? まさか。ちょっとお話してただけだよ」
タルタリヤはそう言うと、先程までの怒りに満ちた表情から一転、いつもの笑顔で答える。
「……嘘っぽいんだけど。ソレ。
はぁ。今日約束してたのに中々来ないから探しに来てみれば、何やってるの?
ほら、ならとっとと行くよ? 私お腹空いたからご飯食べに行きたいんだよね」
そう言ってカナデはタルタリヤに手を差し出す。
普段ならカナデがそんな事をタルタリヤにする事は殆どない。
だが、今のこの状況は良くないと判断したのかカナデにしては珍しく大胆な行動をとっていた。
その行動に一瞬驚いた様子だったが、タルタリヤは直ぐに嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ああ、もちろんだよ! 勿論待たせたからね、俺が奢るよ。
だから、君の好きな所に行こうか?」
そう言ってカナデの手を取ると優しく微笑む。
そんな様子に女は呆然とした様子で二人を見つめる。
タルタリヤには先程までの怒りに満ちた様子も、先程の冷たい視線も無かった。
カナデを見つめるその目は蕩けそうな程に甘い視線だった。
勿論、それは家族に向ける様な表情ではなく、愛しい人を見る様な視線だ。
その事に女は呆然とする。
「あ、あの」
と女が声を掛けようとするが──その時、カナデは自分の口元に人差し指を一本立てて当てて首を横に振る。
今話してはいけない。
そう示されていると気が付き、女は大人しく黙る。
それを確認した後、カナデは笑みを浮かべた。
「仕方ない、それで手を打ってあげる」
「ああ、ありがとうカナデ」
そう言って二人は歩き出すと、そのまま路地裏から姿を消した。
残された女は二人が居なくなったのを呆然と眺める。
そして、はぁー。と大きく息を吐き出すとその場に座り込んだ。
「……なんだ。あの人、お人好しだったのね」
───ボソリと女は呟く。
よく考えれば黙って話に付き合っていた時点でお人好しだ。
それに、タルタリヤにはきっと女庇ったのをバレている。
それでもそれはたいしたことじゃないからと伝えて、庇ってくれた。
「あ──もうっ!」
思わず女は叫ぶ。
きっと彼女はタルタリヤに女の事は気にするなと言うのだろう。しかし、それは裏目に出る。
「あの馬鹿女っ!」
偉そうだし、そもそも人の恋愛の邪魔をするなんて迷惑極まりない。
だけれど。女は気がついてしまう。
「……あんなの、そりゃ、惚れるわ」
『私の為にそんな事はやめて』なんてカナデは言わなかった。ヒロイン面して、自分の為に、なんて言わなかった。
あの言動は大切な人がそんな事で手を汚すな、と言う意味と、女の事を嫌ってはいないと言う意味だった。
「ああ、もう!!」
女は頭を掻き毟る。
そして暫く蹲ると徐に立ち上がり一目散に走り出す。
何故走ってるのか自分でも良く分からない。
けれども足は自然とカナデの方に向く。
そして、ようやく最近美味しいと話題の店に入ろうとしているのを見つけて、声をかける。
「あのっ!」
声を掛けると、咄嗟にタルタリヤがカナデを庇う様に前に出る。
警戒をしているのだろう。それは当然の事である。
「え? 何?」
カナデがそう言うと、女は頭を思いっきり下げた。
「ごめんなさい!!」
謝りたかった。あんな事を言った事に。
女の心は後悔でいっぱいだった。あんな酷い態度をカナデにはしていたし、自分が『公子』様にふさわしいなんて思い上がるにもほどがある。
それでも、この機会を逃せば自分は何も出来ないとそう確信した女は必死に頭を下げた。
その様子に二人は目を丸くしている。しかし、先に動いたのはカナデだった。
「とりあえず、目立つから。頭上げて」
「は、はい!」
慌てて女は顔を上げるが、少し気まずそうだ。
「私は怒ってませんから。
むしろかわいいものだと思うし。
もっと陰湿な事してくる人間だっているんだよね。裏から手を回して引き受けられる依頼の数減らす人とか、暴力振るったり、脅迫まがいの事する人とか」
「は?」
カナデの言葉に隣にいた『公子』が反応するがカナデは無視する。
「でも、貴女の事は嫌いじゃないけど。ハッキリ言ってきたしね。謝ってくれたし」
「え!?」
カナデの言葉に女は驚いた声を上げる。てっきり文句の一つや二つ言われるのかと思っていたのだ。
「だから、私は怒ってない。でも、もう関わらない方がいい」
「はい。本当に申し訳ありませんでした……」
そう言って女はもう一度頭を下げると、足早にその場を去った。それを見届けたあと、タルタリヤは口を開く。
「いいの? 散々頭を悩まされてたみたいだし、また同じ様な事をしてくるかもしれない」
「まあ、その時はその時で考えるよ。あ。そうそう、ありがとうね」
「何が?」
「心配したから何とかしようとしてくれたんでしょう?
──だから、ありがとう」
そう言ってカナデは微笑むとどこか照れ臭そうに頬を搔いた。その言葉にタルタリヤは目を丸くすると、何故か黙り込んでしまった。
「? どうしたの?」
「いや、あー……うん。本当にズルいよね、君は」
「?」
その言葉の意味が分からずカナデは首を傾げる。
その様子に、タルタリヤは苦笑いを浮かべる。
「いや気にしないでくれ。なんでもないから」
「そう? なら良いけど」
カナデは納得していない様子であったが、特に追求する事もなくそのまま黙り込む。そして少し間をおくと口を開く。
「じゃ、もう店入ろう。お腹空いた」
「はいはい」
それから、カナデの言葉にタルタリヤは苦笑しながらも、二人は店に入ったのだった。
どんな話がみたいですか? 参考にいたします!
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